ダンジョンに近代兵器を持ちこむのは間違っているだろうか 作:ケット
「いいですかヘルメスさま、【ヘスティア・ファミリア】にはちょっかい出すなと、オラリオで目が見える人はみんな言っているんです」
オラリオの朝。
朝食の香りがそこかしこから漂う。『ギルド』に向かう冒険者たち、工場街に向かう労働者たちが、学区に向かう子供たちが家を出ている。
彼ら目当ての、朝の屋台もちょっとした甘いものを売り始めている。
いくつかの家は、まだ朝なのに夫婦げんかの叫びや子供の泣き声もする。
メガネをかけた美女、【ヘルメス・ファミリア】団長アスフィ・アル・アンドロメダは帽子をかぶってふらふら歩く主神を、必死で説得しようとしていた。
「とんでもない大手が潰しに来る、という、強い噂があるんです。
【ソーマ・ファミリア】は『妙な音』をちょっと調べようとしただけでも跡形もなく消された、と。【ソーマ・ファミリア】が解体され、団員は全員改宗待ち状態にされ財産を分けられて放り出された、団長ら数人は牢獄、主神ソーマは無期限の【デメテル・ファミリア】預け……それは公表された事実なんです。
ほかにも【ロキ・ファミリア】と深い同盟にあるという噂も。事実、あの『千の妖精』が『リトル・ルーキー』ベル・クラネルのパーティに入っています。『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインとベル・クラネルが親しげに食べ歩きをしていたのを団員が目撃しました。倒れたベル・クラネルたちを『九魔姫』と『剣姫』がただならぬ表情で『ギルド』治療院に運んだ話を聞いています。
ルルネはリヴィラで【ロキ・ファミリア】幹部たちとは別の冒険者がレベル6級以上の大破壊をしたのを見た、と言っています。『妙な音』が【ロキ・ファミリア】幹部と協力してリヴィラを守った、というもっぱらの噂です。
【ヘファイストス・ファミリア】に、とんでもない量の金属素材を持ちこんだという噂も。『クロッゾの魔剣』使い放題だとか、魔剣の量産法を知っているとかの噂も。ベル・クラネルが神聖文字が入った脇差を持っていることは確かです。
『食欲獣娘(リトル・フードファイター)』ビーツ・ストライが、『豊穣の女主人』女主人か『疾風』の隠し子だという噂もあります。現にビーツ・ストライは『豊穣の女主人』で働いているのを目撃されています。一度はベル・クラネルも。またビーツは『女神の戦車』アレン・フローメルと戦ってランクアップしたそうで……フレイヤ、ロキ、アストレア、どれとつながりがあるとしても恐ろしすぎます。
一番怖い事実は、最近腕利きの情報屋が何人も、妙に忙しい。手下どもの羽振りがいい。
最悪を考えると、うち(ヘルメス・ファミリア)の力には余ります!
それに今は、【ロキ・ファミリア】とうち、【ディオニュソス・ファミリア】も含めた、対闇派閥(イヴィルス)連合はどうなるんですか!」
説得は、悲鳴になりつつあった。無駄だと知りつつ。
案の定、
「それが?」
の一言だった。
神々……『超越存在(デウスギア)』にとって人間など、
(虫けら以下……)
と、痛感せずにはいられない無関心。
団長をまったく相手にせずヘスティアの本拠にやってきたヘルメスは、飛び出したロリ巨乳、女神ヘスティアに突き飛ばされそうになった。
「おっと」
「ご、ごめ……ヘルメスぅ?」
ヘスティアの表情はいかにも嫌そうだった。
「おお」
天界での血筋は近いが、地上に来てからはほぼ没交渉。
「ごめん、それどころじゃないんだ」
走り出そうとするヘスティアの後ろ襟を、ヘルメスがつかむ。
「まあまあ、そう慌てないで。どんなことがあったのか、もしよければ力になるよ?」
ヘルメスののんびりした声を聞きながら、アスフィが空を仰いで嘆息した。
「どういうつもりだ」
武神タケミカヅチが、怒りの目でヘルメスを見ている。
ヘスティアもタケミカヅチも、徹夜の目だ。
【ヘスティア・ファミリア】。
最近の迷宮都市(オラリオ)で話題の中心になっている、新興弱小ファミリアである。
特段の特技がない主神。ヘファイストスが優れた鍛冶師であり、フレイヤやイシュタルに『魅了』として働く美貌があり、ソーマが人の身で素晴らしい酒を造ったような、何も知られていない。
できたて、2人だけ、最近4人になっただけの少ない眷属。主神みずからがあちこちでバイトをしている。
(吹けば飛ぶような弱小……)
と、みえる。
だが、気がついて公的記録をみればレベル2が3人。
さらに、様々なうわさに彩られてもいる。
まず、レベル2になったひとりが、あの『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインの記録を圧倒的に破るぶっちぎりのランクアップ記録。
オラリオに来てすぐランクアップした者や、最初からレベル2で登録した者もいるが、そのふたりは外で経験を積んでいたようだ。
まだ小さい子は異様な大食いで、あちこちの大食い店で目立ってもいる。
そしてさまざまな噂。だが、
「噂だけでも、つぶされかねない……」
という恐れや、噂に関すること……特に18階層、無法者の街リヴィラで起きた事件は『ギルド』が緘口令を敷いたため、公然と話せない。だからこそ噂は圧力鍋のように温度を上げる。
