ダンジョンに近代兵器を持ちこむのは間違っているだろうか   作:ケット

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準備

 ディックスが親指を下に向けたその瞬間、歩み寄る武威の下で床が割れた。

 すさまじい重さの鎧に包まれた巨体が落ちる。

「底は溶解液だ……かかりやがって」

 いやらしい笑みを浮かべながら、ディックスは重いオリハルコンの扉を必死で支える少年に近づく。なぶるように、ゆっくりと。

 その、人間とはまったく違う形にふくれあがる筋肉に気がつく。

「おまえも人間じゃないのか?なら」

 拷問用の槍が突き出されようとする寸前、穴から光があふれた。

 武威は素早く超重鎧を脱ぎ捨て、『武装闘気(バトルオーラ)』を発動した……身体が浮かぶほどの。

(戸愚呂(兄)ならもっといい罠をしかけている)

 武威は彼の残虐なずるさは嫌いだったが、助けられたこともあった。認めてはいる。

 

 見ただけで、それこそミノタウルスを見た駆け出しのころのベルのように怯え、背後の扉を開いて逃げるディックスを、武威が静かに追う。

 あとから瓜生やリューが駆けつけ、出したつっかえ棒をドアにかませる。

 限界を超えていたトグは、長距離走で新記録優勝をした直後と自動車にはねられた直後の合計のようにくずおれた。リュー・リオンが治癒をかける。

「すぐ……立ちます。父がしていたよ……させない……」

 顔も知らない父、戸愚呂(弟)。悪の限りを尽くしていたという……その悪の報いを自分が受けることになりかけた。だが妖怪に転生する以前は正義の武闘家で、あの幻海の仲間でもあったとも武威に聞いた。

 受け止め切れないことは多すぎる。ただ武威に守られて逃げ回り、流され……別世界であるオラリオにたどり着いた彼は、冒険者として立つことを決めた。

 ベル・クラネルという少年に血が燃えたことも、理由の一つだ。

 そこにリヴェリアやレフィーヤたち、【ロキ・ファミリア】のエルフ隊が駆けつける。

 

 ディックス自身は、自分を殺さずに追い回すのは、

(密輸組織の情報を手に入れるため……)

 だと思っている。

 だからこそ、本拠には向かわず広い人工迷宮内を駆け回り、敵を引きずり回して、人工迷宮そのものを武器として倒すつもりだ。

 屈辱と痛み、恐怖で冷静な判断力はそこなわれているが。

 ディックスは知らない。別の出入り口から、【フレイヤ・ファミリア】が人工迷宮を攻めていることを……瓜生やリリにとっても、それは予想外に近い。可能性としては考えていたが。

 実際に瓜生は、

「逃がさないことを優先、確実に殺せるなら殺せ……」

 と指示している。顧客たちに警告を出させないことが目的なのだから。

 リリと瓜生は、いくつかの事態を場合分けして考えていた。

 ディックスにさらに黒幕がいる場合……その場合は、ディックスを捕まえた時に口封じに襲ってくる可能性がある。逆にそれで黒幕を捕捉できる。

 

 

『豊穣の女主人』は、【フレイヤ・ファミリア】の庇護下にある……オラリオの闇に詳しい者には常識だ。

 だから絶対にアンタッチャブル。

 だが、ディックスはその裏をかくと決めた。レベル6、『小巨人(デミ・ユミル)』ミア・グランド……彼女を暴れさせれば、オラリオそのものが壊滅的な混乱に陥る。

 それで、誰が襲ったかなど調べようがなくなるだろう……

 だが、ぬるぬるした液という一手でそれはひっくり返された。

 もちろん、店を危険にさらし、数日間営業不能にする……店主ミア・グランドが瓜生から膨大なヴァリスと金地金、大量のレシピと高級酒を搾り取ったことは言うまでもない。【タケミカヅチ・ファミリア】の後輩にあたる、極東の孤児院出身者……危険な冒険者ではなく料理人になるよう説得された若者まで出させ、瓜生の故郷の高級なファミレス・居酒屋と同等といっていい支店まで作らせたものだ。

