SCP 小噺集   作:後方注意鮫

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大変、大変お待たせしました。


以前より書いては消し書いては消しを続け、仕事が始まりモチベが焼失したりゲームをしまくったりといろいろやっているうちに早数年がたってしまうというふがいない結果になってしまい大変申し訳ありません。
それでもお届けいただいた様々な感想に支えられてようやく投稿が叶いました。
相変わらずまとまりの、とりとめもない乱文ではありますがお楽しみいただければ幸いです。

以降も機会があれば作品を皆様の目にお目に掛けることができればと思っています。勿論このようなひどい頻度ではなくですが。

どうぞお楽しみください。






この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0/4.0ライセンスに基づき作成されています。この作品は下記に示す素晴らしい二つの原作によって生み出された二次創作作品であり、作者自身は下記作品の原作者ではない旨を此処に明記いたします。

SCP-544-JP - "孤独な放送室"
著者: DocRone
URL: http://scp-jp.wikidot.com/scp-544-jp
作成年: 2016

SCP-Tale-JP - "進路相談"
著者: izhaya
URL: http://scp-jp.wikidot.com/sinro-soudan
作成年: 2018











独りと一人

誰かの記憶にとどめられることもなく、静かに、自分という存在がただただ消えていく、忘れ去られていく。そんな事を人は繰り返し行ってきたし、これからだって繰り返すのだろう。でも、それが親しい誰かからの記憶からですらであったとしたら?友人、恋人、家族、なんだっていい、自分と深い関係のある人たちからすら自分の記憶が消えていくとしたら?それはどんな気分なんだろう?…俺はその答えを今思い知っている。答えはひどい孤独感と恐怖、それだけだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()忘れられるなんて何でもない、なんて。そんな事を言う野暮はよしてくれ。俺だってここに来る前はそう思っていた、けれど。

 

 

 

 

「■■さん、同級生の皆様がお待ちでした。」

 

 

 

 

 

…ああ、まただ。また皆が俺を忘れていく。本当に忘れられたかはわからないはずなのに、きっとそうなのだろうと確信してしまっている。だからどうか、嗚呼、どうか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()俺は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイテム番号: SCP-544-JP

 

オブジェクトクラス: Euclid

 

特別収容プロトコル: SCP-544-JPの敷地内に民間人が侵入するのを防ぐため、カバーストーリー「改装工事予定地」を適用し、4人の警備員を配置してください。SCP-544-JP内部に侵入する場合、侵入時間は必ず3分以内に置き留めてください。3分間を超えて侵入し続ける必要のある場合はDクラス職員に侵入させてください。その際、侵入させるDクラス職員は遠隔から終了出来るように小型爆弾を取り付けてください。内部に侵入したDクラス職員を知覚するため、必要に応じて収容メンバーの編成を一部変更することが許可されています。

 

説明: SCP-544-JPは██県に存在する5階建て構造の百貨店で、「██デパート」の名で知られていました。19██年に廃業し、█日後に取り壊しが行われましたが、その翌日に完全に形状を復元していた事が財団に把握され、収容に至りました。

 

SCP-544-JPの内部に人間が侵入すると、3分毎に「お知らせです。[対象A]さん、[対象B]さんがお待ちでした」という内容のアナウンスが放送されます。

対象AはSCP-544-JP内部に侵入している人物です。複数人がSCP-544-JP内部に侵入していた場合、アナウンスの度にランダムで対象Aが選定されます。対象Bは選定された対象Aと直接/間接を問わず面識のある人物で、SCP-544-JP内部に居なくてもランダムに選定されますが、「家族」や「友人」などの言葉を用いて一度に複数人が指定される場合もあります。

 

このアナウンスが完了すると対象Bは対象Aに関する記憶を失い、どんな手段を用いても対象Aを知覚出来なくなります。上記の文章以外のアナウンスが放送される場合もありますが、それらに異常性はありません。

 

SCP-544-JPの内装はSCP-544-JPが██デパートとして営業していた時期を模倣した作りになっていますが、すべての領域において無人であり、食品はすべてサンプル製品に置き換わっています。SCP-544-JPの5階には放送室と推定出来る部屋がありますが、外側から内部の状態を確認出来ず、侵入も出来ません。放送室の扉には「如月工務店」と書かれていますが、そのような団体の所在は確認出来ていません。加えて、██デパートと如月工務店が実際に関わっていたという公的証拠は存在しない、もしくは抹消されています。

 

 

 

 

以下はSCP-544-JPの調査記録及びそれに付属する情報の抜粋です。

 

 

 

 

「それで、俺はこの中に入って一階から順繰りに探索していけばいいのかい、博士?」

「嗚呼、そういうことだ。そのカメラで内部情報は常に撮影される。勿論、脱走は不可能な様に爆薬もつけて。君が逃げ出そうとすれば…ドカン、だ。」

「…け、分かってるさ。オタクらは本当にいい趣味してるぜ。言われなくても今更逃げも隠れもしねえよ、どうせ出来ねえんだし。…それで、此処に俺が呼ばれたってことはまあそういうことなんだろ?こいつはどんな代物何だ、え?」

「説明をする理由はない…と言いたいが。まあいいだろう、このオブジェクトの異常性はアナウンスで名前を呼ばれるたびにその対象者が読み上げられた者たちの記憶から完全に消えてしまう、それだけだ。」

「…それはまた。大層な建物じゃねえかコイツは。まあいいさ、俺みたいなはぐれ者…いやさ、嫌われ者にはお似合いだ。違うかい?」

「其処は私には関係がない、君はやれと言われたことをやる、これまで通りに。だろう?」

「全くもってその通り、ぐうの音も出ない正論だ。」

なんて嫌味な言い方をする野郎なんだ、目の前の白衣をまとった博士と言葉を交わしながら嫌そうな顔を隠そうともせずにそんな事を思う。

そんな顔をしたところでどうせ彼らは気に留めないのだ、ならばどうせ気兼ねするだけ無駄、というモノだ。

だからせいぜい嫌味を籠めて顔をしかめて見せる。ガキみてえなささやかな抵抗だが…。まあ、単純にただの無意味な路傍の石程度にしか見られないってのは業腹な訳だ、別に現状がどうにかなると思ってるわけでもねえ。

渡されたccdカメラと集音マイク、それから護衛用の軽い武器を受け取って改めて建物を見上げる。何とも思わなかった寂れたデパートが今や何故だか威圧感を放っておれに伸し掛かってくるかのような錯覚を覚えてしまう。

ぞくぞく、背筋を思わず悪寒が駆け抜けて慄然としてしまう。馬鹿な考えだ。どうせ娑婆に出ちまえば俺の方が恐れられるってのに。こんなのなんかただ古ぼけた誰にも知られてない、ただのオンボロデパートに過ぎないってのに。そう強がってみても…どうにも不安と悪寒を拭えない。け、他人から忘れられるのがなんだってんだ。どうせ皆が俺の事を記憶から消したがってるってのに。

