Re:Re:ゼロから始める異世界生活   作:此処何処

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第n+1話 「君の名は」

「スバル君、何かありましたか?」

 

 スバルの妻であるレムは普段、そして傍にリゲルやスピカが居る時はスバルのことを「あなた」と呼んでいる。逆に言うと、二人きりで居る夜ややなんだか良い雰囲気になった時は、こうして「スバル君」と呼ぶのだ。しかも後者の場合は、兄妹や他人が近くにいようと関係ないので、もしこの夫婦の甘ったるい感じが、人通りの激しい場所で発動してしまったら――とよくリゲルをヒヤヒヤさせている。

 スバルはこの使い分けをよく不思議に思っているのだけれど、当の本人は「夫婦円満の秘訣はメリハリなんですよ、スバル君」の一点張りで取り合ってくれない。本当にそう思っているのかもしれないが。

「ん、いや、何もないぜ?もしかして、仕事の疲れが顔に出てたのかなー、なんて。悪い悪い」

「もう、スバル君は。レムは今スバル君がどんな気持ちでいるのかはお見通しなんですよ?何で悩んでいるのかはさすがに分かりませんけれど」

「・・・」

「スピカも、最近はなんだか元気がないですし・・・」

 スバルとスピカが元気を無くしている理由は、もちろん先の散歩に行った時のことだ。

 別に隠しても仕方がないことか、とスバルは思い、レムに事の顛末を話した。

 

 

「——って言ったんだ。あまりに突然だったもんでびっくりしちまってな。俺はどなったんだ、スピカに。『そんなことねぇよ』って・・・。今思えば適当に流せば良かったのにな。全く、父になってもこういうところは全然変わってねえよ。本当に、情けな・・・レム?」

 レムはスバルの説明を静かに聞いていた。どころか話が進むにつれて、レムの表情は沈痛なものに変わっていった。その変化に気付いたスバルは、思わず口を止めてしまう。

「どうした、レム?」

「・・・レムは」

 途切れ途切れに、話し始める。

 

「レムは、スバル君に謝らないと、いけません」

「何でだよ?レムが俺たちに何かしたってわけじゃねぇだろ?」

「だって・・・だって、レムがスピカに、()()()をしたんです。スバル君が、スバル君の初恋が、レムでは無いということを」

「あ・・・」

 そうだ。あの時質問を持ち掛けたということは、スピカは以前に二人の馴れ初めを知る切っ掛けがあったということだ。そして、それを知っているのはリゲルと、カララギの町人を含めて二人だけ。つまり、レムしかありえなかったのだ。

「な、なんでその話をスピカに・・・なんで今さら?」

 スバルは問いかける。その口ぶりは戸惑いと少しの怒気をはらんでいた。

「ごめんなさい、スバル君。レムもスピカにその、恋の話を持ち掛けられたんです。それで――口を滑らせてしまって。それで、あの、ごめんなさい」

 突然スバルに大声を出されて動揺したのか、レムはうまく次の句が告げない。

「く、口を滑らせたって・・・。リゲルが産まれた時に、俺らの前の話はしないでおこうって、そう決めたじゃんか!」

 スバルは思いがけずに口を荒げる。もう少しでスピカが起きてしまいそうな大きさだ。

「ス、スバル君、レムは」

「意味わかんねぇよそれ。ああクソ、全然頭が働かねー」

「・・・」

「まあいいけどよ、もう・・・。寝るわ、俺」

 

 そうスバルは言い残して、寝室に行ってしまった。

「レムは・・・」

 何かを伝えそびれたのか、レムはスバルの背中に向けて口を開こうとして、また閉じてしまう。

 少し寂しげな声が、リビングの部屋に響いた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――—————————————————————————

 

 

 

 

 

 

「・・・ィ、親父!起きろ!!」

 

 

