ダンジョンに近代兵器を持ちこむのは間違っているだろうか 作:ケット
歓楽街を睥睨する、贅を尽くした宮殿の奥で。
美と月の女神イシュタルの命令を、何人かの眷属幹部が聞いていた。
フレイヤのお気に入りだというベル・クラネルを手に入れる。あの女を悔しがらせてやる……
同じ美の女神フレイヤを激しく嫉妬し憎悪するイシュタルの、女神の激情に人の子である眷属たちは圧倒されていた。
黒一点のタンムズは、止めようとしていた。
港町メレンでの戦いで【カーリー・ファミリア】が脱落し、『人工迷宮(クノッソス)』で試しにと投入した『穢れた精霊』化した牛怪物を失い、以前想定していた戦力より大幅に低くなっていること。
その状態で、【ヘスティア・ファミリア】にケンカを売る……
【ヘスティア・ファミリア】は、【ロキ・ファミリア】と深い結びつきがあると言われている。
ベル・クラネルのパーティに、【ロキ・ファミリア】のレフィーヤ・ウィリディス、【ヘファイストス・ファミリア】のヴェルフ・クロッゾがいる。
そして【アポロン・ファミリア】との『戦争遊戯』では、明らかに【ヘスティア・ファミリア】は底を見せていない……隣の城を爆砕した武器を人に向けていれば、皆殺しすら容易だったと思われる。また石塔を雪だるまのように粉砕した鎧の巨漢は戦いに参加していない……
そんな理屈は、嫉妬に狂った女神の耳に入るわけがなかった。
「やれっていってるんだ」
「おお!やってやるさァ……じゅるり」
そして、アマゾネスの闘志と、主神イシュタルが与える圧倒的な恐怖と魅了に狂った眷属の耳にも、入るものではなかった。
ここまでは盗聴器は及んでいないが、瓜生が聞いたら驚くだろう。
せっかく、情報面で圧倒的な力を持つ遊郭の主なのに、情報で戦おうとしないのだから……
大手商会からのうますぎる話を聞き、すぐに瓜生とリリは情報屋を使って依頼の裏を探った。
すぐに、
(【イシュタル・ファミリア】がベルを狙っている……)
ことの、明白な証拠が得られた。
ちなみに、【ロキ・ファミリア】からベルのパーティに入っているレフィーヤに、別口・名指しで依頼があったとも。
それで、問題は【ロキ・ファミリア】とある程度共有することになった。
「さて、どうする?」
瓜生はリリに問いかけた。
「狙われている以上、依頼を断っても次にダンジョンに入ったときに襲われるだけでしょう」
「どんなふうに攻撃してくるだろうか?」
「もっとも有効なのは『怪物贈呈(バス・パレード)』ですね。多数のモンスターをぶつけ、混乱したときに高レベル冒険者が強襲する。レフィーヤ様を外そうとしていることも、それを有効にするためと考えられます」
「対策は?」
「多数の、頑丈な『壁』。初動が早い魔剣……銃の大量装備。ただし、多数の死者を出したら深い禍根を残すでしょう」
「ベル、リリルカに任せるか?」
瓜生は、情報や策謀に関してはリリルカ・アーデに継承させるつもりでいる。彼女もわきまえている。
「は、はい」
「【アポロン・ファミリア】や、【ミアハ・ファミリア】からも援軍を用意します」
「われわれも、いつでも」
【タケミカヅチ・ファミリア】も合力を誓った。
「ただ……」
「なんだい?」
首をかしげるリリにヘスティアが問いかけた。
「レフィーヤ様やクロッゾ様を巻きこんだら、ふたつの最大手ファミリアを敵に回すリスクがあるのに……ただでさえ最強(フレイヤ)と戦うというのに、正気を疑いたくなります……まあ、それがオラリオの神というものですが……よほどの切り札が……」
「ああ、アポロンにも抑止はまるで通じなかったな」
また、ベルと命はヘルメスから別の情報も得た。
ヘルメスはベルや命が、狐人の娼婦に関わりがあることに心底驚いていたようだ。
そして『殺生石』という名を聞かされ、それをタケミカヅチに知らせたら……とんでもない衝撃が出た。
あとわずかな日数で、春姫の生命が事実上なくなる。
「思ったより時間がないな。リリルカ、一つこちらでできることを教えておく。それで選択肢を考えるんだ」
リリは考えぬいた。
さまざまな選択肢を。そのメリットとデメリットを。考えられる敵の反応を。
ベルも考えていた。自分がなぜ、春姫をこれほど助けようとしているのか。さらに瓜生に聞いた、彼の故郷の英雄譚も。そこでは娼婦は決して破滅の象徴ではない、むしろ最重要の聖女の一人でもある……『ジーザス・クライスト・スーパースター』の映画も見せてもらった。
商会から受けたクエストは、十分な準備の上で決行された。
その前後に、【アポロン・ファミリア】が迷宮に入った……が、まったく別の階層に向かっていた。
【ヘルメス・ファミリア】が妙な大荷物を持って迷宮に入ったことも、誰も関係があるとは思わなかった。
【ロキ・ファミリア】はその日、なぜか誰もホームを出ない。
