ダンジョンに近代兵器を持ちこむのは間違っているだろうか 作:ケット
ガネーシャの前に、数体の着ぐるみとベル・クラネルが並ぶ。
そして着ぐるみが、頭部を外す。着ぐるみを脱ぐ。
美しい少女、だが人の肌ではない。普通の竜女(ヴィーヴル)とは違うが、明らかに竜女の赤い、高価な宝石が額に輝く。
長い尾をひらめかせる蜥蜴人(リザードマン)が、竜の少女の肩に手をかける。
「はじめまして」
「初メマシテ」
人とは微妙に違う発音、だが明白に人の言葉。
恐怖と衝撃が、広場を埋め尽くす人々を打つ。ガネーシャが叫ぶ。
「もう皆、話を聞いているだろう!世界のあちこちで、理知を備えたモンスターが囚われ密輸され、言葉にならないほどおぞましい目にあっている!」
『ギルド』の上につけられたスクリーンに、日光で見えにくいが残忍なそれが映し出される。
「ダンジョンの近くに掘られたアジトでも、同じような地獄があった!」
衝撃的な写真が写る。
リドが歯を食いしばる音が響く。
「いるのだ、人と変わらぬ心を、理知を持ち、ダンジョンでは人と同じくモンスターたちに襲われるモンスターが」
「そして、僕は……【ヘスティア・ファミリア】のベル・クラネルは、彼女を助けてしまった。僕は、なにがあっても彼女を守り抜く!」
ベル・クラネルが絶叫した。
豊かな胸を揺らし、段に駆け上がったツインテールの幼女……女神ヘスティアが愛する団長の背中から抱きつく。
「てめえ!」
「モンスターの肩を持つのか!」
「怪物趣味かよ!」
「冗談じゃねーよ!」
「俺たちの中」
「黙れえっ!」
ガネーシャの絶叫が、すさまじい音量になる。魔石装置とは違う、電気的装置の圧倒的な音声増幅。聞いている人間の健康被害がありえる、いくつかのガラス窓が割れる、非致死性兵器の域に達する音量だ。
「魔女狩りだけは絶対に許さん!隣の誰かが実は化けたモンスターだ……それが始まったら、地獄になるぞ!みんな観ているはずだ!聞いているはずだ、『るつぼ』を!」
数日前から、『るつぼ(アーサー・ミラー)』も上演されている。ラジオで全編朗読上演されている。
セーラムの魔女裁判を題材にし、赤狩りも批判した、瓜生の世界の傑作劇だ。
「私たちも、どうなろうと彼らの側に立つ。あの、最悪の人間たちの同類にはならない!」
美しき隻眼の、鍛冶の女神ヘファイストスが神友ヘスティアの隣に並ぶ。
ミアハも、タケミカヅチも。
静かな無言。
「認める思うとるんか?」
群衆が割れる。
貧乳ではあるが恐ろしいほどの美貌には違いない、女神ロキ。
美少年にしか見えぬ小人(パルゥム)だがすさまじい存在感を持つ『勇者(ブレイバー)』フィン・ディムナ。
女神たちの多くをしのぐすさまじい美貌のエルフの王女、『九魔姫(ナイン・ヘル)』リヴェリア・リヨス・アールヴ。
巨大な鉄塊に短い手足が生えて歩き出したような印象、圧倒的な強さをあふれさせるドワーフ、『重傑(エルガルム)』ガレス・ランドロック。
都市二大派閥のひとつ、【ロキ・ファミリア】。
ロキの、トリックスターの笑顔が輝く。
「あーテステス」声とともに、襟元のピンマイクを触る。わずかなハウリング音、ものすごい音量が広場を、オラリオ全体を、飛行艇で飛ぶラキア軍に襲われた世界各地の都市のラジオから、響く。「うちらは、オラリオの人間を守る!頭のいいモンスターが、武器作って襲ってきたらたまらんやろ、いてまうしかないで!」
「おおおおおお!」
「そうだ!」
「なら……」
ヘスティアが手袋を脱ぎ、ロキに投げた。
「戦争遊戯だ!」
わあっ、と圧倒的な絶叫が高い『バベル』を揺るがせた。
にーっと笑って拾おうとしたロキの隣に、ふわりと背の高い女の影が差す。その巨乳の影がはっきり手袋を暗くする……ロキが露骨に顔をしかめる。
ふたつの手が、同時に手袋を拾った。
長身の女が身を起こす。そこには言葉を絶する絶対的な、圧倒的な美貌があった。
その隣にいつしか、短い耳を持つ巨体の獣人が存在感をぶちまけていた。
ベル・クラネルがそれだけで吹っ飛びそうになり、ウィーネの手の感触でかろうじて立て直し、その目を必死で見つめて背筋を伸ばす。
それだけでも、なりたてでシルバーバックに対決する以上の勇気と気迫を振り絞る。
「楽しいお祭りに、入れて頂戴?」
「けっ、しゃーないな」
美の女神フレイヤ。『猛者(おうじゃ)』オッタル。
二大派閥のかたわれ、【フレイヤ・ファミリア】。
ロキとフレイヤが組んで、ヘスティア・ヘファイストスなどと『戦争遊戯』。
今度こそ、オラリオの人々は喉よかれよと絶叫した。全財産を持って賭けを始めた。
前代未聞、オラリオの何十年の歴史の中でも最大のニュース。人語を話す礼儀正しい怪物、『異端児(ゼノス)』のことがかすむほどに。
「異端児の処遇を巡り、【ヘスティア・ファミリア】、【ロキ・ファミリア】【フレイヤ・ファミリア】連合の『戦争遊戯』を二週間後に開催する!