 平日は普段、レムの呼びかけで起床する。それが日課であり一日の始まりであり、スバル唯一の特権だ。

 それだというのに、今日はなんと居心地の悪いことだろう。汚い日本語、親父譲りのガラガラした声、そして極めつけは何といってもそのけたたましいほどでかい声。そのモーニングコールというにはおこがましい程のそれに、スバルは顔をしかめた。はっきり言って、今の気分は未だかつてない程最悪だった。

「ん、あと五分・・・」

「そんな悠長なこと言ってられねぇんだよ、クソ親父!!」

 見かねたリゲルは、掛け布団を強引に剥がすという、寝起きのスバルにとっては実に凶悪な所業に打って出た。スバルも負けじと布団にしがみついていると、だんだんと意識が鮮明になっていく。

 

 どうしてリゲルがこんなに声を荒げているんだ?そもそもレムはいったいどこに?俺は昨日、何をして・・・あ。

 昨夜の出来事を思い出した瞬間、スバルの顔が青ざめた。

 

 勢いで寝室に入ってしまったスバルは、ダブルベッドの端で丸くなっていた。

 やっちまった。謝んねえと。けどどうやって。悲しんでいるかな。それとも怒っているかな。どうしよう。

 そんな情けない、益体のない事を頭の中でグルグル混ぜるように考えながら、スバルは謝罪を口にだせないでいた。寝室のドアが開き、布団がガサゴソと音をたてても、そのままだった。

 傍からスゥスゥと可愛らしい寝息が聞こえてきた頃、ついにそれに釣られるように、スバルも寝てしまった。

 

 今ここにいないということは、レム、絶対におかんむりだよな・・・。

 フッと力が抜け、無意識に布団から手を放した。力のつりあいの状態から、突然片方の働きを失うと途端に物体は動き出す。つまり、もう一方の力点を担っていたリゲルは当然、派手に後ろにズッコケた。

「お、おいリゲル。母さんは今どこに居るんだ?リビングか?」

「ってて・・・。丁度イイ、俺もその話をしようとしたところだ。けどまず、順を追って説明させてくれ」

 打ち付けたらしい患部を右手でにさすりながら、リゲルは途端に真剣な顔つきになる。

 痛そうにしているのもあってか、スバルはそれがひどく苦悶な表情をしているように見えた。

「説明?なんの話だよ。もったいぶらずに早く話せ」

 

「魔女教が、この町に攻めてきた」

 

 魔女教。四百年前に世界を滅ぼさんとした「嫉妬の魔女」を厚く信仰する集団。各地で犯罪や違法行為を繰り返し、その脅威の程度は城壁都市として名高かったガークラを()()で落とすまでに及ぶ。その信徒の中でも大罪司教(さっきの話もその内の一人による)と言われる者たちは、見つけたら即座に殺せと言われるほど、その罪科と危険性は計り知れていない。

 そして、何よりも――スバルが運命から抗うことを諦めさせた、唯一で最大の要因だ。

 

「は・・・?お前、何言って―—」

「母ちゃんはそれの応戦に行ってる。本当は俺が召集されたんだけど・・・息子を危ない目に遭わせることはできない。リゲルには、お父さんやスピカの事、任せましたよって・・・俺は、いやだって言ったんだよ・・・!!けど、母ちゃんは・・・」

 リゲルが言葉を発するたび、苦虫を噛み潰したような表情を強めていく。

 

 待て。待てよ。

「お、おいおい、魔女教?なに冗談言ってんだお前。たいがいにしろって。エイプリルフールは四月一日だって言っただろ?」

「・・・・・・」

「それに、話の前提からしておかしいじゃんか。お前が召集されたって?なんでただの町人のお前が、軍に声を掛けられるんだ。確かにカララギは商業ばっかの町だから、兵力はたかが知れてるとはおもうけど、なんでパンピーのお前がなんだよ。力仕事をしてる父ちゃんのほうが、幾らかはマシだってんだ」

「父ちゃん、俺はさ・・・いや、」

 リゲルが核心的な事を言おうとしていることを、スバルは直観的に悟った。寝起きのスバルにしてはやけに頭が働いた、筋が通っているように見えるこの論理を根底からひっくり返すような一言を、リゲルは言おうとしている。

