ダンジョンに近代兵器を持ちこむのは間違っているだろうか 作:ケット
オラリオからかなり離れた、今はさびれた地域が戦場となる。
そこに建つ古い廃城は、何日も前からいくつかのファミリアがクエストを受け、山賊を狩っていた。
小高い山の上の、ふたつの城。街道を見下ろし、守っていた。
一方を【アポロン・ファミリア】が全員で守っている。
正面の門は、一軒家ほどもある厚い板状の岩でできている。重くて開閉が大変だが、一度閉めれば厚い城壁を砕く方がたやすいであろう。
もう一方の、使われていない側の城は普通に、深い空堀に板橋を渡し、攻城戦のときには板を引き上げる形だ。
どちらの城も、四隅に高めの塔が建ち、厚い城壁でつないだ構造だ。
「まさに難攻不落」
と、バベルの一室でアポロンが満足げに笑っていた。ただひとり勝利を確信して。
攻略期限は3日。
【ヘスティア・ファミリア】の側……
ベル、ビーツ、リリ、瓜生の4人の正規眷属。
都市外からの助っ人。
『豊穣の女主人』の、【アストレア・ファミリア】リュー・リオンと、【ニョルズ・ファミリア】クロエ・ロロもいる。二人とも覆面をしている。
ほかに、都市外で活動していたり、都市外に追放された主神に従わず迷宮都市の底辺にとどまったりした冒険者が十数人。
さらに、『恩恵』は受けていないが、【ヘスティア・ファミリア】の客人である武威とトグのふたりもいる。
何人かは前日から先行し、やや深い茂みに、大きいテントを作りその下に身を隠すように陣を作っている。
城からは、およそ400メートルの荒れ地にへだてられている。
主神ウラヌスの許可が出た。神々が普段は封じている力を行使し、『鏡』を出現させる。
まるでテレビ実況のように、戦争遊戯を映し出す。
開始の声がかかった瞬間……
「さて、来るなら」
と言った【アポロン・ファミリア】は目をむいた。
まず、【ヘスティア・ファミリア】の陣全体が、突然火を噴くと深い煙に包まれたのだ。
瓜生が出した、強力な煙幕装置だ。
「なんだあれは」
「あわてるな!ここに達するまでの平野では姿が見える。矢で射ればいい」
そのときだった。
使われていない側の城に爆発が起き、崩れ始めた。
見れば、大きな煙幕に奇妙なことが起きている。
濃い煙が踊る。大きくへこみ、強力な炎が噴き出す。少し色の違う煙が激しく立ち昇る。一瞬、強烈な風が周囲に起きて煙幕が動く。
大型の多連装ロケット。多連装ロケット自体が何両も同時発射。数秒で数百の、大型砲の口径以上のロケット弾を叩きつける。
加えて、第二次大戦のスピガット砲……迫撃砲とロケットランチャーの中間のような砲で、射程は短いが弾の重量だけは航空爆弾級の300キロ。弾は成人男性の大きさがある。それも多数同時発射。
ひたすら助っ人を、高級蒸留酒と高級和牛と大金で釣って訓練してきた。
圧倒的な数と重量の爆薬が降り注ぎ、すさまじい勢いで爆発を繰り返す。
頑丈な塔が、厚い壁が、高性能爆薬に粉砕され、サーモバリックの高圧猛炎に中から押し崩され、崩落する。残っていた部分も、構造上使われる木や皮、モルタルが高熱にやられ崩れていく。
崩れていなくても、
(あの爆炎で生きられるものなど、いない……)
ことは、誰にも分った。街道をはさんでも熱気にあぶられる【アポロン・ファミリア】の者も、まぶしい炎に目がくらんでいる『鏡』を通した観客も。
轟音と衝撃波が、街道を隔てた城をゆるがす。
一つの城が完全に焼け落ちた。まだ炎は燃え盛っている。
実は、別の城が選ばれていれば、近くの古城を戦術核砲弾で爆滅しよう、とも瓜生は考えていた……が、天界では神々の武器を作っていたヘファイストスがぴんときた。
