ダンジョンに近代兵器を持ちこむのは間違っているだろうか   作:ケット

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強制任務

 ベル・クラネルが命令書を渡された夕方。

 大広場では、歌を入れた極東風の野外芝居が大きな話題になっている。

 それでも仕事が増えた『ギルド』に、上演のあれこれも兼ねて瓜生が訪れ……上司との面会を希望した。

 

『ギルド』すなわち迷宮都市(オラリオ)の最高権力者とされるロイマン・マルディール。太ったエルフという奇妙な存在だが、有能ではある。

 その豪華な執務室で瓜生はかがむと、足元に巨大な金塊を出現させた。

 200キロ以上の、展示などに使われる品だ。

 ずしっと床に重量が伝わる。

 次々と出し続ける。4個、9個、2段、3段……下の方の金塊がゆがみ潰れる。

 豪華な部屋の、高級な上に高級な絨毯が敷かれた床から嫌な音がする。

「よ……よせ」

「なぜ?誰もが欲しがるものじゃないですか」

「よしてくれええっ、床が崩れてしまう!」

 悲鳴を上げた、太ったエルフは激しく息をついた。

「その強制任務を出した、者のところに、連れて行けばいいんだな」

 ロイマンの目は、

(もうどうなっても知るか……)

 と語っていた。

「はい」

 瓜生は平然と笑って金塊を消し、扱いやすいよう数十個の1キロ金地金を出しなおした。追加に特大のダイヤモンドもいくつかつける。

 

 瓜生が以前から『ギルド』、そして実は【ロキ・ファミリア】にもやっている脅し。

 彼はオラリオの地下や、オラリオ外の洞窟などに、合計何億トンもの純金を分厚い鋼板入りコンクリートで埋めている。

(もしおれが、正しいパスワードを残さずに死んだり消えたりしたら。死に方、消え方に不審があれば。

 数日間連絡がなかったら預けた荷の封を開け、中身のビラをまくよう、おれを裏切れない人や神に高い報酬で依頼している。全員を突き止めるのは無理だ。

 そのビラは一種では意味をなさないが、4つ手に入れて重ねて透かせば宝の地図だとわかる……多くの冒険者が探すだろう。

 そうなれば、オラリオの……いや、全世界の経済は瞬時に崩壊する。この世界でこれまでに採掘された黄金すべての、何千倍もの量だ……)

 何百倍も人口があり、鉄鋼の総生産は何万倍かわからない瓜生の故郷でも、金(ゴールド)の歴代総産出量は15万トンぐらい。この世界では1万トンもないだろう。

 そこで億単位が突然一気に発見されれば……賢明なら少しずつ使うだろうが、隠し場所は複数ある。誰か愚か者がすべてをばらまき、経済全部を崩壊させるだろう。

 

 瓜生は核爆弾を出して起爆することができる。

 だがそれは、単にしたくない。虐殺は絶対にしないと誓っているから。フィンなどそれを知る者には、いくら核爆発を見せつけても脅しにならない。

 だからこそ、できる脅しは大量の黄金をばらまくことだ。

 為政者にとっては、核兵器で都市が更地になるほうが、

(まだまし……)

 である。

 

