ダンジョンに近代兵器を持ちこむのは間違っているだろうか 作:ケット
ベルたちが退院した数日後だった。
『豊穣の女主人』を貸し切りにして。異端児(ゼノス)のウィーネやリド、【ロキ・ファミリア】幹部、椿・コルブランドやヴェルフ・クロッゾも加わって。
ささやかな祝勝会。
ベルとカサンドラは知っていた。カサンドラが見た夢を、『幸運』で呪いを突破できるベルだけが信じた。
今日がその日だと。
「今日、夜に……ウリュウさんが、どこかに消えてしまう夢を見たんです」
ベルは苦しみ、泣いた。誰にも相談できない……主神ヘスティアにさえも。カサンドラの予知は誰も信じないのだ。
相談できたのはカサンドラだけ。
「なにか、何かできることはあるかなあ」
カサンドラも考えた。必死で。
「……もし、その立場ならば……かかわった人たちと会っておきたいです」
「ありがとう……」
「悲しすぎますよ、そんなの……」
ベルはまず『豊穣の女主人』、そして【ロキ・ファミリア】などと連絡を取り、祝勝会の予約をした。
それから、何とか考えて、言い訳をした。
「できれば、ウリューさんやリリがかかわっている、今までお世話になっている人たちと、顔を合わせておきたい」
と。
そうすれば、瓜生もその人たちと最後にもう一度会える。
瓜生は仕事の多くをすでにリリに移譲していた。だが、これからベルが事務側にもかかわると言っているので、顔見せは役に立つだろう、と承諾した。
オラリオ中を回った。リリが車椅子を押して。時には、訓練中のロフストランドクラッチを両手につけ、腕だけで立って。
瓜生がかかわる人は、実に手広かった。
ならず者たちがいた。ベルをはめようとしたモルドたちも。
貧しい人たちがいた。
病院にもかかわっていた。近代医学を、清潔とエビデンスベース……治療を試験して検証する手法を教えていた。
オラリオに、これほどたくさんの病人がいるなど考えたこともなかった。
さまざまな建設があった。
オラリオの壁のあちこちに、コンテナを積み上げ速乾コンクリートを塗った塔がある。その上のドームには大型の機関砲が設置され、オラリオのどこに『穢れた精霊』の怪物が出ても瞬時につぶせるようにしている。
天文台もあった。大型望遠鏡で、知識ファミリアが星空や太陽を観測している。
気球で高層大気を観測している人たちもいた。
図書館も見た。
空港から、高額な金を払って空の旅を楽しみ、また遠くの生鮮食料品……日持ちしない熱帯の果物など……を運ぶ人たちもいた。
港町(メレン)に通じる鉄道も見た。今はまだ、異端児(ゼノス)が牽いている。
蒸気機関、そしてディーゼルエンジンやガスタービンエンジンを実現するため、鍛冶ファミリア連合が研鑽している研究所も見た。
高炉も見た。
ケーブルカーや電波塔、それを保守し建設する人たちも見た。彼らがつい最近までどれほど貧しい暮らしをしていたか、それがどれほど変わったか。
その、集合住宅も見た。
オラリオの貧困層居住区である『ダイダロス通り』が、観光地・商店街として保存されるかわりに多くの人が、都市外の新しい集合住宅に移っていることも聞いた。
「といっても、おれの故郷じゃ、スラムからの強制移住はろくなことにならないんだが……人のネットワークと土地、それで生きてる人たちを抜いたら……人はまるで植物だよ」
「おれの故郷に、〈地獄への道は善意で舗装されている〉って言葉があるんだ。善意で世界を変えようとして、地獄を作ってしまう……おれも、別の世界の冒険で昔は何度もやらかしたものさ」
瓜生の深い罪悪感に、ベルもリリもまた触れた。世界の複雑さも。
リリは、ある程度の冷酷さを持っているが……ベルにはそれが乏しい。強く共感してしまった。
フランス革命、共産主義、ハイチ革命……いろいろな話が飛び、ベルは何冊もの日本語の本を持たされた。
「いつか、頑張って読みます」
ベルは誓った。これから、本気で日本語と英語を学ぶことを。
オラリオから少しだけ出て、ラキア虜囚が開発しているコンテナハウスでできた衛星都市も見た。働く、虜囚と言われながら故郷よりずっといい暮らしをしている人たちも。
彼らと結ばれ幸せそうに笑うテルスキュラ出身のアマゾネスたちも。
膨大な食料や鉄材、セメントを、今はリリが魔法で出して供給しているのも見た。
『ギルド』にも顔を出し、エイナ・チュールと打ち合わせもした。
彼女は、もはや【ゼウス・ファミリア】【ヘラ・ファミリア】の資料しかない59層以降の超極深層について講義しようとした。しかも59層は、【ロキ・ファミリア】が大遠征で見た結果変貌していたという……
越権だが、冒険者を辞めてほしい、ともベルに言ってくるエイナ。
「誰だって、死ぬときは死ぬの……トグ氏がいなければ、戦えないじゃない……どうやって深層から……」
