今回は少ないです。
影と夢
「思ったより削れたわねー、どうするのこれ?」
「問題ない、このまま米国へとどめを仕掛ける」
「プランの変更はナシというワケだ」
「ふぅーん?あ、『プラン』と言えば・・・・」
「何だ?」
「じゃーん!新鮮なプラムー!市場でおいしそーなの見付けたから、買っちゃったのよー!」
「・・・・
「なぁによう!そんな言うならあげないわよ!?せっかくキンッキンに冷やしておいたのにぃ」
「まったく・・・・」
「さすがの君も頭を痛めるというワケだ」
「いや、いただく」
「食べるワケかッ!?」
◆ ◆ ◆
――――気がつくと、浮かんでいた。
耳を済ますと、水が流れる音。
目が見える。
上から差し込む青い光、どうやら海の中らしい。
不思議と息苦しくない。
体に感触、誰かに抱きしめられている。
響だった。
たった二人で、広い広い海の中を漂っている。
響の温もりを感じる。
少し違和感を持ったが、幸せなので後回しにした。
・・・・このまま。
誰にも邪魔されない、静かな時間を。
ずっと過ごせたら。
――――ッ
願ったときだった。
急に強い流れがやってきて、ぶち当たる。
あっさり解ける抱擁。
響を引き剥がされる。
――――響!
手を伸ばす。
だが、響は微動だにしない。
流れに何もかも邪魔される中、はっきり見えた。
虚ろな目で、人形のようにぐったりしている響を。
ぴくりとも動かない彼女は、そのまま海流にさらわれていく。
やがて少し下の位置に落ち着いた響は、そのまま沈み始めた。
――――いやだ!響!
必死に流れに逆らって、なんとか響の下へ行こうとする。
だけど、いくらもがいてもたどり着けない。
流れが、水が。
嘲笑うように行く手を阻む。
四苦八苦している間にも、響はどんどん沈んでいく。
――――響!響!
思い出したように、水が性質を取り戻した。
現実と同じ酸素の無い状態になり。
暴れすぎた所為で、思わず息を吐く。
呼吸が泡となり、水中に散っていく。
同時に体が浮かび始めた。
逆へ向かう体をどうにか海中へ戻そうとするも、いかんせん浮かぶ力のほうが強い。
依然響は沈み続けている。
暗い暗い海中へ、更にその下の海底へ。
自分は逆に浮かび続けている。
明るい太陽の下へ、空が見える海面へ。
――――いやだ!一緒じゃなきゃいやだ!響ィッ!!
息なんてとっくに限界を迎えている。
だけど溺れるよりも、響と離れる方がよっぽど恐ろしい。
もがく、泳ぐ、暴れる。
何とか響の下へ向かおうとして。
水面に突っ込まれた、いくつもの手が引っつかむ。
「こっちだ!引き上げるぞーッ!」
「大丈夫かい!?」
体が求めてやまなかった空気。
はっと見上げれば、何人もの赤の他人がほっとした顔で見下ろしている。
「助けられてよかった」
「さあ、早くこっちへ」
引き上げようとする彼らに向け、首を横に振る。
『友達がまだ下にいる』
『自分じゃどうにも出来ない』
『助けて欲しい』
言葉はしっちゃかめっちゃかになったけど、伝わらないはずがない。
だけど、
「何を言ってるんだい?」
きょとんと、問いかけられた。
「今沈んでいるのは人殺しだろう?」
「死んで当然の悪人だ、子供だからって容赦しちゃいけない」
「あんな汚いものには、関わっちゃいけないんだよ」
背筋が凍った。
何を言っているのか理解できなかった。
――――違う!人殺しじゃない!
――――響はそんな酷い人じゃない!
訴える。
響はもう悪いことをしない。
もう誰も傷つけないから、助けて。
「聞き分けの無い子だ」
「可哀想に、騙されているんだね」
違う、違う、違う。
ねえ、聞いて。
あの子も助けて。
響を助けて。
「さあ!早いとこ陸地へ帰ろう!」
「ほら、そこにいちゃ危ないよ」
海中へ戻ろうとする。
たくさんの手が阻んで、引き戻す。
――――響!いやだ!響!!
海へ向けて伸ばした手すら、捕まれて下ろされる。
船が離れる。
響が離れる。
冷たい水の中へ、寂しい海底へ。
響が置き去りにされる。
――――響ッ!!響ッ!!響ッ!!
もはや声は届かない。
響の姿は、どこにも見えない。
「ああ、よかった」
「あいつは死んだ」
「悪は滅びて当然だ」
周りの人々は心底安心した顔で、口々に言い合っていて。
誰も、誰も。
響を案じてくれなかった。
助けようとすらしなかった。
死んで当然だと、それが一番なのだと。
何度も何度も、頷いていた。
「――――は、は、は、は」
一瞬、意識が飛んでいた。
喉がひりひりする、叫んだのだろう。
動かない体が動くようになる。
視線をめぐらせると、見慣れた自室。
真っ暗なので、まだ夜のようだ。
「は・・・・はっ・・・・はぁ・・・・・!」
呼吸が落ち着いてくる。
喉の引きつりが収まってくる。
無意識に上を仰いで、最後の一呼吸。
ゆっくり、大きく息を吐き出せば。
波打っていた胸中が、やっと凪いでくれた。
ふと見ると、ぐっすり寝入っている響。
隣の騒ぎなんて気付かないまま、ただ寝息を立てていた。
「・・・・ッ」
過ぎる、悪夢。
暗く冷たい海の底へ、無抵抗のまま沈んでいく姿。
慣れたはずの冷たさが、言いようも無い不安を駆り立てる。
臆する心をどうにか宥めすかして、体を横たえた。
「んー・・・・・」
呑気な寝言を上に聞きながら、顔を埋める。
しばらくじっとしていれば、やがて聞こえる心臓の音。
(・・・・ああ、よかった)
規則正しく刻まれるリズムで、やっと安心した。
夢じゃない。
響は生きて、ここにいる。
「みくー・・・・」
「ゎ・・・・!?」
腕が回ってくる。
名前を呼ばれたので、起こしてしまったかと焦るが。
また聞こえてきた寝息にほっとした。
抱き寄せられて、先ほどよりもはっきり鼓動が聞こえる。
自分のとあわせて、静かなハーモニーを奏でている。
夢が現実にならないように、夢のままで終わってくれるように。
まどろんだ頭で祈りながら、再び眠りについた。
思えばこの作品書き始めたのも『夢』がきっかけでした・・・・(遠い目)