ダンジョンに近代兵器を持ちこむのは間違っているだろうか   作:ケット

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オッタルの能力は独自設定が混じります。


茶番3

 フィン・ディムナは思い出す。

 何日前だろうか……女神ヘスティアが幹部と着ぐるみを連れて、主神ロキを含むフィンたちを呼び出したのは。

 そこで着ぐるみを脱いだウィーネ。人間のようにおびえた、竜女(ヴィーヴル)の少女。

(ああ)

 不思議なほどすぐ納得できた。瓜生とベルの誠意が。

 そこで話されたのが、この八百長。

 ヘスティアは共存、ロキは皆殺し……どちらも偽り。両極端の間の、

(落としどころ……)

 を事前に決め、そこに着地させる。

 八百長と言っても、勝つのは【ロキ・ファミリア】だ。

 ベルがフィンに挑み、健闘して破れる……健闘のほうびとして、異端児(ゼノス)は生命は許され、隔離されて暮らす。

 そのために瓜生は、オラリオから離れた荒れ地を調査した。ベートやアマゾネス姉妹との決闘はそのついでだ。

 

 もし【ヘスティア・ファミリア】が勝つ気でやれば、まずフィンたちに勝ち目はない。銃器を禁止しても。【フレイヤ・ファミリア】が加わっていてさえ。

 ベルが長文詠唱付与呪文を唱えきる間、武威・ソロ・トグが壁となる。全員の武器に、長文詠唱の雷電を付与。春姫の術でソロを超強化、確実に当てられるように。

 間違いなく、団長から先に死体も残らず粉砕される。

 今、戦場を見渡す指揮官は見ている……ソロのすさまじさ、だがまだ全力には程遠い。そしてアマゾネス姉妹を粉砕した、そちらの戦法ならオッタルも同様に粉砕できる武威の本気。『剣姫』の片腕を獲ったベル・クラネル。ビーツ。リュー・リオン……

 火器を使用すればもちろん、核兵器を擁する瓜生に勝てるはずがない……

 今、【ヘスティア・ファミリア】は分散している。【ロキ・ファミリア】のレベル3や4に経験値をプレゼントしてくれているのだ。

 

 重要なこと。この八百長はフィンの、『勇者(ブレイバー)』の評判をむしろ上げる。オラリオを守るために立ち上がり、圧倒的な力を見せつけて勝利する。オラリオ最強の座、迷宮都市の守護者の立場を守る。

 Win-Winの落としどころだ。

 

 八百長が決まってからも、いろいろなことがあった。

【フレイヤ・ファミリア】の参戦もあった。

【ヘルメス・ファミリア】もちょっかいをかけ、潰された。

 

 そしてフィンは見た。

 石を投げられ、唾を吐かれながら耐え抜くベル・クラネルと、彼の手を握って胸を張って歩む幼い女神の姿を。

 神を打ちひしいだ、どこかで神に匹敵する悪を倒した真の勇者を。

 

 

 ビーツに迫る四兄弟は、一気にギアを上げて必勝の連携をつくった。

 ガリバー兄弟には優位がある。【フレイヤ・ファミリア】にはアレン・フローメルがいる……高速の槍使いが。

 四兄弟の連携を崩され半殺しにされる模擬戦は、いやというほどやっている。

 槍を相手にした、さらに上を行く連携はとことん訓練している。

『豊穣の女主人』によくいるビーツの、槍の師は当然元同僚であるアーニャ・フローメルと思われる。彼女の槍の癖は嫌というほど知り尽くしている。

 前後からのはさみ打ち。

 左手を槍の石突き、右手右足を前に半身のビーツの、顔から見て真右、背中からの槍。

 上からのハンマー。

 前後左右上下、すべて封じる……前に出れば後ろから、後ろに出れば前から、横に逃げれば槍の長さで左右どちらでも、ジャンプすれば上から。

 すべて経験している。超高速。桁外れの力での振り回し。最小限の回避。地に伏せ四つん這いで超低高速移動。槍を棒高跳びに使った大ジャンプ。槍を投げて近接。どんな動きに対しても、数手先で誰かふたりが強打をぶちこめる。

(アレン・フローメルやフィン・ディムナを殺すつもりで……)

 スキルや魔法で自らを強化している。

 ビーツは迫る武器を見ているのか、わずかに左足を右足に寄せて腰を深く落とした。

 ダム!