そうとも。どっちみち今更、今更だろう。どう考えたって、何もかも。手遅れなんだ。全てを振り払うように首を振って、目の前の博士の手からひったくるようにしてカメラを奪い取ってエントランスに入っていく。

 

まるで、今にも「当店はこれより開店いたします」なんて、アナウンスが響いてきてもおかしくないくらいに、はた目から見てもそこは整えられたデパートだった。ちょっとばかし設備類が古い印象はあるが随分立派なもんだ。…それこそ、娑婆で利用してたとこみたいに。だが、だからこそ異常なのだ。

ここは既に人がいなくなって久しい…職員どもが言う所のSCiP。人知を超えた異常さを持つ存在。それなのに、此処は未だに綺麗なまま、それがおかしい。誰がどう考えたって。管理してるわけでもないのに。だろう?けれど、まあ。だからこそなのだろう。即ちここは既に異常の腹の中。正常なんて上等なモノはどこにもありはしないのだと。

 

「まずは一階の探索をしてください。気になるものを見つけたら即座に報告してください」

インカムから博士の声が響いてくる。OK、仕事の時間だ。一つ深呼吸をして煙みたいにとっ散らかる思考を落ち着けさせて、周囲をゆっくりと見渡す。

「あー…えっと、エレベーターがあるな。でも動いてはいないみたいだ。俺の知ってる店の支店がいくつもあるな、人はいないが。…ま、当たり前だがよ。」

どことなく、懐かしさすら覚える光景。デパートなんてもうずいぶん通っていない。この財団に来る数年前までは塀の中で暮らしてて、その次はこの財団のために働いてたんだから。それでも、そんな懐古をろくにできるような状況じゃあ、無かった。

こみ上げる不安感、押し寄せる焦燥。言い表しようもないくらいのネガティブな感情が渦巻いて。

 

「本日はご来店まことにありがとうございます。心行くまでお楽しみくださいませ。」

思わず背筋に怖気が走る。これが異常という奴か。ぞっとする。第一、声が変だ。こういうアナウンスは大人がやるものだ、当然だろう。それなのに…それなのにこのアナウンスは何故か子供の、そう、小さな女の子の声が行っていた。

 

「アナウンスだけ正常に動いてるのか?」

「声に特徴はありますか?」

「ちっちゃい女の子の声だ。なんかおかしいな、子供がアナウンスなんて。」

インカムに入り込んできた研究員の声に一つ深呼吸をしてなるべく動揺を悟らせないために平坦な口調で応える。向こうの方もまるで俺の様子なんか知ったこっちゃないと言わんばかりの事務的かつ冷静な口調で以て俺の伝えた所感に反応し、追加で情報を得るために質問を投げかけてくる。

ではそんな冷酷さすら思わず頼りにしてしまいそうだ、どうにもこの中に入ってから弱気ばかりが顔をのぞかせる。致死性の異常性がある訳じゃない。少なくとも研究員から聞いた話では。なら。まだまし、そう思うしかないだろう。

██ ██さん、██ ███さんがお待ちでした。」

「えーと…これはつまり…?」

「異常性についての説明は受けていますね?」

その、アナウンスには大凡似つかわしくない女の子の声が俺の名前…そしてオレの母親の名前を読み上げる。どうしてこいつは俺の名前を、そしてオレの母親の名前を知っているんだ?その不気味さ、異常さが何とか落ち着きかけていた俺の頭をひどくうすら寒い風となって駆け抜け、また思考を吹き散らす。

そんな中、また響いてきた研究員の奴の声に何とか意識を向ける。そうだ、説明は受けていたじゃないか、こういうものだと。つまり…俺という存在は母親の中から完全に消えた。

或いは、そうなった方がよかったのだろう、というのはこの中に入った時から、いやこの任務に選ばれて異常性の説明を受けた時から考えていた事だ。俺は犯罪者だったから。逮捕されて、収監された時も随分と泣かせちまった。きっと記憶から永遠にいなくなった方がはるかにマシなんだろう。きっと。それでも、いざ直面してみると…どうしても、動揺は消せなかった。自分という存在が確実に人の中から消え始めたのだから。

 

「ああ、ああ…まあ、そうか……次は如何すべきだ?」

「支店のキッチンが動くかどうか試してみてはくれませんか?」

次に何をするべきなのか、何をしてはいけないのか。そんな事でもいいから考え続けてないと、気が変になっちまいそうだ。思考が止まりそうになった時からネガティヴな考えばかりがまるではいずりこむ隙間を見つけて嬉々として侵入しようとしてきてるみたいに頭をよぎり出す。

だから、研究員に自分が何をすべきかどうか聞いてみた。平版な、事務的な口調。その人間味の薄さが帰ってオレに反骨心と、それによって齎されるわずかばかりの冷静な判断力を与えてくれる。それに、誰かの声があるってのはそれだけでマシに思えてくるもんだ。こんなこと、口に出せたもんじゃあないが。それでも。

指示された視点を探すために周囲をぐるりと回り見る。お目当ての店舗はすぐそこだ。歩み寄ってレストラン・████の看板を潜る。娑婆に居た時は俺だって何回か利用した経験のある店だ。勝手知ったる、という訳でもないがレストランなんて内装は異なっても、構造自体はそう変わるもんでもない。指示通りにキッチンへと向かいながら、ついでに周囲を観察してみる。こういうのを向こうさんは望んでるんだろうしな。

 

「おお、こいつはまた。食品は全部サンプルだな。水も置いてある。けどそれも粘土かなんかで作られてる。キッチンに向かうぞ。」

試しにおかれていた料理を手に取ってみる。違和感。いや、まあ当たり前のことではあるんだが。そう、それは本物の食品ではなく。店先のウィンドウに並んでおくべきモノ。水にしたってそうだ。全て。此処にある何もかもが本物ではない。うわべだけを取り繕った偽物。そんなものに取り囲まれる、という。形容しがたい不快感。そんなふうに試しながら、そっとキッチンの中へ入る。

 

「いろいろ動かしてみてください」

途端に入る指示の声。うんざりしてしまいそうになりながらも心の中で呟く。アイアイ、了解。そう、従うしかないのだ。まさか逆らったからと言っていきなりドカン、なんて真似はないだろうが。かといってこの段階でしょうもない危ない橋を渡るような真似なんてシナイに限るってもんだ。

だからこそ、そこら辺の物にとりあえず手当たり次第手を伸ばして触れて、ガチャガチャと弄ってみる。水道の蛇口をひねり、レンジのスイッチを入れてみる。或いは空調をいじったり冷蔵庫の設定温度を上げてみたり。コンロに火を入れようとし、オーブンを熱そうとしてみせる。けれど。

