ダンジョンに近代兵器を持ちこむのは間違っているだろうか 作:ケット
ベルが目をさました時……そこは床だったが、柔らかなマットレスが敷かれていた。
トレーラーハウス。瓜生が暮らしているのを何度も見ているが、それよりやや広い。
憧れのアイズ・ヴァレンシュタインがすぐそばにいて、自分の髪をなでているのでパニックになり、鎧があるとはいえ胸に顔をぶつけたりもしてしまった。
そばにいたレフィーヤに、
(あのゴライアスより生命の危機……)
な、制裁をされたが。
まず心配な仲間たち……
全員生きている。そして【ロキ・ファミリア】がきちんと介護している。
ビーツだけはすっかり元気そうに、ロールケーキ丸一本をまぐまぐと食べ、牛乳をパックから飲み干していた。
17層への出入り口に近い森の空き地にいくつもトレーラーハウスが置かれ、何十人もの多人数が問題なく暮らしている。
中に何人か、毒にやられた病人がいて治療されている……そのため、遠征の帰りに18階層にとどまっているのだ。
知らせを受け、ベル・リリ・ヴェルフを野戦病院に運ばせた瓜生。
ビーツは傷がほとんどないのに動かないとリヴェリアに相談された瓜生は、マヨネーズの業務用大ソフトビンを開けて少女の口にかませ、全部絞りこんだ。
それだけでほぼ回復した。
見たリヴェリアはあきれかえった。レフィーヤは、
「ああ、そういうことですか……この子は本当にものすごく食べるんです」
と、遠い眼をした。
あとはヨーグルト・グラノーラ・砂糖を10キロずつ出し、大きい器とスプーンを用意するだけだった。
【ロキ・ファミリア】団長、『勇者』フィン・ディムナに呼ばれたベルは、ものすごく緊張してその前に伺候した。
その態度をティオネ・ヒリュテはうれしげに見ている。
(うんうん、偉い偉い団長に拝謁の栄にあずかるんだからこれくらいで普通よね。いい子だわ~)
と。
リヴェリアとガレス、瓜生と椿・コルブランド、アマゾネス姉妹とアイズもいる。ベートは地上にお使いだ。
フィンは気さくな態度と、その陰にある強力な人心操作術でベルの心をとらえ、情報を引き出してしまった。
「この贅沢な、車つきの家も、布団も、膨大な食料も全部、ウリュウが出したものだ。【ヘスティア・ファミリア】を粗略に扱うつもりはない。
だが、ウリュウが『妙な音』であり、【ヘスティア・ファミリア】の一員であることは秘密だ」
もう、何がどこまで秘密なのかは誰もよくわかっていない。いくつも噂を流している。
「ゴライアスがいるらしいね。ベートたちが帰ってくるとき邪魔だな……それに荷物運びにも。片付けておくか」
と、フィン・ディムナは遠征隊の毒に侵されていないレベル3・4から、特にランクアップが近いと思われる者を選んだ。
そしてリヴィラの冒険者たちにも呼び掛けた。ゴライアス打倒は参加するだけでもランクアップのチャンスであり、【ロキ・ファミリア】だけで独占したら恨まれかねない。
「彼女も加えてほしい」
と、瓜生がビーツを押し出す。
「傷はそれほどじゃない、空腹だっただけだ。もう戦える」
「なりたてのレベル2……」
そう言いかけたフィンが口をつぐみ、瓜生とうなずきあう。
「少し話しておきたい」
瓜生がため息をつきながらベルを見て、フィンに発言許可を求めた。
「もちろん」
「よくやった……と言いたいが、わかっているか?」
瓜生の厳しい目に、ベルは疑問符を浮かべた。
文句なしの偉業、皆が驚く反応、
(何が悪かったんだろう……)
「フィンさんたちに聞いた。ミノタウロスを倒して、精神枯渇……気絶。みんながいなかったら、その場で死んでたってことだ。おまえも、リリルカも」
(あ)
考えていなかった。
今まで、思いつきもしなかった。
「三度目だな。助けられたのは」
一言もない。冷や汗がぶわっと吹き上がる。
「まあ、生き残ったから勝ちだ。次は逆に助けられるように、反省して練習するんだ。そうしなきゃ、死んだミノタウロスさんに悪いだろ?」
瓜生のその言い方が、なんとなく違和感がある。
いや、最初から。最初から瓜生は、モンスターをさん付けで呼ぶ。
(この人……人間も、モンスターも、区別していない?)