 すさまじい震脚。地面に小さいクレーターができる。

 それだけでは、レベル5は止められない。

 ビーツが選んだのは、基本通りの突きだった。一月近く、そればかりやってきた。

(正面だけ、突きの前進で上と横はかわす……知っている)

(次、その次、詰み)

(兄者!)

「おおうっ!」

 斧を低く投げ、右胸で槍を受けて柄を握り、振る小人(パルゥム)。犠牲は前提だ。

 ビーツは槍を手放し、さらに加速した……後方からの斬撃が、わずかに遅れて背中をかすめる。加速のために踏み出した足が蹴りとなり、投げられた斧をはじく。

 読んでいる。槍と、大地を砕き素早く引き戻されコンパクトに突かれる鎚が、同時に加速された着地点を狙う。

 貫かれた兄を盾にするなら、兄ごと。邪魔をよけるなら、よけたところに加速された後方からの追撃。跳べば槍。

 四兄弟は確信をもって、次の動きをとった。

 気がついたら、槍使いは懐に飛びこまれ胸にビーツの拳を受けていた。

(読み通り!)

 完全なタイミングで、打ち終わったビーツに打ちかかるふたりの小人。

 ビーツはその場で、数センチだけ空を突いた。同じ右で。馬にまたがるように深く腰を落としたまま。

 下半身が爆発し、全身を『気』が駆け巡った。

 レベル5が急所に打ちこんだ渾身打ふたつが、はじかれそらされた。

 胴体の角度の変化で。肩のわずかな動きで。

 体幹で受け流す……この技術は同僚のベルと並んで、彼以上に鍛錬を積んだ。

 それは幼い日に養親に叩きこまれ、武神タケミカヅチが教えなおした基礎と共通していた。

 高水準の基礎は攻防一体。敵の攻撃を体幹で流し、敵の力も借りて最大の攻撃を打ちこむ。

 右の連打、空いた左が下から、鋭くひとりを打ち上げた。

 直後ビーツは、すさまじい速度で細かな移動を数度入れる。

 手に吸いこまれた敵の槍を握り、見事な基礎どおりの突き……それは完全なカウンターとなり、反撃を受け流して最後のひとりの胸板を貫いた。

「ぐ……」

「基礎、で……」

「な、内部から……」

 倒れ伏す四兄弟……気がつくと、銀槍を構えた小柄な猫人(キャットピープル)がいた。

『女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)』、アレン・フローメル。

 ビーツは自分の槍を取り直した。

 遠くで、観衆は偉業に熱狂している。

 

 

 指一本動かせないアマゾネス姉妹は、見た。『鏡』やテレビを通して見る観客の多くは、あまりの速度にろくに目が追い付かない。かと思えば、あまりにゆっくりした動きに何をしているのかわからない。

 オッタルはパワーアタッカー、軽装で力任せの一撃必殺……そう、誰もが思っていた。その巨体。好んで分厚い大剣を使う。普段は軽装だ。

 違った。アイズはそのことを知っている。

 スピードもテクニックも、オラリオ最高をぶっちぎっている。

 腕相撲でガレス・ランドロックに勝てる。

 100メートル走でも反復横跳びでもフルマラソンでもベート・ローガに勝てる。

 オリンピックルールのサーブルでアイズ・ヴァレンシュタインに勝てる。

 どれも、圧倒的に。

 それがオッタル。その実態は、ラウル・ノールドの超上位、巨大で丸い円グラフ、オールラウンダーだ。

 それが、その技巧・剛力・超速の限りを尽くし、分厚い板金鎧で身を守って武威を襲う。

 刃のない棒は突けば槍払えば薙刀持てば太刀……自在に姿を変える。刃はなくとも、深層の階層主すら桁外れの速度と密度で、戦車砲の劣化ウラン弾頭のように貫通できる。

 それが膝やあご先、こめかみを何度も強打していても、武威は蚊が刺したほどにも感じていない。黒龍波を食った飛影が武威自身の拳を無防備に受けて平気だったのと同じく……自らの暴走する気を食って力を爆発的に増大させ、正しい動きのおかげでかろうじて自爆をまぬかれている状態なのだ。

 アマゾネス姉妹にははっきりわかる、腕相撲やかけっこでは、武威の方が圧倒的に上だ。

 それでも、技が違いすぎる。武威の半年にも満たない修業期間と、オッタルの長い長い激烈をきわめた研鑽……

 ウェイトリフティングメダリストでボクシングの世界ランカーが合気道を習い始め、柔道の軽量級金メダリスト、かつ、剣道7段・全国大会個人戦優勝者と戦っているようなものだ。

