ダンジョンに近代兵器を持ちこむのは間違っているだろうか 作:ケット
24階層に悲鳴がただよっている。
見ようとした冒険者も、何人も殺されている。慎重に索敵しながら進んだつもりが、背後や壁の中から襲われて。
その声を、深層に移動しようとしている異端児(ゼノス)が聞きつけた。
ちょうどその日。『豊穣の女主人』では、今日も着ぐるみを着たウィーネと、地下からカーゴに紛れて出てきたフィアが働いている。
昼過ぎ、瓜生とベルが予約席についた。
瓜生が久々に目出し帽をとり、フードを外す。彼の素顔は、『ギルド』の資料に似顔絵が出てしまっている。彼はそれから、地上ではフード・メガネ・目出し帽・マスクなどで素顔を隠してきた。彼が素顔をさらすのは、商談の時ぐらいだ。
馬車が止まり、従僕を連れた客が来る。富裕な商人が、あえて地味な服装をしているようだ。服装の下から高価な装身具が目立つ。
ほぼ同時に、着ぐるみたちに男が寄ってきた。ゴーグルをつけ、奇妙に穂先が大きい槍を持った男が。
以前の異端児は、鍛冶の技術や道具も、カーゴも持っていなかった。だから少人数で移動していた。特に人間と姿が遠い、アラクネやグリーンドラゴンなどは普通のモンスターのふりをして動くしかなかった。多様な種が群れを作り、モンスターとは明らかに違う統制された動きをすれば、目立つし噂になる。
だが、今は違う。瓜生に、のちに【ヘファイストス・ファミリア】にもらった鍛冶道具で人間型モンスターは全員フルフェイスの鎧をつけた。さらに瓜生にもらった豊富な布、ミシンで長い上着をつくり着た。
人間と姿が遠い異端児も、標準的なカーゴの中の多くの荷物に紛れることができる。
分隊・小隊・中隊と組み合わさり定期的に伝令で結ばれた部隊を組んだ。
【ヘファイストス・ファミリア】のレベル3以上の鍛冶師、【ヘスティア・ファミリア】からソロも加わっている。
そして強力な銃器も持っている。
24階層。声を聴きつけた者がいて、そちらに偵察を向けた。
料理や酒がやや高価な『豊穣の女主人』だが、庶民的な面もあり本当の金持ちや貴族は比較的少ない。だからむしろ、この客は場違いだ。
「いらっしゃいませ」
リュー・リオンが、客を奥に案内する。瓜生が白髪のベルを立たせる。
強い緊張感が漂う。
「【ヘスティア・ファミリア】団長ベル・クラネル、Lv.3です。こちらウリュー・セージ、Lv.2」
ベルが自己紹介をする。
「貴様らに呼び出された、……名は伏せるが、『メデジン』」
ベルの目配せを受けた瓜生が話を引き継ぐ。
「グラン・カジノでお会いしていますね」
「ん?いや、ああ、あの騒ぎの時に……」
男装したリュー・リオンの後ろについていた瓜生の姿を思い出したようだ。今水を運んでいるウェイトレスが、あの伯爵とは思い出せないのか……。
「さて、モンスター密輸の情報が欲しい、苛性ソーダを大量に作る技術とひきかえに、だったな」
「はい」
「ふ、ふふ……あのむかつくまでにもうかる商売を潰してくれるなら、こちらから金を出してもいい。わしでなければそれほどの情報は得られんよ」
「そうでしょうね。ガ……国に完成版の『神酒(ソーマ)』を輸出されたお方ですから」
瓜生の言葉に、護衛がすさまじい殺気を吹き出す。それに対し、とても重く冷たい液体が漂い床にたまるように、ウェイトレスたちの殺気が増す。透明に、鋭く。
「ふ、ふふ……」
瓜生は黙って微笑する。ベルはじっとしている。戦う前の緊張をほとんど隠せていない。黒く塗った太い柄のモップを手にするリュー・リオンの目を見てしまい、
(相手に集中しなさい!)
