孤独の行軍歌   作:まーぼう

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宝剣との邂逅

「葉山、小型幻獣の群れが裏通りに向かってる。突破されれば本隊が壊滅するぞ」

 

『戦術マップを確認した。歩兵中隊が守備に着いてるみたいだが?』

 

「いや、ダメージを受けて潰走した部隊がより集まってるだけだ。数こそ中隊規模だが負傷者ばかりで戦力にならん」

 

『そうか……了解した、支援に向かう。裏通りだと戦車は入れないよな』

 

「近くに総武2Jの戦車部隊がいる。一時的に預けとけ」

 

『雪ノ下さんの部隊か……。優美子が反発しなきゃ良いけど』

 

「由比ヶ浜も一緒なら大丈夫だろ。俺はこのまま作戦行動を続行する」

 

『了解。……比企谷、死ぬなよ』

 

「自分の心配してろアホ」

 

 

 それを最後に通信を切る。

 俺は偵察兵だ。役割柄単独行動が多いが、その分戦闘に直接参加する機会は少ない。幻獣の性質さえ把握してしまえば、見付からないように行軍するのはそれほど困難ではなかったりする。

 

 小型幻獣は雑魚だ。簡単に倒せる。が、ほぼ必ずと言っていいほど群で行動する為、装甲の無い歩兵に対する脅威度は下手な中型幻獣を上回る。危険度でいえば葉山達の方が上なのだ。

 むろん、こっちはこっちで十分以上に危険ではある。なにしろ味方のサポートを受けられないから、一つ下手を踏めばそのまま死ぬ羽目になる。

 

 偵察兵の役目は、アンテナとして敵の戦力分布を把握すること。俺の場合、そこから味方をどう動かすかまで考えなきゃならん。ま、実際に命令飛ばすのは隊長の葉山なんだが。

 

 学兵、特に直接戦闘を担当する者には偵察を軽く見る者が多いが、ここで半端な情報を持ち帰ると、味方部隊は勝ち目の無い敵に戦いを挑む事にもなりかねない。

 ぶっちゃけた話、戦闘で勝てるかどうかは偵察の段階で決まってしまう。そのため俺は、他の誰かにこの役を譲る気にはなれなかった。

 

 それはさておき、本当に偵察だけして遊んでるわけにもいかない。少しでも敵戦力を削るのは重要だ。

 八代会戦での幻獣軍の戦力は自衛軍の約30倍だった。

 もうこの時点で絶望的な戦力差であり、個人でいくら倒したところで焼け石に水ではある。ついでに言えば30倍程度では相当に甘い見通しだとも思っている。が、それでも文字通りやらないよりはマシだ。

 この状況下では味方を守る事は自分を守る事とイコールであり、俺にとってそれは小町を守る事と同義だ。手を抜くつもりは無い。

 

 それにだ、攻撃を仕掛ける意味はなにも敵を直接倒す事ばかりではない。

 攻撃を受ければ当然それに対してリアクションする。進軍速度を落としたり、攻撃があった方向を索敵したりだ。

 そうした敵の反応をしっかり予測すれば、戦況をある程度コントロールすることも不可能ではない。

 味方を動かすのが葉山の仕事なら、敵を動かすのが俺の仕事なのだ。

 

 しかし先にも述べたように、単独行動がデフォの俺は味方のサポートを受けられない。よって出来る事は限られる。

 そこで俺が選んだ道は狙撃だった。

 気配を消して死角を取り、反撃を受けない位置から一方的に打撃を加える。

 姑息に卑怯に陰湿に。まさに俺のためにあるような戦術だ。

 

 俺は洪水の如く流れるゴブリンの群をやり過ごしつつ、目的の地点へと急いだ。

 

 

 

 気配を感じた。

 

 目的地、主戦場からほど離れた廃ビルの屋上。そこに先客が居たらしい。

 幻獣である可能性は低い。

 幻獣はアップダウンに弱い。これは幻獣がなだらかな地形が続く大陸での戦いに適応したためであり、日本がどうにか持ちこたえていられる最大の要因でもある。

 そのため町を埋め尽くすような小型幻獣の津波からも、家屋の上階はスルーされることがほとんどだ。俺のような兵士はそれを利用して移動する。

 

(てことは同業者か?)

