特異点で起こったことは忘れ去られてしまうだとか。
特異点で起きたことはなかったことになってしまうだとか。
それが真実かどうかはさておき、カルデアにはきちんと記録が残っている。

けれど、歴史の中でもなければ、誰も知らない出会いというのがあったならば、誰が感知するというのだろう。

いや、誰がその存在を証明できるというのだろう。

今回はそんなところから。

今回はオリキャラとか既存キャラのイスカンダルとか出てくるので、個人的には挑戦です。
不手際は多いと思うのですが、覚悟の上でお願いします。

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オリキャラ(オリキャラ?)出てきますので、ご承知ください。
独自解釈も入りますので、設定上の相違点とかございましたら教えていただけると嬉しいです。
宜しくお願い致します。


第1話

 偶発的――それは回避しえない運命だった。

 因果的――それは意思に逆らう反乱だった。

 刹那的――それは永劫にも及ぶ時間だった。

 知覚した者など僅か。忘却を防ぐことができたのは当事者のみ。

 今となってはそれは、儚く、朧げな世界の残滓に過ぎない。

 うたかたの夢と比較してもなお。

 

 誰もが忘れ、痕跡を抹消されたならば、あらゆるものはその存在を否定されたに等しい。

 しかし、それは無かったということには決してならない。

 価値を判断するのはそれを認識できる者のみ。それ故に、時に物事は存在を否定される。誰もが知らぬもの、見えぬものに価値を置くことなど不可能だ。

 だが、それは物事の存在を、忘却を、消失を消し去ることと同義ではない。一切の瑕なき完全なる焼失を以てさえ、存在したという時を、意思を、誕生したという運命を、無かったことになどできないのだ。

 だからこそ、かの英雄たちは大陸を駆けた。

 己が敗北により無実の罪を着せられようとも、後世の者たちにより歴史が改竄されようとも、英雄たちは拳を振り上げ、足を踏み出し、明日を見て叫んだ。

 ただ、どこかの誰かに、もしかしたら自分自身かもしれない誰かに、己の存在価値を示さんが為に。

 彼らの隠された苦労など、忘れ去られた栄光など、後進の者からすれば無に等しいとどこかの誰かは言うかもしれない。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 

 等しいこと。

 同義であること。

 この二つを一緒くたにすることはできない、ということさえ理解してくれるのならば。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 その人物が意識を覚醒させたのは、とある荒野だった。

 文明の色など欠片もない荒野に現れたその人物は、困惑と共に倒れていた体を起こした。

 その人物は、男と見えた。筋肉は引き締まり、目つきは何物も逃がさぬように鋭く、醸し出される風格は武者や王者のそれだ。

 ただその反面、男の容貌は美しかった。女と見まごう整った目鼻立ち、きめ細やかな肌、髪はなにやら布が巻かれて見えなかったが、わずかに垂れる髪の束はキラキラと陽光を反射している。

 その男は美青年だった。しかし、異様なまでの美しさと、漂う王者の覇気というものが、その男の神秘性を際立たせ、男であるという確信を鈍らせる。

 だが、その青年の視界には誰も映っていない。彼の容姿に息を呑む者はいない。だからこそ彼はその心の赴くままに疑問を口にした。

「おや、私の召喚者はいないのか?」

 そのつぶやきは荒野に虚しく消え去っていくかと思われたが、青年の思いとは反して後方から答えが返ってきた。

「ふむ、召喚者というわけではないのだが、そなたの召喚に関わったのはおそらく、余であろうな」

 その言葉に青年はゆっくりと振り返った。

 その視線の先にいたのは、偉丈夫だった。

 目の前にしただけでわかる王者の風格漂う男である。その身の筋骨は隆々とし、不敵に笑うその顔は余裕と自信に満ち溢れ、纏う衣装は獅子の皮のような赤いマントなど絢爛豪華。荒野の只中にあっても腕を組んで泰然と立つその姿は見るだけで人を引き付けるカリスマというものを感じさせる。

 青年はその偉丈夫の姿をじっくりと観察し、一つ頷くとゆっくりと立ち上がった。状況を理解するための判断材料はわずかだが、目の前の男には、良くも悪くも、向き合わねばならないものを感じたようだった。

