ダンジョンに近代兵器を持ちこむのは間違っているだろうか 作:ケット
瓜生が消えた、故郷に帰った。
機能という点ではほとんど困らなかった。物資供給を含め多くをリリルカ・アーデができる。
(いつ指揮官が脳卒中や心筋梗塞で倒れても、副官がとどこおりなく仕事を続けられる……)
そのことを、瓜生は常に忘れていなかった。
【ロキ・ファミリア】のフィン・ディムナが反省し、ラウルやアナキティをあらためてしごきなおしたほどに。また、瓜生に負けたことをきっかけに、あれほど拒んでいた『指揮』をするようになったベート・ローガの再訓練も、ガレスを中心に始めた。
物資供給も、ならず者たちを利用した情報組織も、慈善事業も、リリルカ・アーデができるようになっている。
技術指導は【ヘファイストス・ファミリア】ら鍛冶ファミリアや【ムネモシュネ・ファミリア】など知識ファミリア。膨大な日本語・英語・ドイツ語などの本をぶちこんだ図書館もいくつもある。オラリオの外の国にも。
異端児の何人かも近代科学技術の全体像を叩きこまれ、膨大な本を複数保管し、再現しようと研究開発を続けている。瓜生の世界の科学の、膨大な実験を一から再現するという大変すぎる事業まで命じられている……それは技術の底上げにもなる。
十数人、さらに30人近くになった家事も、ヤマト・命に指導される第一期生が第二期生を指導している。ビーツがいるので食事だけプラス100人分必要だが、それも。
機能的には問題ない。だからこそ、知る人たちの喪失感は大きかった。
ベルも。ヘスティアも。フィンたちも。
リリや命は、寂しがる余裕もないほどに多くの仕事をこなしていた。
ベルも、必死で多くの事を覚えていた。
次の、【ロキ・ファミリア】と合同の大遠征に向けて。
ふたつの、操縦桿型多ボタンジョイスティックで、ナメル重装甲車の本体操縦とリモコン砲塔操縦を同時に行う。
これまで【ロキ・ファミリア】が積み重ねた、あらゆる悪路や地形型モンスターの急襲の映像を利用し、リヴェリアやフィンと同じように対処できるまで訓練を繰り返す。瞬時の超信地旋回からの最大加速、同時にほぼ真後ろに連射など、第一級冒険者ならではの超絶技巧を。
また、日本語も必死で学び始めている。瓜生が残した膨大な本を少しでも読むために。
武威、ビーツ、ソロは変わらず鍛錬の日々を送っている。
ベルもできる限り、トグに魔法を使ってもらって参加はしているが、どうしても時間は短くなる。魔力は限られるし、マジックポーションは限りがある。新しくやることも多い。
【ミアハ・ファミリア】のダフネ・カサンドラ・ナァーザが、装甲車で今まで行きにくかった場所に素材を取りに行けるとはいえ。
だが、それでもさみしさは感じる。特にビーツは、瓜生が常に大量の食物を用意していたことを思い出すようだ。ヘスティアができるかぎり気を使っているが……主神も忙しい。彼女も事務も、射撃の練習も、【ヘファイストス・ファミリア】でのバイトもしているのだ。
アイズ・ヴァレンシュタインも毎日のようにベルに会いに来るついでに、練習試合をするのが常だ。
ビーツや武威は、アイズより圧倒的に『ステイタス』では上だ。だが技術ではかろうじて勝てる。それで技だけで精いっぱい抵抗し、特にビーツの技の面でも底なしの才能に毎日戦慄する。
ソロは、あらゆる総合力がはるか雲の上に思える。だからこそ必死で少しでも盗む。
トグも『ステイタス』は急激に伸びている。
リュー・リオンも、自分に及びはしないが高い水準でまとまり、経験も豊富で、そして心根がとても高く互いに学べるものが多い。
