臆病者は今すぐにでも逃げだしたいみたいですよ? 作:ぱいんあっぷる
え…?何この光景、"魔王"でも襲来してきたの?
《中の奴》
馬鹿な事言ってないで、止めに行くぞ!
突然、能義のギフトカードから赤黒い霧のようなものがが立ち込み始めた…
やがて、それは一ヶ所に収縮し、人の形を為し始めた
「…これが、能義くんの"才能"なのかしら?血と同じ色の霧なんて能義くんの"才能"にしては随分と物騒ね」
今も尚、絶えず形を変え続け、何とか形を為そうとしているその不可思議な霧に飛鳥が触れようとした瞬間…
「お嬢様!ソイツから離れろ」
「え?」
その場にいた、誰よりも早く"ソイツ"の異質さに気付いた十六夜が飛鳥を抱き抱え、その場から離れた
「GYAAAAAAAAAaaaaaaaaa!!!!!」
突然、"ソイツ"は咆哮を上げた
そして、次の瞬間…先程まで飛鳥の居たところに巨大なクレーターを作り上げた
たったそれだけの事で地盤が崩壊し、数百メートルにも及ぶ地割れを作った
そしてそれは、その場にいた全員が、その場から離れることを余儀なくされた
「何なのだこやつは!?」
異常を感知して、直ぐ様駆け付けた白夜叉もただ闇雲に力をぶつけているだけの"ソイツ"の事を知らないようだった
つまり、"コイツ"は白夜叉が用意したモノでもこの世界に元々住んでいるモノでもないという事だ
「わからない、いきなり能義の"ギフトカード"から出てきた」
先程、グリフォンとの"ギフトゲーム"に勝利し、それにより手に入れた恩恵を使い何とか宙に逃れていた耀は白夜叉に目の前で起きた事をそのまま話した
「何?"ギフトカード"から出てきたじゃと…?まさか…いや、そんな事がありえる筈が…」
白夜叉は何か思い当たる節があるのか、何かを考えているようだ
「だとしたら…不味い!能義は、能義は何処におる!?あやつを止められるのは能義しかおらん!誰も手を出すな!」
しかし、近くに能義の姿は見えなかった、先程の地割れにでも巻き込まれたのだろうか?
もし、そうだとしたら、普通の人間と同程度の耐久力しか持たない能義が無事である筈がない
そして、そうなると目の前の存在に唯一対抗できるはずの存在を失った事になる、白夜叉は自然と焦りを感じていた
「手を出すなってのはどういう事だ、白夜叉」
「…恐らく、今暴れてる、"アレ"はギフトカードそのものと見て間違いない」
「あり得ません、ギフトカードが意思を持ち暴れだすなんて!」
ジンを安全な所まで避難させてきた、黒ウサギが白夜叉の言った事を否定する
「あくまで、儂の推測でしかないのだが、能義の"才能"は"狂化"と同じような性質を持つものと見て間違いないだろう、そしてその"才能"を鑑定しようとしたラプラスの恩恵も…」
「その狂化の影響を受けてしまい、知性無き暴れるだけの存在へと化したって訳ね」
「うむ、そして恐らくその性質は今、あそこで暴れているあやつにも引き継がれていると見て間違いないだろう」
「…つまり、誰も手を出せない"怪物"が誕生したってわけか」
その場にいた全員が、目の前で力任せに暴れまわる存在をただ見ていることだけしか出来なかった
幸いな事は、ここが白夜叉の所有している世界の一つであり、人が溢れかえっていた町ではないという事だ
いずれは、あの暴走を繰り返しているやつも力尽きる事であろう、しかし、それはいったい何時になるのかそれは白夜叉にも予測が出来なかった
「でも、能義ならあの"怪物"の止め方を知ってるはず」
そう能義は、ギフトカードを"怪物"に変えた、その力を宿している張本人にも関わらず、本人があのように凶暴化しているところを見たことはない
「ああ、その通りだ春日部、匂いで能義の居場所は掴めるか?」
「わからないけどやってみる」
「うむ、頼むぞ、あやつの能力がどういったものなのか不明な以上、"アレ"に対抗できるのは能義しかおらん」
「…見つけた、彼処」
そう言い、耀が指差したところは…最初の一撃により崩壊した地面から掘り起こされた、巨石の下だった…
四メートルはあろうかという巨石は普通の人間と同程度の耐久力しか持っていない、能義が潰されたのなら生存はまず、不可能だ
そう、地面が通常の状態なら、しかし最初の一撃で崩壊した地面は既に地面としての役割を果たしておらず、天然のクッションと化していた
「あの石の下で生きてはいるけど、出られないでいるそんな感じかしら?」
「そうみたい」
「何にしても、どうにかしてあの石を退かさないと駄目ね、十六夜くん退かせるかしら?」
「あの程度の石ならどうって事はないだろうが、その間"アイツ"が大人しく待ってくれているとは限らねえ」
今は無差別に暴れまわっているだけのように見える、
"アレ"だが、それは果たして十六夜が近くに来ても同じなのだろうか?