 

「ダメだな。レンジも水道も繋がってない。」

 当然の結果、というべきか何というべきか。あちこち弄り倒してはみたものの、その全てから反応は全くない。その結果をインカムに向かって口にしながら、他にいじくれそうなものは何かないのかと顔を上げて辺りを見回す。

しかしまあ、こんな分かり切ったような結果が返ってくるだけのものまで調べにゃならんとはね。つくづくわけのわからん組織だ。所属している身で今更そう言うのもおかしな話なのだろうが…まあ、なんにせよ俺たちみたいな末端なんぞ在ってなきがごとし、というところだろうしな。

 

「お知らせです。██ ██さん、██ █さんがお待ちでした。」

再び鳴り響く、幼い少女の奇妙に焦ったような、不安そうな声で流されるアナウンス。全くもって不愉快な認識を抱く。何から何まで人を不愉快にしたくてこんなくだらないおもちゃを作って設定したのだろうか、作った奴は。

…ああ、それにしても。弟よ、お前もか。流石に二度目ともなりゃあ心構えも出来てきてる。アイツとも事件以来はすっかり疎遠になっちまった。最後に見たのはおふくろと一緒に面会に来た時だったか。俺のことを散々あしざまに罵っていたっけな。

そりゃそうか、殺人犯の親族ってだけでずいぶんな色眼鏡で見られただろうしな、きっとそこには。俺の想像もつかんような苦労と悲嘆があったんだろうよ。まあ、それがなかったとしても親族とはいえ殺人犯と仲良しこよし、なんてよっぽど精神がいかれてなきゃ無理だろう。しかし、今頃どうしてたんだろうな、アイツ。元気でいてくれるといいんだが、まァでもこれでいいか。厄介な兄の事なんてすっぱり忘れちまってさ。

 

「容赦ねえな。………おい博士、どこも動かないみたいだぞ。」

「分かりました、二階へ向かってください。」

 くだらないことを考えながら、あちこちいじくり倒してみた後に指示を聞いて再び動き出す。次は二階だそうだ。階段、エスカレーター。どっちで上がった物か。まあ、連中がデータ取りに使えるだろう方はエスカレーター、だよな?いやまあどっちでも変わりないか。

 

「当然っちゃ当然だけどエスカレーターは動いてないな」

言うまでもない事だが逐一報告しなくちゃいけない。こういうとこも難義…というよりは面倒くさいくらいだ、だからってさぼるわけにはいかないのだが。

 

「一階と同じように大まかに探索してください。」

エスカレーターを上ってすぐのあたりでまた指示が入ってくる。その言葉を聞いてあたりを見回してみるが…冷温の入っていない保管ケースの中にはやはりレプリカの野菜。自分の足音だけが響いてくる静かなこの空間がひたすら不気味に感じられる。

 

「了解。見たところ…果物野菜コーナーって感じだな。」

インカムをかすかに口元に寄せて自分の見たものそのままを報告してからまたもとの位置へとインカムを離してゆっくりと周囲を見回しながら二階の奥へとその足を踏み入れていく。

そんな時だ、またあのアナウンスが聞こえてくる。…くそ、もう聞きたくない。子供の声に神経がかきむしられるみたいな感じがする。自分という存在がどんどん希薄になっていく。大した事ねえって思ってたつもりだったんだが。慣れは出来ても身構えちまう。

 

「お知らせです。██ ██さん、██ ██さんがお待ちでした。」

…なるほど、な。そんな人からも俺の存在を消せるのか、此奴は。とんでもない話だ、いくら憎んでも憎み切れない、恨んでも恨み切れない、ある意味では最も忘れることのできない相手のことだろうに…この名前には聞き覚えがある。俺が殺したあの人の娘さんだ。…クソ、そんな相手の頭ん中からもオレの事を消せんのかよ。忘れた方が好都合だと思ってたのは俺自身の筈なのにいざこうなってみたら…クソ。

 

「ああ…なんつーか…」

鬱屈した思いが胸の中をぐるぐると駆け巡って気を許してしまえば思わず口を突いて出てくる。こんなところに来るべきじゃあなかった。甘く見ていた。じわじわと弱火であぶられて、紙が端っこから焼け落ちていくみたいに俺が世界から零れ落ちて欠け落ちていくような。自分という存在が人々の中から消えていくんだ。

どっちみち、どうしたってここに向かうのが厭だと言っても拒みきれるようなもんじゃないさ、それをやるにゃ自殺くらいしか手がないってのもわかる。何度も考えたことだからよ。

そりゃあ…だが、軽い気持ちでホイホイっと首を突っ込むべき場所じゃあない。誰がどう考えたって。イカれてる。こんな場所を保護してぶっ壊さない財団も、この建物も、此処をこんなにした連中も皆、皆!…だが、そう思いはしても。到底拒める立場じゃないのも確か。何せ俺は殺人を恩赦で許してもらった身。

そもそもこの財団の性格はそういうものだ。異常なものがあれば自分たちの理念に従って確保し、収容し、保護する。末端の俺ですらその御大層な理念は伝わってきている。

そしてその異常性を調査する…俺達最下層の職員はそのためにある人身御供みたいなもんだ、俺達は。俺達みたいな身の上の奴なんざごまんといる。イカレタ話だ。

…へ、世間一般じゃ俺の方がまず間違いなくイカレ野郎な訳だが。閑話休題。湯立ちそうな頭を無理やりあちこちへ思考を飛ばして必死で落ち着く。そう、これは俺が望んだ道、望んだ結末。だから…

 

「休憩は認められていますが、調査は速やかにお願いします。」

「おう……調査と言ってもな……多分全部サンプルだろ、これ。」

相変わらずの嫌味になるくらい冷静な声。ともすればアナウンスの方こそが人間味がある様にすら感じてしまう。どうやったら此処までシステマティックな声音が出せるのやら。財団に処理されてるのかもしれないな、自我研修とかなんかそういうのだ。知った事じゃないが。もし知ったら消されるのかもな、ハハ。

 

「お知らせです。██ ██さん、██ ██さんがお待ちでした」

…?今度のアナウンスにはさすがに困惑が沸き上がる。その名前に全く聞き覚えがないからだ。誰だ、こいつらは?俺の対人記憶力はお世辞にもいいとは言えないが。それでも、他人の名前はそうそう忘れない、ましてや俺の名前を知ってるくらいの相手のことは。

…いやまあ、そうか。さんざんニュースでも報道されたのだから、俺の名前を一方的に見知った連中もいるだろうが。しかし、これまでさんざん関係の深い相手の中から俺を消しておいていきなり見知らぬ他人とは。もしかして記憶を消す相手のネタ切れか?そうであれば救われるが。

