転生したら兄が死亡フラグ過ぎてつらい   作:由月

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更新!少し間を空けてしまって申し訳ない。文字数が増えた結果です。
今回書く前に知ったのですが、工藤新一君の最初の事件って高校一年生の時だったんですね。てっきり作者中学二年生には遭遇しているのかとばかり……。なのでそれに対するねつ造が少し入ります。

さて前回までのコメント、誤字報告ありがとうございました。一応前回からニ、三回分は遡ってコメント返信させてもらいました。これからも時間の空いた時などにコメント返信していきたいと思います。

今回、読む前の注意点。ジェネヴァ君視点でいきます。
・文章が長い。
・モブの死に対する表現、それと流血描写注意。
・オリジナル事件。似非事件もの。なんちゃって推理。
・深く考えるな、サラッと読むのさ。
・登場人物の名前は被らないように配慮致しましたが、もしも読者様と被ってしまった時は申し訳ない。しゃーないな、と広い心でお読みください。


おっけー?
1/17 凶器に関して指摘があったので修正。正しくはボーガンではなく、クロスボウでした。ご指摘ありがとうございました。


運命の悪戯か、神の思惑を疑うか

 俺は目の前の状況に目眩を感じた。

 

 屋敷の二階の端にある書斎。その持ち主自慢のものだけあって壁際の本棚はみっちりと埋まっている。扉を開けてまず目に入ってくるのは奥に配置してある立派な執務机、黒の革張りの社長椅子、それからその手前の応接用の長机に二組のソファである筈だった。

 

 それがどうだろうか、左手にある大きな窓は開け放たれ、その近くの床に倒れ伏す人影。

 

 人影の正体は今日の護衛対象だった筈の男。左胸にクロスボウの矢が突き刺さっていて、それが致命傷であるのを一目で察する事が出来る。恐らく、矢の先に毒物が塗られていたのだろう。

 

 そしてその倒れた護衛対象を守っていた筈の組織の人間――秘書の女性も床に力なく横たわっている。じわじわと血が滲むのを見るに絶命してから時間は経っていない。ただし、こちらの致命傷は拳銃によるものだ。偶然か、こちらも左胸に、心臓に近い部位に致命傷を負っていた。

 

 けれど秘書の方を殺した人物は既に分かっている。彼女の近くに呆然と立ち尽くす、ここの家の一人息子だ。その手には先ほど発砲したばかりの拳銃が握られていた。震える手がその得物を取り落とす。

 

 ゴトリ、と重い音が室内に響き、ドアを開けてから止まっていた時間が動き出したような錯覚を覚える。

 

「――違う、俺じゃない。俺じゃないんだッ、こいつが拳銃を持っていて……それでそれをとり上げようとしただけなんだ……ッ!!」

 

 呻くように苦し気なその声は、訴えるような切実な響きが滲む。正当防衛を主張するようだ。

 

 これがアニメだったら開始十秒で被害者が二名と意味分かんない状況なんだろうな、と俺はガリガリと精神力が削られる音を聞きながら思考を逸らす。

 

「――それは話を聞いてからにしましょう」

 

 ポツリ、と水面に投げられる投石のような、毅然とした声が室内の空気をかえる。

 

「き、君は誰だね?」

 

 招待客の一人がその声の主に問いかける。

 

「工藤 新一。探偵ですよ」

 

 フッと余裕の笑みをも浮かべた少年が悠然と室内に入った。

 

 俺はその様子を後ろから見て、冷や汗を掻いていた。周りを見れば、新一君だけでなく、蘭さんや園子さんも居た。やだー、役者が揃っていらっしゃると俺は白目をむきそうになった。危ない危ない、夢の世界に旅立つのはまだ早いわ。

 

 もうやだこの世界、と俺は内心泣きそうになりながら折れた心をなんとか立て直す。このままじゃ物理的にも社会的にもお陀仏である。誰がって俺がだ。この任務失敗で組織からコロコロされそうなのに、更に名探偵追加とか本気で殺す気かな?俺が黒の組織の一員だと秘書さんのついでに暴かれたらマジで詰む。

 

 OK、冷静にいこうぜ俺。まずは最初からこの任務を振り返ってみようと思う。

 

 

 

 

 

 

 時を遡ること、三十分前。

 

 ……眠い。昨日はあまり眠れなかったから、この窓から差す温かな日差しが俺の目を刺すようで本当につらい。今の時刻は午後一時を少し過ぎた頃だ。目的地までの移動の為のバスの中で一人こうしてその揺れに身を任せているのである。目的地まで後三十分といった所か。バスに揺られ既に一時間、窓から見える景色も住宅地の家々といった人工物から、山の木々の緑へと姿を変えて少し経つ。このバスの終点が目的地の屋敷の近くで、バスから降りて坂道を五分ほど歩かなくてはいけないらしい。

 

 目的地に着くまでの三十分、俺はやる事もないので思考に没頭する事にする。

 

 幸いにも今日の天気予報は快晴。雲一つない青空は、出かける前に見た予報の的中を約束してくれそうなくらい穏やかなものだ。これならば、フラグの一つである“嵐の中の陸の孤島化”という連絡、交流手段の断絶はないだろう。そうなると連続殺人事件という負の連鎖も考えられるからな。

 

 流石にここまでくると俺の考え過ぎな気もする。というか、そもそもこういう護衛の仕事は何度もやっているし、時にはもっと危険な条件だってあった。……闇のオークション会場とか。

 