 瓜生はここに来るまで……能力を得て異界を放浪するようになってから、何度もこの脅しをしている。

 異界冒険者としてまだ未熟な頃だった。

 貧しく死にかけた子供を救ったら、強欲な領主に呼びつけられた。

「黄金をよこせ」

 金地金を与えた。

「もっとよこせ」

 地下室をいっぱいにしてやった。

「もっとよこせ」

 インカ帝国最後の皇帝が、本当に部屋をひとつ黄金で埋めてもコンキスタドールの欲は満たせず処刑されたように。

「もっとよこせ」

 もっと、もっと、もっと……

 剣を突きつけ、拷問用具を見せつけわめく領主。瓜生は懐に銃を隠し邪悪な笑みを浮かべて、大広間を金地金でいっぱいにした。天井にも届くほど。

 館が崩れた。崩れた黄金が壁にかけた、横向きの圧力で。

 瓜生自身は、背後に装甲車を出しもぐって助かった。

 町の経済は崩壊した。金貨に価値があるのは希少だから。それが膨大であれば……それこそ膨大だと知れただけでも、貨幣としての価値は消え失せる。

 近代国家が、貨幣を輪転機で刷るつもりだと思われただけでも、貨幣の価値が消えてハイパーインフレが起きるように。

 その崩壊は、大陸全体に波及した。

 多くの国が莫大な黄金を得ようと襲いかかった。

 瓜生は虐殺をしたがる征服者を機関砲で殺戮し、何度も戦術核兵器を、最後には水爆すら使って王たちや皇帝たちを脅した。

 結局、一人の幼児を助けるつもりが、何千人も殺し、何億食もの軍用レーションをばらまく羽目になった……

 瓜生が今も罪悪感に苦しむ、未熟な頃の失敗の一つだ。

 それ以降は、それがわかる程度の知性の持ち主を脅すだけにしている。

 

 少し時間をおいて案内された瓜生は、神ウラヌスのもとで意外にも、自らの主神ヘスティアと顔を合わせた。

 

 

 ベルが読んだ命令書には、

「ベル・クラネル、ビーツ・ストライ、ヤマト・命、サンジョウノ・春姫、リリルカ・アーデの5人で、竜の娘を連れて20階層に来い」

 とあった。

 さらに、模様に隠された神聖文字で、ヘスティア自身も呼び出されていたのだ。

 

 

 ベルたちが小遠征の準備をしているとき、【ヘスティア・ファミリア】の新入生たちは街中で瓜生の故郷のミュージカルを翻訳し、上演する仕事に挑戦した。数日の、必死の準備だった。

 演目は『大江山花伝―燃えつきてこそ―』宝塚歌劇団。原作:木原敏江/脚本:柴田侑宏/作曲:寺田瀧雄/1986年初演。

 大江山の酒呑童子伝説を下敷きとした物語。

 

……あらすじ……

 都を荒らす酒呑童子一党、茨木童子の腕を斬り落とし自邸に保管した、源頼光が四天王筆頭の渡辺綱。その腕には、奇妙にも花びらの形の跡があった。

 綱は大江山に潜入しようとして捕まる。鬼の腕を見た綱の下女、藤の葉(藤子)が忍びついてきてともに捕まった。顔に醜い火傷の跡がある、大火事で孤児となった少女だ。

 藤子は幼いころ拾われた少年と愛し合い、花の焼印を互いの腕に刻んで末を誓った……だが少年は行方知れずになり、藤子も大火事で家族を失い、拾われて下女の身となった。彼女は茨木童子の腕にあった焼印の跡を見て、一目会えれば死んでもいいと大江山に行ったのだ。

 茨木は綱と藤子の正体を知り、ふたりの命を助けた。だがしばらくして彼女をわざと傷つけ、綱を助けて逃げるのを黙認した。滅びたいかのように。

 酒呑童子一族は、もともと北の海から流れ着いた白人。肌の色、目の色の違いから迫害され、多くの悲劇に心歪み、一族に伝わる魔術と超能力を強化して暴れていたのだ。

 茨木の母は、藤子の親の屋敷の門前に彼を産んで死んだ。茨木は人として生きようと、何度も逃げては連れ戻されていた。

 だが放浪中、些細な嫉妬から友人を殺した茨木は、自ら鬼と自覚して父の元に戻った。

 綱の手引きで酒に薬が混ぜられ、頼光率いる軍勢が大江山を襲う……

…… ……

 

