ダンジョンに近代兵器を持ちこむのは間違っているだろうか   作:ケット

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黒竜などについて、本作独自設定多数。


黒き竜軍

 ベルとフレイヤのデート、それに切歯扼腕していた【ヘスティア・ファミリア】の主神含む女たち……

 最初に、電波通信で知らせが届いた。

 大きく見ればオラリオに向かっている魔物の軍勢。膨大な数。

 強力なアマゾネスの国、【カーリー・ファミリア】でもあるテルスキュラが瞬時に踏み潰されているという。

【ロキ・ファミリア】や『ギルド』とも電話などで連絡を取り、情報を集める瓜生やリリ。

 その本拠地に、突然【フレイヤ・ファミリア】の幹部が来た。

 

「フレイヤさまの名を出した以上、信用すべきですね」

『女神の戦車』アレン・フローメルが女神フレイヤの名に誓った。間違いなく真実だろう。

 だからこそリリも、わめくヘスティアを押さえてベルの装備を手渡した。

 まったく無反応にひったくって飛んで行った猫人の無礼は腹が煮えるが、それは問題ではない。

 情報を集め、計画を練る。することは山ほどある。

 

 まもなくベルが帰ってきた。

「リリ」

「ベル様、このまままっすぐ東門に」

 とリリは塩水を渡した。

「わかった。でもリリ、何か……」

「大変なのは今襲われている人ですよ。お気になさらず、いつもどおり存分に戦って、絶対に生きて帰ってください」

(尻ぬぐいはリリがしますから)

「リリ」

「ぜったい、絶対に生きて帰ってくるんだよ!」

 ヘスティアが叫ぶ。

「頑張って!」

 新入生たちが、【タケミカヅチ・ファミリア】のレベル1も叫んだ。

「はい神様!」

 ベルは塩水を干し、一散に駆け出した。

 

「リリルカくん……どれだけの重荷をまた、背負わせてしまったんだい……愚痴ってくれ、それぐらいは背負いたいんだ」

 ヘスティアがリリに声をかけた。

(卑怯ですよ)

 リリはそう言いかけ、ため息をついた。

「ベル様に、いう必要はないでしょう。この戦いではベル様は、女神フレイヤ様の祝福を受けての出陣。だから栄光も戦利品も全部【フレイヤ・ファミリア】。さらに何かあったら、女神フレイヤ様の護衛が最優先。

 ほかにもたくさん。

 ベル様は戦利品も栄光も……金銭欲も名誉欲もない方です。

 そしてフレイヤ様に何があれば、何の義務もなくても全力でお守りになるでしょう。もちろんヘスティア様も、このリリでも、アイズ様でも、女と見ればだれであっても同じなんですがね。

 さーて、尻ぬぐいと戦争を始めますか!」

「リリルカ君……」

 ヘスティアは思わずリリを抱きしめる。

「ちょ、ちょっと嫌味ですかそれ!」

 リリは内心喜びつつ、ヘスティアの巨乳を嫉妬するふりをする。【ソーマ・ファミリア】で神酒に酔っていた両親に実質捨てられていた彼女は、とことん家族に飢えている。

 リリがすべき尻ぬぐいはもっともっと多い。【ファミリア】どうしの政治的な力学もきわめて複雑になる。

 いや、前日のデートの時点で、

(ベル・クラネルが女神フレイヤのお気に入り……)

 であることは全世界に周知されたと言っていい。

 頭が痛いなどというものではない。だが、オラリオが壊滅すればそれどころではない。

 

 

 

「くそくそくそ死ね死ね死ねえ!」

「あああぅ!」

「ぎゃあああ!」

 悲鳴と怒号、濃密な血と臓物の鉄臭、断末魔の絶叫、怪物による咀嚼音が充満する地獄。

 

 半島にあるテルスキュラ、それだけでも難攻不落である。

【アレス・ファミリア】であるラキア同様、【カーリー・ファミリア】でもある神国。

 だが強さは比較にならない。ダンジョンがないにもかかわらずレベル6に達している者がいる。

 闘神カーリーが、国民同士殺し合いをさせているからだ。

 その国民は全員がアマゾネス。アマゾネスとはエルフ・ドワーフ・獣人などと並び人に属する種族のひとつ。全員が女でどの種族とも子をなせるが、子はすべてアマゾネスとなる。身体能力がきわめて高い。褐色の肌で羞恥心が弱く、誰もが巨大な闘志を持ち、強い男を求める。