「こんなに広い範囲、誰もいない場所。近くにちょうど見せしめになる別の城。何をするつもり?」
瓜生に耳奥の極細シングルBAカナルで指示されるヘスティアに、隻眼の美女神は、
「あなたはなぜここを選んだのか聞いてない?わかってないの?あなたの子がものすごい破壊をやらかす気よ。冗談じゃないわ!……ここ」
2キロほど離れたところに人里があって、うかつなことをしたら大虐殺になる場所を指定した。瓜生も虐殺はするつもりがないし、放射能汚染もあれなので同意した。
「……りょーかい」
「了解ならいいのよ。場所はこの廃城、いいわね」
「了解だって!」
ヘスティアはもう半泣きだった。
ちなみに核を使った場合に起きる悪夢を、カサンドラは予知夢で見ていたのだ。
突然、揺れながらまだ重く垂れこめる煙幕の中から、すさまじい声がした。
人間に出せる声ではない……対暴徒の、大型スピーカーの声だ。
「【アポロン・ファミリア】に告ぐ。10分後にそちらの城も同様の方法で攻撃する。その城から退避せよ」
「うろたえるな!見張り、持ち場に着け!」
ダフネが必死で叫び、気がついた。
「兎が放つ雷が、岩山を断つ……」
カサンドラのつぶやきは、いつもながら誰にも聞かれない。
「来てるっ!」
見張りも、誰もが隣の城の爆発に、敵陣の炎と煙に目を奪われていた。
その間に、城門の目の前に駆けつけていた人に、誰も気づかなかったのだ。
「しまったあっ!」
「何やってるんだ」
「だいじょうぶだ、ひとりだけだ!射落とせ!」
ひとり。恐ろしく分厚い甲冑を着た巨漢。
その手には非常識なまでに太く長い鉄棒が握られている。人間の大きさの三倍はあるのだ。
巨漢は無造作に、軽々と振った。
隅の塔の一つの基部が、吹き飛んだ。
そのまま崩れていく。巨漢は煙に紛れて、ずしん、ずしんと、
(どれほどの重さなのか……)
恐ろしい足音を響かせつつ、しかも身軽に走る。
別の方角から、リン・リンと大きな鈴の音が鳴る。
そして見張りたちの眼を、すさまじい光が射た。
風もろくにない薄曇りの空から、すさまじい光の柱……雷が落ちた。
轟音と衝撃波が、見張りを震わせる。
ヘルメットを後ろにずらし、白い髪が見えている。鎖帷子の上に軽装鎧の小柄な少年が、刀を振りかぶっていた。
「ベル・クラネル」
家ほどもある、分厚い正門の岩板。
刀が振るわれる。
また、閃光が目を射る。
「な、どうしたんだ」
「なにも……」
「かっこうだけか」
笑おうとした守備側。
巨大な岩門が、ずるりと切れていた。大根を切るように。崩れていく。
「あ、あああああああ……」
「すっげええええっ!」
「欲しいいいいっ!」
「変なゴライアス一刀両断って噂、本当なんだ」
神々の、そして人々の絶叫がオラリオを満たす。
かろうじて立っているベルを、巨漢がつかんで子ウサギでも持つようにぶらさげ、走り去った。
「ひ、ひるむな!もうあれで体力を使い切っているぞ!門がなければ人で守れ」
ヒュアキントスが叫ぶ、その次の瞬間……
別の方向から、すさまじい炎の波が押し寄せた。
「え」
そこにいるのは、エルフと猫人。
エルフが振るった剣から放たれた、すさまじい熱量と密度の火球が隅塔を一つ呑み、焼き崩した。
「あ、あれは」
「『クロッゾの魔剣』!」
「長文詠唱をした正規魔法以上の威力」
「海を焼いたって伝説、本当なんだ」
誰もが叫ぶ。
「くそう……全員、城を捨てろ!敵陣を攻め落とせ、数でもみつぶせえっ!」
命令が叫ばれ、誰もが必死で城から飛び出した。
「追え、倒せ!」
次々と崩れた部分などから走り出す冒険者たち。
百をこえる数、それが力になっている。
その多くが、走りながら苦痛にうめきはじめた。
