凡人勇者と最強の聖剣   作:黒下あころ

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凡人勇者だから勇者がすごい劣っていたりとか、最強の聖剣だからってすごいチート能力だったりとかはしないです


聖剣の名前

 英雄譚とか悲劇とか、そういうものは事実をねじ曲げて酷い脚色をされて大袈裟に民衆の中に広められてる。俺も読んだことはあるけど、九割ほど作り話なのではないか、と思うことがあるぐらいだ。

 英雄の物語は色々と尾ひれがついて、ただの人間だったとしてもなぜか人間離れしている。正直、やりすぎだと思う。

 でも、英雄とは一際違う異彩を放つ物語だってある。それは悲劇。その中でも、英雄のような行為をしようとした人が主人公の話だ。

 俺の心に深く突き刺さったのがアンチヒーロー染みた物語。言うなら、悪が悪を裁くといった話だ。

 この話は人が簡単に死んでいく状況ばかりだったからこそ主人公は命を軽んじていた。だから、人を簡単に殺していた。

 でも、俺は逆だと思う。人が簡単に死んでいくからこそ、命の重さというものが身に染みてわかるはずだ。

 だって、俺だって実際に経験してそう思ったから。

 

 確か、あれはいつだったか。

 記憶にあるのは――飛び散る鮮血、もぎ取られていく四肢。雪原に血の花が咲いていたような情景。六本の腕、巨大な牙、鋭利な先端のついた尻尾を持ったおぞましい怪物が、近くにいる人間を引きちぎる。迸る血を飲み干して、渇きを癒してそれを口に運び、巨大な牙でそれを抉って咀嚼する。肉を食いちぎる音、骨を砕く音が持続的に聞こえてくる。

 あれはまさに地獄絵図だった。数十人いた人間がすべて殺されて、残ったのは確か短剣を持ってた少年が一人だけいた。

 

「アアァァァ……ニンゲン、ウマイ」

 

 ニタァと笑っていた怪物の顔は未だに頭から離れない。あれを見れば、誰だってびっくりもすれば逃げ出そうともする。

 でも、見られた当の本人は逆に立ち向かおうとしてた。一切諦めようとする意思を見せずに立ち向かっていった。

 その少年は怪物を目の前にして短剣を抜くのではなくて、左腕に腕輪を通していた。宝石のついた気がする。

 その腕輪に少年が触れるとその少年は光に包まれていた。

 そして、光が晴れると少年は――白銀の煌めく剣を持ち、金色の鎧を身に纏った戦士に変貌していた。あれを見たときは心底びっくりした。まさに、勇者という姿をしていたから。

 そこからは、怪物を討伐しにきた勇者の物語でも見てるような気分だった。

 

「たああああっ!」

 

 雄叫びを上げて、少年は怪物と戦った。剣に力を込めて振るい、怪物の尾がそれを防いで、キィィンっと甲高い金属音がしていた。

 そして、畳み掛けるように怪物の六つの腕が少年に迫る。少年はそれを身軽に避けて、腕の一本を踏み台にして跳び、怪物へ迫る。

 ――一閃。怪物の顔を斬りつける。

 

「はぁ!」

 

 そして、もう一撃。白銀の剣は輝き、剣が怪物の体に食い込むと同時にその光は怪物の体内に巡る。

 

「グアアアアアッ!」

 

 けたたましい叫びと共に、怪物の全身から光が溢れだす。

 そして、怪物は一片すら残さずに弾けていなくなった。

 勇者が怪物を討伐する瞬間だった。俺はこれに心を打たれた。かっこいいと思った。

 けれど、それは一瞬にして砕かれた。

 

「よし、なんとか倒せたか……」

 

 と、その勇者さんが安堵の息をこぼしていた時だったか。

 物音が、いや何かの声が聞こえてきていた。

 

「ニンゲン、ニンゲン!」

「ゴチソウ!」

「コロセ! コロセ!」

 