もしかしたら大丈夫かもしれないが、最初にアレに触れようと近付いた飛鳥に対し攻撃を行ったところから見るに、その飛鳥を助けた十六夜を、敵として認識していても可笑しくはなかった
そして、捕まれば当然アウトだ、白夜叉の推測が当たっているのであれば反撃をする事もアウトだろう
"アレ"から注意を引き付けるには、"アレ"が絶対に捕まえられないほど素早く、尚且つ距離を開け過ぎずに逃げなければならない、そしてそんな事が可能なのは…
「儂がやるしかあるまい」
白夜叉は理解していた、あの"才能"の危険性を、そしてもし自分があの力に呑まれようものならそれこそ多くの者に被害が出るという事を、しかしそれでも彼女は選んだのだ、フロアマスターとしてではなく一人の友人として未知の驚異から新生"ノーネーム"を守る道を…
「いーえ、黒ウサギが囮になるのですよ、白夜叉様にもしもの事があったら、それこそ勝ち目が無くなります」
しかし、その行為は当然、フロアマスターとしては褒められたものではない、そして何よりも、もし白夜叉があの"才能"に呑まれようものなら、人類はあの"怪物"の相手だけではなく、"最強"のフロアマスターを相手取らないと、いけなくなる
それだけは何としても避けなくてはならなかった
「という事で、黒ウサギが時間を稼ぎますので、その間に十六夜さんは能義さんの救出を、飛鳥さんと耀さんは、もしもの時のためにジン坊っちゃんを守っていて下さい」
「ああ、しくじるなよ黒ウサギ」
「分かったわ…無理はしないでね、黒ウサギ」
「こっちは大丈夫だから気にせずに戦って」
黒ウサギの出した指示は、同時に今この状況では無力な飛鳥と耀を安全なジンのいる場所まで逃がす事にも繋がっていた
そして、飛鳥はどうやらそれに気付いているようだった
「黒ウサギはあの問題児様を止めて参りますので」
黒ウサギは自ら、"未知の怪物の相手"という大火の中へと飛び込んでいった…
「UAAAaaaaa…」
怪物は疲れ果てていた…
一瞬でも気を抜こうものなら即座に崩壊してしまうであろう、実体が無いに等しい己の体に対しての疲労感
そして、それ以上に大切な何かが足りないという欠如感に襲われていた、それは力などという単純なものではなくもっと大切なそれがいるだけで不思議とどんな苦しみにも耐えれた、そんな存在
そう誰かもう一人居たような気がする、目を離せない程弱く、嫌気がさすほど臆病で、そして自分の力を優しく受け入れてくれた、そんな存在が
しかし、その姿が見えない、あの声が聞こえない
"怪物"は餓えていた…
弱さに、騒がしさに、そして優しさに
もう、此処を出ていって他の所でアイツを探そう、そう考えた時、目の前に奇妙な格好をした女が落ちてきた
「そこまでです!黒ウサギとゲームをしませんか?」
ゲーム…?何故だか不思議と心が温かくなる、そうだ、自分はついさっきまで居なくなってしまったソイツと一緒にゲームをしていた…
「こう見えて、黒ウサギは足の速さには絶対の自信があるのですよ、貴方が黒ウサギを捕まえれたら貴方の勝ち、私が貴方から逃げ延びる事が出来たならば貴方には在るべきところに戻っていただきます」
在るべきところ…?それはいったいどこだ、何にしても足の速さに絶対の自信があると豪語するコイツの体を乗っ取れば、探しているアイツにも会えるかも知れない、ならやる事は決まっている
怪物は黒ウサギの前に片手を突きだすと指を一本ずつ倒していく、大体一秒間隔ずつ折られていく、その指は"怪物"が黒ウサギを仕留めに掛かるまでの猶予時間を示していた
そして、その猶予時間の中、黒ウサギは予想外の事態に焦りを感じていた
一つはこの怪物が、理性の無い、ただ暴走をするだけの存在では無かった事について…
知性を持った怪物と戦うという事と、ただ暴れまわる怪物を相手に時間稼ぎをするのでは作戦難易度が大きく異なる
知性を持った"怪物"と戦う際には行動に対して常に慎重な選択を迫られる事になるのだ
それは、ギリギリ捕まらない程度の距離で逃げ続ける事を余儀なくされている黒ウサギにとっては最悪の事態と言っても良いだろう
