ダンジョンに近代兵器を持ちこむのは間違っているだろうか 作:ケット
ゆがんだ巨剣と、神の脇差が噛み合う。
どちらも桁外れのパワー。牛巨人のレベル7相当の力と、鍛え抜かれ深呼吸をチャージとしたベルの体幹。
ベルが身に着けている正しい刃筋は、自然に切るだけで受け流しとなり、相手の重心を崩す。
転びかけた牛巨人は、鋭く足を流した。歩みが円を描き、ベルの攻撃をよけつつ死角に入り、同時に腰にすさまじい力をためる。
刃がごうっ、と巻いた。
雷光のような速度。
(剣速ならアイズさん以上!)
その動きを知っていたからこそ、左手が動いていた。
深呼吸で力を貯めていたからこそ、崩れずに受けて飛ぶことができた。
椿が魂を込めた脇差だったからこそ、折れなかった。
ベルはアステリオスの動きを知っている。武威から盗み、深層で攻撃力だけを高め磨きぬいたものだからだ。
何日も何日も、日が昇る前からベル・ビーツ・武威・ソロの自主練習は繰り返されている。
強大な巨体でありながら、たゆむことなく腰を深く落とし、汗だくになり疲れ切って単調な套路を繰り返す武威の動きは常に見、励まされている。
武威と稽古した回数は少ない。力が違いすぎるからだ……小虫が指先ではじかれるようなことにしかなっていない。だが、その套路はとてつもない回数見ている。
それを真似、実戦でどのように使うか考えたことも何度もある。
だからこそ、覚えのある足の動きに反応できた。
ベル・クラネルがすることは同じだ。どれほどの数、練習してきたか……
(深呼吸、腹の底から。肩の力を抜く。自分の芯にチャージしながら、相手の芯にまっすぐ歩く……)
それだけだ。
アイズとの戦いでもそうだった。だからこそ上位の猛攻をしのぎきれた。
体は、春姫の妖術で輝いている。
両手はぶらりと、徹底的に合同な脇差をさげている。できる限り肩の力を抜いて。
ただ、自分の芯を相手の芯に向けて歩く。相手が動けばそれに合わせて。相手が撃ってくれば、身体ごと半歩かわしつつ何であれ間合いに入った物を切り落とし、もう一方の脇差を送る。
体幹にひと呼吸分チャージした、超絶の威力と速度で。
巨大な剣があっさりとはじかれ、ベルの胴より太い腕に刃が走る……と、それが紙一重で空を切る。円を描く歩みと、深層の怪物たちや多数の食人花との長い死闘で磨き抜かれた技だ。
アステリオスの巨大な剣もすさまじいものだ。
右は一見普通の直刀だが、刃長180センチ・厚さ30センチ・幅55センチという怪物的な超重剣。左は大きく波打つような姿で、別素材の芯を用いている。
どちらも鍛冶技術を習った異端児が椿たち上級鍛冶師の指導を受け、ソロや武威が提供した深層の素材と、瓜生が提供したタングステンやコバルトで打った品だ。冒険者鍛冶師の鍛冶スキルに近い能力もあり、とんでもない素材を人間の鍛冶師には不可能なやり方で接合し鍛え上げている。
それがベル・クラネルに牙をむくとは椿たちには予想外だったが、それでも鍛冶師としては育てた弟子の腕に興味はある。
(異端児たちに生きのびる力を……)
と与えた技が活きていることを確かめるのは、喜びにほかならぬ。
椿自身が打った脇差がそれと噛み合うのを見るのは、自分が戦う以上のスリルに他ならない……折れたらそれは、自らが挑んで破れるよりも重いのだ。
ベルの脇差二刀に、アイズは涙を流しつつ知らずと頬をほころばせている。
(敏捷特化のベルには、ベートさんと同じく双刀が合う……)
アイズはそう思っていた。
ベートとティオネという、何度となく手合わせをしている同僚の存在もある。双刀の技は多く知っているし、何度かの教授でベルに特に力を入れて教えている。
無論、タケミカヅチも刀と同じ足腰で使えるよう深く教えているが。
ふわり、と歩み寄ると空に数本の線が刻まれる。そのいくつかはアステリオスの腕や膝、胴体を深く傷つけ、あるいは巨剣の一撃を払い落としている。
ただでさえアステリオスは瀕死なのだ。回復はするにしても、その回復はとても遅い。フィンに右ひざを貫かれ、一歩ごとに激痛をこらえているのは誰にでもわかる。
だからこそ、レベル5となんとか打ち合える程度のベルが、推定レベル7のアステリオスと戦えている……おそろしいほど真っ向から。
皆が見ている。呆然と。
肉壁となって戦いを守る【フレイヤ・ファミリア】が。
『鏡』やテレビを通じ、オラリオの神々が。控え場の異端児たちが。別の控え場では、参加できないレベル1・2の眷属たちが。