 向かい合う青年と偉丈夫。麗しき貴人と勇猛なる野獣。そのようにも見える構図ではあったが、青年から発せられた言葉には思いのほか敬意が籠っていた。

「お初にお目にかかる、勇猛なる王者よ。矮小なる身なれども、御身の気高さは確かなものとお見受けする。我が名は――」

「ああ、よいよい。そう固いことを申すな。畏まらずともよい。余は貴様と語らうことを望みこそすれ、不敬と断じて切り捨てるつもりなどない」

 面倒この上ないといった様子で、偉丈夫は手を振る。青年の言葉を遮り、その畏まった態度を必要ないと言う偉丈夫ではあったが、決して青年の言葉を否定しようという気は見えなかった。

 その様子に、僅かばかり呆れの表情を見せた青年は、表情以上に呆れを込めて言葉を発した。

「なるほど、私に一体何が足りなかったかと考えたこともありましたが、そうした鷹揚さというものだったのでしょうな」

「なあに。余の知るところによれば、後の世の者は、余よりもそなたのほうが指導者として優れていると申しておる。貴様の最期はまぁ、時の運というものであろう」

「時の運ですか。ままならないものでございます。時に我が命運を断ち、時に征服王との謁見をお許しいただけるのですから」

「……ほう」

 青年の言葉に、征服王と呼ばれた偉丈夫は面白そうに片眉を上げた。その瞳には獅子のような鋭さが宿り、偉丈夫を征服王と称した青年の挙手をつぶさに観察している。

 その視線は暫し青年のつま先から頭の天辺まで往復した後、青年に先を促すように輝いた。それを見て取った青年は恭しく言葉を紡ぐ。

「それだけの覇気を持つ御仁、そうは思い浮かびませぬ。それにここはどことなく見覚えのある風景でございます。私に縁のある土地にいらっしゃったということは、私と全く関係のない方でもありますまい。あとはまぁ、それなりに培った経験による勘というものでございます」

 その青年の言葉に偉丈夫――征服王イスカンダルは、ニヤリと笑った。

 畏まって佇む青年を見てふむふむと満足げに頷き、喜色を込めた声で青年の言葉に返した。

「よくぞ見破った。その慧眼、実に天晴れである。褒美を取らせたいところだが……それも無粋というものか」

「いえ、我が身、我が生は貴方様の踏破した道をなぞらえたもの。褒美など恐れ多いと存じます」

「その卑屈さはあまり好かんぞ、ローマの一時代を築きし者よ。貴様も王を名乗りし者ならばもっと胸を張らんか」

 先程までの喜色はどこへやら。不満げな顔で青年の卑屈さを指摘する様は、青年の態度にかなりの不快感を覚えたと見えた。

 青年はひどく委縮している。

「往年の貴様は、それは良き王であったろうに。今や見る影もない。やはり、あの最期か」

 イスカンダルの言葉に青年が苦々しく笑みを浮かべる。それは青臭い青春を語るような、癒えない傷を擦るような、そういう笑みだった。

「後世の者にあれだけの評価をされることは有難くもあるのですが、私の実態を見ればその評価も覆りましょう。むしろ、あんな情けない最期を知りながら、よくもまぁ、あそこまで――」

「そこまでだ、この愚か者」

 冷え冷えとした声が青年の言葉を遮った。

 イスカンダルは静かな瞳で青年を見ていた。ともすれば穏やかとも思えたがしかし、そこには明確な怒りが、燃え滾るマグマのような憤怒が垣間見えた。

「これ以上貴様の言葉を聞くなど耐え難いわい。最初は酒でも酌み交わし、話でも出来ればそれで良かろうとも思っておったが……気が変わった」

 イスカンダルは刺々しい言葉を青年へと向け、腰に差していた剣を抜く。その表情には明確な敵意が見え、青年は思わず身構えた。

 その身から溢れ出す魔力は強大。遺していった足跡は史上においても稀。人の臨界まで鍛えられた肉体は見るものを圧倒する。しかし、何よりもその精神が、そのありようこそが、かの者の最も強力な武器と言えよう。

 征服王イスカンダル。アレクサンドロス三世とも呼ばれるこの英雄は、人類史上でも三指に入る征服を成し遂げた男であり、多くの英雄を従えた誇り高き王だった。

「武器を取れ、愚か者。これ以上余の怒りを買いたくなければ、せめてその武勇を見せてみよ」

 青年は反論しようとした。

 青年にとってイスカンダルとは憧れの対象であり、敬うべき先達であり、敵対するような人物ではなかった。そのイスカンダルに剣を向けるなど考えられないと青年は思った。

 しかし、瞬間的に距離を詰められ、眼前に剣先が見え、それが自分に振り下ろされると感じた瞬間、青年の体は無意識の内に剣を抜いていた。

 