(そういえば、あのときのミノタウロス……)
「まあ、それはそれでメシにしよう。腹が減ったわ」
とガレスが誘った。
ある意味見慣れた、発電機と燃料タンク、プロパンガスボンベ。
業務用のフライヤー。業務用の圧力鍋。
大遠征のメンバーはカレーライスのとりこになっており、いくつもの業務用圧力鍋の前に行列を作っている。圧力鍋で炊いた白飯に、圧力をかけて柔らかく調理し最高級のルーを加えたカレー。
カレーライスに揚げたてのトンカツ、チキンカツ、カキフライ、コロッケを載せて待ちきれないように席に急ぐ冒険者たち。
優雅ともいえるダイニングテーブルがつなげられ、テーブルクロスがかけられた食堂。ダンジョンとはとても思えない光景だ。
アイズ・ヴァレンシュタインは皿にコロッケを盛り上げていた。
スープも圧力鍋で骨付き肉とタマネギを煮込んだ濃厚なもの、酸味のきいた薄めのトマトスープ、ブロッコリー・サヤインゲン・アスパラガス・ミックスベジタブルなどの野菜スープと三種用意され、カレーと揚げ物で疲れた舌を休めてくれる。
オレンジ・リンゴ・ブドウをその場でジューサーにかけて飲める。
病人用に柔らかめのオートミールも作られており、倒れていたベルたちもそれにした。とても空腹だったが。
見上げる空の光景もとんでもなかった。天井を彩る無数の、淡く夜の輝きを演出する水晶。周囲を見ても水晶、森、湖……到底ダンジョンの中とは信じられぬ光景だった。
さらにその背後には……
いくつものコンテナに満たされた、常温長期保存が可能な食物。
米、パスタ、シリアル、オートミール、小麦粉、そうめん。大豆、インゲンマメ、レンズマメ。何十キロもある縁丸円盤チーズのパルミジャーノ・レッジャーノ。塩が強い干し魚、スルメ、ジャーキー。レーズン、アーモンド、クルミ。一斗缶入りの油、クッキーなど。塩や酢。そして缶詰。
(籠城戦でもするのか……)
というほど、数千人が一年食える量だ。
団員以外も聞いている可能性がある、外での紹介では、
「身命を賭して……」
などとフィンはごまかしてベルたちを歓迎した。
明らかにアイズ、ティオナ、レフィーヤと親しすぎるベルに、男の団員は殺気を向けていた。
食事を終えて、ティオナとレフィーヤを中心に、リヴィラの冒険者たちからも志願を募ったゴライアス討伐隊が出発した。ビーツも槍をかついでついていった。
無論、銃器はなし。
まっさきに、満腹したビーツが槍の先端を前に突き出して走る。
「ガキにやらせるなっ!」
リヴィラでくすぶっている冒険者たちが、プライドをかけて突撃する。だが、ビーツが早い。
満腹で体力を取り戻し、心と呼吸と姿勢を一致させた少女は、実質的にはレベル3。
すさまじい勢いで走り、そのまま待ち構えるゴライアスに突撃する。
防御も何もなく打ちおろされる拳を抜けて走り、全体重をこめた突きが下腹部に刺さる。
三階建ての建物にも比すべき、巨人。
動きは俊敏で、力はすさまじく、皮も筋骨も堅固。魔法にも高い耐性がある、迷宮の孤王(モンスターレックス)。
それが一番槍に咆哮し、拳を振り回した。
ビーツは抜けない槍を手放し、叩き落された長大な腕をぎりぎりでよけ、巨大な腕を道として踏んで駆け上がる。両手には愛用のトンファー。
ハエでもつかむようにつかもうとしたもう一本の腕、それに巨大な重量武器がぶちこまれる。ティオナ・ヒリュテの巨大な双刃が、全身で振るわれた。巨人の絶叫。