 俺は諸々の心配を神経質になり過ぎだ、と一旦頭の隅に片付ける事にした。

 

 さて、今日の仕事の話である。そもそも、もっと早く到着していた筈だった。今朝追加の仕事だ、とジンの兄貴の指示が下りそれを片付けていたら遅れた訳だ。追加の仕事の内容はなんて事のない、ちょっと法律に引っかかる物品の運搬の仕事だった。これくらいじゃあもはや抵抗感なんて感じなくなったのは、良いのか悪いのか。……こんなの気にしていたら組織で生きていけないので今は気にしないでおく。それが終わったのが朝の十時で、それから急いで支度して現在に至る訳である。電車に乗って、バスに乗り換えてとそんな感じで健全なルートを辿った。……不健全だと何があるかだって?勿論、法律に引っかかる物品の運搬に使ったバイクとかその辺だよね。免許?技術があれば組織ではどうとでもなる、と俺はそこら辺の耳に痛い常識については諦めているのだ。

 

 話を戻す。それで、今回の護衛対象についても明らかにしておこう。

 護衛対象は金剛 道郎(こんごう みちろう)、六十五歳。なんでも元大地主の旧家のお金持ちだそうだ。それでちょっとした会社を興し、成功。それ故に羽振りがいい、と。今回の別荘は金剛氏のお気に入りで、英国にあったちょっとした逸話付きの屋敷を丸々移転させたらしい。その逸話というのが、日本でいうところのからくり屋敷疑惑で、それは事実でもあったそうだ。

 

 この金剛氏は世間でも変わり者で通っているらしく、曰く珍しい物や話が好きな蒐集家だという。屋敷もその好奇心故の購入だ、と。俺は出かける前にその屋敷の見取り図を覚えたのだが、確かに隠し部屋が一つに、隠し通路が幾つかある変わった屋敷だと記憶している。というか、これもフラグの内の一つなんだが、と俺がその時舌打ちしたくなったのは仕方ないと思う。何のフラグってそりゃあ事件フラグ一択ですが。兄貴の言っていた面倒ってこれもか、納得した。

 

 さて、この金剛氏には家族もいる。年の離れた後妻に、前妻の息子が一人という家族構成だ。確か、後妻さんが金剛 華純(こんごう かすみ)、三十四歳。数年前に結婚するまで道郎さんの秘書をやっていた元秘書さんでもある。そして前妻の息子が金剛 道久(こんごう みちひさ)、三十歳。息子である道久さんがゆくゆくは会社を継ぐらしい。少し複雑なご家庭だな、と俺は素直な感想を抱いた。

 

 そして現秘書で組織の構成員でもある、安楽 紗稀(あんらく さき)、二十八歳。彼女の組織の評価は可もなく不可もなく。一般人として紛れ込めるのが評価されている。俺も写真を見たが、黒ぶち眼鏡をかけた黒髪の普通の日本人女性といった印象だ。他に特徴を上げるなら、キッチリと纏められたその黒髪に几帳面さを感じさせるくらいか。

 

 今作戦ではこの安楽さんと協力してやる手筈となっているのでちょっとしたハンドサインを事前に決めてある。と言っても俺はメールでその概要を知っただけなのでこの安楽さんとは初対面だ。……こういう秘密のサインとかってスパイ映画みたいで少し面白いよな。例えばSign A(サイン エー)なら作戦完了、Bならば作戦続行警戒を継続せよ、などアルファベットA~Eまでの簡単な指示だ。今回限りのサインなのでそう凝る必要なんてないし。

 

 

 他には数名、金剛氏の趣味である話の蒐集の為に誕生日パーティの前に招待しているそうだ。俺が着く前には、その人たちは到着している予定だという。俺の仕事の本番は誕生日パーティでの護衛なので、到着が多少遅れても大丈夫だそうだ。ちなみに誕生日パーティに招待されている人数は大体二十数名程。最悪の事態などを想定すると人手が欲しい、と不安になるのも分かる気がする。

 

 後もう少し時間があるので、俺の装備品……じゃなかった所持品についても確認しようと思う。と言っても今回は物騒な代物は持ち物に存在しない。手荷物は着替えを入れているキャリーケースのみだ。……今回のパーティにはドレスコードが存在する故に今着ている普段着とは別に正装が必要なのだ。後はペンライト(医療用の)、それからピッキングツールを隠し持っていればいいだろう。武器は要らない。最悪この身体を盾にすれば護衛対象は守れるだろう。致命傷を避ける心構えというか、コツは既に把握している。……平和に生きていれば一生要らない技術だろうな、と俺は本日何度目か分からないため息を吐いた。

 

 ……拳銃を持っていっても良かったんだが、そうすると荷物検査が面倒なのと未だに拭いきれない不安があるからだ。いや、無用な心配だ、と我ながら分かってはいるんだけど念には念を入れて、だ。

 

 さて、そろそろ件の屋敷が見えてきた。

 

 遠くからでも小さく見えた、その立派な煉瓦造りの塀と鉄格子は屋敷をぐるりと囲む緑園が垣間見え、その威圧感を緩和させている。門は開け放たれ、来訪者を迎え入れているかのようだ。

 