時には【フレイヤ・ファミリア】との交流もある。武威やビーツが出稽古に行くことも割と多いし、また【フレイヤ・ファミリア】の膨大な冒険者が近代兵器の訓練を始めてもいる。
時には深層まで装甲車で素早く行き、装甲車を用いる戦闘の訓練もする。
主力戦車改造の重装甲をベルが操縦し、リューが重火器を積んだ悪路用リヤカーを引いて護衛する。
前後をソロとビーツが固める。
装甲車にはトグと春姫も乗る……ベルが生き残るためだけでも、絶対に死なせるわけにはいかない2人を守り抜く。
深層で間断なく襲う敵、そのすべてを、黒竜戦などで経験した強すぎる敵と思って対処する。
装甲車を操縦しながら機関砲も操作するベル。
手持ち改造の速射砲を盛り上がる筋肉で操作するトグ。
妖術を歌い続ける春姫。
余裕すぎる敵、だからこそ技術を徹底的に磨くため、ソロがビーツを叱咤し模範を見せる。
そんな日々ののち、ふたたび60層を目指す遠征が始まる。
50層までは装甲車であっという間に。
50層の安全地帯で休み、メンバーと装備を整え、51層を素早く抜ける。ここまではリリルカ・アーデもついて物資補給をした。
52~58層『竜の壺』は、まず砲竜(ヴァルガング・ドラゴン)に階層貫通攻撃を撃たせ、その穴に航空爆弾を冒険者の腕力で投下、重力を無視できる第一級冒険者とパラシュートつきの重火器や食料を投入する。
ZU-23-2機関砲が、広大な58層に湧き続ける砲竜を撃破する。その間に残る戦車隊が地下を目指す。
あえて、普通のルートではなくマッピング範囲を広げることもする。
武威は時々、階層貫通炎も無視して55層などで修行していたりするので、得難い情報源となっている。
ベルは、必死で巨大な装甲車を制御していた。叱咤され、歯を食いしばりながら。
何カ月も瓜生に、そしてフィンやリヴェリアにしごかれた【ロキ・ファミリア】【ヘファイストス・ファミリア】、ダフネに比べて練度が低すぎる。さらに操縦系も、すべてデジタルでできるように改造されている……勝手が違う。
シミュレーターとも、訓練とも違いすぎる実戦、最高速走行。加速度が違う。地形が違う。要求されることが多すぎる。
高融点のセラミックス複合装甲が、莫大な重量が追加されている。荷物も限界以上に積まれている。それも大爆発する実弾が。
ただ、歯を食いしばって高速で突っ走る味方の後を追う。
刀を振り続け、アイズの面影を追い続けた日々のように。
自分の操縦に身を任せる仲間たちのことも思って。
敵が掃討され続けている58層。連続運転時間も長引いており、休息をとる。
ベルは激しく息をついている。
アイズやフィンの、すさまじい覚悟の表情も恐ろしい。
59層で見たとてつもない敵。話は聞いているが、今力を実感しているナメル重装甲車が飴のように溶かされたという話が、今になって重い布団のようにのしかかる。
牽引遠隔操作砲塔も整備され、弾薬がいっぱいに装填される。
先頭の装甲車に、多連装ロケットが詰めこまれる。
トイレ。水。食事。
武威とビーツ、ガレスが巨大な不壊属性の楯を持ち、前に立つ。
トグと春姫が、いつでもベルに呪文を詠唱できるよう心の準備をする。
黒竜戦でレベル3にランクアップしたカサンドラが、ベルが飛び出したらナメルの操縦を引き継げるように、かつそれまでは牽引される遠隔操作砲塔を制御できるように準備している。タブレットと予備タブレット、遠隔操作砲塔のレスポンスを確認し、ベルの許可を得て予備ジョイスティックから車体のレスポンスも確認している。