 技が違いすぎる。

 

 杖を両手剣のように使うオッタルが、ゆっくり切りつける。

 武威が小さな弧を描いて歩んで刃から身をずらし、腰をひねって手首を押さえようとする……その膝に、オッタルの膝がわずかに触れている。

 なぜか武威の肩が爆発する。高速で受け身も取れず倒れる。

 本来なら歩きそのものの螺旋が大地から力を汲み、足から腰と、螺旋を保ちつつ渦潮のように、上に行くほど一点集中させて力を伝え集約する。百倍の力をも受け流して敵の芯を崩し、関節技から投げにつなげる。あるいは手刀で斬る。

 だがその途中に小さなずれを加えた……中身が偏ったまま回転する洗濯機が、異常振動で吹き飛ぶように別のところで流れの異常が極大化したのだ。

 

 武威の体重の芯を崩す。何手も先まで読む。『気』そのものを崩す。

 ありとあらゆる、超高水準の『崩し』が武威を襲う。

 武威は、元の戦法を使えばオッタルが相手でも力押しで楽勝できる。だがそれはしない。

 何度打たれても、何度崩されて地に這っても、何度『気』の暴発で深く傷ついても、愚直に新しい戦法を追求し続ける。

(腕相撲で勝てなくても、技で勝つ……)

 その可能性を、今目の前の敵が見せているのだ。オッタルや、技は極めているが常人の身体であるタケミカヅチが戸愚呂(弟)に挑んでも、圧倒的すぎる力に潰される可能性が高いとは思うが。

 それは殺し合いであると同時に、稽古でもあった。

 オッタルには武神が教えた技は、完璧に理解できた。どれほどの高みへの道なのかも。オッタル自身もその道を歩んでいたし、これから先にもはるかはるか高みがあることも知っていた。

 タケミカヅチが何千年もの不死で登った絶峰、オッタルも四合目に爪をかけているからこそどれほど高い峰だか知っている。だから、まだ一合目の武威が何を登っているかも知っている。

 武威がタケミカヅチに習った、30手もないが底知れぬ奥深さの套路……その動作はすべて、もしオッタルがおのが武を誰にも習えるものとするなら組むであろう套路に含まれている。

 だからこそ、武威のまだつたない技の弱点をすべて読んだ。だからこそ、まだ未熟な武威には気づけぬ神髄を教えるように打った。

 オッタルが武威を殺す目的でも、最善だった。外からいくら殴ろうが蚊ほども感じない、だが正しい動きを狂わせ、『気』を暴発させればそのほうがよほど深く傷つくのだ。

 双方の無限の体力と気力の限り、戦いか稽古かは延々と続いた。

 双方の最大戦力が束縛され、戦場から離脱した……ともいえる。

 

 

 ソロはリヴェリアを丁寧に追い詰めている。剣をふるうこともほとんどなく、肩と目線のフェイントを自在に操り、強烈なプレッシャーを与え続ける。それはすべて仲間を活かすため……ソロの動きに追随するリュー・リオンは、のびのびと戦える。

 トグは全力を、限界を通り越してガレス・ランドロックの桁外れの力を受け止めている。

 その彼にポーションを注ぎ続けるのは、もはやサポーターとしてポーション運搬に徹するようになったアイシャ・ベルカ。それも楽な仕事ではない、レベル4上位のアリシア・フォレストライトと激しく戦いながらでもある。

 ベート・ローガが上級鍛冶師たちを次々と蹴り倒し、椿・コルブランドと激しく戦い始めている。その彼をリーネ・アルシェが癒し続ける。

 ふっと息をついたアーニャ・フローメルが、ラウル・ノールド相手に全力を出し攻めはじめた。

 

 

「この爪が、この紅石が怖いなら……」

 そう、ウィーネは相当上級の鎧も切り裂く爪を自ら砕く。激しい痛みに耐え微笑む。

「この石が外れたら、暴れちゃう。でもそうなったら、次には、ちゃんと自分で……」

 そう言って、自分の胸に指先を当てる。

「僕は、ウィーネと、笑い合って生きたい……」

 ベルはしゃくりあげながら言った。

 