 敷地に足を踏み入れ、俺は屋敷の外観を見上げた。大きな洋館、お屋敷だ。敷地も広々としており、玄関前に置かれた噴水と庭師の手が入った木々と花々は見ていて、素直に感心できる出来栄えだった。目の前の本館とは別に誕生日パーティを開く別館がある。本館とは渡り廊下で繋がっている、その建物は古くは小さな劇場だったそうな。それを改装し、その雰囲気は残しつつもパーティ会場として使えるようにしたようだ。確か、持ち主である金剛氏の遊び心で、会場の隠し通路とかはそのままにしてあるんだよな。俺は事前に確認した見取り図を思い浮かべた。部屋数も多いし、隠し通路だとか隠し部屋(三畳くらいの小さなものだ)とかオペラ座の怪人かな?と思える仕様となっている。……ますます事件とか起きそうな場所なんだよなぁ。パーティまで時間がある事だし、後でぐるっと一周して確認しておこう。

 

 そんな取り留めもない事を考えていると、正面玄関に辿り着いた。正面玄関前には、老齢の執事が立っていた。時代遅れの燕尾服をきっちりと着こなす姿はテンプレ通りのソレだ。形式通りに挨拶もそこそこに、俺は執事さんに招待状を見せる。その招待状には“黒野 源三(くろの げんぞう)”と書かれていた。げんぞうとか渋いな、と俺はこの招待状を手配した兄貴のネーミングセンスを疑っておく。

 

「黒野様、ですね。……おや?」

「……ああ、俺はその人の孫。来れなくなってしまったから、その代理でね」

 

 執事さんの疑問の声に俺は事前に用意した答えを口にした。

 それに執事さんは納得したように頷いた。

 

「左様でございましたか。それでは黒野様、当館にようこそいらっしゃいました。ゲストルームまでの案内をいたしましょう」

 

 執事さんの案内に従い、その後を歩いて行った。部屋に着いたら早速、護衛対象に挨拶をしなくてはいけない。

 

「……そういえば、ご主人は何処に?」

「旦那様でしたら書斎にいらっしゃいますよ。しかし一人になりたいと言っていらしたので……おや、時間が過ぎておりますな。旦那様は二階の書斎にいらっしゃいます。階段を上って左に曲がってその突き当たりが書斎になりますので、お客様が訪ねられても大丈夫でしょう」

「……そう」

 

 俺の問いに執事さんは慣れたように答える。それに頷いたその時。

 

 

 ――バァンッ。空気を切り裂く鋭い銃声。平穏から程遠いその音に俺は瞬時に音の聞こえてきた方向を特定する。――二階、それも先程案内にあった書斎の方からか。

 

「――ッ」

 

 舌打ちしたいのを堪え、俺はキャリーケースから手を離し駆けて行った。後ろから「お客様!?」と執事さんの声が聞こえてきたが緊急事態なので無視させていただく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 件の書斎に辿り着き、そこには屋敷の訪問客、それから住人の姿があった。後妻さんと訪問客と思われる男性二名、それから扉の前に立ってドアに手をかけている少年、とその後ろで見守る少女二名。っておい、その少年って名探偵さんじゃないですか、と俺が動揺していると扉が開け放たれ、冒頭の状況に至る訳である。冒頭で俺が呆然としていると、後ろから執事さんが漸く追いついて来た。

 

 新一君は早速その場を仕切り、蘭ちゃんたちに警察を呼ぶように指示を飛ばす。警察は一時間後に着くらしい。そして現場から人を追い出し現場保存、書斎の近くの客間にその場に集め話を聞く事となった。事情聴取の時間である。――執事さんは今回のパーティ中止の手配で席を外した。彼のアリバイはこの屋敷の皆が知っている。何せ、ずっと玄関か、ゲストルームの案内を繰り返していたのだから。

 

 新一君がアリバイを聞きだしているのを小耳に入れながら、俺は気分の悪い振りをしながら壁に背をつける。

 

 ちょっと状況を整理しようと思う。まずは護衛対象の金剛 道郎氏、彼が第一被害者だ。新一君が死体の状況から大体死後一時間程度、と前振りをしてからアリバイを聞きだしているので間違いない。秘書の安楽さん、彼女は先程の銃声あれが致命傷なので死後から時間は経っていないと推察できる。問題はこの第一被害者の金剛氏を誰が殺害したのか、だが。

 

 アリバイ云々はそれぞれ主張しているようだ。

 

 先ずは後妻の金剛 華純さんからだった。彼女は瞳を涙で潤ませ、切々と夫の死を嘆いている。

 

「何故、こんなことに……。一時間前ですか?確か、その時間は庭で花壇の世話をしておりましたわ。私の趣味で、主人もよく共に花を愛でていましたのに……」

「……その花壇は何処に?」

「丁度、書斎の真下になりますわね。ほら、あの大きな窓がありましたでしょう?そこから見えて……、よく主人が休憩だと言って、一人であの書斎に籠った時も偶に花を見ると落ち着くと言っていて……」

 

 そこで華純さんが顔を伏せる。涙が堪えきれなかったようだ。口元を手で覆い、嗚咽をかみ殺している。話を聞きだしていた新一君は神妙な顔で続けた。

 

「すみません、思い出させてしまって。もう少し話を続けても?」

「ええ」

 

「ちょっと、新一ッ!」

 

 一言謝ってから話を続けようとする新一君の腕を蘭ちゃんが引っ張る。無神経過ぎだ、と咎めているようだ。それに華純さんが首を横に振って、微かな笑みを浮べる。無理矢理の笑みがかえって痛々しい。

 

「いいのです。主人の殺した犯人をどうにか捕まえて欲しい、と思いますもの。けれど、ありがとう。心配してくれたのね」

「え、でも……」

「大丈夫、さぁ続けましょうか」

 

