ダンジョンに近代兵器を持ちこむのは間違っているだろうか 作:ケット
(ヴェルフ・クロッゾを餌に、ラキアの潜入者を網にかける……)
計画の朝。ギルドの掲示板に、張り紙があった。
『しいたげられしサポーターたちよ。深層に行って大儲けし、自信をつけよう!』
『主催【ヘファイストス・ファミリア】』と大きな字で。次いで小さい字で、『【ヘスティア・ファミリア】【タケミカヅチ・ファミリア】【ミアハ・ファミリア】』。
『〇レベル、アビリティ、魔法、スキル不問
〇20日間、合宿講習の必要あり(その間の衣食住保障、10日に一日、2000ヴァリス支給して一日休暇)
〇秘密、約束を守れる人(面談あり)
〇不服従は一度目警告二度目クビ、以後一年参加不可(邪悪な命令はしないと約束する)
〇継続的にはできないかもしれない。ただし剣術講習(選択可)も受けるならプラスにはなる
〇改宗は強制しない
〇報酬はレベルにかかわらず山分け
〇リスク高い』
と。
それを見たフィン・ディムナは、何かを決意した。情報を集めた。
潜入者は一網打尽にし、本来は戦いに戻らなければならないが、余計に休みを取った。
そしてベル・クラネルとリリルカ・アーデを秘密裏に呼び出した。
相変わらず緊張しているベルの心をほぐし、自分たちの近況を伝えた。ともに戦った皆感謝している、元気だ、と。
そして、ベルが落ち着くのを待ち、話を始めた。
「唐突なお願いだが……まず、最近まではリリルカ・アーデ、あなたに結婚を申し込みたい、ベル・クラネル、その許可をいただきたい、そう思っていた」
衝撃に硬直するふたりが再起動するのをゆっくり待ったフィンが、言葉を続ける。
「今は、それがどれだけ無理なことかはわかっている。
だから、願いを少し変えたい。
その前に、ふたつほど伝えたいことがある。聞いてもらえるかな?」
やっと話を聞ける状態になった……というか、ベルの反応を見て失望に沈んだリリが、何とか立ち直るのを待つ。
「まず、僕のことはある程度知っていると思うけれど、改めて言う。
僕は、神の降臨以来『勇気』を失い衰退した小人族を復興させようと頑張ってきた。それは神ロキとの契約にもある。
だが……【フレイヤ・ファミリア】にも第一級冒険者の小人族はいるが、小人族全体は沈滞したままだ。一人ではだめなんだ。逆に無茶をして早死にする者もいるし、道の遠さに諦めてしまう者もいる、むしろ僕を憎む小人族すら多くいると聞いている。
まあ、ウリュウさんにアイデアと資金を借りて、小人族の孤児院を作りはしたが、その結果が出るのは何年後か。
話を戻そう。小人族に希望を与えるため、僕は伴侶と子を欲しがっており、リリルカ・アーデ、君がふさわしいと……考えていた」
リリもベルも、また呆然としている。
「不可能はわかっている。少し調べて、リリルカ・アーデがどんな存在だかわかってきた。
ウリュウさんは君を、情報・外交・経済・産業面での後継者にしようとしているようだ……」
ベルが強い衝撃を受ける。ある程度報告は聞いていたが、そこまでとは思っていなかった。そして、別のことも思ってしまう。
(ウリューさんは本当に、いつか帰ってしまう人なんだ……)
このことである。
「わかっている。
多くの有力者と交渉し、情報を集めて【ファミリア】を守る。とてつもない金で多くの慈善事業・公共事業を動かす。多くのファミリアに知識と技術を与え、大量生産や娯楽を可能にする。もしかしたら団長のベル・クラネルより、重要な存在かもしれない。
その力は、同じ境遇だったサポーターたちを集めて第二の人生を歩ませよう、とするほどのものがある」
サポーターの合宿はリリがもとだと、短時間で正確に調べた。またそれが、【ヘスティア・ファミリア】にとって長期的に多くの利益になることも洞察した……ファミリアの枠にとらわれず、冒険者たちのさまざまな事情に、命がけだからこそ詳しい。また迷宮都市の暗部にもかかわりがある。さらに第二の人生を選んだ者とつながりを持てば、冒険者でない一般人にも耳目・手足を持つことにもなる。
「その彼女を、【ロキ・ファミリア】に引き抜こうというのは無理にもほどがある。
だが【ヘスティア・ファミリア】所属のまま子を産んでもらい、その子の所属を【ロキ・ファミリア】とする……それだけなら可能ではないか?