「ベル。……私はもう、その子を殺せない……」

 アイズが静かにつぶやいた。

「でも、その子を守りたいなら……もっと、もっと、もっと、力が必要」

「はい」

 ベルは素直にうなずく。

 アイズは剣を地に刺し、右手の籠手を外した。血が垂れ続ける右手から。

 衝撃が走る……大量の血液が籠手から流れ出す。右腕はほとんど切断されている。

「あ、アイズさん」

「勝負。なんてことない」

 と、アイズはハイポーションを傷口にかける……激しい反応とともに、切断面が癒えていく。そして経口補水液を飲む。血球などは取り戻せないが、水分は取り戻せる。

 籠手を着けなおし、地面から愛剣を抜く。

「ベル。……力でもぎとって」

「はい!」

 異端児(ゼノス)をアイズ以外にも認めさせるという、どれだけ困難かわからないこと……

 それだけの力を示せ。

 ベルとアイズは、刀を構えなおした。

「ウィーネ。……見ていて」

「ベル……うん」

 ふたりの喉から気合がほとばしる。ベルの体幹が深呼吸の分の蓄力で光を帯びる。

 剣が閃光となり、絡み合う。

 

(これはこれは……)

 見ているフィンには、心を取り戻したベルの、成長のすさまじさがはっきりわかる。

 合宿の間、ベルは武神タケミカヅチにこれまでの戦いすべてを反省させられた。

 思い出す。一本一本の剣、自分の対応。

 相手が人間でも、モンスターでも。

 繰り返されるアイズとの稽古。

 長いこと積み重ねた、ヤマト・命やカシマ・桜花らとの稽古。

 タケミカヅチとの稽古。

 ティオナ・ヒリュテやフィン・ディムナ、椿・コルブランドとの稽古。

 リュー・リオンやソロとの稽古。

 ビーツとずっと積んできた稽古。

 ヒュアキントスらとの激しい戦い。

 数多くの、特にミノタウルスとの戦い。赤毛の怪女のすさまじすぎる剣。

 すべての一本一本を思い出す。敵の動きも、自分の対応も。

 そのすべてに対して、数種類の基礎のどれをどう使うのが正しかったか、どう動けばもっとも無駄なく反撃できたかを考え、正しい動きを繰り返す。敵の立場にも立って考える。

 時にはタケミカヅチは、ベルがある戦いのときした動きを再現させ、それだけで敵の動きを把握して実演、またベルがすべきだった正しい動きもやって見せたものだ。

 千年万年の修行で培われた、ベルの祖父のように完全に無駄がなく美しい動き。

 わずかな睡眠と食事以外一日のほとんどを費やした修行は、恐ろしいまでに動きの贅肉をそいでいた。

(僕が戦いたかったよ……負けたかもしれないが)

 フィンはうずいてやまぬ親指で、首をかく。とうに治った傷跡を。

 リリルカ・アーデをめぐり、遊び半分で稽古した時……加速に蓄力(チャージ)を集中したベルの一閃は、フィンにかすり傷を負わせた。

 ほんの2ミリ。首筋に。深ければ致命傷になった場所に。刀の長さを無視できる付与呪文がかかっていたら、レベル7の耐久があっても確実に死んでいた。

(かすり傷か……)

 無論、それからは圧勝したのだが、何度もひやりとさせられた。

 ベルの刃筋の正しさは常に攻防一体。特に振りかぶりが恐ろしい。駆け引きは稚拙だが、油断して不用意に攻めれば流され崩され斬られる。

(いい修行になった)

 と、迷宮都市最高峰の一角、レベル7となった彼が本気で思ったほどだった。

 

 その剣戟は、先ほどまでとは違い激しさはない。

 特にベルは、むしろゆっくりと歩き、ごく小さく振りかぶり、小さく落とすだけだ。

 アイズも超高速ではなく、確実に受け流し、切り返している。

 ベルの軽めの鎧は、手首や膝をしっかり固めている。精密な攻撃でなければ半減される。そしてベルが歩き続け、プレッシャーをかけ続けることで、精密な狙いがわずかにずれるのだ。

 力で刀を叩き落そうとしても、深い呼吸と短時間のチャージがこもる体幹が力を吸い、アイズの重心を崩しに来る。また、ベルの刀は『ドウタヌキ』……折ることもできず、しかも重ねが厚く重い。質量そのものが、払いのける動きに抵抗している。

 

 ふたりとも心を取り戻している。魂をぶつけ合っている。

 フレイヤの目は、灼かれそうなほどまぶしく白い輝きを見た。

 その時だった、ひときわ激しい地震とともに黒い竜巻が襲ってきたのは……

 フィン・ディムナはとっさに、槍で戦うふたりを守った。

 圧倒的な力。速度。それも深いところからの力。


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