【ヘスティア・ファミリア】が勝利すれば異端児に全面的に人としての権利を認め、オラリオで共に過ごす。ロキ・フレイヤ連合が勝てば、普通よりも危険なモンスターとして全員討伐する!」
圧倒的なニュースバリューに、オラリオは燃え上がった。
「被害を限定するため、レベル3以上のみ。両方サポーターを一名、テント内に許可。
武器は金属製の刀・剣・槍・斧・ガントレットに限定する。魔剣、最近市場に出た魔剣を用いる飛び道具、それに類似した、その他特殊な武器はすべて禁止。
助っ人も制限」
という、恐ろしい戦闘規則も……知っている人間は、それが【ヘスティア・ファミリア】にとってどれほど致命的なハンディキャップかはわかる。
【ロキ・ファミリア】にとってもハンデになるということを知る人間は少なく、知る者は口をつぐんでいる。
異端児のことは半ば忘れられていた。
二大ファミリアの連合。それがどれほどの強さか。どんなに華麗な戦いを見せてくれるのか。
だが、底が見えないと言われ、いきなりレベル6がぽこぽこ加入する【ヘスティア・ファミリア】。【アポロン・ファミリア】との戦いでもまるで底は見えていない。
どれほど食い下がれるか。
もうそれが楽しみすぎた。異端児のことなど、気にしないほどに。
といっても、人々の恐怖と憎悪がゼロになったわけではない。
【ヘスティア・ファミリア】の眷属の大半は、前日から迷宮深くに遠征に出かけている。
それは【ヘファイストス・ファミリア】主催の、サポーターの合宿に協力する意味もある。
ただひとり、団長のベル・クラネルだけが街を歩いている。
憎悪の瞳。そらされる顔。買い物をしようとしたら、シャッターが下ろされる。泥球が、痰が飛んでくる。
主神ヘスティアはその隣で笑顔を保ち、ベルの手を強く握っていた。
神に石を投げたり唾を吐いたりするのは不敬罪になる。だからこそ、憎悪の視線は激しいし、ヘスティアに当たらないように石が飛んでくる。
今のベルなら簡単に落とせる石も、ベルは顔で受ける。か弱い主神を守るために、そして少しでもウィーネを守るために。
自分にちゃんと覚悟がある、そのことを瓜生やフィン、主神やウィーネ、仲間たち……誰よりも自分自身に証明するために。
彼の繊細でやさしい心には、それはどんな強敵との戦いより辛かった。どんな厳しい修行より痛かった。
だが、全霊で耐えた。耐えて耐えて、耐え抜いた。泣き叫びそうな、息が詰まるような辛さを。
【ヘファイストス・ファミリア】の主神や団長、鍛冶師たちは切歯扼腕していた。
(自分たちも、取引先に断られ、石を投げられるべきだ!)