と目で叱られてびくっとなる。
見れば、アーニャ・フローメルが寄りかかっているモップも少し違和感がある。
リューのモップにはベルの刀が仕込まれ、いつでも投げ渡せる。抜いたあとの中空棒はアダマンチウム・コバルト・スカンジウム・チタンを混ぜた超強高度の金属棍だ。
アーニャのモップも仕込み槍で、ひと振りで2.4メートルに伸びる。
ルノア・ファウストが台所で皿を洗っている、その手袋も大きすぎるサイズで、中には頑丈な戦闘グローブがはめられている。
どれも【ヘファイストス・ファミリア】特注品。
「さて、聞きたいのはモンスター密輸の情報だったな?」
「こちらです」
瓜生が差し出した紙束を、商人は奪って懐にしまう。
「ふ、ふふ……」
反応のおかしさに目を泳がせるベル。瓜生はただ、笑っている。
「つーかまーえた」
外から、声がした。
ゴーグルをした男が槍の、大きすぎる鞘を外した。まがまがしい穂先が露出される……殺すよりも長く苦しめるための、拷問用の槍。
「竜女(ヴィーブル)に着ぐるみとは、へどが出るような偽善者だなあ!」
と叫んだ男が、着ぐるみを切り裂いた。
店前の通りを歩く人が凍りつく……美しい少女、だが人の肌ではない。
つい今の今まで、可愛らしい姿で花を配っていたマスコットが。
同時に商人の護衛も席を蹴り、剣を抜く。
店内には奇妙な安心感も漂い、新しい娯楽を見るような雰囲気があった。この店でトラブルを起こせば、圧倒的な暴力で叩き出される……ウェイトレスたちには高レベルが何人もいるのだ。
「うちの娘に、何を」
その中でも最強であるミア・グランド……知る人は知っている、オラリオでも指折りの、レベル6が牙をむいた。
「クラネルさん」
リューが抜いた刀が飛び、すっとベルの手に収まる。瓜生を切りつけた護衛の鉈鎌の柄を、一閃で斬り落とした。
リューとアーニャがモップを踏んで棒を抜く。
その時だった。槍の男がごく短い詠唱……奇妙な波が広がった。
ウィーネも、隣のフィアも。ミアも、リューも、アーニャも、クロエも、カウンターを乗り越えていたルノアも。瓜生とベルも。商人とその護衛も。ほかの店員も客も。
波を浴びた。耐異常を貫通する、狂乱の呪詛。
クロエの、短文詠唱の幻覚魔法が暴発する。
レベル6のミア、レベル5のリューが暴れはじめる。オラリオそのものが破壊されかねない。
哄笑と共に、『暴蛮者(ヘイザー)』は着ぐるみを切り裂き、美しいモンスターの全体を露出させる……
地獄があった。鎖で戒められたモンスターが、死なないように苦しめられている。
そして、見てしまって怒り狂って襲うリザードマンが、対処に慣れきった冒険者たちの大盾に食い止められ、巨大な槍がその胴体を……
『豊穣の女主人』の天井に、穴がいくつもあった。その穴からテレビカメラがのぞいていた。その映像は有線で、近くの隠れ家につながっている。
天井の板の何か所かで小さい爆発。直後、大量の液体が店中にぶちまけられた。
瓜生の故郷の非致死性兵器。極端に滑る液。
冷静であれば、レベル6や5なら対応できたろう。だが呪詛にやられて暴れるだけの存在は、そこから一歩も動けなくなる。ただその場でのたうち回るだけ。
ベルも瓜生も。罠である商人とその護衛も。
「ちっ」
ディックス・ペルディックスは撤収を決断した。
厳重な護衛なしには表に出てこない瓜生と、ダンジョンにもほとんど行かなくなったベルを引きずり出す。『豊穣の女主人』の強者を逆用して混乱を起こし、ウィーネも拉致するつもりだった。
だが、瓜生はそれも読んで罠を仕掛けていた……狙いはディックスその人。