だがそればかりは期待しない方がいいだろう。そう。オレはそう長くも多くもない、この人生の中で希望的観測なんてものはクソの役にも立たないってことをさんざんに教え込まれたからだ。いやな予想に限っては以上に当たるって事も、同じくらいには。

 

「こちらの研究員です。何もなければ三階へと上がってください。」

…成程。

 

「あぁ、だよな。聞き覚えの無い名前だったから驚いたよ。3階ね、了解。」

 もう一度、停止したエスカレータを使って指示通りに三回へと上がる。ふと、思いつく。この嫌味なアナウンスはさっきから定期的にひっきりなしに流れる。つまり、全てが止まったこの中で、唯一放送室だけが稼働し続けてる、って事だ。それなのに確か前もって見せられた情報では…

 

「放送室には入れないんだっけ?」

「はい。」

「そうか…あのアナウンスだけどさ、なんか違和感があるんだ。」

「詳しく聞かせてもらえますか?」

「あーその、ここって人が居ないじゃんか。だからその、アナウンスが鳴るのは異常だよな。遠隔音声か、そうでもなきゃ幽霊かなって思うんだけど、ハハハ……その割にはアナウンスの度に、本気で呼ばれてるような感じがするんだ……伝わったかな。」

そう、おかしいのだ。まあここで理屈を求める方がおかしいってなもんだが。それでも。稼働してないはずのこのデパート、その中で唯一オレとかかわった人々の名前を呼んで。稼働し続けている放送室。

さっきも思ったけどどうも嫌な声だ、子供が「必死に」どうにかしようとしているような、そんな。システマチックに用意されたものを読み上げるようなもんじゃねえ。人間味を感じさせる、声。

…なんというべきか。この声は必死なんだ。何か訴えかけようとしているかのような。どういう意図があるにせよ、無機質な自動音声なんかじゃあない。何かを、伝えようとしても伝わらない何かを教えようとしているような。どうしてかはわからない、でもオレにはそう伝わってくる。これはきっとこの場にいてじかに聞いてみないと分からないだろう。

それでも、恐怖のあまりオレの気がおかしくなっただとかそういう要因を考えないとすれば。この声はやっぱりどうにもおかしい。は、そんな感受性豊かな人間じゃないはずなんだが。

必死に、どうしようもない物に対して子供が足掻こうとしてる、そんな風な…、クソ、これ以上は考えたくもない。それ以上思考を進めちまえば何かとんでもなくデカい罠に、ドツボにはまり込んでしまうような、そんな感覚にとらわれる。

第一、俺の感覚論なんか学者先生方の御大層な研究やら調査やらの前には子供だましにも劣るようなもののはずだ。どのみち、この調査はあそこまで行くんだ、行くしかない。このクソッタレ放送を垂れ流しにしてるクソッタレ放送室まで。であれば。きっと、全ての答えはそこにあるはずなのだから。入れないにしても、きっと。何かしら。

…三階につく。同時にまたあの放送が無慈悲に宣告する。

 

「お知らせです。██ ██さん、親戚の皆さんがお待ちでした。」

…おっと。これまた一気に行ったもんだ。親戚の皆さん、か。へへ、まあこうなる前からさして親しいわけでもなかったんだ。まあこれは大してダメージにはならない。

それでも。やっぱり、何か胸に大穴が開いたような気分にはなっちまう。自分勝手な話だ、本当に。それはともかく。気を紛らわせるように、周囲を確認する。服があちこちに並べられている。マネキンがなんとも不気味に思えてくる。普通のショッピングモールなら気にも留めないってのに。乾ききったのどがひりついて、言葉を絞り出すのに少し時間がかかってしまう。

 

「…………3階は服売り場だ。レディースが多い。」

「了解です。探索して何かあれば報告してください。」

「分かった。あと、さっき報告した感情は今も感じてる。語りかけられてる気分だ」

博士からの返答にさらに付記しておく。たぶん、こういう報告が喜ぶんだろう。どうせ皆から忘れられるんだ、それならこいつらの役にくらいは立っておくか。我ながらなんて情けない心境の変化なのやら。

 

「お知らせです。██ ██さん、█ ██さんがお待ちでした。」

「子供の声は苦手だな。女の声ともなるとかなり苦手だ。」

「 D-1203との関係を教えてくれますか?」

「あいつか、仲良かったな……もしかして、俺と深く関わってる人間だから、優先的に呼ばれちまったのかな。」

そのまま三階の服売り場を探索し、歩き回ってるときにまたアナウンスが響き渡る。それと同時に思わず苦り切った感想がつい口をついて出てくる。昔から子供は嫌いなんだ、うるさくて、それに妙に甲高い声が頭にキンキン響いてくるみたいだ。その感想を聞いた途端、間髪入れずに博士のほうから質問が入ってくる。

関係を教えてくれますか。その質問にアイツと話してたくだらない話がよみがえってくる。同室で…ほかの連中より仲が良かったと思う。そうか、アイツも俺のこと、忘れちまったんだな。くだらないバカ話で笑ってたもんだが。

そこまで考えてふと、呼ばれる順番に疑問を覚え、博士に聞いてみる。考えてみれば、関係の深い人たちの中から優先して俺の存在が消えてってる、そんな気がしたから。本当に何となくだが、たぶん推測は当たってる。あてずっぽうなのになんとなく確信を覚えている。なんて嫌味な場所だ、此処は。クソ。

 

「考慮には値すると思います。」

「ん、分かった。」

とりあえず記録には残してくれそうだ。根拠なんて何もない推測だってのに案外律儀なもんだ。まあこういうのは実際に体験する者の感想こそが大事なもんなんだろうか?頭のいい博士方の考え方なんてよくわからんが。

考えてもわからんもので悩んでも仕方ないか。…だが、やはりと言うべきか。己の見識を告げてしまえば、そこからは堰を切ったように、探索とは無関係の想いをぶつけたくなる。或いは、唯一オレを忘れないであろう記録媒体に俺という存在が抱いた焦りを、恐怖を。せめて少しでも記憶していてほしかったのかもしれないが。

 

「もう気付いてるとは思うんだけどさ。」

「何がですか?」

「俺はこの調査に志願した事を後悔してる。「忘れて貰えるなんて最高じゃねぇか」なんて軽い気持ちで志願したんだ。「そしてそのまま死ねるのなら理想だな」とも思った。でもさ……皆が俺を忘れていく、皆が俺を感じられなくなる。怖くてたまらないね。嫌になって来たよ。」