 DVDをホームシアターで上演しながら、瓜生が脚本を朗読する。

 演じる者が、自分の役のセリフを聞き取り、共通語で書きとる。

 それから最低限の稽古。

 ごく短い稽古期間、手に手書きの脚本を持ったまま読むだけ。棒立ちで。踊り部分は省略。

 武神タケミカヅチと姫君育ちの春姫は、高水準の日舞を披露した。

 

 広場での野外上演。背景も、絵がうまい者がざっと描いただけ。学生の文化祭レベル。最高級のスピーカーシステムを用いた大音量の音楽。……当然、本来のキャストの声も混じる。メイクもろくになく、和服を春姫らにつけてもらっただけ。

 それは、ぎりぎりだった。モンスターを擁護し共生を呼びかけているとは悟られない、ただし心の奥に種を植えていた。

 

 

 女神ヘファイストスは、滂沱の涙を流していた。

 醜い傷があるだけで、尋常の人の身から疎外される身となった藤子……

((せりふそのままではなく意味)心に鬼が住んでいる、鬼だって?だれだってそう。私も、美しく幸せな娘を見れば、同じように醜く不幸になればいいと妬みと憎しみで真っ黒になる。都の人々もひどい。

 あなたは人間と鬼の間で苦しんでいるだけでも、ずっと人間なのよ。あなたは人間らしい人間なのよ……)

 そんな心の美しい彼女を愛した、ふたりの男。

 鍛冶神の顔の、眼帯で隠された醜さをあざける神々、ただひとりヘスティアを除き……直視して愛を誓ったヴェルフ。

 顔ではなく、心。心に鬼を持つありのままの人を愛す……そして差別が鬼を産む、差別する人、自らの鬼を自覚していない人こそ、鬼なのだ……

 

 泣きじゃくる主神を見る椿・コルブランドは、気配を消して音楽機器の電源をいじる瓜生に忍び寄った。

 居合の構えで、

「わが主神を利用するためか?」

 と訊く。

「は?」

 瓜生には意味が分からなかった。

「ウリューくん……ヘファイストスの眼帯の下は、あの藤子のように……」

 ヘスティアが告げた。瓜生はショックを受け、強く下を向いた。

「ふん」

 と、椿は刀の柄から手を放す。

 

 ソロも泣いていた。物語にも、また、

(マーニャやパノンにも見せたかった、彼女たちがこれを演じるのを見たかった)

 と、死と同じ遠さに隔てられた仲間たちを思っても。

 

 アイズ・ヴァレンシュタインは凍りついていた。

(いや!いや!ちがう!いや!)

 すさまじい叫びが心を満たす。

 心の奥底に何か……気づいてはいけない何かがあった。

 レフィーヤも凍っていた。瓜生の意図は、彼女にはわかった。そしてかすかな疑いがあった……あこがれてやまないアイズ・ヴァレンシュタインについて。彼女の力は、異常ではないか……

 

「偽善者め」

 憎悪に燃える男もいた。

 

 

 単なるミュージカルとしても、美しい音楽と物語、歓楽街の一部を思わせる豪華な和服で大盛況となった。

 また広場での上演は、襲撃から新入生たちを守る役にも立った。群れている魚は攻撃しにくい。

 上演を妨害しようとする者もいたが、襲撃を準備できる場では先に、金で雇われた冒険者が飲み食いしていた。さらにあちこちの高い建物から狙撃も準備されている。

 

 劇初日の夜、ヘファイストスは眷属を集めた。

 瓜生に伝え、ウィーネを連れてきてもらって。

「みんな……【ヘスティア・ファミリア】が、人と話し人を襲わないモンスターを見つけた。

 私たち【ヘファイストス・ファミリア】は、人のように動くモンスターが人を襲わない限り、【ヘスティア・ファミリア】とともにその側に立つ。

 罪のない者を殺したら、モンスター以下の悪になる!」

 強烈な神威、それがなくても眷属たちは愛する主神に従った。

 ヘファイストスは団員に強く慕われ愛されている。

 

 

