ヤンデレたキリエに弱み握られた挙句外堀埋められたい
という一言から妄想を重ねた短編です。
外堀埋められてると言えるかわかりませんけど。
注意
arcadiaのチラシの裏にも上げてます。ご了承ください。

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ヤンデレフローリアン

 キリエ・フローリアンには『オトコ』がいる。

 その噂が、キリエの姉アミティエ・フローリアンの耳に入ってきたのは一ヶ月前のことだった。

 通っていた中学校で、噂好きの友達から聞いた話だ。 

 彼女の友達のそのまた友達が、部活終わりに喫茶店に寄った。その時に、キリエが大学生くらいの歳と思われる男性を前にして、悩ましげな表情で一緒にパフェを食べていた、ということだ。

 人を疑うことを知らないアミタは、すぐさまキリエの席まで突っ走って行って、怒鳴りこむように事の真相を問い詰めた。

 もしこの事が本当なら、姉として、妹のお付き合いが健全なものか確かめ無くてはならない、その一念だった。

 しかしキリエは、その剣幕に多少押されながらも、どうどう、と暴れ馬を手懐けるようにアミタを落ち着かせ、こう言った。

 

「何よ、私にそんな人なんて、居るわけないじゃない。あわてんぼさんのお姉ちゃん」

 

 もちろん、言葉だけで納得するアミタではない。更に剣幕を強めて問い詰めようとした。

 

「しかしですね! 目撃した人だっているんですよ!?」

「そんなのどうせ、友達の友達ー、なんかからの又聞きでしょ? 信用するには確証が足りないわよ」

 

 そこで、アミタは一瞬静止した。

 そして、数分前に自分が聞いたことを反芻し、キリエの言うとおりだったことを認識して、うっ、と詰まった表情を見せた。

 

「大体ね。もし私に彼氏が出来たとして、それを隠し通すメリットがどこに有るのよ」

「え、でもキリエ、恥ずかしく無いんですか? その、ほら……付き合う、なんて……」

 

 顔を俯けながら赤面して、ゴニョゴニョと言葉を濁すアミタ。

 その初心さに若干の苛立ちを感じながら、キリエは弁論を続けた。

 

「恥ずかしくなんてないわよ。女の子なんだから、男の子を好きになったって、当たり前じゃない」

「で、でも! 噂、されたり、とか……冷やかされたり、とか……」

「どうでもいいじゃない、そんなの。 逆に自慢してやるわ。私はこんな素敵な人と、付き合ってるんだって……最も、私の審査をパスするくらい素敵な人がいて、その人と付き合えればの話だけどね」

 

 ここまで言ったところで、アミタの言い分は完全に覆され、その意気も萎えてしまった。

 それでもどこか釈然としない物を感じつつ、アミタは不承不承で去っていった。

 彼女がドアから出て行った瞬間、キリエの机には代わりに大量のクラスメートが殺到した。

 本当に付き合ってないの、キリエの『素敵な人』ってどういうの、と言った、野次馬的興味心に満ち溢れた問いを、それぞれ好き勝手に投げかけていく。

 アミタが大声で騒ぎ立てたせいで、クラス中に今の問答が聞こえてしまったのだ。

 キリエはやれやれ、と溜息を吐く仕草をして、いつもの軽い笑みを崩さずに、飄々とした態度で問いをあしらっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかしいですっ」

 

 アミタが住む、暁町から二駅ほど離れた所にある、レストランの店内。

 その奥まった個室で、ぶくぶくとストローからオレンジジュースに息を吹付け、泡を立てているアミタが、一人の男に相談していた。

 すでにお昼の繁忙期を過ぎ、歯抜けのように空席があるが、それでも店内にいる人間は多い。

 何か言う時は大声で、が基本のアミタも、流石に若干ボリュームを下げていた。

 しかし、その語気は未だ強く、確信に満ちている。

 

「あの時から、キリエの行動をそれとなーく、監視していたんです」

 