「魔法使いは後方に!盾隊は守って!」
ナルヴィの叫びに、レフィーヤが下がって大呪文を唱え始める。
「いっくよーっ!」
叫びとともに、飛び下りたティオナの猛撃が超巨人の足をずたずたにする。
巨人の側頭部と鼻柱に強烈な打撃を叩きこんだビーツが、肩からとびあがって頭突きを避ける。
「ほれっ!」
ティオナが叫び、刺さっていた槍を片手で引っこ抜くと、ゴライアスの鼻の穴に投げ刺す。それにつかまって、重さで抜いたビーツは落下中、へそに槍を全身で突き刺した。即座に槍を鉄棒として体をめぐらせ、槍の柄に乗っておのが膝を曲げ、思い切りジャンプ……超巨人の、顎先をピンポイントに打ち抜く。脇を絞めた、鋭いショートアッパー(トンファーの短い方)で。
「お、やるねえっ!」
叫んだティオナが、ふらついた巨人の膝裏の腱をぶった切る。たまらず膝をついた、その脇腹を大きく断ち切る。
巨人の絶叫が巨大な広間を揺るがす。
周囲から次々に出てくるライガーファングやミノタウロスを、冒険者たちが迎撃する。
壁を抜けるモンスターの攻撃を並行詠唱でかわしつつ、レフィーヤは詠唱を続ける。
ビーツの槍が、蹴りを突きで止めようとしてぐちゃぐちゃに曲がる。勢いを殺せず吹き飛ばされて壁に激突したが、ひるまず突撃を続け、重いトンファーを叩きつける。圧倒的な重さの武器は、巨人の皮を貫き深い部分に打撃力を浸透させる。とんでもない巨人に、恐ろしいほどの接近戦。
「どけ雑魚おっ!」
ビーツが、巨大な金属ブーツで後ろに蹴とばされる。
「ベート・ローガ!」
「『凶狼(ヴァナルガンド)』
冒険者たちの叫びが上がる。すさまじい速さで走る狼人は、ひと跳びで高い巨人の喉を蹴り砕いた。絶叫とともに巨体が吹き飛び、くずおれる。
「邪魔っ!」
ティオナが突撃して叩き切る。ベートの強撃から、一秒の遅滞もない連続攻撃。
さらに跳んできたビーツのワンツーが刺さる。その背はまだ、強力な回復呪文で輝いている……蹴り飛ばされて、背後にいたリーネの腕に放り込まれ、そのまま彼女の治療を受けていたのだ。
「ちっ」
ベートが戦い続けるビーツにイライラした呼吸をぶつける。
「退避!」
ナルヴィと、背後から車を隠して追いついたアナキティが強烈な一撃を入れながら怒鳴り、ティオナとビーツが飛び離れる。そこにすさまじい冷気が突き刺さり、階層主の巨体が巨大な氷像に変わった。素早くティオナとベートが一撃、氷が粉々になる。
『エルフ・リング』で召喚されたリヴェリアの大呪文、
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「ほああああああああああ!」
荒くれたちの絶叫が上がる。
「おおお」
「すっげえな」
「これが『千の妖精』」
「【ロキ・ファミリア】の実力パねえ……」
実力を見せつけておかなければ、強豪派閥の地位は維持できない。
だからこそむしろオーバーキルなほどの大呪文を叩きつけた。
そして、第一級冒険者にも劣らぬ身のこなしで戦い抜いたビーツの強さも、はっきりと冒険者たちの目に焼きついた。逆に、あまりにも若すぎ、オラリオに来てからの年月が短すぎる彼女に対する嫉妬もあったが……
「おし、行くぞ」
と、ベートはさっさと、アナキティとリーネを連れて18階層に急いだ。
持ってきた薬を待つ人たちがいるのだ。