 その強さは【ロキ・ファミリア】のティオネ・ティオナ姉妹や、滅びた【イシュタル・ファミリア】のすさまじい強さを見ればわかることだ。

 男はいない、いるとしたら拉致されて種牡畜とされているだけだ。

 

 最上層は【ロキ・ファミリア】【フレイヤ・ファミリア】に迫り、総人数では最強ファミリアを合わせたより圧倒的に多い恩恵ありの女戦士からなる国……

 それが、ほんの分遣隊によって潰されようとしている。

 数万。そのすべてが、オラリオのダンジョンであれば40階層台に出現するような強大な怪物。多くはアリの胴体にドラゴンの4つ首、胴体は岩の殻に覆われた怪物。

 肩高さ3Mはある巨体、6足で体を支え、5Mはある長い首が4本あちこちに伸びて鋭く食いちぎる。

 硬い。強い。疾い。作戦を使い、連携する。暴虐を極める。

 胴体も硬く、黒い鱗に覆われた首も硬い。

 レベル3が10人がかりでも、一体を倒すのが至難。それ以下では傷つけることもできない。

 そんな雑魚だけでも強いが、中には高さは3Mほどだが、レベル6のアルガナとバーチェふたりがかりでも死にかけに苦戦するほど強い怪物もある。黒い竜と人を合わせたような姿だ、硬さ・力・速さの総合力がきわめて高い。ワニの頭部、硬い鱗の全身、鉄の爪をつけたような体格からしても長い両腕、そして強烈な鞭となり先端には猛毒の針もある長い尾。

 また巨大なドラゴンの変種もおり、これまた強い。

 

 普通の国にとっては災厄であり、絶望。

 だがアマゾネスからなる、闘神の国テルスキュラにとっては、油田と金鉱を同時に掘り当てたような歓喜に他ならない。

 誰もが喜んで死闘に赴く。だが、結果は見えている。あっさりと踏み潰されるだけ、圧倒的な、桁外れの強さと数の前に……

 巨大な闘志が、強敵の喜びが絶望を押しつぶしている。だがわずかな理性は、完全な絶望を悟っている。

 喜びの中の全滅、それしかない……誰もがそれをわかっている中、それは起きた。

 

 上空を通り過ぎる、いくつかの太い影を見る者などない。US-2飛行艇だと知る者もいない。港町メレンの住人はその飛翔とメンテナンスを見ている者は多いが。

 地獄の上空を飛行艇が飛びすぎた直後、アルガナとバーチェの隣に、アマゾネスがひとりずつ飛び下りた。巨大な武器を持つティオナは黄金の光をまとっていた。

 直後、聞きなれぬ連続的な轟音とともに野球場ほどの面積の怪物がほぼすべて倒れる。すべて、硬い甲殻に穴をあけ、その反対側が大きく破裂している。奇妙な煙にまみれ中央に立つのは、豊満な胸のティオネ。手にはBK-27機関砲手持ち版。

 直後彼女は信号弾を放った。

 その数十秒後、巨大な爆発があちこちで起きた。

 

 テルスキュラがある半島すら水平線の向こう、大海を切り裂くアイオワ級巨大戦艦3隻。3連装3基、27発の40.6センチ主砲が咆哮しつづける。

 莫大な炎が吹き上げる。常人が甲板にいたら死ぬほどの力がぶちまけられる。一方ではそれが海を半球形に押し分け、海水が戻って大波となる。

(東京から藤沢まで届く……)

 大和級には及ばなくても、38キロメートルの長射程はある。

 また、第二次大戦後半世紀以上退役と再就役を繰り返しつつ、朝鮮戦争・ベトナム戦争・湾岸戦争まで戦い抜いたアイオワ級には、最新の電子機器もある。

 最新版の実質は、膨大な搭載量を誇るトマホークミサイル運用艦でもある。

 そして巨大主砲は、航空爆弾や艦隊地ミサイルとは比較にならないほど安価・精密・短時間・大量に、爆弾を敵のところに運ぶシステムなのだ。弾が1トン、それを毎分2発、9門発射できる。ついでに核砲弾も発射可能。