覚悟を込めて突入した59層……それは森ではなく、昔【ゼウス・ファミリア】が記録に残した氷河でもなく、寒い岩と砂の荒れ地だった。
「油断するな!」
フィン・ディムナの叱咤。
「円陣!」
装甲車を指揮するラウルの叫び、ベルは必死でジョイスティックを操り、自分の持ち場に急ぐ。
「2-6、砲塔を2時に!」
「はい!すみません」
叱咤に歯を食いしばり涙をこらえ、左手のジョイスティックを動かす。
本来なら無理なのだ、操縦と砲塔操作を同時にするのは。だから戦車は、いや装甲車でも、自動装填装置リモコン砲塔のロシア最新型でも車長・操縦手・砲手の3人で操作するのが常識なのだ。
画面に、前を走るビーツとソロの姿が映る。ソロのうなずきが深い励ましになる。
そして砲塔の上に座る武威の『気』も感じる。
ダフネが操るナメルが隣に着くのも、タブレットの一つに映る。
ラウルが乗るメルカバが、画面の、訓練と同じ場所になるのを確かめる。
「迫撃砲準備よし」
同乗のカサンドラの声がする。メルカバとナメルは市街戦用に、非常識な60ミリ迫撃砲を搭載している。屋根があるダンジョンでは高く飛ぶ迫撃砲は使いにくいが、射程が短いかわりにペイロードが大きい専用焼夷弾を鍛冶ファミリアが量産している。
隣のトグが集中している。
春姫は、事前にガレス、次にリヴェリアと続けて妖術をかけている。
「来る」
氷の影から迫る、巨大ビルのような白い熊。
「敵だ、ファイア!」
「2番4番、11遠隔バースト!」
フィンとラウルの叫びとともに、戦車砲が膨大な炎を吐き出し、遠隔操作の連装35ミリリボルバーカノンが弾をばらまく。ベルが見ているタブレットのひとつの画面が白く染まり、スピーカーから轟音が響く。
「虫!」
フィンが叫ぶと同時に、槍でもある巨大着剣小銃を放ち、遠くで貫かれ破裂した巨大虫がまき散らす溶解液が岩を溶かす。
地下からの食人花、その他の脅威……今のこの火力でも油断できない敵が、いますぐそこにいるかもしれない。
特にレベル2の春姫。ナメルの、主力戦車級の装甲がどれほど厚くても……ベルの精神をすさまじい緊張が襲う。
ひとりで剣をふるい強敵に立ち向かうとは違う重圧。だが、ソロやフィンの背中が励ましてくれている。
仲間と共に戦う……それがどんなに心強いか。はじめてパーティで冒険を始めたとき、そして瓜生に守られて戦った、駆け出しのころの感情がふっと沸く。
(顔だけでも笑え)
思い出し、ゆがんだ微笑を浮かべてみる。
(深呼吸)
呼吸を深く。
視野が広がる。何枚ものタブレットが、膨大な情報を伝えている。
円陣を組む仲間たち。頑丈な鎧をまとい、二刀を提げ重機関銃と対戦車ロケットをかついだアイズ。連装機関砲についたリューや椿。ポンプアクションに改造された無反動砲をかつぎ後方安全を確認するベート。巨大な着剣小銃を構えるフィン。光の槌とトグの魔法を受け、魔方陣を浮かべるリヴェリア。
見える。安心が広がる。自分がすべきことが見える。
ついに60階層……かつて、階層を貫通して壁を作った何か。
レベル6のガレスが連打でやっとこじ開けた悪夢。
その痛みを覚えているガレスの拳がうずく。
「いくぞ」
フィンの言葉に、ベルはふたつの操縦桿を握り、トリガーに指をかけ、いくつものボタンやダイヤルに親指を触れさせる。
神の脇差、ヴェルフたちが打った刀を確かめる。
英雄であり続けるために。異端児のために。瓜生に恥じないために。主神のために。仲間たちのために。ライバルに恥じないために。アイズのために。
かなえてしまった夢の重みを背負い、できる仕事をし、前進し続ける。