そしてその後から、おずおずと入ってくる人たちがいた……17階層に入ってから、ヘスティアたち一行は大荷物を持って歩いているリーネとアナキティを見つけ、荷物を分担するのとひきかえに保護してもらっていた。
そしてゴライアスを見かけて、ベートに蹴られそうになったりもした……
ゴライアス討伐の間、まだ動ける体ではなかったベルに、椿・コルブランドが声をかけた。
「手前が打った刀は、どうであった?」
美女のものすごく強い、嬉しい・楽しい・わくわくとむき出された感情の奔流に、ベルは圧倒されていた。
「ベルが、手に持ってた。鞘に入らないぐらい曲がってたから」
とアイズが、布に包んだ、硬木を鉄で固めた柄の刀を取り出す。
「ああっ!」
椿が衝撃を受けた表情で深く頭を下げる。
「それは済まぬことをした。曲がっては尋常の鞘には入らぬ、それを考えておらなんだ。それほどの酷使をしてくれるとは、鍛冶師冥利に尽きるというもの。そして何より、折れていない」
そう言って、巨乳のハーフドワーフ女は峰側から見れば波のようにゆがんだ刀を受け取り、目を走らせる。
「おお、おおお……わかる、わかる。どれほどこの刀で激しい戦いを切り抜けたか。どれほど大切に使ってくれたか。どれほど研いでくれたか。
ミノタウロスだけでも19、ライガーファングも14は斬っておるな。石斧ともどれほど切り結んで……」
椿にはベルの決死行が、一つの動画のように見えているのか。
「あ、その、ありがとうございます。この刀がなければ、絶対に生きてここにはたどりつけませんでした。ありがとうございます」
ベルが床に額がつくぐらい頭を下げた。
「それこそ、鍛冶師を殺す言葉じゃ」
とても強い笑顔。感情が強く、隠さない。
「その礼と鞘のわびに、この刀打ち直させてはくれぬか?」
椿の真剣な表情に、ベルは押しつぶされるようにうなずいた。
「待てよ!ベル・クラネルの専属鍛冶師は」
「ヴェル吉……」
椿がにやり、と笑う。
「できるか?この刀を、行き以上に、絶対に折れない強さに鍛えなおすことが?及ばず刀が折れれば、ベル・クラネルが死ぬのだぞ?」
ぐ、とヴェルフが詰まる。鍛冶師としては最大の屈辱だ。
「まあ、今回はお前が向こう槌を取れ。盗め。そして次からは、ベルの大刀を打てるように精進せよ。あとそなたが打ったものも見せよ」
「ベル」
「あ、はい」
と、ヴェルフが打った片手脇差『フミフミ』もベルは取り出す。
「これは、研ぎと狂い直しでいけるか……ふむ、ミノタウロス強化種の角にフォモールの骨、アダマンチウムとミスリル……ふむ、これは折れぬな……」
もう、椿はそれに没頭してしまった。
「ところで、これはいただいたぞ」
と、自分の工房……鍛冶場を併設したトレーラーハウスにベルを案内した椿は、三本の刃を見せた。
ゆがみ、曲がり、ねじれ、削れた、無残な三本の刃。
ベルが目を見開いた。
瓜生が〈出し〉てくれたアメリカの刃物メーカーが作った現代工業技術の日本刀もどきとボウイナイフ、そしてヴェルフが打った短剣『ドウタヌキ』。
「文(ふみ)にも書いたがな、ダンジョンで倒れたのだから身ぐるみはがれて当然というもの。そなたにとって、どれほど大切か承知で、いただいた。返さんぞ」
椿がにっと笑う。ベルはうなだれた。
「……はい」
「これは皆の励みになる。刀が折れたという苦情はない、折れずに主を守り抜く刀、誰もがそれをめざさねばならん!」
「まさにそうでした」
ベルは目を輝かせた。
「ウリュウさんがくれたこの刀にも、ナイフにも、たくさん教えてもらいました。ヴェルフの短剣にも、何度も助けられました。