 甲高い、金属音が鳴り響く。

 

 イスカンダルの初撃を、青年の抜いた剣が弾き返していた。その手に握られていたのは、眩いばかりの黄金の剣。青年の美貌にふさわしいその剣は、青年の武技を発揮するに十分な代物だった。

 続いて三合、剣戟が繰り広げられる。

 イスカンダルの剛腕によって振るわれる剣撃に対し、青年は見事に捌いた。一撃は力を受け流し、一撃は華麗に受け止め、一撃は正面から剣先をぶつけ合った。

 見事三合捌いた青年は距離を取るために後退する。

 イスカンダルはそれを直ぐには追わなかった。満足げな、不敵な笑顔で青年を見ている。

 突然の襲撃に動揺していたと見える青年だったが、イスカンダルの剣戟では息も乱れていないようだった。困惑した表情を浮かべていても、警戒を解こうとはしていない。

「大王、何を……」

「ふむ。やっと良い表情になってきたではないか。では次に参ろう」

 青年の困惑など知ったことではないと言うように、イスカンダルから魔力が溢れ出す。明らかな何かに対する準備、剣戟からまた一つ先をいくつもりと見えた。

「はあ」

 それを見て取った青年は仕方ないとばかりにため息をつく。偉大なる大王に対する不敬とも取れる行いだったが、それを気にする余裕も無いようだった。

 何故なら、彼にも迎撃のための準備というものは必要だったからだ。

神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)!」

 イスカンダルが勇ましく剣を振り抜き、かの宝具が解放された。

 現れたのは、二頭の牛に牽かれるチャリオット。イスカンダルのような偉丈夫を載せても少しも軋まぬ戦車である。その戦車を引く牛が一歩踏みしめる度に稲妻が走る。

 神牛たる二頭にイスカンダルが鞭を振り、チャリオットは動き出した。しかし、その速度たるや。声を上げる間もなく、動き始め、次の瞬間には青年の元へ迫っていた。

 その動きを目で追っていた青年は、眼前に迫る脅威に対し、わずかに笑った。

 青年にもそれに対抗する手というものがあったから。

 青年の誇りは、ひとえにその名にあった。偉大なるローマ帝国の長い長い歴史において、馬を駆り地を駆ける者はいた。遥か遠く海へと旅立った者はいた。様々な国を制した者もいた。

 そうした勇者は数あれど、しかし。

 ローマ帝国という歴史を駆けた者は唯一人だけだからだ。

皇帝のものは皇帝に(シーザーズ・プリンキパトゥス)

 膨大な魔力と、静かな真名開放と共に、彼の宝具が解放される。

 佇む青年から揺蕩うように白い霧状の魔力が漏れる。それは徐々に形を成してゆき、迫るチャリオットに向かい合う。

 残り数瞬の距離までチャリオットが迫った時、その霧が象ったのは神獣などではなく、二つの人の形だった。

 その人型たちは真っ直ぐに神牛に向かい合い、その角に手を伸ばし、神牛と比較してしまえばあまりに小さなその手で正面から迎え撃った。

 衝撃の音と余波が、周囲に響き渡る。

 しかし、弾き飛ばされると思えた人型たちは、わずかに後退こそすれ、見事に神牛の勢いを受け止めていた。神牛も残り一歩を踏み出そうとしているものの、人型たちがその進行を完全に抑え切っている。

 それに目を見開いたのは、イスカンダルだった。

「なに、受け止めただと!?」

 イスカンダルの思わず漏れてしまったというような驚愕の声。それを聞いた青年は思わずといった様子で笑みを深める。

 それに気づいた青年は慌ててそれを引っ込めたのだが、それを見たイスカンダルに、実に愉快そうに指摘される。

「おい、どうした。先程はあれほど卑屈にしていたというに、余の一撃を止めたら、素直なものではないか」

「……ええ、まぁ」

「ふむ。ああ、よいよい。しかし、英霊でもないものに神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)が止められるとはな」

「この二人は少々無茶の利くものですので。とある暴君と、その叔父なのですが」

 イスカンダルに言われて頭を下げるのを止めた青年は照れ気味に自分の宝具について話す。

 青年の体から生み出された白い霧状のそれは、二つの人の姿を象っていた。片方は女性と見え、女性的なスタイルの良いシルエットのそれで、神牛の角を掴んで踏ん張っていた。もう一つの姿は男性と見え、同様に神牛の角を掴んでその進行を止めている。