 そう、あの怪物たちの声だ。ケタケタと笑う無数の声が雪原に反響する。無数の怪物がこちらに迫ってきた。血の臭いに誘われて、ここに大量に来てしまった。

 

 「なんだよ、この数……」

 

 思わず、少年は絶句する。

 そりゃそうさ。例え、変身する勇者様でも視界いっぱいに敷き詰められた怪物たち相手に、戦えるわけがないってわけだ。少年の力は諦めから緩んで、剣を落とす。かっこよさを見せてくれたと思えば、直ぐ様に散り様を見る羽目になった。

 一体の怪物の腕が、少年を掴む。

 そして、そのまま頭だけを引きちぎって、口に運んで口の中で転がす。残りの体は、他の怪物たちが無理矢理自分の取り分を得るために、綱引きのように引っ張り合ってちぎって、それぞれが人の肉味わった。

 これが、俺が見ていた一部始終、とまではいかないけど重要部分らしきところ。いつか見た、怪物に蹂躙される戦士の話。俺が、命を大切にしたいと思ったきっかけ。

 俺は、木々に隠れてこれを見ていた。たまたま見つかることはなかった。あれを排除する力もなかったし、飛び込んでいく度胸もなかった。助けたいと思ったけど、届かなかった。

 だから、俺は命を大切にすることにした。

 そして、命を守るために力も欲しいと同時に思っていた。

 これが、すべてのきっかけだなんて知りもしなかった頃の話。

 

 

 

 

 僅かに、濁った青空が広がり、太陽が日差しが眩しい。鬱蒼と木々が繁っている。市場のように、道の両端には様々な店がずらっと並んでいる。石や木で作られた建物も、たくさん見える。その中を人々が行き交う。

 普通の光景だ。唯一、不自然なものと言えば遠くの方に巨大な金属製の板のようなものが見えることだろうか。

 その中を、みずぼらしい格好をした少年が一人、歩く。短剣を携えて、活気溢れたこの場所とは対照的に暗い表情で、通りすぎていく。

 人ごみを掻き分けて、人通りの少ない道へ行く。先ほどの道から外れただけなのに、この道は少し汚く、ごみも散らばってる有り様だ。暇なときにここを通れば、掃除もしたくなる。

 

「……こんな道通るなんて、珍しい」

 

 道の端に座り込む少女が一人いた。小汚ない格好で、やせ細っている幼い少女だ。

 

「君こそ、こんなところに座って何してるの」

「……お金、ないから」

「親は?」

「外に行っちゃった」

「……」

 

 少女はどこか遠い目をしている。その目は光を失っているようにも感じられる。そんな少女へ掛ける言葉が見つからなくて、少年は話をそらす。

 

「なあ、お腹減ってないか?」

「何、食べ物でもくれるの?」

「食べ物は持ってないけど、それを買えるお金なら」

「……人助けが趣味だったりするの?」

「むしろ、仕事だよ」

「変なの」

 

 懐に手を忍ばせて、硬貨の入った袋を取り出す。

 そして、そこから数個の硬貨を出そうとするが――

 

「ばーか!」

 

 少女は悪戯っぽい笑みを浮かべると、素早く少年の袋を奪い取る。

 

「なっ!?」

「食べ物でもねだろうと思ったけど、わざわざお金出してくれるなんてラッキー! じゃあね!」

 

 そのまま、そそくさと細い道の中へ消える。

 

「おい、待て!」

 

 それを少年も慌てて追おうとするが、細い道を覗き込んで見ればもう姿は見えない。細い道はいくつにも枝分かれしていて、追うのはほぼ不可能だ。

 

「ま、いいか」

 

 少女に渡そうとした硬貨を懐へ戻して、近くの道を曲がり、路地裏に入る。

 細く狭い、薄暗い路地裏の道を進んでいく。目的地を示す彼の持った地図は、この先へ進めと言っている。

 たったったっ、と持続的に何かを軽くはたくような音がする。

 