そして椿さんの刀に、この18階層までの道……ずっと励まされました。
わたしは折れない、だから持ち主である僕も折れるな。そう、この刀に言われ続けたようでした。
そう、敵を切るたび、倒れそうになるたび、諦めそうになるたびに叱られ、励まされて歩き続けました。この刀はどんなに硬い敵にぶつかっても、どんなに強く石斧に打たれても折れませんでした。こんなに曲がっても切れました。
この脇差で戦っていると、神様……主神のヘスティアさまといたようでした。絶対に生きて神様のところに帰る、泣かせたりしない、だから死んじゃいけない、あきらめちゃいけないと……
ヴェルフの脇差も……
この刀の叫びが、言葉が聞こえたと思います」
椿は、感極まってベルを抱きしめた。ベルはすっかり焦って舞い上がってしまった。
「では」
18階層にできた、臨時の鍛冶場。
火炎石、さらに深層で椿が手に入れてきたいくつものドロップアイテムがある。
野営のため、壁を爆破したときに出た金属鉱石もある。
椿が瓜生に注文した、純鉄・モリブデン・コバルト・ビスマスなどの金属インゴットもある。
瓜生が出した大型の金床が鈍く輝く。携帯用には大きい火炎石炉が、超高温の炎を上げる。
ヴェルフが緊張しきった表情で大鎚を握る。
【ヘファイストス・ファミリア】の鍛冶師で毒にやられていない者は、飢えた男が舞台で脱ぐ美女を見つめるようにらんらんと目を輝かせている。
別の炉では、複数の黒鉛るつぼの中で何種かの金属やドロップアイテムが溶けあっている。
椿の雰囲気が一変している。それこそ、あのゴライアス以上に恐ろしい何かだ。
「おおぅ!」
叫びとともに、炉から灼熱の棒が出される。柄から外された椿が打った、ベルの刀だ。
戦い抜いた刀に新たな生命を与えるため。
椿の鎚が打ったところを、ヴェルフが必死で打つ。
「違う!」
「鋼を殺す気か!」
「3べん、その23.4%の力だ!」
「呼吸をこめよ!気を抜くな!腹に力を入れよ!」
ミノタウロスの拳より激しい叱声が、容赦なくヴェルフを殴りつける。
鍛冶師たちは自分が殴られたようにおびえつつ、うらやましげに、ねたましげにヴェルフを見ている。
「おお!」
まだ傷も癒えきっていないヴェルフは、圧倒されながら声を上げ、全力で指示に従う。
るつぼに次々と、特殊な金属やドロップアイテム……モンスターの爪牙が加えられる。
「この刀は、原材料費・燃料費2万であたう限り折れぬことをめざした。
ゆえに五枚重ね、刃となる一番内側の鋼は、紙のように薄くアダマンチウムといくつかのモンスター素材をあわせた。軟鉄ではさみ、やや硬いキラーアントの爪、アルミラージの角、鋼とブルーメタルの合金を皮鉄とした。
その全体に42階層で得たこの鉱石と、フォモールの角・スパルトイの牙・タイゴンファングの牙、ウリュウ殿にもらったコバルトに微量のビスマスをあわせ、7度折り返してやや硬く頑丈な皮鉄とする!」
「おう!」
「温度の違いから不均等にならぬよう、ごく細くるつぼから落とせ!このフォモールの角とコバルトの合金は、高さ5C・このタコ糸の太さを保て!」
「あああっ!」
灼熱の、重いるつぼを大きな、刃がなく鍋をつかむハサミの太いのでつかんでいるのだ、ヴェルフの全身から滝のような汗が吹き出し、手首も腕も重さで限界を叫んでいる。
「やれい!」