 戸惑う蘭ちゃんに華純さんが微笑む。それに渋々引き下がる蘭ちゃんに園子ちゃんがそっと手で背中を撫でる。まだ中学生の彼女たちにこの手の負の感情は悪いだろう、と俺は少し心配になる。

 

「そのアリバイを証明してくれる方は?」

「……おりませんわ。ただ、銃声を聞いた時に空山さんと途中で合流しましたから、あの前後のアリバイは証明される筈ですわ」

「なるほど。――では、次に空山さんのお話を伺っても?」

 

 新一君に次と促された招待客の一人、空山さんは渋々と口を開く。四十前半の中肉中背の神経質そうな男性だ。銀のフレームの眼鏡が、なおの事印象をインテリに見せる。

 

「はぁ、何故こんな子どもに。まあいいでしょう。私は空山 史孝(そらやま ふみたか)、一応小説家をしている。君たちにはオカルト小説と言った方が馴染み深いだろうか。亡くなったここの旦那さんとは五年くらいの付き合いだ。小説の裏話とか話すとよく喜ばれたよ。……それで今日の十時頃にここにお邪魔して、今度の小説の参考にしようと屋敷の中を見回ったりしていた。勿論、一人でだ。なのでアリバイを証明してくれる者はいないな。時折ここの使用人とすれ違っていたので彼らに聞けば誰かは覚えているかもしれないが」

 

 そこで、空山さんは話を区切った。そして思い出すように手に顎を添える。

 

「そして、奥さんと会ったのは銃声を聞いた直後だ。確かに奥さんは書斎のある部屋の真下の花壇の方から出てきたよ。花壇からさほど離れていない場所だったから、恐らくは嘘はついていないと思う」

 

 あくまで私個人の意見だが、と付け足して空山さんの話は終わった。

 

「ありがとうございます。それでは、次は――」

「俺の番で良いだろう?」

 

 新一君の言葉を遮り、名乗り出たのはもう一人の招待客。背の高い、がっちりとした体格に日に焼けた褐色の肌。年の頃は三十代後半に見える。一目でアウトドア派だな、と分かる陽気な男性だった。

 

「俺の名前は奥池 光洋(おくいけ こうよう)、写真家だ。と言っても、さほど名は売れていないがね。普段は海外へ行って自然相手に仕事をしているしがない男さ。それでもってここの旦那とは二年ほどの付き合いになるかな。なんでも俺の撮った写真が気に入ったんだと。物好きな旦那だよなぁ。――で、アリバイだっけか」

 

 奥池さんは無精ひげを一撫でし、思い出すように虚空を睨む。そして間を空けてああ、と納得の声を上げた。

 

「思い出した。ここに来たのは午前十一時。それから早いお昼をご馳走になって、一階にあるバーで酒を飲んでダラダラしていたよ。ここのメイドさんに話相手になってもらったりしたから彼女に聞けば分かるんじゃないかな?」

「そうですか。後で確認を取りましょう。――で、君は?っておい、顔色悪いけど大丈夫か?」

 

 そこで新一君の話の矛先が俺に向かう。俺はそれまで気分が悪い振りをしていたのを思い出した。ちょっと話を聞きながら今後の対処について考えていたのだ。

 

「大丈夫。――俺は黒野。黒野 静(くろの せい)。俺の祖父がここの旦那さんの友人で、俺はその代理。だから旦那さんとは初対面だよ。――それからアリバイか。先程の銃声の時はここに着いたばかりで、それより一時間前って言うと、電車かバスの中だったかな」

 

 俺がそう言えば、新一君は一、二回頷いた。そしてその視線を、ここに集められた最後の一人に向ける。

 

 最後の一人、第一被害者の一人息子で秘書殺害の容疑者。金剛 道久(こんごう みちひさ)さんは皆とは離れて、客間の一人掛けのソファに腰を沈めていた。その背を丸め、頭を抱えて苦悩する様は哀れでもあった。ワックスで整えた髪も乱れ、身なりの良い服装も着崩れしてしまっている。そのくだびれ具合は三十歳とは思えない憔悴っぷりだ。

 

「さて、道久さん。お話を最初から聞かせて下さい。勿論、僕一人の方が良いのであれば場所を移しましょう」

「いや、いいんだ。私も何がなんやらで、無我夢中だったから……どこまで正確に語れるかは分からない。それでもいいなら――」

「ええ、構いません。覚えている範囲で良いんです」

「そうか……。私は一階の書斎に居たんだ。丁度、一時半を少し過ぎた頃。そろそろ親父の休憩時間が終わるだろうと二階の書斎に行くことにしたんだ。少し読みたい本もあったしね。――扉を開けて驚いたよ。何せ、そこには親父が床に倒れていて、傍に秘書の姿があったんだから」

 

 そこで言葉を切った道久さんはグッと奥歯を噛んだ。ごくりと唾をのみ込み、続きを話す覚悟を決めたように下を向いていた顔を上げる。

 

「しかもその手には銃が握られていた。咄嗟に親父を殺したのが秘書なのでは、と思ってしまった。親父の胸に刺さるクロスボウの矢に気づいたのは、全てが終わってからさ。ピタリと銃口を向けられると、人って分からないものだな」

 

 はは、とそこで道久さんは掠れた声で自嘲の笑みを零した。

 

「そこからは無我夢中さ。銃をとり上げようと距離を詰めて驚く彼女の手を掴んだ。それから――」

 

 言葉が続かない、そんな苦汁を飲んだ道久さんは黙り込んでしまった。皆、この場に集まった人達は言葉が出ないようだった。

 