「……っ!」

「うわっ」

 

 それと同時に、少年の正面から少女が走ってくる。避ける暇もなく、ぶつかってしまう。外套を着た貧相な体つきの少女だ。十字架をぶら下げているので、シスターなのかもしれない。

 体格に結構の差があるため、走ってぶつかった少女の方がはじき飛ばされて尻餅をつく。

 

「大丈夫?」

「……大丈夫」

 

 よく見ると、少女は少しやつれている。そのせいか、足取りがどこかおぼつかない。

 少女は立ち上がるが、ふらふらと今にも倒れそうな歩き方になってしまっている。先ほどまで、走っていたとは思えないほど。バランスを崩して、少年に寄りかかる。

 

「ごめん……なさい……」

 

 少女は消え入りそうな声で言う。そのまま、完全に少女は体重を少年に預けてしまう。

 

「だ、大丈夫?」

「すぅー……すぅー……」

「寝てるし」

 

 寝息をたてる少女。どうやら寝てしまったようだ。相当疲労がたまっていたのかもしれない。

 

「今日もめんどくさい日になりそうだなあ。よっと」

 

 金を騙し取られたと思えば、突然ぶつかってきた少女に寝られてしまうなんて、少し運が悪いかもしれない、なんて考えながら少年は少女を抱き抱える。知らない少女だからといって、放っておくこともできない。

 そのまま、少年はその道をまっすぐ突き進む。

 

 少しばかり進むと、狭い道からようやく抜け出して、大きな場所に出る。大きな石造りの建物が目の前に見える。少年も、何度か来たことのある神殿だ。大きな神殿で、ここにはよく人が来る。少年の目的地はここだ。

 

「確か、この中だっけ。中まで連れていくのはおかしいか」

 

 少女を近くの場所でゆっくりと下ろし、神殿へ向かう。小さな扉が一つあり、そこから中へ入れそうだ。近づいていくうちに、この神殿の後ろに大きな道があるのがよく見えるが、人はこちらには来ていない。大きな道と神殿の間には甲冑を来た集団、騎士たちが通行止めを行っているようで、向こうから神殿にはこれないらしい。

 

「ようやく来たか、ロディ」

 

 小さな扉から入ろうとすると、中年男性に呼び止められる。

 

「ああ、アルテルムさん」

「お前、どこから来てるんだよ。ここは神殿の後ろだぞ。正面から来い」

「ああ、向こうの大きな道が正面ですか」

「そうだ。お前が来た道はたぶん、抜け道みたいなもんだぞ。普通に来いよ」

「だって、渡された地図がこっち通ってこいって書いてあったので」

「またか。お前、ほんとろくな地図渡されないな。それで、その子は?」

「路地裏で走ってきてぶつかったら、突然眠ったので一応運んできたんです」

「関係者じゃないんだな。とりあえず、仕事だ。中に入るぞ」

 

 中年男性の騎士、アルテルムと少年、ロディは談笑を終えると、小さな扉から中に入る。

 中に入ると、まず目に飛び込んできたのは――糸。糸が、神殿の内部に張り巡らされている。巨大な蜘蛛の巣が神殿の中に作られている。それを張り巡らせた存在は見当たらない。

 そして、糸には――赤い液体が滴っている。糸のほぼすべてにそれが伝っていて、ぽとぽと、と赤い滴が落ちる。ぼとり、と何かが落ちる音がする。糸に引っ掛かっていた何かが落ちた音らしい。

 

「これは……」

「むごいな……」

 

 苦虫を噛み潰したように顔をしかめる二人。

 ――落ちてきたのは、人間だった。血を撒き散らし、体のあちこちが切断されている。

 そして、死体は一体だけじゃなかった。神殿内に張り巡らされた糸を目で辿っていくと、人だったものが糸に貫通されてぶら下がっている。

 その死体は、ぼとぼとと次々に落ちていく。貫通した糸によって切断されて、その体はバラバラになる。血が飛び散る。死体はどれも、ローブのようなものを纏っていて、十字架をぶら下げている。ロディがここまで運んできた少女と同じだ。

