「レ、レム!!」
間違いない。彼女は、あのレムだ。
俺と一緒に逃げて暮らした、掛け替えのない、彼女だ。
咄嗟に俺は彼女の元へ駆け寄って、肩を掴もうとした。
けれど――、
「くっそ、なんでだよ!」
まるでレムに――いや、俺に実体がないみたいに、差し伸べた手が、空を切る。弱弱しい、彼女の短い呼吸が、聞こえてくるばかりだ。
「どうして、どうしてどうして!!こんなに……」
死ぬほど会いたかった彼女が、目の前に居るのに。
「くそっ……!落ち着け、俺……!」
そもそもどうして俺はここにいるんだ?墓所は?そこで倒れている、俺は・・・?
「わっかんねえよ、どこにいんだエキドナは……」
これを見させて、アイツは何がしたい?何のために?
まさか……。
「これも、『試練』だってのかよ……」
終わってしまった未来に、背けていた現実に。
俺は向き合わされているのか……?
「すばる、くん……?」
「!!」
レムの右腕が、動いた。
「……ぅぅ、レムが、今……」
「やめろ!!今、動いたら……!」
全身を震わせながら、『スバル君』とよんだ人に向かって、ゆっくりと進んでいく。
「スバル君を、助けます、から……」
二人の距離が、近づく。
どれだけ叫んでも、レムは何も聞こえていないといった風で、足を止めてくれなかった。
たぶん、レムに触れないことと同様に、俺は『今見させられているもの』に、干渉できない。
ただ、彼女が掴んだ青い草が、赤く染まっていくのを、見てることしか、できない。
あと一回、二回で手が届きそうな位置で、レムが突然、止まった。
「はは、は……、ごめんなさい、スバル君。もう足も、手も、何もかも、動かせません。……スバル君?聞いていますか?」
レムが途切れ途切れの声で、横たわっている『俺』に、語り始める。
「じゃあ、聞いてくれているという体で。だから、スバル君。ちゃんと、聞いてくださいね?
「あれから、スバル君が私を選んでくれたあの日から、たくさんの事が、ありました。
「中でも一番嬉しかったことは、やっぱり、リゲルとスピカを身籠ったことでしょうか。あれほど泣いて、笑った日は、レムの人生を思い出しても、そうそうありません。
「リゲルの時は、スバル君との生活がまだ安定していなかったので、ちょっとだけ顔が青くなりましたけど。
「きっとスバル君は今、一家の一人息子ににもっと構いたかった、目に入れても痛くないくらい可愛い娘ともっと遊びたかった、なんて思っているんでしょう?
「レムも、そうです……。せめて、あの子たちが立派な大人になって、私たちのような、楽しい家庭を……、かけがえのない、愛する人ができるまで、見守りたかった。
「あっ、そういえば。
「最後の散歩の時に、スピカに『愛すると好きになるって、何が違うの?』って、聞かれたでしょう?
「ふふふ、レムも同じことを、聞かれたんです。
「その時に、エミリア様の事を、話したんです。……あの時に言えなくて、ごめんなさい。
「勿論言ったことは、女同士の、秘密です。たぶん今はちゃんと伝わっていないかもですけど、大人になったら、きっと……、
ゴホッゴホッと、器官を痛めるような咳が雑木林全体に響く。
俺はそれを、黙って聞いているしかできなかった。
「あ、ああ……、最後に、一つだけ」
レムは、苦しそうに下がった頭を持ち上げて、『俺』を見る。
まるで……、本当に最後の力を振り絞っているように。
「スバル君は、ここで生まれた人じゃ、ないんでしょう?」
「……」
…。
……。
………え?
