ダンジョンに近代兵器を持ちこむのは間違っているだろうか   作:ケット

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茶番1

 オラリオ全体が、すさまじい熱気を秘めて沈黙している。

 ついにその時が来た。

【ロキ・ファミリア】【フレイヤ・ファミリア】二大巨頭が、【ヘスティア・ファミリア】に圧倒的な力を叩きつける時が。

 異端児(ゼノス)の運命が決まるときが。

【ヘスティア・ファミリア】うわさの強者たちの実力を知るときが。

『神の鏡』がオラリオ中に浮かぶ。

 それをとらえたビデオカメラが、海外の大国に映像を送る。

 これまでの、『神の鏡』や魔石製品と平行して、ラジオで実況中継が準備される。時計を可能とする精密加工水準がある、真空管には何とかたどりつけている。魔石を用いる蓄電池もある。

 また『バベル』は電波塔としてもまさに最高だ。

 

 桁外れの量の酒が売れている。高度数の蒸留酒が特に売れる。

 料理人たちも膨大な料理を仕上げ、『神の鏡』を見つめた。

『豊穣の女主人』は、今日は半分近くが休みでバイキング形式、セルフサービスの飲み放題。何人も助っ人に出ているし、ウィーネも異端児控室にいる。

 膨大な金が賭け札になっている。

 

【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】……

 フィン、リヴェリア、オッタルがレベル7。

 レベル6も10人近く、レベル3以上の総勢は100人に達する。

 レベル3あれば、ヒュアキントスのように中堅派閥の団長となれるオラリオで。

 

【ヘスティア・ファミリア】も、不気味なまでの存在感がある。

 特に認められた、テントに隠れたサポーター……このテントは攻撃が禁じられている。

 今は【フレイヤ・ファミリア】にいる、元【イシュタル・ファミリア】の美青年には心当たりがあった。

 

 戦場区域の外に設営された、【ヘスティア・ファミリア】中心のテントが異様に大きく、大型の発電機が用意されている……それを【ロキ・ファミリア】は見て苦笑している。というより多くはよだれが垂れそうになっている。

 肉が焼かれる匂いがぷんぷん漂ってくる。

 揚げ物の音がする。

 カレーの匂いがする。

 瓜生が、膨大な量の食事を作っているのだ。

 朝からビーツは、十キロ以上のミューズリーの砂糖牛乳かけをさらえこみ、数十個の菓子パンを食べている。それだけで成人男性一日分の10倍以上のカロリーは摂取している。

 ベルは重湯を喉も通らぬ緊張の中無理に飲み、瓜生にプロテイン入り牛乳を追加された。

 普通の食事をした者もいる。

 それをそっちのけにビーツにつきっきりになった瓜生は、贈答カタログなどをめくりつつ次々と食品を出しては調理して提供している。

 松坂牛サーロインステーキをプロパンガスからフライパンで焼く。複数のフライパンで交互に、何十枚もひたすら、空き箱を山積みにして。

 冷凍ビーフシチューを電子レンジで解凍して直接温める。

 最高級レトルトのカレーとパスタソースを湯煎する。高級米を業務用炊飯器で炊く。寸胴鍋でパスタをゆでる。

 業務用フライヤーで次々にトンカツ・メンチカツ・カキフライを揚げ続ける。

 大きい中華鍋で冷凍チャーハンを炒める。

 生鮭の切り身、タマネギとホールトマト缶でスープを作る。

 サイヤ人の少女はできたそばから、流しこむように食べ続ける。明らかに自分の体重より多い。どれほど熱々でも平気。

 少なくとも200人、いや250人は満腹できる量をさらえこみ、腹を巨大にふくらませてやっと満足のため息をついたビーツ……彼女の腹は、戦いの直前に膨大な食物を完全に消化吸収してほっそりとした少女の肢体に戻り、膨大なエネルギーを全身にみなぎらせた。

 こちら側も、人数はそれなりにいる。従属ファミリアである【アポロン・ファミリア】のヒュアキントスらレベル3が4人……瓜生のおかげで経験値の入りがいい……。

【ディオニュソス・ファミリア】に入り、レベル4にランクアップしたアイシャ・ベルカもいる。『豊穣の女主人』からもアーニャ、ルノア、クロエが来ている。【ヘファイストス・ファミリア】からも団長椿・コルブランドをはじめ10人近いレベル3以上が来ている。【ミアハ・ファミリア】のダフネもレベル3にランクアップし参加権を得た。