 もしかしたら、あの少女もここにいたのかもしれない。むしろ、あの路地裏の道を通って来たのであれば、この神殿から来たと考える方が自然だ。

 

「ん?」

 

 カラン、と何かを蹴った。剣だ。糸や死体にばかり気をとられていたが、よく見ると剣や槍が地面に散乱してる。 

 

「今回の件は元々、神殿で悲鳴が聞こえたってやつだった。だから、一時的に封鎖して騎士たち数人が突入したんだがな、帰ってこなかったんだ」

 

 アルテルムは重々しいため息をつく。つまり、ここに転がってる武器はその騎士たちのものだった、ということだろうか。

 

「その人たちは強かったんですか?」

「そうだな、熟練の騎士だ。魔法は使わないけどな」

「死体が見当たらない、かつ熟練の騎士を複数相手にしたやつがここのシスターたちを殺した、つまり相手は――」

「――十中八九魔物だろうよ。人の体が斬れる程の糸を使うやつなんて、それ以外いないだろうしな。たぶん、シスターは殺したが騎士は食ったんだろうよ」

「でしょうね。というか、肝心の標的は?」

「そうだな、騎士数人が突入してからこの建物から何か出てきたって話はなかったから、ここに入れば何かいると思ったんだが……」

 

 辺りを見渡しても、転がる武器と人だった部位ばかり。残りは神殿内に飛び散る臓物と血ぐらいのもので、どこかに何かが潜んでるという様子はない。

 

「いませんね、敵」

「そうだな」

「そもそも、標的がいる場所でこんな悠長に話してたんですね」

「お前なら大丈夫だろ」

「そんなに過大な評価しなくても」

 

 やけに信頼されてしまって、気が重い。

 それにしても、この惨状を引き起こした元凶はどこへ消えてしまったのか。張り巡らされている糸はやけに切れ味がよさそうなものだ。きっと、敵は蜘蛛のような何かだろう。

 

 ――この糸、結構上まで続いているな。

 

 そう思って、視線を上に上げる。

 

 そこには――赤く光る複数の明かりがあった。目だ。

 巨大な顎、八つの足を持つ生物の目が赤く光って、糸を壁に張り付けて神殿の上に陣取っている巨大な蜘蛛がそこにいた。

 ――目が合った。あの複数の目がこちらを完璧に捉えていた。獲物と断定されたと直感でわかった。蜘蛛の口がぱっくりと開く。血が滴っている。やはり、この蜘蛛が騎士を食ったのだ。

 そして、蜘蛛は口から糸を吐き出す。

 

 ――まずい!

 

 糸は一直線にアルテルムの方へ向かう。

 

「どいてください!」

「うおっ!?」

 

 だから、無理矢理にアルテルムに体当たりをして、弾き飛ばす。糸はロディ向かう。ロディに当たる直前で、糸は分散して網のように広げられる。

 そして、糸はしっかりとロディを捕らえた。

 

「ぐっ……」

 

 全身に糸が絡まって、なおかつ普通の糸と違ってかなりの切れ味を持つその糸は、ロディの体に食い込んでいく。ロディは顔をしかめて、苦痛に耐える。肌を切り裂く痛みが全身に駆け巡る。血が少しずつ体外に排出されて、少しずつ力が入らなくなってくる。絡まるだけじゃなく、体を貫通している糸もあるようで、体の内部からも鋭い痛みに貫かれる。

 

「お、おいロディ!」

 

 立ち上がったアルテルムは動揺しているらしい。糸の先を見て、ようやく魔物を見つけたようだ。震える手で剣に手を伸ばしている。熟練の騎士が倒せなかった相手だ。アルテルム一人で相手になるわけもないが、目の前で人が殺されそうになっているとなれば、アルテルムの正義感が逃げることを許さない。

