孤独の行軍歌   作:まーぼう

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キャラ死亡注意


銀剣の誓い

「ようこそ熊本へ。あなたが葉山隼人くん?」

 

 バスから降りた俺を迎えてくれたのは、教師としてはまだ若い女性だった。

 淡い桜色の服を纏ったボブカット。美人というよりは可愛らしいと呼んだ方がしっくりくる、幼さの残る容貌。

 目上の相手に対して抱く類いの感想ではないと分かってはいたが、それが彼女に対する最初の印象だった。

 

「初めまして。私は芳野春香、あなたの副担任になります。……といっても私の担当は国語だけなので、戦争のお役には立たないんですけど」

「そういうことは自分で言わない方が良いですよ。国が必要だと判断したからここに居るんじゃないですか?」

「ふふっ、ありがと。お世辞でも嬉しいわ」

 

 芳野先生はそう言って笑い、くるりと背を向ける。

 

「寮まで案内しますね。着いて来てください」

「よろしくお願いします」

 

 

 

 これが、俺と芳野先生の出会いだった。

 

 

 

「葉山くんは関東からでしたね。どうして熊本に?」

「徴兵ですよ」

 

 先生の当たり障りのない質問に、俺はそのままを答える。が、どうやら意図を読み違えたらしく、芳野先生はきょとんとした表情を浮かべてから付け加えてきた。

 

「ああ、いえ、葉山くんの学校……総武校でしたか?着任は来週からの予定じゃないですか。どうして1人だけ先に来たのかと思いまして」

「ああ、そういう……。下見、みたいなものです。成り行きとはいえ隊長を任されたわけですし」

「真面目なんですね」

「ただの性格ですよ。自分の目で直接見ないと安心できないんです。臆病なものでして」

「勇敢で無謀な兵隊さんは使えないらしいですよ?隊長さんなら臆病なくらいで丁度良いと思いますけど」

 

 どこかピントのズレたことを言う芳野先生。国語担当というだけあって軍のことは全く知らないらしい。俺はため息をなんとか押し殺して会話を続ける。

 

「そういうわけにもいきませんよ。戦う以上は戦果を上げないと、下手したら懲罰部隊行きもあり得ますから」

 

 懲罰部隊とは文字通り、何らかの違反者が罰として配属される部隊だ。

 基本的には犯罪者、主に脱走兵が送られるところで、最低限の装備だけで最前線に放り込まれ、逃げれば味方から撃たれることになる。要は事実上の処刑である。

 普通に兵役に就いていればそうそうあることではないが、あまりにも戦績が悪いと敵前逃亡と見なされてそういうことも有りうるのだ。

 しかし芳野先生にとってはやはり理解の及ばない世界の話らしく、小さく小首を傾げるばかり。

 

「そういうものなんですか?私としてはあまり生徒に危ないことはしてほしくないんですけど」

「……まあ、戦争ですからね。できるだけ努力しますよ。俺だって危ないのはゴメンですし」

「はい。無理はしないでくださいね。……真面目ですね、やっぱり」

「そうでしょうか?」

「ええ。部隊のみんなのために自分ができることをしようとしてます」

「自分の役割をこなすのは普通のことだと思いますけど」

「そうでもないですよ。東側は徴兵拒否も多いと聞いてますし」

 

 そういうものなのだろうか。

 割り振られた役目は自分で消化する。それをしなければ他人にしわ寄せがいくのだから当たり前だ。結局は力及ばずそうなってしまうこともあるが、少なくとも自分でなんとかしようとするのは当然のことだろうと思っていた。が、周りの人間を見てみると、案外そうでもないのかもしれない。

 たとえば去年の文化祭。あれは酷かった。

 六十人以上居るはずの実行委員が十人足らずで作業に追われていた。

 それはある理由からサボりが半ば公認されてしまったからなのだが、いくら許されるからといって、自分が負うべき責任を疑いもなく誰かに押し付けられることが理解できなかったものだ。