 アミタが「それとなく」というのなら、当然キリエにはバレているんだろうと、男は想像した。

 事実そうだったらしく、キリエは一歩もボロを出さなかったらしい。

 小悪魔と称すべきほどに、いたずら得意なキリエのことだ。直情的なアミタを騙すことくらいどうということもなかったのだろう。

 アミタの語調が、段々放課後や休日の貴重な時間を浪費した悔しさに彩られていく。

 男は苦笑するしかなかった。

 

「ですが!」

 

 と、アミタがそれまでの悔しみを覆し、「くらえ!」と証拠品を突き出すような素振りで話し始めた。

 その目は爛々と輝いており、よほど重要な事実を掴んだんだろう、と男は考えた。

 

「今朝聞いたところによりますとね、レヴィやフェイトさんがですね、見たって言うんです。キリエが、こういかにもプレゼント、ってラッピングをした箱を持ちながら歩いていたって場面を!」

 

 そしてアミタは、目撃された日から一週間経つが、自分を含め、キリエの親しい者にはプレゼントなど贈られていない、と付け足した。

 このことから、キリエのプレゼント箱は、親しい人とは別の人に贈られた可能性が濃厚であること。

 そして、そんな人物は間違いなく彼氏しかいない、ということ。

 以上の論理展開を持って、アミタはキリエを彼氏持ちだと決めつけたのだ。

 

「『彼氏いるなら自慢する―』なんて言いながら、全く恥ずかしがり屋ですよね! お姉ちゃんにはみんなお見通しなんですよ。何しろ、お姉ちゃんなんですから」

 

 と、一人悦に入るアミタの前で、男が初めて口を開いた。

 決めつけるのは、早計ではないか。いまだ確証とは言えないのではないか。と。

 なぜなら、キリエのプレゼントが、けして「意中の男」に受け取られたというわけではない。

 もしかしたら、何かの記念日のためにとっておくべきものなのかもしれないのだから。

 てっきり男が自分を肯定してくれるのだと思い込んでいたアミタは、いきなりの反論に面食らった。

 

「ですけど……」

 

 尚も食い下がろうとするアミタ。男は落ち着いて、そっとその頬に手をかけた。

 

「落ち着くんだアミタ。キリエだって賢い女性だ。『こういうこと』を隠し通す難しさは、よく知っているだろう」

 

 いきなりの肉体的接触。

 しかも、距離の極めて近い、まるで心に食い込むかのような、無礼かつ遠慮の無い行動。

 しかし、アミタは拒まない。それどころか、頬を鮮やかに紅潮させる有様だ。

 

「そ、そうですよね。だって……」

 

 アミタの顔は幸福と興奮で、熱々のチーズのようになった皮膚を骨格でかろうじて保持しているような、とろけたものになっている。

 男はそれ以上近づこうとはしなかったが、アミタは明らかに『それ以上』を求めていた。

 

「その通り。私とアミタが共同して、ここまで隠し通すことだって、やっとのことだったんだからね」

 

 そう。アミタはすでにこの男と半年前から『付き合って』いた。

 その出会いは、ブレイブデュエルでの勝負。 

 当時まだ初心者であるはずの男にコテンパンに負かされたアミタは、再戦を申し込み、そうして何度も何度も戦っていく度に、男へ強い親しみと熱い感情を持ち始めたのだ。

 それが恋だと分かるまで、さほど時間は掛からなかった。

 男も男で、アミタのような綺麗で、真っ直ぐな女性が好いてくれるのならば、それに応えるのもやぶさかではない。

 そして、晴れて付き合い始めた二人だが、アミタはこの事実を周りから隠そうとした。それはやはり、恥ずかしさからだ。

 特に、キリエなどにバレた日には、散々にからかわれることが請け合いだ。

 

 だから、二人は交際の事実を隠すことにした。

 普段は良き友人として付き合う。たまに男がちょっかいをかけたら、アミタは顔を真赤にして離れる『ようにする』。

 逢瀬のタイミングは計画的に、海鳴市から離れた場所で行うこと。友人たちの、とくにグランツ研究所のメンバーの行動は必ず把握しなければならない。

 隠し事の苦手なアミタにとっては難題もいいところだったが、そこは男が必死でフォローした。

 関係を進めていく内に、時には男がボロを出しかける事もあったが、その頃にはアミタもだいぶ慣れてきて、逆に男をフォローできるようになった。

 こうして、二人三脚、二人で隠蔽という一つの難題に取り組んだのが功を奏したのか。

 彼ら二人の関係は、すでに行き着く所まで、いってしまう程のものになっていた。

 

