ダンジョンに近代兵器を持ちこむのは間違っているだろうか 作:ケット
歓楽街の崩壊、女神イシュタルの天界送還。
駄男神たちの嘆きはともかく、『ギルド』から見ても大事件だった。
ただし、攻撃を主導した【フレイヤ・ファミリア】にペナルティはなかった。直前に【ヘスティア・ファミリア】を中心にした複数のファミリアから告発があり、派閥の解散・主神の天界送還は決定されていた。やや事後ではあるが、大義名分はついた。
女神フレイヤは、厳しいペナルティを受けたとしても平気だろうが。
「数日あれば、合法的につぶせていたろうね」
とフィン・ディムナなどは瓜生に言った。
「時間をもらえなかった、押し切られた」
瓜生は憮然とため息をついた。
また、上半身が緑色の女・下半身が巨大な植物怪物の集合体だった超怪物と、未知種とされる大猿の両方について厳しい緘口令があった。以前に植物女は18階層に出現しており、その報告も参照された。互角だった大猿も、ともにレベル6相当とされた。
春姫の能力は、ヘスティアとタケミカヅチのみならず、イシュタルの眷属幹部を何人か魅了したフレイヤも、情報を共有しているロキも知っている。
あまりにも重大だった。
春姫本人の希望で【ヘスティア・ファミリア】への改宗(コンバージョン)を認めるかわり、【ロキ・ファミリア】が必要な時には貸し出される、となった。
アイズの助けもあったのだから、ヘスティア側は断れない。
フレイヤは闇派閥・人工迷宮関係の情報共有は拒んできた。また春姫についても無関心のようだ。
【イシュタル・ファミリア】の壊滅には別の面もあった。闇派閥との抗争の一環という。
またヘルメスの、都合のいいことを起こしてしまう、結果を出す、
(何か……)
の証左でもある。戦力などわかりやすい力より、よほど恐ろしい。
(火種をいくつかまいただけ……)
と、本神は団長に言っているのだが。
そして、【イシュタル・ファミリア】の残ったメンバーは、イシュタルが管理していた鍵をめぐって闇派閥の刺客に襲われた。
傷が治らぬ呪詛の武器を持ち、自爆を辞さぬ刺客に何人かが犠牲になったが、それから【ヘルメス・ファミリア】と【ディオニュソス・ファミリア】が保護した。
港町でのバカンス以来ベート・ローガに惚れたアマゾネスが【ロキ・ファミリア】に押しかけ、大騒ぎになり……ベートがフィンの苦労を思い知ったこともあった。
アイシャは【ヘスティア・ファミリア】加入を希望したが、主神ヘスティアがとても嫌がる。また彼女についてくるメンバーも多い。すったもんだの末、【ディオニュソス・ファミリア】に加入することになった。
ベル・ビーツ・命はまさに満身創痍だった。
【タケミカヅチ・ファミリア】も、千草と飛鳥がランクアップするほど危険な戦いをした。
陰に徹していたが、【ミアハ・ファミリア】も活躍している。むしろ事前の訓練に苦労している。
ファミリアとしてすべきことも多くある。今は『学校』で学んでいる入団志願者たちがそろそろ卒業し入団すると思われるので、本拠地近くの遺跡を利用し、かなり大きな集合住宅も作り始めている。
数日間の治療の末、ビーツも武威も落ち着いて套路を一日20時間できるようになった。無論ビーツはヘスティアに怒られて眠ったが。
今のビーツが、レベルいくつ相当なのかは、考えるのが怖いほどのものがある。
健康を回復してからいくつかのウェイトトレーニングを試してみたが、【ロキ・ファミリア】のレベル6幹部陣に近い数字が出ているのだ。
近代的トレーニングといえば、あちこちがはじめは物珍しさ、次には効果と手軽さ……死ぬリスクがない……を見てやる人が増えている。
ただし、監修なしでやると死ぬリスクはある、脱水・熱中症の概念がない運動部は死亡事故が多いのと同様だ。なんとかしようと『ギルド』は指導している。医療系の【ファミリア】の仕事が増え、その分加入者も増えている。
【ロキ・ファミリア】はもう全員がやっている。5時間瀕死になるまで運動すれば、半月かかる50階層への大遠征より『ステイタス』は増すのだ。