だが、それ以上に黒ウサギに焦りを感じさせた事があるそれは…黒ウサギが時間稼ぎをしている間に十六夜から助け出された能義が目を覚まさない事だった…
黒ウサギはその異常事態に、その優れた聴覚を持って気付いてしまったのだ
「くっ…どうなってやがる、目を覚ましやがれ能義!」
十六夜は苛立った口調で能義の体を何度も揺するが能義の目が覚める気配は無い
もしかしたら、巨石に押し潰されたときに頭を強く打ったのかもしれない
「うーん…あと五分…」
訂正どうやら、ただ気絶しているだけのようだ
しかし、その寝顔がとても幸せそうなのはきっと、この世界に来て初めて勝利することが出来たからであろうが…
一刻を争う状況の十六夜にとってはその寝顔は逆効果でしかない
「オーケー、能義、オマエがそういうつもりだってならこっちにだって考えってものがある」
十六夜の握る拳に自然と力が入る、この緊急事態時に呑気に寝ている能義にその怒りの矛先を向けた
十六夜から何やら不穏な感じの気配を感じた能義は慌てて飛び起きた
「な、何かな…?い、十六夜くん…」
「起きたか、起きるのがあと一秒遅ければこいつをその顔に叩きつけてやろうと思ったんだがな」
そういうと十六夜は態とらしく、その固く握りしめた拳を背中の方へと隠した
「全く、惜しいことをしたぜ」
そう言った十六夜の目は決して笑っていなかった…
そして能義は誓った、十六夜も怒らせないようにしようと
「所でどうして僕を起こしたの?」
「どうしたもこうしたもねえよ、アレ見てみろよ」
「アレ…?」
十六夜が親指を突き立てた方向を見てみるとそこには物凄いスピードで攻防を繰り返している黒ウサギと形を目まぐるしく変形させながら、黒ウサギを捕らえようとしている赤黒い霧状の何かがいた
「えっと…何アレ?」
「オマエの"ギフトカード"だ」
「…そう僕のギフトカード…ええっ!?」
「止めようにも狂化付与の"才能"があるらしく俺達じゃ手が出せない厄介な相手だ、あの"才能"の所有者である能義ならアレを止められると思って起こしたんだ、今その為に黒ウサギが命懸けでアレから時間稼ぎをしてくれているところだ」
「…そうだったんだ、ごめんね迷惑をかけて」
能義は事の発祥は自分にある事を知り、また皆に迷惑をかけてしまった事を理解した
「でも、もう大丈夫…!僕が止めるから、十六夜皆に離れてるように伝えて貰える?」
そして、今も尚、猛威を振るい続け、徐々に黒ウサギの速さにも適応しつつある"怪物"の方へと足を踏み出した
「GAAAAAAaaaaaa!!!!」
"怪物"は徐々に進化をしていた、最初こそ永遠に黒ウサギを捕らえる事はないだろうというほど黒ウサギと怪物の間には速度に差があった…
しかし、黒ウサギと追いかけっこを繰り返しているうちに徐々にその霧状の体を使いこなし始め、腕だけを網状に変え黒ウサギを捕らえようとしたり、時に体を霧そのものに変えて黒ウサギが逃げようとする進路を塞いだりするその怪物は徐々に黒ウサギの速度にすら適応しつつあった
「こちらからは手を出せませんし、挙げ句の果て学習する"才能"だなんてチート過ぎます!能義さんはいったいどんな"才能"を所持してるんですかー!」
黒ウサギの泣き言のような悲痛の叫びも、目の前の怪物は当然、何も応えてくれないだが、その問いかけに応える者がいた
「それは僕の"才能"じゃないよ、僕の友達の"才能"の一部さ」
「…!」
そして、怪物は無防備に近付いてくる、その者を見つけた時動きを止めた
「随分と派手に暴れたみたいだね、もう大丈夫だから戻っておいで」
能義がそういうと先程まで、暴れまわっていた"怪物"は何処かへと姿を消し、そこには血の色をしたギフトカードが一枚横たわっているだけだった…
柳能義、所有 "才能"
《奇跡の入れ物》 《絶対者の理解者》
《臆病者》
この"ギフトカード"を憑代に出来るんだ
《中の奴》
どうやら、その様だが、それでは精々力の一部を送り込むのが限界のようだ