 征服王イスカンダルの使役する神獣の突進を止めるだけの力。間違いなく並みの者では不可能だ。それを承知するイスカンダルはさも面白そうに笑っている。

「歴代皇帝を限定的に召喚する宝具か。実に貴様に相応しい宝具ではないか。のう、ジュリアス・シーザー(・・・・・ ・・・・)

「カエサルの名のほうが私としては聞き覚えのあるものですが……英霊となると知識が混在していけませんね。別読みでも違和感がないのは妙な感じです」

 そう言って青年――ジュリアス・シーザーは苦笑を浮かべた。

 その名そのものが皇帝を意味する、皇帝でなき皇帝その人である。

 彼の死後、その名が皇帝を指し、カエサルという名は長きローマ帝国の歴史においてなくてはならないものとなり、その歴史に欠かせぬものとなった。

 征服王イスカンダルにも並ぶとも劣らない、破格の英霊の一体である。

 カルデアにおいてはセイバーとして召喚された彼であったが、イスカンダルに呼ばれた故か、はたまた別の要因か、ライダーのクラスを与えられて召喚されている。

「ふん。そうでなければな。卑屈な貴様など見ていて少しも面白くない。後の世にあれだけの名声を得ているのだ。傲岸不遜で然るべきであろう」

「いや、あんな裏切り方をされてますし……ハゲですし」

「卑屈だのう。まぁ、よい。今の武勇を以てそれは不問と致す。しかし、白兵においても騎乗においても、勝敗が決まらぬというのは収まりが悪い。であるならば――」

「元より、それが望みでございましょう? 万の軍勢を統べる大王よ」

 呆れた調子で呟くシーザーの言葉に、イスカンダルはますます愉快そうに口角を上げる。

「察しが良いではないか。しかし、貴様に兵がいないか。果たしてどうしたものか」

「御心配には及びませぬ。我が剣は宝具として機能してくれないようですが、もう一つ別のものがございます。そちらならばお相手することも可能でしょう」

「おお! それは重畳。であるならば、一度これは下げねばならんな」

 そう言うが早いか、イスカンダルは剣を振り、神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)を消した。それに合わせてシーザーも宝具を収め、イスカンダルと向かい合う。

「ふむ。良い面構えだ」

 シーザーの顔を見て、イスカンダルがそう称した。シーザーはそれに対し、わずかばかりの間気まずげな表情をして、すぐさまそれを引き締めた。

 向かい合う大王が殺気を強めることを察したからだ。

「ならばこそ、全力で相手をしてもらおう!」

 そう言って、イスカンダルは高々と剣を持ち上げ、天を衝くかの如く掲げ、自らの忠実なる家臣たちを呼ぶ。

「肉体は滅び、その魂は英霊として『世界』に召し上げられて、それでもなお余に忠義する伝説の勇者たち。時空を超えて我が召還に応じる永遠の盟友たち。彼らとの絆こそ我が至宝! 我が王道! イスカンダルたる余が誇る最強宝具─―王の軍勢(アイロニオン・ヘタイロイ)!」

 その声と共に、世界が塗り替えられる。

 膨大な魔力は一帯に広がり、征服王の保有する世界へと変貌してゆく。

 現れたのは、晴れ渡る蒼穹、熱風吹き抜ける広大な荒野、そして見渡す限りの大砂漠。先ほどまでの荒野とはまた異なる、イスカンダルの持つ固有結界の大地である。障害となるものが何もない地形は、引きずり込まれた敵を明らかにし、正々堂々征服王と向かい合わなければならない。

 いや、征服王たち、とである。

 今、イスカンダルの後ろには、数えきれないほどの彼の軍勢が息巻いていた。生前率いた近衛兵団が、その忠誠心で以て召喚され、往年の武具はなくとも、その忠義と武勇は健在だ。集まった数万の勇士たちは眼前に佇むシーザーその人を、号令と共に蹂躙せんとばかりに構えている。

 それを見て、シーザーは少しも動揺していなかった。

 カリスマ性で以て数万の軍勢を召喚せしめるその器の大きさに驚嘆しながらも、負けるなど露とも思っていないことが、ひしひしと伝わってくる。それを見て取ったのか、イスカンダルがシーザーに声をかけた。