ただし、本当に瀕死になるまで頑張らないと、しかも水と塩をちゃんと補給してそれでも瀕死になるぐらいでないと、まったく伸びない。
アイズでも、40階層台の遠征の5倍は一日で伸びる。強くなりたい彼女が中毒するのは当然である。毎日が、恩恵のない人間がツール・ド・フランスをやっているような状態になっている。
ベート・ローガは人前では訓練したがらないが、ガレスと椿の仲介で【ゴブニュ・ファミリア】の工場の隣に一軒家程度の地所を買った。そこに鍛冶ファミリアの動力にもなるようにいくつかの運動機材を置いた。
夜明け前から朝食までの3時間で、まあ大学駅伝の選手がフルマラソン、主要ウェイトトレーニングを4セット、さらに400メートル走を自己ベスト狙いペースで5本やるぐらいの運動をして、シャワーを浴びて座るのもきついほどの疲労困憊を色にも見せず帰るのだ。
何度断っても押しかけてきて入団試験を受けたがるレナ・タリーと、リーネ・アルシェの妙な雰囲気から逃れるためでもある。
最近売れているのが、幅の大きいステッパーと、ワイヤーで下につながったハンドルを持ち上げる動作を協調させる運動器具。リュックのひもに似たハーネスをつけて動かす。常人用にたとえていえば、何十キロも砂袋を詰めたリュックを担ぎ、階段を一段ぬかしで上がりながら、ダンベルを左右交互に膝から頭上まで持ち上げる、それを高層ビルの最上階まで続けるようなもの。最高負荷にすればレベル6でも2時間でへばる水準。
またアダマンチウムのシャフトで最大10トン単位になるバーベルで、デッドリフトなどのウェイトトレーニングもする。
バーベルを背負っての縄跳び感覚の連続ジャンプや、バーベルを足に結んでの懸垂やパラレル・ディップもきつい。
発電機直結の、【ヘファイストス・ファミリア】がアダマンチウムでギアを作ったエアロバイクやボート漕ぎマシンもある。電気を用いるゲーム機や工業機械も普及し始めており、電力需要もある。
なにより大重量を背負ったままのプランクが地味に辛い。
瀕死水準の運動で手軽なのは、水を使うものだ。
深いプールに、バーベルを腰に縛って入り、溺れたくなければ上向きバタフライを続けるのがある。ただ、これはアイズはできない。
穴の開いた船から水をバケツや手押しポンプでくみ出し続けたり、風呂桶の上で足を縛って逆さづりにされて頭が漬かるようにして腹筋を繰り返したりするファミリアもある。『ギルド』は禁止しようとしているが。
また、都市郊外や都市外にやや広いスペースを整地し、直線で300M走れるようにした設備も多く作られた。
正真正銘の全速で走れば、空気抵抗などにより負荷は増す。トップアスリートと、やや優れた一般人では100メートル10秒と15秒、だがベンチプレスやデッドリフトの数値比は3倍や4倍ではない。自動車の、馬力と最高速度も単純な関係ではない。力が2倍になっても、速度も簡単に2倍になるわけではない。
また瓜生は、【イシュタル・ファミリア】の件もそこそこに、別の用事に出かけてしまった。
彼の用事は多くある。いくつかの生産系ファミリアに近代産業技術を与え、その監督をするのもある。
そして新しい用事が入った……ラキア動く。
ラキア王国、国家自体が【アレス・ファミリア】に他ならない軍事大国。
それが、世界の富を集めるオラリオを狙って動き出すという。また。
聞いてすぐに瓜生は動き出そうとして、【ロキ・ファミリア】主神らに止められた。
「何しにいくんや」
「軍が動く、ということはその通った道は虐殺・強姦・略奪・拷問・人身売買……最悪は人が人を食う地獄だ。止める」
瓜生の顔に表情が消える。
(何度そんな地獄を見たんだ……)
と、神であるロキも、修羅場を多数くぐったフィンもわかる雰囲気だ。
「だいじょうぶ、だいじょうぶなんだ!落ち着け!ティオネ、前回のラキア戦に関する書物を、リヴェリアとナルヴィに選ばせ機密会議室に!」
フィン・ディムナが必死で止め、いもしないアマゾネスに叫んだ。
