転生したら兄が死亡フラグ過ぎてつらい   作:由月

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更新!こんな遅い時間の更新の上に間が空いて申し訳ないです。一、二回没にした結果です……。しょんぼり。更新を明日にしようか迷いましたが今更新しておきます。

今回はジェネヴァ君視点です(前々回の続きから)。
後で修正入るかもです。


束の間の平穏だと誰が言ったか

 別荘での殺人事件から早三時間ほど。現在の時刻は午後五時、日が暮れ始めて辺りをオレンジ色に染めるそんな時刻だ。ひたすら道路を歩いて、山から街へ景色を変えようとする頃にウォッカと合流する事が出来た。

 

 兄貴の電話の通りに迎えに来てくれたウォッカに促されるまま、車に乗り込む。迎えに来てくれた事に礼を伝えれば、首を横に振られた。気にするな、という意味だろう。……それはいいんだけど、ポルシェ356Aの目立つ車体に俺は複雑な気持ちになる。いや、これから日も暮れて、夜の暗闇に紛れるからさほど目立たないか。

 

 色々とあって疲れた体をぐったりと車のシートに預ける。後部座席に座っていて、ふとルームミラー越しにウォッカと目があった。

 

「……お疲れですかい?」

「うん。ちょっと精神的に、ね。――それよりも敬語は使わないでくれるかな」

 

 そっと気まずそうに気を遣われ、俺は内心苦笑する。というか、ウォッカに敬語を使われると余計気まずい。なので、使ってくれるなと俺は肩を竦めた。

 

「えっ。そ、それはちょっと――」

「兄さんの言葉、忘れたの?……俺なんて小生意気なガキくらいの扱いでいいよ」

 

 躊躇うウォッカにだよねーと内心同意しつつ、少し前の事を引っ張り出す。アレだ、ジンの“兄さん呼び禁止事件”の事だ。あの時ウォッカにジェネヴァを特別扱いするな、とジンが命じたのに、敬語を使っていたら他の組織の人に怪しまれるだろう。

 

 ウォッカは引きつった顔をした。内心、生意気という自覚があったのかと舌打ちくらいはしているかもしれない。それくらいの顔の歪みだった。というか、この人ポーカーフェイス出来ないよなと俺は呆れる。

 

「――ッ。そうだが、あんたそれで良いのか?その、兄貴とは実の兄弟なんだろ?」

 

 歯切れ悪く、言いにくそうなウォッカの言葉に俺は頷いた。ああ、なるほど。兄貴の身内に失礼がないように、という気遣いか。うーん、気を遣うだけ無駄だと思うんだけど……。

 

「……それとこれとは違うでしょ。俺が兄さんの弟だとしても、ウォッカが敬語を使う道理なんてないし。それに言ってただろ?」

「?」

「“こいつはただの使える駒。手駒で充分だ”って。それでいいんじゃない?」

 

 ウォッカの気遣いは、正直俺には嬉しい。それは優しさの一つだと思うからだ。けれど、今回は不要なものだ。

 

 俺が兄貴の台詞を引用すれば、あからさまにしょんぼりされた。こころなしか、ウォッカの肩が下がっている気がする。

 

「……あんまり気にしない方が良い。兄貴にはきっとお考えがある筈さ」

「それ、慰めのつもりかな。……下手だね、ウォッカ」

「ぐっ」

 

 間を空けて、どうにか形になったウォッカの不器用な言葉に俺はついつい揶揄(からか)ってしまう。案の定、面白いぐらいにウォッカは顔を歪めてしまった。サングラス越しなのにこうも表情豊かにされると、無表情代表の俺としては悔しがればいいのやら羨ましく思えばいいのやらである。

 

 けれど。

 

「…………一応礼は言っておくよ、ありがとう。この業界じゃ心配してもらえるだけでもありがたいからね」

「――お前」

 

 俺が素直に礼を言った事が信じられないのか、ひどく唖然とした呟きだった。

 

 それに俺は苦笑する。とは言っても、この表情が揺らぐことはない。

 

「らしくなかったかな。――兄さんには内緒にしていてくれ」

「言わねえよ」

 

 俺の殊勝な言葉はウォッカにケッと吐き捨てるように返される。それに俺は一つ頷く。

 

「……後三時間程でお前の家に着くから、それまで寝てても良いぜ」

「うん」

 