 

「……大丈夫……ですって……」

 

 辛そうに、フッとロディは笑う。

 

「――俺、勇者ですから」

 

 勝手に、ロディの短剣がまるで透明人間がそこにいたかのように抜き放たれた。

 ひゅんひゅん、と風を切る音。短剣は自由に飛び回る。そして糸を切断する。ロディの身が自由になると、短剣はロディの手に戻る。糸によって拘束されていた身が自由になると、ロディはぶつぶつと唱える。

 

「――天啓よ。我が身に光を、我が身に力を。猛り狂う神聖なる剣をここに」

 

 短剣が光りを放つ。巨大蜘蛛は、地面に降り立ってロディに攻撃をしかけるが、何かに阻まれる。

 強い光がロディを包む。ロディの持っているのは短剣ではなかった。光輝くまるで光そのものを集めたような刀身を持った剣。服からマントがひらりと流れる風に揺れている。それと、体の全身を鎧が包む。

 

「あとは任せてください」

 

 変身とでも言うべき、変わり様。その辺にでも転がってそうな少年と打って変わって、物語にでも出てきそうな戦士のような格好だ。

 剣を構え、魔物へ向く。ゆっくりとした足取りで相手の隙を伺う。

 感覚を研ぎ澄まされる。巨大蜘蛛の動きがゆっくりに見える。先程とはまるで違う感覚。装備だけでなく、ロディそのものが変わっている、ということ。

 

「……」

 

 ロディは、蜘蛛の様子を少し伺って踏み込んだ。それに反応するように、蜘蛛の口がぱっくりと開く。糸が放たれて、広がる。

 だが、剣を横に薙ぎ払えばたちまち光の剣によって切断される。

 

「だぁっ!」

 

 上段に構えて、巨大蜘蛛の脳天へその剣を叩き込む。剣が光を増していく、三日月の形をした光の塊が斬撃となって放たれて、巨大蜘蛛を両断する。

 ほんの少しの時間で、決着がついてしまった。その様子を見ていれば感想は呆気ないの一言だろう。体を鍛えてきた騎士たちでも敵わなかった相手が、数秒で真っ二つにされてしまった。

 

「さすがだな、勇者さん」

「偽物ですけどね」

 

 スッ、と剣がただの短剣に戻り、マントや鎧も消えて元のロディに戻った。

 

「俺の仕事は終わりですから、行きますね」

「おう」

 

 挨拶を交わすと、ロディは神殿の外へ出ていく。

 

「人工勇者、か」

 

 そして、その背を見送りながらアルテルムは呟いた。 

 

 ――ああ、しまった。

 

 そうロディは心の中で呟いた。彼の仕事は人助け、人を襲う魔物と魔族を倒すこと。勇者としての使命。神殿に隠れていた蜘蛛を倒して、今日やるべきことは終わった。騎士、アルテルムに挨拶をして神殿の扉を出る。

 

「あ! あ……あああ……」

 

 その先で待ち構えていたのは、少女。ロディがここまで運んできた貧相な少女だった。ひょっこりと、こちらを覗いたと思えば彼女の顔はだんだんと青ざめていく。彼女の視線はロディの後ろに釘付けになっている。ロディの後ろにはあの巨大蜘蛛の起こした惨状がある。ロディの体である程度見えないとしても、きっと彼女はなんとなく状況を理解してしまったのだ。

 しまった、と後悔しても遅い。きっと、ここのシスターであろう少女が青ざめた表情をしているということは、きっと察してしまっているのだろう。

 

「……っ!」

「あ、待っ……くっ!」

 

 少女は走り出す。それを追いかけようとするが、体の内側から強烈な痛みが走る。傷はまだ癒えてない。さらには、あの蜘蛛の糸は体内にも入っていた。体からびろんっと糸がはみ出している。

 目眩がする。体がくらくらする。

 

