掟破りの初手番外編。
そんな掟初めて聞いた?そりゃそうだ、今適当に考えた。
私がそう判断した。
広大な砂漠、その隅にひっそりと建てられたとある鎮守府。
その名はバルバレ鎮守府、以前卯月の昔話に出てきた鎮守府である。
かつては『ゆうた』という名前のマナーも常識もない提督に牛耳られていた時期があり、その頃は鎮守府の雰囲気も最悪であった。
更に同じタイミングで超大型深海棲艦に襲われ、鎮守府壊滅の危機に陥ったこともある。
しかし後に新しく提督になる男の活躍によって深海棲艦は退けられ、そのままゆうた提督と入れ替わる形で提督になった彼の手によって鎮守府の雰囲気も改善されたことにより今ではすっかり明るい雰囲気へと生まれ変わった。
そんな新生バルバレ鎮守府、今回のお話はそこから始まる。
バルバレ鎮守府の工房、そこで一人の狩娘の少女が作業台に一枚の図面用紙を広げていた。
「ここはこんな感じで……こっちはこうで……。」
少女は夢中になって図面を引いていくが、ある程度描いたところで手が止まり、悩むように顔が険しくなっていく。
「あぁ~!ダメダメダメ!!こんなんじゃダメーッ!!」
そしていきなり叫ぶと紙をグシャグシャに丸めてそのままゴミ箱に投げ捨てた。
しかしゴミ箱は既に紙屑でいっぱいになっており、投げられた紙は弾かれて床に落ちる。
気を取り直した少女は今度は裁縫道具を用意するとそこから取り出した裁ちバサミを使って布を切っていき、切った布を今度は縫い針で手際よく縫っていく。
少女の手によって簡易的ではあるものの布はあっという間に可愛らしいデザインの小さな服へと変わり、少女はその服をデッサン用の木製人形に着せた。
「うーん。」
少女は服を着た人形を手に取ると、様々な角度から眺めていく。
だが少女の表情は再び険しくなっていき、人形から服を脱がすとその辺に放り捨てる。
「はぁ~、やっぱりダメだなぁ~。」
そしてすっかりやる気を無くした少女はどうでもよくなったかのように作業台に突っ伏してしまった。
「イサナちゃん、何してるの?」
「んっ?……あっ、山城おねえさん!」
そんな少女、改めイサナの後ろから声を掛けたのはドンドルマ鎮守府の精鋭部隊である筆頭狩娘の一人であり、筆頭ランサーの別名で呼ばれることもある山城。
前々提督である団長とは艦娘だった頃から付き合いがあったということもあり、まるで実家に帰省するかのような感覚で定期的にバルバレ鎮守府を訪れているのだ。
ここでイサナの容姿について説明しておこう。
イサナは背も低ければ胸も薄い、見ての通りの少女である。
モコモコとした黄色いオーバーオールと、これまた黄色のモコモコとした長袖の手袋を身に着けており、いくつもの三つ編みを作ることによってまたしてもモコモコになった豊かな金髪と相まって全体的に黄色い印象を受ける。
その一方で瞳の色は青く、おでこに巻かれたバンダナもこれまた青い。
オーバーオールの肩紐は両肩とも外されて前に垂らされており、それによってオレンジの胸のインナーとおへそが丸見えになっている。
顔には薄っすらとそばかすがあるが可愛らしい顔をしており、将来は美人になるであろうことが予見される。
山城の声に反応したイサナは先程までの落ち込んだ様子など無かったかのように笑顔で飛び起きた。
「山城おねえちゃんまた来てくれたんだね~!今日はどんな用事なのー?」
「わ、私のことはいいじゃない……。(ここの提督に会いたくて来たなんて口が裂けても言えるわけないでしょ!?)」
山城はバルバレ鎮守府の新提督にホの字であり、バルバレ鎮守府にやってくる理由の大半は新提督目当てである。
よその鎮守府に所属しているくせに提督を狙って現れる卑しい女ということで、自分のことを棚に上げて香取と金剛にはライバル視されているのであった。
とはいえ仮にも山城はドンドルマ鎮守府のエースの一人であり、多忙の身である。
そんな彼女が今回どうやってバルバレ鎮守府に来れるだけの時間を作ったのか?