自分はまだ動けるが、ぬるぬる液の奥で暴れる瓜生とベルを拉致することは困難。時間もない。ほかにもどんな罠があるかわからない。
「せめて、こいつに暴れさせてやる!モンスターと人間は」
と、ディックスは凶暴化したウィーネを、むしろ拘束し暴れる邪魔をしている着ぐるみを切り払った。
と。気がついたとき、ディックスは片目を貫かれていた。
「え」
ウィーネの着ぐるみには、ふたり入っていた。もうひとり体が小さく、レアアビリティ『耐呪詛』を持つビーツが。また着ぐるみが持っていた旗は、仕込み槍。
瓜生とリリは、密猟者の中心が【イカロス・ファミリア】のディックスであることは情報収集でつかんでいた。彼が超短文詠唱の混乱の呪詛を持っていることは、人工迷宮戦で被害を受けた【ロキ・ファミリア】に聞いている。
だからこそ、『耐呪詛』を持つビーツをぶつけた。ミアに事前に大金を払い、ぬるぬる液を準備していた。
ビーツの槍が、精密に直線を描いて突き出された。槍の穂先だけが大きくなるように見える、もっとも理想的な直線突き。
さらにディックスは、超短文詠唱の呪詛という卑怯なまでに強力な力の代償として、大きく『ステイタス』が低下している。
片目を失うだけ、脳までぶち抜かれなかったのは、経験豊富な強い冒険者だったからこそ……か。疑問を持つ暇はなかった。槍での反撃は、柔らかく円に吸われ重心を崩された。直後、少女が高速で懐に飛びこみ、腹に左拳を叩きこむ。
「くそおおっ!」
ディックスは倒れながらすべての力を絞った。槍の石突きで、ウィーネの額の赤い宝玉をえぐり飛ばした。
竜人の額の宝玉は桁外れに高価。だが、それを奪われた竜人は凶暴化する。さらに本体を倒せば宝玉も砕けるので、よけいに希少価値は上がる。
哄笑しながら逃げようとしたディックス。だがその彼を、ディックスの大ダメージで呪詛が解けたミアとリューが襲う。
全身ぬるぬる液で動ける状態ではなさそうだが、ミアは気合一つで液どころか床板まで吹き飛ばす。リューは指一本で床板を突き刺して指をきれいにし、指一本で倒立してそのまま跳び、着地後はスケートのようにぬるぬるを活かしむしろ早く動いている。桁外れの力と技。
店を飛び出したふたりの第一級冒険者を闇派閥の刺客が襲い、自爆前に遠距離攻撃でやられて無駄に爆発する。瓜生の銃と、アーニャやクロエの投げナイフ。
【イカロス・ファミリア】の冒険者が、爆発を利用してあくまで逃げる団長を助ける。
背後でニャーニャー鳴いていた猫人たちもリューを真似、瓜生たちをはめようとした偽商人とその護衛を一瞬で制圧した。
「さーて楽しい楽しいねちねち拷問」
とクロエがすごむが、
「悪いが、おれは拷問は容認しない」
と瓜生がいい、銃を取り出して続ける。
「ただし脅迫はする……この場で死ぬか、全部吐くか選べ」
分厚い木のカウンターを撃ち抜き、商人に向ける。
「ぐ……」
店の前の路上では、覆面をした【ガネーシャ・ファミリア】の精鋭が、二正面作戦で小人数しかいない【イカロス・ファミリア】と激しく戦っている。
ビーツが翼を広げたウィーネを制圧しようと、すさまじい速度と力で空中戦を始めている。地面を転がってぬるぬる液を落としたリュー・リオンも加わる。
クロエの幻覚魔法により、ウィーネは店内に飛びこんだ。翼が無意味になり、ぬるぬる液にまみれて行動がほとんどできなくなる。
「こんの……バカ娘!」
ミア・グランドの拳が、暴れる少女の脳天にぶちこまれようとするのを、ベルが抱きしめてかばい吹き飛ばされ……悟った。
ミアの拳に殺意がない。
ふん、とそびえる元・第一級冒険者に、ベルは圧倒された。