 こうした事例を鑑みれば、俺のような考えはむしろ少数派なのかもしれない。

 少数派、文化祭という単語からあいつを思い出す。

 

 みんなのため、か。

 あいつが聞いたら鼻で笑うんだろうか。

 そういえばあいつは俺より先に熊本に来ているはずだが、先生はそれには触れてないな。

 

「先生、着任前に来るのってそんなに珍しいですか?」

「そうですね。やっぱり早く戦いたいなんて人はいませんし、準備のために前日に来るくらいが普通でしょうね。こんなに早く来た人は、私が知る限りでは葉山くんだけですよ」

 

 どうやら知らないらしい。あいつのことだ、きっと部隊から離れたところでなにかしているのだろう。

 意識をクラスメートから切り離したところで先生が声を上げた。

 

「ここです。荷物はもう届いてますから荷ほどきしといてくださいね。明日は学校まで案内しましょうか?」

「お願いします」

「わかりました。それでは朝の八時に迎えにきますね。私は書類仕事が残ってるのでもう行きますが、何かあったらここに連絡してください」

 

 先生が差し出した電話番号が書かれたメモ用紙を受け取り礼を言う。先生は最後までにこやかに立ち去っていった。

 

「さて……と、とりあえず食って寝れるようにしないとな」

 

 今日からはここで生活することになる。隊長特権で一人部屋だ。

 荷ほどきが終わったら周りに何があるかを確認しに行くか。そんなことを考えながら、俺はそう多くない荷物と格闘を始めた。

 

 

 

 翌日。

 朝に弱いらしい芳野先生が、八時よりは大分遅れて迎えにきたのは別の話。

 

 三月半ば。桜の咲く前であった。

 

 

 

 

 変化は最初から始まっていた。

 それが顕著に現れだしたのは、四月に入ってからだった。

 

 

「あははははっ、三浦さーん。国語のお勉強しましょー」

「いや、あーしら戦車の整備あるから無理……つか酒臭っ!?」

「ほらー、由比ヶ浜さんもー。こんな成績じゃ卒業できませんよー?先生プリント作ってきましたからー」

「せ、先生、最近出撃多いからみんな勉強してる余裕無いですよ」

「そんなこと言ってー。勉強キライだと立派な大人に……あら?あらあら?」

「はいはーい、先生は小町とお勉強しましょうねー」

「こ、小町、助かったし!」

「小町ちゃんゴメン!先生のことお願い!」

「はいはい、小町にお任せあれ!さー先生、プリントどんなですかー?」

 

 プリントのことを聞かれた芳野先生は、機嫌よく小町ちゃんに引っ張られていった。

 格闘訓練中、それらの様子を遠目に眺めていた俺に、パートナーをしてくれてた戸部が話かけてくる。

 

「芳野先生、最近ずっとあんなだよなー」

「そうだな……」

 

 戸部の言うように、芳野先生は酒の臭いをさせて学校に現れるようになっていた。

 飲酒は以前からだったようだが、時間と共にその量が増えているらしい。最近では校内に持ち込んで飲んでいる姿も目撃されている。

 

「まあでも仕方ないかもなー。芳野型はストレスに弱いっていうし」

「そう、だな…………」

 

 芳野型。

 戸部が何とはなしに口に出した言葉が胸に刺さる。

 芳野先生が量産タイプのクローンであることを知ったのは、こちらでの授業が始まってからだった。

 

 人類は幻獣との戦争を続けるために、人間のクローンという禁忌に手を出した。減り続ける人口に対し、戦える人間の育成がまったく追い付かなかったからだ。

 また、人間同士の交配によって産まれる純粋な意味での、いわゆるオリジナルと呼ばれる人間は弱すぎた。そこでクローンは遺伝子操作によって細胞レベルで強化されるようになった。

 遺伝子操作の影響か、クローンは繁殖力が極端に弱かった。

 戦争でオリジナルの人間が淘汰され、出生率が1%を下回るようになってからずいぶん経つと中学の授業で習った。今ではほぼ完全にクローン技術によって人口を保っている有り様だ。