 ウォッカの気遣いに溢れる言葉に甘えて、俺は静かに目を閉じた。今日の出来事をそっと思い返す。思考の主な内容は、今日の反省点と、出会う事なく散ってしまった命についてだ。今更思い出すべき事ではないのは分かっている。アレは終わってしまった事だ。同情や憐憫は抱くべきではない。それも分かっている。

 

 ただ、ふと思ってしまったのだ。

 

 アレは、ともすれば俺の、ジェネヴァの末路なのではないか?と。

 

 一歩間違えば、あんな末路がすぐにでも訪れるだろう。これは予感でも、予想でも、想像でもない、厳然たる事実だ。それがジェネヴァ(おれ)のいる世界だと、情けなくも改めて思い知ったのだ。

 

 一歩間違えれば、死に繋がる。そんな綱渡りの世界が。

 

 仄暗い思考も自宅のあるマンションの近くに着く頃には区切りがついた。というか普通に寝ていたわ。……うじうじ考えるのは俺の性に合わないのだ。色々と覚悟を決めてある。と言っても少しだけな、少しだけ。

 

 マンションの近くで降ろして貰い、ウォッカに軽い礼を告げて帰路へと着く。その頃にはもう夜と言っていい時間となっていた。午後八時という、一日の終わりに近い時間。疲れていたのもあって、食事の用意も億劫になってしまった。今日は朝から何かと忙しかったからなぁと一日を振り返りながら、俺はカップ麺を啜って夕食を済ませた。それからシャワーを浴びて、フラフラとおぼつか無い足取りでベットに沈んだ。眠さの限界だ。すやぁ、と眠りの世界にも沈んだのは多分、二秒とかからなかった。

 

 

 

※※

 

 

 prrrr……と携帯の着信音が枕元で鳴り響く。

 

「うー……」

 

 寝ぼけ眼のまま、携帯を手に取り通話ボタンを押す。ロクに働かない頭は着信相手の確認、という簡単な作業すらすっ飛ばす。

 

『起きてるか。――まさか、今まで寝てたとか()かすんじゃねえだろうな?』

「そそんなまさか、気のせいじゃないカナー」

 

 耳元で聞こえたド低音に俺の頭は一気に覚醒した。目が覚めた勢いでつい、どもってしまった上に一部片言になってしまった。

 

『? まあ、いい。それで次の仕事の話だが、明日の昼頃から予定を空けておけ。いつもの護衛の仕事みてえなものだ』

「……了解。必要事項、他にない?」

 

 いつもの護衛の仕事って、最近それでロクな出来事がないのですが。なので聞きながら俺は少し遠い目をしてしまった。

 

 兄貴は俺のどもった声を流しつつ、淡々と次の仕事について説明する。

 

 曰く、兄貴達の仕事への同行をして欲しいらしい。その際他に同行者がおり、その同行者の護衛というか監視をしろ、との事。兄貴達の仕事の時に逃げられても困るから、その時の監視を、とな?ほうほう。いや、でもさぁ……。

 

「……なんで俺?」

『あ?』

 

 客観的に見て、俺は護衛は兎も角監視要員としては失格だ。見かけの威圧感やら威厳が圧倒的に足らない。まあ、その対象者の一挙一動を見逃さない事に関しては合格点だろうが。

 

 俺の疑問に耳元の携帯からため息が返ってくる。

 

『はぁ……。そんなのお前が一番適任だからに決まってんだろ』

「え」

『同行者の名前言った方が早いか。――あのシェリーなんだからな』

 

 ここまで言えば分かんだろ、と放られた言葉に俺は苦虫を噛み潰したかのような苦味を感じた。ぐぬ、それを言われると断れない。……この威圧感の塊の兄貴と一緒の仕事とかシェリーの胃が心配になるわ。

 

「……分かった」

『ククッ、頼りにしてるぜ?兄弟』

「――嫌味でしょ、それ」

 

 俺の苦い声を喉で笑うジンに思わずツッコミを入れる。明らかに揶揄う声色だった、アレは。

 

 俺の返しに、電話向こうでクツクツと笑う声がした。多分、あちらでは俺の葛藤も含めて笑っているに違いない。言語化するならば、「若いな、坊主」と青春を眺める大人の揶揄いの類だ。