何が痛いのかわからない。だが、露出した顔や手が何とも痛い。
リリが茂みの影から使っている非致死性兵器。一種の電子レンジで、群衆の皮膚に苦痛を与える対暴動兵器。
さらに、茂みから次々に妙な弾が飛んでくると煙を吹き出す。それを吸った者は涙と咳、嘔吐に苦しみはじめた。催涙ガス弾。
レベル2、ましてレベル3のヒュアキントスにはそれは通用しない、第一走るのも速いから、上位陣だけが先行してしまう。
ヒュアキントスの前に、ハイポーションとマジックポーションを飲み干して立ち直ったベル・クラネルが立ちふさがる。
そして、ヒュアキントスの後ろをリュー、クロエ、ビーツ、瓜生が分断。レベル2たちとの戦いになる。
レベル1の大集団を横から、広がった煙幕の影から襲いかかる十数人の冒険者。
ガスマスクをつけ、全身を完全に覆っていて催涙ガスなどの影響がない、都市外からの冒険者たちだ。
いきなり打ちこまれる『クロッゾの魔剣』。広域型だったので死者は出ていないが、レベル1多数は皆かなりのダメージを負い、しかも非致死性兵器に苦しみながら、横腹からの敵に立ち向かうことになってしまった。
敵を分断し、味方を指揮し、さまざまな大規模非致死性兵器を使っているのは、リリルカ・アーデ。寄せ集めは彼女が持つ超強力フラッシュライトと小型通信器に従って、一つの生き物と化している。
都市外では、ダンジョンで経験を積めないので最高レベルは3とされる。モンスターも冒険者も弱いというのが通説だ。
だからこそアポロンも、有利を得るために都市外からの助っ人だけ、と言ったのだ。
だが、【アポロン・ファミリア】の冒険者たちは、自分たちが無理な弱い者いじめをしていると自覚している。大義がない。見せつけられた大破壊で戦意を崩されていた。
さらに非致死性兵器の苦痛がある。目と呼吸をやられている。
加えて、助っ人たちは、装備がよかった。ひとり300万ヴァリス、ただし武器防具ポーションに使ったとちゃんと領収書を取ること。無論この戦争遊戯が終わったら進呈する……金で戦力を買ったのだ。
強力フラッシュライトを持つ者もいて、ただでさえ催涙ガスで弱っている敵の視界を奪い、味方に殴らせる。
ダメ押しに、助っ人たちは特殊な棒状武器を渡されていた。先端の、画鋲ほどの「魔剣」を交換することで、一撃の威力が大幅に増す。棒部分は20回ぐらいもちこたえる……ヴェルフが新しい技術で作った最新型。今回は持ち出していない『銃』の応用でもある。
目が痛く咳で苦しい、なぜかわからず痛い、圧倒的な破壊が怖い……そんなときに突然強烈な光で目がくらんだ瞬間、別の敵に殴られ、レベル1とは思えない威力で吹き飛んで気絶。
多少の人数差は無意味だ。
ついでに、中層の広いルームで多連装ロケットなどの訓練もしてある。
フランベルジュを構えたヒュアキントスに、刀を腰に横たえるように持ったベルが歩き向かう。
なめきって、刀ごと顔を半分削ぐつもりで打ちこんだ剛剣。
だが、柔らかく滑るものを切ったように手ごたえが変だ。
振りかぶる刀に、滑りそらされている。
歩き続ける足が、嫌な場所に入られている。
「生意気な!」
叫び、レベル3の速度で動いて切り返そうとするが、嫌なところに袈裟切りが走った。
思わず手を止めてしまい、その時にはベルはもう、別の一歩を踏み出している。
足を止めない。
そして動きに緩急があり、なんとなくやりにくい。
最大速度で引き離そうとしたが、それができない。気がつくと、ベルは同じ速度で動いている。
ベルには迷いも何もなかった。気負いもなかった。何日も、毎日自分より強い相手と戦ってきた。【ロキ・ファミリア】の幹部たち。下層のモンスター。