戦いの手を止めた【ロキ・ファミリア】の眷属が。地に伏せた【ヘファイストス・ファミリア】の上級鍛冶師たちが。
ベート・ローガの拳が強く握りしめられている。
地に倒れ、痙攣し体がほっそりした少年に戻っているトグが。その傍らにガレスが座っている。
レフィーヤが応援を絶叫している。ウィーネもその隣で泣きながら叫んでいる。
アイズはただ、涙を流しながら見つめている。
『バベル』の一室では、神々がすさまじい熱意で見つめている。
フレイヤは目もくらむような輝きに魅せられ、性的絶頂に近い状態になっている。
ロキはフィンの表情を見て、深い決意と共に手を握りしめている。
ヘファイトスは巨大な剣と激しく打ち合い、耐え抜く双の脇差を見つめている。主を守り抜き、曲がりながら折れずに戦場の隅に転がる刀も画面に入れば見ている。
タケミカヅチは愛弟子と孫弟子の戦いを丁寧に見て、考え続けている。次に何を教えるかを。
ミアハはただ歯を食いしばっている。
ヘスティアは、ひたすら涙を流していた。呆然と。愛する子の生命の危機、そしてそのすさまじい姿……激しすぎる愛情に小さい身体が燃え上がるほどだ。
オラリオの人々は、呆然と硬直して見つめ……徐々に熱狂が沸き上がった。もごり、のごり……ああああ……おおおお……
絶叫が始まった。
孤児たちが。モルドが。『豊穣の女主人』に残る人たちが。
それは、
(冒険……)
だった。
『戦争遊戯』とは違う。命と誇り、魂をぶつけ合う真の戦いであった。
異端児(ゼノス)に、理知のあるモンスターに人間と変わらぬ熱い魂があることを、理ではなく感情が強く理解した。
オラリオ全員、喉から血が出るほどに叫びはじめた。
遠くの大都市で、巨大商会のカウンターに設置された最新の『テレビ』を見つめている、旅帽子をかぶった優男とメガネの女冒険者がいた。目を激しく輝かせ、食い入るように見つめている。
ヘルメスの口からはわけのわからない言葉が垂れ流されている。
その隣には、たくましい老人がヘルメスの肩に手を置き、アスフィの尻をなでながら画面を見つめている。手の甲をつねる力がどんどん強まっても、眉一つ動かさずに。
ベルたち以外にただふたり、戦い続けている者がいた。
ビーツとアレン・フローメルは素手で激しく打ち合い続けている。
一秒に何百回も、数センチずつ足を使い、腰が入った拳と蹴りが交錯し続ける。時には激しく足を使い、竜巻が巻き上がる。
両方、どんどん傷が深まる。気がつけばどちらも顔は真っ赤にはれ上がり、頭蓋骨の形すら変わっている。
時間が過ぎる。激しすぎる戦いの時間が。
突然、ビーツの動きが弱った。
(スタミナ切れ……)
である。別世界では界王拳といわれる技も暴発し、自らを傷つけるものになってしまった。
だが、それでも彼女は戦い続ける。特にソロとリュー・リオンが、多数の敵と戦い続け体力が切れて、それからまだあがき続け生きのびるための特訓を何度もしてくれた。
ランクアップしてすぐ落盤に巻きこまれ、18層まで歩いた経験もある。かなり以前からも、迷宮の無茶な奥から自力で生き延びる訓練は何度もした。
だからこそまだ戦える。
だが、相手は圧倒的に格上のアレン・フローメル。『武装闘気』による実質ランク上昇がなければ、弱った体では一方的に殴られ、蹴られ、砕かれるのみ……
残忍とすら思えるほどの、超高速のヒットアンドアウェイの繰り返し。肉と骨を少しずつ削っていくような。
何度となく胴体の急所に針の穴を通すような精度で蹴りを打ち込み、足を奪う。呼吸を奪う。心を砕く。
戦い続けている。生き続けている。打ち続けている。目が見えなくなっても。片足が使えなくなっても。片腕が砕かれても。
サイヤ人の心は戦いの苦痛では折れない。養親から冒険者の心構えも叩きこまれている。ベル・クラネルとともに死線を何度もくぐった。
だが、もう体力がないのだ。『女神の戦車』に容赦はない。止まることはない。猛攻は長く、長く続いた。
ついにビーツはうつ伏せに倒れ、それでも必死で起き上がろうとする。
アレンの足が、その頭を容赦なく踏みにじり、地面に埋めた。
「寝てろ」
そう言って……そのまま猫人も倒れる。
激しい打ち合いが続き、牛巨人と小さな冒険者はふと足を止めた。
深く荒い呼吸が整う。
申し合わせたように距離を取る。
ベルがじっと力を貯め始める。蓄力が輝き、短文詠唱が形を結び雷光が双の脇差に落ちる。