それには非常に深……くなく、むしろ浅く薄っぺらいわけがあった。
「しれぇからの招集です!山城さん行きましょう!」
「はいはい、聞こえているわ。分かったから大声出さないで……。」
自室で雑誌を読んでいた山城に声を掛けたのはドンドルマ鎮守府において新顔の狩娘である雪風。
まだ経験の浅い新人だが持ち前の幸運と好奇心、そして柔軟な発想から繰り出される独自の戦法で多大な戦果を挙げており、期待の新人として筆頭狩娘の一員に任命された少女だ。
ちなみに山城が読んでいたのは『男をクラッとさせちゃう女の10の仕草』とかいう非常に頭の悪そうなタイトルの雑誌である。
少し前までの山城であればこういう雑誌には見向きもしなかったのだが、脳内がピンク色に染まっている今の彼女にとっては超重要参考資料なのであった。
ドンドルマ鎮守府の最奥に位置する執務室。
そこは他の鎮守府の執務室とは雰囲気が大きく違い、まるで神殿のような厳かな様相を呈している。
「遅いですよ山城。あなたも筆頭狩娘の一員としての自覚があるのなら、ルーキーの雪風に先輩として模範となる姿を見せるようにしなさい。」
「分かってるわよ、悪かったわね。」
「まぁまぁ、不知火さんもその辺で。提督からの指令を待ちましょう。」
「大丈夫です!まだしれぇも来てないから遅刻にはなりません!」
執務室に着いた山城と雪風を出迎えたのは同じく筆頭狩娘のメンバーである不知火と蒼龍。
不知火はその冷静な判断力と厳格な姿勢からメンバーを率いる筆頭リーダーとしての役割を持ち、蒼龍はそのふわふわとした雰囲気とは裏腹に全体を見渡す目を持った有能な狙撃手であり筆頭ガンナーの異名を持っている。
不知火、蒼龍、山城、雪風、筆頭狩娘はこの四人のメンバーで構成されているのだ。
不知火の小言に顔をしかめながらも既に横に並んでいる不知火と蒼龍の横に山城も立ち、遅れて雪風も山城の隣に立つ。
四人が並んだその直後、先程入ってきた通路の方からズシンズシンと重々しい足音が鳴り響いてくた。
やがて姿を現した足音の主は片手に大きな太刀を携えた鎧姿の巨大な老人であった。
老人はそのまま四人の横を通り抜けると奥にあった大きな玉座に腰掛けた。
この巨大な老人は大提督と呼ばれているドンドルマ鎮守府の提督である。
彼の種族はなんと竜人妖精であり、本来なら竜人妖精は手のひらサイズにしかならない個体がほとんどなのだが彼は人間の数倍もある規格外のサイズを誇っている。
また竜人妖精は女性の個体が多いのだが、彼は見ての通り男性の個体である。
そんな彼はアタリハンテイ力学への適性と高い戦略眼を持っていたため人間の提督を差し置いてここドンドルマ鎮守府の提督を任されており、ドンドルマ鎮守府をここまで大規模な鎮守府へと育て上げたのも彼の手腕あってこそ。
その実績と豊富な知識から多くの提督に尊敬の眼差しを向けられているのであった。
「ムォッホン!筆頭狩娘よ、よくぞ集まってくれた。」
威厳溢れる大提督の声。
その声に釣られるように自然と山城達の背筋も真っ直ぐ伸びる。
「私達筆頭狩娘は司令の手足となって働く部隊です。指令のご命令とあらば拒否する者は一人もいません。」
筆頭狩娘の代表としてリーダーの不知火が答える。
山城としては内容によっては拒否したい命令だってあると思うが、生真面目な不知火にとってはそうではないらしい。
「ウム、その心構えをワシは嬉しく思うぞ。ムォッホン!さて、それでは本題に入ろう。」
大提督は嬉しそうに頷くと咳払いをしたのち、姿勢を改め真面目な顔となる。
「これからヌシたちに極秘指令を下す。」
「極秘指令……。」
大提督の重々しい雰囲気と極秘指令というこれまた重い言葉から、歴戦の猛者である山城も思わず生唾を飲み込む。
「極秘ということで既に分かっているとは思うが、これから伝える内容は他言無用である。僅かでも情報を漏らすことは許されぬぞ。仮に漏らせば最低でも筆頭狩娘からの除名、最悪解体すらあり得る。よいな?」
極秘指令を外部に漏らさないというのは組織として当然のことである。
だとしてもそれをわざわざ強調して言われる辺り、どれだけ重要な指令を下されるのか?
