前回までのコメントありがとうございます。
今回は前回の新一君視点。三人称で書いています。あれです、新一君にスポットをあてた感じです。
読む前の注意点
・モブの死の表現、流血描写あり。
・高校一年が彼の初推理だったそうなのでソレに対するねつ造。
・なんちゃって推理。
・文章が長い。
オッケー?
いつも通りの平和な日常。帝丹中学に通い、授業を消化し、放課後は部活動で友達とサッカーをする。そして幼馴染に馴染みのホームズの薀蓄を語れば、うんざりされながらも聞いてくれる。男友達にいいなぁ可愛い幼馴染とか爆発しろ!とやっかまれたりするが、うるせーと返せば笑いが返ってくる。
それが中学生、工藤 新一の愛すべき日常だ。
素直になれず、照れが先に立つから言えやしないが、蘭や園子と話すのも中々に楽しい。
そんな平和な日常も唐突な提案で崩される事となった。
給食を終え、昼休み時間となった。各々が好きな時間を過ごすその時間。いつもは友達に誘われるまま友達と共にサッカーに興じる新一だが、今日は推理小説を読みたい気分だったので図書室の蔵書を教室で呼んでいた。そこに蘭と一緒に園子がやってきて提案に至った。
「はぁ?――今度の休みに金持ちのパーティに一緒に出て欲しいだと?」
「そう!前にお世話になったらしいんだけど、両親や姉貴の予定も合わなくてね。それで私が代わりを務める事になったんだけど。一人じゃ心細いじゃない?」
「――蘭に頼めばいいじゃねえか。なんで俺が」
「勿論、蘭にも付き合ってもらうわよ。ね?蘭」
「うん。……新一、ダメかな?」
園子には素気無く断れる新一だが、幼馴染で淡い想いを抱いている蘭となれば話は別だ。こてりと可愛らしく小首を傾げられ、うぐっと新一はたじろぐ。
「ちなみにパーティ会場となる別荘なんだけど、元劇場の別館があるらしいのよ。そこのご主人って変わり者らしくてね。『オペラ座の怪人』みたいなその劇場を改装しても仕掛けをそのままにしているらしいの」
「――行く」
面白いと思わない?と付け足された園子の言葉に新一は渋々と承諾する。
「それにしても意外だな。園子ってそんな話に興味あったか?」
どちらかというと、少女漫画や恋愛ドラマの方が興味があったはずなのに、と新一は首を傾げる。
それにああ、と相槌を打ったのは蘭だ。そしてこっそりと耳打ちしてくる。
「――実はね。今園子がハマっている少女漫画、『オペラ座の怪人』のパロディなのよ。登場人物とかをイケメンにしたりしたもので、結構話題なの」
私も読んでいてドキドキしちゃった、と頬を染める蘭を横目に新一は少しムッとする。納得はしたが、なんとなく面白くない。
「なるほどな。通りで、乗り気な訳だ」
「でしょ?――でも意外ね。てっきり新一も」
そこで言葉を切った蘭に新一は視線で先を促す。
「まるで“ミステリー小説の舞台みたいだ!”ってはしゃぐと思ったのに」
「おめーの中の俺はどんだけガキなんだよ……」
蘭の言葉に新一はげんなりする。流石にそこまで見境がない訳じゃない。……ホームズ
「ほら、そこの夫婦!私を省いていちゃいちゃしないッ」
「「誰が夫婦だ!!」」
蚊帳の外になってしまった園子の鋭いツッコミに蘭と新一は声を揃えて異議を唱える。遺憾ながら、こういうのはここではもはやテンプレとなっている。
※
件の休日まで時が過ぎた。朝の九時に園子の家の運転手が運転するベンツに乗り、県を跨ぎ、山奥の件の別荘まで来た。ちなみに服装はドレスコードを意識したもので、蘭と園子もおめかししていた。……可愛らしい格好をした蘭に少し見惚れてしまって、園子に揶揄われたのは不服だったが。
到着したのは午前十一時頃だ。――流石に早すぎないか、と心配する蘭と新一にいいのよ、と園子は言う。ここの屋敷の主人は珍しい話が好きでお喋り好きなのだという。そして初めての客人の話を喜んで聞くだろうし、探偵を目指す新一君の話も喜ばれると思う。その園子の言葉に新一は顔をしかめた。それをまあまあと蘭が宥める。