 劇初日の翌日、ベルたちはウィーネを連れ、守って中層に向かった。

 ベルもビーツも、さらに腕を上げている。ソロとリュー・リオンが教える側に加わったし、基礎練習も足腰心肺の近代トレーニングもみっちり積んだ。

 ビーツは、両腕に新しい防具をつけている。肘から手まで、目立たないが頑丈な装甲で覆っている。

 椿・コルブランドとヘファイストスも協力し、黒いゴライアスの硬皮や人工迷宮のオリハルコン、深層のドロップアイテムも用いた防具。

 槍の扱いを妨げず、拳面を極度に強化している。手の甲から肘まで、使っていた一級のトンファー以上の盾とする。

 長槍も、ヴェルフが全霊で打った。全身も、動きやすさを最優先しているがしっかりと固めている。

 槍の間合いの内側に入られた瞬間、槍を手放して腕で敵の攻撃を止め、そのまま一見軽い拳の一撃。『気』が内部に浸透し、内部から頑健な怪物も一撃で倒す。ソロの指導を受けたことで、無駄な動きをしないことに力を入れるようになった。タケミカヅチもそれをより高め、厳しく指導している。

 ベルも全身の鎧を強化した。また呼吸と『英雄願望』の一体化の修行がかなり進んでいる。深い腹式呼吸とともに、体幹に光が浮くと恐ろしい速さで敵の死角に移動、刀の重さだけで斬ってすっと歩き抜ける。

 リリも、クロスボウの矢にベルの雷電付与呪文をかければ、弾の威力は20ミリ弾級にもなり、大型の怪物も一撃で葬れる。

 近代火器は使っていない。尾行があるとリュー・リオンが知らせてきた。『バベル』に入る直前、『豊穣の女主人』が出張して売っている弁当の種類が暗号だ。

 ヤマト・命と、いけないとは書かれていなかったので呼んできたヴェルフ・クロッゾは必死で戦い続けていた。

 足早に18層にたどりつき、休憩する。ビーツは、【ロキ・ファミリア】と共同で備蓄している大量の保存食からまたとんでもない量を食べた。

 それから大樹の迷宮。毒があるモンスターが多く、足元も悪い戦場だ。

 

 瓜生たちと打ち合わせてある場所を通って、より深い層へ……ひたすらウィーネと、春姫とリリを守って。

 19階層に入って、決まった分岐を通り、あるルームを通過した直後だった。ベルたちの背後で激しい雷鳴と戦いの音が起きた。先行させていたソロが尾行を完全に封じた。

 ベルは知らないが、それだけではない。ベルたちを監視していた、知性のあるモンスターが何体も殴り倒され、降伏している。

 

 妙に強い敵の強襲から必死でウィーネを守っている……ベルが恐ろしく強く、冒険者から奪ったと思われる剣で切りつけてくるリザードマンと戦っているとき、突然モンスターが戦いを止めてベルたちに声をかけた。

 水晶の脇から行く小さな安全地帯、そして『異端児(ゼノス)』たちと、骸骨にしか見えない賢者フェルズ……衝撃は大きかった。

 しかも、人数が多い。ここしばらく、実は瓜生のせいで【ロキ・ファミリア】の大遠征が速く進めた影響で、多数の異端児が加わっている。特に49階層からは百人以上のフォモールが加わっている。

 さらに、何体も異端児を眠らせ縛り上げたソロまで合流してきた。

 仲間を見て悲鳴を上げるリドたちだったが、

「今回は、言葉をかけて答えるようなら捕縛した」

 とソロが言ったのにほっとした。

 

 リドとの握手、酒宴……ウィーネを『異端児』側で預かるという話になったが、ウィーネは嫌がった。

 どうしていいかわからない……ウィーネの幸せを考えすぎるベルにかわってリリが、交渉に入ろうとした。だがそこに、フェルズとともに瓜生があらわれた。

 

 