「それからそれは事故だったと。正当防衛だ、と貴方は主張するのですか?」

 

 静かな声だった。新一君の真っ直ぐな瞳と声に誰もが視線を向ける。罪を責めるではなく、そこにあるのは真実を見つめる探偵の目だ。

 

 新一君の確認の言葉に道久さんは頷いた。

 

「ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから警察が来るまで皆客間で待機だ、と新一君は言い残し去って行った。容疑者達の他に、この場に残るのは蘭ちゃんと園子ちゃんの二名だ。成程、犯人がこの場に居ようと人が集まっていれば下手な事をやらないだろう、と。しかもご丁寧にここの使用人の人に見張りを頼んでいた。

 

 警察が来るまであと三十分。それが俺のタイムリミットだ。

 

 俺は体調が悪いので、少し別室で休ませてくれと見張りの使用人に願い出た。少し渋られたが、この儚げ美少年というジェネヴァ君の見た目で眉を下げてほんの少し悲し気にすれば一発だった。やったぜ、これで自由行動がとれる。ちなみにこの鉄仮面の無表情はほんの少ししか変わらないのだ。俺だって頑張った。でも限界ってあるよな、と俺は一人悲しむ。

 

 さてここで情報を整理しよう。金剛氏殺害と秘書殺害はそれぞれ別の犯人だ。一人は言わずもがな、金剛 道久氏。問題は金剛氏殺害の犯人だが、俺はもう当たりを付けている。今からその証拠となる物を確認する為にこうして仮病を使って抜け出したのだ。

 

 その前に、と俺はポケットにしまっていた携帯を取り出す。パカリ、と開けて、シンプルな初期設定の待ち受けを眺めた。まだかける決心がつかないのだ。

 

 いや、確認してからでもいいよな。俺はちょっと問題を先送りする事にした。例え五分しか先延ばし出来なくても心の準備の為にはその五分が必要だ。

 

 ――情報の整理に戻ろう。

 

 現在、容疑者は道久氏と俺を除いて、三名。後妻の金剛 華純さん、そして招待客の空山 史孝さんに奥池 光洋さんだ。この内でアリバイ証明がなされているのは、奥池さん一人。他の二人はグレー。しかし、この二人も現場からは距離が離れた場所に居て、しかも使用人に目撃されても可笑しくない位置に居た。

 

 そんな危ない所で犯罪を犯すだろうか。――そう思わせるのが犯人の狙いだろう。後で侵入者を見かけた、とそれらしく証言すれば誤魔化せる可能性がある。犯人が現場に残したのは被害者を射抜いたクロスボウの矢。それのみなのだから。

 

 さて、俺には新一君よりも二つほどアドバンテージがある。一つ目、この屋敷の見取り図を事前に覚えていた事。隠し通路や隠し部屋は事件現場の近くには存在しない。――主にパーティ会場である別館の方に仕掛けられていたからだ。けれどこの屋敷には隠しギミック(というには大げさか)が存在した。二つ目、俺は秘書が組織の人間だと知っている。なので、彼女が被害者を殺す筈もないし、拳銃の持ち主であるのも知っている。それから何故道久さんに後れをとったのかも推察出来た。

 

 

 俺は事件現場の真下、花壇があるという場所に着いた。――良かった、名探偵君は居ないな。

 

 そして書斎の窓の前に生い茂る木を見上げる。広葉樹で、その背丈は屋敷の屋根につきそうな程に成長している。葉の緑に紛れてしまっているが、その中で尖っている金属が見えた。――釘だ。丁度窓の前、木の枝の二股に分かれているそこに何かの支台、もしくは何かを引っ掛ける用途にだろうか。多分、その釘の上と枝分かれの所にクロスボウを上手く置いて、仕掛けを作ったのだろう。

 

 俺は今度は下に目を向ける。そこにあったのは花壇だ。よく手入れされている花壇は手作り特有の温かみを感じさせる素朴な作りをしていた。花壇の周りに置かれているノーム人形なんて事情を知らなければ微笑ましい部類になるのだろう。

 

 花壇に配置されているノーム人形は七体。かの白雪姫の再現だろうか、なんて頭の片隅で考えながら俺は件の木の前に配置されているノーム人形の前にしゃがむ。

 

 どのノーム人形も微笑み口を開けている。その口の中は空洞だ。俺はしゃがんで目の前のノーム人形の口の中を手持ちのペンライトで照らす。薄らと浮かび上がるシルエットは想像していた通りのものだった。よく観察すると、なるほどノーム人形も陶器ではなくプラスチック製でこれなら傷がつくだけだろうなと俺は納得する。

 

 ノーム人形に仕掛けられていたのは小型のモーターとワイヤーを巻き取った装置だった。ここまで暴けば自ずと犯人が分かるだろう。――そう、犯人は後妻の華純さんだ。

 

 そして凶器となるクロスボウは屋敷の仕掛けである隠し収納スペースにあるだろう。丁度花壇の近くの壁は上は白の壁なのに下の三分の一が煉瓦造りとなっている。その内の一つを押せば外れて、そのスペースを現してくれるという寸法だ。多分煉瓦五個くらいは外せると思う。

 

 俺はそこでため息を吐いて、携帯で兄貴へと電話をかけることにした。

 

 コール音が三回した後で低い声が聞こえた。

 

『チッ、なんだ』

「緊急事態。――対象が殺された。しかも、秘書も」

『あ?』

 