そして何より、
(ベートさんや椿さんを、これ以上失望させたくない……)
と、強烈に思っていた。
レベルが違うから勝てないとか、考えない。あのミノタウルス戦のように、全力で戦う。
それは【ロキ・ファミリア】幹部との特訓からできるようになってきた。本当に勝つ気で、すべてをぶつけて挑むことが。そうしなければ、
(確実に死ぬ……)
ほどの高みと戦い続けた。
ベルは、【ロキ・ファミリア】幹部かわるがわるの特訓の最後の日、アイズに言われたことを思い出している。
「リヴィラで戦ったとき、ベルはなすすべもなくやられてなんてなかった。打たれる前に反撃しようと動き、腰を入れてた。だからこちらの攻撃の威力は、半分以下だった。
レベル6の攻撃がまともに当たってたら、普通のレベル2なら一発で倒れてた。何度も打たなければ倒せなかったのは、ベルが動き続け、腰で打ち返そうとしていたから」
フィン・ディムナの教えはもっとわかりやすかった。ダメージは絶大だが。
「腰に目があるように相手をとらえる。腰で振りかぶり始めているだけで、腰の角度や手の動き、刃の動きがある。それだけでも真剣なら致命傷をまぬがれ、素手なら威力を半減するだけのものがあるんだ。
腰を落とし、腰で打つ。その基本は攻防一致でもある、武神タケミカヅチの教えはさすがだね。いい勉強をさせてもらった」
ティオナ・ヒリュテは、
「りくつなんてわかんないけど、とにかく前に出て、攻め続けないとだめだよ!いっくよーっ!」
と、体に直接流しこんでくれた。
毎回ボロボロなどというものではなかった。フィンはレベル7、アイズ・ティオナもレベル6。
ちなみにビーツはフィン・ティオネ・ガレスと当たっている。
深層に行ったり、中層で血肉(トラップアイテム)つきで多数と戦う日もあったので、全員とは稽古できなかった。
そして、鍛える側は戦慄していた。ふたりともどれほどのペースで伸びていくのか。どれほどの高みに向かっているのか。
椿・コルブランドが教えたという、腰だけで攻撃を半減させ、投げ、寸打を打つ……その統合技。タケミカヅチが教えた、腰で刃筋を通す正しい剣筋。激しいトレーニングで鍛えぬいた足腰。第一級冒険者たちの猛撃も、いつ吸われ反撃を食らうかわからない。相当本気に近いところで打ちこんでしまうほど、ベルもビーツも筋が正しく、動きがキレ、腰が粘る。
「その刀を叩き折ってやる!」
嗜虐気味に乱打する両手持ちのフランベルジュを、ベルは刀の振りかぶりの動きで受け続けた。刀はレベル3の強打を受け止め続けた。椿・コルブランドが、あらためて折れないことにすべてを注いだ『ドウタヌキ』。
しなりつつ、折れなかった。支えるベルの腕と腰も強く、柔らかく威力を受け流していた。
(あの人たちに比べれば、37階層のモンスターに比べれば、ぜんぜん遅い)
タケミカヅチが、斬るよりも重要だと叩きこんだ振りかぶりの動きは、自然に全身で受け流す動きになっていた。ミノタウルス戦の前のアイズとの特訓から、彼女は正面から受け止めるのではなく、柔らかく受け流す防御を徹底的に仕込んでくれた。
流れるように、力の方向を変えて受け流す。そして相手の体重を、心を崩す。
「何なのだ……誰だお前はあっ!」
寵童が絶叫する。
完全に敏捷は追いつかれている。力も劣っていない。
ベルの『ステイタス』を見たら、自分の眼を否定するだろう。ランクアップから一月も経っていないのに、SSがふたつ……
ゴライアスさえ倒したことがある中堅ファミリアの、レベル2たちが団長を救おうとする必死の攻撃を、瓜生とビーツは受け止めていた。
顔を隠したリューとクロエは、もうレベル1の敵の殲滅に向かっている。