 それは、『穢れた精霊』の脅威からオラリオを守る、遠く離れた絶対最終防衛手段でもある……メレンの汽水湖からオラリオまででも余裕で届く。だが瓜生がいるのだ、オラリオの守りも減らしてはいない。新しく出しただけだ。

 しかもアイオワ級は高速でもある。恐ろしい速さで海を越え、テルスキュラがまだ見えない距離から、電波で位置を受け取って射撃を開始している。

 

 状況を知ったフィンたちは、すばやく戦闘プランを組んだ。

 メレン近くに置かれているアイオワ級戦艦と、大型飛行艇を合わせた救援。

 飛行艇でアマゾネスを中心にした第一級冒険者を送り、信号弾を上げさせて狙う場所を指示させる。

 他にも山頂などに観測員を急行させ、そこからレーザーレンジファインダーとレーダーで網を作り、飛行艇も含めた三角測量で狙う場所を精密に決めさせる。

 飛行艇が信号弾を見る。2機以上の飛行艇が、互いの方向と距離を観測しながら同じ信号弾を見れば信号弾の位置が精密に決まる。飛行艇が山頂の観測点から見えて方向と距離を決められれば、信号弾からオラリオ、そして海上の戦艦までの位置が正確に測れる。

 あとはアイオワ級の砲撃とトマホークミサイル、そしてオラリオからの短距離弾道ミサイルが雨のように降り注ぐ……

 問題は、飛行艇の高さから敵軍の巨大さを見ると、本体はオラリオを目指し、途中にある異端児の国を踏みつぶそうとしていることだ。

 

 

 故郷を助けて、とは言えない……姉妹・親友の殺し合いを強いる残忍な制度に対する恨み、故郷を捨てた想いがあるアマゾネス姉妹が何も言えない中、フィンは笑って言った。

「これから、われわれに敵対した【カーリー・ファミリア】を制裁する。ただし、誤射はあるだろう」

「え?」

「ば、ばか……間違えて、テルスキュラの敵を撃つ、ってことよ……だんちょおおおお」

 ティオネは妹に意図を言い、フィンに抱きついた。

 アマゾネス姉妹の、故郷に対する複雑な思い、だからこそ……誤射。そう、テルスキュラの敵を撃つ。

 

 

「貴様……戦士の栄誉を奪うのか!助けなどいるものか!」

 激しい怒りをぶちまけるアマゾネスの女首領に、ティオナは嬉しそうに怒鳴り返す。

「勝手にやってるだけ!」

 春姫の妖術、レベル7状態で不壊属性の巨大武器をふるうアマゾネスは瞬間移動のように動き、次々と敵を切り捨てる。

 あまりにも速い。あまりにも強い。

 そして姉が手に持つ巨大な機関砲は、精密に妹をフォローしている。

 ティオナが切り捨てている敵は、高速で強烈な27ミリ弾に、少なくとも膝を撃ち抜かれ動きを止めているのだ。

 ひときわ目立つところに、また小さい姿が飛び下りた。

「戦え!」

 槍を掲げた小人の絶叫が上がる。『勇者(ブレイバー)』フィン・ディムナ……港町メレンでの戦いで、テルスキュラの体制が変わるほどにアマゾネスたち大半の心を奪った強い雄(おとこ)。

 指揮系のスキルも豊富にある彼の叫びは、女戦士たち全員の子宮に響く。

 疲れ果て傷ついた体の底から絶叫を上げ、すさまじい闘志で強すぎる敵に襲いかかる。

 フィンはすぐにアマゾネス姉妹に合流した。

 他にも飛行艇から飛び降りた者がいる。

 ソロ、ベル、ビーツ、そしてレフィーヤ。

 ソロは『ふくろ』からティオネに潤沢に弾薬を渡しつつ、大規模全体攻撃呪文ギガデインをレフィーヤの大呪文と同時に放つ。それだけで敵の相当部分が消えうせた。

 そのソロを高速で狙う、巨大な鉤爪をとがらせた黒い鱗の腕……だがソロの剣が雷電を帯びると、芸術的なクロスカウンターが目から脳を貫く。

 ベルとビーツは息を合わせて戦い続ける。

 どちらも超高速。レベル4のはずだが、明らかにそれ以上の速度域。だがそれでさえ、速度を抑えている……

(無駄な速さはいらない。勝つことだ)