 ウィーネを受け入れ、こき使って人間を教えてくれる彼女や店員たちにも、瓜生もリューも深く感謝している。

 店を襲ったディックスたちを【フレイヤ・ファミリア】は許すつもりはない。

 

 高いところにいる狙撃手たちは、つかんだ。

【イシュタル・ファミリア】本拠跡に、【フレイヤ・ファミリア】の精鋭が集まり姿を消している……おそらく人工迷宮に入っていることを。

【ロキ・ファミリア】の精鋭も、多量の近代兵器を背負って動いている。歩く鍵であるベル・クラネルも無線連絡で呼び出された。いくつもの出入り口の近くには、車両を収容した隠れ家がある。

 リュー・リオンも武威たちを追い、その出入り口でリヴェリア班と合流した。そこで意外なことが判明する……リューが手に入れていた、『D』の字を浮かべる魔道具が鍵だったと。

 人工迷宮を前に、ロキとフレイヤの交渉が始まる。ヘスティアとヘファイストスも駆けつけてきた。ヘスティアとヘファイストスはノートパソコンを持っている……瓜生とテキストで会話している。

 逆に言えば、『豊穣の女主人』というエサでやっとフレイヤを釣り出せた、ということでもある……だがそこまで考えていたわけではない。

(釣れればもうけもの……)

 ぐらいのことだ。

 

 ヘスティアは、いとしいベルの役に立ちたいと強く思っている。ダンジョン深くまで神みずから危険を冒して行ったほどだ。

 瓜生はそれを聞き、ヘスティアにいろいろなことを学ばせた。FN-P90の射撃、ノートパソコンで共通語(コイネー)のひらがな入力、日本語、簿記……

 進歩は遅いが、ベルのためにと頑張り続けている。

 

 瓜生にとって、フレイヤとの交渉は大きな懸案事項だった。

 フレイヤがベルに関心を持っていることはわかっていた。ヘルメスも口止めされていたが、婉曲に伝えてきた。

 さらに厄介なのが、地上に来る前の貸し借りからロキが、

(フレイヤがベルで遊ぶ時には干渉しない……)

 と言質を取られてしまっていることだ。

 そのことも、瓜生やヘスティアは知っている。ロキや察しているフィンは告げたわけではなく、情報屋が探れるようちょっと脇を甘くしただけのことだ。

 瓜生ももちろん、ミノタウルスのイレギュラーとオッタルについてはしらべた。大遠征でタイムラグはあったが。オッタルと戦ったアイズたちからも話を聞いたし、オッタルを襲ったアマゾネスの目撃情報も得ている。

 フレイヤの狙いはある程度わかっている。だが問題なのが、フレイヤは交渉、接触が極度に難しい神だ、ということだ。

 リリも瓜生の考えはすべて伝えられている。そして【ロキ・ファミリア】や【フレイヤ・ファミリア】を相手にすることに圧倒され、震えあがり、また起き上がることを繰り返している。

(ウリュウが倒れた時、ヘスティア・ファミリアの頭脳を継ぐ……)

 それがどれほど重いことか。ひたすら木刀を振り、ソロやリューにぶちのめされ、タケミカヅチに容赦なく直されていればいいベルを、むしろうらやむほどだ。

 また『ギルド』も脅せる金力がある瓜生やリリも、『魅了』持ちのフレイヤとは直接交渉できない。ソロには耐性があるが、むやみに切れる切り札ではないし、彼はまだオラリオについてよく知らない。

 

