手術中。その明かりが消えた途端、笹川了平はがばっと、音が立つ勢いで立ち上がっていた。
作動音と共に開かれた手術室の自動扉から聞こえるカラカラと担架を推し進める音に、了平は堪えることも出来ずに叫ぶ。
「京子ーっ! 極限に、無事か-っ!!」
「うるせぇぞ! 極限バカが!!」
「ぬおっ!?」
スパンと、音をたてて了平の頭を叩いたのは手術着を着込んだ一人の男だった。
「おおっ! Dr.シャマル!! 京子は無事なのか!?」
叩かれた頭を抑えつつ、騒ぐその姿にシャマルは青筋を立てかける。手術の終わった直後の、しかも重傷者が出て来る予定の通路で騒ぐとは、この男はその重傷者が己の妹だと言うことを分かっているのだろうか。
執刀医でもあるシャマルは、少しでも術後の患者の負担を減らそうと負担の原因となりそうな男の襟首を掴み、その場から遠ざけようとする。
「おい! 何をするのだ!?」
構わず騒ぎ続ける了平に、苦労して平静を保ちつつ、人気のない場所まで連れ出した。
「うるせぇ! 少しは静かにしやがれ!!」
声を殺して叱りつけると、一応周りの迷惑という言葉は知っていたのか、了平は慌てて己の口を両手で覆う。
ほとんど手遅れなそれに溜息を零しつつ、シャマルは言い聞かせるように言葉を続けた。
「少しは言動にも注意しろ。……ここのスタッフは一般人ばかりだぞ? 通行の邪魔はするわ、喧しいわ」
最後の二つは完全にシャマルの愚痴だったが、了平は己の非と納得したのだろう。頻りに頷いている。その姿を見ながら、シャマルは再び溜息を吐き出した。
平静を保とうとはしているが、かくいうシャマルの内心も、決して穏やかではない。
知らせを受けてここまで連れて来られてからこちら、ずっと生きた心地はしていなかった。
「それで……極限に京子は無事なのか!? シャマル!!」
そんなこちらの心情などまるで頓着せずに己の疑問を晴らそうとする喧しい男に、遂にシャマルも忍耐が切れた。
「だから喧しいって言ってんだろ?! 無事も何も元から命に関わるもんじゃねぇよ!!」
彼……シャマルは、裏の世界では「トライデント・シャマル」と呼ばれる殺し屋であり、その能力「トライデント・モスキート」によって、何人もの人間を殺してきた闇医者である。自ら「男は診ない」と豪語する、医者としては一癖も二癖もある人物ではあるが、潜ってきた修羅場と腕は確かな物だ。
そんな彼が、今回無償でこのような事をやっている理由は、彼がボンゴレ十代目ファミリーの一人、獄寺隼人と知古の間柄であるからだ。
ある時期に獄寺隼人の実家であるマフィアに仕えていた縁もあり、獄寺の戦闘方法における、実質的な教師役を担った事もあるほどである。
「傷は足に一カ所。初見では銃創に見えたが、どうやらあれは刃物……おそらく槍の穂先か何かだろう。足の甲から入って貫通してやがるが、幸いにも神経系には傷はついてねぇ。完治には時間はかかるだろうか、歩く分にも後遺症は出ねぇだろう。今は麻酔も効いてるし、よく眠ってるよ」
総括してシャマルは煙草に火を灯した。
原則として病院内は禁煙の筈だが、生憎とそれを注意できる人間はここにはいない。
「そうか。それは良かった……」
本来ならば注意をしなければならない唯一の同席者である彼も、現在は最愛の妹の事で一杯一杯なのだから仕方がない。
(こっちはもう問題は無い……だが、向こうはどうなった?)
