ダンジョンに近代兵器を持ちこむのは間違っているだろうか   作:ケット

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歓楽街

『人工迷宮(クノッソス)』探索を一段落させた連合だが、特にベルたちに休む暇はなかった。

 神々もステイタス更新に忙しい。

 呪詛の傷を受けたフィンらはアミッドの治療でなんとか完治した。事務処理や装備の補充も大仕事だ。ほかの負傷者に、瓜生が止血法を教えていたのも功を奏した。ポーションや治癒呪文があるこの世界では、戦場での救命医療はどうしても衰えてしまう。それらがない瓜生の故郷では極端に発達している。

 

 ビーツは、ステイタスがとうとう10000の大台に達したが、それでもランクアップには至らない。

(どうなってるのか……)

 とヘスティアが思うほど非常識だ。

 また、エリクサーのビンを呑んでおき、腹をぶち抜く剣に腹の中でビンが割れた……腹の中にガラス片がばらまかれる、瓜生はそれを激しく恐れ、大手術も覚悟していた。

 使ったのは塗りの厚いホーローで割れやすいよう金属に切れ目を入れたビンだが、それでも細かな破片を恐れていた。

 心配していたほどのことはなかった。人間とはまったく違うビーツの体は、治癒と同時に異物であるガラス片も全部外に排除していた。

 

 

 冒険の代償は大きかった。

 ベルとビーツが武器を失った……神造の『ベスタ』以外。

【ロキ・ファミリア】メンバーの、武器防具の消耗も大きかった。となれば、【ヘファイストス・ファミリア】も【ゴブニュ・ファミリア】も大忙しになる。

 

 ヴェルフはベルの、自分が打った脇差と、椿・コルブランド作の刀を見た。どちらもボロボロであり、曲がりくねっている。

「この刀も、『フミフミ』も、完全に寿命だ。よく使い潰してくれた……満足だって言ってるよ、どちらも。

 二度、椿・コルブランドが打った刀を使ったおまえには不満だろうが、今度こそ……この二刀と、あのミノタウルスの角の残りを素材に、俺に刀を打たせてくれ」

「もちろん」

 ベルの快諾。ヴェルフは武者震いしていた。

 信じ切って快諾してくれたことはうれしい。だが、責任が重すぎる。そして容赦なく椿・コルブランド……オラリオの人間最高の鍛冶師と比較される。いや、むしろ脇差……主神ヘファイストスと比べられることになる。

 絶望的な重圧。自分の実力が、その二人から見てどれほど遠い遠いものだか、自覚がないわけではない。

 いや、比べられるなどどうでもいい。何よりも、椿が打った刀……『ドウタヌキ』思想が恐ろしい。自分が始めたブランドだが、無銘だろうと何だろうと、

(絶対に折れない。刀が折れたらその場で死ぬ……)

 これだけだ。

 ベル・クラネルのむちゃくちゃな刀の使い方……階層主級やオリハルコンの扉、信じられない数の敵との戦い、それでも折れない。

 それこそ、今の自分が単独でウダイオスに挑むより無謀。

 聞きつけた椿と、主神ヘファイストスまで顔を出してきて、その助力もかなり借りることになった。プライドよりも折れないこと、

(ベルが死なないことの方が優先……)

 とまでのこころがあった。

 これまで使った、椿の『ドウタヌキ』とヴェルフの『フミフミ』、ベルが倒した因縁のミノタウルスの角の残りを、素材とする。椿の打った刀には、アイズ・ヴァレンシュタインが倒したウダイオスの大剣もわずかながら含まれている。

 人工迷宮の戦いで大量のアダマンチウムと、かなりの量のオリハルコンすら戦利品として分けてもらっており、それも素材となる。

 それで打つのは大小。脇差は、ヘファイストスの神脇差『ベスタ』より一回り短く、だが厚く身幅も広く、柄は短め。刀も定寸で、より厚く広く、柄を以前より少し長くした。

(絶対に折れない……)

 にすべてを注いだ、一片の飾りもない『ドウタヌキ』。

 ヴェルフはまさに、命と魂を賭す思いで挑んだ。

 