「調査の中断は出来ません。私達があなたを知覚不能になった時に備え、あなたと面識の無い警備員がデパートの入り口に待機しています。」

「いやいや、脱出しようなんて思ってねぇよ。ただ、これは本当に地獄だ。どんな性悪野郎がこんなシステムを思いつくんだか。」

「お知らせです。██ ██さん、██ ██7さんがお待ちでした。」

「 財団の人間です。」

「 分かった。3階はあらかた映像に収めた。4階に向かって良いか?」

「お願いします。」

 

そこでまた会話が途切れる。当然だ、彼等にとっては俺はモルモット。別に話をしなくても実験に用いる事が出来ればそれでいいのだ。まあ、その点を加味するなら割と会話に付き合ってくれるこの博士はまあまあイイヤツなのかもしれないが。

実際…一度ヤバイブツの収容されてる棟の清掃を命じられた時に離した博士は何というか俺達をモノを見るような目で見ていたっけな。そうそう、それでその博士の悪口で盛り上がったもんだ。…けど、アイツの記憶からはもうそんな思いでもきれいさっぱり、なかったことになってんだろうな。

そう、俺はもう少しで誰でもない誰かになっちまう。文字通りの()()()()()()に。

ただ、最初のころに感じていた恐怖感は既に消え去っていた。今は只みぞおちにずっしりと重たい物がのしかかってくるような、疲労感と虚無感ばかりを感じて、只管に調査を続行している。止められない、というのも有るし。

…調査を、誰かから言われたタスクをこなしていないと、自分すらが自身を忘却してしまうんじゃないか、そんな幻想に囚われて。否、それは幻想ですらないのかもしれない。本当に有り得る事なのかも。

つまり、この調査が己の終着点、ことのどん詰まりには、きっと。まったくもってバカな考えだと、否定できないのが俺の見てきたうえでの経験だ。ありえないことが、あり得る。常識なんてものはまったくもって役に立たない、どころか有害ですらあるのだ。

だから奥へ行く。どのみち後戻りはできないのだし、この道を歩むことに決めたのは自分自身。こうなりたいと思っていたのは己なのだ。然し、この静かで人気のないデパートの中で唯一人間味を感じさせるのがこのアナウンス。理由は知らんが、変声前の女の子の声で繰り返し流されてくるアナウンスのみだ。

それが、おかしい。こういう場所では大抵機械的な、不気味なくらい人間味がないような奴が流れてくるのが大抵だ、でもこれは…生の感情を想起させる。何度考えてもやはり。それも悪意じゃない。焦ってるような、悲しんでるような。何に対してかはわからないが漠然とそんな気がするような。形容しがたい感覚を覚える。俺の存在を消そうとしてる側に存在しているはずのアナウンス、なのにだぜ。

嗚呼全く。誰からも忘れられていくせいで唯一俺の存在を覚え続けてるこいつの存在に親近感を覚えちまってるってことか?笑えねえ。

 

「なぁ、アナウンスが速くなってないか?」

「 いえ、ラップタイムは正常ですが。何か感じましたか?」

「いや…少し前から感じてたことだ。なんだろう、アナウンスが焦ってんのかな……言葉にし辛い。アナウンスを読み上げる速度はどうだ? 速くなってないか?」

「 ……それは記録対象外でしたね。可能性はあるかも知れませんが、音声記録を持ち帰ってくれない事には分析出来ません。」

「了解、最後まで調査するよ。今更乗り掛かった舟から降りることもできないんだしな。」

やっぱり、アナウンスの様子がおかしい。現用や幻覚なんかじゃねえ。生の人間のなんていうか、焦りってやつを感じる。そう思って疑問を口に出す。正確な変化なんざ俺からじゃ気づけねえだろう。調査の手助けってもんだ。

 

「お知らせです。██ ██さん、██ █さんがお待ちでした。」

「四階は本屋とか文房具とかが売られてるな。んで、今のアナウンスは?」

どうにも。また聞き覚えのない名前がアナウンスから流れてくる。それにしても博士の返答がずいぶん遅い。これまでには必ず即座に応答してきていたのだが。こちらの報告に対して無言の時間が数分は続く。

トラブルかなんかか?まさか。財団の連中が実験に対して些細なトラブルを起こすとは…嗚呼、いや。そうでもないか。聞いた話じゃ。結構やらかしてるらしいしな。…ああ、いや。そりゃ違うか。さっきまで俺を認識していたはずの博士の声が途切れる。つまりはまあ…

 

「博士? おい博士ー? ……あぁ、なるほど。今のアナウンスでもうお別れか。まぁ、どうせ代わりが居るだろ? ……探索を続けるぞ?」

確定だ。返事もない。また一人サヨウナラってわけだ。

「お知らせです。██ ██さん、同級生の皆さんがお待ちでした。」

「焦ってんのか? そんな一気にやるこた無いだろ……? ……考えたんだが、お前やっぱり……」

これまでとは異なる、呼び方。くくれるくくりで強引に一まとめにして名前を呼び出す、荒っぽいやり口。これまでは個人だけを対象にしていたせいかまだ迷子のアナウンスのような。ぎりぎりの現実感のようなものがあった。

非常の中の最後の本のひとかけらってとこだが。だが…こうして聞くと改めて思う。こいつは…この声の主は何かを焦っている。何かを心配している。理性的な思考からじゃない。直観だ…あくまで。

 

「すみません、██博士と交代しました。」

「 え、ああ。よろしく。」

インカムからは聞きなれない声が響く…最も前任者にしたところで数十分程度の付き合いだったわけだが。しかし…時間の流れを妙に感じる。同級生。…小学校から大学までの全部か。ああ、あの頃は楽しかった。ガキの頃は昔を振り返ってばかりの大人にはならないようにしよう、なんざとがってたことも考えてたっけかな。

はは、今の俺をあの頃の奴らに見せたらどうなるんだろうな。まあ蔑んだ目で見られるのが落ちか。さっきまでの「相棒」より少しだけ甲高い声に思わずすっとぼけた声と内容で返事をしてしまう。我ながらなんとも…

 

「交代の最中に何かおかしな点はありましたか?」

「アナウンスが一件来たよ。俺の同級生は俺のことをすっかり忘れちまったみたいだ。思い出がありありと浮かぶな。こんな時に限って。楽しかった思い出がゴロゴロと……」

「把握しました。」

聞きなれないくせにこれからしばらくは付き合う羽目になるであろう声のせいでどうにも。思わず気持ちが緩む。聞かれてもない、言う必要もない。奴らが求めてもいないであろう心情をボロボロと吐き出してしまう、無論それを最後まで彼らが聞き届けるわけもない。

戯言を記憶させるだけ記録媒体の容量の無駄だといわんばかりに。

 