椿の叫びとともに、すうっと、るつぼから細くハチミツのように溶融金属が流れる。
「高すぎる!空気で冷えるぞ!刀が折れてベルが死ぬのが嫌なら耐えよ!」
「おう!」
怒鳴り声に殴られ、すさまじい重さと熱さにあえぎながら、ヴェルフは要求に応え続ける。
それは、あの16階層から17階層を歩き続けるよりきついものだった。
細い糸のように落とされた半溶融金属が冷えきるのを待たずに細かく編み、折り返して均等な複合金属を練り上げる、
ここまできつい鍛冶は、まったく経験がなかった。野球の、中学のエースが甲子園常連高に入った初日のようだった。
鬼気迫る、レベル5……超人の力と技で、いくつかの素材を加えられた刀だった金属棒が、何度も折り返される。精密に温度を管理しながら。
「次、芯鉄をつくる!この純鉄にコバルトとモリブデン、41階層で得たブルーメタルを多めに、タイゴンファングの爪とリザードマン・エリートの牙をわずかに加え、21ぺん折り返す!この温度を保てっ!」
激しい怒鳴り声、猛烈な作業。すさまじい熱気に肌を焼かれ、肉まで炙られ、髪が焦げる。激しすぎる汗に、握り飯のように固めた塩をくらい、水を滝のように飲む。
「最後は、中心に挟むもっとも硬い刃金じゃ。アダマンチウムとブラックライノスの角、グリーンドラゴンの牙を合わせ、薄く打ちならす。ゆくぞ!」
五枚の素材を精密にサンドイッチにした、幅4センチ、厚さ1.6センチ、長さ6メートルもの平板が出来上がった。
それを椿が、いくつかの長さに切断する。
「これが定寸の刀。ほかにも、いくつも注文を受けておる……ランクアップが近い初級冒険者に、安く折れず切れることに力を注いだ刀剣を、と。
打てえっ!」
次々と刀が、脇差が、剣が、サーベルが、ナイフが打ち出されていく。
ヴェルフはもう、息も絶え絶えになりながら死に身で大鎚を振るい……最後の一振りに向こう鎚を入れ、垂直に崩れ落ちた。
「まだじゃ!焼きを盗めえっ!」
容赦ない椿に蹴り起こされ、もう半分ぐらいに痩せたヴェルフはあえぎながら身を起こす。
刃に、まっすぐに泥が塗られる。
精密に制御される火が、美しい色に刃を加熱し……絶妙の呼吸で水に漬けられる。
じゅわっ……水の悲鳴が上がる。
らんらんと見開かれた椿の目が、暴れる泡の中から音と刀身の色を見切り、取り出す。
(百分の一秒のずれが、刃に見えぬ瑕瑾をつくり、持ち主の死につながる……)
それほどの緊張感で、水から出された刃がふたたび軽く加熱され、焼き戻し過程になる。
「まだまだ続くぞ!」
正真正銘、鍛冶は無限の体力勝負だ。すさまじいまでの。
そして椿・コルブランドの体力と気迫は、無限ともいえるのがわかる。
今すぐ形にしなければならない、ベルのための刀だけは焼き戻しを待って仕上げ研ぎもする。
ベルの手には、元の刀とほとんど変わらない、定寸切り柄の実用刀が戻った。
曲がることが前提の、布袋のような鞘に入っている。鯉口のあたりだけがしっかりした木で、居合の技も使える。
ヴェルフが作った片手脇差も、ゆがみを修正され研ぎなおされた。
鍛冶を見守り、出来上がりを喜ぶベル。ヘスティアとヘルメス二柱の神、そしてアスフィ・アル・アンドロメダ、覆面のエルフ、【タケミカヅチ・ファミリア】の者も後から加わった。
命も桜花も、椿が打った刀を夢中で見つめていた。
前と変わらず、批評家には受けない醜い刀姿。だが、
「折れぬ、切れる……」
実用に徹したすごみ。