 ビーツも、槍もトンファーも失った。

 槍はともかく、トンファーは恩神アストレアにもらった大切なものだった。

 まず、ビーツは『豊穣の女主人』に、リュー・リオンに謝りに行った。リューの仲間の形見を壊したのだ。

「あなたが生きて帰ってきてくれたことが、うれしい」

 とリューは言い、ビーツを抱きしめた。

 また、シルに言われたビーツは、アストレアにも手紙を書いた。それができるほどには、勉強もさせられている。

 そしてビーツは【ヘファイストス・ファミリア】と話し合い、新しい武器を作る算段をした。

 武神タケミカヅチも相談に加わる。ビーツの、『気』という特殊な力を最大限活用するため、工夫が必要になった。それは技術の向上にもなるため、かなりの値引きがされた。

 だが、それには時間がかかる。当座は、ベルの刀と同時に穂先を打った槍と、切られたトンファーの残った部分を用いることにした。

 防具も含め完全な装備が仕上がるには結構かかる。

 ある程度……槍の柄、刀の柄、防具などは、高額な既製品で妥協した。

 

 

 ビーツは検査が終わったらリューのところに謝りに行き、そのまま『豊穣の女主人』で働いてから、残った生鮮食材すべてを食べつくして、レベル4が4人がかりで修行。

 もうリューと一対一でも互角以上に打ち合えている。

 瓜生は【ロキ・ファミリア】幹部とともに反省会、装備の再検討などがある。

 

【ヘスティア・ファミリア】が新たに直面した問題の中心は、【イシュタル・ファミリア】にある。

【タケミカヅチ・ファミリア】の者が、歓楽街で同郷の幼なじみの噂を聞いたという……

 また【ロキ・ファミリア】もイシュタルが闇派閥に関して怪しい動きをしているのをつかんでおり、それはヘルメスに任せている。終わったばかりの人工迷宮探索で倒した『穢れた精霊』に、イシュタルの痕跡があった。

 その情報も瓜生のところには入っている。

 瓜生は、そこにイシュタルが同じく美の女神であるフレイヤに向ける、嫉妬があることを聞いた。

「【イシュタル・ファミリア】は歓楽街を支配している、か……」

 情報戦を重視する瓜生にとっては、一番恐ろしい相手だ。あらゆる情報は遊郭に集まる。そして莫大な金もある。

 

 

 瓜生にもベルにも、多くの恩がある【タケミカヅチ・ファミリア】だが、同郷の幼なじみを助けるという意志は固い。

 夜に、【ヘスティア・ファミリア】と共同で住んでいるヤマト・命とヒタチ・千草が抜け出して歓楽街に向かった……のを、ベルが見た。

 瓜生の話に衝撃を受け、頭を冷やそうとして。

 そしてそのまま、『ベスタ』と既製品のナイフだけを持って、追跡した。

 無論ベルの部屋には監視装置がついており、瓜生とリリも後を追う。

 

 ベルが眠れなかったのは、瓜生の話を聞いたのが理由だ。少し前から瓜生は、ベルとヘスティアの余暇に故郷の英雄の話を朗読してやるようになった。

 最初にオッペンハイマーの話をして、原爆の映画を見せたのだから、

「おれの故郷では、ひとり殺せば犯罪者だが百万人殺せば英雄だ……」

 こそ、伝えたいことだ。

 コロンブス、アレクサンダー大王、コルテス、ナポレオン……虐殺についてもしっかり描かれた大人向けの伝記。

 コルベ神父、アンリ・デュナン、キング牧師など善のために身を捧げた人たちも。

 ワット、エジソン、パスツール、アインシュタイン……科学技術を、文明を進歩させた偉人たちの話も。

 ベルが祖父に聞いていた英雄譚とは、あまりにも異質だった。

 個人としての強さがほとんどなく、人を指揮する能力が高い英雄たち。すさまじい虐殺。

 特に新大陸では、伝染病という恐ろしい兵器を無自覚にまき散らしていたからこそ、コルテスはアレクサンダー以上の土地を征服できた。武将としての能力には事実上関係なく……