「レベル4相当の怪物を何百も秒殺した『妙な音』が、【ヘスティア・ファミリア】にいるらしい」
「『クロッゾの魔剣』を大量生産できるらしい」
など。
あまり見かけなくなった最年長の男が、
(それらしい……)
と言われている。
ヘスティアは、半ばパニック状態だった。
神友タケミカヅチが傷だらけの眷属を連れて感謝と謝罪に……土下座に来た。
(危機に陥った自分たちを、ベルたちが見つけ、迷わず助けてくれた……)
と。
ほめるか叱るか考えていたが、暗くなってもそのベルたちが帰ってこない。眷属であるヴェルフをヘファイストスも心配している。
【ロキ・ファミリア】の護衛は、『ソーマ・ファミリア』の問題が片付くまでだった。
(ベルたちが地上にいるときは、見かけたときには目撃者にはなる……)
程度のことはしてくれるそうだが、何か事情があるようで、特段のことがなければ関われないらしい。まして迷宮探索は自己責任だ。第一、【ロキ・ファミリア】のレベル2以上の大半は大遠征で、戦力はほとんどない。
ヘファイストスも、力のあるメンバーの多くは【ロキ・ファミリア】と深層だ。
タケミカヅチも大いに慌て、即座に救援遠征の準備をさせた。傷ついたメンバーを高額なポーションで完全に癒し、ミアハから在庫一掃の勢いでポーションを買った。
そして朝、『ギルド』が本格的に営業を始めるのを待って、飛び出し……たところでヘルメスにぶつかったのだ。
瓜生が帰ってくる予定は、もう2日ほど先。まだベル・ビーツ・リリは生きている……刻んだ『恩恵』の絆が告げている。ついでに、もちろん瓜生の生存もわかっている。
その、深層にいると思われる瓜生に頼るわけにもいかない。電波はダンジョンには届かない。
ヘスティアは、瓜生に留守中の運営費として預けられた大金を持ち出し、『ギルド』に向かった。
ベル担当のエイナ・チュールもヘスティアの話を聞いて顔色を変えた。
「い、いいえ、ベル・クラネル氏のパーティの帰還報告は受けていません。出るときには、たとえ夜遅くなっていても必ず夜間当直に連絡を残すよう、約束しています。
ミイシャ……ありがとう。換金所にも寄っていないそうです」
小声で、
「『ギルド』は『クエスト』依頼を出せません」
「なら、ボクが出す。ちょっと待ってくれ。……うちの規模で、常識的に変じゃない金額はいくらぐらいだ?」
と、ヘスティアはヘファイストスに聞いた。
その言葉は恐ろしい意味を持っている。
(ヘスティアは、とんでもない金額でも出せる……)
と、いうことだ。実際、金貨だけで一千万ヴァリス担いできている。
「……常識的な限度は50。万よ、億じゃなく」
「わかった」
と、ヘスティアは『クエスト』を発注した。
「我々も行く。恩を返す」
と、【タケミカヅチ・ファミリア】の桜花と命、千草が言った。
「じゃあ、手伝わせてもらうよ」
ヘルメスまで首を突っこんでくる。
「君のところはレベル2か1がほとんどじゃなかったのか?」
「団長のアスフィならなんとか戦力になるよ」
問題は、神であるヘルメスがついていくといって聞かないことである。それに便乗して、ヘスティアまでついてくると言い張った。
リュー・リオンもすぐさま参加を決めた。彼女にとってビーツは妹なのだ。鍛えるときには容赦ないが。
恩人で親友であるシルも、ベルを助けるよう頼んだ。
『豊穣の女主人』で過ごすことも多いビーツを助けるためと、アーニャ・フローメルらも動こうとした……
実際問題、この店を派閥として戦力を見れば、迷宮都市(オラリオ)でも上位に属する。
【ロキ・ファミリア】の使いが地上に帰ったのは、救助隊が出発した直後だった。
ベート・ローガと競争で、アナキティ・オータムとリーネ・アルシェが六輪軽装甲車で地上に向かった。猛毒のモンスターにやられた仲間のため、特効薬を調達するために。
瓜生は18階層に残り、輸血などで毒に侵された団員の治療を手助けした。代理としてリーネが【ヘスティア・ファミリア】のホームに行き、人がいなかったので置手紙をしてきた。
ベルたちともヘスティアたちとも、完全に入れ違った。
隠密行動が必要だったこともある。50階層まで往復するだけでも、日程が合わない。早すぎるのだ。
普通より速い行動手段の存在はまだ明かせない。途中で引き返した、と言ってものちに『ギルド』で最新到達階層が発表されるので、慎重に考える人にはばれる。
ヘスティアは、アナキティが来るのを待てばよかったのだ。そうしていればすぐに、瓜生から折り返し無事の知らせが届いただろう……第一、ベル・ビーツ・リリの生存は知れていたのだ。
18階層まで、入れ違いを防ぐためにほぼ正規ルートで下る一行。
リュー・リオンの強さはすさまじく、アスフィも明らかに公表レベルより上だった。
桜花と命も頑張ってはいたが、正直足手まといでしかなかった。
そして17階層、嘆きの壁の前にたどりつき、悪夢のような階層主ゴライアスと戦っている【ロキ・ファミリア】の一部、さらに何人かのリヴィラ常連と、救助の対象であったビーツまで見かけることになる。
さらに後ろから、ベート・ローガに蹴とばされそうにもなったものだ。