 

 微かに聞こえる笑い声に俺が面白い筈もなく。思わず黙り込む。

 

『そう拗ねるな』

「……拗ねてない。もう用件は済んだ?」

『ああ、じゃあな』

 

 思わず素っ気なく言ってしまった言葉に、返ってきたのは柔らかな声だった。余裕の大人、そのものな態度に俺は妙な悔しさを感じてしまった。ぐぬぬ、見てろ俺が大きくなったら言い負かしてやるからな、という密かな決意と共に携帯をしまう。

 

 で、今何時よと枕元に置いてある時計を見れば、午前七時を少し過ぎた頃だった。うーん、相変わらず人の都合を容易く無視する兄貴である。いや、身内括りにしてしまえば、許せない所業ではないような気がする。……うーん?

 

 そんな取り留めもない事に思考を割いていると、ガッと足を本棚にぶつけてしまった。

 

「痛っ」

 

 つま先に走る鋭い痛みと目の前に本棚から落下していく本達のバタバタとたてる騒音に心が挫けかける。今日はツいていないな、と涙目になりつつ落ちてしまった本の一つを拾い上げる。ぶつけてしまった方の足のジンジンとした痛みはその内治まるだろうと自分で虚しく慰めた。

 

 はらり。

 

 拾った本から落ちた、薄っぺらいカード。色は黒一色のソレは、勿論栞などではない。

 

「カードキー?」

 

 拾ってマジマジと見れば、そのカードはカードキーのようだった。なんでこんなものが……、と首を捻って見ても、ジェネヴァ君の断片的な記憶に引っ掛からない。……こういう時、不便だなぁと思う。

 

 それにしてもカードキー、ねぇ。これって組織の施設のどこかの物なんだろうけど、組織、という前提だけでこの感じる不穏さよ。

 

「……思い出せないし、とりあえず持っていればいいか」

 

 失くさないように気を付ければいいだろう。

 

 そう結論づけて、手早く散らばった本を本棚へ片付ける。今日は朝から踏んだり蹴ったりな感じなので今から憂鬱だ。まだ家から出ていないのに。

 

 

 

 

 

 

 

 今日も快晴で、朝の光が清々しく感じる。現時刻、午前十時。次の任務は明日らしいので、俺はいつも通りの訓練の消化をすべく組織の施設の廊下を歩いていた。相変わらず真っ白な廊下だな。まあここ区域がそうなだけで、地下とかは普通に黒色ベースだったりするんだけど。

 

 そう言えば朝本棚から出てきたあの黒のカードキーはその地下の奴だったりするのか。俺はふと気になって、ジャケットの胸ポケットにしまってあったカードキーを取り出す。

 

 改めて見ても、カードキーに特にヒントになる文字は書かれていない。デザインとしてか、細い赤のラインが二つ表面を走っているだけだ。

 

「これだけじゃなぁ……」

 

 場所を特定するなど不可能だろう、と結論付ける。運が良ければ、その内見つかるだろうという事にしておく。

 

 とそこで俺は前から歩いてくる人影に気づいた。

 

 日の光りを弾くように輝く長い金髪。グラマーな体型、ミステリアスな魅力を湛える微笑み。世界的にも有名な大女優でもある、ベルモットだった。

 

 ベルモットも俺に気づいたのか、視線がかち合う。そして手を挙げて、親し気な声をかけてくる。

 

「ふふ、久しぶりね。元気だったかしら?」

「ん、そうだね。だいたい二カ月半ぶりくらいかな」

 

 和気藹々、そんな和やかな雰囲気のままに会話が進む。もう二カ月も経つのか、早いなーと他人事のように考えているとベルモットがクスリ、と笑う。

 

「二カ月、というのは子どもには大きいのね。ちょっと背が伸びたんじゃない?」

「……そう?ベルモットは変わらず綺麗だね」

「ふふ、そこは“もっと綺麗になったね”くらい言わないと駄目よ」

「俺にそんなの求めないでよ……」

 

 微笑ましそうなベルモットの言葉に照れ臭さを感じる。背が伸びたかなんて最近忙しいのもあって気にしていなかった。本当であれば素直に嬉しい。

 

 俺の素直な褒め言葉はベルモットには足らなかったらしい。クスクス笑われながらの指南に俺はげんなりしてしまった。

 