 

 現在、人間と呼ばれる生物は大別して二種類存在している。

 一つは赤ん坊の状態で、申請のあった婚姻関係にある男女の下に届けられ、子供として育成される『市民』

 もう一つは戦争継続のため、必要充分な状態まで培養された肉体に記憶を焼き付けた『量産型』だ。

 

 戦争と縁遠い関東には、量産型はほとんど存在しない。故に、俺は芳野先生がそうであることに気付かなかった。

 芳野型は戦争による平均的な学力の低下を補うためのタイプだ。自然、その役割は教師として学兵の指導を勤めることになる。が、最近増えてきた量産型の暴走事故の筆頭として名前が挙がるのも芳野型だった。

 量産型のクローンは、知識はあっても経験が伴わない。つまり実質赤ん坊の精神しか持たない者に、大人のとしての責任を負わせていることになる。当たり前だがストレスに耐えられるはずがない。壊れるのはむしろ自明と言える。

 

 量産型にもストレスに強いタイプはいる。例えば小隊付き戦士(戦士は学兵における階級の一つ。自衛隊の軍曹に相当する)として配備される若宮型や、戦術理論の教官となる坂上型などはかなり安定しており、長期にわたっての運用が可能とされている。

 しかしそれらはベースとなる人格によるところが大きく、芳野型は戦争には致命的に向いていないのだ。

 芳野型の性格は、端的に言えば優しい普通の女性である。

 責任感が強く、思いやりがあり、細やかな気配りができる。

 平時であれば多くの生徒に慕われる良い先生となっていただろう。実際政府は、そうした点が学兵達の精神的なケアになると見越して芳野型を採用したはずだ。しかしそれは失敗だったと言わざるをえない。

 そうした人間的な長所は、戦争の中では己を押し潰す重荷にしかならなかった。

 芳野型の多くは、教え子を戦場に送り出し、そして失う心的負荷に耐え切れずに不具合を起こしていったのだ。最近では暴走した個体が学兵に怪我を負わせたという噂も出てきている。

 

「なんかしてやれねーかなー。あのままじゃ可哀想じゃね?」

「そうだな……」

「いや隼人くん、ちゃんと聞いてよー。そうだなばっかっしょー」

「そうだな……」

 

 そうは言っても、芳野先生の優しさに助けられた部分は大きかった。

 熊本に来たばかりの頃の地獄のような惨状では、先生の励ましが無かったらきっとみんな持たなかったはずだ。だからこの部隊には、先生を嫌っている者は一人もいない。

 

「せめてなんかで安心させてやれりゃなー」

「そうだな……」

 

 戸部のおしゃべりを聞き流しながら、俺は淡々と訓練をこなした。

 

 

 

「全体、休め!……姫菜、戦況を確認してくれ」

 

 戦線が落ち着き小休止の命令を出すと、みんなが一斉に座り込んで深く息を吐いた。その中で通信士の姫菜だけが俺の元へと駆け寄り、戦場の状況を伝えてくれた。

 

「この辺はもう大丈夫。他のエリアも敵が撤退を始めてる。今日はもう戦闘は無いと思うよ」

「そうか。人類側の損害は?」

「ウチの部隊は損害ゼロ。目立った怪我人も無し……別行動中のヒキタニくんも含めてね。よその戦域では車両大破が一、多少死傷者も出たけど戦力には影響無いみたい」

「追撃戦の様子は?」

「幻獣は北と西に逃げていってるみたい。参加する?」

「そうだな……みんな!まだ余裕はあるか!?」

 

 個人的には優勢な時にできるだけスコアを稼いでおきたい。

 戦績が良ければそれだけ軍で優遇される。それはそのまま部隊の生存率に直結する。それがなくとも、敵を減らせばその分だけ人間の驚異が減るのだ。戦える時に戦えるだけ戦うのは、戦時下において当然の義務でもある。