 その全員が美味を堪能し、敵との戦いを楽しみにしている。

 

【ロキ・ファミリア】が恨めしそうに見ている。一応敵方に食べに行くわけにもいかないのだ。

 耐異常で毒は無効だと言っても。

 でもまあ、【ロキ・ファミリア】が食べている食事……高級レトルトカレー+高級レトルトハンバーグ+高級チーズと、米や業務用圧力鍋も瓜生が提供している。さらにジャガ丸くんの屋台も瓜生が雇って連れてきている。

 十分贅沢である。

 が、敵陣から漂う匂いはあまりにも凶悪なのだ。

【フレイヤ・ファミリア】が何を食べているのかは誰も知らない。直前に、唐突に出現した。

 

 

 正午が迫る。

 主神ウラヌスの宣言とともに、神々が指を鳴らして『神の鏡』をオラリオじゅうに顕現させる。

 街頭や、超金持ちの屋敷に置かれたテレビやラジオに電気が流れる。

 時計も安くなった。高精度加工の報酬が上がり、より高精度な時計の見本を見せられた職人たちは奮起し、手が届くとわかる目標に向けて努力した。

 精度の高い旋盤やフライス盤が多数売られた。

 それは絡み合う多くの技術を高め、安くしている。

『俺が……ガネーシャだ!!』

 と、いつもの叫び声もある。

 街頭では、賭け締め切りに向けて叫ぶ声が、喉がかれてわけのわからない音になりつつある。

 はるか遠くでもラジオの前に多くの人がいる。

 豪邸などではテレビを食い入るように見ている金持ちや王侯貴族もいる。

 

 正午……鐘の音が響く。

【ヘスティア・ファミリア】側の少人数が一気に突っこむ、と思うとバラバラに広がる。

 何人かは圧倒的な速度。

 そして正面から突撃する者もいる。

 

【ロキ】【フレイヤ】連合の、レベル3・4からなる多数の塊に、何かが突っこんだ。

 ボーリングのピンに、最高速度の暴走車が突っこんだように。

 同時に広範囲の爆発が一気に塊を覆いつくす。

 武威と、最初にランクアップの光を受けているトグの圧倒的な突進力、突破力。ただ走るだけだ。同時に、ソロの詠唱不要な爆発呪文。

 一度暴走機関車が通過してから、まったく動きが変わる。

 武威は習った通りの武術で、攻撃を受け流しながらくるぶしを蹴り、関節を砕く。

 後から飛び出したソロはひるむ敵を一人ずつ、最低限の動きで行動不能にしていく。

 どちらもすさまじいスピード、一気に両軍ともばらけた。

 

 第二弾の『ウチデノコヅチ』を待って、【ロキ・ファミリア】本陣を狙うベル・クラネル。

 武威に襲いかかり、瞬時に激しく戦いながら主戦場を離れたオッタル。追うアマゾネス姉妹。

 高速で、人団子の背後に回ろうとしたビーツを迎撃したアレン・フローメル、ガリバー兄弟、アナキティ・オータム。

 リヴェリアが率いるエルフたちには【フレイヤ・ファミリア】レベル6ふたりも含まれ、さらにガレス・ランドロックを中心に壁たちががっちりと陣を敷き、ソロ、リュー・リオン、トグらを待ち構える。

 椿を先頭にした助っ人たちがじっくりと攻めはじめ、ラウル・ノールドの小隊が迎え撃つ。

 

 春姫がインターバルの終わりを待つ中、ベルを一人の女が襲った。

 顔は知らない、だが動きは覚えている。

 前に、アイズと特訓していたベルを襲った【フレイヤ・ファミリア】の冒険者。

 レベル2だったが、レベル1だったベルを倒しきれなかった。その雪辱に燃えてレベル3に至った、大きい代償も払って。

「だいじょうぶ」

 ベルは詠唱が終わっていない春姫をいたわり、ランクアップ呪文がないまま刀をひっさげ静かに歩む。

 すすっと、しかし驚くほどの速さで。

 両手剣を大きく振りかぶった女の一撃。圧倒的な威力、だがベルの、半分の長さしかない……140センチと定寸約70センチ……の刀が袈裟切りに落とし、両手剣が地面に食いこんだ。