「…さっきの博士は俺の言った記憶を全部失ってるんだよな?じゃあ俺が報告した事は全部報告し直した方が良いか?」

「いえ、音声は記録中ですので大丈夫です。」

会話を強制的に打ち切って続行させようとする相変わらずの態度に半ば呆れかえりながらふと思ったことを問いかける。

全く。此処までしといて全部忘れたから最初から、なんて冗談じゃないってもんだ。…ま、考えてみりゃ間抜けな質問だったよな、こいつらが情報の記録を怠るわけもなし。

けどまあ改めてこいつにも俺の所感を伝えておくとしよう。記録を通してじゃない。俺の生の声を。忘れるまでのひと時の間。経過を語る必要くらいはどのみちあるだろうしな。

 

「そうか。ざっくり言うと、俺はあのアナウンスが人間味に溢れてるように聞こえる。他は……そうだな、アナウンスが早くなってるように感じてる。子供の高い声だからそう聞こえるだけかもしれん。」

「分かりました、4階の探索を行ってください。」

先を促すような研究員の声。カメラ越しに一つうなずいてあたりを見回し、探索を再開する。でかい書店が丸まる一つのフロアに配置されたつくり。傍らに文房具店が併設されてるような、よくある構造だ。

 

「お知らせです。██ ██さん、被害者一族の皆さんがお待ちでした。」

「…ああ、クソ。恨んでくれてたっていないから俺を忘れないでくれ……」

またアナウンスが聞こえてくる。被害者一族。重い存在だ。泣きながら俺をなじるばあさん。その肩を無言で抱きながらこちらをにらみつける爺さん。無関心な様子ながら義務だからと言わんばかりに法廷に出席する近しい親族。

或いは。或いは…何も言わず。何も語らず。それでいてひどく意志を込めた視線を向けてきた。あの瞳を忘れることはできないだろう。冷たく、それでいて荒れ狂うような。…何があっても決してお前を許さないというような。は…心底ブルっちまった。

ってのにな。そいつらの記憶からも俺はもう存在しちゃあいない。ありえねえだろ。今更だが。そんだけ強く情動をかき乱して。記憶に刻み付けられたはずの相手すらこの中じゃかき消されちまう。蜃気楼みたいに、あったはずのそれがふいっと消えちまう。上書きなんかじゃねえ。

何だってんだ本当に。足を止めていたことに気付いて再びのろのろと周囲を探索しだす。試しに近く似合った書籍を手に取ってタイトルに目を通してみる。よく見知った名前。もっとも内容に目なんか通したこともねえが。ざっとほかの本にも目を通す。廃業当時にそこに並んでいただろう品ぞろえ。誰からも忘れられたであろう其の当時の光景。今の俺の姿を代弁しているかのような。誰からも忘れ去られた。本来このデパートがそうあるべき姿。俺のこれからの姿。それを間近で見せつけられているような感覚。

 

「書籍とかは全部見て回る必要あるか?」

「概ね映像に収まっていれば結構です。」

「 分かった。」

また思考が迷路に陥りかける。それも出口のない迷路に。それを振り払うように監視しているであろう研究員に声をかけて調査を切り上げる。目の前に併設された文房具店のほうにも足を向けて様子を見に向かう。高級なものはさほどないが日常の使用には便利。その程度の文房具がそれなりの数で陳列されている。

 

「お知らせです。██ ██さん、警察の皆さんがお待ちでした。」 

「おい、お前はどういう優先度でそれをやってんだ?」

思わず悪態が口をついて出る。悪態というよりは、疑問に近しい問いかけが。誰が答えを返すわけでもない。それは承知しているはずなのに。アナウンスが名前を告げてくる言葉の羅列。法則性がある気がしてならない。明確にそう、と思えるわけではないのに。

 

「D-1104、誰かと話していますか?」

「 アナウンスとだよ。無意味だろうけどさ。」

「そうですか。先程「人間味」というワードを報告していましたが、現在はどうですか?」

「現在も変わらずだ。」

「分かりました。概ね探索が完了したら報告してください。」

短く問いかけに応じてやる。そう、変わらない。内容が変わったわけでも、読み上げるペースが変わっているわけでもない。其れなのに焦燥だけは確かに伝わってくる。インカム越しに聞こえてくるこいつらの声よりもはるかに人間味に富んだ声。

何度聞いてもそう思う。思わずまた毒を吐きそうになる。けれどそんな反論すら。無意味。或いは無駄だと切り捨ててくるのだろう。相変わらず。CCDカメラに文房具店の様子を映し出していく。先ほど認識した通り。

 

「お知らせです。██ ██さん、同僚の皆さんがお待ちでした。」

「……このアナウンスに話しかけるのは無しか?」

「 可能な限り不要な発言は控えてください。それでは5階に向かってください。」

「分かったよ。」

また一気に俺を見知った奴がこの世から消えていく。いや、俺という存在がこの世から消えていくって表現のほうが正しいのだろうが。まあどのみち些細な違いではあるだろうが。なあ、お前はどういう気持ちでこいつを放送してやがるんだ。楽しむような声ならわかる。無機質な声でも。

だってのに。なんでお前はそう甲高いオンナノコの声で辛そうに、焦ってるように語りかけてきやがる。不似合い過ぎんだろ。わざわざこんな大掛かりなクソの塊をおったてといて、こっちの実を心配するような声でのアナウンス。でもその内容が告げるのは死刑宣告にも似た内容、いやある意味では死刑宣告そのものだ。

死ぬのとだれからも認知されないの。は、どっちのほうが悲劇なんだろうな。アナウンスと同じくらい相も変わらず電源が落ちたまま稼働していないエスカレーターを登って5階へ着く。これまでの売り場とは違った雰囲気。バックヤードのような、というべきなのだろうか。設備機器をまとめて同じフロアに放り込んでいるような。何とも言えない雰囲気。

怪物のはらわたを見せつけられているような気分。もちろんすべてが錯覚だけれど。さっきまでの無機質な売り場とは異なる意味で不安を否が応でも掻き立てさせてくる。それから上に上がる階段もエスカレーターももう存在しない。誰にもわからなくなるまで俺はここに残ることになる。文字通りのどん詰まり。インカムに手をやって通信をつなげる。

 

「ボイラー室と、空調室みたいなのと、ちょっと新しめの扉があるな。」

「その新しい扉が放送室です。扉の上に「放送室」とプレートが掛かっているはずです。」

そうやって情報を伝えてくる研究員の声をほとんど聞き流しながら扉の前に立つ。文字通りの全ての元凶。理屈も理由もなしに人一人を完全に世界から消し去る装置。此処まで来てしまえばさっきまでの恐怖心はどこにもない。存外普通のつくりなんだな、ってな程度のしょうもない感想しか出てこねえ。分厚い鉄製の扉の真ん中には何かの文言が書かれてある。思わず顔を近づけて声に出す。疑問を。