 

「俺らはさ・・・ただの人間じゃねぇ、『鬼』の末裔なんだよ、父ちゃんと違ってな」

「・・・!」

「さすがに一騎当千とはいかないが、一対一なら人間だろうが、魔女教徒だろうがなんだろうが敵なしなんだぜ」

 鬼の一族は、体格の大きさで人間に対して優位に立ち回る事のできる、『亜人』の種族の中でも別格に強いと言われている。その屈強な腕っぷしはともかく、魔法に素養がある個体が多いと言われているからだ。

 仮に単騎でどうしても倒せない兵士が現れた場合、敵陣は当然そこに戦力を注がなくてはならなくなる。足止めをすることができる。

 つまり、今の状況には打って付けの役割を担っていたのだ。

「・・・だから、何でわざわざお前らがっていってんだ。質問の答えになってねぇ。そんなもん、そこらじゅうに――」

 

「いねぇよ」

 リゲルが、スバルの逃げるような理論を完全に否定する。

「鬼の種族は、ずっと前の人間と亜人とのクソみてぇな戦いで数を減らしたって聞いてる。母ちゃんが、自分の生い立ちを全然語んねぇから実際のところどうなんかは分かんねぇけど。けど一つ言えることは、カララギには殆どいない。三人しかいねぇんだ」

「それって・・・」

「スピカと母ちゃんと、そして俺だけだ」

 スバルは唖然とした。確かに『亜人戦争』の話は聞いていたが、まさかそこまでだったなんて・・・。

 リゲルは親父と同様に嘘をつくのが下手だった。ここまで話しても何もボロが出ないということは、おそらく本当にレムは行ってしまったのだろう。タイムリミットがもう直ぐに迫ってきていて、ここに居られる時間も残り僅かなのかもしれない。

 

「またなのかよ、クソがっ・・・」

 運命が行く手を阻んでいるような感覚。この感じはスバル自身とても久しぶりだった。そしてよりにもよって今回も魔女教が絡んできている。その恐ろしさにスバルは身震いをし、顔を手で覆う。

 スバルは何か決意したように、両太ももをそれぞれの手で思いきり叩いた。

 やってやる。レムを助けないと。しかし・・・

「スピカはまだ寝てんのか」

「だな、いま一階にいる」

「そうか。じゃあお前はスピカを連れて早く逃げろ。そんで俺は――」

 一瞬、スバルが視線を逸らしたのを、リゲルは見逃さなかった。

「後から行く。ほら、持っていかなきゃまずいもんとか色々あるだろ?」

「親父・・・」

「大丈夫だって、すぐ追いつくからさ。スピカも兄貴に背負われるのは少し癪かもしれんけどよ、まあそれは・・・」

 

「親父!!」

 

 リゲルは、今日一番の大声を張り上げた。

「母ちゃんが、親父を起こさないで出て行ったその意思を、汲んでやってくれよ・・・」

「そ、それは・・・」

 お前が言うことじゃねえだろとは、とても言えなかった。

「俺とスピカは、親父とおんなじくらいの愛情をもらって育ったってのは、ちゃんと理解してる。けどよ、やっぱ母ちゃんは親父の事を一番に考えてたんだと思うんだ。節分のときもそうだったしさ・・・」

「そんなことは・・・」

「夕飯も、親父が好きなものばっかだっただろよ」

 ここで初めて、リゲルは口を緩ませた。

ほんっと、息子に嫉妬させるとかどんなおしどり夫婦だってんだ。とリゲルは苦笑する。

「だからさ、親父・・・。もう一度考えてくれねぇか」

 その一押しは、まだ親から離れたくないという幼い心の表れだったが、スバルは逆に正反対の感情を抱いた。

 スバルは実際迷っていたのだ。もしスバル達やカララギの町に大事があれば、どちらも親しい身寄りがないため、リゲルやスピカは知らない地で2人で生きていかなくてはならなくなる。もちろん父親心で、スバルは心配していたのだ。

