たまには、憂さ晴らしでもしないとね。

1 / 1
落ちこぼれ

 

 ろくにスペースのないちんけなバルコニーに出て、僕は煙草に火をつける。以前自室で火をつけた際は、火災報知機が作動してえらい目に遭った。

 

 たっぷりと肺に煙を入れ、鼻から大きく吐き出す。この行為を何度繰り返したか、もはや覚えていない。

 ガキの頃は、『煙草なんて絶対吸わない』と息巻いていたくせに、今ではこの有様だ。一日に吸う量が、十本にも満たないのはまだ救いがあるだろうか。

 

 明日は二日前に採用されたバイトの初日だ。今度は長く続くだろうか。

 通算十七回もバイトをばっくれた僕にとって、新しいバイトの初勤務の前日には、いつもそんなことを考えていた。

 

 ――――ばっくれたのは、他の社員やバイト、パート連中が僕に暴言を吐いたからだ。『やる気あんの?』とか、『そんなんじゃ社会でやってけない』とか言いやがったからだ。パワハラをされたからばっくれてやったんだ。僕は悪くない。

 そんな自己弁護の言葉を頭に浮かべながら、煙草を携帯灰皿に入れてもみ消した。

 

 

 

 

 どうしてこうなってしまったのだろうか。どうして僕は、ここまで落ちこぼれてしまったのだろうか。

 

 小学生の頃は、図鑑を読んで覚えた虫や魚、植物の知識をひけらかし、周囲からは『博士』なんて呼ばれていた。

 大学に入学した時も、大学院を出て、いずれは博士課程にも進もうと思っていた。しかし、現実は非情だ。卒論が全然進まないせいで、ゼミの教授からはプレッシャーをかけられ、嫌味を言われ、ついには『やる気あるの?』――――ばっくれたバイト先の連中が、馬鹿の一つ覚えのように使っていた言葉――――と言われ、うつになった。

 

 それでも何とか完成させ、卒業までこぎつけることは出来たが、当然ながら卒論の評価はぎりぎり単位が取れるラインであった。

 これでは修士論文なんて書けやしないし、ましてや博士なんて夢物語でしかないと悟った。当然ながら、就職活動もまるっきりしなかったので、卒業後の僕は『学生』から『無職』となった。

 

 『博士』と呼ばれた僕は、今やただのフリーターだ。いや、何度もばっくれているのでは、そう呼べるかも怪しい。

 辛うじて一人暮らしをしてはいるが、それでも金は親からの仕送りに頼る日々。これでは、すねかじりと何ら変わらない。

 

 

 

 ――――ああ、死にてえ。

 近頃僕は、そんなことをぼやくことが多くなった。

 

 趣味と呼べるものはまるでなく、女とヤったこともなく、仕事もろくに出来ない僕に、生きる意味などあるだろうか。

 昔見たドラマでは、俳優が『生きるだけで尊い』なんてほざいていたが、そんなものはまやかしだ。戯言だ。虚言だ。

 

 引きこもって、『一生働かない』と言っている人間にもそんなことが言えるのか。

 『生きてるだけで尊いんだから、一生働かなくてもいいよ』とでも抜かして、莫大な金額の書かれた小切手でも渡すつもりか。

 

 何をやってもうまくいかず、加えて罵倒ばかりされている、人生に絶望した人間にもそんなことが言えるのか。

 『死んだら駄目』、『頑張れ』、『やるしかない』。どうせそんな抽象的なことしか言えないだろう。

 具体案もなしに頑張れるわけがねえ。頑張る気力もないから困っているんだろうが。

 

 そんなことを言われるくらいなら、『死んじまえ、この害虫が』とでも言われたほうがはるかにいい。躊躇うことなく、死ぬ道を歩めるのだから。

 

 

 

 

 ――――死神でも来て、僕の首をその大鎌で刈り取ってくれないかな。

 煎餅布団に横になり、毛布を首までかけた僕は、馬鹿馬鹿しい妄想にふけっていた。死にたいと思いながらも、自殺する度胸のない根性なしが僕だった。おまけに死ぬにしても苦しまずに逝きたいと考えている、贅沢な奴だった。

 

 大学時代にうつになって以降、今も月に一回のペースで足を運ぶ心療内科で処方してもらった睡眠薬と精神安定剤を、布団に入る前に飲んだ。

 バイトが出来るだろうかという不安と、早めに寝なければいけないという焦りからだった。

 

 心臓を鷲掴みにされるような不安はまだ抜けていないが、眠気の方は順調にやってきた。これなら十分もしないうちに寝付けるだろう。

 

 それでも僕は、それに安寧など感じない。バイトが上手くいくようにとも願わない。

 このまま土に還れないかな、という願望だけだ。

 

 

 

 

 ――――ああ、死にてえ。

 叶うことのない願望を、意識が眠気で遠のくまで僕はずっとしていた。

 

 

 


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(必須:50文字~500文字)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。