 同時に、吸われるように女の重心が崩されている。

 そのままベルの姿が、女の目から消える。極端に腰を落とし、低くなったベルが……飛んだ。

 超高速で飛び抜けざま、抜きつけの角度で一閃。

 速度を落としたベルが歩き抜けるなか、女は倒れ伏した。

 断たれた両足、血はない。銀色の断面が見えている。

 義足……両足を失うほど努力をしたのだ。レベル1を瞬殺できなかった、愛と崇拝を捧げる主神フレイヤの命令に応えられなかった心痛のために。

 その努力を認めればこそ、フレイヤは【ミアハ・ファミリア】が崩壊したほど高価な品を彼女に与えたのでもある。

 ベルはその義足を斬った。

 片腕が義手であるナァーザとも親しい、義手義足のくせはわかる。そして彼女に聞いていた……義手義足こそ狙え、と。

(ものすごく高価だからついかばい、隙になる。それに、手足を切断しても治癒でまもなく戦線復帰してくるかもしれない、でも義手義足を断たれたら戦線復帰はない)

 このことである。

 

 女冒険者はそのベルに、両腕だけでも食い下がろうとした。

 優れた冒険者と尊敬せよ。決して復讐などと思うな。全身全霊でただかかれ……それができないほど弱い心の持ち主を、フレイヤは眷属とはしない。

 心根の高さも最高の冒険者がそろっている。

 圧倒的な才能の差を痛感し、それでも自分にできる限り一歩ずつ進み続けられる……任務を全霊で果たす、それができる心根のものが。

 足がなければ手で這い、手もなくなっても首だけで跳ねて噛みついてくれよう、というほどの心根でなければ。

 

 だが振り向きざまベルは刀を納め脇差を抜き、振り下ろす。

 柔らかく意識が消える……椿・コルブランドが主神ヘファイストス自ら打った脇差を正面に置き、及ばぬ悔しさに歯を噛み砕きながら打った、寸分たがわぬ形・重量の脇差。

 刃はつけていない。『戦争遊戯』用の不殺武器。

 ただひたすら、折れないことだけを突き詰めた。

 直後、春姫の『ウチデノコヅチ』……黄金の鎚がベルに降りかかり、一定時間ランクアップの祝福を与える。

 そしてベルはすさまじい速度で、フィン・ディムナの、【ロキ・ファミリア】の道化の旗を目指して駆けた。

 

 

 

 ソロ、トグ、リュー・リオン、アイシャ・ベルカの4人が、リヴェリア率いるエルフたち、レベル3・4の大集団を一手に引き受けた。

 

(え)

 ソロに打ちかかるナルヴィは、なにがなんだかわからない。巨大な力ではじき返されるわけでも、高速でよけられるわけでもない。

 力の何割かがすっと吸われる。戦車に酔うような気持ち悪さを感じる。

 そして飛びのいたところに、味方がいて邪魔になる。

 その邪魔をよける、高レベルだからこそできた動きだ。そして追撃、と思ったときに別の味方が意識の外から突き飛ばされ……

 気がついたら、トグのすぐ近くにいる。首をさしのべて。

 処刑される罪人が、縛られたまま首をさしのべて処刑人の大剣を待つように。

 極端に着ぶくれしたように筋肉をふくれあがらせた、異形の少年が持つ武器……戸板のような、サーフボードを一回り大きくして金属で作り縁に刃をつけ内側に取っ手をつけたような……ティオナのウルガにも似た巨大な斧盾の下にある。

(情報ではレベル3、急所に食らっても一発なら)

 と耐えようとする……そして意識が消える。

 トグは今、春姫の魔法でレベル4にランクアップした状態。その状態でさらに限界ギリギリまで振り絞る修行を積んでいる……57%まで筋肉操作をあげている。

 そのトグに打ちかかるガレス・ランドロックと、一瞬力が拮抗する。桁外れの、オラリオ最強と言われる力を、異形に盛り上がる筋肉が受け止める。

 