招待状を玄関で待っていた執事に見せ、それぞれのゲストルームに案内された。この後どうするか、という話になり、先ずはこの屋敷の探索からしようという事になった。忙しい人だし屋敷の主人への挨拶はお昼頃でもいいだろう、と。
屋敷の探索途中で屋敷の住人に出会い、そして屋敷の主人とその秘書にも続けて遭遇した。そのまま和やかに昼食を一緒にとる事になった。その途中で招待客の一人の奥池さんとすれ違った。どうやら、これから屋敷の一階にあるバーで酒を飲むらしい。大丈夫か、この大人と新一は声に出さずに呆れた。
一階にある食堂で食事中、屋敷の主人金剛 道郎さんから奥池さんのフォローが入った。
「すまないね。彼は素晴らしい写真家なのだが、おおらかさが行き過ぎるところがあってな。そこが彼の長所でもあるのだが……」
「はは、父さんはなんでも人の長所にするところがあるからなぁ。……人が良すぎるというか」
「ふふ、そこがこの人のいいところですわ。道久さん」
「おやおや、惚気られてしまったな」
ははは、と笑う息子の道久さんに華純さんはもう、と
道久さんと華純さんに血の繋がりがなくとも家族だと思える温かさがそこにはあった。
「そう言えば、君たちは中学生だったか」
「ええ」
道郎さんに水を向けられ、新一達は頷く。それに道郎さんは眩しそうに目を細めて鷹揚に笑った。
「はは、そうか。君達くらいの時が一番輝いている頃だろう。――大事に過ごすんだよ。大人になってからじゃ、その頃の輝いた光景なんて中々見れないのだから」
「まあ、あなたったら。――そんなお爺さんみたいな事を言って。鈴木さん達も困ってしまうでしょう?」
「はは、すまない。どうもこの年頃になると説教臭くていけないな。――それで、君達はちゃんとなりたい将来を見据えているのかな」
道郎さんのしんみりした言葉に奥さんの華純さんが軽く窘める。それに曖昧な笑みで返せば、道郎さんは軽く笑って将来の事を聞いてきた。
「……うーん。難しい事ですよね。あ、でもそこに居る新一君は将来、探偵になるそうですよ」
「ちょっ、園子」
園子の余所行きの言葉遣いはどうも聞き慣れない。コイツもお嬢様だったんだな、と新一が感心していると話の矛先がいきなりこちらに向いた。ぎょっとして、蘭が止めようとしてくれるけれど、驚いたのは新一も一緒だ。
「そうなのかね?」
「ええ、まあ」
驚いたような道郎さんの声に新一は曖昧な笑みのまま頷く。――将来の夢を周りの大人に語ると大抵は驚かれる。新一の親を知る人は更に
「ホームズのような探偵になれればと思っています。彼のように、真実を
「ホームズ、と言うとかの有名なシャーロック・ホームズの事かね?どんな難事件もたちまち解決できる名探偵。成程、それは素晴らしい夢だな。――君の名が有名になって、この耳に届く日が来ることを楽しみにしておこう」
「……ありがとうございます」
すんなりと頷かれ、手放しの賛辞に新一は照れくさい気持ちになった。視線をそれとなく蘭や園子の方に向ければ、微笑ましそうにされた。いや、園子の方は面白がっているな。
「――お先に失礼いたします」
かたり、とそれまで黙々と食べていた秘書の安楽さんが静かに席を立った。
「あら、もう?もう少しゆっくりされてもいいのよ?」
「いえ、奥様。やり残した仕事もありますので。――旦那様方はどうぞご歓談を続けて下さい。それでは」
華純さんの引き留める声に、仕事を理由に淡々と安楽さんは退席した。
「……いつも彼女は
「まったく、生真面目過ぎるのも心配ですわ」
「はは、まあそれ故に優秀な秘書なんだよ。彼女は。――さぁ楽しい話をしようか」
道久さんは困ったような笑みで弁解を入れ、それに華純さんが同意する。しみじみとした言葉に道郎さんが軽く笑って次の話題に移っていった。
新一たちは頷く事しか出来なかった。流石、珍しい話が好きだと豪語する道郎さんの話はとても話し上手で聞き手を疲れさせない程度に楽しませた。
昼食を終え、各自予定があるそうで解散となった。それで新一たち三人は当初の目的であるパーティ会場の別館を見る事となった。