クロエの超短文詠唱での幻覚呪文。催涙ガスなどで苦しんでいる敵には余計にかかりやすい。幻覚に囚われた者を眠らせるのが、リューの疾風と言われる高速の一撃。
さらに動き戦いながら並行詠唱する大呪文での強烈な大規模広域破壊。
「殺すニャ、なんてめんどいニャ」
殺し屋だった彼女にとって、殺しが事実上御法度の戦争遊戯はやりにくい。だからこそサポートに回っている。
「リリルカ・アーデさんは良い指揮官ですね。とても動きやすい」
リューにはそれを評価する余裕もあった。
ビーツの、槍がわりの鉄棒はまさに冴えわたっていた。
10歳ほどの小さい身体だが、レベル2とは信じられない速度で動き回り、強烈な突き。円を描く受け流しも柔らかく重い。レベル2のダフネが完全に圧倒されている。
そして剣の才がない瓜生も、規定竹刀と同じサイズの刃引き剣をふるっている。重厚で高価なスケールメイルを着ている。才はない、だが金はある。防御に徹すれば十分戦えるし、打たれても痛みすら感じない。常時発動の魔力鎧、それと反応する鎖帷子、その上にスケールメイル。耐久だけならレベル4にも迫る。
瓜生もここ数日、まあそれなりに稽古してきた。普通の運動部高校生が試合前の練習で汗を流し、帰ってからも縄跳び10分・腹筋とスクワット100回ずつ2セットやるぐらいには。
ふたりとも、勝つ必要はない。団長同士の一騎打ちを邪魔させず、守り抜けばいいのだ。
ベルとヒュアキントスの勝負はますます速度を増し、威力が増していく。
両方に傷が増えていく。
特にベルの傷は、ここ数日の特訓がいかに過酷だったかを物語っている。
深層の怪物や第一級冒険者相手に、無傷など夢物語。自分から前進して当たりに行き、攻撃を半減させるほうが、よけたつもりが連続技をまともに食らったり、攻撃を受け止めた直後蹴られたりするより、
(まだまし……)
なのだ。
何よりも、腰で前進し攻め続けろ。それが今度の特訓の課題である。
そしてベルの体に刻まれた正しい袈裟の型は、その覚悟さえあれば受け流しからの攻防一致にもなる。実はフィンやティオナも、何度も軽い怪我ならしているのだ。
「化物があっ!死ねぇっ!」
もう、主神の意図も忘れ、恐怖にとらわれたヒュアキントスの乱打。
ベルは常に一歩内側に入り、刀の強度で受け止め、切り返す。だが、その足が一瞬もつれた。先ほどの、全力での『英雄願望』の反動……
「もらったあっ!」
美青年のフランベルジュが迫る、だがベルの体は動いた。限界を超えて疲れ切り、ダメージの限度を超えた状態で戦い続ける毎日……
16階層の一番奥からビーツとふたりで銃なしで、血肉つきで放り出された。ものすごい距離を斬って斬って斬りまくって下階への通路にたどり着き、その直後にティオナ・アイズと2対2で戦った日がある。
最大傾斜のルームランナーを最高速度で3時間走ってから、休憩もなく同じことをしたビーツとほぼ全力の試合をしたこともある。
瓜生は、戦いの経過が思い通りに行くとは思っていない。長時間多数の敵と戦い抜いた末にボス戦、という展開を前提に、ビーツとベルを鍛えぬいた。
目の前の相手も遅く見えるが、油断や慢心はない。ただ無心に全力で踏みこむだけだ。
ヒュアキントスの、半ば体当たりになった一撃を腰で耐え抜く。そしてもう一歩踏み出すことで、単純な力比べで押し負けた敵の足が少しだけ乱れ、引きながらの不用意な一撃が放たれた。
ベルは何の考えもなく、ただ刀を振り落とした。左手の動きは最低限、刀の重さだけで。
フランベルジュが、分厚い両手剣がニンジンのように断ち切られた。
「な」
観客たちも衝撃に打たれる。
椿・コルブランドが微笑した。
