ダンジョンに近代兵器を持ちこむのは間違っているだろうか   作:ケット

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月下

 狐人(ルナール)の魂を『殺生石』に移す儀式は、急がれつつあった。

 儀式は苦痛があるので鎖で縛られた春姫は、自分の力がベル・クラネルを苦しめることを思って絶望しつつ、抗うすべはなかった。

 遠くで、激しい音と悲鳴、怒号が響き始めた。

「陽動かもしれない」

「いや、ならなぜあんな……モンスターを!」

 誰もが、見てしまった。

 巨大なサルを。大きさはゴライアスにせまる。

 ゴライアスより、シルバーバックより俊敏で、次々と戦闘娼婦(バーベラ)たちを殴り飛ばす。

「な、な」

「どこのだれが」

「闇派閥?」

「とっとと片付けろ!儀式を急げ!」

 叫ぶイシュタル。さらに風が襲った。

 姿を消す『ハデスの兜』をつけたヤマト・命と、正面で暴れるベル・クラネル。取り戻してもらった刀をかつぎ、次々と一撃必殺で動き回る。

 圧倒的なスピードと切れ。レベル3でも下位の者は剣を合わせることもろくにできない。

 切り結ばない。一瞬切りつけたら、そのまますさまじい速度で次に抜ける。

 超高速で走り回るベルに混乱する、要所に配置された戦闘娼婦を、後ろから強打が打ち倒す。あえて大型のハンマーを手にした見えない忍びが混乱をよく見て、背中から殴り倒す。

 次々と見張りや、思いがけない場所に配置されたアマゾネスの手足が砕ける。

 またベルを止めようと切りつける、その少し前に目や後頭部を、何もない虚空から手裏剣が襲う。当然隙が生じ、ベルに手足を斬られる。

 ベルも、女性に重傷を負わせることも覚悟した。覚悟がなければ、女を救うことはできない……

 殺していないのは、まだ覚悟が足りない。わかっている。

 ベルはただ、捕まらないことに専念して最速で動き続け、斬り続けるだけだ。

 時々刀に稲妻を落とし、できるだけ大きな柱や門を切り倒し、建物を崩す。

 その混乱の中、見えない影が暗躍する。

 儀式を止める。春姫も、ビーツも助け出す。

 何も諦めない。切り捨てない。

 

 急がれる儀式。満月の光の下、短剣にはめこまれた魔法の石が輝きを変える。

 事実上確実な死。そして自分の死は、ベル・クラネルにわざわいをなすかもしれない……ヤマト・命が自分を殺そうとした。

 それが正しい、死ぬべきだ。死にたい……でも、でも……

 様々な英雄譚について語り合った。そして、別の国の、自分が知らない英雄の話も聞かせてもらった。

 海を越えて新天地を見出したコロンブスという船乗り。笑われればゆで卵を立てて見せたという。そして国に地位と功績を奪われ、失意のうちに死んだ悲劇もある。残虐な侵略者・虐殺者の面もある。すさまじい勇気と技術、あきらめずに次の宮廷に行った根性もあった。

 傀儡政権の主となって戦後死刑判決を受けたペタンという軍人。一度目の大戦争では文句なしの英雄、それが長生きゆえに最悪の売国奴の汚名を着た。それも、国民を守るために自分の名誉を捨てたのかもしれない、だがユダヤ人虐殺に協力した罪は重すぎる……

「英雄って、何だろう」

 ルベライトの純粋な瞳を曇らせ、真剣に考える少年。

 自分も必死で考えた。人間とは、英雄とは……

 楽しかった。とても、とても。

 自分は英雄について、半分も知らなかった。もっともっと知りたい。もっともっと、ベルに英雄の話をしてほしい。

「生きたい」

 口をついた。誰も応えない。圧倒的な無力。言っても仕方がない。

「い……生きたい!」

 春姫がもう一度、今度は心をこめて言った。アマゾネスたちは関心もないように、心を殺して儀式を終わらせようとした。祭壇に置かれ、月光を吸う殺生石がついた剣を、春姫に刺す準備を。

「もうすぐだ、もうすぐ石が月光を吸いきって……」

 突然。

 殺生石が、何の前兆もなく砕けた。その下の木の台にも小さな穴が。

 

 700メートル以上離れた、『バベル』の高層階。ふきさらしのバルコニー。

 ふたりの女冒険者が、素早く荷物をまとめて移動する。大型のトランクをいくつか持って。

【アポロン・ファミリア】から【ミアハ・ファミリア】に移籍した、カサンドラとダフネ。

 瓜生が、ナァーザも含む【ミアハ・ファミリア】の3人のレベル2を、狙撃手として訓練していた。レベル2の身体制御は、視力も呼吸制御も桁外れ。正規の狙撃訓練を受けていないし才能があるわけでもない瓜生より、さらに瓜生の故郷のトップクラスより、さらに優れた狙撃手となっている。