 もはや舌打ち程度は挨拶ぐらいになってしまった。そのことに若干の悲しみを覚えつつ俺は本題を切り出した。グッと冷え込む兄貴の声に背筋が冷えていくのを感じる。

 

 だが、めげてもいられない。俺は腹に力を入れて、勇気を絞り出す。

 

「それで、秘書の方の自宅に警察が行くと思う。あと三十分もしない内にこちらに警察が到着するそうだからそっちも時間の問題だね」

『大惨事じゃねえか。――仕方ねえ、簡単に説明しろ』

 

 兄貴の心底面倒臭そうな声に俺は心の中で同意しておく。しかしそんなどこぞのスレみたいに三行で説明、みたいに急かされてもと悩む。

 

「俺が到着した時にはもう既に対象の方は事切れていたようだよ。それから玄関で銃声を聞いてね。そうしたら秘書の方が亡くなっていたんだ」

『つまりは拳銃の方の証拠隠滅は無理か。面倒だな。――分かった。そっちの方の証拠隠滅は請け負ってやる。それで?そんな舐めた真似をしてくれた馬鹿は何処のどいつだ』

「――普通の一般人だよ。大ごとにしない方が綺麗に片付くと思うよ」

『チッ』

 

 俺は呆れ気味に兄貴に進言しておく。無用な血を見るのはご免だ。とそこで俺は近づく気配に気づいた。一応は身を潜めようとしているみたいだけど、バレバレのこの気配。素人か、と俺は結論付ける。

 

「それで俺の方はどうする?――片付け、必要かな」

 

 俺はマイルドな言葉遣いに直す。多分、あちらでは今から聞き耳を立てるのであろうなと推察をしながら。

 

『いいや、必要ねえよ。元々秘書の方の携帯も心配いらねえように仕掛けが施してあるからな。護衛対象の方も精々用途不明金の存在が薄ら分かる程度だろう』

「仕掛け?」

『ウイルスさ。こっちの指示一つで携帯のデータは破壊出来る。念を入れといて正解だったな』

「……そう」

 

 相変わらずの組織の謎の技術力がジンの口からサラリと披露された。何それ怖い、と俺は素直な感想を胸にしまっておく。

 

『……この件に関しちゃお前に責はない。俺からあの方に報告しておこう。――だからお前は五体満足のままとんずらして来い』

「――難しくない?」

『お前なら出来んだろ』

 

 じゃあな、と無茶ぶりをしておいて兄貴は無慈悲に電話を切った。一方的過ぎる、と俺は内心慄く。というか、今の口ぶりだと警察の事情聴取からバックレて来いよ、って意味だよな?

 

 俺はそこで漸く肩の力を抜いた。聞き耳を立てている某探偵君がいなければガッツポーズもしたいところだ。これで今回の死亡フラグ一つ目解消。任務失敗、残念死ね!という可能性を恐れていたのだ、俺は。

 

 あとは目立たないように過ごしていればいいんだけど、少しお節介を焼こうか。

 

「……そろそろ出てきたら?俺に何か用事かな」

「――バレてたか」

 

 俺の指摘にちぇっ、と少し罰が悪そうに新一君が物陰から出てきた。気づいていたよ、と頷けば、ますます顔をしかめられた。

 

「……さっきの電話、誰だよ」

「家族だけど、何か?」

 

 歯切れの悪い新一君の問いに俺は間髪入れずに答える。ちなみに嘘は言っていない。

 

「それにしちゃあ――」

 

 なんか怪しかったような、と腑に落ちない新一君を横目に俺はこの場を立ち去る事に決めた。あれだ、あんまり主人公君に関わるとボロが出ちゃうからね。

 

「じゃあ、俺はこれで」

「ちょっ、待てよ!」

 

 新一君の気の(そぞ)ろなところに横を通り抜ける。通り抜けてから新一君に呼び止められるが、足を止めずに顔だけ振りむいた。

 

「そこ」

「これか?」

「うん、そこ押してみて」

 

 俺は花壇の上の壁の煉瓦の一つを指さす。これか?と首を傾げて手袋をはめる新一君に頷く。そして動かすように促し、俺はさっさとこの場を抜けた。

 

「は?――これは凶器の」

 

 そんな呆然とした呟きを背に受けて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから俺は皆の集まる客間に戻った。戻ったら蘭ちゃん達に、「君、大丈夫?」と優しくされてめちゃくちゃビビった。口元が引きつらないように頷き、なんとか誤魔化した。

 

 そして五分ほどしてから新一君が皆に事件現場に戻って欲しいと招集を受けた。その際にこちらをキッと睨まれたのは気のせいにしておく。名探偵が俺なんかを睨むはずがないじゃないですかーははは、と心の中で現実逃避が忙しい。

 

 さて中学生の新一君の推理ショーは如何ほどか。俺は不謹慎だと分かっていながらも少し高揚した。

 

「まずはこの事件を最初から辿ってみましょう」

 

 新一君は一つ一つ丁寧に事件をひも解いて見せた。

 

「これは犯人にとって大きな賭けだったことでしょう。いや、案外分かっていたのかもしれません。何故なら犯人は被害者と親しい人物だったので、彼の日常を予想する事も出来た筈です」

「な、なんだって」

 

 新一君の親しい人物、の言葉で驚愕するのは小説家の空山さんだ。それを頷き一つで受け流し、新一君は続ける。

 

「被害者は決まってとる行動がありました。日課、と言い換えてもいいでしょう。勿論、これは屋敷の皆が知っていた事実です。――それは午後の食後の小休憩。そうでしょう?被害者の奥さんの華純さん」