(それが英雄というのなら、英雄とは何だろう……)

 それさえ思ってしまう。

 

 そして歓楽街でベルは、悪夢のようなめにあった。

 モンスターでないことが不思議な、第一級冒険者に全力で追い回された。

 そしてたまたまかくまわれた部屋で、問題の発端になったサンジョウノ・春姫という娼婦に出会った。

 

 翌朝ベルは、徹夜なのにヘスティアとリリに吊るしあげられた。

 むしろ瓜生の冷静な、

「もう年頃の男だし、当然だろう」

 という言葉が、女ふたりの怒りをあおっていた。

「で、ウリューくんは……」

 とばっちりでヘスティアに白い目を向けられた瓜生だが、彼は軽く肩をすくめた。

「おれは旅先で女に手を出すつもりはない。性病が怖いから」

 一応、異世界に行ったときに伝染病は感染させることもないし感染することもない、という話だが、あまり信用していないのだ。

(性病一つでも持ち帰れば、故郷が滅びるかもしれない……)

 のである。

「ではどう処理を?」

 リリが問うのに、

「見たいのか?」

 と瓜生が地面に手をかざして数秒。ヌード写真集、エロマンガ、ノートパソコンとエロゲ―にアダルトDVD……

「さいってー」

「最低ですね」

 と、ヘスティアとリリに瓜生まで責められた。

「まあひどいことはしてるよ。本来おれが遊郭で大金を落とせば、当の本人には大金が入って借金完済に近づく。楽団だの化粧係だの見習いだのもチップをもらい、うまい料理のご相伴にあずかる。

 その料理人が給料を得て、魚をとる漁師から包丁を打つ鍛冶ファミリアまで金が行きわたる。

 その機会を奪ってるようなものだからな。まあ、情報屋にばらまいてそいつらが遊んでるから」

「そういう問題じゃないですよ!」

「まあ女の感情はともかく、ベル、昨日何があったか細大漏らさず報告してくれ」

 と、それでベルが見た地獄をヘスティアとリリは聞き、苦笑するしかなかった。ただし、要注意と思われる戦闘娼婦もその話にはいたが……

 

 問題は、命と千草が歓楽街に何の用があったのか……

「こんな騒ぎになったんだから、とっちめないとね」

 と、ヘスティアがタケミカヅチのところに出かけた。

 

 タケミカヅチはヘスティアの話を聞いて命と千草を問い詰め、春姫の件を聞いてしまった。

 さらに、ベルが春姫と会ったことも皆に伝わる。

「生きておられたか、お元気に……」

「しかし、なんとおいたわしい……」

「リリも、あそこに落ちていなかったことが不思議な身です。他人事ではありませんよ……ですが、それとこれとは別です。

【イシュタル・ファミリア】にケンカを売るなんて……【アポロン・ファミリア】とはレベルが違いすぎます。あちらにはレベル5がいるという話ですし、3以上も何人もいる。この迷宮都市でも上位の派閥なのですよ」

 リリの容赦のない言葉に、命と千草は冷や汗を流している。その正しさはいやというほどよくわかる。

「第一、その方はすでにファミリアに入っています。ファミリアの者がどう扱われようと……」

 最悪のファミリアに生まれ苦しみぬいたリリだからこそ、掟の厳しさをよく知っている。そして感情に流されず、現実的な言葉を重ねる。

「二度三度の命の恩、さらにただダンジョンにもぐるよりずっと多くの儲けをもらって、それでこれは申し訳ない……」

 タケミカヅチは小さくなっていた。

「あなたがたにご迷惑をかける気はありません、こちらで……なんとしても……」

 小さくなる命に、瓜生は首を振った。

「詳しくは言えないんだが、おれたちがかかわっている件で【イシュタル・ファミリア】は関係してる。どのみち抗争になるリスクはある。その場合は、協力してくれるか?」

「も、もちろん。一命にかえても」

「それに、みなさんにとって大切な人なら……」

 ベルが口を出すのに、リリが、

「ベル様!【ヘスティア・ファミリア】自体を賭ける覚悟はおありですか?無論リリは、ベル様が何を選ぼうとついていきます。どんなことになっても。それを背負ってくださるんですか?」

