ダンジョンに近代兵器を持ちこむのは間違っているだろうか   作:ケット

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真似事

 わずかな時間。

 フィンは『戦争遊戯』の直前を思い出す。

「神ロキからだ」

 リヴェリアが一枚の、やや大きい紙を差しだす。それを手にしたフィンは目をむいた。

 血判状。最初に神ロキ。そして【ロキ・ファミリア】の眷属たち……フィン以外。

『たとえ全人類に石投げられても、フィンの決断を支持する?

やなら改宗(コンバージョン)も桶屋で』

 全員の血判……フィンの決断を支持する。ティオネの血跡がやたら濃い。

 何よりも、神ロキ自身が。

「……ひとりだけ、口頭だが……」

 リヴェリアの声。

「レフィーヤが、アイズを敵にしない限りと……」

 

 フィン自身、両親をモンスターに惨殺された。

 ベート・ローガも一族をモンスターに殺されたと知っている。そしてアイズも……

 

 アイズが合意しているのは、彼女もフィンのことを知っており、

(モンスターは殺す……)

 誓いは同じ、と信じているからだろう。

 だが……

 命を投げ出してベルのところに来たウィーネ。

 ソロの咆哮、神を打ちひぐほどの。偽物である自分とは違う、真の勇者の姿。

 ウィーネと手をつなぎ、石を投げられ唾を吐かれながら胸を張って歩く少年。

(ベル・クラネルの真似事は、僕には荷が重いか?)

 偽の英雄。真の英雄。

 神意、神のおぜん立てによる英雄の道を蹴る。舞台を壊す。

 瓜生とフィンが利益を計算しておぜん立てした八百長も、ベル・クラネルの運命が今ぶち壊している。

 心の炎が、すべてを破る。自分を信じ支える主神と仲間たち。自分の心の、一番深いもの。

 一瞬。すべてが、一瞬で結晶する。

 決断……指揮官の最大の仕事。膨大な利害、そして感情をひとつにして、ひとつの行動に変える。

 通信機を手に取る。

「ウリュー、撃つな」

 同時に、牛巨人の前に出る。わざと隙をさらす。

「お前は何だ!何が欲しい!」

 フィンの、『勇者(ブレイバー)』がモンスターに、言葉をかけた。交渉を求めた。

 ベル・クラネルの真似事。

 

 黒い巨体が動きを止める。

「……再戦を、したい。ダンジョンで生まれた時から、離れない夢がある。小さな勇者と戦い、敗れた……戦いたい」

「異端児(ゼノス)はそれぞれの憧れを持っている、多くは青空、彼女は」とウィーネに気配を向ける。「守られること……きみの前世は、ベル・クラネルがランクアップしたときのミノタウロスだったのか」

「邪魔はすべて蹴散らす。これまでも、これからも」

 フィンは傍らに別の巨大が迫るのを感じた。

 武威と戦っていたオッタルが手を止め、フィンに殺気を向けている。彼にとってはひと息で襲える距離。

 

 立ち上がったベルが驚き、そしてじっと巨体を見つめた。

 

「『勇者(ブレイバー)』が、モンスターと話した?」

「再戦?」

「『戦争遊戯』は?」

『鏡』を通じて見つめる神ロキが、にやりとうなずいた。ヘスティアがベルの隣で耐える姿は見ている……

(うちかてやったる。こいつにできたことなら、うちもやったる。好きにせえ、好きなようにせえ。限界を決めつけるんやないで、好きなだけ飛ぶんや)

 

 

 ベルは一瞬で思う。異端児、ウィーネの処遇がこの『戦争遊戯』にかかっている。

「我が名は『アステリオス』。……再戦を」

 牛人の、武人の瞳。

 ベルの決断も一瞬。刀は吹っ飛んでいる、両の脇差を抜き、椿・コルブランド作の左手分は、峰を返した。非殺傷用に刃がない、だが右手の『ベスタ』そっくりの小烏つくり、峰側半分は鋭利な刃。

 

 