元劇場、というだけあってとても立派な建物だった。中世ヨーロッパ建築の美しさと劇場の華やかさの両立させた建物は外観を見るだけでも圧倒させそうな雰囲気を持っていた。なるほど、園子の言っていた通り『オペラ座の怪人』が居ても可笑しくなさそうな趣がある。
「流石に忙しそうね」
「うん。ちょっと悪いから、きりあげて他の場所を見ようよ」
「そうだな。あんま見て良いもんじゃないだろうし」
忙しなく行き交う使用人の姿に園子は感嘆の声を、蘭は申し訳なさそうにしている。新一も蘭に賛成だ。こういうパーティなどの準備は客人が見て良いものではないだろう。園子も特に反対はせずに、そういえばと話を切り出した。
「この屋敷の一階の書斎には色々蔵書があるそうよ。あのご主人自慢らしいし。ま、推理小説は新一君の家まではいかないでしょうけどね」
「へぇ」
「ほぉ。まあ俺ん家ぐらいまで揃えるのは相当なマニアだろ。アレだって親父の仕事道具みたいなもんだしな」
多分趣味も五割ほどは入っているだろうが。新一の遠い目に二人は不思議そうな顔をする。それに気にするな、と言ってから場所を屋敷内に移動した。
時刻はもう午後一時半も近くなっていた。
「そう言えば、道久さんが居ないな……」
「そうよね。お昼の時にはこの書斎に居るって言っていたのに……」
「別の所に居るんでしょ。それにしても頭が痛くなりそうな本ばかりねぇ」
新一は昼食後の道久さんの予定を思い出し、新一は首を傾げた。それに蘭は同意し、園子は頭を横に振る。
――バァンッ。空気を切り裂く鋭い銃声。平穏から程遠いその音に新一は瞬時に走り出した。
「チッ」
「新一!?」
アレは、二階から聞こえてきたか。蘭の制止の声も無視して新一は階段を駆け上った。
駆け上った先で、音の先だと思われる二階の書斎の扉前に辿り着いた。後ろから、困惑した様子で遅れて到着するのは、蘭達と華純さんと招待客と思われる男性客二名。緊急事態なので、新一は躊躇いなくドアノブに手をかけ、開ける。
そこには、床に力なく倒れる二つの人影。そして、その近くで先程の銃声の元凶である拳銃を握って呆然と佇む道久さんの姿があった。
新一は素早く、室内を見渡す。壁際の本棚、奥に配置されている執務机に黒の革張りの社長椅子。その手前の応接用の長机に二組のソファ。――室内に争った形跡はない。
被害者の近くの左手にある大きな窓は開け放たれ、カーテンが風に靡いていた。被害者は先程、話したばかりの道郎さん。その左胸にはクロスボウの矢が刺さっている。そしてもう一人の被害者はその秘書の安楽さんだ。――彼女は左胸に拳銃による傷があり、それが致命傷であると見て取れる。犯人の一人は呆然と立っている道久さんなのだろうが、新一は少し引っかかりを感じた。
とそこで道久さんの手から拳銃が滑り落ちた。ゴトリ、と重い音が響く。
「――違う、俺じゃない。俺じゃないんだッ、こいつが拳銃を持っていて……それでそれをとり上げようとしただけなんだ……ッ!!」
呻くように、苦し気なその声は訴えるような切実な響きが滲む。そこにはあの紳士然とした余裕は見られない。頭を抱え、悲痛な慟哭を上げる道久さんの様子に新一はゆっくりと歩み寄る。
「――それは話を聞いてからにしましょう」
穏やかな、静かな声で刺激しないように新一は心がける。
「き、君は誰だね?」
招待客の一人、銀フレームの眼鏡の男性が新一に問いかける。
「工藤 新一。探偵ですよ」
そちらに振り返り、フッと笑みをもって答えた。そう、今から己は探偵である。室内を見渡した限りだと道郎さん殺害の凶器であるクロスボウはなかった。外部犯、である可能性も捨てきれないが、新一の探偵の勘が言っていた。
これは内部犯。今、犯人に時間をあたえてしまうと証拠隠滅される可能性が高いと。
ここは山奥で警察が来るのも多少時間がかかるだろう。このままじゃ真実が埋もれてしまう。――ならばなってやろうじゃないか。道郎さんに語った、名探偵に。
新一は覚悟を決めた。
まずは蘭たちに警察に呼ぶように指示を出し、事件現場から集まった皆を閉め出す。そして近くの客間に移動してもらった。――若干名不満そうな人は居たが、警察が来るまでですよ、と言えば渋々と承諾が得られた。