 

 俺と同じ役割を負った人間なら、俺と同じ考えを持ってもおかしくない。ならば目的遂行のために俺と同じポイントを押さえようとするだろう。

 壁越しに銃を構える気配を感じた。

 やはり人間。それもこれは、俺の力量を見抜いた上で、気配だけで警告している。

 

「総武2F、比企谷十翼長」

 

 名乗ると同時に攻撃の意思が消える。姿をさらすと、それでも銃口はこちらを向いていた。

 

(ま、当然だな)

 

 相手が人間だからといって味方だとは限らない。こんなご時世でさえ足を引っ張り合うのが人間だ。

 その理由は政治的な駆け引きであることもあれば、宗教的なものであることもある。特に最近は共生派の動きが活発になっているらしいし。

 

 幻獣共生派というのは、文字通り人間と幻獣の共存を主張する一派だ。彼らによると幻獣とは神の遣いらしい。

 当然ながら政府はこれを弾圧。この主張を認めてしまえば、人間が悪ということになってしまう。以降、共生派はそれだけで銃殺刑だ。

 共生派は共生派で、政府に抵抗するテロリストへと成り下がった。

 まぁ、あくまで戦いを否定するガチの平和主義者も居るみたいだが、現在共生派とされる人物のほぼ全ては、共生派を名乗っているだけのただのテロ屋だ。

 

 ただ、俺の方は相手のことを疑ってなかった。

 わざわざ警告を発してきた相手だ。テロリストである可能性は低い。無論、こちらも銃を向けてはいるが。

 相手の男の装備を観察する。

 戦車随伴兵(スカウト)としては最高級のウォードレス『武尊』にレーザーライフル。腰には超硬度カトラス。

 驚いた事に俺とほぼ同じだった。そして同時にこの男に対する疑惑が完全に霧散する。

 武尊はともかく、レーザーライフルはレアすぎる。テロ屋風情には入手できないし、無理を通してまで手に入れる意味も無い。

 そう考えたのは相手も同様だったらしく、俺達は同時に銃を下ろした。

 

 この場所からはビル群が遮蔽になって地上がほとんど見えない。代わりに飛行タイプの幻獣どもは丸見えだった。

 俺の目的は、この敵の空戦ユニットを叩く事。人類側は航空戦力を使えない為、制空権を取られると被害はシャレにならなくなる。

 主な石油産出国が滅んでしまっている今、燃料を大量に消費する航空機は滅多な事では使えない。

 化石燃料の値は年々上がり続け、ガソリンはリッター500円を越えている。が、それでも金を出せば手に入る分、まだ余裕があるのだろう。

 

 俺は男から少し離れた位置で腹這いになり、レーザーライフルのスコープを覗きこむ。

 こいつは研究所で最近開発された最新兵器で、人類側では唯一の光学兵器。軍全体でも使い手が数人しかいないという代物である。

 もっとも使う人間が居ないのは、数自体が少ないというのもあるが、最大の理由は使い勝手が悪すぎることだろう。

 なにしろ人類初の光学兵器だ。実戦投入はされてるが、いまだに試作品の域を出ていない。

 弾切れの心配は無いものの一発毎にエネルギーのチャージが必要だし、威力は充分だが故障も多い。

 こんな使い辛い物をわざわざ使っているのは、ひとえに銃声がしないからだ。

 幻獣は音に敏感だ。普段なら階段を無視するゴブリンどもも、上に人間が居ると判れば話は別だろう。

 

 スコープ越しに見えるのは2種類の幻獣。

 現在確認されている幻獣は8タイプ。その内飛行タイプは2種類だ。

 厳密にはもう1種ヒトウバンというのがいるが、2メートルほどしか浮けない上にザコなので数に数えられてない。ただし、そいつは相対した時の胸糞の悪さはダントツだ。

 まぁそいつの事はいい。今敵軍の上空を飛んでいるのは十数機のヘリ、ゾンビヘリこと『きたかぜゾンビ』の群だ。

 こいつは寄生タイプの極小の幻獣の群体で、軍用ヘリ『きたかぜ』に取り憑いて操っている。機動力と攻撃力に優れるが装甲は薄いという、典型的な空戦ユニットだ。

 ちょっと油断するといつの間にか頭上を取られ、生体機関砲を雨あられと降らせてくる危険極まりない敵だ。序盤でこいつをどれだけ減らせるかは、味方の損耗率に直結する。

 そのゾンビヘリに混じって巨大な影が浮いている。

 