とても失礼な申し出と言えることは承知している。
もちろん、リリルカの幸せのため、誠心誠意尽くすことは誓う」
そう、フィンが頭を下げた。
ベルもリリも、ひたすら呆然としている。
「なぜ、リリなんかを……リリは、昔は冒険者様の」
リリが過去を思い出して顔を伏せる。
「昔の犯罪も調べた。死者は出ていない。それにあの状況で生き延びることも、勇気だと思う。
それ以上に、あのミノタウルスとの戦いで……必死で戦い続けた姿と勇気は、心を打った。それからも、今ウリュウさんの後継者になろうといろいろ学び、ぶつかっている……それは次々と強敵を破るベル・クラネルと同等かそれ以上の勇気と努力があると、僕は見ている。
ウリュウさんの兵器を学ぶことは、階層主を倒す以上の偉業とされるほど大変なことだと、僕たちは知っている」
リリがじっと首を垂れる。ふと理解した目で顔を上げ、
「ベルさま。ここで、ファミリアの関係・利益を言わないのも誠意です」
そう、ベルに言い添える。
「そのつもりだ。これはあくまで、僕個人の野望のためだ。彼女をある意味道具にすることには変わらないが、それも一線があると思った。彼女の幸福と人格も大切にしたい、だから、それを言わなかった」
【ロキ・ファミリア】と【ヘスティア・ファミリア】は、互いに膨大な恩・義・利を与えあっている。
瓜生がロキ側に、50階層級大遠征何回分かわからぬ経験値と、千億ヴァリスに達するであろう利益・武器や物資を与えている。彼がいなければファミリアの金庫は火の車だったと試算されているし、何人も、高レベルの眷属が死んだ可能性さえある。ベルやビーツもレフィーヤの命を救い、人工迷宮戦でも大きな貢献をしている。レフィーヤがベルから大呪文をもらっている。
逆にベルやビーツは、ロキ側に何度も命を救われ、指導を受けている。
結婚話が政略結婚となれば、どちらも巨大な利益になるだろう。だができるだけ、そのファミリア同士の関係・利害と、今回の話を切り離したい。
それが、フィン・ディムナが女としてのリリルカ・アーデを尊重しているという、
(男としての誠意……)
に、ほかならない。
「今日は返事はいらない。考えてほしい。聞いてくれてありがとう」
フィンは最後まで紳士的であり、堂々とした団長だった。
問題は、リリルカ・アーデの女心である。
止めてほしい。ベルの憧憬はアイズ・ヴァレンシュタインにあっても、
(リリも女として渡すつもりはない……)
と、言って欲しい。
さんざん苦悩したベル。
一番痛かったのは、たまたまいたので相談した瓜生の一言だ。
「もしアイズ・ヴァレンシュタインとの仲立ちになってほしい、とそれなりの第一級冒険者に言われたらどうする?」
これはこたえた。
主神ヘスティアも、春姫も、そういう存在だと考えてしまう。
「まあ、出先で人を好きになる資格がないおれがいうことじゃないな」
そう言った瓜生の孤独も見てしまった。
瓜生は、何よりもオラリオの生産水準を上げ、自分が持つ異界の知識を定着させるべく、リリを助手に動き回っている。
【ムネモシュネ・ファミリア】ではまず国語辞典と漢和辞典を、小さいものから全部朗読して書き取らせる。それから百科事典を朗読していく。
当然、巨大書店丸々の本をいくつもあちこちに隠し、与える。
漫画を教えたファミリアもある。
また、まず繊維工業……紡績・機織り・縫製の機械化。ミュール紡績機と飛び杼。
水力に乏しいオラリオだが、周辺地域には急流やダム適地もあるし、今は冒険者たちの近代トレーニングという巨大なエネルギー資源がある。
鍛冶ファミリアにも近代工業の基礎を教え、まず武器防具やトレーニング機器……単純な鉄の鋳造で作るウェイト、さらに動力も兼ねる上級冒険者用エアロバイク・ボート漕ぎ・ステッパーを作らせてギア・ベルト・シャフトの技術を向上させる。
ローラー・プレス・スプリングハンマー・旋盤といった機械を用いる加工も理解する鍛冶師が多くおり、急速に武器は安くなっていく。
ミアハたちは近代医学・生理学を理解したうえで、オラリオの亜人たちにも適用できるように、治験システムを作りはじめている。またこれまでポーションのおかげで弱かった外科手術や麻酔も進歩をはじめ、それはまず帝王切開による妊産婦死亡率の低下をもたらした。
パルプ製紙と印刷も概念を教えた。森林資源が失われないよう、材木用粉砕機は与えず、竹や麻などを素材にするように。幸い、この世界にはきわめて収量も繊維も多い、やっかいな雑草があった。