遺体の状況を見て、死亡推定時刻を割り出した。新一は、父の影響もあって知識はあったのだ。道郎さんは死亡推定時刻、三十分から一時間前。秘書の安楽さんはまだ死後さほど経っていなかった。
そして客間に戻った新一は、アリバイを順次聞いていった。内容は以下のものだ。
後妻の華純さんはあの昼食の後、現場の書斎の真下にある花壇で花の世話をしていた。アリバイ証明をしてくれる人は居ないが、銃声の後招待客の一人である空山さんと花壇の近くで合流。なのでその前後は証言通りとみて良さそうだ。
銀フレームの神経質そうな中年男性、空山 史孝さん。オカルト小説家で道郎さんとは五年前からの交流。アリバイは十時頃から館内を見て歩いていたというもの。その際この屋敷の使用人と数名すれ違ったので、彼らが証明してくれるかもしれない、との事。
昼食前にすれ違った、体格の良い褐色の肌の男性は奥池 光洋さん。彼は海外を拠点とする写真家だそうだ。アリバイはあの後ずっと屋敷の一階にあるバーで酒を飲んでいて、給仕である女性に話を聞いて貰ったそうだ。なので彼女に裏をとれば確定と言ってもいいだろう。
それから、招待客の三人目。遺体発見の際、最後に合流した少年。銀色の髪に深緑の瞳、と外国の血を感じさせる。繊細な容姿の印象のままに彼は具合悪そうにしていた。――無理もないと新一は思う。蘭達はこの客間に居て貰った方がいいな。……彼のアリバイは銃声の聞こえてきた頃に屋敷に到着したばかり。道郎さんの死亡推定時刻の頃はおそらくバスか電車の中だっただろう、と。
そして、最後。秘書殺害の容疑者、道久さんは憔悴した様子で一人掛けソファに座っていた。頭を抱えたままの彼に事情を聴くのは、酷な事だと思う。けれど、聞かない訳にはいかない。新一の問いに道久さんはポツリポツリと語り始めた。――昼食後、一階の書斎に居た道久さんは一時半頃になって、二階の書斎に本をとりに行った。その頃にはいつもの道郎さんの小休憩も終わるだろうと踏んで。そして、そこで拳銃を握る安楽さんと遭遇。銃口を向けられた道久さんは咄嗟に拳銃をとり上げようとした。
そこまで語って黙り込んだ道久さんの後に続く言葉を、新一は拾った。
「それからそれは事故だったと。正当防衛だ、と貴方は主張するのですか?」
「ああ」
確認の言葉に返ってきたのは頷きだ。――それは苦汁を飲み込んだかのような頷きだった。
屋敷の使用人、三名ほどに客間を見張るように頼んだ。蘭たちには客間で待っているように説得した。その際に心配そうにされたが、新一は安心させるようにいつものように自信をもって、任せておけ、と言い残す。
現在の時刻は午後二時頃。警察が到着するまで後約三十分。
事件現場の検証を始めた。勿論、指紋等を残さないように細心の注意を払って、だ。もしもの時に備えて、いつも白手袋をポケットに常備しておいて良かったと新一は思う。
現場には犯人のモノと思われる遺留品はない。――そして、遺体発見の時に感じた違和感が分かった。
第二被害者である安楽さんの表情だ。新一の推理が正しければ、彼女は道久さんに殺害されたはずだ。それを裏付ける証拠もある。……警察が来れば確定にもなるであろう。
それなのに、安楽さんの表情は穏やかだ。致命傷となる傷と血がなければ眠っているだけと錯覚出来る程その表情は苦しみとは程遠いものだった。何故だ? 新一は首を傾げる。
いや、ここで結論を急ぐにはまだ早い。新一は焦る自身の心を宥める。そして、ふと書斎の大きな窓の外が気になった。……窓の造りが変わったものだなと感想を抱いた。そして窓に近寄り、見下ろす。真下には奥さんの華純さんが手入れしていた花壇があった。そして、その近くに人影があった。何故、彼の姿が、と新一は訝しがる。キラキラと日の光りを反射する銀色の髪。確か名前は黒野 静、だったか。
兎に角、客間に待機するように言った筈なのに。幾ら彼が白だとしても、ウロウロされては困ってしまう。新一はその場に急いで行くことにした。