(……チッ)

 

 スキュラ。

 空中要塞の異名を持つ、8種の幻獣の中で最強と目されるタイプだ。学校では、こいつが出てきたら味方に死人が出るのを覚悟しろと教えられる。

 実際にその力は凄まじく、主武装であるレーザー砲は長射程にして高精度、戦車の装甲を一撃でぶち抜く威力を持つ。さらには高高度から撃ち下ろしてくる為、塹壕がまるで役に立たないという厄介さ。

 また、防御面でも突出しており、装甲でも耐久力でも群を抜いている。まさに要塞である。

 

 俺は少し迷った。

 どちらを優先して落とすかで言えば、やはりスキュラだろう。しかし先にも述べたようにスキュラは堅牢だ。一撃で落とせるかと言われると正直自信がない。せめてこっちを向いてくれれば話も違うのだが……

 

「……俺はまずゾンビを落とす」

 

 唐突に聞こえたその言葉は、隣の男が発したものだった。まったく予想してなかったことなので、それが俺に向けられた言葉だと判断するのに数秒かかった。

 

「了解。スキュラは俺が殺る」

 

 俺の簡潔な答えに、男は小さく頷いた。

 再びスコープを覗く。この時、目は両方開けておく。

 左右の目で別々にものを視るのだ。それが出来ない奴は狙撃には向かない。

 スコープを覗く側ではない左目に、男が引き金を引くのが映りこむ。

 レーザーライフルの先端から光が迸り、遥か彼方の機影が2つ地に落ちる。

 

(すっげ……!)

 

 ワンショットツーキル。一度の射撃で二体の敵を落とす高等技術。

 狙って出来る事ではないが、狙わなくては絶対に出来ない。そういう部類の技、というより現象だ。

 雰囲気からして相当な手練れだと踏んでいたが、どうやらこの男の戦士としての技量は、俺より数段上らしい。

 

 対抗心が湧いたわけではないが、見惚れているわけにもいかない。スコープの中ではスキュラがこちらに回頭していた。今の一撃だけで射撃地点を特定したらしい。

 

 俺はスキュラの厄介さは、単純な戦闘力よりもこの頭の良さだと思っている。

 軍上層部は頑なに認めようとしないが、幻獣には明らかに知性がある。

 個体差はもちろん存在するが、タイプ毎にレベルや傾向の偏りがある。例えばミノタウロスなら単純で獰猛、のような。

 スキュラは一言で言えば指揮官タイプ。

 視野が広く、判断力に優れ、統率力も高い。正直、スキュラが居るかどうかだけで敵の動きがまるで違う。人間でさえあれば俺の上官に欲しいくらいだ。少なくとも戸部や由比ヶ浜では比較にもならない。

 

 こちらを向いたスキュラの単眼が赤く輝く。レーザーの予兆だ。それを、俺のレーザーライフルから放たれた閃光が焼き貫いた。

 行き場を失ったエネルギーはスキュラの体内で炸裂し、その巨体は驚くほどあっさりと崩れ落ちる。

 

「……やるな」

 

 ボソリとした声は隣の男のもの。見ればその銃口は、わずかにこちら側に角度を変えていた。

 俺が討ち漏らしたら自分で落とすつもりだったのだろう。要は信用されてなかったということだ。

 別にその事に腹を立てたりはしない。逆の立場なら俺だってそうする。というか今日初めて顔を合わせた相手に信用もへったくれもないだろう。

 戦場では名前も知らない相手に命を預ける事も珍しくない。だから味方が出来ると言ったなら、いちいちそれを疑ったりしない。

 戦場で味方を疑わない事は単なる技術でしかなく、それは信用や信頼とはまったく別の事なのだ。

 戦場では味方を疑わず、その上で味方が失敗した時の対応を常に頭に置いておく。生き残りたいならそうすべきだ。

 