「そう、ですよね……キリエだって、付き合うのなら、ちゃんと言ってくれますよね……」

 

 アミタの心は、もはや陶酔の域に達していた。

 無理もない。こうして直接に顔を触られることだって、もう何週間ぶりになるだろうか分からないのだから。

 

「そうさ。何も心配することはない。何も、何も……」

 

 そんなアミタへ、男は優しく、語りかけるように。ゆっくり、ゆっくり話しかけた。

 まるで、聞き分けの無い子供に、優しい嘘を、言って、聞かせるように……

 

 

 

 

 

 

 

 逢瀬の最後は、一緒に出るのではなく、別々に出るという、決まり事だった。

 これも、もし人の目があったら困るという、念には念を入れた工作だ。アミタの頭脳からは、決して出て来ないこと。男の用心深さが、そういう策を生み出すのだ。

 にへら、と歓喜を顔全体から表しつつ、アミタは店を出て行った。

 傍目から見れば乙女の顔だが、これでも本人は『美味しい料理に舌鼓を打ったかのような演技』をしているつもりなのだ。

 そんなアミタを冷ややかに見つめ、笑いつつ。

 ひっそりと、まるで影のように店内へ入っていく、ピンク色の髪をした、それは女。

 まるで当たり前のようにレジを通り越し、当たり前のように個室へ入っていったので、誰も彼も、文句をつける人は居なかった。

 

「ども☆ お姉ちゃんはどうだった?」

 

 キリエ・フローリアンだ。

 先程まで、姉と男が睦言を交わしていた個室。甘い雰囲気がまだ残っているその中に、ずけずけと入っていく。

 しかし、その立ち振舞は雰囲気の甘さを破ることなく、むしろ受け継ぐような柔らかさをしていた。

 キリエは男の隣に座り、腰を寄せ、自分の重量をある程度男に預けて寄り添った。

 

「あぁ、問題はないよ。只、あのプレゼントだがね。どうもフェイトとレヴィに見られてたみたいなんだ」

「やばッ。うーん、ちょっとドジッたかな? ひとりきりなら、って、気が緩んじゃったかも」

「問題はないさ。考えの穿ちすぎだと、一言言えば納得してくれた。他の人だって、話を聞いても大したことはない、と思うだろう」

 

 男も、キリエも、まるでそうすることが決められていたかのように、腕を絡ませ、甘い調子で話しだす。 

 

「それにしても、相変わらずデレデレねぇ、お姉ちゃんったら」

「それをいうなら」

「私も? もちろん。姉妹だからね」

 

 

 

 

 

 

 一ヶ月前、キリエが隠そうとした事実はこのことだった。

 キリエは、アミタと同じ人物を好きになってしまっていたのだ。

 そしてキリエは、姉の恋と、その恋人を知っていた。

 アミタと男の、完璧に見えた隠蔽は、肉親のグランツ博士すら騙し得た。

 がしかし、アミタの妹であるキリエだけは騙せなかったのだ。

 自分の恋した人は、姉の恋人。普通なら、叶わぬ恋、悲恋。

 しかし、キリエは諦めなかった。姉と同じく、自分のやりたいこと、したいことを絶対に諦めないという、決意をする精神があった。

 

 キリエは先ず、男を呼び出し、アミタとの交際の事実を指摘した。

 そして、慌てる男に、取引を持ちかけたのだ。

 自分を見てほしいと。キリエ・フローリアンを、アミティエ・フローリアンと同じように見てほしいと。

 そして、脅した。もし叶わないのなら、姉と男の行く道を、尽く妨害してやる、と。

 

『お姉ちゃんと、貴方。別れさせるのは簡単よ? 私が、あなた達の関係を、スキャンダルに、悪評をたっぷり込めて、全開でぶちまければ良いんだから。そしたら、お姉ちゃんは貴方と別れる。別れるしか無い』

 