その間に、リューが赤い宝石を持ってくる。
リザードマンの胴体に槍が当たった瞬間、リザードマンの姿が変わった。
モシャスを使っていたソロだった。
大槍も、はぐれメタル鎧を貫通できず表面を滑るだけ。【イカロス・ファミリア】レベル4、グランの首が飛ぶ。瞬時に磔柱のもとに跳んだソロの、はぐれメタル剣が鎖を断ち、「ベホマ」の一言。
対応できないほどの短時間で繰り返される。桁外れの強さ。
(ロザリーは助けられなかったが……)
ソロが囮となっていた、とらわれ拷問されていた異端児を助けて退避した、その直後に地獄が炎を上げた。
多数の超強力な対物ライフル。
サボ構造で初速は秒速1000メートルを超えるタングステン弾芯の12.7ミリ弾。
【ヘファイストス・ファミリア】の魔剣銃。鍛冶師たちが試作した、瓜生が弾は出した14.5ミリのガスト式重機関銃。
大盾も、鎧も、耐久もまったくの無意味だった。次々に死んでいく密猟者。
「くそう!」
仮面をつけたローブ姿の命令で、壁から出現する食人花。
だがそれは、高水準の装備をした異端児と上級鍛冶師たちが切り払う。
傷ついた者を囮に使う罠の可能性は、瓜生やヴェルフに示唆されていた。
瓜生は故郷の戦いを無数に学び、訪れた異世界でも悲惨な実戦を見ている。ヴェルフは軍事国家の鍛冶貴族、人間同士のおぞましい戦いを多く聞いている。
敵の負傷者をわざと殺さず残し、救護しようとするものを狙撃する……やられた側からすれば、救おうとすれば犠牲が増え、救助を断念しろと指示すれば士気が下がる。
「そうなったら、その負傷者を狙撃して殺すのが指揮官の義務だ……全滅覚悟で救出に行くのでなければ」
瓜生の言葉に、グロスもリドも歯を食いしばったものだ。
「人間が最悪なのは確かだろうが、あんたたちも人間に近い心を持っている。もしあんたたち異端児が人間を駆逐し、たくさん世界中に増えたとしたら……異端児同士でそうするんじゃないか?」
瓜生の言葉を、どちらも否定できなかった。
異端児の中でも、人間と共存するか戦うかで争いがある。
そしてみてしまった目の前の地獄、人間の底なしの邪悪……だがそこにあるのは、戦いという、兵法という種族も何も関係ないものだけだ。
仲間を殺す覚悟をしていたリドやグロスは、
「いや、一度だけ動きたい。……は助けられなかったが、今度は助けたいんだ」
ソロの言葉に感動していた。
そして言葉通り、圧倒的な強さで仲間を救出した強さも。
罠にかけたと思ったら釣り出された、屈辱と怒り、潰された眼の激痛を胸に逃げるディックス。彼が入ったのは『ダイダロス通り』に近い人工迷宮。
だが、彼は知らない。高い建物からノートパソコン直結スコープで見ている人がいる。
ビーツは、殺すのではなく発信機をつけろと指示されている。
忍術も学んだヤマト・命が追跡に総力を挙げている。
そして武威とトグがすでに把握されている人工迷宮出口に先回りしている。
【ガネーシャ・ファミリア】の協力も得て体を洗い、服を交換したリューとベルが追跡に加わっている。
店近くに借りた本拠に潜むリリが、いながらにして多数の画面……狙撃手のスコープからも、『豊穣の女主人』の天井からも、無人機からも送られる映像を見て総合し、無人機操縦装置を操作し、すべてを操っている。
人工迷宮に飛びこみ、扉を閉めようとしたディックスは呆然とした。背後で扉が閉まる音がしない。桁外れの重さで落ちるオリハルコンの落とし扉が、支えられている。
「……39……40%」
筋肉が人間離れして盛り上がる少年。
そのかたわらには、人工迷宮の通路からあふれそうな巨漢。