 ビーツはほんの一瞬、ベルたちの側を見たがすぐに目の前の相手に集中した。

「行かせねえ、殺す」

 そう小さく鋭い声で言うアレン・フローメルを、倒さなければ。

 ビーツの、すべてを基礎の完成度につぎこんだ突き。深く落とした腰、槍が直線を疾る。膨大な反復練習、極限まで予備動作を消している。

 アレンはしっかりと、最高の突きで応える。

 それが連射される、数センチのフットワークとともに……限界を超える。すべてを越える。フィン・ディムナを、武神が見せた見本を超える。

 突如アレンは槍を手放し、ビーツの槍を握って軽く引いて崩し、螺旋力が槍柄を伝わる前に飛びこんだ。

 ビーツも槍を手放した。恐ろしく短い時間で右足前の右突きを連打し、左を突き、前蹴りを放つ。

 

 素手でも、すさまじい戦いが始まった。

 共に手も体も見えないほどのスピード。ビーツは20センチ程度の細かなフットワークを超高速で刻みながら、強烈なワンツーを打ちこみ、アレンの動きに合わせて蹴りも打っている。

 アレンの身体は柔軟に強烈な拳をかわし、蹴りを蹴りで返している。

 以前はビーツの足が砕けたが、今回は対等に打ち合っている。

 ビーツの、蹴りをさばいた右腕全体が上に打ちあがる……槍で相手の股間からかち上げる動きを拳に応用した技。アレンは左拳を犠牲にして致命傷を回避、空中で癒しつつ剃刀のような蹴りで反撃。少女は最低限の動きで回避し、空中を蹴って三次元機動する猫人にワンツーを放つ。

 ビーツの身体をほぼ真横に向ける半身からのワンツーは恐ろしいほど無駄がない。予備動作がない。想像を絶する回数、鏡の前で練習している。疲れ切るを通り越した力の抜けた状態で練習している。武神の厳しい指導を受けている。

 拳はヘファイストスが研究した籠手で固められ、当たれば『気』が内部から破壊する。レベル5のガリバー兄弟も、内臓や肋骨を潰されてエリクサーのお世話になっている。

 円に沿って両方が高速で回り、小さい竜巻が発生し、それが歪んだかと思うと飛び離れる。ひと呼吸両方が息を整え、超高速で突進し、ぶつかってまた離れる。

 接近戦……飛びこんで腹をえぐる、と思ったら相手の姿がない。蹴りが刃のように宙を薙ぐ、残像が斬られ、すぐ近くで火花が散る。両方超高速。

 どちらも何発も強烈な打撃を食らっているが、耐えている。すさまじい耐久。

 

 強烈な打撃を受け止めたビーツは、瞬間で悟った。

 拳の師でもあった養親が、また武神タケミカヅチが、ワンツーから次につなげる動きとして教え、ワンツーよりもむしろ厳しく細かく指導した動き。

 速すぎる、強すぎる攻撃を螺旋に受け流し、投げる……そのための動き。将来の剛柔一致を見越して仕込んだ技。

 ほんのわずかに、アレンの重心を、軸を揺るがして一撃放つ。

 基礎の深さを底なしの才が探り続ける。どれほど掘っても基礎の鉱脈は尽きず、どれほど掘っても才のシャベルはすり減ることはない。

 基礎の使い方は無限だ。まだまだ新しいやり方がある。いくらでも成長できる。

 ビーツの、サイヤ人の心は喜びに満たされている。

 

 こちらの戦いを、神の鏡や瓜生が出したテレビ放映を通じて夢中で見ている人々もいる。

 巨大な牛人と、冒険者たちに目を奪われながらも。

 

「あれはだめだ」

 武神タケミカヅチが唇をかむ。

(才が巨大すぎて制御できていない、無理もないあの年齢では、心も体も頭も未熟そのもの……)

 長引けばビーツが不利だ。レベル6のスタミナは圧倒的だ。

 そしてビーツは、別の世界では界王拳と呼ばれるものに近い技術を用いている。呼吸と姿勢、正しい拳槍の形を通じて『気』を精密に制御し、体と一致させて、力・敏捷・耐久ともに倍化する……『気』のまったく無駄のない使い方。