このことである。
だが、【ヘファイストス・ファミリア】はこの迷宮都市(オラリオ)にとって重要すぎる存在なのだ。
オラリオの経済を根底から支える、冒険者による魔石や迷宮素材の入手。それは鍛冶最大手の【ヘファイストス・ファミリア】なしに一日ももたぬ。
さらに最近は、彼らは莫大の量の便利な金属道具を売っている。
あちこちのファミリアで安全な修行を可能にする、特殊なトレーニング器具も作り売っている。
石を投げ、商売を断ることはとてもできない。
だからこそその感情は、もっとも数が少なく、急速すぎる成長で多くの妬みを潜在的に勝っていた【ヘスティア・ファミリア】に集中するのだ。
本店が閉店中で、支店の開店を前倒しにした『豊穣の女主人・和』はベルに扉を閉ざさなかった。
歓楽街の一部を思わせる和風の店。カレー、牛丼、すき焼き定食、チーズインハンバーグ定食、豚梅しそ巻きかつ定食、天ぷら定食、日本酒とビールの種類の豊富さが魅力だ。
『豊穣の女主人』本来の果実酒もある。
【タケミカヅチ・ファミリア】の本来なら後輩になるであろう、故郷の孤児を料理人としている。
「いい面(つら)してるねえ、こたえてるかい?」
ミア・グランドが、痰に汚れたベルに顔を近づけた。
「いらっしゃいませ!あら」
シル・フローヴァが笑顔で、熱いタオルを手に走り寄り、自分の手でベルの顔と髪をぬぐった。その笑顔は雄弁に、
(私は味方です)
と語っている。
客が文句を言おうとしたのを、
「うちの娘に文句があるってやつは誰だい!」
ミアの、底深い声が脅す。
「すみません、私も共に……」
「いいんだ、君はこの店で働いていてほしい」
リューの謝罪をヘスティアが受ける。
そのベルたちを、【ロキ・ファミリア】の幹部たちは遠くから見守っていた。
「アイズさん……」
レフィーヤが憧れのアイズを見つめている。彼女がとても苦しんでいるのが伝わるのだ。
「レフィーヤ、大丈夫か?あちらで、彼とともに石を投げられたかろう……」
リヴェリアがいたわる言葉に、エルフの少女は半泣きで叫ぶ。
「私は、【ロキ・ファミリア】の一員です!パーティ契約上も、このような場合には所属ファミリアへの忠義を優先していい、って」
「アルゴノゥトくん……」
「男が、男を見せるのはこういうときじゃな」
ガレスが嗤った。
「儂たちも若く、弱小だったころには、いろいろなことがあった。これぐらいでへこたれるようでは、本当の男にはなれん!いい経験じゃよ」
「雑魚どもが……けっ」
ベートが表情を消して屋根を降り、トレーニング機器を置いた【ヘファイストス・ファミリア】所属の隠れ家に向かった。
毎朝の、夜明け前から食事までの間で瀕死になれるトレーニング強度……いつもより長時間やるつもりだ。水分補給を続けながら意識を失うまで。意識を失い取り戻したらまた塩水を飲んで、また意識を失うまで。全身の筋肉の痛み、心肺の悲鳴に耐え抜く。
「さて、強敵との戦争遊戯。相手をなめるな、【フレイヤ・ファミリア】も、連携ができない味方はかえって戦力を下げると思っていい。レベル3以上はこれから、とてもきつい特訓をしてもらうよ。余計なことを考える余裕がないぐらいね」
団長の宣告。幹部たちは胸の中で、痛みと激しい闘志がぶつかり合った……本当に厳しい特訓なんだろうな、と恐怖を感じつつも。
半年も経っていないとは思えない、遠い昔のようだ。フィン・ディムナが、新種のせいで不本意に終わった大遠征から帰ったとき、噂を聞いた。
『妙な音』
轟音を上げる、小さな魔剣のようなものを上層で使う新人冒険者。
同じような轟音を上げる、新種の怪物にも見えるが「中に人がいる」と叫び続ける、霧に紛れる巨大な何か。迷宮では異例な、人助けもするという。
背が低い少年を連れているのが目印。
親指のうずきもあり、フィンは情報収集を命じた。
その背格好がつかめ、遠くから見てみた……わずかに気をぶつけてみたが、相手は気づかない。
(実力はレベル2程度。訓練はしているし警戒しているが、才はない……)
と、容易に分かった。
膨大な金を持っていることも、尾行に警戒しながら情報を集めていることも、尾行者を何人も変えて報告を総合すればわかった。
背が低いほうがヘルメットを脱いだ時に、特徴的な白い髪であることも。
『豊穣の女主人』での打ち上げ、さらに怪物祭での怪物騒ぎで、瓜生と縁ができたのは幸運だった。
そして、瓜生が面倒を見ている後輩ベル・クラネルにも驚かされた。あまりにも未熟、だが……