 その言葉の厳しさに、ベルは震え上がった。

 自分一人が無茶をする、とは違う。ファミリアそのもの……瓜生も、リリも、ビーツも……加入を約束してくれている武威やトグも。そして何人もの希望者……

【ロキ・ファミリア】の遠征に同行し、それなりに仕事をすることで、

(英雄への道を一歩、歩いているのかもしれない……)

 という実感さえあった。

 実際、【ロキ・ファミリア】幹部やヘルメスはベル・クラネルを英雄候補と認め、育てる気がある。

 アイズやティオナ、椿やベートがベルにくれた助け、フィンやリヴェリアも厳しすぎるほど教えてくれた……

 パーティメイトであるヴェルフやレフィーヤ。厳しく優しく見守ってくれるエイナ。

 そして、大切な主神。

 今のベルも、背負っているものはあるのだ。

 その重さと、一夜の恩、同情、知り合いともいえない……

(すべてを賭けるに値するのか?)

 その問いが、ベルにのしかかる。

 ベルがそれでも真剣に考えていてくれる、それは【タケミカヅチ・ファミリア】に伝わった。

(もう、この方のためなら生命もいらぬ……)

 そう覚悟が固まる。

 瓜生とは微妙に違いベルは、

(たとえ自らが文無しで飢えていても、わずかな食物を分けてくれるような……)

 助ける余裕などなくても、いのちがけで助けてくれるのだ。いのちがけで返すしかないではないか。

 

 それから瓜生は【イシュタル・ファミリア】が支配する歓楽街について、調べ始めた。【ロキ・ファミリア】からも情報をもらう。

 アマゾネスの高レベル冒険者を擁しており、普通の遊郭のような人肉市場ではない……むしろ近づいた強い男が食われてしまう、原始的な血と暴力の臭いが強いところだ、と。

「確かにいい女は多いけどよ、アマゾネスだぜ?下手すりゃ干からびるまで食われるだけだ。金持ってる初級や冒険者でもない奴には、普通の遊郭のふりをしてるけどな」

 さらに、神ヘルメスのところにも話を聞きに行った。

 瓜生は、18階層でベルたちを危険な目にあわせたことを知り、ヘルメスを脅してある。

「ベル・クラネルの成長のためであれば、多少のことは目をつぶり、ヘスティアやベルには秘密にしてもいい。そのかわり、おれには何一つ、絶対に隠すな」

 と。

 

 

 情報を集め始めた瓜生とリリは、慄然とした。

 要するに裏の情報屋たちが、震えあがって断るのだ。

 まだ、サンジョウノ・春姫はオラリオに来てからそれほど経っていない。にもかかわらず、情報屋の間では、

(関心を持つことも許されない、最悪の危険物……)

 なのだ。

 タケミカヅチにその点を相談すると、

「狐人(ルナール)には珍しい魔法が発現することが多いから、それか……」

 と、重要な情報を伝えてくれた。

 遊客から情報を求めたら、

(美しくはあるが男の肌を見ただけで気絶するほどおぼこ、返品ばかりされている……)

 という悪評が出てきた。

 悪所にも出入りしているモルドたちが、そちらでは得難い情報源になった。彼らは瓜生にカジノ出禁を解除してもらったので、瓜生に頭が上がらない。

(英雄になるなら、情報が集まるカジノ出禁は痛すぎる……)

 瓜生はそう考えたのだ。といっても、カジノはベル・クラネルに、ギャンブル自体は禁止している。『幸運』レアアビリティに気づいてしまっている。逆に賢いカジノは、ベルに大勝ちさせることで、

(カモを呼ぶ……)

 という利用法を思いついているが、まだそれをやる暇はない。

 

 

 武神タケミカヅチはその日は、学校は休みだったがビーツと武威を見る予定を入れていた。

 

