虚実の物語   作:雪宮春夏

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序章 はじまりの日


 その知らせを聞いたとき、沸き上がってきたこの感情の名を、この時の僕はまだ知らなかった。

 

「リボーンさん!」

「小僧っ!」

 血相を変えて駆け寄った山本武と獄寺隼人に、彼らのボスであるボンゴレ十代目、沢田綱吉の家庭教師を務める黄色のおしゃぶりを持つ晴れのアルコバレーノ、リボーンは、短く苦言をもらした。

「静かにしやがれ。……まだ手術中なんだぞ」

 リボーンが、目を向けたのは、会話に入らなかったこの場にいる最後の一人。「手術中」の掲示が点灯するのを睨むように見つめる、獄寺、山本と同様に沢田綱吉の守護者に名を連ねる銀髪の少年、笹川了平だ。

 現在手術を受けているのは、彼の妹、笹川京子である。

「……執刀医はシャマルだ。あいつは性格には難があるが、腕の方は確かだぞ」

 手術中の妹に対して、何も出来ない自らの無力を悔いるかのように、了平の拳は固く握りしめられていた。

 気遣いの意味も込めた言葉だったが、今の彼には気休めにもならないのだろう。

 説明を求める山本、獄寺に、無力さに沈む了平をそれぞれ眺めて、帽子で顔を隠したまま、手ぶりで場所を移すことをリボーンは、提案した。

 

「小僧……話してくれ。一体ツナに何が起こったのな?」

 重い沈黙の中、ようやく口を開いた初めの人物は山本武。沢田綱吉の雨の守護者だ。

 それに同意を示すように、同じく彼の嵐の守護者である獄寺隼人も、鋭い視線でリボーンを見つめる。

 夜間照明で薄暗いこの場所は、面会時間外なのも重なり、彼らしか人影は無い……筈だった。

「その話。僕も聞かせてもらおうか」

 廊下の向こうから響いた声。おそらくついたばかりなのだろう彼に、リボーンはいつもと変わらぬ不敵な笑みを浮かべた。

「良く迅速に動いてくれたな……礼を言うぞ。ヒバリ」

「構わないよ、赤ん坊。……これは僕の並盛で起きたことだ」

 素っ気ない言葉でリボーンをあしらうのは、並盛中学風紀委員会委員長にして、「並盛の秩序」……そして、雲の守護者とされている雲雀恭弥だ。

 ボンゴレ十代目である綱吉にはここにいない、雷、霧を含めて、計六人の守護者がいるが、一人はその幼さから、もう一人は拠点としている黒曜町が並盛からだと距離があるという理由で、まだこの話は伝わっていないだろう。

「まぁ、事情を説明するっていったところで、ボンゴレの方でもまだ大半が調査中だ」

 ……だから分かっていることだけを、簡潔に纏めるぞ。

 そう続けたリボーンが取り出した指輪に、獄寺と山本は息をのんだ。

「小僧っ、それ……!!」

「十代目、の……!!」

 リボーンが取り出した指輪は、沢田綱吉が所持している筈の動物型匣兵器(アニマル・ボックス)大空ライオン(レオネ・ディ・チェーリ)」のナッツが内蔵されているもの……アニマルリングである。

「京子がここに搬送された時はまだ炎は残ってたがな。流石に今は尽きちまっている」

 リングに目を向けたまま、言葉をもらさない彼らに、リボーンも目を合わせることなく、続けた。

「京子が保護された現場はかなり荒らされていた。あそこで何らかの戦いが起きたことは疑いようもない。今は詳しい情報が出てこねぇかボンゴレの諜報部の奴らが捜査に入っている。その結果待ちだな。京子自身の怪我は足に一カ所。その経口の小ささから銃弾じゃねぇかと思われるが、弾丸らしきものはどこにも見つかってねぇ。他にはそれらしい怪我は無い。それは頭からすっぽりと一世のマント(マンテッロ・ボンゴレ・プリーモ)を被っていた効果だろうな」

 それはナッツが、防御形態の武器となった時の姿だ。

「ってことは、十代目は……!」

 そこまでの会話で何かに気づいたのか、獄寺の声は震えていた。

「そこにいた……ってことか?」

 同じように動揺を隠せない山本にも、リボーンは黙って頷いた。相棒のナッツがそこにいたことから綱吉もその場にいただろうと考えることは当然の帰結と言える。しかし、事態が発覚してから綱吉は目撃情報も無ければ、本人からの連絡も無い。その現実が今の考えられる事態の予測を悪くしている。

 ナッツのような(ボックス)兵器を発動させるためには、マフィア界に伝わる「死ぬ気の炎」を使えなくてはならない。

 それと対で使うリング自体、現代ではまだ兵器としての認知度は低く、使い方も沢田綱吉の兄弟子であるディーノのような先見の明を持たなければ、知る由もない。

 例外としては、他ならぬ綱吉達が数日前まで巻き込まれていた現代よりも十年先の未来の世界での戦いに関わり、そこで命を落としたその時代の大空のアルコバレーノ、ユニから記憶を受け取った、この時代の面々だけだろうが、その中でも綱吉と同じ大空の炎の属性を持つものはごく僅かだ。その僅かな別人がナッツを出したと言うよりも、持ち主である綱吉が出したと考えるのが、今のところは妥当だろう。