 

「 なんか、書いてあるぞ?」

「読み上げてくれますか?」

「ああ、赤いマーカーで「迷子通知システム(自動) 停電中でも動くようにハードウェアを人高性能にしました。 -如月工務店」って書かれてる。」

「記録しました、ありがとうございます。」

…どういうこったよ。わざわざこんなもんを作ってそれで善意みてえにのたまうやつがいるってのか。そりゃまあ、突然ポッと出でこんな意味の分からん現象引き起こす装置が発生する、ってのも理解できねえが。こんなたいそうな能力持ったでかい仕掛けを作っといて工務店だと。

まるで…まるでなんでもない仕事みてえにやりやがる。どうなってんだ。人一人の人生変えちまうかもしれねえ、それも最悪の形によ。だってのに、こいつは…まるで、クソ。普通の工事みたいに、機器を導入してるみたいにこんな真似しでかしたってのか。むかついて取っ手を掴んで乱雑に引っ張ってみる。案の定というべきか。ノブは周りすらしない。

 

「まぁ、無理だな。」

「分かりました……内部調査は以上です。以降は対象Bに該当する人物が居なくなった場合のアナウンスを記録する事が目的となりますので、その場で待機してください。今後は基本的に指示を行いませんし、もし私達があなたを知覚不能になっても代理は立てません。脱走は無駄なものと考えてください。十分なデータが取れたと判断出来たら帰還してください。」

「分かった。んじゃあな。」

冷たいタイルでできた床に座り込んで目を閉じる。此処で終わり。そう思ってしまうとこの短い探索劇の間にうかんでいたかんがえのすべてがばかばかしくてどうでもいいものにも思えてくる。

実際そうなんだろう。何せ俺はもうすぐあらゆる人間の前から存在しなくなる。。今更そのことを嘆いたところでその事実と終着点に何ら修正はないのだから。

 

「お知らせです。██ ██さん、勤務先の皆さんがお待ちでした。」

ザ、ザ。

ノイズが通信越しに一瞬は知った後でぶつりと途切れる。成程ね、俺はもう誰からも認識されなくなった。つまり連中。通信相手も実験してたのかどうかも分からなくなっちまったってことか。この忌々しい爆弾首輪さえなけりゃ逃げ出せたのかもな。いまさらそんな気にもなれねえけどよ。

 

「……これでもう誰も俺を見ていないのか。でも、お前はずっと俺を見ているんだろ?」

は。こうなってしまえば俺を認識できる相手ってのはこの放送室越しのアナウンスの主だけってわけだ。こんな皮肉も想定して作ってたのかね?全く何から何まで人がわりィ。

 

「本日はご来店頂き誠にありがとうございます。」

「そりゃどうも。」

しばらくしてから口を開く。随分長い時間だったし数秒くらいかも。嗚呼、でも。多分実際には二分ってとこなんだろうな。時計も持ってないせいでよくわかんねえが。後ほんの少しで世界中のだれもが俺の事を記憶しなくなる。いや、記憶していた全て事消し去られる、ってほうが正しいか。毒づいてやりたくもなるってもんだ。どうせもうしゃべりかけようとしてもいちいち聞いてくるような監視の目もねえんだし。

 

「なぁ、部屋の中に誰か居るか? 子供がアナウンスをするなんて普通じゃないぞ、それにハードウェアは……」

出てくる言葉は月並みな疑問。問いかけたってどうせ返事なんて返ってこねえってのにな。ここにきてからこっち、後悔してばかりだ。ここに来たことを、実験に志願してきたことを。…いいや。それ以前に俺のしでかしてきたこと、其のものを。もう少しでそいつは全部世界から消える。消されちまう。

贖罪だの。清算だの。そんなこぎれいな言葉は似合わないこと甚だしいけどよ。俺は…全部消え失せてご破算になっちまうのが、させちまうのが無性に。腹立たしくなってきた。当然こいつは俺の身勝手で、独善だ。それくらいはわかってる。……妙なノイズがスピーカー?扉越し?クソ、どこから聞こえてくるかわかんねえが響いてくる。

 

「今のは返事か?」

…これまでの機械的な、それでいてどこか人間臭い妙なアナウンスだけだった反応が初めて揺らぐ。まるで…まるで、やはり。アナウンスの主には感情があるかのように。

 

『お知らせです。██ ██さん、友達の皆さんがお待ちでした。」

「……いよいよ俺は生きてる意味が無くなってきたな、えぇ? なぁ、誰か居るのか?」

だってのに、こんな時でもアナウンスは律義に続きやがる。意思疎通ができるのか出来ないのやら。其れすらわからねえまんまいつものリズムとペースで読み上げる。同じ内容で淡々と。俺を誰かの中から消していく。だからこそ。はじめて垣間見たその変化の内容を知りたくて扉越しに問いかけてみる。…またノイズが走る。やっぱりなにかことばをかえそうとしてるみてェに。なあ、よく聞こえない。

 

 

 

 

「しっかり話してくれ。」

頼むよ。

「ずっと、一人。」

立ち上がって放送室の扉の前に立つ。放送室の中の奴にも聞こえるように。何となく、思う。この声の主は多分、このクソ装置のシステムとかじゃなくてきっと…そう、きっと被害者。だから。

 

「なんだ、ちゃんと返事出来るじゃんか。ずっと一人……か、俺ももうすぐそうなるぞ。」

「……なんで?」

「 なんでってそりゃ……このアナウンスのせいだ。」

「お知らせです。██ ██さん、知り合いの皆さんがお待ちでした。」

「 ほらな。」

機械的だったノイズが明確な意味の。意志のある言葉を放ち始める。なんだ、やっぱりそうなんじゃねえか。このデパートに入ってからこっち聞き続けたアナウンスの音声。

それと同じ…いや、あれよりもっと人間らしい声がそうやって俺に語り掛けてくる。孤独の恐怖に耐えかねて俺がおかしくなったってんじゃねえ。現実に聞こえてくる声。ドっから響いてくるかはわかんねえが。

 

「なんで逃げないの? 私と同じになっちゃうのに……」

「 ……お前と同じ? お前は誰なんだ? 早くここを開けてくれ、直接話したい。」

放送室の扉に手をあてがいながら声をかける。あって何かできるとは思えねえ。何をしてやろうかも俺自身はっきりしてねえってのに。それでも、そう。焦燥感、のような。何かしないと、って意識が。俺にそうさせる。

 

「私はこのデパートの、最後の迷子だった。」

「……続けてくれ。」

「 皆が私を忘れたの……お母さんもお父さんも、皆。そして私は出られなくなったの。」

「……そして、俺もそうなろうとしてるのか。」

なんとなくわかっちゃいた。考えてちゃいた。こいつは…扉越しに話してるこいつ、この子、は。俺の行き着く姿。俺の先達。誰からも忘れ去られた、ご同輩。…最も俺と違ってその結末を望んでたわけじゃねえんだ。