 身内からの反発と悪評に、耐えきれるような姉ではない。

 もともとそれを恐れたために、関係を隠そうとしたのだから。

 

『でもね。私は何も、お姉ちゃんを不幸にさせたい訳じゃないの。でも、貴方が断っちゃったら、仕方がなくなるの。だから、受け入れて、く、れ、る、よ、ね?」

 

 男も、最初は断った。自分に、二股を掛けるほどの甲斐性など無いと、考えていたからだ。

 そんな男の態度まで、キリエは予測済みだった。

 だから、男にとことん甘くなった。都合のいい、協力的な、優しさを振りまいた。

 

『何も平等にしてもらう気は無いわよ。二号さんでも、あるいは三号さんで、他に好きな人が居ても協力したげる。お姉ちゃんで満足できない事があるなら、私が代わりになんでもしちゃう』

 

 ひたすらに甘い、しかし、毒の入った言葉。

 それを受け止める内に、男の中にある錯覚が生まれた。

 自分は、実は自分で思うよりずっと甲斐性のある人間なのではないか。

 ひょっとすると、二人の姉妹を同時に受け止めきれるほどの、度量を持っているのではないか。

 無論それは、キリエの正に狙わんとする所だ。

 しかし、毒への拒否反応を、甘さで中和された男にとって、もはやキリエの言うことは真実でしかなかった。

 それに、アミタとの関係を隠蔽するのにも、そろそろ限界と、疲れを感じていた。

 だが、そこにキリエが介入するなら、話は別だ。こと秘密を守るとか、関係を隠すとかいう工作について、キリエほど頼れる人物はいない。

 そして結局、男は二人目の彼女を手にすることになってしまった。

 

『うふふふー、それじゃこれからも、姉妹で仲良く、よろしくね?』

 

 キリエのその言葉に対し、男は只、頷くことしか出来なかった。

 それほどまで、このピンク色の狡猾な毒グモに、骨抜きにされていた。

 

 

 

 

 

 

「なぁ、キリエ」

「何?」

 

 キリエとふれあいながら、ふと、そんな生々しい事実を回想した男は、あることを思いつき、キリエにこう説いた。

 

「お前、これからどうするつもりだ?」

「これから、って?」

「アミタとのことだ。アミタだって、まだお前への疑いを、完全に晴らした訳じゃない。俺が気を逸らしても、いつか何処かでまた感づく」

 

 人が持つ疑いを完璧に晴らすためには、嘘偽りのない事実を見せてやるしか方法はない。

 嘘と言い訳で固めても、歯が立たずに一時見過ごすだけで、疑問と不安はどうしても残る。

 其のためにも、人を騙すためには、疑いそのものを持たせないことが重要なのだと、男は考えていた。

 しかし、アミタはすでに一回疑いを持っている。

 男がそれをうずめはしたが、いずれまた、より大きな疑心暗鬼となって現れるだろう。

 

「……」

 

 キリエにも、それが分からない訳ではない。

 所詮一時しのぎにしか過ぎないということは、男よりもキリエのほうが理解していたとも言える。

 しかし。

 キリエは、その事実に対して、目を背けていた。

 だから、男は問い詰める。

 

「他人に対しては、まだいいだろう。しかし、俺達三人の間内だけでも、ある種の『決着』を付けるべきなんじゃないか?」

 

「……なにそれ、どういう意味?」

 

 キリエの眼の色が、暗くなる。顔つきから笑みが失せ、代わりに人形のような味気ない無表情が映る。

 男は気づかず、もしくは恐怖心故に敢えてその顔を見ずに、続けた。

 

「どういう意味って、それは、な。お前とアミタの間で、何らかの話し合いをして、な」

「それで、どっちが貴方のモノか決めるの? そんなの、したくない」

 

 声色がどんどん冷たくなっていく。顔は、その表情を隠すように俯いた。

 しかし、キリエの身体は、心とは逆にどんどん高ぶる。

 キリエが男の後ろにまわり、首に腕を回して、男の胸前で手を組む。膝立ちになりながら、身体の前面殆どを、男の背中にくっつけて。

 二人の肉体接触は、その場の空気に反比例するかのように、過激さを増していった

 