「余裕そうだな。ほれ、貴様の宝具を見してみよ。貴様の武勇を見たいがためにこうして呼びつけたのだからなぁ!」

 その言葉にシーザーは小さくため息をついた。あなたが原因だったんですか、などとこぼしつつ、ゆっくりと目を細める。

 卑屈な男のそれではない、王者の器に相応しき眼光を宿して、イスカンダルをはっきりと睨む。目の前にいるのは敵であると、打ち倒すべき存在であると認識し、シーザーは静かに口を開く。

「我が才知、語るに能わず。我が威光、見るに能わず。我が名声、聞くに能わず。我が功績、解るに能わず。我が偉業、理解するものなどこの世になし。なればこそ今こそ象れ我が軌跡! 三種の偉業の一つを今ここに招来せしめん! 出でよ! 軍歌よ、大地に響き渡れ(ロマヌス・アウクシリア)!」

 すると、塗り替えられた世界に吹き荒れていた風が止んだ。

 その変化に、イスカンダルの軍勢が騒めく。それは決して気まぐれな風に動揺したのではなく、次に来るであろう何かに、備えてのものだった。

 勇士たちの気構えは正しく、しかし的外れだった。

 何故ならば、彼らの気構えは襲い来る襲撃に備えてのものであり、眼前に現れるものに対する予期などなかったからである。

 轟音と共に、シーザーの姿が掻き消える。大砂漠の底からシーザーを突き上げるように現れたのは、荘厳なる城だった。高き壁に囲まれ、各所に兵が配置され、巨大な門を構えた、正当かつ巨大な城だった。現れた城はシーザーの意思を反映するかの如く。イスカンダル率いる軍勢に対して、城全体が敵意を向けている。

 かの軍勢に動揺が走る。襲撃に備えこそすれ、城の建造など想定外だったからだ。しかし、軍勢の中でも歴史に名を遺すほどの英雄たち、ましてそれを率いる勇猛なる大王に、気後れなど欠片もなかった。

「はっはっは! 何をするかと思えば、築城だと? 馬鹿馬鹿しい! だが、愉快極まるな、シーザー!」

 その声に、城の最上部にいた皇帝が呑気に返事をする。

「我が宝具『軍歌よ、大地に響き渡れ(ロマヌス・アウクシリア)』でございます、大王。これはいくつか種類があるのですが、今回の大王に一番相応しいものはこれかと思い、使わせていただいた次第でございます」

「相応しいか、なるほど。而して、原初なる皇帝よ。征服王たる余に対し、城というのは、些か不利に過ぎるのではないか?」

 この宝具では負けるわけがないと、イスカンダルは言外に指し示す。しかし、シーザーはそれに対して、悠々と自信を持って返した。

「いえいえ、大王。確かに私は生前において失敗しました。統べるものとして至らぬところはあったと自覚していましょう。しかしながら、こと軍政においては少々の自信があるのです」

 そう、先程までの卑屈な態度はどこぞへと消え失せたのか、挑発的な笑みを以て原初の皇帝は、イスカンダルへと向かい合う。

「さて、征服王。見事この城を打ち破り、この首を落としてご覧くださいませ」

 城の最上部から見下ろす形で零されるその挑発に、イスカンダルは不敵な笑みで答えた。

「良かろう! どこぞの王を思い起こさせるその慢心! この場で直々に叩き折ってくれよう!」

 その咆哮のような声が開戦の幕開けとなった。

 イスカンダルを筆頭とした万の軍勢が大砂漠を駆け抜ける。向かう先は目の先にある、荘厳なる城である。砂埃を巻き上げて向かってくる軍勢に対し、シーザーを頂点とする城壁が真っ向から迎え撃つ。

 原初の皇帝。

 マケドニアを統べた大王。

 その二人が時代を超えてぶつかり合う、そんな奇跡のような瞬間の始まりだった。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「いやぁ、あのタイミングで妙な召喚さえなければ、私の勝ちだったんですけどねぇ」

「何を抜かすか。余の軍勢が貴様の城にがっぷりと食らいついておったろうに」

「おや、城に入るまでにどれだけの数が減らされていたことでしょう。あそこから私の元に辿り着ける数なんてたかが知れていると思いますが?」

「ふん、余の軍勢ならば一人でも玉座に辿り着けば、しかと首級を上げて見せるであろう」

「やって見せてください……と言いたいところですが、腕がこんな有様では、それも難しいという話ですかね」

 苦笑しつつ、シーザーは自分の肩に視線を落とす。そこには本来あるべき腕がなく、じわじわと魔力が漏れているようだった。その様子をイスカンダルは痛ましげに見て、やり場のない感情を消化するように頭を掻く。