解体処理など事実上の死刑みたいなものである、死刑にされるほどの指令とは一体何をさせるつもりなのだろうか?
「ワシがヌシたちに下す極秘指令、それは……。」
「それは?」
「は?」
告げられた指令が信じられず思わずマヌケな声を出した山城は悪くない。
「む、聞こえなかったのか?ならばもう一度言おう。アプケロスの卵5個とリノプロスの卵5個、計10個の納品だ。」
「大丈夫です、一字一句余すことなく記憶しております。山城、司令からの指令を聞き返すなんてどういうつもり?」
不知火に怒られた山城が左右を確認してみれば、蒼龍も雪風もこの指令にまるで疑問を持っていないようで平然としている。
(こんな指令どうして平気なのよ?まともなのは私だけなの……!?)
この場で状況を飲み込めていない自分一人だけが異端のようだが、どう考えてもおかしいのは自分以外の全員だ。
そう意識することで山城は精神の安定を図る、それでなければ狂いそうだ。
「ハッハッハッ!よいよい、いきなりこのような指令を出されて困惑するのも無理はない。卵の運搬という最難関のクエストを提示されれば、歴戦の狩娘でもたじろぐのは当然のことだ。」
「いや、そういう意味で言ったんじゃ……。」
「卵の運搬というのは実に奥深いのだ。卵は種類ごとに運び方にコツがあり、少しでも間違った運び方をすればたちまち鮮度が落ちる。モンスターや深海棲艦の討伐のような華々しい戦果のある仕事ではないが、しかし誰にでも頼めるような簡単な仕事でもないのだ。戦うのではなくただ運ぶだけなどと軽く考えるような不埒者には依頼出来ん。卵を運ぶのに必要なのは卵を落とさずに運び続けられるだけの膂力、運搬を決して諦めない精神力、そしてこの依頼を決して外部へ漏らさないと誓える誠実さ。これらの要素を兼ね備えた最上級の狩娘をワシは探しておった。そしてヌシたちは卵を運ぶのに相応しい狩娘として選ばれたのだ、誇ってよいぞ。」
自分の世界に入っているのか、山城のセリフを遮って卵について熱く語る大提督。
卵を運ぶのに相応しい狩娘って何!?何をどう誇ればいいの!?そもそも卵の運搬って最難関クエストだったの!?
本気で頭痛を覚える山城だったが、周りはそうでもないらしい。
「司令にそこまで評価していただけるとは!?この不知火、必ずや司令のご期待に応えてみせます。」
不知火は本気で誇りに思っているようであり、蒼龍も似たような感じである。
ポケーッと分かってなさそうな顔をしている雪風だけが山城の癒しである。
「ここだけの話だがワシは卵シンジケートの裏ボスなのだ。」
「卵シンジケート?」
思わずオウム返しで聞き返した山城は悪くない。
卵シンジケートって何!?裏ボスってことは表ボスもいるの!?