「ウリューくんから連絡だ。フレイヤ、ちょっとごめん。ロキ、来てくれ」

「ちょいはずすでー」

 ヘスティアに呼ばれたロキが、離れたところにいるフィンやリヴェリアと通信会話する。

 武威とトグを追う隊には、瓜生とリュー、リヴェリアたちエルフ高速隊が後から加わる。

 別の人工迷宮出入口にフィンたち主力+歩く鍵であるベルが向かっている。さらに地下からソロと異端児(ゼノス)たちが襲撃。

 そこで、リューがたまたま闇派閥から奪った魔道具が、求めてやまなかった人工迷宮のカギと判明した。

 それにより、リヴェリアを中心とした高速隊も人工迷宮侵攻に踏み切る。

「ええ、ええ。フィン、全部まかせたでー。こっちはまかせ、こっちの仕事が終わるまで待っててもらうだけや」

 ロキがわざとフレイヤに聞こえる声で言う。

 通話を終えて帰ったロキは、フレイヤをにらんでいった。

「待たせたな―。そゆわけや、4時間。おk?で。で、なんで自分まで例の茶番にいっちょかみすんねん?」

 ロキの表情はころころと変わり、多様な圧力を美の女神にぶつける。

「わかっているのに質問するのはよくないわよ」

 フレイヤは泰然自若。巨岩に水鉄砲をふきつけるよう。

「楽しいお祭りに参加させてほしいだけよ?せっかく素敵な子たちが輝こうとしてるのに。それに、このお茶おいしいわねえ……お野菜が欲しくなるわ」

「茶番に八百長をばらす、ってことやで、バカチビ」

「ぐぬうううう……え、想定内、続けろ?そんなあ、ベル君がああ……」

 ツインテールを変な形にし、金のかかった美しい服で机に突っ伏すヘスティアの耳には極細イヤホンが突っこまれている。

 マイクの音声を管理している瓜生とリリは、音声を聞いてテキスト化するソフトを用いている。ただ盗聴したら魅了されかねない。

「よっしゃこれで手打ちや。今回、3時間もらう。そのかわり茶番に入れたる。ええな?」

「ええ」

「まだたくらんでるやろ……何だろうがうちの子ははねかえすで」

「ぼ、ボクだって自分の子を信じる!」

 

 

 リヴェリア・リヨス・アールヴを将とし、女性エルフからなる部隊……ただでさえ高速と強力な魔法を誇り、リヴェリアの味方エルフ限定の、放った魔力を回収するという反則スキルでさらに力が増している集団。

 訓練としては、迷宮深層を前提にチェンタウロ系の装輪装甲車を用いていた。だが狭い部分がある人工迷宮の戦いではスズキ・ジムニーとオフロード用オートバイを使うことにした。あえて装甲と大火力を捨て、速力と悪路走破性を最大にする。

 銃器は詠唱している間の接近阻止を目的とし、即応できる手持ちの重機関銃と手榴弾。

 たとえ『穢れた精霊』が出てこようが、時間さえ稼げればリヴェリアとレフィーヤの最大を通り越した呪文なら斃せる。

 食人花やクモ、溶解液イモムシなら.50BMGで対処できる。だが問題は、あの赤毛の女……

 それで【ヘファイストス・ファミリア】に特別に依頼して、瓜生の故郷にない重機関銃をゼロから作らせ、レベルが高い者に持たせている。

 14.5ミリ弾、サボつきのアダマンチウム弾頭のみ。ガスト式で超高発射速度、重量は40キロ。14.5ミリ弾を発射する唯一の重機関銃、ロシアのKPVはきわめて優秀だが、50キロ近くと非常に重い。対空銃架をつければトンに達する。そしてどこの国も、重機関銃についてはかなり保守的で新作が出ない。

 もうひとつ、信頼性を優先し、アリシア・フォレストライトは瓜生が出した航空機機関砲を【ヘファイストス・ファミリア】が人が手持ちできるように改造したのを抱え、車もトヨタ・ランドクルーザーを選んでいる。

 マウザーBK27、ヨーロッパで普及している航空機機関砲。毎秒30発の高連射速度で100キログラム。30ミリ弾より銃口エネルギーはむしろ大きい、口径は小さいが長く重い弾頭を発射する。外部動力を必要としない分、信頼性は低いがシステム全体は軽い。ガトリング砲より軽量で、ガトリング砲の欠点である立ち上がりの遅さ、超高連射が始まるまでのタイムラグがない。

 その大火力高速機動要塞に、鍵を持つエルフ、『疾風』リュー・リオンが加わったのだ。彼女は自動車も運転できる。

 リューの車には最終兵器も乗っている。サンジョウノ・春姫だ。【ロキ・ファミリア】も彼女のことを知っており、余裕があれば前人未到のレベル8が実現できる。

 

 