ラキア戦争の中、あちこちに基礎ができつつある。いつ瓜生が消えても、
(誰もが飢えず、豊かに暮らし、少しでも衣食足りて礼節を知る……)
変化は続くように。
もちろん、
(技術の進歩は第一次・第二次世界大戦の地獄につながるかもしれない……)
そのことは承知の上だ。
そのラキア側は、クロッゾ一族がとらわれヴェルフの拉致に失敗したことを知り、
「もうあきらめて帰りましょう」
とマリウス王子などは言っていた。
だが主神アレスはあきらめようとしない。
「クロッゾを手に入れて勝利する、それ以外の敗北主義なたわごとは聞かん!」
と絶叫している。
それでヴェルフの主神ヘファイストスを誘拐するとか……
すでに商人を通じて入れてある盗聴器で聞いた瓜生は、歌を口ずさみながら頭を抱えていた。
小さいころに聞いた六大学応援歌の替え歌を。
ベルが、リリの縁談に苦悩しながら、『ギルド』では冒険者の装備を奪うモンスターの噂が出ていた。
ダンジョンの奥では一人の牛面人身モンスターが、深層をさまよっていた。
多数のモンスターを倒し、その魔石を食らって、どんどん強くなっていた。襲ってくる冒険者と戦うこともあり、武器や鎧を奪って身に着けた。
どれほど強くなっても、その飢えが満ちることはなかった。
憧れがあった。
強くなること。そして、まなうらに焼きついた小さな英雄と、もう一度戦うこと。
そんな彼が同胞を訪ねるついでに、29階層の正規ルートから遠く外れたルームにさまよいこんだ。
ふたりの男がいた。
ひとりは牛男自身と同じぐらい大きく見える男だった。眉間に古い傷跡があった。
光をまとっていた。汗だくに疲れていた。
もうひとりは、部屋の隅で静かにすわり、何冊か子供用の本を広げ、ノートに文字を書いていた。
傷の大男が一歩足を出し手を突き出すのに、2分はかけることもあった。
遠くなのに、超音速の鳥魔の群れも見切る目ですら追えぬ超速度で踏みこみ、ルームが抜けるかと思うほど激しい足音を響かせ砂煙を上げて肘を突き出していることもあった。
ゆっくり、泥をすべるように円に沿って歩き、体をねじることもあった。
一通りの動きを終えたら、また同じ動きを最初から始めた。
手を奇妙に構えたまま、円に沿って置いた石ブロックの上を滑るように走ることもあった。
ときどき、本を読む男のところに行って、水や食物を受け取って飲み食べ、また奇妙な動きを始めた。
牛人は夢中で見ていた。
なんとなくわかった。その巨人も、
(自分と同じく、強くなろうとしている……)
と。
「誰だ」
すさまじい疲労を抑えた声が響く。とても勝てないと思えるほど強い敵を、3体続けて破ったときの自分が出すような。
「襲ってくるわけではない、ここのモンスターはすべて凶暴と聞いたが」
穏やかに、眉間に傷跡のある巨人は声をかけた。
本を読んでいた男は、深く嘆息した。
「ライアンの話にもあったな、人間になったとか……それにドランも……」
とつぶやき、また勉強に戻る。だが隙はない。
「強くなりたい」
牛人の口からはそんな言葉が出た。
「オレもだ」
傷の大男は答え、どちらからともなく、構える。
牛人は咆哮して石斧を振りかざし、30メートルはあった距離を一瞬で詰めた。
ボディービルダーでプロボクサーでもある巨漢が合気道を習い始め、中学生を実験台にしているようだった。
眉間に傷がある巨漢は、必死で吹き上がる光を抑えていた。
目を閉じ、強烈に叩きつけられる斧をゆっくりと横からさばく。手首に触れて、円に沿って歩く。
何度もやり損ねる。明らかに慣れていない動き。
何度も、石斧は大男を叩いているが、まったく効いていない。傷の大男がただふつうに殴れば自分は粉砕される……牛巨人はそうわかるが、それはない。
牛巨人を無視するように、円に沿って泥の中をすべるように歩き、動きを復習している。
なぜか牛巨人は次に打ちこむより、その動きをまねた。
はっとなる。石斧の威力が倍になったのがわかる。
それで打ちかかり、同じことが繰り返される。
6回に一度ほど、打ちこんだ石斧が柔らかくさばかれ、投げ倒されてしまうことがある。
延々と、戦いか稽古かわからぬそれは続いた。
その間、ルームの壁から出る怪物は、本を読んでいた男がかるがると切り倒す。