ベル、ビーツ、リリ、ヴェルフ、命……それだけの比較的少ないメンバー。
鎧の巨漢は今日も【ヘスティア・ファミリア】改宗の準備として『学校』に行き、この世界の文字や常識を学び、運動の時間は実力が隔絶しているので隅で別の修行をしている……そう、報告は行っている。
14階層で水晶を採掘しているときに大規模な、多数のモンスターの襲撃……
そのとき。
その『ルーム』に通じる通路の床が、突然爆発した。
大量の爆薬。床が抜ける。その下の15階層も。
転げ落ち、岩盤と爆発に大ダメージを受けたモンスターたちは、そこにいた多数の精鋭冒険者に一掃された。
『クロッゾの魔剣』が稲妻の嵐を放ち、大盾に守られた長槍の壁がライガーファングを次々に貫く。
ついでに、混じっていた低レベルの戦闘娼婦(バーベラ)も捕縛される。
『戦争遊戯』で赤恥をかき、しかも脱退許可を強要されて半減した【アポロン・ファミリア】……逆に、団長ヒュアキントスをはじめ、特に忠誠心が強い者だけが残った。そして恥をそそぐため、今までとは次元が違う熱意でダンジョンで修行していた。
そして『戦争遊戯』の代償に、【ヘスティア・ファミリア】への従属が定められている。
【タケミカヅチ・ファミリア】から桜花や千草も加わっており、こちらはそれこそ決死で戦っている。そのすさまじい士気は【アポロン・ファミリア】にも伝染している。
ここには【ミアハ・ファミリア】はいない。彼女たち……ダフネとカサンドラも、別のところで別の特訓をしている。
だが、大盾を構える桜花がボールのように吹っ飛ぶ。圧倒的な、あまりに圧倒的な力がそこにあった。
レベル6相当。黄金の粒子を輝かせる、人間とは思えぬ醜い巨体。
フリュネ・ジャミール。
「ゲゲッゲ、こざかしい……無駄だよおおっ!」
「大盾!階層主戦を思い出せ、生存を優先しろ!」
ヒュアキントスが叫ぶ。
事前に警告されていた、
(【イシュタル・ファミリア】は、【フレイヤ・ファミリア】を潰すつもり……とんでもない切り札がなければ、とても考えないでしょう。最低限の役割を果たしたら、あとは生きて帰ることを優先してください)
深層用の大盾を用意していたから、瀕死が何人か出ただけで済んだ。
二階層分の穴を駆け上がる巨体が、ベルたちを襲う。
あまりにも速い強襲。
だが、ベルたちはもう、別のルームに避難していた。そこを【ヘルメス・ファミリア】が事前に持ち込んだ資材で要塞化して。
要塞の外に、ふたり待っている。徒手空拳、小さな少女と鎧を着ない巨漢。
『学校』で授業を聞いている、鎧の中身は【ロキ・ファミリア】で特に体が大きくレベル3の者だ。顔の見えない鎧で基本無口なのでごまかせる。なんとか大重量の鎧でも動ける。
ビーツが、静かに立って深呼吸する。
膨大な『気』の光がまとわり、そのまま湯気のように形を揺らがせる。
すっと、少女の体に入っていく。
武威も同じことをする。
バトルオーラ……強すぎ、無駄にまき散らされているも同然の気の鎧を、自分の体と精密に同じ大きさ・形にする。そして自分の体と完全に一致させる。それが武神タケミカヅチに課された修行だ。
まだそれほど長い期間ではないが、すさまじい熱意でやってきた。
先にビーツが、巨体の女に立ちふさがる。その醜さなど目にしない。目の前にいるのは、強者だ。
その歩みは奇妙だ。気の制御に大半の精神力を使い果たし、まるで泥沼を歩くように、疲れ切って足を引きずっているように見える。
「アアアアアアアッ!」
巨大な斧が超高速で打ちおろされる。
ぎりぎりまで、ぎりぎりまで引きつける。髪に刃が触れ、その何千分の一秒後に頭がふたつに分かれる……と見たとき。
爆音。迷宮が揺らぎ地面に小さなクレーターができる。
唐竹になる残像を残して超高速で懐に飛びこんだ少女が、全身で右拳を突き出す。
恐ろしい反応と身のこなしにかわされる。ビーツは踏みこんだ右足に左足を引きつけ、即座にまた右足をわずかに踏みこむ。地面が爆発し、ふたたび拳が打ち出される。
防御した、ビーツの胴より太い左腕が鳴る。まるで鉄の塊を打ったように。
「ゲゲゲッ!殺してやる!」
絶叫とともに、容赦のない攻撃が始まる。
ビーツがレベル2だと知っている者は、彼女の死を確信するだろう。
崩落に巻きこまれなかった戦闘娼婦はほかにもいた。
レベル3上位、『麗傑(アンティアネイラ)』アイシャ・ベルカ。彼女は本陣を守っていた。絶対に失えない本陣を。
読まれ、待ち伏せされていた、なら……
「急いで、あたしにも」
春姫の魔法は連発できない。だが、それでもぎりぎりまで……
そのとき、第三勢力が牙をむいた。ほかでもない、迷宮(ダンジョン)そのものだ。
あちこちでの大規模な崩落。
アイシャたちはいのちがけで、春姫を守った。
ベルたちが固めていた陣地も広域崩落に巻きこまれる。