「え、ええ。主人は気分転換も兼ねて普段でもそうしていましたわ」

 

 急に話題の矛先を向けられ、華純さんは少しうろたえる。

 

「そこまでは屋敷の皆の知っていた事実。けれどその先、貴方はもう一つの行動も知っていた。それは窓を開ける事です」

「まど?」

 

 蘭ちゃんが不思議そうに首を傾げる。この場にいる半数は同意したはずだ。何故、今更と。

 

「そう。――ところでこの書斎の窓は少し変わっていますね。内側だけでなく、外側まで取っ手がとりつけてある」

「そ、それはッ。ここに屋敷を移転する前からのデザインですわ。つまりは百年ほど前にイギリスに建ててあった時からの初期のデザインです。何も可笑しくはありませんわ」

 

 それに書斎だけでなく、二階全ての窓がそのデザインなのよ、と華純さんは語気を少し荒げた。

 

「そうですね。ではこちらはどうでしょう?」

 

 そう言って新一君は白の手袋をはめたまま、書斎のソファの影に隠していた物を取り出す。

 

 それは件の凶器のクロスボウ。行方不明だった凶器の出現に場が騒めく。

 

 それで華純さんは悟ったのだろう。全てが暴かれた、と。

 どさりと華純さんが膝が崩れるように床に座り込んでしまった。

 

「――犯人は貴女だ。華純さん」

 

 ダメ押しの一言に華純さんは顔を手で覆った。新一君は途中で自白して欲しかったのだろう。まあまだ警察は来ていないので、まだ自首扱いが出来るからいいのか。

 

「事の真相はこうです。ご主人がいつも小休憩中だけ窓を開ける事を知っていた貴女はその窓の取っ手の部分にとある仕掛けをした。――細い透明な釣り糸を窓の取っ手に巻き付け、窓を開ければ窓の外にある木に設置したクロスボウの矢が射出出来るように。そこからは簡単だ。――下に居た貴女はノーム人形に仕掛けていたモーターを作動させ、釣り糸とクロスボウに巻き付けていたワイヤーを巻き取り回収。その証拠に木とノーム人形の一つには少し傷がついていました。勿論、ノーム人形の方は地面に杭のように動かないよう固定してありました。そのノーム人形の中にはモーターと仕掛けも」

 

 新一君は静かな声で事の真相を語った。仕掛けを知ってしまえばなんて事のないものだ。

 

「許せなかったのよ……」

 

 顔を手で覆っていた華純さんが低い声で語り始めた。そこにはお淑やかな奥さんの優しさはない。蘭ちゃんや園子ちゃんが「嘘……」と呟くのも仕方ないだろう。それくらいの変貌だった。

 

「許せなかった、新しい秘書なんて雇って!デレデレと頬を緩ませて(はべ)らすあの人もッ!! それを許すあの女も!今更私を捨てようとするあの人が憎くて憎くて仕方なかったのよッ」

 

 金切り声で喚く華純さんは悔しそうに唇を噛みしめた。つまりは浮気を疑った末の暴走らしい。怖いな、女の嫉妬って。しかもそれが勘違いなのだから尚更救えない。

 

 そして新一君は目線を道久さんに向ける。ビクリと身体を揺らす道久さんはこれが悪い事だと分かっているのかもしれない。

 

「次は貴方だ。――嘘なんでしょう?揉み合う内に撃ってしまった、なんて」

「う、嘘じゃない。私は本当に――」

「時に道久さん。発射残渣(はっしゃざんさ)、という言葉をご存知ですか?」

 

「は?」

 

 新一君の言葉を否定する道久さんは続いての問いにポカンと口を開ける。

 

「拳銃を発砲するとスス、鉛、アンチモン、バリウム、亜硝酸塩が飛散し、発射したもののまわりに付着する。その事を言うのですが、恐らく秘書の安楽さんには付着していないでしょう」

「な、なんでそんな事が分かるんだ?!」

 

 淡々とした説明の断定的な言葉に道久さんは反射で反論する。だが、そのうろたえようが自分が犯人だと言っているようなものだ。

 

「弾道ですよ。被害者の貫通している箇所がね、丁度上から撃った時のモノに近いんですよ。左胸の高さなのに。――仮定できる状況は二つ。一つは犯人がソファの上に上って上から撃ったか。もう一つは犯人が被害者を突き飛ばし、身を起こすところを上から撃ったか。この二択です」

「――ッ、仕方なかったんだ!アイツが、あの女が俺を振ったから。それで揉み合って拳銃を奪った時に断られたその時がフッと頭をよぎって、気づいたら引き金を引いていたんだ」

 

「仕方ねえ訳があるかよッ!――あんたはただ理不尽な怒りを彼女にぶつけただけだ。それを正当化しちゃいけねえよ」

 

 新一君の一喝に目を見開いた道久さんはがっくりと肩を落とした。諦めた、というよりは己の愚かさを受け入れるような力の抜けようだ。

 

「……最後に、一ついいかな」

「ああ」

 

「“サインA”、これが何かわかるか?」

「は?」

「死に際の彼女の最期の言葉だ。――ずっと何か分からなかった。もしかして君なら、と思ったんだが……」

 

 唐突な犯人の問いに新一君は怪訝な面持ちになる。その後の犯人の独白に真剣に考え始めた。俺はというと、は?と愕然とした。

 

 ――Sign A(サイン エー)なら作戦完了。今作戦のみ意味を持つ安直な暗号だ。つまりは俺に向けてのメッセージ。作戦完了、それ以上は何もするな、と言いたかったのだろう。つまりは自分を殺した男を組織から庇ったのだ。それも、会った事もない子どもの俺に託すか釘をさす形で。