走れば、五分とかからず件の花壇の近くに行く事が出来た。この角を曲がれば花壇だ、という所まで近づいて、新一は話し声に気づいた。黒野一人だと思っていたが、と不審に思い、そのまま聞き耳を立てる。
「それで俺の方はどうする?――片付け、必要かな」
聞こえてきた、静かな声は先程と変わらぬ平坦さだ。
「仕掛け?」
「……そう」
「――難しくない?」
間を空けながら淡々とした言葉が続く。どうやら、携帯で誰かに電話をかけているらしい。単語自体は物騒さはない。だが、なんだろうか。この不安感は。新一は胸の内に湧いたその感情に眉をひそめる。
「……そろそろ出てきたら?俺に何か用事かな」
「――バレてたか」
声をかけられ、新一は観念して物陰から出ていく。ちぇっ、と少し罰が悪そうにしていれば、気づいていたよと黒野に頷かれた。思わず顔をしかめてしまう。
その時、あらためて目の前の少年の容姿を注視した。年の頃は新一と変わらないくらいだろう。もしかしら年下かもしれない、とその少女めいた顔を見ると思う。しかし何を考えているか分からない、無表情さで折角の美貌が台無しだ。服装は、顔に似合わぬ黒で統一されたシンプルなものだった。
「……さっきの電話、誰だよ」
「家族だけど、何か?」
具体的に上げられない不安に新一の問いが鈍る。それは間髪入れずに返された。
“家族”、そう言われて新一は首を傾げた。
「それにしちゃあ――」
なんか怪しかったような、と腑に落ちない。しかし、追及できるだけの材料がない。
「じゃあ、俺はこれで」
「ちょっ、待てよ!」
新一が考えに没頭する横を黒野が通り抜ける。思わず呼び止めるが、その足が止まる事はない。けれど、代わりに顔だけが振り向かれた。
「そこ」
「これか?」
「うん、そこ押してみて」
黒野の白い指が指し示す、花壇の上の壁の煉瓦。それに首を傾げつつ、新一は言われるまま、白手袋をはめて確認した。もう黒野はこの場から立ち去ってしまっている。
「は?――これは凶器の」
果たして、そこに現れたのは凶器のクロスボウと毒が入った小瓶。
新一はクロスボウだけ取り出し、その柄の部分に取り付けられたワイヤーの一部を見て閃く。
「そうか!犯人はアレを使って犯行に及んだのか。――だとすると」
直ぐに立ち上がり、証拠を見つけるべく辺りを見渡す。そして証拠を目に留めるとフッと笑みを浮かべた。――全てが分かった。犯人も、トリックも。
けれど、そうすると別の事が気にかかる。
「黒野。一体、何者なんだ?――あいつは現場に一度しか足を踏み入れていない。しかも、遺体の近くに行く事なんて出来なかったはずだ。……遠くから見て全てを見破った?トリックも犯人も?」
そんな馬鹿な。新一は思いついた可能性を否定する。――もしくは。
「……そう言えば、何故秘書の安楽さんは拳銃を所持していたんだ?いや、道久さんの嘘である可能性も少しはあるけど、そういう嘘は感じられなかった。――彼の嘘は、“揉み合う内に”撃ってしまった。この一点のみだ。うーん……、分かんねえ」
推理するにはあまりに情報が足らない。安楽さんの背後関係も分からない上に、あの黒野に感じる不安も我ながら訳が分からない。特に黒野 静という少年はただの中学生の筈だ。だから疑い過ぎるなんてやってはいけない行為だ。
彼は頭のきれる中学生なのだろう。……新一には少し面白くない話だが。
新一は頭を掻きむしっていた手を止め、事件解決に思考を切り替えた。まずはこの事件の真相からだ。
客間に戻り、皆に事件現場に戻ってほしい旨を伝える。その際に黒野の涼しい顔を一瞬睨んでしまったのは新一の未熟さだ。あとで反省した。
これから始まるのは、この事件の真相を暴く事だ。小説では胸が躍るシーンだが、実際に探偵としてやると違うのだなと新一は実感した。
己に出来るのはただ、真実を白日の下に晒す事。そこに誠意はあれど、胸が躍る高揚など感じてはならない。そう言う事か、と新一は感じた。
「まずはこの事件を最初から辿ってみましょう」
静かに始まる推理。一つ、一つ丁寧に、見落とさぬように。
