ダンジョンに近代兵器を持ちこむのは間違っているだろうか 作:ケット
武威とビーツは、ほぼ同時に穴に飛びこんだ。
自分がどうなるかわからない、限界を完全に超える。桁外れの、これまでとは次元が違う『気』を……確実に腹が破裂する量を飲み干す。
『気』の質が変わる。今の身体を完全に捨てる。不死鳥の炎で身を焼くように。
言葉を絶する苦痛を何度も潜った。苦痛だけではない、精神そのものが痛めつけられる。強烈なめまい。吐き気など内臓の苦。
意識があるかないかも、今正気かどうかもわからない。
(死……)
残るのは、武術だけ。身体に刻んできた正しい姿勢と呼吸だけ。
外から見れば、ビーツはただ立っている。奇妙な光をまとって。
武威は戦い続けてはいるが、明らかに機械的で精彩を欠く動きだ。体を覆う光が極端に不安定、内部から焼かれているようにも見える。
フィンたちが戦っていた超巨大蛇は黒い渦と化し、さらに変化していこうとしている。
間断なく砲撃されているが、それが通用しているようには思えない。渦の本体が深い地下にもぐっているようなのだ。
そして突然無数の触手が、地下深くから飛び出した。
アレン・フローメルたちが戦っている、暴れる黒竜の眷属たちに地下から次々に触手が回る。怪物たちが激しい苦痛とともに締め上げられ、絶叫する。
魔法の効力が終わって理性を取り戻したフィンが、ふと気がついた。
(この戦場……すぐ近くに……)
山地のふもと。20キロほど離れた、アイオワ級戦艦が浮いているのもカルデラ湖。
瓜生を中心にあちこちで空撮した写真、粗い、オラリオ周辺の大地図。
火山。
変貌したレヴィス本体と戦うアイズたち。
ベルの長時間チャージを、アイズとアステリオスが死に身で時間を稼いでいる。
あまりにも強く、速い。ケンタウルスのような竜体の安定性と極端な脚力、斬られた片腕が変貌した身長の倍近い剣。
アステリオスは受けるだけでも必死、力比べになれば一瞬で吹っ飛ばされる。
アイズが瞬時に、二刀で膨大な剣をぶちこんでもすべて叩き落される。
そんな中、呪文で支援していたアイズの母が、ふと気づいたものがある。
F-15Eの残骸の中に転がる地中貫通型の水爆。
それをどう解析したものか、持ってきてベルの前に置いた。
「それ、ヴェルフが言ってた」
チャージ中のベルだが、恐怖に引く。というか今起爆したら……
「これに、あの付与魔法を」
「……はい」
アイズそっくりの大精霊の目を、ベルは信じた。
黒い渦。黒い雲。
震度2ぐらいの地震を感じた。それが終わらない。
実力者たちは、桁外れのとてつもない力が動いているのを感じた。
百発以上の原爆が短時間で狭い谷間を満たした、それ以上の。
多数の怪物が絞りつくされ、消えていく。
【フレイヤ・ファミリア】の精鋭たちがフィンのところに来ていぶかり、黒い渦をにらむ。攻撃をする者もいるが、通用していないのはわかる。
フィンの足が何かを感じた。フィンは地面に伏し、地に耳を当てた。その表情が衝撃でゆがむ。
「どうした」
ガレスの問いに、
「地下、とんでもなく深くを高速移動している」
「それだけではないな」
ハイエルフであるリヴェリアが、遠くにかすむ山を見る。
「火山のエネルギーを吸っている……大地の精霊たちが騒いでいる」
自然の声を聴くハイエルフの前で、黒い渦が再び形を取ろうとする。
「地下深くを通って直接オラリオのダンジョンに、『エニュオ』や、それがなくても深層の魔石を大量に食えば、また強大な戦力か」
リヴェリアが歯を食いしばる。
「……少し連絡する。時間を稼いでくれ」
フィンはふたたび地に伏せ、通信機にいろいろな言葉や数字を告げ始めた。
上空でアリシアのB-1爆撃機が旋回し、可変翼を畳んで加速した……オラリオへ。
渦は形を取り戻す。黒い巨大なドラゴン。
ふたつのとても長い首、鎌刃のように鋭い角を額につけている。
「足止めか」
リヴェリアが手持ち改造機関砲を構える。
アレン・フローメルが歯噛みをしつつ、完全に壊れた槍を捨てた。【フレイヤ・ファミリア】のサポーターが替えを渡す。