 絶叫とともに、10人以上のレベル4がまとめてソロに打ちかかる。

 激しい剣戟。誰もが意外と感じていた。

 ソロは『ギルド』の掲示板ではレベル6のはず、だがとてもそうは思えない。自分よりやや強い程度にしか感じない。極端な速度もない。

 その動きに異様に無駄がない、最低限であることは、興奮した彼らは気づかない。

 す。すす。

 呼吸が乱されている。重心が崩れている。

 別派閥の味方が邪魔。足を踏んだところが、わずかな窪地。

 そんなわずかな違和感が重なる。

「全員全力で後ろに飛べえっ!」

 そう、リヴェリアの絶叫が上がった。

【ロキ・ファミリア】の者は本能的に従い……飛び下がりながら、やっと悟った。彼らも数百にひとり以上の優れた冒険者なのだ。

 人の集まりが誘導されていた。もう数手で、全員が絡み合うように動けなくなっていた。

「どれほど、多数との戦闘経験を積んでいるのか……それも少数パーティで」

「あの若さであれほどのベテラン、どんな戦いを経験したんじゃ」

 リヴェリアとガレスが冷や汗をぬぐう。

 やや遠くから見ているアリシアやレフィーヤなどは、震えあがっている。

 考えてみれば、レベル4より少し強い程度が10人のレベル4に囲まれたらやられるだけだろう。無駄な力を使っていないだけなのだ。

 

 離れて崩れた陣形に、ソロ、トグ、リュー、アイシャが一気に襲いかかった。

 ソロの、パーティを率いることに慣れきった動き。

 トグの頑丈な防御とリューの速度を両手のように使いこなし、確実に敵集団を動かして、3対2の多数を常に維持して打ちのめす。

 自分は最低限の動きで、とどめはトグに打たせている。

 リューも的確にフォローし、できるだけ敵の足をひっかけ、トグに時間のかかる治癒魔法をかけつづけている。

 アイシャも必死で、レベルが上の戦いについていっている。何度かの訓練で叩きこまれた、単純な指示に従う動きを忠実にやっていればいい、考える必要がないのが救いだ。アマゾネスの身体能力を最大限に使い、リューの超高速と息を合わせ、トグの頑丈な壁を利用して息をついて戦い続ける。

 

 ソロという冒険者の恐ろしさは、ベテランにこそわかる。

 無駄な力も速さもない。相手に合わせる。自分ではほとんどとどめを刺さず、敵を操作して味方に任せている。

 上から見ているように戦場の流れ全体を操る。

 無駄な動きが恐ろしいほどない。常にとことん体力と精神力を節約している。

(アイズ以上に、無茶な戦いが日常の年月……それもあの若さで)

(ただ、ほとんど常に仲間とともに戦っていた、アイズと違って)

 4人パーティでの戦いの、達人というべきだった。

 

 呪文を唱えはじめるエルフ軍団……【フレイヤ・ファミリア】のレベル6ふたりを含む……に、ソロとリュー・リオン、そして光が消える直前ガレスを突き放したトグが全速で襲いかかった。

 レベル3以上だけで10人以上のエルフたちが、強力な呪文を唱える。膨大な魔力がふくれ上がる。

 

 

 アナキティ・オータムがビーツに追いついた。

 ビーツは動きを妨げない、非常に目の細かい鎖帷子を着ている。

 手には身長の二倍ほどの長槍、両手は肘まで頑丈な籠手に覆われている。頑丈だが指は自在に動き、槍の扱いは妨げない。かつ槍を離して拳を握れば、ひとつのハンマー頭のようにがっちりと固まる。

 中学一年ぐらいのしなやかな身体。黒くツンツンした髪。

 アナキティの、猫人(キャットピープル)のすさまじい速度だが、ビーツはそれ以上。

 どしりと深く重心を安定させ、槍の長さを巧みに使って間合いを保つ。

(強い!)

 レベル5にランクアップ、【ロキ・ファミリア】二軍層でも最強のアナキティ。前の大遠征でも、50階層の留守部隊を率いた……フィンをはじめ、他のレベル6・5・4の主力が全滅した場合、事実上アナキティひとりで【ファミリア】を再建することを考えての人選だった。

 その彼女が、完全に圧倒されている……そこに、4つの小さい影が襲いかかる。

 

 

『勇者(ブレイバー)』フィン・ディムナはひとり、不壊属性の槍を構えてベルを待っていた。

 だがそこに、別のところから暴風が飛んでくる。

 アイズ・ヴァレンシュタイン……

 その姿を認めたベル・クラネルは硬直した。

 戦力だけで言っても絶望を通り越している。

 そして、憧れのアイズ、尊敬するフィンと……背負うウィーネ、異端児たち。

 