よほど悲劇の主役にゃふさわしい。迷惑千万だろうが。意識しない間に世界中から忘れられるってなどんな気持ちなんだろうな。俺と違って覚悟を決める時間もない。俺と違って捨て鉢になる程、絶望してたわけでもない、完全な偶発事故。

 

「だから早く逃げて。ここはつらいの、ずっと出られない。」

「ああ、本当に辛いな、良く分かるよ。でも俺は自由に逃げ回れる身じゃないんだ。」

そんな状況にいるってのに。自分の事を嘆くより同じ境遇に陥りそうな俺のことを心配してやがる。何ともまあ。泣かせる話だ。外にいる頃はそんな真似は偽善だろうがと。タカをくくってたんだろうがよ。

けれど、そう。俺はどのみち逃げられない。…逃げる気にもなれない。逃げたらいけないから。そんな気すらしているのだから。全く。こんな状況になって初めて、俺は自分と向き合おうとしてるってのか?笑えねえ。誰からも。全部から忘れられて消え去って。やっと勇気が出たってのか?最初からそうしてりゃ、きっと…。

 

「逃げて、逃げて。ここが開いたらもう手遅れになっちゃう。」

そう、きっと手遅れになっちまう。でも、でもなお嬢ちゃん。そういうことじゃねえんだ。きっとお前さんにゃわからねえ。其れによ、もうどっちみち手遅れなんだ。でも、だからって何も出来ねえわけじゃねえ。…だから、なあ。

 

「もう十分手遅れだ。それに放送室に二人はちょっと狭いだろうし、アナウンス役は一人で十分だ。そう思わないか? そしてアナウンスをやるのは普通は大人だ、子供に任せる仕事じゃない。」

「……なにをするの?」

「俺は犯罪者だから償いをしなくちゃダメなんだ。でも皆は俺を忘れちまっただろうから、代わりにお前に償う事にする。」

決まってる。そうだよな、何をするかなんて。やったことに対しての帳尻合わせはどっかでやらなくちゃならねえんだ。でも俺はその機会を逃し続けた。逃げ続けた。だから、な。身勝手でどうしようもない結末だがよ。

…それでも、そうさ。迷子のアナウンスをするのは子供の仕事じゃねえ。子供は放送される側であって。放送する側に回るべきじゃねえんだ、だから。正しいように戻さねえと、な。これが、俺の、俺なりの結論。だから…

 

 

 

<記録映像より>

 

[2,3秒間の激しいノイズ 映像が途絶する]

 

 

「お知らせです。██ ██さん、皆さんがお待ちでした。」

 

 

[鍵の解除音]

 

博士。博士、扉……開いたぞ。

 

[2,3秒間の激しいノイズ 映像が途絶する]

 

 

これが最後。俺はこうなる、でもこれでいい。だからよ。せいぜい笑って。消えるとしようか。

 

「よう、お嬢ちゃん。」

 

…それと。あばよ。

 

 

 

[7分の間激しいノイズ]

 

[映像が復旧 4階を映している]

 

[映像は3階を映している]

 

[映像は2階を映している]

 

<記録終了>

 

 

 

追記: 待機していた警備員がSCP-544-JPから幼い女性が出て来たのを発見し、保護。この女性はSCP-544-JP-Aと分類されました。SCP-544-JP-AはD-1104に携帯させたカメラ、マイクを所持していました。この調査以降、「少女の声」と形容されていたアナウンスがD-1104の声質に変化しました。D-1104はいまだ発見されていません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…随分騒がしい。またここに誰か来たってのか?財団の連中も懲りねえもんだ。今更こいつに研究価値なんてないだろうに。調べつくしたろうに、またぞろ。ひでェ目に誰かを合わせたいってのか。やれやれ。言いたかねえが俺はこうなった、だから言わなくちゃいけねえ。時間がたてば。だからどうか、その前に出て行ってくれよ。俺みたいになる前に。あの子みたいになる前に。…ま、無理だよな、顔も見えねえご同輩。アンタも財団にそうさせられてるのか。ご愁傷様。

 

「…覚えていますか?」

…震える女の声が言葉を投げかけてくる。まさか声をかけられるなんざ思いもしなかった。どっかで聞いたような、聞いたこともないようなそんな声。そもそも…そう、そもそも。俺を覚えてるやつなんざもうどこにもいねえのにな。妙な話だ。

 

「ずっと長い間、私はここで迷子になっていて…貴方に助けて貰いました」

ああ、おい、おい。嘘だろ。そんな訳がねえ。

 

「私、それから元気に生きてきました!友達も、恋人もできました!旅行にも行って、大学も卒業して、私、財団の職員になりました!」

嗚呼、まったく。そうか、そうなのか。財団に入ったことだけはいただけねえが。そうか、お前さんはお前さん自身の人生を、取り戻せたんだな。独りぼっちじゃなくなったんだな。

 

「30秒だ」

知らない誰かの声がする。きっとあの子の________________嬢ちゃんの連れなんだろう。

 

「私は貴方を覚えています!貴方を覚えたまま、生きていくから!貴方のおかげで、私は、私は」

「もうすぐ1分だ。急げ」

へ。俺の事なんざ忘れちまえばいいのによ。他のみんなみたいに。俺は…俺は、そうか。少なくとも一つくらいはいいことができたんだな。嗚呼、よかったよ。本当に。

 

「私は、楽しく生きてこれました!ありがとう、ごめんなさい、私は貴方の優しさに甘えます!貴方を覚えて、生きていきます!」

嬢ちゃんの叫びががらんとしたデパートに反響した。だってのに俺は何か。何か返してやれないのか。誰からも忘れられたからってよ。何か一つくらいは返してもいいよな。

 

 

 

嗚呼、クソ。よし、いけそうだ。へ、へ。しばらく放送なんざしてねえしする気も起きなかったがよ。こいつだけは別だ。…さあ。こいつが俺の最後の放送であってくれればそれでいい。

 

 

「後1分。きっかりで出るからな」

「大丈夫です、解ってます。自己満足でも良いんです。私がやりたかっただけ…」

クソったれな放送機材に電源が入る。畜生、ふざけろ。俺は誰かを誰かの記憶から消し去りたいわけじゃねえ。このクソったれ放送で、誰か一人でも。何か一つでも。どっかの誰かに、気持ちを届けて。そいつを覚えておいてもらうなんてことがあってもいいじゃねえか、なあ。もう迷子はどこにもいない。だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_________本当に。嗚呼、本当に。

 

 

 

 

 

「…久しぶりだな、お嬢ちゃん。」

 


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