 しかし一方で、戦いからできるだけ遠ざかりたいと願うのもごく自然な欲求だ。実際今の俺の問いかけにも、嫌な顔をする者が少なからずいた。

 今の部隊全体の状態は、戦えなくはないができればやりたくない、といったところか。

 このような半端な精神状態で戦えば、思わぬ損害を出す恐れもある。

 姫菜の話では他所に応援に行く必要も無さそうだし、今日はもう切り上げた方がいいかもしれない。

 そう考えて撤収準備の指示を出そうとした時、姫菜が思い出したように付け加えてきた。

 

 

「そういえば今日のスコアだけど、隼人くんがあとちょっとでシルバーソードに届くよ」

 

 

 場が静まり返り、一拍置いて喧騒が溢れだした。

 

「ちょ、マジで!?隼人くんスゲエ!」

「隼人ヤバイ!マジヤバイ!マジヒーローじゃん!」

「お、落ち着けよみんな!まだ取ったわけじゃないんだから!」

 

 騒ぐみんなを慌ててなだめるが、あまり効果は無かった。

 シルバーソードとは勲章の一種だ。獲得が最も困難と言われるものの一つで、前線の兵士からはエースの証として羨望を集めている。

 そのシルバーソードの獲得者がこの部隊から出るかもしれないとあって、みんなは俄然色めき立っていた。「ここは追撃戦で勲章狙うしかないでしょー!」などと言い出す始末。つい先ほどまでの士気の低下ぶりがウソのようだ。

 そんな中で、テンションの上がった戸部がこんなことを言い出した。

 

 

「そうだ!勲章取れば芳野先生も安心させてやれんじゃね!?」

 

 

 一瞬静まり返り、そして再び沸き上がる。

 

「それいいじゃん!」

「戸部っちたまには良いこと言うし!」

 

 みんなすっかりその気になっている。

 撤収を命じようとしていた俺は戸惑ったが、考えてみればそれは部隊の士気が落ちていたからだ。今の状態なら充分な戦果をあげられるだろう。

 それに、これが少しでも先生の助けになるなら……

 

 俺は考えを改めると、単独で遊撃任務にあたっている比企谷にプライベート通信を送った。あいつにはこちらの会話は聞こえているはずだけど、念のため。

 

『比企谷、聞こえるか……比企谷?』

 

 いつもならすぐに返ってくるはずの皮肉が無い。不安に駈られてオープン回線で呼び掛けようかと思ったところでようやく返事がきた。

 

『…ザ……聞こえてる。どうかしたか?』

『どうかしたかはこっちのセリフだ。何かあったのか?』

『…………いや、何でもない。それより何の用だ』

 

 何か妙なタメがあった。

 気にはなったが、比企谷相手に通信越しに問い詰めても絶対にはぐらかされるだろう。無駄なので仕方なく気付かないフリをする。

 

『俺たちはこれから追撃戦に合流する。西のエリアに向かうからお前も……』

『こっちには来るな』

『は?』

 

 間髪入れずに拒絶が返ってきた。それに違和感を覚える。

 比企谷ならば余計なリスクを嫌って追撃戦に反対するかもしれないとは思った。だから事前に連絡を入れたのだ。

 しかし比企谷のセリフは『こっちには来るな』。自分のいる西側には来るなと言っているだけで、追撃戦そのものに反対してるわけではない。

 これはつまり、比企谷の周りで何かが起きたことを意味している。

 

『比企谷、何があった?』

『…………輸送車が戦闘に巻き込まれた。死傷者も出ている』

 

 車両大破一、死傷者あり。

 比企谷の言葉に姫菜の報告を思い出した。そうか、比企谷の担当エリアだったのか。

 

『救助は?人手は足りてるのか?』

『幻獣はとっくに撤退してるが、そこにいた奴らは捕まって警戒任務に当たらされてる。俺もな。追撃戦に行くつもりなら北にしろ』

『そういうことか……。了解した、解放されたら合流してくれ」

 