 狙撃手を探してグルグル回っていたゾンビヘリ達は、さらに二機を落とされてようやくこちらを捕捉したようだ。

 ただ、スキュラとは対称的に、きたかぜゾンビは幻獣の中でぶっちぎりに低脳だ。足の速さに任せて真っ直ぐ突っ込んでくるだけなので、ただの的当てと変わらない。

 当然俺達が的を外すわけもなく、ゾンビヘリは二分足らずで全滅した。

 

 

 最低限の仕事は終わったが、戦いはまだ続いている。

 地上の砲戦型に狙われないように遮蔽の多いこの場所に陣取ったので、地上を狙えるポイントまで移動しなければならない。と思っていたら男がいきなりビルに向かって発砲した。

 ビルの窓越しに幻獣側の主力砲戦タイプ、ゴルゴーンが爆散するのが見えた。

 

(ま、窓抜き……!)

 

 建物の窓という、ほんのわずかな隙間を縫って敵を射殺す超高等技術だ。それを事も無げにやってのけた男を唖然と見ていると、そいつは変わらぬ調子で口を開いた。

 

「……俺は北に向かうつもりだ」

 

 言外に、お前はどうする?と聞いているのだろう。

 空戦ユニットを叩いた後は地上を狙えるポイントに移動する予定だった。その候補は北と東に一つずつあったのだが、東は幻獣軍の勢力下にあるため、少々危険が伴う。

 別に二手に別れる必要はない。どちらに行っても戦果は大差ないだろう。が……

 

「なら東で」

 

 俺はそう答えていた。

 意味なんて無い。ただこいつに守られるのが我慢ならなかっただけだ。

 などというわけはなく、場所を散らせばその分敵に特定される可能性が減るからだ。いや、正直に言えばなんとなくシャクだったというのもあるが。

 

「……行けるのか?」

 

 男のその声にも挑発の気配は無い。なのについ反発したくなる。

 まぁなんだ、俺にも一応プライドみたいな物があったらしい。……さっさと捨てちまわねえとマズイな。

 俺は男の言葉に頷いて懐からある物を取り出す。

 

「……それは?」

「手製のバルーングレネード」

 

 答えつつピンを抜き、通りに向かって放り投げる。

 バルーンはすぐに膨らみ、慣性に従ってふよふよと流れていき、100メートルほど進んだところで破裂して中の硫酸を撒き散らした。

 下では道路を埋め尽くしていたゴブリンどもの一部に、一時的に穴が開く。

 連中は慌てふためいた後にバルーンの残骸を発見し、それを追いかけて俺達とは反対方向へと流れていった。

 

「……なるほど」

 

 男は感心したように呟いた。

 しかしなんだ。ずいぶんと口数の少ない奴だな。お喋りな奴よりはよほど良いが。

 

「じゃ、奴らが戻って来ない内に俺は行くぜ」

 

 俺は簡潔に告げて立ち上がる。

 背中からも、男が立ち去ろうとする気配。

 

「……5121。来栖銀河」

 

 唐突に聞こえたその単語が、自己紹介であると理解するまで数秒を要した。

 

「……俺は運が良い。安心して背中を任せられる味方を、最低でも二人知っている」

 

 脈絡の無いセリフに振り向くと、男ーー来栖、でいいのか?ーーの姿は既に無かった。

 

 ……こんなバケモンみたいな兵士があと二人も居んのかよ。

 

 内心で呆れつつ東のポイントへ急ぐ。その道すがら、来栖の出で立ちを思い出す。

 

(……そういや、見たことねぇ勲章着けてたな、あいつ)

 

 俺の戦果は全て葉山のものになる。そういう取り決めがある。

 だから俺が勲章を受け取る事は絶対に無い。

 そのため、俺は勲章の事はほとんど知らない。来栖の着けていた勲章の意味も、やはり知らなかった。





 火の国の宝剣章

 マジックソードオブムスルブヘイム。
 焔の絡み付く剣を意匠化した勲章。熊本最強の兵士の証。

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