 ソロに教わった、強すぎる多数の敵を相手に生きのび続ける戦い方を実践している。

 最小限の力。最小限の動き。

 ビーツの槍は、急所を貫くことがない。軽く膝を叩き、足首を払い、目を突き、『崩す』だけだ。

 そこにベルがふわりと歩み寄り、むしろゆっくりと刀を落とす。腰だけ、刀の重さだけ。腹に深呼吸を落とし『英雄願望(アルゴノート)』の蓄力をひと呼吸分加えて。

 どの敵も急所だけを最小限切られ、静かに倒れる。

 静謐。

 ビーツの力や敏捷は、今や『猛者』オッタルをしのぐ。だがそうは見えない。繰り返された敗北で鍛え抜かれた彼女は、無駄に力を誇示したりはしない。

 人類とは桁の違う才能は、一度の敗北でも信じられないほど高く抜ける。

 ほとんど動いているようにすら見えないのに、敵はすべてベルに首をさしのべている。ソロが『戦争遊戯』で敵も仲間も操ったように。

 操っている。敵を一か所に集めている。

 そこに、ふたたびレフィーヤの大呪文が炸裂した。エルフを襲う強敵の着地点を槍が軽く払い、立て直すための一瞬の停滞にベルの、雷を帯びた刀が逆袈裟に疾る。

 だが、敵が多い。

「一人でも救出し、離脱させる」

 戦いの目的は知っているが、アマゾネスという理性に乏しい種族を撤退させるのは極めて難しい。

 だがソロとフィンは、粘り強く戦い続けた。

 さらにルーラで往復するソロは、次々と第一級冒険者を連れてきて戦線に加える。また敵を掃討した地を作り、そこに多数の機関砲と弾薬を『ふくろ』から出して操作要員を連れてくる。リリの魔法で小さくされた兵器は合言葉で巨大な姿を取り戻し、圧倒的な火力を吐き出し続ける。

 すさまじい戦力……別の世界を救った真の勇者の、面目躍如というものだ。

 

 さらに敵の集まった部分は、アイオワ級の巨大な砲弾を受け続け、小規模なキノコ雲とともに粉砕されている。

 

 遠いオラリオで、アイズ・ヴァレンシュタインがある気配に気づいた。

 そしてダンジョンを封じるため祈る主神ウラノスも。

『隻眼の黒竜』三大クエストの最後の一つ。【ゼウス・ファミリア】【ヘラ・ファミリア】を壊滅させた超強力モンスター。アイズにとって因縁浅からぬ存在。

 それが『穢れた精霊』の力を受けたのか……

「わずかな生き残りが、言い残している。黒竜は本体も強いが、条件を満たすと膨大な味方を作り出す」

「質と数を兼ね備えた群れによる攻撃、それが当時の二大ファミリアを、ほとんど生き残りがいないまでに潰した」

「闇派閥、エニュオのやからは、数で攻撃する方法を模索していた」

「黒竜に『穢れた精霊』を寄生させたとしたら……」

 絶望を通り越している。だが、今は瓜生がいる……逆の意味で絶望的な破壊の悪夢。

 強大すぎる怪物の軍勢と、恐るべき兵器のぶつかり合い……悪夢よりひどい。

 そしてアイズ・ヴァレンシュタインが感じている、おぞましい焦燥感と身を焼き焦がす憎悪……

 前線で戦うベルに、どのような英雄への道があるのか。

 

 リリと瓜生を補佐して働く【ミアハ・ファミリア】のカサンドラが、わずかな眠りの中激しくうなされている。どのような悪夢を見ているのだろう。

 目覚めたとき、どんな予言がその口から出るのか。だが、その予言に耳を貸すことができるのは、前線で戦い続けているベル・クラネルだけ……


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