黒竜の咆哮とともに、地下深くからふたたび何か力が吹き上げる。それが黒竜、ケンタウルス状になったレヴィス本体、またビーツたちや武威が戦う人型にも吸収される。
深く、深く、深く。底を破り、さらに深く。
とてつもないものがある。手を伸ばさない。入ってくるに任せる。
ただ、正しい呼吸と正しい身体だけがある。
苦痛なのか快楽なのか、それとも極端な病や便意の類なのかわからない。何に耐えているのかもわからない。記憶そのものがどこかに飛んでいる。悪夢と体の悲鳴が混じり合っている。
ただ、正しい呼吸と正しい姿勢と動きがある。それが天地と調和し続けている。
体で覚えたことだけが、最後の碇となっている。
武威もビーツも、深く深く『気』の底を探っている。
もっと。もっと。もっと。もっと。
どこまでも……。
そのとき、黒い渦がやんだ。
膨大な力が、目の前の敵に加わる。それが武威にもビーツにもめざめを強制した。
傷の巨漢が、幼さを残す黒髪の少女が目を見開く。
全速でオラリオに戻ったB-1からアリシアが降りた。
そしてすぐ、瓜生とともに高速のヘリコプターに乗り換えた。瓜生はアリシアに操縦を教えながら飛ばす。
オラリオと、フィンたちが戦っている場の途中。広い広い荒野。
そこで瓜生は、身体に長いロープをかけてヘリコプターから吊り下がった。上空のかなり高く。
そして突き出した手の近くに、とてつもない規模の塊が出現した。落下する。最初はゆっくりと、そして徐々にばらけながら。
出現し続ける。ずっと、滝のように落下している。それも世界最大瀑布をさらに桁外れに拡大したような。
はるか下の地面で爆発のような何かが起き、さらに滝がそれを圧殺している。
数分後、瓜生はやめて合図した。ロープが巻き取られて瓜生はヘリに乗り、そのまま飛び帰るよう指示する。
眼下に山ができている。かなりの高度であるヘリに迫るほど。その山が、うごめいている。
「何を、したんでしょうか」
「タングステン地金を、百億トン」
ちなみに、富士山の質量が千億トンとも数兆トンとも言われている。
タングステンなら地面まで空力加熱に耐えて落ちる。化学的にも比較的安定している。
だがその、とんでもない質量……
「バンカーバスターでも届かない深地下なら、造山レベルの圧力を加えてやれば少なくとも動かなくはなるだろ。速度と方向はそちらの団長が教えてくれた、いつどこは大体計算できる。
鉄や金だと社会を混乱させるだろうけど、タングステンは一部鍛冶ファミリアしか使えないだろうし、本格的に使えるようになったら重要資源だ」
アリシアと操縦士は、あまりのスケールに呆然としていた。
山がうごめいている。膨大すぎる高密度金属の地金の山が崩れ続け、膨大な圧力が大地を、地殻そのものをゆがめている。地面を溶かすように貫いている。
近隣ではかなり強い地震が続いている。
「最初から黒竜軍に、高高度からレール、市販でできるだけ大きな庭石や鋼材、最大の中身入り鉄鉱石運搬船とかを何億トンか落とそうかとも思ったけど……対空攻撃も怖かったし、破局噴火の恐れもあったし、エネルギーによっては高い空まで放射熱が届くかもしれないし」
などと瓜生は言いながら、すぐ眠ってしまった。ずっと忙しく、後方で戦争を支配している。
立禅を解いたビーツが槍を手に取る。不壊属性+神造替刃の槍が、溶けるように質を変えた。かすかな光に覆われる。強い光ではないのに、何かが異様に違う。
ソロとオッタルが死に身に支えていた。
桁外れの力と速さの人型の敵を相手に。ソロが牽制しタイミングを作って、リュー・リオンが戦車砲級の弾を打ちこみ動きを鈍らせる……それですら動きを止めることもろくにできない。
ソロもオッタルも、あきらめはしない。強すぎる敵と戦い続けることは慣れ切っている。リューもだ。
(何手……なんという)
リューにさえ見通せないほど、何十手も先まで棋譜を決めての連携戦闘。それも両方片腕を失い腹を貫かれるほどのダメージも前提で。恐ろしいほど合った息、舞うように正確な動き。