「車があります」
「それだって、いつ壊れるかわからない……」
「五体満足でも、足をやられることだってあります。それでも生還する人はいるんです」
「ひとり生還した人がいたら、99人が死んでいるのよ」
「エイナさん。ベルのことを思ってくれているのはありがたい、ただ……ベルは、英雄になってしまっている。英雄であり続けるのは……大変なんだ」
「英雄なんて……英雄なんて……おねがい、おねがい、どうか死なないで……」
「はい……」
「地位にこだわって、大事なことを忘れるなよ。……いいな」
「はい!」
ベルの叫びの強さに、エイナは違和感を感じた。そしてベルの、ものすごい悲しみも。
リリもそれを感じていた、だが……ふたりとも、カサンドラの予言を信じることはできない。
あっという間に日が暮れていく。
ベルは、日の色が、空の色が変わるのを悲しく見た。
(こんなに、一日は短い……)
(どんなに、ウリューさんがしたことを知らなかったんだろう)
(何も知らない。故郷の家族のことも、故郷でどんな暮らしをしてきたのかも)
(でも、聞いていいんだろうか……あんなつらい思いをした人に、何を聞いていいんだろう)
そして本拠地(ホーム)に帰った……
遺跡地帯だった空き地は急速に再開発が進んでいる。遺跡そのものも極力、発掘し都市外に移設しながら。
中層コンテナハウスという、圧倒的な短期間で作れるし面積当たりの人数が多い団地。
そのあちこちに、ランニングコースやループランニングコースがある。
それほど大きくはない、本拠地。団地と体育館、食堂と浴場。
瓜生たちが出てきた、廃教会の神像とその前の小さなスペースは手をつけず保存されている。またどこかから、迷い人が出てきてもいいように。
本拠地の周囲はランニングコースになり、近くの家や店も新築だ。それも瓜生が建てた。
暗殺を防ぐため、十分に考えて。ランニングコースも、ある意味防御設備……無断で横切ろうとしたら、カメラやレーザーの監視網にかかり警告の上射殺される。幼児が犠牲にならないように配慮はしている。異端児をめぐる闇派閥との争いでは、何人も死んでいる。
隣に増築が進んでいる。もう、第二期の新入生も入る。黒竜との戦いで少し遅れたが……
第一期の新入生たちも、ずいぶんと成長している。普通の駆け出しの三倍以上の数字。
油断と、若さゆえの乱暴さが頭をもたげないよう、主にヤマト・命と【タケミカヅチ・ファミリア】の仲間が監督している。
春姫と、訪れていたアイズが出迎えてきた。ふたりともベルの顔を見たとたんの、満面の笑顔。
「ただいま」
笑顔に笑顔を返そうとするが、泣き笑いになりそうになる。
なぜ、ベルが今日は……朝、カサンドラが訪ねてきてから泣きそうにしているのか、だれにもわからない。彼女の予言を信じることはできないから。
『豊穣の女主人』は急遽貸し切り。
【ヘスティア・ファミリア】の全員、それに【ロキ・ファミリア】からも多数。【ヘファイストス・ファミリア】【ミアハ・ファミリア】【タケミカヅチ・ファミリア】【アポロン・ファミリア】からも。
エイナ・チュールも招かれている。
(金に糸目をつけず……)
というベルの言葉に、ミアはにっと笑って応えた。
事前に、リリが膨大な量の予備を無料で倉庫に詰めている。
チーズと果物の前菜、果実酒。
それから、どんどん豪華で美味な料理が出てくる。
ビーツが相変わらずとんでもない量を食べている。
武威とソロが、フィンやガレスと談笑している。
アイズがベルに食べさせようとして、その母アリアとリヴェリアが笑っている。
黒竜との死闘の話をいろいろな人がして、【ヘスティア・ファミリア】の新入生や主神が息を呑んで聞き入っている。
ベルは、迷っていた。一言を言い出せるか……
もともと、冒険者の故郷、家族を詮索すること自体がタブーに近いのだ。
だが、もし言わなければ、もう機会はない。後悔するだろう。
(どちらを選んでもひどいことになる、ということはある。そのときは……)
瓜生も、フィンも、ソロも、教えてくれた。
カサンドラが、かわりに聞こうとするのをベルが目顔で止めた。
「ウリューさん!」
「なんだ?」
「……ウリューさんの家族は、どんな人なんですか?」
弱めの酒を口に運んでいた瓜生が一瞬黙る。
「……普通の人だ。普通の。……いい家族だと思う」
苦しそうな表情になって、何かを出そうとしている。
ベルは蒼白になった。
「大丈夫だ、ぎりぎりだったが……故郷でも、いくつかやらかした。家族が拷問虐殺されずにすんだのは、奇跡みたいなもんだ。いや、これからもいつどうなるかわかったもんじゃない……金でできる限りのことはしたが……