 アイズの、普段とは違う厳しい目に、ベルは圧倒されつつ勇気を振り絞った。

 

「一瞬で決める」

 アイズの、剣士としての自分が動きを命じる。出ばなで手や膝を砕き、戦闘不能にする。

(レベル差があってもベルは危険、だから最速で戦闘不能にする)

 リヴィラの街で以前、アイズが実践した。

 ベルは信じられないほど成長しているが、それでも差があることには違いないはず……

 アイズは確信をもって、全速でベルの出ばな、振りかぶり始める寸前の右手首にデスペラートを流した。

 違和感があった。経験が違和感を伝えた。

 ベルの声。呼吸が深い。ベルの姿勢。体幹が深い。

 超速で手首に吸いこまれようとする刃、それを刃が受け流した。

 小さい振りかぶり。

 だが力が違うはず、自動車事故で人が車を受け流せないと同様、桁外れの力を受け流すことはできないはず……

 構わず振りぬこうとした剣が、正しい軌道からそれる。

(体幹!)

 アイズは気づいた。

 ベル・クラネルの、桁外れの体幹。巨木の根のような重心の、軸の深さ。

(体幹にひと呼吸だけチャージ……呼吸・体幹・チャージの一体化、ベルの蓄力スキルの、本当の使い方!)

 師として、それを教えてやれなかった自分の未熟が痛い。

 やられる側にとっては、この上なく恐ろしい。

 瞬間だけ、体幹だけは自分に匹敵する……体幹力が、正しく剣と刀が触れるわずかな接点にぶつかり合う。

 螺旋に力がそれる。タケミカヅチが叩きこんだ振りかぶりは、12センチもない小さい動きでも確実に敵の剣を殺し、重心を崩す。

 体落としをかけられたら投げられてしまうほどに、重心が崩れた。最小限の動きで刀が落ちた。かわせない、重心が崩れている。

 ヴェルフ・クロッゾが椿と主神ヘファイストスの指導を受け、

(絶対に折れない、刃筋が通れば切れぬものなし……)

 それだけを追求した不格好な刀が、アイズの腕に走る。

(きれい)

 アイズは思わず、その刃筋がしっかり通る小さい袈裟切りの美しさに驚嘆した。それにこめられた、絶大な体幹力とキレ。無駄な動きがない。肩の力がよく抜けて、腰の力と刀の重さだけで斬っている。

 この短い間でもどれほどベルが鍛錬を続けてきたか、はっきり伝わる。そしてその師……タケミカヅチの高み、ソロの莫大な実戦経験、自分自身の教えもしっかり根付いていることも。

 わずかな痛みが腕に走った。

 第一級の鎧とレベル6の耐久を貫通し、アイズの骨まで断った。

 そのままベルは歩き抜ける。それがアイズの、左手に剣を持ち換えての反撃を数センチ外し、威力を半減させている。畳みかけるのがやりにくくなっている。

(……強く、なったね)

 アイズは胸が熱くなり、同時に怒りと絶望に真っ黒になった。

(なぜ、そばにいてくれないの!私だけを見てくれないの!怪物の味方をするの!)

 右腕がほぼ断たれたことなど、大したことではない。それぐらいの経験は何百となく積んでいる。

(ただただ、ベルを失った、とられた……)

 それだけが辛い。

 ベルは、衝撃に打たれていた。

 何の手ごたえもない、だが、アイズの愛剣は左手に持ち替えられている。

 それよりも、本気でアイズと戦うこと……それ自体が、現実感がない。

 猛攻に、体に叩きこまれた剣技だけが応えている。

(ひたすら相手の体幹に向かい、こちらの体芯を合わせて歩く。斬れるものを斬る、肩の力を入れず、体幹だけで)

 それだけを、心がどれほど乱れ消えていても、身体はやってくれる。

 

 フィンは悲しみをこめてそれを見た。

(どちらも、『剣』だけで斬り合っている。心がおいていかれている。

 ベル・クラネルは仕方がない、冒険者になって半年も経っていない。

 だが、アイズは何年冒険者をやっているんだ……それなのに、これほどに心が未熟……)

『鏡』で見ている観客から見れば、手に汗握る剣戟。だが、達人から見れば、無様とすらいえるのだ。


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