「待っ……て……」

 

 それでも、なんとか少女を追いかけようとする。でも、体はその通りに動いてくれない。やけに体が熱い。力が入らない。バランスを崩して、倒れるのと同時に視界がぼやけていく。

 ロディは意識を手放した。

 

 

 

 かつて、人間族という種族はこの世界で最大の数を誇っていた。不倶戴天の敵である魔族と数々の戦乱を繰り広げつつも、様々な国を形成させて発展していった。

 だがある日、それはひっくり返った。どこかの地点からか放たれた黒い波、それが世界中に広がっていき、それに飲み込まれた人の半数以上は死んでいった。世界中を飲み込んだ黒い波によって人類の過半数が死亡する出来事、通称『魔の波』と共に魔族が弱っている人間族へ各地で一斉に戦いを仕掛けた。

 人間の住む地域はどんどんと魔族によって支配されていき、魔族に見つけられた人間は殺されていった。

 こうして、魔族が支配する世界が構築された。

 ――だが、人類はまだ諦めていなかった。残った人々は各地で集結していき、魔族へ対抗する根城を作って行った。

 そのうちの一つが、唯一『魔の波』の影響を受けなかった場所であった。人々はその場所へ集結していき、力を増していった。

 その場所はいつしか『魔の波』及び魔族に抵抗する組織が形成されて、人類最後の防波堤【マリアンナ】と呼ばれることになった。

 

 

 

 

 暖かく柔らかい感触が体を包んでいる。目を開くと、木の天井が見える。どこかに運ばれたようだ。上半身を起こしてみると、ベッドに寝かされていたことがわかる。

 

「そうか、確か倒れて……」

「その通りだよ。全身に切り傷、体内貫通、さらには強烈な毒。普通の人間なら三回は死んでるね」

 

 ロディの右側には飽きれた顔をした少女がいた。黒い髪を腰辺りまで伸ばしていて、黒ずんだ石の埋め込まれた錆びた腕輪をつけて、真っ白で銀色の装飾のなされたやけに高価そうな服を着ている。

 ロディの上司のドロシアだ。ロディよりも幼い外見をしているが、それでも権限はロディよりも上。年齢もロディよりも若い。

 

「騎士の人を庇ってたら攻撃をもろに食らったんですよ」

「それは騎士本人から聞いたから知ってる。にしても、マリアンナには魔除けの結界が施されている。だから、本来は魔物は入れないはずなんだけどね」

「そうですね」

 

 マリアンナの周囲には巨大な金属の板のようなものが作られており、そこになんらかの魔法などを施すことで魔族や魔物から見つかるということを防ぎ、なおかつその侵入を阻むというものだ。

 

「まあ、たまに結界が緩むからそこをつかれたんだろうな」

「そういうもんですか」

「そういうもんだよ」

「なるほど」

「で、調子はどう?」

「大丈夫ですよ」

 

 いつの間にか体の傷は治っていて、体に突き刺さっていた糸も抜かれている。

 毒を受けたらしいが、貫通した糸をつたってあの巨大蜘蛛が注入でもしたのだろう。気絶したのはきっと、そのせいだ。

 

「さすが、勇者だな」

「偽物ですけどね」

「偽物じゃないさ。人為的に作られただけじゃないか」

「十分偽物っぽいですけど」

「そう言うなって。君たちが主戦力なんだからさ」

 

 勇者というのは本来、突然その力に目覚めるものだ。天啓だとか、神に選ばれただとか色々言われてるが、つまりは選ばれた者だけがなれる。その他にも、力は劣るが何かしらの存在によって勇者になれるアイテムを渡されるらしい。

 だが、ロディはどっちとも違う。普通の人間を無理矢理、勇者にしてしまう。言うなれば改造だ。

 魔族によって追い詰められた人間たちは、非人道的なことまで容易に行うようになってしまった。そして、人を消耗品として使ってなんとか生み出された、それが人工勇者。マリアンナに住まう人類の主戦力。