 模様に隠された神の文字を読んだヘスティアは、【ミアハ・ファミリア】の狙撃手たちの護衛も得て指定された場所に向かった。そこで出現した者が煙幕を出し、そしてヘスティアは拉致されたが……

 ヘスティアには発信機がついていた。そしてその発信機の位置情報を、瓜生とリュー・リオン、武威は見ていた。

 リューは【ヘスティア・ファミリア】の小遠征を尾行する者を突き止めようと動き回り、ベルたちに尾行の存在を警告した。

 武威は瓜生から通信機を預かっており、新入生を守るとともに、いざという時の最大予備戦力となっている。必要があれば『ギルド』建物でも『バベル』でも粉砕されるだろう。

 

 幸い、ウラヌスとフェルズはヘスティアに友好的だった。

「監視の目があったことはわかっている。フクロウなどだな」

 瓜生はベルの敏感さを利用して監視を突き止め、その監視を電子的に逆尾行した。

 敵がどこも慎重で、失敗するケースも多かったが、いくつかは突き留めている。

 異端児(ゼノス)のこと、【ガネーシャ・ファミリア】の協力など衝撃は大きかったが……

「少なくともおれは、絶対に虐殺は許さない。人間だろうとモンスターだろうと」

 瓜生の言葉に、ウラヌスは静かにうなずいた。

 そしてフェルズが異端児たちのところに向かうのに、瓜生もついていった。

 通信機でリューや武威と連絡を取り、いくつか指示をした瓜生はフェルズを連れて軽装甲車で一気に18階層へ、さらに18階層を隠れて抜けた。

 フェルズはさまざまな隠密手段で、瓜生の能力を知っていた。

 

 酒宴の最中に追いついた瓜生とフェルズに、ベルたちもリドたちも驚いた。

 そこで改めて人間と異端児の共存について瓜生は問われ、何人かの異端児は人間不信を訴えた。

 

「信用できなくて当たり前だ。いや、信用してはならないと言おう。おれが善意のつもりでも、尾行されていたり操られたりしないとも限らない。人間の邪悪さは、想像を絶する。いつだって。だからおれはいま、きみたちに武器と知識をあたえて去りたい……

 きみたちには力が必要なんだ。きみたちを狙っている密輸業者は、きみたちの想像以上に有能で恐ろしい相手だ」

 どれほど金をばらまいてもたどりきれない。探る者を探り返す能力が恐ろしく高い。【イシュタル・ファミリア】の切り札だった春姫の時以上に、情報を探るだけでも裏の連中が震えあがる。

 モンスターの密輸はそれほど深いタブーであり、敵が巧妙だ。

 その恐ろしさは今【ヘルメス・ファミリア】も思い知っているところだが……

 また【ヘルメス・ファミリア】は、瓜生にばれないためにもものすごく気を遣っている。

 それがまた、瓜生やリリにとっては見えない敵の大きさを巨大に見せている。

 

 瓜生はまず大きく四角い缶に入ったサラダ油と乾パン、巨大な円盤状チーズなど食糧を多数出した。その使い方を説明するついでに、ビーツはたっぷりと、皆はほどほどに食事をする。

 異端児たちはウィーネがそうであるように人間の食べ物も食べられるし、ダンジョンが出すモンスター用の蜜や、モンスターの魔石も食べる。

 異端児たちが魔石を食べて強くなると聞いたソロは、『ふくろ』から大量の魔石を出した。以前の迷宮での鍛錬で手に入れ、つい売り損ねていたものだ。一部はリリが闇で情報を集めるために使っているが、まだ大量にある。

 異端児たちは目をむいた。

 それから瓜生は大型の金床、ハンマー、やっとこ、送風機・発電機・燃料油、コークスなどを出した。

「おい」

 それを見たヴェルフが慌てる。

「ヴェルフ、彼らに最低限の鍛冶技術を教えてやってくれるか?」

 そう言って、大量の工具鋼板も出す。

「……」

 ヴェルフが息をのむ。

「もちろん……攻撃されていないのに人に向けたり、たとえ異端児でも無抵抗の弱者を殺すのを目撃したら、必ず殺す。拷問や強姦も、どんな理由があろうと許さない」

 瓜生が強く言う。

「異端児の中でも派閥抗争や戦争が起きても不思議じゃないからな」

 それにベルはあきれかえった。

 