 しかしリゲルはスバルが想定していた以上に、頼もしく育ってくれていた。少なくとも、母親からの愛情を理解する優しい心と、そしてレムのスバルに対する特別な思いと、それが今回も例に漏れていないはずだと見抜く洞察力を持ち合わせていた。

 

 こいつなら、この先もきっと生きていける。そう思ったスバルは、リゲルをスッと見直した。リゲルも合わせるようにして互いに向き合う。

「リゲル、スピカの事は任せた。こんな無責任な親父で、ごめん」

「・・・そうかよ」

 言い返してこなかった。リゲルも心の中では、レムが危険な時にスバルを説得することは無理なのだと悟っていたのかもしれない。

 リゲルは踵を返して、ドアの方へ向かう。そのドアノブに手をかけた瞬間、手が止まった。

 

「絶対に死ぬなよ、親父」

「そこでフラグを建てるか?普通・・・」

「え、えぇじゃあ、『ここは俺に任せて先に行け!』」

「悪化したわ」

「えっと、『ここから逃げれたら俺、結婚するんだ・・・』は?」

 ミラちゃん、まさかの間接的に再登場である。

 しかもそれ、どっちもお前が死んでんじゃんか。

「なんで親父がアイツの事を知ってやがる!!」

「俺に隠し事は出来ねーんだよ、バカ」

 

「ほら、早く行っちまえよ、バーカ」

 そしてスバルは、行かなくてはならないところがある。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――———————

 

 スバルは足を止めずに走る。

 レムはこの人混みを抜けた先に必ずいるはずだ。人の流れに逆らうように、スバルは進み続ける。どうしたんだよと声を掛ける顔なじみや、勤めている職場には目もくれずに、ただ一心不乱に足を動かした。

 

 しばらく経つと、例の休憩所に着いた。辺りを見回してみると、普段気づかれにくい場所だというのもあったが、人がまばらにしかいない。

ゴールは近いかもしれない。そう思ったスバル息を整えようとした、次の瞬間。

 

 どす黒い手のようなものが、スバルの体全体を叩いた。

 たまらずスバルは数メートル先まで吹っ飛ばされる。不意に正面から叩かれたために肺から空気が出ていき、芝生を転がっている間息ができなくなる。

 「がっ・・・、はぁ、はぁ」

 スバルは荒れた息を取り戻しながら、涙目で手が伸びた先を確認する。

 

 果たしてそこには、薄汚れた新緑の髪の、とても生きているとは思えないほどに瘦せこけた人物が佇んでいた。

「アレ、アレー?アナタ、もしかして一般人ではないのデスか?」

「」

 声が出ない。出せない。二度と会いたくなかった、会ってはならなかったソイツを前に、そんなことを認めたくないと脳が思考するのを頑なに拒んでいた。

「憲兵の方もほとほとに怠惰デスねぇ・・・。こんなひ弱な人を放っておくなんて」

 コツコツと、その虚弱そうな体格とは裏腹に、しっかりとした足取りでこちらにちかづいてくる。

「何故ワタシと会話してくれないのデスか?愛に報いるこのワタシに!どうして!話しかけてくださらないのデスか!?ワタシはこんなに、こんなにこんなにこんなにににも、アナタと意思を疎通したいのに!!!」

 落ち着いた話しぶりが急に、狂人のそれへと急変する。その『『久しぶりな』』異常な光景を前にまだ、スバルは口を出せずにいる。

「あぁ、そうデシた。これはこれは、失礼をしておりました。自己紹介もせずに語り合おうとなど、あるまじき無礼を働いていたようデス」

 スバルの反応とはよそに、朗らかにその色素の薄い唇を横に裂きながら、ゆっくりと腰を折り曲げて――

「ワタシは魔女教、大罪司教・・・」

思い出したくもない、その名前を。

「『怠惰』担当、ペテルギウス・ロマネコンティ・・・デス!!!」

 

 

 

 

 

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