 了解の返事を最後に通信を切る。俺は比企谷のことを意識から切り離し、みんなに進軍の命令を下した。

 

 

 

 深夜。

 

 中学校の敷地内に建てられたプレハブの校舎。その一階の小隊長室。

 出撃があった日は、芳野先生はいつもここに居た。この小さな部屋で、俺たちの無事をずっと祈ってくれていた。

 戦闘を終えたら、まず彼女に全員の無事を報告する。それが決まりごとのようになっていた。だから今日も、当然のようにこの部屋を訪れた。

 今日は少しだけ違った報告ができる。そう思いながら引き戸を開けると、いつもと様子が異なることに気が付いた。

 

「……先生?」

 

 人の気配がしない。明かりがないのはいつものことだが、もぬけの殻というのは初めてだった。

 正体のわからない不安に駆られる。

 いつもなら酒で顔を紅くした先生が飛び付いてきて、『大丈夫、みんなのことは先生が守ってあげるから』と泣き出すのだ。

 それを泣き止むまで慰めて家に送り届ける。俺にとっての戦闘は、そこまでして初めて終わる。先生を見つけなければ俺は自分の部屋に帰れない。

 小隊長室から飛び出すと、夜闇に溶け込むような人影が立っていた。比企谷だった。

 

「比企谷……芳野先生を見なかったか?いつもはここに居るはずなんだけど……」

 

 比企谷は何も答えない。その顔は暗くて伺いしれないが、どこか思い悩んでいるようにも見える。

 

「比企谷……?」

 

 再度声をかけると、比企谷は少しだけ顔を持ち上げて口を開いた。

 

「先生はもう居ない」

 

 何を言われたのか解らなかった。思考停止して固まる俺をあえて無視するように、比企谷は事務的に言葉を重ねる。

 

「別の小隊で芳野型の暴走事故があっただろう。それが問題になったらしい。昼の戦闘の間に暴走の危険のある量産型の回収が行われたそうだ」

「何を……言ってる……?」

「明日の午後には『代え』が届くそうだ。必要書類をまとめておくから後で受領印を」

「何を言ってるんだお前は!?」

 

 怒鳴り付けて比企谷の言葉を遮る。これ以上聞きたくなくて、比企谷に背を向ける。

 

「どこへ行く」

「決まってるだろ。先生を助けに行くんだ」

「先生はもう居ないと言った」

「軍が勝手に決めたことなんか知るか!先生に代わりなんかいるはずないだろ!」

「そうじゃない。先生はもう『居ない』んだ」

 

 わずかにトーンの変わったその声音に、決定的な何かを感じ取った。

 

 考えるな。理解してしまえば取り返しがつかなくなる。

 

 輸送車。回収。戦闘。死傷者。

 

 今日一日に耳にした単語が不意に甦った。

 筋道立った根拠などありはしない。なのに、頭の中でバラバラだったピースが噛み合いだしてしまう。

 必死になって理解を拒んでも、頭が勝手に仮説を組み立ててしまう。そして荒唐無稽なはずのその仮説を、否定できる材料が見つからない。

 

「量産型を回収した輸送車が、撤退する幻獣の群れに呑み込まれた」

 

 そんな俺の仮説を、比企谷が無情に補強する。

 

「倒壊したビルで敵の撤退ルートが変化したんだ。俺も駆け付けたが、追撃部隊が追い付いた時にはもう手遅れだった」

「先生は…………どうした………?」

 

 掠れた声で問い返す。

 何か意図があって出たものではない。脳を介さず反射のみで出てきた言葉だった。

 

「輸送小隊は護衛も含めて全滅だった。……輸送車は横転して『積み荷』もぶちまけられていた。幻獣は生身の人間には真っ先に襲いかかるから」

「俺はっ!先生はどうしたんだって聞いてるんだ!」

 

 質問の形をとっていながら、その実相手の発言を遮る怒鳴り声。

 ひどく理不尽だと分かっていたが、それでも認めたくなくて比企谷の胸ぐらを掴み上げてしまう。

 闇に隠れていた比企谷の表情が露になる。

 