 

「そうは言っても、人工勇者ってことを除いても俺はまだ不完全ですよ」

「ああ、聖剣のことか」

「はい」

 

 聖剣、ロディがあの蜘蛛を倒す時に使っていたまるで光そのものが刀身のようになっている剣。ロディが勇者として改造された時に手にしたものだ。例え人工だとしても、勇者になればそれ相応の武器が勝手に手元に現れる。ロディの場合はこの剣だった。

 

「まだ、名前がわからないんだったかな?」

「そうですね。聖なる武器と言われてるうちの一つ、こういうものは名前がわからないと真価を発揮しないらしいじゃないですか」

「そうだなぁ。まあ、そのうちわかるさ」

「まあ、そうですね」

 

 調べようにも、ここには人々が逃げ延びてきただけで資料などのものはほとんどない。今のところは名前を知る方法はない。

 

「で、そろそろこっちの女の子を放置してるのはどうかと思うけど」

「えっ?」

「ほら」

 

 ロディの左側をドロシアが指を差す。布団に隠れて、よく見えていなかったが肉付きのあまりよくない少女が眠り込んでいた。外套に十字架、見覚えのある容姿だ。

 

「あ、この子」

「知ってるの?」

「はい。神殿に行く前にたまたまぶつかって眠りこけてた女の子ですね。というか、この子の前で倒れましたね。なんでこの子がここに?」

「この子が君を運んできたから当然だよね」

「えっ」

「本当だよ?」

 

 少女の体格はロディよりも小さい。とても運べたとは思わない。

 

「魔法使ったってことですかね」

「だろうね」

「んん……、うわっ!」

 

 少女が目を覚ます。近くにいたロディにビックリして後ずさりする。

 

「君が運んできたくれたんだよね。ありがとう」

「ど、どうも……」

 

 少女はどうやら、ロディを警戒しているようだ。訝しげな目でずっとロディを見ている。

 

「というか、よく俺がどこの人かわかったね」

「だって、勇者ですよね? 勇者ってことは【アリス】の人ですよね。あの中の魔物を倒したことからあなたが勇者だってすぐにわかりました」

「……中を見たの?」

「はい」

 

 少女は俯く。あの光景はそんなに気軽に見れるものじゃない。

 それに、きっとこの少女はあの神殿のシスターだ。

 

「それで、君に色々と聞きたいんだけどね。君はあそこのシスターで間違いないかい?」

 

 ドロシアが話に割って入ってくる。

 

「……はい」

「それにても、君はやけに疲労している。それはロディを運んできたこと以外の要因があると見てる」

「外に行きたいって話をしたら、神殿のシスターみんなから怒られたんです。長時間、お説教されちゃって」

「なーんだ、そんなことか。じゃあいいや。それは君が悪いさ。マリアンナの外に行こうなんてね」

 

 マリアンナの外にはうじゃうじゃと魔物がいる。死にに行くのと同義と言っても過言じゃない。

 

「だから、勝手に抜け出して行こうとしたんです。でも、そうしたらみんな死にました」

 

 ぎゅっと、少女は拳を握りしめる。その表情は悲しみとかそういうものじゃない、その顔には怒りが宿っていた。

 

「私は、あのときあの人たちを見捨ててしまったみたいに生き延びてしまった。本来はあそこで死んでいたんです。でも、私の親しい人たちは死んでしまった。だから、私を【アリス】に入れてください」

「それは復讐ってことかい?」

「あの神殿のおかげで、私は生きられてましたから。だから、あの人たちを奪った魔物を許せるわけがないじゃないですか」

「うーん……」

 

 ドロシアは決めあぐねている。

 アリス、それはマリアンナに存在する人類の魔族への抵抗組織。マリアンナに集った人々が魔族と戦う力を得るために組織されたもの。人工勇者を生み出したのもアリスで、それを扱うのもアリスだ。魔物関連の事件はすべてアリスによって解決される。