瓜生との提携は、想像を絶する富と経験値を与えてくれた。確かにその経験値にふさわしい、膨大な頭脳労働をすることにもなったが。
瓜生の支援を受けた時の【ロキ・ファミリア】の戦闘力は、従来の何倍かわからない。
問題なのは、瓜生の動きがオラリオを、世界を大きく変えていくこと。
瓜生がこの世界の出身ではない……想像を絶する科学文明を持つ別世界からの異邦人(エトランゼ)であることは、すぐに察した。
それから大遠征の出発のとき、ベル・クラネルの危機を聞いた。立ちふさがるオッタル、ロキがフレイヤに言質を取られたこと。自分の、第一級冒険者である仲間たちの心を燃やす死闘。勇気を見せつけた小人。アレン・フローメルに手傷を負わせた少女……
圧倒された。そして、なぜか理解できてしまった。
ベル・クラネルという英雄が、芽を出すための育苗ポットとして、瓜生がこの世界に呼ばれたのだと。女神フレイヤも、神ヘルメスも英雄が育つのを見たがり、様々な陰謀を巡らせていると。
そして自分たちも英雄を育てることに協力すべきだ、と。
ロキも、ヘスティアとケンカしながら止めない。
フィンたちの協力もあったが、瓜生は急速にオラリオでの存在感を深めていた。莫大な金と、慎重で目的がはっきりした動きで。好奇心の怪物である神々の心を、道を求める冒険者の魂を、大衆の欲望をくすぐる奇妙な道具で。
酒、食、石材や木材、金属……都市を支える産業を理解している。
情報の重要性を理解している。
それは、【ロキ・ファミリア】と闇派閥の抗争にも、いつか欠かせない力となっていた。
ベル・クラネルはさまざまなトラブルに巻きこまれるが、すさまじい力で突破していった。
また、瓜生同様に異邦人(エトランゼ)と思われる、恐ろしい強者が次々と加わってくる。
フィンにはわかっていた。【ヘスティア・ファミリア】の戦力は、武威の加入時点で近代兵器なしでも【ロキ・ファミリア】以上。まして近代兵器があれば……
ベルは、【ロキ・ファミリア】の戦力としても頼りにされる存在になっている。眷属の多くは瓜生の美食に夢中で、兵器の師としても慕っている。
異端児の話を聞き、しかもフィン自身の野望を邪魔しない解決策も与えられた。
だが、フィンの心にはとげが刺さっていた。
主神と手をつないで敵意の視線に耐え、胸を張って歩くベルの姿を見て、胸が痛む。
(ベル・クラネルの真似事は、荷が重いか……)
かつて仲間たちを煽った、団長としての言葉。
それが自分にブーメランのように飛び帰り、突き刺さる。
真の英雄の名にふさわしいのはだれか。自分は、偽物。人工の英雄。
もう一人、間違いなく本物の勇者……ソロを見てしまった。神に等しい魔を倒した男。神の域に達した英雄。
茶番。失うものはない。神意。ヘルメスの動きは警戒すべきだが、それも余裕で対処できる。
利益は大きい。膨大な経験値を得られるだろう。
だが……
(これでいいのか?)
(ベル・クラネルの真似事は、※※には荷が重いか?)
胸のノイズ、押し殺すことには慣れている。痛みに耐えて戦い続けることにも。
だが……
だが。
店を出たベル・クラネルが、厳しい視線を感じて顔を伏せようとして、顔を上げた。
背に小さなバックパックを背負った少女が、異端児のウィーネが、ベルの胸に飛びこんできた。
一瞬、アイズの表情が凍る。何人かの、【ロキ・ファミリア】の女性冒険者たちも。
「ベル、なにデレデレしてるのよ、もし助けてって言ったのがダンジョン・ワームでも同じように助けた?」
レフィーヤが底なしの怒りをこめてつぶやく。
群衆が強烈な恐怖、興味、憎悪、好奇心を……それぞれの言葉に収まらない、たとえば「怒り」という言葉と、「相手の顔の肉を食いちぎるほどの激怒」の違いほどにも巨大な感情が、大火事の熱風のように湧き上がる。
ベルが、
(絶対に守り抜く……)
決意をこめて竜の少女を抱きしめる。
彼女がつけているバックパックには、爆薬が仕込まれている。何人も監視し、違反があれば爆破する……処遇の決定まで、『異端児(ゼノス)』にかけられた枷だ。
女神ヘスティアが、激しい嫉妬と、同時に愛する眷属を、ウィーネを守るという決意を全身で表現して騒ぐ。
「遅刻だよバカ娘!」
ミア・グランドがウィーネをベルの腕から引っこ抜き、頭を叩いた。
「母さん……ベル、ベル」
ウィーネがべそをかいて甘えるのを、ミアが容赦なく店に引きずっていく。リュー・アーニャ・シルが竜の少女を、同僚を迎える。
それを見たベルは安心し、深く頭を下げた。
オラリオ史上最大の……一方は……戦争遊戯まで、あと13日。