「半ば予想できたことではあったのだが、実に惜しいタイミングであったな。やっと盛り上がってきたところだったというに」

「過ぎたことはもういいんです。ですが、結局のところ、私の召喚は何だったのでしょう? 英霊として召喚はされて知識を与えられてはいても、マスターはいないというのはよく分からないのですが」

 シーザーの質問に対し、しばし首を捻るイスカンダルだったが、やがて明朗に答え始めた。

「英霊は聖杯によって召喚されるというのは知っているな?」

「ええ、今回の聖杯を巡る戦争は通常のものとは異なるというのは存じております」

「その通りだ。特異点というものを作り出し、人類史、人理を歪めんとするのが此度の聖杯よ。しかし、この歪みはな、時を跨ぐ歪みが故に、前後の時代に影響を与える。良くも悪くもな。そうして我らは聖杯が落とされる前に(・・・・・・・・・・)召喚されてしまったという次第よ」

「聖杯が落とされる前に……だから大王はマスターもなく、大王に呼ばれた私もマスターがいなかったということですか」

「うむ。だが、聖杯が落とされる前に召喚されたが故に、聖杯に呼ばれてしまえば、どういった形であれ、そちらに召喚されねばならん。だから貴様は腕と共に黄金の剣を失い、」

「大王は愛馬を持っていかれたわけですか。あちらの私たちはずいぶんと霊基不足に悩みそうですね」

 シーザーが分捕った言葉に、イスカンダルはやや眉を顰める。しかし、気にすることもないと思ったのか、大仰に肩をすくめて見せた。

「何、聖杯から魔力を貰ってそれなりに過ごしていよう。まぁ、いくらか制限はあるかもしれんがな」

「私のほうは中途半端に明るくなるかもしれません。裏切りで死んだショックなど忘れてしまっているかもしれないですね」

「そのほうがよほど貴様の為であろう! まぁ、ライダーでない貴様というのも少々歯ごたえがないかもしれんがな」

「私も大王は大王のままでいていただけませんと腰を抜かしてしまうやもしれません」

「ふん、言っておれ」

 そう言うとイスカンダルは立ち上がった。その様をシーザーはただ茫然と見つめる。イスカンダルもシーザーを見下ろし、その悲惨な姿をしばし見つめ、その後に豪快に笑って見せた。

「では、さらばだ、原初なる皇帝よ。また逢いまみえる時を楽しみにしておる」

 イスカンダルの変わらぬその姿に、シーザーもまた苦笑を以て応えた。

「マケドニアを統べた偉大なる大王。お会いできたこと、恐悦至極にございました。次はこんな暇つぶしの形ではなく、正々堂々打ち合ってみたいものです」

「最後まで厭な男だな、貴様は」

 やっとのこと征服王の苦笑を引き出したシーザーは逆に晴れ晴れしく笑った。

「申し訳ありません」

 そう言うと、今まで英霊を形作っていた魔力が崩れ、英霊の姿は荒野へと消え去っていった。

 魔力が消え去る際に生まれた小さな粒子をかの征服王は静かに見送る。

「さらば、ジュリアス・シーザー。次はもう少しマシな面構えをしてることを願っておるぞ」

 そんな言葉を零し、しばしば荒野を見つめていた征服王もいつの間にか荒野の砂塵へと消え去っていった。

 この二騎の英霊が現れたことは、ほとんどの人間が気づいていなかった。誰も立ち寄らぬ荒野の真っただ中でぶつかったその存在を認識できたのは荒野に住むわずかな動植物と、そこから近いところに居を構えていた極々少数の人間のみである。ましてその正体を知るものなど当事者以外には存在しなかった。

 やがてそこも人理修復の波に寄せられ、激突の痕跡など皆無となるであろう。

 しかし。

 いや、だからこそ。

 この二騎の激突は確かにそこにあったのだ。

 今や、誰一人として知るところではなかったけれど。

 確かに、激突し、鎬を削り、吠え声をあげ、勝つために死力を尽くしたのだ。

 だが、その激突も終わり。

 二騎の英霊が去っていった荒野には、ただただ物寂しい砂塵が吹き荒れるだけだった。




セプテムでは、こう、「お前そんな姿だったっけ?」ってキャラがいらっしゃったので、「こんな理由があったんじゃないかな!?」っていう解釈で書かせていただきました。

戦闘シーンも難しいし、既存キャラの喋り方ってのも難しいし、設定からの解釈も難しかったですし……難しかったです。

でも、楽しかったです。

また、機会があればよろしくお願いします。

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