 だが、そんな組織だからこそ簡単に誰でも入れれるわけでもない。

 

 それに、この少女はどこかおかしい。まだ、神殿の事件が起こってからそこまで時間は経ってない。中を覗いたということは彼女の言う"親しい人たち"の死体を見てしまった。落ち込んでいる様子がない。彼女はただ怒りを見せているだけだ。シスターたちの死を、悲しんでるように見えない。

 

「入れてくれないんですか……?」

「そう簡単にはね」

「そうですか。なら、こうしましょう。――私が、ロディさんの武器の名前を教えてあげます」

「……なんだって?」

「眠ってる間に聞こえてきました。ロディさんは武器の名前がわからないんですよね? それを教えてあげますから。交換条件です」

「いやいやいや、待って。君は普通のシスターなんでしょ?」

「そうさ。君はシスターのはずだ。ロディの聖剣が何かだなんて、わかるわけが……」

「わかりますよ」

 

 少女はにっこりと微笑む。

 

「私、シスターやる前はそういった武器のことを調べてましたから」

 

 ますます、この少女のことがわからなくなった。怒りの表情をスッと消して顔に張り付いた笑みはどこか不気味に見える。

 

「そうか、そこまで自信があるのならやってみればいい」

 

 ドロシアは諦めたように言う。

 

「いいんですか?」

「聖剣の名前がわかるなら、だいぶ変わるからね。だからちゃっちゃと剣を出しなさい」

 

 ベッドから無理矢理引きずり下ろされる。どうやら、やるしかなさそうだ。

 

「わかりましたよ」

 

 ロディは短剣を抜く。

 

「天啓よ。我が身に光を、我が身に力を。猛り狂う神聖なる剣をここに」

 

 ロディは"変身"する。鎧とマント、それから光の剣。

 

「……」

 

 それを見て、少女はやけに驚いている。目をその剣に釘付けにされている。

 

「それ……は……」

 

 その様子は、きっとこの剣のことを知っている。

 

「……聖剣バンダースナッチ、この世界に現存する最強の剣」

 

 そして、少女はポツリと呟く。

 

「バンダースナッチ、それがこの剣の名前……」

 

 名前を呼んだ瞬間、剣は光を増す。ピリピリと握っている手から、何かが伝ってくる感触がする。この剣が反応していると言うことは少女の言ってた名前は確からしい。

 

「これで、私もアリスの一員ですね」

「しょうがないなぁ……」

 

 不本意ではないけれど仕方ない、とでも言いたげにドロシアはため息をつく。

 

「じゃあ、君をアリスのメンバーにするために、色々とやってくるよ。君、名前は?」

「私はデュスノミアっていいます」

「おーけー。じゃあ、待っててね」

「はい」

 

 ドロシアはこの部屋から出ていった。残されたのはロディとデュスノミアだけ。ロディは変身を解いて、ベッドに腰かける。

 

「よく知ってたね」

「バンダースナッチですか? 聖剣バンダースナッチぐらい、見ればわかりそうなもんですけどね」

「世界最強の剣なんだっけ」

「はい」

 

 ロディは、あくまで自分のことを勇者の偽物だと思ってる。だから、ずっとそう言い張っている。何か勇者だとか言われる度に、偽物だという補足をつけている。

 なぜならば、人工勇者になる前は、普通の人間だった。凡人だったから。

 なのに、そんな自分の元にやってきた剣が世界最強、という肩書きがついているなんて荷が重かった。

 

「頑張ってください。それがあれば、魔族にも勝てますよ」

 

 こんな風に、きっと今後も誰かから期待されることだろう。

 凡人の自分なんかに、重いものを持たせないでくれ、そう言いたい気分だった。

 

「まあ、人助けが仕事ですから」

 

 それを払拭するように、その期待にこたえるということをロディは仕事という枠組みに押さえつけた。




エイプリルフールです

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