 ダンジョンは電波を妨害する。有線通信も、自動修復機能や人工物を破壊するモンスターがいるため維持できない。

 だが、ダンジョン内部と唯一連絡できる方法がある。人工地震だ。モールス信号を高性能爆薬で放つ。常人には震度0、感知不能となる地震を高性能の地震計で感知する。

 ソロと鍛冶師たち、異端児たちは逃げる【イカロス・ファミリア】を追って人工迷宮に突入した。ソロの『ふくろ』がある、弾薬も食料もポーションも実質無尽蔵。

 逃げる者が死者の死体から鍵を取った……鍵だけは取ろうとする動きから、何が鍵なのかはわかる。

 

 

 ディックスを追う武威の前に、赤い髪の女が立ちふさがった。

「は、ははは、これで終わりだ!偽善者どもめ」

 そう言ってディックスは走り去る。扉が開き、男が駆けこみ、閉まる。

 武威は静かに深呼吸した。深く、深く、腹が膨れるほど。それにつれて光が激しく体を包み、広がり、吹き荒れる。体が浮く。

 人工迷宮の、バスケコート2面分ぐらいある部屋。扉はすべて閉ざされている。

 光が静かに、武威の身体に吸収される。

 忘れられない光景を思い出している。投げ返された炎殺黒龍波を自らの身体で食い尽くした飛影。

『黒龍波は単なる飛び道具じゃない。術師の妖力を爆発的に高める栄養剤(エサ)なのよ』

 自分に二度目の敗北を与えた小さな姿、いやというほど覚えている。その力の使い方も細部まで覚えている。それができるに至るまでの、自分の器を高める膨大な努力もわかる。

 また、正しい人身の使い方も徹底的に、武神タケミカヅチに叩きこまれた。

 もう月で数える時間、毎日ものすごい時間をあてて死に身の鍛錬をつづけてきた。

 自分の、普段から暴走気味の妖力を最大に暴発させ、自分でそれを食う。爆発的に増大する妖力を、正しい姿勢・呼吸・動きを通じて身体と調和させる。

 それができる器を育てるために体を鍛えぬく。正しい動きを底なしに反復練習する。武神に教わった少ない套路の、一つ一つの動きの実戦用法を膨大な実戦経験と合わせて考え抜き、体に叩きこむ。

「敵を前に遊ぶか」

 レヴィスが容赦なく、すさまじい速度で切りつけてくる。

「遅い……せいぜい55%」

 武威はつぶやきつつ、ゆっくりと掌を上にした手刀を突き出した。

 わずかな螺旋が、剣の腹を滑るようにそらしてレヴィスの重心を崩す。腰が大きくねじられ軽く後頭部に手が当たる。地面すれすれに滑るような足が、くるぶしを鋭い刃で斬るように蹴る。

 重量挙げのメダリストでボクシングの世界ランカーが、合気道を習い始めたような……

 敵にやられることよりも、爆発的に増大し、肉体と『武装闘気』よりはるかに深く一体化した妖力が誤った動きで暴発する方がダメージになる。

 正しい動きを維持するための集中と深く腰を落とすフォームは、重荷を引きずって砂浜を走るより体力を削る。

 今までの戦法でも負けはしないだろう。だが、

(あれでは、どう修行しても戸愚呂にも、飛影にも、浦飯にも勝てない……)

 このことだ。

 柔らかく受け流す、以前の何倍も出せる力で。

(力を用いず、意念を用いる……捨己従人……)

 実験台にされている屈辱を感じたレヴィスは、必死で姿勢を立て直すと怒りを爆発させ、呪詛の剣で激しく武威に斬りかかった。

 一瞬に何十も詰めこまれる死剣が、ゆるゆるとした最小限の動きで受け流される。多数の深層のモンスターとの戦いで積み上げた卑劣な剣技も、すべて何手も先から読まれるように流され、軸の崩れを撃ち抜かれる。

(手を防ぐより、相手の軸を崩す……)

 そのための技だと、実践して理解する。

 以前の彼は、ただひたすらどちらが強いかだけだった。戸愚呂と戦う前も、戸愚呂との戦いも。基本的には腕相撲だった。強い方が勝つ。

 飛影との戦いも、同じことをした。

(黒龍波に耐えきれれば勝てる……)

 と。だが、勝ったと思った瞬間、負けていた。

 そして魔界の扉が開いてからは、さらに桁外れの力の持ち主が多数いることも聞いた。腕相撲で最強になることはできない。だが、何年、何百年でも技を極めぬく……

 