 

 

「……すまん」

 

 

 

 比企谷は熊本にきて以来貼り付いていた、いつもの無表情。

 しかしどこか泣き出しそうにも見えるそれから搾り出された一言に、俺はそれ以上何もできなくなった。

 

 

 

 

 比企谷の話ではこんなことがあったそうだ。

 

 輸送車が横転した時に、護衛の学兵が巻き込まれて身動きが取れなくなった。

 当然敵がそれを見逃すはずもなく、すぐさまゴブリンが襲いかかった。そのゴブリンに、車外に投げ出された芳野型の一人が、拾った鉄パイプで殴りかかったそうだ。

 当たり前だが、訓練もしてない生身の女性が幻獣に太刀打ちできるはずもなく、その芳野は学兵ともどもあっさりと殺された。

 その芳野がどこの芳野だったかは判らないし、報告を受けた軍はただの暴走と切り捨てた。それでも、

 

 

「あの人はきっと、最期の最期まで『先生』だったんだと思う」

 

 

 比企谷はそう言っていた。

 

 

 

 

 翌日。

 簡略式の勲章授与を終え、敷地を間借りしてる中学校に関連書類を届けにきた俺は、職員室前で新任の先生と鉢合わせた。

 

 

「えっと、初めまして、芳野春香です。あなたが隊長の葉山くん?」

 

 

 そう言って小首を傾げたのは、教師としてはまだ若い女性だった。

 淡い桜色の服を纏ったボブカット。美人というよりは可愛らしいと呼んだ方がしっくりくる、幼さの残る容貌。

 まだ薄れもしない記憶と瓜二つの姿に、膝から力が抜けて崩れ落ちる。

 

「え、え?あ、あの、どうしました?」

 

 突然うずくまった俺に、新しく補充された『芳野先生』が心配気に声をかけてくる。その優しい声音に、嬉しさでも悲しさでも悔しさでもない、よく分からない涙が溢れ出る。

 

「大……丈夫……。大丈夫、です……」

 

 どうにかそれだけ答え、気付かれないように涙を拭う。

 今さらになってようやく思い知った。

 俺はきっと、芳野先生に恋をしていたのだ。

 

「……すみません、ただの立ちくらみです。心配おかけしました」

 

 立ち上がり、いつもの笑顔を浮かべる。

 みんなの人気者、頼りになる隊長『葉山隼人』の仮面を被る。

 どうにか取り繕えたと思うが。

 

「そうなんですか?ちゃんと休憩取らないとだめですよ?」

「ははっ、すみません。気をつけます」

「隊長さんが忙しいのはわかりますけど、倒れちゃったりしたらみんな困るんですから……あら?」

 

 屈み込み、俺がぶちまけてしまった書類を拾い集めてくれていた先生が怪訝な声を上げた。その手には、先ほど受け取ったばかりの銀色のメダル。

 

「わっ、スゴい!これシルバーソードですよね?私初めて見ました!」

 

 先生はその勲章を透かすように眺めて子供のようにはしゃいだ。

 そんな仕草も芳野先生とそっくりでーーそれでもやっぱり別人なのだ。

 

「こんな勲章貰えるなんて、葉山くんて強いんですね?」

「……はい。結構強いんです、俺たち。だからーー」

 

 どうしたところで、先生はもう帰ってこない。

 だけどせめて、これだけは誓おう。

 

「だから、何があっても必ず帰ってきます。安心して待っていてください」

 





 銀剣突撃勲章

 通称シルバーソード。
 一度の出撃で多大な戦果を上げた兵士に贈られる、交差する三本の剣を意匠化した銀製の勲章。
 累積撃墜数ではなく、あくまで一回の戦闘での撃破数が条件となるため獲得が非常に困難。
 そのため前線の兵からは真のエースの証として、より上位の勲章である黄金剣突撃勲章以上に尊敬を集めている。

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