 重い鎧を脱いだ武威だが、その体を浮かすほどの闘気の鎧、バトルオーラはかなり薄くなっている。地面に足をつくことができている。

 そして習った動きをやると、肘打ちの一点に針先のように、すべての気が集中していた。

「これができるとは思っていなかった……」

 と、限界だと思っていたのがまだ成長できたことに、とても喜んでいた。

 武神の指導はそれでも厳しかった。

「まだ、ダンジョンの一階に入ってもいない」

 と。

 武威は素直に、何度となくゆっくりと、24式太極拳のような動きを繰り返し、武神の厳しい指導を受ける。

 今は亡き、永遠に届かぬ目標から自由になり、自らの道を歩めるように……

 

 またビーツは、

(槍の手元に入られたら、新しくトンファーをつくるよりも徒手空拳のほうがよいのでは……)

 という話になった。このことは鍛冶神ヘファイストスとも相談している。

 槍からトンファーの切り替えにはどうしても時間がかかる。トンファー自体、実はアストレアにもらってからオラリオまでの旅の、せいぜい半年しか使っていない。

 手首から肘までを分厚い装甲で固め、手は黒いゴライアスの硬皮も用いた手袋で固める。

 腕装甲は新式の不壊属性。手袋は、『気』を用いる戦法に調和させるため、武神タケミカヅチと鍛冶神ヘファイストス両方が協力して作り上げることになった。

 特に拳の殴る面を分厚く強化し、きわめて特異な属性をつける。正しく『気』がこもった拳打であれば、拳を保護しつつ内部破壊に『気』を向けるように。

 タケミカヅチは武威には、

「腕相撲で勝てない相手を、力ではなく意念を用い、相手の力を利用して封じる」

 合気道・八卦掌系の柔が強い拳法を教えた。

 ビーツには、

「高速密着からの必殺、槍術とも共通」

 八極拳やキックボクシングの本質を抽出して教えた。最終的には、腕相撲とかけっこで勝てない相手にも柔の技で勝てる、剛柔が統合されるように種は仕込んであるが。

 ビーツはもう、頑丈なリュックに80キログラム詰めて、オラリオの周囲でフルマラソン距離を一時間強、100メートル10秒ペースで走っても……大型トラック用のばねを用いた、最大100キログラム重近いボート漕ぎマシンを3時間不休で続けても、平気だ。

 それが重量も背負わず、タケミカヅチに厳しく直されつつほぼ真横への拳打、肘打ち、前蹴りを40分繰り返すだけで立ち上がれないほど疲れる。それほど体を精妙に使い、『気』を精密に制御しなければならぬ。

 歯を食いしばって立ち、修行を再開する。

 強くなりたい、強くなれる……ビーツはひたすらに、強くなることだけに夢中だった。リュー・リオンやアーニャ・フローメルでももう物足りない。レヴィスほどの敵でも足りない。

 鍛えに鍛え、強敵を求め続ける……ベルとは違い、英雄などという夢も、アイズ・ヴァレンシュタインという憧憬もない。武威とも……戸愚呂との再戦を誓って本気で修行していたころの彼とも、違う。

 ただただ、強くなりたい。もう一つの命令は消されていても、種族の本質である強さへの渇望は消せなかった。

 

 

 ベルは迷っていた。

 なによりも、

(娼婦は英雄を破滅させるだけ、救うことはできない……)

 このことだ。

 ヴェルフが全身全霊で刀と脇差を打ち、時間をかけて焼きなますのを待ちながら、ベルはじっと休んでいた。

(どちらにしても、全力で動けるように今は休んでおけ……)

 瓜生にそう言われて。

 瓜生はリリを助手に、ひたすら情報を集め分析している。また疲労困憊したビーツに、どんぶりで20杯も柔らかめの月見うどんを作った。

 ヘルメスの言葉から、こちらが手を出さなくてもイシュタルが、ベルを狙ってくる可能性が見えてきたのだ……

 

 ヘスティアはまたしても恐ろしい危機が迫っていることがわかっていた。そして胸が張り裂けるほどに、眷属たちのことを思っていた。

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