「そうじゃない。二人一緒に、今までのように、付き合うんだ。ほら、お前たちは仲良し姉妹だから。なんとか、納得ずくで」

「そんなの、無理よ」

 

 男の希望論を、キリエは簡単に、残酷なまでにあっさりと否定した。

 

「どうして」

「だって、私もお姉ちゃんも、ワガママなんだもん。誰にも譲れないモノを妥協するほど、大人じゃないの」

 

 ぞわり、と男の身体が震えた。

 胸に添えられたはずのキリエの両手が、段々と首へ迫っていくような、そして、キリエが自分の身体を押しつぶすような、そんな錯覚が見えた。

 

「そうでないと、お姉ちゃんは告白なんかしないし、私も貴方のこと、きっぱりと諦めきれた。でも、そうじゃなかった。そうじゃないから、こんな不安定な関係になった。それを今更精算するなんて、お互い、虫が良すぎると思わない?」

 

 アミタとキリエ、二人は、昔からそうだった。

 例えば、二人のほしい物が一つしか無かった時。

 喧嘩して、罵り合って殴りあって、どちらが取るか決着を付けようとした。

 そして、その内虚しくなって、仲直りしてわんわん泣いて、姉妹の絆を更に深めた。

 この流れがあるからこそ、二人は仲良し姉妹でいられるのだ。

 

 では、肝心の欲しい物は、一体どちらが手に取ったのか?

 ふたりで仲良く、分け合ったのか?

 

 

 そうではない。二人の喧嘩に巻き込まれて、取り返しの付かない程、ボロボロになってしまうのだ。

 

 

 

「私達、もともとそんなに物分かり良くないのよ? パパが止めても、欲しい物を引っ張り合って、それでぽっきり、真っ二つになっちゃうの」

 

 だから。

 

「私の物になって? そしたら、私が守ってあげる。お姉ちゃんは、多分私を殺しに来ちゃうだろうけどね」

「そんな、殺すなんて、アミタが」

 

 男には、信じられなかった。

 強く優しく、誠実で、人を傷つけることなど有り得ない、アミタが。

 しかし、キリエは断言できた。

 例え彼氏として、彼女の一番近いところにいたとしても。たかが半年。

 母親の腹の中から一緒に過ごしてきた姉のことは、妹が一番知っている。

 

「小さい頃のように、ぽかぽか殴りあう喧嘩じゃ済まない。当たり前じゃないかしら?」

 

 キリエには、アミタの狂おしいまでの恋心がよく分かっていた。

 店を出る時のとろけた笑顔は、裏を返せば今まで恋の感情を出す場所がなかったということだ。

 そして、あの程度の触れ合いで、アミタが満足するはずはない。必ず、欲求不満に陥るだろう。

 そんな風にして、今までその心の内側に溜り、鬱屈した欲求の量は果てしないものだ。

 もし、そんなアミタが、キリエの背信を知ったら。

 途端に飽和し、爆発する。大きいはずの良心だけではなく、そのあとに残るはずの決定的な自制心――殺意までの最終ロック――さえも、簡単に外れてしまうことだろう。

 

「勿論、お姉ちゃんを選んでもいいわよ? どっちを選ぶかは、貴方の自由。私はお姉ちゃんと違って、貴方の意志を尊重したげる」

「……」

 

 男は、もはやなにも答えられなかった。

 今まで軽い気持ちで付き合ってきた、二人の姉妹の情念の深さと重さ。

 そして救いようのない残酷さを、一気に受けて、すっかり怯えてしまっていたのだ。

 

「でも、もしお姉ちゃんを選んじゃったら……私、見境無くなるよ? きっと」

 

 それは、暴走宣言。

 仮に裏切ったら、殺すという、今までと何ら変わりのない恫喝。

 唇を男に寄せ、熱く濃厚なベーゼを強請りながらも、その目は絶対零度の如く氷付き、男の肉体をこわばらせていた。

 

 男は、キリエの要求に半分機械のような動きで応じ、唇を重ねた。

 そして、自分がすでに逃げ場のない砂地獄に陥ってしまっていて、どうしようもないということに気づき、心の中で絶望した。

 

 



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