「これは犯人にとって大きな賭けだったことでしょう。いや、案外分かっていたのかもしれません。何故なら犯人は被害者と親しい人物だったので、彼の日常を予想する事も出来た筈です」
「な、なんだって」
新一の親しい人物、の言葉で驚愕するのは小説家の空山さんだ。それを頷き一つで受け流し、新一は続ける。
「被害者は決まってとる行動がありました。日課、と言い換えてもいいでしょう。勿論、これは屋敷の皆が知っていた事実です。――それは午後の食後の小休憩。そうでしょう?被害者の奥さんの華純さん」
「え、ええ。主人は気分転換も兼ねて普段でもそうしていましたわ」
急に話題の矛先を向けられ、華純さんは少しうろたえる。
「そこまでは屋敷の皆の知っていた事実。けれどその先、貴方はもう一つの行動も知っていた。それは窓を開ける事です」
「まど?」
蘭が不思議そうに首を傾げる。この場にいる半数は同意したはずだ。何故、今更と。
「そう。――ところでこの書斎の窓は少し変わっていますね。内側だけでなく、外側まで取っ手がとりつけてある」
「そ、それはッ。ここに屋敷を移転する前からのデザインですわ。つまりは百年ほど前にイギリスに建ててあった時からの初期のデザインです。何も可笑しくはありませんわ」
それに書斎だけでなく、二階全ての窓がそのデザインなのよ、と華純さんは語気を少し荒げた。
「そうですね。ではこちらはどうでしょう?」
新一は白の手袋をはめたまま、書斎のソファの影に隠していた物を取り出す。
それは件の凶器のクロスボウ。行方不明だった凶器の出現に場が騒めく。
それで華純さんは悟ったのだろう。全てが暴かれた、と。
どさりと華純さんが膝が崩れるように床に座り込んでしまった。
「――犯人は貴女だ。華純さん」
ダメ押しの一言に華純さんは顔を手で覆った。その様子は、新一の胸に苦さを感じさせる。だが、それも一瞬だ。そして途中となっていた推理を続ける。
「事の真相はこうです。ご主人がいつも小休憩中だけ窓を開ける事を知っていた貴女はその窓の取っ手の部分にとある仕掛けをした。――細い透明な釣り糸を窓の取っ手に巻き付け、窓を開ければ窓の外にある木に設置したクロスボウの矢が射出出来るように。そこからは簡単だ。――下に居た貴女はノーム人形に仕掛けていたモーターを作動させ、釣り糸とクロスボウに巻き付けていたワイヤーを巻き取り回収。その証拠に木とノーム人形の一つには少し傷がついていました。勿論、ノーム人形の方は地面に杭のように動かないよう固定してありました。そのノーム人形の中にはモーターと仕掛けも」
新一の静かな声は犯人にはどう聞こえる事だろう。――どうか、罪を認める一助となればいい。そう願わずにはいられない。
「許せなかったのよ……」
顔を手で覆っていた華純さんが低い声で語り始めた。そこにはあのお淑やかな奥さんの優しさはない。蘭や園子が「嘘……」と呟くのも仕方ないだろう。それくらいの変貌だった。
「許せなかった、新しい秘書なんて雇って!デレデレと頬を緩ませて侍らすあの人もッ!! それを許すあの女も!今更私を捨てようとするあの人が憎くて憎くて仕方なかったのよッ」
金切り声で喚く華純さんは悔しそうに唇を噛みしめた。つまりは浮気を疑った末の暴走らしい。中学生の新一にその暴走する情愛は理解が出来ない。もしかしたら、大人になれば理解できるのだろうか。そんな感傷を抱いた。
そして、視線を道久さんに向ける。ビクリと身体を揺らす道久さんはこれが悪い事だと分かっているのかもしれない。
「次は貴方だ。――嘘なんでしょう?揉み合う内に撃ってしまった、なんて」
「う、嘘じゃない。私は本当に――」
「時に道久さん。発射残渣、という言葉をご存知ですか?」
「は?」
新一の言葉を否定する道久さんは続いての問いにポカンと口を開ける。
「拳銃を発砲するとスス、鉛、アンチモン、バリウム、亜硝酸塩が飛散し、発射したもののまわりに付着する。その事を言うのですが、恐らく秘書の安楽さんには付着していないでしょう」
「な、なんでそんな事が分かるんだ?!」