 それから瓜生は、いくつもの近代火器を出し、異端児たちに最低限の訓練を始めた。

「できるだけ操作が単純なもの、少ない種類だな。パワーはレベル3以上の冒険者ぐらいにはあるようだ……」

 そう言って積み上げ、発砲はさせず最低限の操作、それ以前にそれがどんなものなのかを説明する。

「要するに、小さい金属の塊をものすごいスピードで飛ばす。ガン・リベリアにも近いが、威力は何倍もあると思ってくれ。

 危険なものだ。絶対に銃口を、自分を含め人に向けるな。撃つ時以外引き金に触れるな。常に、何もしていなくても突然弾が出るとして銃口を安全方向に向けておけ。

 全員復唱してくれ。

 強敵にはこれ、貫通力は大きい。爆発があるからすぐ近くだと味方もダメージを食らうが」

 対戦車手榴弾。

「十分な弾数と、高速で強力な弾」

 .50ブルパップボルトアクションライフル。

「近い距離で護身用の、瞬間的な火力」

 S&W-M460リボルバー。

「暴発で自分や仲間を殺さないよう、さっきのルールを守ること。復唱してくれ」

 それから、希望者がいれば少人数ずつ、ダンジョンの別のところで訓練することを伝えた。

 また、

「装甲車を目撃している冒険者は結構いる。最初は中身は人だと叫ばないと攻撃してきたっけ……逆に、装甲車の中身が人じゃなくても気づかないかもしれない」

 とも思った。だが、まだ装甲車は一応秘密の存在で、知らされている人数も少ない。

 

 それから瓜生は、異端児たちがまとう鎧を修理しながら鍛冶を教えているヴェルフに、何種類かの鍛造しやすい工具鋼を大量に与えた。

 そしてソロが大量に持っていたタイゴンファングの牙や爪に、鉄・ニッケル・モリブデン・マグネシウムを混ぜた合金が、炭素鋼に似て鋭利・折れにくい・研ぎやすいを高い水準で実現している……そのための金属インゴットとルツボ、加熱機材も多数瓜生が出し、ソロがドロップアイテムを提供した。

 別のところで、そちらの作業も始めている。

 素早くそれなりの防具を作れる、青銅のロストワックス鋳造も必要なものを提供した。青銅材、鋳造用砂、型木枠、ロウ、火ばさみと加熱機材など。

 また瓜生が簡単なテストをすると、案の定異端児(ゼノス)の多くは人間でいえば天才水準の知能だった。

(なら日本語の本を朗読して書き取らせ、読み書きを学ばせてから工業技術の本を与えれば……)

 とも思ったが、それにはかなり時間がかかる。

 

「ここまでの鍛冶仕事をすると、ここは手狭だな」

 と移動の準備が始まったが、瓜生は反対した、

「おそらく敵は、今回追い散らした尾行で20階層が臭いとは思っているだろう。罠があると思った方がいい……ソロとヴェルフを置いていく。あとウィーネは連れ帰る。あんたたちに預けていて、まとめてさらわれたらたまったもんじゃない」

 と言った。

 さらに、

「地上を見たければ、今度準備してケージを持ってくるから、戦利品に隠れてしばらく我慢してくれるといい。地上に出たら、隠れ家で着ぐるみを着て過ごせばいいんだ」

 と言い添えた。

「また、姿が人間に近い者は、完全に全身を覆う鎧を着て冒険者に混じれば地上に出られる。おれたち【ヘスティア・ファミリア】はマークされているだろうから、【ヘファイストス・ファミリア】を使ってもいいか……」