「ハイ団長!」
と、どこかから声が響き、ドドドド……と轟音が響いた。
そしてわずかな時間ののちに、本を抱えたアマゾネスとエルフがやってきた。
「よしご苦労。ここに誰も近づけないよう、見張ってくれ」
と、フィンは飴を与えてアマゾネスを追い出し、本を受け取ってため息をついた。
「この資料を見ればわかる。そして『ギルド』にも同様の資料がある、嘘をつく意味がない。前回も前々回も、ラキアの侵攻ではきちんと食糧は購入されており、そういう地獄絵図はないに等しい。
オラリオでもきちんと食糧を供給する準備はしている。戦力的に、絶対に落とされるリスクはない。
きみのことだ、それでも心配だろう……今からぼくが警告に行く」
と、フィンが動き出した。
「あんさん、ほんまどんな地獄に生まれて、どんな地獄を見てきたんや……」
女神ロキがため息をついた。
ラキアから出陣を始めていた大軍。
膨大な人間が列をなし、広い湖の脇に広がる平野で野営をしていた。
松明の光と月の光。道なき道を長く歩いた疲れもあり、それなりに楽しい旅でもあった。無論疲弊した弱兵も、いじめられている兵も、厳しい罰を受けている兵もいる。歩哨はいのちがけで見回っている。
大軍の事実上の指揮官であるラキア王国第一王子、マリウス・ウィクトリクス・ラキアは、強い光で周囲を照らしつつ、恐ろしい速さで走ってくる見慣れない乗り物を見た。
乗り物には、万国共通の軍師のサインがあった。
ポルシェ・カイエン。手足の短さもものともせず、高い操縦センスで悪路を超高速で走り続けてきた。残り座席もトランクもすべて、最小限の食糧と大量の燃料を積んでいる。
旧知である【ロキ・ファミリア】団長、『勇者(ブレイバー)』フィン・ディムナの姿を見てマリウスは驚いた。
毎度の無謀な遠征軍に、何の用事があるのか……
「はーっはっは、降伏に来たのか」
と叫ぶ美青年……逆らえぬ主神アレスに、内心『バカ』とルビをふりながら、マリウスはため息をついてなんとか自分が応対するよう話を持って行った。
フィンは彼らしくもなく、礼儀や何重にも罠が混じる会話もそこそこに、
「時間がない、単刀直入に言う。いままでもできるだけそうしてくれていたのはわかっているが、特に今回は、絶対に、一件たりとも虐殺・強姦・略奪・拷問の類はするな。
誰かが違反したら、厳重に罰するんだ。全力で。
もし必要な物資があれば、無制限に提供する。
……とんでもない怪物が、少しでもやったらこの軍は皆殺しだ、と宣言しているんだ」
「……は?」
マリウスの呆然とした顔を見て、フィンはうなずいた。
「その反応はわかる。というわけで見てほしい」
そう言うや、すさまじい速度で湖の中心に走った。水面を、地面を走るように足で。そして数発の大型照明弾を打ち上げた。
すぐさま、水面を走って戻ってきた。
そのとんでもない速度に、第一級冒険者の底知れぬ高みを見てマリウスは辟易していた。絶対勝てないのはわかっている。冗談抜きに、フィンひとりでも三万の軍勢を殲滅できる。
と……フィンが戻って間もなく。
見慣れない流星が天を貫く。
それはすさまじい速度で湖の中心に落ち、とんでもない爆発を起こした。
闇が明るく照らされ、きのこ雲が上がる。数百Mは離れている軍勢が、一秒後に強烈な風に吹かれる。大波が湖を揺らす。
「……あれが、何百何千」
マリウスはひたすら魂消(たまげ)ていた。そして、凋落していた鍛冶貴族たちの大言壮語や、それを真に受けている主神にも絶望していた。
この湖が見える峠の数か所に、リヴェリアたちが先行している。それぞれの拠点から照明弾を、精密に角度・水準を測れる望遠鏡で計測し、位置を測定する。
そしてその拠点から、オラリオ近くの瓜生たちのところにレーザーなどで位置を送る。
瓜生はそれを計算し、照明弾の位置を確定して、通常だが大きい弾頭の短距離弾道ミサイルを発射した……それだけである。
だが、ラキアの陰謀と野望は、すでにオラリオの足元に侵入しつつあった。
それが誰を狙っているか、知ることもなく……