最初の旅に失敗して、次の旅で人助けにおぼれて、帰ってからアフリカの飢えた人を助けようとして……あちこちの国の闇に目をつけられた。あそこが飢え争っているのは、いくつもの権力者の利益になっている。
いわれるまでもない、アホだった。何も知らなかったし、どこまで知ってもきりがない……」
「あなたがすることが、正義でないとは思えません」
リュー・リオンの言葉にも、瓜生は苦い顔をした。
「……地獄への道は善意で舗装されている」
瓜生の言葉に、リューが強く歯を食いしばる。
「そうだね。でも、それで何もしないのが正しいとは限らない」
「どうすれば正しいのかわからない。よかれと思ってやったら、何倍も犠牲が出て、その虐殺者をさらに殺して……」
「でも、行動するしかないんだ。僕も何度も、〈やらかして〉いる。その責任と罪を背負って歩いている」
フィンの言葉は、さすがに『勇者(ブレイバー)』だった。
「おまえのおかげでみんな助かってる」
リヴェリアが言ったが、瓜生は目を伏せた。
「ひとりひとりが頑張ったからだ。おれひとりでは……せいぜい無差別破壊しかできない」
「われらができるのは、そなたが教えてくれるからじゃ!」
すっかり酔っ払った椿・コルブランドも強引に割り込んできて、90度以上の超ウォッカ・ブランデー・激辛唐辛子エキスを混ぜた無茶酒をガレス・ランドロックとかわるがわるあおる。
「本は渡した。あとは自分の手で学べばいい。どのみち、高水準なキサゲのコツなんておれも知らない」
「ああ、自分たちでやるとも!」
ベルとカサンドラは、そんな瓜生を全力で見ていた。
魚料理、スープ、そして肉料理、鍋のような具沢山の味噌汁。
赤ワイン、日本酒、ブランデー、貴腐ワイン。
天ぷら、フライやコロッケ、肉じゃが。
真空調理ブロック肉。
次々と料理が並ぶ。会話が進む。
黒竜を倒せるとは、だれも思っていなかった。レベル9がいた【ヘラ・ファミリア】ですら壊滅したのだ。
それほど強くは見えない瓜生が、どれほどの力を見せたのか……
そして、彼がどれほどオラリオを変えたか、フィンやリヴェリアは全体像を知っている。椿は、いくつかの分野で深く深く知っている。
ケーキが回り、まだ飲み食いする者は……そんなとき。
ふっと、瓜生の体が光り出した。
「あ……やはり、そういうことか。もう、帰ることになったようだ」
瓜生がヘスティアに言う。
「え……帰る」
酔った目が、一瞬で衝撃に見開かれる。一拍置いて理解したのか。
「え、ええええええ、ああああああ……」
「すまない、自分でもどうしようもない……みんな……」
衝撃に打たれていた、フィンが、椿が、リリが……何とか言葉を取り戻そうとする。
「ありがとう」
最初に立ち直り、言葉にしたのはリヴェリアだった。
何人もが、口々に感謝の言葉を言う。
ヘスティアが瓜生に抱きついた。
「リリルカ!このパスワードだ」
瓜生が足首に巻いた太い紐を外し、リリに渡した。リリはうなずく。太い紐は筒状の布であり、その中にパスワードを書いた布が入っている。
「みんな、彼女が後継だ」
「わかった」
フィンが即座にうなずく。
「……ベルを、主神ヘスティアを、ファミリアを頼む」
瓜生がソロたちに言う。ソロも、武威もトグも、ビーツもうなずいた。ビーツはどこまでわかっているものか……
「新入生は、任せてください。死なせません」
ヤマト・命の言葉に瓜生がうなずく。
「ウリューさん……」
「絶対に、おれのようになるな。絶対に」
「絶対に、虐殺・拷問・強姦はしません」
「それでいい。リリルカ……」
「わかっているつもりです。虐殺をしない。油断しない、最悪を想定する。自分からは裏切らない。手が届く限り食わせる。現実を見、情報を集める」
「ああ。……世話になった。元気で……」
光が増していく。瓜生はただ、人々を見渡す。言葉も届かなくなる。
「ウリューさんこそ、英雄です!」
ベルの叫びは届いたのか。
……皆がうなずき、それを見回しながら……光が強まり、消えた。
そこには、瓜生がこちらで買った鎖帷子やナイフ、鱗鎧(スケールアーマー)が、主なく潰れ落ちていた。
衝撃に呆然とする……ヘスティアがベルに抱きつき、泣き叫び始めた。
「飲もう!とことん強い酒をよこせ!」
ガレスが叫ぶ。何人かは同調して叫び、ミアが100%近い蒸留酒を多数用意する。それも瓜生が出したものもあるし、こちらで鍛冶師たちが作った蒸留器で再現したものもある。
ベートが改めて、呆然とした顔で座って酒をあおった。
「か……勝ち逃げされたあああ!」
ティオナが叫び、ティオネが唇をかむ。
ベルとヘスティアの泣き声が聞こえる。
奇妙な宴は続く。店主のミアは、ただただ酒と料理を用意し、怒鳴り続けた。
リュー・リオンもウィーネも、今は店員としてそれを運ぶ。