ヘスティアは、ベルに美女……椿が近づいていることにプリプリ文句を言っていた。
一応ヘスティアも、ヘルメスたちも【ロキ・ファミリア】に保護されることになったが……神みずからが迷宮に入るというルール破りに、皆あきれていた。
【タケミカヅチ・ファミリア】の桜花・命・千草は、まさに本家本元の土下座を披露した。
「いや、ベルが決断したことだ。死んでいても自己責任だよ」
瓜生はそういった。
また叱られるのでは、とおびえたベルに、
「おれは何も言わない。リヴェリアさんと、エイナさんに全部言うだけだ」
ベルは絶望に打ちひしがれた。
もとより、ベルは未熟な上層時代から、
(自分から『怪物贈呈』を求めている……)
(危ないのを助けてくれることがある……)
と知られている。自分から、よその派閥がピンチになっているのを探して駆けつけ、助けを求められたら助ける……経験値稼ぎ、アイズに追いつくために。
だが、自殺行為だ。ピンチというのは、普通のパーティでは処理しきれない強さと数のモンスターということなのだから。
瓜生はエイナに相談され、
「確かにおれは人助けをしたことがあるが、絶対に安全だからだぞ」
と言っておいたことはある。
また、【ロキ・ファミリア】の幹部たちと瓜生は、少し相談もしていた。
(なぜ、ヘルメスがわざわざここまで来たのか……)
特に、フレイヤの思惑も考えねばなるまい。
ベルに対する嫉みもある。『インチキルーキー』の悪名も聞こえる。
それだけですむわけではない。特に瓜生は忙しかった。
この大遠征で、ロキ・ヘファイストス連合で収穫したとんでもない量の魔石やドロップアイテム。それを、怪しまれない程度の質と量はリヴィラで換金し、そして大半を19階層から17階層に運ばなければならない。
18階層に多数いる冒険者に、車を見せたくはないのだ。
17階層から地上まで運ぶための車を瓜生は出して整備する。そしてフィンたちは隊を指揮して膨大な荷物をもっこで運ばせ、トラックに積む。
また、薬が届いたからこそ毒にやられたメンバーの治療に手を割く。
ヴェルフも、先輩たちの鍛冶仕事に徴用された。このリヴィラで武器防具を作れば、地上で作って売るより何倍もの儲けになるのだ。せっかく設備も材料も燃料もあるのだから、やらなければ大損になる。
神であり無能の人間であるヘスティアやヘルメスも、できる仕事をさせられている。
アスフィも、
(一宿一飯の恩……)
と、差しさわりのない仕事をしている。といっても、遠征隊の周辺にいるだけでも驚天動地のものを多数見、これからの工夫次第でできる発明を考えているようだ。
ベルやリリがやっとまともに動けるようになったころ。
瓜生は、遠征隊の多くとともに運送隊に加わって地上に戻ってしまった。
あとのことも、フィンたちと話してある。
忍びの才があるヤマト・命がアスフィを監視し、何人かの【ロキ・ファミリア】メンバーが一応全快まで病人を看病する、と居残った。
瓜生は、ヘスティアとヘルメスに地上に戻るよう言ったが、
「嫌だ!絶対ベルくんと一緒に帰るんだ」
と彼女はわがままを言い、ヘルメスもそれにつきあった。
「うちが大きくなって、今【ロキ・ファミリア】がしているような深層大遠征をするとなったらどうするんだよ……」
瓜生がため息まじりに言うのに、
「そ、そんな、そんな……」
と、ヘスティアはどうしようもなく惑っていた。
そして、ヘファイストスやロキのすごさを思ってもいた。