「だけど……ボンゴレリングも沢田綱吉も未だに見つかってない。……そうだよね?」

 問いかけよりも確認に重きを置いた雲雀の言葉に、リボーンの口元が僅かに歪む。

「この一日の間に並盛に出入りした人間を調べている。……敵対ファミリーによる拉致も視野に入れてな」

「「………!!」」

 次々と聞かされる言葉に、山本と獄寺の顔色は悪い。

 守護者とボス以前に同い年で、友人でもある彼らだからこそ、余計に衝撃は大きいのだろう。

 並盛の住人が傷つけられた時点で並盛の秩序を称する雲雀の心中も穏やかではない。

「悪ぃが、これ以上の情報は、憶測やら伝聞が入り混じっているせいで、正確とはほど遠いもんなんだ。……流石のボンゴレも、混乱状態でな」

 苦笑を浮かべつつも三人に背を向け、リボーンは一人、夜の並盛へと姿を消した。

 

 

 同時刻、並盛町から遠く離れたある町の外れを二人の男が歩いていた。

「この辺りっすねぇ。虚霊(メノス・グランデ)の放つ虚閃(セロ)並の、高エネルギー反応があったのは」

 呟いたのは短い金髪の男。緑と白の縦縞の帽子を目深く被り、その表情は窺えないが、手元には小型の機械が握られていた。

「しかし店長。反応があったのは一度だけ。しかもごく僅か。その上、現在は如何なる反応もしめされません。店長がいらっしゃっても、ただの無駄足で終わる可能性があります」

 そう男に語りかけるのは、彼の背後に従うように歩く大男だ。髭面に眼鏡のいでだちがどこか危険な雰囲気を感じさせるが、後頭部で揺れる中華風のおさげが、それを中和しているように見えなくも無い。

「無駄足結構ってもんです! こんな面白そうな事象が起きているのに手を出さないなんて、科学者の名折れになりますよぉ!? テッサイさん。知的好奇心と探究心を失ったら、人は退化しかしないんすから!!」

 扇子で自らを扇ぎながら笑う彼は、好奇心旺盛な子どものようだ。

「いえ……私は店長と違い、科学者ではありませんが」

 あくまで律儀に答えようとするテッサイを無視して、男……店長は、その場所に目をやった。

「ここのよう……っすねぇ」

 それは、直径数十メートルはあろうかと思えるほどの巨大なクレーターだった。

 日がある内に人が見れば、隕石が落ちたとでも、勘違いしそうである。

「円状のクレーターとは……虚閃で、できるものではありませんな」

 己の考察を述べながらも周囲を警戒しながら眼鏡を光らせるテッサイに頷いて、店長もクレーターの淵から内側……クレーターで出来た窪みの中を覗き込んだ。

「しかし店長……もしこの地で何らかの戦いがあったのだとしても、このクレーターだけでは……むっ!?」

 キラリと、テッサイの眼鏡が光る。

 店長と呼ばれた男もそれを視界に収め、知らず知らずのうちに目を細め、笑った。

「何スカね……あれ」

 彼が指し示したのはクレーターの最深部分。一段くぼんだ場所に、遠目からでは見落としそうな影があった。

 チラリと、店長が走らせた視線でテッサイも察したのか、彼が先導する形で、両者、クレーターの抉れた地面を滑り落ちる。そのまま周囲を警戒しつつ、身構えながら進むテッサイと、散歩のような軽い歩調で、近付く彼。

 もしここに第三者がいたら、何とも対照的な二人だと言われたことだろう。

「……おや?」

 その存在がはっきりと視認できる位置まで来た店長が思わず漏らしたのは疑問を含んだ一言だった。

「これは……人間、ですかな?」

 次に口を開いたテッサイの声音には、呆けたような、気落ちしたような色があった。

「えぇ。……子どもみたいっすねぇ」

 改めて目を向けた店長が頷いた通り、そこにいたのは満身創痍と呼べる体で、仰向けに倒れている人間の子供だった。

 ボサボサの、逆立った茶髪。元は明るい青色であったのだろうパーカーは、点々と血がこびりついており、おそらく碌な手当はされていない様に見える。その上、子どもの耳からズレたヘッドホンには、歪な罅が入っており、両手に付けている手袋もボロボロだった。それがどのような証言よりも雄弁に、この子供が受けた物理的な衝撃を物語っている。

 それを裏付ける様に、子どもの意識は無く、呼吸も虫の息と言うものだった。

「……取りあえず、このままじゃ死んじゃいますねぇ……。助けますか!」

 何の躊躇いも、迷いもなく言い切った男に、流石にテッサイも反論しようと口を開く。

 後ろ暗くない人間なら、見るからに重症、下手をすれば重体かもしれない虫の息の子供を放って帰ることは出来ないだろう。

 しかし、テッサイは己が、己と共にいるこの店主が、場所によってはかなり後ろ暗い人物であると分かっていた。

 発見した切欠を考えれば、()()()()()関係者が絡む可能性は途轍もなく高い。そうでなくても日陰者な身の上である以上、正体不明な第三者の救助などテッサイは推奨出来ない。

 それを十分に理解しているはずの男は、手にしている扇子でテッサイを制し、微笑んでみせた。

「このままじゃ目覚めが悪いでしょう? ……それに、ここで何があったかも、気になりますしね?」

 子どもに目を向ける店主の浮かべた表情には、悲しみや憂いは無く、あるのはまるで新しい玩具を手にしたような純粋な笑み。

 その姿に、結局のところ、彼を動かすのは安っぽい正義感でも無ければ使命感や義務では無く……知的好奇心と探究心。この二つに尽きるのだと再確認する。

「分かりました。店長」

 おそらく、助かったとしても彼には碌な未来は待ってはいまい。そう心の中で確信しながら、表面上は、平静を装うテッサイは、荷物を持ち上げるかのような姿勢で子どもの体を抱き上げた。

「さて! 帰りますか……」

 飄々と呟く男はカランコロンと下駄を鳴らしながら、帰路につく。

 彼の名は浦原 喜助(うらはら きすけ)

 都会の町、空座(からくら)町にある、しがない駄菓子屋の店主である。

 

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