淡々とした説明の断定的な言葉に道久さんは反射で反論する。だが、そのうろたえようが自分が犯人だと言っているようなものだ。
「弾道ですよ。被害者の貫通している箇所がね、丁度上から撃った時のモノに近いんですよ。左胸の高さなのに。――仮定できる状況は二つ。一つは犯人がソファの上に上って上から撃ったか。もう一つは犯人が被害者を突き飛ばし、身を起こすところを上から撃ったか。この二択です」
加えて、間近で撃った時は傷跡に火傷が残る筈だ。取っ組み合いとなれば銃口と肌との距離が離れていたとは思えない。安楽さんにはそれがなかったので、新一は発射残渣の事を言ったのだ。
「――ッ、仕方なかったんだ!アイツが、あの女が俺を振ったから。それで揉み合って拳銃を奪った時に断られたその時がフッと頭をよぎって、気づいたら引き金を引いていたんだ」
喚く道久さんの身勝手な言い様に新一の脳裏が赤く染まる。瞬間、あの穏やかな安楽さんの死に顔が浮かんだのだ。彼女が悪しきように言われるのは違うだろう!そう瞬間的に怒りを抱いてしまった。
「仕方ねえ訳があるかよッ!――あんたはただ理不尽な怒りを彼女にぶつけただけだ。それを正当化しちゃいけねえよ」
この一喝に目を見開いた道久さんはがっくりと肩を落とした。諦めた、というよりは己の愚かさを受け入れるような力の抜けようだ。
「……最後に、一ついいかな」
「ああ」
力の抜けた道久さんの呟きに新一は頷く。
「“サインA”、これが何かわかるか?」
「は?」
「死に際の彼女の最期の言葉だ。――ずっと何か分からなかった。もしかして君なら、と思ったんだが……」
唐突な道久さんの問いに新一は怪訝な面持ちになる。その後の独白に新一は真剣に考え始めた。だが、いくら考えても納得の行く答えが出ない。
「……その意味は分かんないけどさ。きっと、秘書の人はアンタに早く罪を償って、それから真っ当に生きて欲しかったんだと思うよ」
ポツリと、静かに割り込んだ声に新一は内心驚いた。道久さんはその声の主、黒野の方に顔を顔を向ける。室内の視線もまた、黒野に集まった。
「……そうかな」
「そうだよ。――だってアンタに告白された秘書さん、困ってはいても邪険にはしなかっただろう?」
「そうだったかな、下を向いてばかりで分からなかったが。“私達は釣り合っていません”、それがフラれた時の台詞だったな」
道久さんの声は掠れていた。静かな問答は誰も割り込めそうにない。何故なら、黒野の言葉に嘘は感じない。言葉が少ないにも関わらず、そこにあるのは真実だと信じさせる何かがそこにはあった。
「“貴方が”じゃなく“私が”釣り合っていない、という意味だったんだと思うよ。多分ね」
「そうか……」
それきり静かに泣き始めた哀れな道久さんの姿を、周りはただただ見守るばかりだった。淡々と語った黒野の目がやけに印象的だった。
冷たいでも、温かいでもない。――けれど、そこには折れる事のない強さが見えた気がしたのだ。
見守っていた新一は悟った。ああ、きっとコイツは俺の辿り着けなかった真実にも辿り着いたのだろうな、と。
道久さんに注目が集まったところで、気配を消してそっと部屋を出て行った黒野の後ろを新一も追いかける。と言っても気づいたのは彼が出ていって少し経ってからで追いついたのも結構ギリギリだった。
玄関の近くで、銀色の後ろ頭に声をかけた。
「待てよ」
声に険が滲んでしまったのは仕方ない、と新一は思う。渋々振り向いたその顔に新一は悪態を吐きたくなった。
「何かな」
「おめー、何者だ?」
何故なら、この目の前の少年は真実に辿り着いて尚、それを明かすことなく去ろうとしているのである。
それは真実を追い求める探偵である新一には看過出来ない姿勢だ。
「何者もなにも。――ただのちょっと勘の鋭い中学生だけど?」
「は?」
「あ、そろそろバスの時間だ。じゃあね、探偵君」
そんな思いを込めた視線を、黒野はとぼけた返しをしてきた。思わず虚を突かれると、するりとその姿はあっという間に遠くに、小さくなっていく。その足の速さといったら、拍手したくなる程だ。
「クッソ、また会ったらぜってー追及してやるからなッ!」