「わが主神の脇差は散々見せてもらった。少しでも近づこう、いつか越えようと努力はしておる。腰が正しく刃筋が正しければ、切れぬものなしに近づけたつもりじゃ」
見たヴェルフ・クロッゾは、ひたすら歯を噛み鳴らしている。
衝撃に身を震わせつつ、ヒュアキントスは飛び離れて呪文を唱え始める。
ベルが追おうとするが、ダメージが大きく走れない。
円盤投げのフォームからの一撃。同時にベルも刀に稲妻を落とし、迎撃する。
魔法と魔法が激しくぶつかり合う。刀が弾き飛ばされ地面に刺さった。
「いまだあっ!」
ヒュアキントスは、魔法を相殺して、力尽きたかに見えるベルに短剣を振りかざして襲いかかった。
(とどめの一撃は、油断……)
アイズが教えてくれたことの一つを、ベルは思い出す。
なら、ただ無心に迎える。
腰を深く落とす。肩の力を抜き、深く呼吸する。
胸に刺さるかに見えた短剣が、ベルの胸当てに弾かれ滑る。ベルの胴体の角度が変わったことで。それで重心が崩れ無防備になった長身に、さらに一歩踏みこんだベルの両手がすっと吸いこまれる。胴体の角度を変えた、それがその打撃に力を与えている。
諸手突きと同じ、全体重をこめた一撃が芯に浸透する。
前進し、腰で防ぎ投げ打つ攻防一致……ベートが求め、椿が教え、アイズたちが磨き上げた一撃。
ヒュアキントスは地面を転がり、そのまま動かなくなった。完全な意識不明。
戦争遊戯の終了を告げる声が『鏡』から響き、戦っている眷属たちは手を止める。
【アポロン・ファミリア】の面々は絶望の眼で、倒れて動かない団長を見ていた。
ベルは脇差に手をかけ、残心を保っている……特にモンスター相手では、油断は命取りだ。
レベルが上の相手を一騎打ちで倒す、という大番狂わせ(ジャイアントキリング)に熱狂するオラリオの神々、人々。
【ロキ・ファミリア】はお祭り騒ぎだった。ティオナは自分のことのように喜んでいた。
一歩引いたベート・ローガは、あれ以来仏頂面だったのが、はじめてわずかに口角を緩め……ダンジョンに飛び出した。やっと、また見ることができた。前だけを見て全力を出しつくし、前に出るミノタウルス戦のときのベルを。
大金をかけていたモルドも大喜びしている。
そして【ヘファイストス・ファミリア】では、椿とヴェルフが鍛冶場に突っ走った。ほかにも何人も、ベルの刀が椿製だと知る上級鍛冶師が鍛冶場に走る。
「何か言うことは?」
ヘスティアの冷たい目に、アポロンは呆然としていた。
「大事なベル君を奪おうとした代償は、小さくないよ。
そっちがやってくるつもりだった、ホームを魔法で攻撃したりボクを襲撃したり、なんてしてたら、【ファミリア】解体オラリオ追放もやっただろうね……
でもそんなことをする余裕もなかったから……そうだね、強制的に加入させられた眷属の脱退を認めること。今後強制的な勧誘や非道な引き抜きをしないこと。
そして、今後は【ヘスティア・ファミリア】に事実上、従属することだ」
アポロンはただただ、頭を抱えてうずくまっていた。
そのアポロンの耳に、ヘスティアは口を近づけた。
「もう一つ。誰が君の後ろにいて、情報もよこしたのか、【ソーマ・ファミリア】残党まで動かしたのはだれか……イカロス以外の名前も、吐いてもらう」
問題は、事実上殺しご法度で、かつ普通のゴム弾じゃ通用しないということです。
それでポルシェ・カイエンやブルドーザーで体当たりもやりたかったんですが、必要ありませんでした。
荒れ地でも時速200キロ以上ではねられたら、レベル3までなら十分戦闘不能にできるでしょう、重火器なしで。
「トグ」と武威も温存されています。
最悪の場合でも絶対負けないように準備しています。