先に牛男がへたりこんだ。ほぼ同時に、傷の巨漢も力尽きて大の字にぶっ倒れ、熟睡している。
「おまえは」
地面をなめながら牛男がいう。
「……もし、それがあればまた戦う。ピサロに誓って、今度は……」
そうつぶやいたもう一人の男は、歯を食いしばる。そしてルーム全体に多数出てきた魔物を、ほとんど瞬時に全滅させて魔石を拾い集め、本や机を袋にしまい、
「そろそろ帰ろう」
と巨漢を揺り起こし、触れると呪文を唱えた。ふたりの姿が消える……それだけでもオラリオでは大騒ぎになるであろう、瞬時迷宮脱出呪文。
アイズ・ヴァレンシュタインは、このラキア戦争で以前と大きく変えた戦法を試していた。
ラキアの、レベル3が限度の敵との戦いは、常人がゆっくり散歩をするよりも、いや何時間も立ち読みをしているよりも、体力の消耗は小さい。
新しい、瓜生が出した金属を用いた安価な不壊属性の甲冑と大盾、今は中まで詰まった鉄棍。それで、ガレス・ランドロックのように回避より防御……攻撃を無視して突撃する動き。
一人で、軽装で戦っていた時には、軽傷でも致命的になることがあった。だからすべての攻撃を当てないようによけ続け、敵が高密度ならそこから離れた。
だが、頑丈な鎧と盾がある今。
何人もが振り下ろしてくる斧槍(ハルバード)。槍の突き。矢や投げ槍の雨。
盾で防ぎ、体に当たっても頑丈な不壊属性の装甲で軽く撫でられた程度。
不快感と恐怖、本能を押し殺す。新しい流派の剣術を学ぶように。
特に、足を狙う攻撃、足に斧槍の斧の反対、ツルハシ・フックをひっかけて転ばそうとする攻撃を頑丈なスネ当てでがっちり受け、重心を崩されない。倒れた相手の体を踏まぬようによける……人間はダンジョンとは違い、倒しても灰にならないのが厄介だ。
前のレヴィス戦で、レヴィスが犯したミスも見ている。回避しようとして重心が崩れ、撃たれた。多少痛くても重心を、体の軸を維持することを優先するべきだった……それを身体に叩きこむ。
多少攻撃が当たってもおかまいなしなら、本当に最低限の動きで戦い続けられる。鉄棍は重いので、最小の動きの突きだけにする。
無論それは、回復薬があり、敵が高密度になりスクラムを組んで押してきても押し返せるような仲間がいてのことだが……
これまで無関心だった前衛・壁たちのすごさも、やってみてわかった。
皮肉にも、その新しい戦い方は、一人で深層で百のレベル4級モンスターを倒すより経験値を上げてくれた。
ベルの優柔不断に怒ってしまったリリ……
だがリリはフィンとの話の中で、はっきりと悟るものがあった。また、瓜生からも話を聞いた。
フィンが小人族のため、『私』を捨てて尽くしているのと同じく、自分も何があろうとベルに尽くす……
「……フィン様が一族のために身命を捨てているように、私もベル様のためにすべてを捧げています。もし、それがベル様の利益になるのであればなんであれ」
それを確認したフィンは笑った。
そしてそこに飛んできたベルに、半ばからかい半分で決闘を挑んだ……
【アポロン・ファミリア】との『戦争遊戯』を前に、ベルは一度フィンにも修行をつけてもらったことがある。
もちろん、あいさつがわりに即死しかけた。ハイポーションで一命をとりとめさせてもらってから、今度はベルがぎりぎり死なない程度に力を抑えた状態で、延々と限りない欠点を指摘され続けた。
そのトラウマがよみがえるが、ベルは勇気を振り絞った。
ではダンジョンに、と話しているときに、狂戦士の襲撃で話はうやむやになった……
「リリ。……オラリオを滅ぼしたければ、フィンさんに勇敢な小人族の女性を紹介すればいいんじゃないかな」
「……言わないでください。さてと、仕事はたまっているので……」
翌日。リリの件抜きに、フィンと稽古することになったベル。
春姫の助けも認められ、レベル4後半の状態で突撃した。最初に、足にほとんどフルチャージして。
それでかすり傷をつけたのだから、かなりの偉業と言えるだろう。
それから何度かまた殺されかけたが。
「今度、武威さんや新しく来たという人とも戦ってみたいとみんな言っているよ。それはこちらが挑戦する側かもしれないけれど」
とフィンは機嫌よく笑っていた。
どうやら彼にとっても、いいストレス解消になったようだ。
ちなみに怒り狂っているティオネには、リリがうまくフィンの言葉を伝え、それでとても機嫌よくなった。
「ひどい仕返しもあったもんだね」
とフィンが頭を抱えるほど。