オッタルに迫る拳をソロが盾で打ち、わずかにそらす……致命傷を免れる程度。同時にソロは剣を手放して、『クロッゾの魔剣』を用いる銃を敵の頭に向ける。オッタルがのしかかるのを、敵は余裕で反応し銃をよけながらオッタルの首に手をかけ、後ろ足でソロを蹴りぬく。
ソロがその蹴りに自分から体を叩きつけ、ダメージは倍加するが反動で敵の姿勢がわずかに狂う。そこでオッタルが、首にかかる手首関節を決める。抵抗する力でオッタルが引っこ抜かれる、そこにこそリューが銃を放つ隙がある。戦車砲級の弾が直撃、それでも力積でわずかに後退するだけの敵に、ソロがまた盾で体当たり。押し飛ばすための静止、その一瞬にオッタルの金属棍が喉の、特殊な急所を撃ち抜く……
それでやっと一撃決めても、効いてもいないように次の攻防になってしまう。
ほんの一瞬、回復を稼ぐのがますます難しくなる。
黒い何かが敵を覆い、敵が桁外れに強化された、そのとき。同時に背後からとんでもない何かを感じた。
核砲弾以上の。戦車砲以上の。
槍を構えた少女。
少女に向き直る敵に、ソロとオッタルが同時に強烈な一撃を放つ。だがそれを無視するように敵は、超絶な速度で少女を襲う。
ふわり。
少女は、ごく柔らかい動きで槍を突き出す。槍を叩きのけた人型の怪物の、脇腹のところに少女はいた。
ぽん、と軽く拳が入る。
絶叫が上がった。
それを見たアイズの母が、別の長文詠唱を始めた。
武威は、ただひたすら繰り返した套路を続けていた。
とてつもない拳と蹴りを、ひたすらしのぎ肘で返す。
暴走じみた力の増強は続いている。もう『器』はあふれている。
オリハルコンの防具を吸収した身体に、猛烈に『気』が流れている。高圧がどんどん進む。
(もう、爆発しているのではないか……)
そうとしか思えないが、身体は動いている。繰り返した通りに。
円に沿って、泥の中を滑るように歩く。腰をひねり、少し肘を曲げて差し出した手を返す。着地した足をひねり、腰に力を伝える。腹の底で呼吸する。
肘を突き出し、手を伸ばして胸を開く。
(たゆまず……)
アステリオスが、両腕を失いながらベルを蹴りぬいた形を思い出す。なぜか幻海の動きも。
蹴りつつ歩く。腰をひねり、手刀を突き出す。
もう、『気』を集中させて刃にするなど意識してさえいない。
ただ、想像もしていなかったほど深いどこかから湧き出る、桁外れどころではない『気』に身を任せるだけだ。
黄金の光をまとうベルから激しい音が響き、呪文がつむがれる。
「【雷火電光、わが武器に宿れ。ゼウス・トール・インドラ・ヴォーダン・ハオカー・エヌムクラウ・ホノイカヅチノオオカミ、雷神たちよ、かなたの呪文を許せ。ジ・エーフ・キース、神霊の血と盟約と祭壇を背に、我精霊に命ず、雷よ降れ、轟雷(テスラ)。ヴァジュラ】」
静かに、春姫の術を受けレベル6状態、そこで限界を超えてチャージした長文詠唱呪文が完成する。巨大な雷が水爆に落ちる。
同時に、アイズの母は何か呪文を唱え終えた。
恐ろしい金属塊が、万雷と溶け合うように光と化す。
ベルが抜いた神の脇差に光が吸われる。何とも言えない変化をする。すっと澄み渡るようになる……としか。深い深い深淵を秘めた輝き。
トグが呪文を唱え、ベルの膝上から失われた両足が一時的に再生した。
ベルが立つ。
フィン・ディムナこそ、レベル7の能力すべてを作ってタイミングを作った。
そして、正確にいくつかの戦車砲を誘導した。
不壊属性ではなく、巨大着剣小銃である槍を選ぶ。今の敵には効かないことはわかっている。
交響曲指揮者のタクトのように槍が振られ、数発の銃弾がセミオートで空気を切り裂いた。
ベルは、武威が投げ倒した敵に。武威は、ビーツが蹴り飛ばした敵に。槍を手にしたビーツは、ベルたちが戦っていたレヴィスの本体に……そのビーツに向けてアイズの母が呪文を詠唱している。
閃光のような高速。
戦車砲の十字砲火が敵の動きを束縛する。閃光手榴弾が光をばらまく。
そしてフィンは、【フレイヤ・ファミリア】の冒険者たちとともに自らの敵に挑む。