「字も読めません。お金も身寄りもありませんし、過去の事もあまり喋ってくれない。教養も、友達もいないし、なにより、後先を考えていません。そんなスバル君が、初めにエミリア様と会った所にずっと居たなんて、正直考えづらいんです」
「う……」
凹む……。しかも、後半はただの悪口だった。
「確かにスバル君は優しくて、とても勇敢です。けれど――」
「おお……」
「——そこだけはやっぱり、気になって。そうじゃないんですか? スバル君」
「……」
「確かに、とても遠い所から来たというのもありえるでしょう。けれど、レムは今まで『節分』という言葉を聞いたことがありませんでした。曲がりなりにも、鬼の一族として、幼い時に暮らしていたレムがです。……考えすぎ、育児の傍らの読書のしすぎなのでしょうか。でも、そう思うと――スバル君が誰も知らない処から来たのだと考えると、全ての辻褄が、合うんです。……これが、レムがスバル君と一緒に暮らして、スバル君が教えてくれない中で考えて出した、最後の結論です」
「……」
そうか、そうだったのか……。
レムは、あの日のレムは、気づいてくれていたんだ。
それはなんて……。
「もし、そうなら、もっとあなたの事が知りたかった。どういう所だったのか、スバル君の親、子供の頃、そこで好きだった食べ物、友達、兄弟、恋をしていた人……どうしてここに来たのか、とか。たぶんスバル君は、『君に会うために来たんだぜ』とか言って、誤魔化しそうですけど」
小さな口を緩ませて笑う表情に、やはりいつものような元気さはない。
「ねぇ、スバルくん……。あなたももうすぐ、別の所へ行ってしまうのですか? レムやあの子たちを置いて。ふふ、スバル君は、ひどい人です。これじゃあ、しんでも、しにきれませんね」
「……レム」
「でも、レムは、とってもうれしいです。スバルくんが、レムの愛するスバルが、どこかで、いきてくれている……。そう思うとレムは、むねがはりさけそうなくらい、うれしい」
「……れむぅ」
「スバルくん、お体をだいじにしてください。元気にしていてください。たまにはちょっと、レムたちのことも、思い出してください。どんなに辛いことがあっても、あきらめないでください。にげないでください。ゆうかんで、いてください。ちょっとだけおちこんで、そして、なんどでもやりなおせるってことを、わすれないで、ください。……いつまでも、レムが愛した、スバルくんで、いてください」
「……あぁ」
頼まれた。頼まれてしまった。
何度も俺は、彼女のそれに励まされ、そして、助けられてきた。
なんという置き土産を貰ってしまったのだろう。
俺は……本当に、幸せ者だ。
「スバル君、レムは―――――」
「——————おにしあわせ、でしたよ?」
そういってレムは、朗らかな表情を崩さないまま、動かなくなった。
視界が歪む。
試練が、もうすぐ終わる。
せめて最後だけは、彼女の姿をこの目にしっかりと焼き付け……、
「……あー、ここにも二人、居るじゃにゃい。はぁ、クルシュ様は本当に人使いが荒いんだから」
どこからか、声がした。こちらに、近づいて来る。
「あーあ、どこかで見た事あるにゃーって思ったら、スバルきゅんじゃ…い。じゃあ、この彼女は……はーん、そうい…とネ。全く、感動の再…ったら、ありゃしにゃ…」
目の前がほぼ、白で埋め尽くされる。声にもノイズがかかり、あまり上手く聞き取れなくなる。
「スバ……は…メか。こ…な傷じ…ね。一応、お…れさま」
終わる。
「あれ………、彼女、もし…て、まだ…………!」
———————————————————————————————————————————————————————————————ぷつん。
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「人は、……ああ、『鬼』の血を引いている彼女はその限りではないかもしれないけれど、取り敢えず人間という個体としては、心臓の動きを止まった後でも、生き返る可能性はあるらしい」
「……」
「完全には、止まっていないという訳さ……微量ながら心臓は、少しだけ痙攣している。だから、その状態で何がしかの刺激を与えた場合、目を覚ます時がある」
「……」
「だから、つまり……、彼女が君に語り掛けていた時、既に死んでいたんだ。あははー、傑作だね。彼女は死人に話しかけていたんだよ。笑い話もいいとこだ」
「……」
「まあ、死んだ後でも目が見えたり耳が聞こえたりすることは、良くあることらしいが。記憶には一切刻まれないけどね。なんてったって、死んでんだから」
「……」