 

「【ヴァジュラ】

 ベルの刀に閃光手榴弾以上の雷光が宿る。小さな体がすっと滑るように前進する。ゆっくりと天を向いた刀が、すうっと弧を描く。オリハルコンの扉に斜めの傷が走る。

 軽く押すと扉がことりと三角に落ちた。

「……また腕を上げたね」

 フィン・ディムナが微笑しつつ、全員の状態を瞬時に点検する。

 ベルは誉め言葉に喜びつつ、ボロボロになった刀を見つめ、

「はい……ありがとう」

 刀に感謝する。

「替えです」

「ありがとうございます」

 替えの刀をリーネが渡す。扉を切るのは刀にも負担が大きいので、椿が何本もタイゴンファングの牙や瓜生の金属に、人工迷宮探索で手に入ったオリハルコンも使った刀を打っている。ヴェルフは無論騒ぐが、彼にできるのは手伝い程度だ。必要とされる技が違いすぎる。

「突入!」

 ベルが扉を斬ることに依存するので、車両は入れない。だが多量の重機関銃と弾を持ちこんでいる。リヴェリア隊と同じく【ヘファイストス・ファミリア】製14.5ミリガスト式とBK27機関砲もある。

 無数に湧き出るクモに、フィンが手榴弾をふたつ投げた。逃げ場のない爆風が敵を一掃する。

 

 ちなみにアイズ、アマゾネス姉妹らは別の人工迷宮出入口を押さえている。ほかにもさまざまな役割で、【ロキ・ファミリア】全体が分散している。

 

 3隊とも目的は攻略ではない。少しでもマッピングすること、そして生産拠点を潰すことだ。

 密輸組織の書類も目的ではあるが、優先順位は低い。

 また異端児たちは、まだとらわれている同胞がいないか激しく追及している。

 

 そして偶然、3隊が……【イカロス・ファミリア】残党を追う、ソロと【ヘファイストス・ファミリア】の鍛冶師に異端児(ゼノス)が混じる隊、リヴェリアたちの高速魔法隊、そしてフィンが率いる、ベルを含む本体が、ひとつの部屋にほぼ同時に着いた。

 密輸業者の牢獄に。

 逃げていた【イカロス・ファミリア】のアマゾネスは、一瞬でフィンに捕縛された。

 そして見た。

 ソロが。ベルが。春姫が。

 フィンが。ベートが。リヴェリアが。レフィーヤが。アリシアが。

 何人もの異端児(ゼノス)が。鍛冶師たちが。

 悪夢を。地獄を。人間の悪の限りを。

 

「あ、ああああああ」

「おおおおお!」

 フィン、リヴェリア、ベート、ソロ、リューを除き、皆が絶叫した。

 異端児、理知を持つモンスターという存在自体の衝撃に。

 同胞であるモンスターに叩きつけられた、人間の底なしの悪に。

 戦場を経験している冒険者もいる。地獄を見てきた者もいる。

 だが、知っていても、知っていればこそ怒りと衝撃はすさまじい。

「ベホマズン」

 ソロが小さく呪文を唱えると、とらわれのモンスターたちが次々と全快した。すぐに檻と鎖を切断する。

「ピサロ……」

 彼のつぶやきを、リューが痛ましげに見つめる。

「あああああああああああ!」

「ダメダ!人間全部ヲ憎ムナ!」

「コチラヲ攻撃スル人間ダケト戦エ!人間ト同類ニナルナアッ!」

 フィンたちを、ベルさえもにらみつける異端児を、異端児が止める。

 叫ぶ声も尽き、息が切れる。

 そこに別の叫びが、すさまじい強者の気迫と共に走った。

「ガタガタ言ってんじゃねえっ雑魚どもがあっ!」

「ベートさん」

 ベルとリーネの声。

「弱えやつは踏みにじられて当たり前なんだ!人間だって売り買いされるんだ、甘ったれるな!こんなのなまっちょろいって笑う、人間を売る奴隷商人だっていっくらでもいる!