 トランクの中身は、一つはシェイタック狙撃銃。もう一つはゲパード14.5セミオート。

 シェイタックM200……瓜生の故郷でも最高精度を誇る、大口径超遠距離狙撃銃。

 専用のシェイタック408弾、10.36×77mm。7.62ミリNATO弾よりはるかに威力があり、銃口初速も桁外れに速い。

 銃そのものの精度もすさまじいが、注目すべきは弾と、コンピュータ。

 弾頭は普通の、鉛に銅をかぶせたりしたものではない。純銅の塊から、NC旋盤でどんぐり形に削り出されたものだ。

 タングステン弾芯などを金属内に入れれば、どれほど丁寧に作ってもどうしてもゆがみや偏りがある。重心が、どんぐりの軸からずれる。そうなればライフリングによる回転が、米粒がついたコマのように傾き、傾いたコマが動くように弾道がずれる。

 純銅からコンピュータ制御のNC旋盤で精密に削り出せば、内外とも重量の偏りは極限までない。きわめて精密に回転する。

 さらに性能を高めているのが高度なコンピュータ照準器。

 銃についたカメラとレーザーレンジファインダー。さらに瓜生が事前にオラリオのあちこちの屋根につけた通信機つき風向風速計・温度計のデータまで自動的に計算に入れ、画面に赤い点を浮かべる。画面内の撃ちたいところに赤い点を合わせ、引き金を引けばいい。

 ただし計算にはコリオリ力や重力も入る。そのこともあり、瓜生はかなり前から『この星』の正確なデータ……直径・自転・質量・重力などについて知るため、わざわざ太陽や月との距離や重力を測ったりクエストを出して世界のあちこちで測ってもらったり暦とその元データを調べたり、えらい思いをしている。

 瓜生はカジノにある塔の屋上でナァーザと組み、長大な14.5ミリセミオートライフルを構えている。

 スポッターの役割、もし狙撃が外れ反撃されれば連射で制圧射撃ができる。威力が桁違いだし、有効射程も変わらない。

 2キロメートル以上を狙撃できる銃、700メートルちょい・高度差50メートル前後など、楽すぎるほどだった。

 

『殺生石』が粉砕された衝撃、同時に脅威が押し寄せた。

 ベル・クラネルと、大猿化したビーツ。

「くっそう、またやり直しだ」

 フリュネの咆哮があがる。

 そう、いくら『殺生石』を砕いても、春姫が【イシュタル・ファミリア】に囚われている限り時間稼ぎでしかない。以前アイシャが『殺生石』を砕き、激しい制裁と主神の魅了で心を砕かれたように。

「春姫ェ……わかってるんだろうね。やりな」

 フリュネのすさまじい脅威が、人格的な圧力が春姫を押しつぶそうとする。視線だけで気絶しそうなほどの迫力だ。

「あの大猿も、白兎も、ぐちゃぐちゃにしてやるよ!」

 歴戦の冒険者に動揺はなく、闘志だけがある。

 だが、春姫はそれどころではなかった。

 ただ、ベル・クラネルの目を見ていた。

「殺しに来られたのですか」

「いいえ、助けに来ました」

 敵と切り結びながら言ったベルは、説得力の乏しさに気がつく。

 そのとき。

 別のところからすさまじい怒号と、魔法の爆発が起きる。

 ヴェルフ・クロッゾの広域低殺傷型魔剣や、【フレイヤ・ファミリア】の攻撃だ。それに比べれば目立たないが、あちこちに14.5ミリ徹甲焼夷弾の狙撃もあり、火事も起きはじめている。

 ベルははっとし、急速に反転して敵をやりすごし、敵から離れたところに走った。

 短文詠唱。すさまじい稲妻、轟音と閃光。

 その間に春姫の鎖が切られ、耳に懐かしい声が早口に流しこまれる。

「これで姿は見えなくなります。色石をなくした日、千草ちゃんが隠れたと同じ場所に」

 そう言ったヤマト・命が姿隠しの兜を脱ぎ、春姫にかぶせた。

 そしてハンマーを捨て、刀を抜いてベルの後ろにつく。

「あ!また敵が増えたぞ」

「逃がすなあっ!」

「ベル・クラネルを連れてこい、とイシュタル様のおおせだ!」

「新手は殺していい!」

「あっちにも人数を、大猿をやれえっ!」

 混乱と怒号。春姫の不在は、ほんのしばらく気づかれなかった。

 

 春姫は、幼なじみのほんの一瞬の言葉の意味はよくわかった。

 幼い、閉じ込められたも同然の屋敷から連れ出され、子供たちで真っ黒になって遊んだ日々。

 ヒタチ・千草はおとなしい子だが、かくれんぼがうまかった。

 どの日かもはっきりわかる。かくれんぼの前に、千草が大切にしていた赤い小石を預かっていたカシマ・桜花がなくしてしまい、女の子たちが大騒ぎをし、何人もの小さい子が泣いた。命も、春姫も自分の食事を割いておやつに配った……