咄嗟に新一がその背に投げてしまった台詞は我ながら酷いけれど。けれど、これもまた新一の偽らざる気持ちだ。
謎の少年、黒野。彼が何を隠しているのかは分からない。だけど、また会えたならその謎の端くらいは分かるだろうか。
そんならしくない弱気を含んだ気持ちだった。
その後、二十分後に地元警察が到着した。とうに犯人が解明されていて、聞いて駆け付けた巡査が腰を抜かしたのはいいのか悪いのか。その後に来た県警の警部にはこってりと新一は説教をくらった。けれど、それも覚悟の上だったので粛々と受けたのだった。要は厳重注意だ。犯人をつきとめた功績で、親まで話が行かなかったのは良かったと新一は安堵の息を吐く。
帰りは行きと同じく、園子の家のベンツだった。時刻は事情聴取を終えて、夕方から夜に姿を変える時間だ。午後六時半過ぎだ。
静かな車中、流石に殺人事件の後だ、当然かと新一はため息を吐いた。
新一の頭の中にあるのはあの謎を残した少年だ。――もしかしたら悪の組織の一員か、だなんて迷推理まで飛び出す始末だ。ないな、とすぐに浮かんだ答えを脳内で却下する。
「――にしてもさぁ。あの子、将来有望株だと思わない?」
園子の唐突な言葉に新一は蘭と一緒に首を傾げた。なにが?と。
「あのこ?」
「そう!あの黒野君。結構綺麗な顔してたわよねー!あれは数年後化けるわよ」
「え」
キリッと表情を引き締めて断言する園子に蘭はぽかんと口を開ける。隣で聞いていた新一もははーん、と乾いた笑みしか出てこない。出たよ、園子のイケメン好きが、と。
「そう?可愛い子だなぁとか、綺麗な子とかなら分かるけど……」
「うんうん。あれは美人系のまま順当に成長しそうだわ」
暗くなっていた車中が一気に賑やかになる。園子のこういう所は新一は素直に感心する。……蘭の暗くなっていた気持ちも晴れるといい、と。まあ園子の場合、元気づけるというよりは単にミーハーなだけな気がするが。
女二人きゃっきゃしてる会話から思考を逸らし、新一は窓の外をただ眺めた。
ああ、そう言えば黒野、秘書の安楽さん“が”道久さんに釣り合っていないと思っていたと言っていたな。逆じゃなく。あれどういう意味なんだろ。
新一のその疑問の答えが分かったのは後日発行された新聞だった。そこには小さな記事でも安楽さんが身寄りのない身の上である事。そして、友人関係も希薄であったことが簡潔に書かれていた。
これが釣り合わない理由か、と新一は一応納得した。まだ喉に小骨が引っかかっているようなモヤモヤはあっても、知る手段がない今は仕方ないのだ。
今のままじゃ探偵の真似事だ。真実、名探偵を名乗るなんて程遠い事だろう。
新一は決意した。必ず、なってやると。
真実と向き合える、名探偵に。
名探偵があっぷをしはじめました。
ジェネヴァ「え」
補足
※一助……何かの助け。何かのたし。
ちなみに皆様の疑問点であろうところを。
Q 秘書の安楽さんの釣り合っていないって新一君の解釈であってんの?
A 合ってないです。だから名探偵もモヤモヤしているんですね。すげーよ名探偵君。超直感かよ。
黒野君の“釣り合っていない”は黒の組織の一員だからという理由。裏社会の人間が釣り合う訳ないでしょ。命の保証も出来ないのに。という。
安楽さん的にもこれが理由でした。
……名探偵君の最大の勘違いはアレですね。ジェネヴァ君のあたかも一目でズバッとお見通しレベルの推理力という部分ですね。
ジェネヴァ君、そんな超人じゃないです。
今回は新一君の心情が一番苦労しました。後蘭ちゃんと園子ちゃんと三人でわちゃわちゃしている部分。原作でもそんな絡まねーよ、この三人と作者逆切れ。二人では絡むけどこのトリオって意外と少ないような気がする。絡んでもコナン君だよ(白目)
あとは名探偵君の葛藤のほんの少し。彼も原作開始時の天狗になる前は多少こういう葛藤あっただろうなぁという作者の希望。
犯人は大人です。大人の心なんて分かるかよ、というのと、もし理解は出来ても共感は絶対にしてはいけないという線引き的な。
後でここら辺は書いていきたいような気がする……。