「かと言って、君に同情しないことはない。はっきり言って……そうだな、ボクは人並みの何倍、何十倍くらいの人生の趨勢を見てきたけれど、眺めていた自信はあるけれど、君みたいなケースは初めてだ。比べるまでもない。君の人生の中で、およそ一人では抱えきれない程の苦を味わっているようだ。よくここに今立っていられるよね、本当に。感心に値するよ」
「……いつからそんなに煽るのが得意になったんだ? エキドナ」
「ん? そうだな、まあこれくらい生きていたら、人の神経を逆なでする事は、赤子の手をひねることのように造作もないことなんだよ。老婆心というやつかな」
「絶対ちげぇ……。人を煽る事よりお前は、人とコミュニケーションを取ることを覚えろ」
「おお、手厳しいね。おばあさんをそんなに虐めないでもらいたいな」
「うるせえ。お前ほど饒舌なおばあさんはいねえよ」
「お褒めに預かり光栄の限りだよ」
真っ白をイメージさせる身なりと髪をした、彼女――エキドナは、俺が目を開けると、何もなかったのかといった様子で、お茶……を啜っていた。
「それにしても……ああ、まずは『第二の試練』、突破おめでとうと言っておこうか。本当はもう少し他のを見させるつもりだったんだけれど、まさかの一回で当たりを引いてしまうとは。いやいや、恐れ入ったよ。あの調子じゃ、カーミラを出向かせても、あまり意味がないようだし」
「他のを? カーミラって、誰だよ」
「ああ、気にしないでくれ。こっちの話だ。……それよりも、腹は決まったのかい?」
「腹って?」
「これからキミはどうするのかって話だよ。……まあ、試練の様子を見ている限り、大体予想はつくけれど」
「ああ、そうだな……。うん、お前に話すまでもないだろ?」
「そうだね。聞くまでもない話だ。でも一応、聞いておこう。君は、ボクと組むつもりはないかい?」
「ん……んん? お前、話の流れぶった切ってないか?それと、お前と組むって、何の話だ」
「いいや、そんな事はない。予定調和で、予定通りだ。ボクが、君に助力しようと、思っているだけだよ」
「助力……?」
「ああ、そうさ。君の……頼るものがいない孤独な君の力になりたいと、ボクは望んでいる。唯一……そうだな、『この世界では』唯一君の能力に気付けているただ一人の友人さ。腹を割って話せることもあるだろう。君は君で僕を自由に利用してくれればそれで構わないし、ボクは、君の手伝いの傍ら、知的好奇心を満たすことができる。Win-Winの関係ってやつさ」
「ああ……そういうことか」
「どうだ、いい話だと思わないか?」
「とりま、お前の間違いを正しておくよ。俺は……決して、孤独なんかじゃない」
「……」
「ここで、俺は頼れる人がいる。そして前の世界で、俺に頼んだ人がいるんだ。俺は決して、一人ぼっちなんかじゃないよ。それに、俺は多分、大丈夫だ。目的がある。彼女を助けようという、はっきりとした目的が。ちょっとだけ、皆と離れているだけなんだ……。だからエキドナ、俺は、お前の助けなんて、必要ないよ」
「……そうか。残念だよ」
「知識欲を満たせないことが、だろ?」
「……君の方が、人を扇動する才に長けてると思うよ」
手持無沙汰とばかりに、エキドナはお茶を啜る。
「はーあ、そうか。交渉決裂か。ほんのちょっと前の君なら、騙せ……説得できる自信はあったんだけれど」
「……」
「まあ、しょうがないかな。あんなに魅力的なお嫁さんを持っていたら……ねぇ?」
さあ、帰った帰った。と言って、エキドナはお茶を一気に飲み干した。
「あ、最後にちょっとだけいい?」
「なんだい」
「ちょっとここで、泣いてもいいか?」
「え、やだ、キモい。墓所でやってくんない?」
「……」
キモいって……。Win-Winしかり、魔女が最近の言葉を知っているのはなんでなんだ?
てか、自分の墓所でされるのはいいんだ……。基準が分からない。
「じゃあ、さっきのあれを、もう一度見させてもらうのって無理か? 出来れば、何回でも見たいんだけど」
「それは残念ながら、難しいね。ほら、君はもう試練をクリアしちゃったから。そういう仕組みだよ」
「ふうん、じゃあ……」
「レムは、本当にーーー
おしまい
こんばんは!此処何処です。この話を最後まで読んでくれた人には、もう本当に、何度感謝してもしきれません。ありがとうございました!
この話について色々喋りたいこともあるんですけれど、あまり野暮な事はしたくないので、やめます。ジレンマです。
彼女の返答は、皆さんの想像でよろしくおねがいします。
なにせ小説を書くことは初めてでしたので、所々稚拙な部分もあったとは思いますが、ご容赦下さい。自分なりに、最善は尽くしたつもりです。
またどこかで僕が書いているのを見かけたら、ぜひお立ち寄りください。
よろしければ、ご感想お待ちしております!全員に返信いたします。
繰り返しになりますが、読破していただき、ありがとうございました!