 仲直りしてからのかくれんぼで、特に千草は巧妙に隠れ、そのまま寝てしまって行方不明騒ぎにすらなりかけた。桜花が、命がどれほど必死で探したか。

 みんなが大騒ぎし、全身で泣いて、全霊で笑った日。

 黄金よりも、宝石よりも価値のある日。

 忘れるはずがない。高い壁の角、屋根の中に千草は隠れていた。一部見えていたのに、誰も見つけられなかった。

 見えないことを信じ、満月に照らされて激しい戦いが続く中庭を歩き、壁をよじのぼる。

 最低限とはいえ『恩恵』はある、その力で身を持ち上げ、あの日の千草と同じところに身を隠す。

 そのまま、静かに呪文を唱える……

 戦い続けるベルを見つめながら。

 そして光の鎚を受けたベルの体が輝いた。すさまじい力に、次々とアマゾネスが蹴散らされる。

 

 命は、一度殺そうとした自分を春姫が信じてくれるか不安だった。

 だが、そんな心配はない。ベルと背中を合わせ、必死で戦う姿を見ればわからぬはずがない。あきらめも、切り捨てもせず、いのちがけで助けに来てくれたのだと。

 ベルの体が輝いた、隠れた春姫がベルを強化したことは、雄弁な答えだった。

 

 激しく戦いながら宮殿を駆け巡るベルはいつしか命とはぐれ、女神イシュタルの前に出てしまった。

 多人数との戦いは、特に人工迷宮でアイズとベートの戦いぶりを間近で見たのが大きかった。超絶なスピードと駆け引き、敵集団の操作、無駄のない戦いの組み立て。

 それがはっきりとわかる。

 それだけではない。はるか遠くから援護があるのだ。

 多すぎる人数に囲まれたとき、特に相手がそれで優位を確信し油断した瞬間、その一人の太腿に大穴が開く。

 それで動揺した囲みはたやすく切り破れる、一対一より弱くなる。

 遠くからの狙撃が正確に援護している……それがわかる。

 そこで、美の女神は服を脱ぎベルを魅了しようとした……だが、それは効果がなかった。

 襲ってきたフリュネ。武装解除ついでに防刃服や鎖帷子を脱がされていたベルは、それまでの戦いで背中が見える状態にあった。

 激しく切り結び、構えなおしたベルの背を、イシュタルは見た。

 わかってしまった。なぜ魅了にかからないのか。

 レアスキル、『憧憬一途(レアリス・フリーゼ)』。

 激しすぎる憧憬は、他のなにも通さない。女神の美でさえも。

 イシュタルが衝撃と屈辱に震えていた中、ベルは必死でフリュネの猛攻から生き延びていた。

 3が4になっても、5のフリュネにはまだひとつ及んでいない。チャージや呪文の暇はない。それでも戦えている。

 繰り返した格上戦。

 ヒュアキントス戦。レヴィス戦。アイズ。ティオナ。フィン。深層のリザードマン・エリートやバーバリアン。圧倒的な技を持つ武神タケミカヅチ。そして最近のビーツ。リュー・リオン。武威とも一度修行を……指一本で死にかけた。

 自分よりずっと強い相手と、何度も何度も戦った。

 特に椿とベートが形にしてくれた、

(腰で敵の攻撃を半減させ、敵の重心を崩し、最小の動きで打つ……)

 これは武神タケミカヅチの協力も得て、さらに磨かれている。

 高速を無駄に使わない。最小限かつ超高速の動きでカウンターを決める。

 フリュネは、憎い『剣姫』の技をベルから見て、憎悪に咆哮した。

 憎悪をこめた巨大斧の一撃を、わずかな時間でほんの20センチ右前に動く。そして腰と刀の重さだけで斬り下ろす。

 ヴェルフが全身全霊をかけ、屈辱に耐えて椿と主神ヘファイストスの指導も受けて打ち上げた刀は、すさまじい力での斬り合いに耐え抜いた。そして無駄のない正しい剣の片鱗を受けた時には、巨大で高価な斧に深く切りこむ切れ味も見せた。

 

 

 大猿とベルがひっかきまわした、さらに【フレイヤ・ファミリア】の上位陣までが攻めこんできた。

 ここが大都市オラリオとは思えない、すさまじい混戦が始まる。

 大猿にはもとより、いかなる理性もない。動くものすべてを潰そうとする。

 恐怖に駆られ、さらに魅了が通用しないベルの存在にプライドが潰されたイシュタルは、とんでもないことを始めた。

 宮殿の奥。緑色の、胎児が眠る宝玉。頑丈なケージ。そして大量の魔石が詰まった大袋。

 タンムズが止める声も聞かばこそ……


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