 今はもう、意識こそしていないが4倍に迫っている。

 ランクを無視した身体能力向上。だが、それは急速に体力を消耗する。血を流し続けるよりも激しく。

 ビーツはアレン・フローメルに踊らされている……実力以上を振り絞らせてもらっている。さらにそのビーツの一番弱いところを、アレンの一番強いところで迎撃している。

(際限なく強くなっている。だが勝利からは遠ざかっているのだ……)

 

 

「フレイヤさまの神意はひとつだ。『ベル・クラネルを輝かせる』方法は臨機応変に、任せる」

 オッタルの言葉に、フィンは納得した。

 ベル・クラネルがミノタウロスを倒してランクアップした、その前後のオッタルやアレン・フローメルの行動が、腑に落ちた。

「あのモンスターとの真剣勝負を邪魔させない。今はそれが神意だ。

 全員の意思は確認している。残らず、たとえ全人類に石を投げられても、神命に従うと誓った」

 似た者同士、団長と主神を深く深く慕う最強ファミリア。全人類を敵にし唾を吐かれ石を投げられるなど、屁とも思っていないのだ。

 

 そして、わかった。

 ヘルメスと、瓜生の違い。フレイヤも瓜生と、その点では同じだ。

 フレイヤも瓜生もソロも、ベル・クラネルを信じ切っている。どんなに落ちようと、自力で……異様な運命に導かれて、必ずや英雄への道に復帰すると信じ切っている。

 ヘルメスがそれを信じられず、無理にベル・クラネルを神造英雄に戻そうとして、瓜生やソロの逆鱗に触れたように。……それまで後ろ盾となっていたフレイヤも、ヘルメス追放を是認した。

 

 

 明らかに、アステリオスの潜在力は第一級。ベル・クラネルもレベル無視の強さはあるが、それでも及ばないだろう。

 テントごとやってきた春姫が妖術をかけた。それでランク上昇……それでも。

 だが、アステリオスは今の時点で瀕死だ。生きているのが不思議なほどだ。

 人工迷宮で、数知れないモンスターと戦い続けたのだ。ダメージと疲労は、常人が何十日も残虐な拷問を受け、また砂漠や未踏峰を歩きとおしたようなすさまじさ。とどめにフィンの槍がいくつも急所をえぐっている。

 黄金の光をまとったベルの脇差二刀。ベルの口は短文詠唱の付与呪文をつむぐ。

 巨大な牛人の、異形の二刀。

 ベルの呼吸が深く沈む。牛人が深く身を沈め、ぐるっと背を見せて体を回す。

 アイズと、椿を蹴り倒して駆けつけようとしたベートを、【フレイヤ・ファミリア】のエルフふたりが封じた。

 ソロも、アステリオスとベルの対決を見守り始めている。

「ベル……がんばって!」

 レフィーヤが叫んだ。

 戦場に取り残されたリヴェリアは、リューと一合打ち合ってから離れ、牛人の巨体に目を注いだ。

 リューも飛び出せるように構えつつ、動かない。

 激しく押し合っていたガレスとトグも、戸惑うように身を離し……トグは気絶して倒れた。リューが治癒呪文を唱える。

【ロキ・ファミリア】の冒険者たちは、ベルとアステリオスの戦いの邪魔を阻むように動いている。

 

 戦い続けているのは、ビーツとアレンだけ。

 

 

 ベルの、深呼吸をチャージとした脇差の一撃……それに、巨体全部をねじりきった一撃が迎え撃つ。

 武神タケミカヅチは、『鏡』とそれとは別にドローンから撮影されテレビ放映される動画を見、微笑んだ。

「孫弟子というわけか」

 牛巨人はタケミカヅチが武威に教えた、柔の武術を見おぼえている。ただ、攻撃だけだ。

 長いこと、無数の食人花と戦った。それ以外は弱かったので、投石だけで処理できている。

 頑丈さはレベル5級の怪物相手、威力を最優先。常に何十という数と戦い続ける。

 八卦掌・太極拳系統の動きは、歩きから腰の力を最大限引き出す、刀剣の武術ともなる。


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