 弱えモンスターは殺される獲物だ!捕まればただの商品だ!弱え人間は食われるお肉だ!弱えのが悪いんだ!弱えのが悪いんだあああああああああっ!」

 呆然と、異端児が、鍛冶師が、フィン・リヴェリア・ガレス以外が吠える狼人を見つめる。

「……悔しかったら強くなれ……ということですよ。ベルさんのように」

 リーネが、泣きじゃくりながら異端児たちに言う。ベートに激しくにらまれるが、勇気を振り絞ってにらみ返した。

 アリシアがはっと、おさげの少女を見た。

「……だから、鉄床を与えたのか」

 ソロがため息をつく。

「……行こう。時間だ。何も見なかった」

 フィンが、リヴェリアにうなずきかける。

「もうすぐ【フレイヤ・ファミリア】が侵攻をかける。早く離脱するぞ!」

 リヴェリアが、異端児たちを見ずに部下のエルフたちに声をかけた。

 身体は癒えても心が深く傷ついた同胞を抱える異端児たち、その隣で巨大な銃を抱え返り血にまみれた鍛冶師たちは、ただ茫然とおいていかれている。

 

 ボロボロに傷ついたレヴィス。

 そこに、別の扉が開くと、軽自動車のボンネットに乗ったリューが飛び下りる。

 その後ろで、春姫がリヴェリアを対象に詠唱を始めた。

「ちっ」

 レヴィスは多数の食人花と溶解液芋虫をぶつけ、同時に開いた床から離脱して扉を閉めた。

 

 本拠から離れてさまようディックスは、ソロたちに出くわし……あっさりと蜂の巣にされた。銃の即応性は、超短文詠唱すらも許さない。

 20階層に隠された出入り口から出た、ソロと鍛冶師と異端児たちは、修行を終えて地上に向かっていた巨大な牛人と出会う。

 そして、異端児たちは下層の安全地帯に向かった。

 地上から地震波で知らせがあれば、いつでも地上に戻れるよう準備して。

 心の傷を癒し、少しでも強くなれるよう、襲ってくるモンスターと戦いながら。

 

 

 その翌朝、『ギルド』から重大な発表が真昼にあると知らされた。掲示板を通じて、また普及しつつあるラジオを通じて。

 数体の着ぐるみが、オラリオの中央の大広間に集まる。

 決意を固めたベル・クラネルは、一体の着ぐるみと手をつないでいた。

 最大の勇気。どんな敵よりも恐ろしい。すべての人に石を投げられても……

 

 知らせは、別のところからも入っていた。いくつかの国都や大貴族の城を襲う、ラキア軍。彼らが暴き出した、王侯貴族の怪物趣味……理知を持つモンスターをとらえ密輸し、悪の限りそのものを楽しむ悪趣味のきわみ……

 それ以上に激しい興味を惹かれる、ニュースとしての価値があることもない。

 魔法を通じて音声も映像も、オラリオで複製されつつある。

 そして、マリウスと椿が率い、リリに遠隔で動かされる侵攻隊が無線で送った画像・動画も、闇を通じてばらまかれている。

『理知を持つモンスター』は、かなりの噂になっていたのだ。

 

 着ぐるみの手を握っているベルを見つめるヘルメスは、とある企みを膨らませていた。

 アスフィ団長も、いやいやであっても従っている。

 神ガネーシャが『ギルド』から出て、魔石製品の拡声器の前に立つ。

 半ば観衆のエイナ・チュールが、胸が張り裂けるような思いでベルを見つめている。

【ロキ・ファミリア】と【ガネーシャ・ファミリア】が強制任務で、治安維持のために要所についている。

 

 覚悟を決めた英雄が、着ぐるみの手を強く握り、ささやく……

「たくさんの悪意を受けると思う。でも、僕がいる。僕は絶対に味方だ」

 着ぐるみの手が、ベルの手を強く握る。レベル3も、敏捷以外オールSSのベルが悲鳴をかみ殺すほど強く。

 

 楽しみを求める神々。

 恐怖と緊張、そしてこのうえなく下劣な興味と好奇心に突き動かされる群衆。

 時を知らせる鐘が鳴る。

「オレが!ガネーシャだああっ!」

 聞きなれた叫び。だが緊張のあまり半ば裏返っている。

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