 とも加えた。

「いや、姿を隠す方法がある」

 とフェルズが言い添えた。

「だが、着ぐるみという発想はなかった……」

 と落ちこんでいたが。

 

 それから、ソロが異端児たちと残り護衛するとして、ベルたちは地上に帰った。

 また、ヴェルフが全速で作ったフルフェイスの兜と、瓜生が出した分厚い防寒具に身をくるんだ異端児もフェルズの手引きで地上に連れていった。

「これは見せかけだ、防御力なんて全然ねえよ」

 ヴェルフは悔しがっていたが、まあそれは用途というものだ。

 

 地上に戻った瓜生は着ぐるみを隠れ家に届け、神ガネーシャも含めた交渉を始めた。

 ベルやビーツは厳しい修行を再開する。

「異端児(ゼノス)は【ヘスティア・ファミリア】に近づけないように。うちは常に探られている」

 と瓜生が言っておいた。

【ヘファイストス・ファミリア】の鍛冶師たちは、ベルをともなって異端児を訪れ、鍛冶技術を指導し始めた。

 また異端児は、本拠から離れたところで銃の訓練を始めた。また深層の魔石で強化された肉体と、自分用に作られた武器や防具にも、また着ぐるみを着て人間を装う練習も始めた。

 

 念願の地上進出を果たした何人かの異端児は、太陽の光に感動し、また多数の人間……ヒューマンや多くの亜人、神々がなす複雑な大音楽、その猥雑、善良さの影のおぞましさ、欲望などをちらちらと見た。

 ウィーネやリュー・リオンとともに、広場で花や弁当を売った。

【ヘスティア・ファミリア】の新入生たちが上演しているミュージカルに涙した。

 

 瓜生とリリは、危険に半ば怯えながら【イカロス・ファミリア】の影を丁寧に追い始めた。【ヘルメス・ファミリア】の怪しい動きも確信し、決意して盗聴と追跡を始める。

 ほんのわずかに触手が触れただけでも、闇に動く者はあとかたもなく消える。また触手を逆にたどって、探る者を追い詰めてくる。

 情報屋の家族まで殺し屋に襲われ、警戒していたリューが助けたことがある。彼女たちを市外に……抑留されているラキア軍捕虜たちのところに逃がし、生活できるようにするのに底なしに金が飛ぶ。殺し屋が何人も暗躍する。

【ヘスティア・ファミリア】本拠は電子機器でガチガチに守られている。何人もの殺し屋が侵入しようとしてレーザー仕掛の銃に倒れている。

 闇の戦いは、表のオラリオにも奇妙な緊張と不安をもたらした。

 莫大な収益を得た多くの情報屋やその手下の豪遊。崩壊した【イシュタル・ファミリア】の歓楽街の跡を襲う抗争。グラン・カジノの長の逮捕と、その後の権力の空白。誰もが情報を求め、大金をばらまく。いつしか、闇の金価格が値下がりを起こし、新しく極深層のドロップアイテムが取引されるほど……

 恐ろしくマナーが悪い成金が豪遊し、突然消える。奇妙な火事も多い。

 さらに抑留されたラキア将兵が道路を築き、衛星都市を建設し、それに多くのオラリオ貧困層が加わることも、オラリオ全体の政治経済に流れを引き起こしている。

 少し離れた鉄鉱石産地で水運がある地に試作段階だが製鉄高炉と、アルミニウム精錬所などが作られ始めたことも。

 オラリオの民は、何とも言えない不安感を感じるようになった。同時に若い働き者は次々と高給の仕事にありつくようにもなり、それがまた不安定さを増している。

 

 そしておぞましい罠を仕掛ける密猟者、ディックス……快楽を求めるイカロスとヘルメス。オラリオを守るロキ。

 多くの思惑が絡み、英雄物語は流路を変えて、ねじまがって新しい流路を探して流れ、せき止められ、さらに圧を高める……

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