そんな同席者に対して、シャマルはしかし、彼ほど楽観的にはいられなかった。
こちらの問題……笹川京子を守っていたアニマルリングの所有者、沢田綱吉。
リボーンの教え子で、獄寺隼人が忠誠を誓ったボンゴレ十代目。
彼も、彼が持っている筈のボンゴレボスの証となる大空のボンゴレリングも、未だ見つかっていない。
しかし状況下から、笹川京子が負傷したとき、彼が傍にいた事は間違いないだろう。
(イタリアならともかく、今の日本は一般人には武器の所持は禁じられている。その上、比較的手に入りやすい銃で無く、刀となると、更にその流通は少ないはずだ)
そうなれば当然、流行ルートも限られる。その購入者を裏の人間……とりわけ、もしこれが、ボンゴレと敵対するファミリーによるものと仮定すれば、そろそろボンゴレの諜報部が何らかの情報を掴んでも良いはずなのだが。
(無事で居るんだろうなぁ……!おいっ……!!)
常のシャマルであるならば、己の愛する女でも無い、沢田綱吉のことはここまで気にする事は無い。
しかし今は、便りが無いことが良い証拠とはどうしても思えなかった。
「極限に、心配はいらないぞ。Dr.シャマル」
シャマルの中の不安を晴らすかのように、彼にしては珍しい、真摯な瞳で言い切ったのは、晴の守護者と呼ばれる程の性分か。
「沢田はどのような状況であっても、今まで生き延びてきた男だ。だから今回も、極限に心配はいらん」
にかっと快活な笑みを浮かべた男の強い瞳に、シャマルは思わず苦笑する。
「それ、理由になってねぇだろ」
言葉とは裏腹に、その口調には先程までの重苦しさは無かった。
「店長……何拾ってきたんだ?」
浦原喜助に問いかけたのは、浦原商店の従業員の一人、花刈ジン太である。
「何言っているんすか、ジン太君。見れば分かるでしょう? いっておくけど、幽霊じゃあ無いっすよ?」
そう子どもを指さして答える喜助だが、「拾ってきた」の部分は否定していない。
喜助と会話する彼は、二人が帰ってきた音を聞きつけて、慌てて起きてきただけなのか、パジャマがわりの甚平は所々しわになっていた。
「……って、何だよそいつ!? ひどい怪我してるじゃねぇか!!」
指し示した姿を確認した事で、ようやく子どもの状態に気づいたジン太は声を上げる。
「言われなくても分かってますよぉ。今から手当てするんです。さぁ、退いた退いた」
狼狽えるジン太に平然と答えて、浦原は商品の並んだ売り場のスペースを抜け、一段上がった先にある居住空間。その境目とも言える座敷の、更に奥へ続く障子を開ける。
「ジン太君。そこに布団一組しいて置いて下さい。あたしはちょっくら奥で準備をしてきます」
「へっ? ちょっと何で俺だよっ!!」
意味深な浦原の発言に、一瞬呆けた直後、軽い調子で押しつけられた雑用に思わず不満を訴えるが、言って早々奥に引っ込んだ彼には勿論聞こえるはずもなく、更に追い討ちをかけるように、入り口の付近に立ち止まったままの子どもを背負ったテッサイから声が上がる。
「ジン太殿! お早くっ!」
「ああっ!……もうっ、分かったってのっ!!」
開け放したままの障子の向こうで繰り広げられている騒ぎを耳だけで捕らえながら、浦原はこの出来すぎている
「……人の医者じゃ治せないであろう傷……そんなものをこさえた子どもを、よりにもよってあたし等が拾おうとは」
切欠は、浦原が観測した高エネルギー。そこに倒れていたボロボロのあの子どもは、それを受けてああなったのか、否か。
そう出ないにしても、霊圧で生じた怪我は、人間の医療では治せないのだから、ここに拾われなければ死ぬのは時間の問題だったことは容易に想像できる。
「一見して服についている血痕は多くありませんが、こういう怪我はそれよりも恐ろしい所がありますからねぇ」
ふぅと、零した吐息は何を含んでいるのか、それは浦原にもよくは分からなかった。