 

 その時にこみあがった思いはなんとも言えないものだった。悪態を吐きたい気持ちで一杯だ。最悪だ、こんなの。

 

 護衛対象の死体を見た彼女が一番混乱したに違いない。任務失敗して死をもって償うなんてことも珍しくない話なのだ。それがこんな大失敗なら尚更。目前の死に抗いたくて、咄嗟に拳銃を握ってしまったのだろう。そこに護衛対象の息子が現れ、混乱の極致に至ったのだろう。冷静になれば、素人の男を投げ飛ばすくらいの護身術は身につけていたはずなのに。……これ以上の推察は死者への冒涜だ。彼女にだって胸に秘めていたかった部分だろう。けれど、このまま終わるにはあまりに惨い話だ。そうまでして守りたかった、その人になんの真意も伝わらない。しかも誤解されたままだなんて。

 

「……その意味は分かんないけどさ。きっと、秘書の人はアンタに早く罪を償って、それから真っ当に生きて欲しかったんだと思うよ」

 

 俺は我慢しきれずに気づけば死んだ元同僚の最後の言葉を吐露していた。視線が、室内の注目が俺に集まる。

 

「……そうかな」

「そうだよ。――だってアンタに告白された秘書さん、困ってはいても邪険にはしなかっただろう?」

「そうだったかな、下を向いてばかりで分からなかったが。“私達は釣り合っていません”、それがフラれた時の台詞だったな」

 

 道久さんの声は掠れていて、ひび割れてしまうような渇きがそこに滲んでいた。

 

「“貴方が”じゃなく“私が”釣り合っていない、という意味だったんだと思うよ。多分ね」

「そうか……」

 

 それきり静かに泣き始めた哀れな男を、周りはただただ見守るばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 道久さんに注目が集まったところで、俺はそっと部屋を抜けだした。キャリーケースと招待状は既に回収済みである。後は兄貴の言われた通りにとんずらするだけだ。今回、俺は何も悪い事していないしな。

 

 玄関まであと少し、というところで声がかかった。

 

「待てよ」

 

 鋭い険のある少年の声。言わずもがな、名探偵君のものだ。俺は呼び止められたので渋々振り向いた。

 

「何かな」

「おめー、何者だ?」

 

 ひたりと狙いを定める一片の曇りもない探偵の瞳に俺は勘弁してくれという気持ちだった。

 

「何者もなにも。――ただのちょっと勘の鋭い中学生だけど?」

「は?」

「あ、そろそろバスの時間だ。じゃあね、探偵君」

 

 俺のとぼけた答えに新一君の目が見開かれる。虚を突かれているその隙に俺はさっさと足を進めこの場を去った。

 

「クッソ、また会ったらぜってー追及してやるからなッ!」

 

 そんな恐怖の予告を俺は聞かなかったことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 屋敷から離れた所で俺は携帯で再び兄貴にかけた。

 

「作戦完了。やはり犯人は一般人だったよ。――今から戻るけど、歩いて帰らないといけないから、明日の午後になると思う」

『は?――公共交通機関に乗ればいいだろ』

 

 俺の端的な報告にジンの声は不機嫌そうに返された。そうは言うけどさぁ……。

 

「ここ、一日に三本でしょ。バス」

『チッ。仕方ねえ、ウォッカを迎えによこすからソレに乗れ』

「やった。じゃあ俺、それまで下山しているから近くまで来たら電話で知らせてほしいな」

『下山ってお前……』

 

 ジンの呆れた声に俺はムッとする。

 

「だって警察に見つかったら面倒だろ。――俺だったら身を隠しつつ回避できるからね」

『なんだ、その自信』

 

 俺の特技自慢にジンはククッと喉で密かに笑う。他で聞いたら悪企みでもしてんじゃね?くらいの黒さが残る声だが、俺にはもう普通に笑っているように聞こえる。ヤバい、末期かな?

 

『おそらく二、三時間はかかるだろうが、頑張れよ』

「ん、頑張る」

 

 未だに笑いの含む兄貴にしては珍しい声で通話が終わった。多分下山頑張れよ、という激励だろうがこのキャリーケースをカラカラ鳴らしながらの長い道筋に俺は今から少しうんざりした。

 

 

 




補足
※緑園……緑の庭園。緑の生い茂った庭。
※クロスボウ……日本では一般的にボウガンと呼ばれる事の多い、機械弓の一種。ちなみにボウガンとは日本のメーカーさんの商標名だそうな(wiki調べ)会社名もボウガン。ご指摘して下りありがとうございました。


ちなみに新一君の年齢は中学二年生十四歳です。

あとタグを追加させていただきました。こそっと。よくよく考えなくてもちょっとシリアス入っているよね?これと思ったので。ほのぼの殺伐ストーリーとか謎ジャンルをやるからこうなるんだ(白目)あくまでコメディなんですけどね!!

さて次回は新一君視点ですね。本当は今日アップする予定だったのですが、パソコンさんが反抗期で四千文字ほど消し飛んだので断念しました。なんですか、不具合で保存されていないって(震え声)
明日か明後日にアップできればいいなぁ、と遠い目をしておきます。

今回事件もの、を軽く書いてみたのですが難しいですね。痛感いたしました。
文字数もえげつない事になっています。約一万五千文字。普段が六千から多くても九千文字なので作者は震えました。
ではでは。
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