今回ばかりは山城だけでなく不知火達も驚いた表情をしているのがせめてもの救いだが、その実態は山城が卵シンジケートという意味不明な単語そのものについて驚いたことに対して、不知火達は大提督が謎の組織に所属しているという事実に対して驚いていたので、外面はともかく内面は全く違う驚き方をしているのであった。
「ウム、卵シンジケートとは卵をこよなく愛する者達で構成された秘密の組織だ。カリュード諸島中に構成員がおり、本土にも所属しているものは大勢いる。国家や身分に人種、年齢や性別といったあらゆるしがらみに捕らわることのない、ただ卵を愛するという意志の下に人々が集まって出来た組織、それが卵シンジケートなのだ!」
それってただの卵愛好家の集まりでしょ、山城はそう思うが口に出すことはない。
卵運びの指令内容を漏らしただけで解体処分される可能性があるのだ、下手なことなんて言えたもんじゃない。
「だが、この組織は飽くまでも秘密の組織。ヌシたちはワシが卵シンジケートの裏ボスだということを漏らすことは許されぬ。もちろん卵シンジケートの存在についてもだ。最初にも言ったが口を滑らせれば恐ろしい目に遭う、よいな?」
これである、知りたくもないことを無理矢理教えてこちらの命を握ろうというのだ。
押し売りでもここまで理不尽極まりないものなんてそうそうないだろう。
「だが袖振り合うも他生の縁、ヌシたちに卵を愛する心があるのであれば我ら卵シンジケートの構成員に加えてやることもやぶさかではないぞ。」
「はっ!この不知火、不肖の身ながら是非とも末席に加えさせていただきたく思います。」
「不知火さんが入るのなら私も……。」
「じゃあ雪風もー!!」
「えっ?えっ!?」
あっという間に筆頭狩娘の75%が卵シンジケートに所属してしまった。
何も考えずにその場のノリで決めた雪風はともかく、不知火と蒼龍は何を思ってこんな怪しげな組織に入ろうと思ったのか?
そして山城に突き刺さる4人の視線、特に不知火からの圧が凄い。
戦艦クラスの眼光とはよく言ったものである、何で卵シンジケートの裏ボスである大提督よりも不知火からの圧の方が強いのか?
「ぐ……ぐぐぐ……は……はい……入……り……ます……。」
「おお!よくぞ決断してくれた!卵シンジケートの裏ボスとして同志が増えるのは心から嬉しく思うぞ!」
同調圧力に屈して遂に膝を折る山城。
みんなの前でなければみっともなく涙と鼻水と涎を垂らして歯ぎしりしながら癇癪を起しているところである。
美人が台無し?そんなもの意味不明なグループにぶち込まれたことに比べれば屁でもない。
そのくらい嫌だったのだ。
卵のことは別に好きでも嫌いでもなかったが、今回のことで大嫌いになりそうだ。
「ムォッホン!それでは同志が増えたことを祝ってヌシたちにこの歌を授けよう。」
「これは卵シンジケートの賛歌だ。卵への愛を伝えたいとき、心高ぶったとき、落ち込み心折れそうになったとき、この歌を歌うとよい。尤も秘密の組織であるがゆえに人目に付く場所で歌うのは禁じておるのだがな。卵はいつもヌシたちの心にある、それを忘れるでないぞ。」
到底歌とは呼べないクソみたいな謎の掛け声を聞かされて真顔になる山城だが、大提督はこの歌に大層な自信があるらしい。
どう贔屓目に評価してもこれは歌ではなく卵と連呼しているだけある。
こんな歌で傷付いた心が立ち直るのであればこれまでのやり取りでボロボロになった自分の心を救ってほしいところだが、実際に歌えば余計に心が折れるだろう。
そもそも普通に生活していたら心の中に卵なんてあるわけないだろう、常識的に考えて……。
「それでは行くがいい、筆頭狩娘よ!!」
「はっ!お任せください。それでは筆頭狩娘、出撃します!!」
不知火に引き連れられ執務室を後にする筆頭狩娘。
その最後尾で山城は苦虫を百匹単位で噛み潰したような顔をしながら、本気でこの仕事を止めたくなっていた。
なぜ自分がこんな目に遭わなければならないのか?山城は己の不幸を呪わずにはいられない。
自分が筆頭狩娘だからいけないのか?だったらそんなもの捨ててやる。
筆頭狩娘という立場もドンドルマ鎮守府のエースとしての称号もあらゆるものも投げ捨てて、そのうちきっと建造されるであろう扶桑姉さまと愛するバルバレ提督に挟まれて一生イチャイチャして過ごしたい。
辛い現実から目を逸らしたい山城は現場に到着するまでそのような妄想をし続けて気を紛らわせるしかないのであった。
バルバレ鎮守府から話が始まると言いつつドンドルマ鎮守府から始まっていることについては気にしない。
アニメでも色々と大活躍(?)の山城。
もちろんこの作品でも彼女は大活躍……しないっていうのはみんな知ってるね。