「本当ならゆっくり話したいけれど、残念ながら私も忙しいのよね。――この後、またすぐに国外に行かないといけないのよ」

 

 残念そうに話題を切り替えたベルモットの憂鬱そうな声にだろうな、と内心相槌を打つ。

 

 さもありなん。この美女は世界に名を轟かせる大女優、忙しくない訳がない。更にこの組織の仕事も追加とか想像だけでも同情してしまいそうだ。

 

 それでもその美貌に疲労の影を乗せないのは、流石と言ったところか。

 

「……大変そうだね」

「そうよ。――貴方も、表の顔を持てば分かるわ。いずれは……、と思ったけど貴方どうなのかしら?」

「?」

 

 俺の月並みな言葉に頷きながら、ベルモットは諭すような言葉を途中で止めた。それから首を傾げられ、俺も釣られて首を傾げる。

 

「表の顔って言っても、その無愛想じゃあちょっと厳しいものがあるわよね……。折角、素材はいいのに」

「……ベルモット?」

「無表情もいい加減にしなさいね。――ほら、笑顔笑顔」

 

 ブツブツと呟くベルモットに、俺は声をかける。というか、俺が無表情なのはデフォだし、ほっといてくれ。

 

 そして、ベルモットに両頬をむにぃと掴まれる。無理矢理引っ張られた頬は地味に痛い。けれど、綺麗にマニキュアが塗られた長い爪に当たらないように配慮されていて、この手を拒むべきか一瞬迷ってしまった。……俺には基本女性には優しくすべき、という大前提があるのだ。

 

「…………」

「あら、意外ね。てっきり振り払われるかと思ったのに……」

 

 無言で半目で呆れる俺からベルモットは手を離した。それから心底意外そうに呟かれ、俺の心境は複雑だ。

 

「――ベルモットの中の俺って、どうなってんの。そんな粗暴な振る舞いはした覚えないけど……」

「それはそうなんでしょうけど。――貴方の噂は色々と耳に届くのよ」

「え」

「まあ私だけに限った話ではないわね。貴方って、組織の一部では有名人だもの。――ところで、その手に持っているの」

 

 ベルモットの指摘に俺は手元のカードキーの存在を思い出す。そう言えば持ちっぱなしになっていたな。まああわよくば、ベルモットから情報が出てこないかなという下心があったのもあるが。

 

 ベルモットのマニキュアで赤く煌めく指先が指し示すのは俺の手元のカードキーだ。それを手で揺らし、応える。

 

「……これ?」

「ええ。そう言えば、貴方特別に部屋を与えられていたのよね。――あの方に期待、されているのかしら?」

 

 先程からベルモットから出てくる情報の不穏さがやばい。俺は冷や汗を掻きながら、首を横に振っておく。

 

「……そうかな。俺自身、そんな期待される覚えはないけど。コレってそんな“特別”なの?」

「まあそうね。“特別”ではあるんでしょうね」

 

 マジか。俺は聞いておいて、返ってきた答えの含まれたモノに頬が引きつりそうだった。いや、この表情筋は仕事してくれないけどさ。

 

 ベルモットの意味深な言葉の含みは悪い意味もありそうだ。組織のボスである、あの方に出来るだけ関わらないようにしよう。これ悪ければ、気に食わないとか言われそうで怖い。

 

「……そう。でもコレ、久しく行っていないし。――場所も忘れるくらいだからね」

「仕方のない子ね。確か、ここの地下の――」

 

 駄目元で冗談交じりに零せば、ベルモットは呆れながらも場所を教えてくれた。おお、やったぜ。少し折れそうだった心が復活する。

 

「ああ、そろそろ行かないといけない時間だわ。――それじゃ、またね」

「ん」

 

 颯爽と歩き去っていったベルモットの背中を見送る。少し心配になる事実(あの方の期待云々)もあったが、取り合えず確認を先にするべきだろう。

 

 これで、ジェネヴァ君の思い出せない記憶も蘇るといいんだけど。出来れば、ソフトな(やさしい)思い出だと良いなぁと無理な願いを抱きつつ、俺はベルモットに教えられた場所へと足を向ける。訓練は自主練なので、やるやらないは俺自身の気持ち次第だ。なので、確認してからにしようと今日の予定を頭の中で組み替える。

 

 ベルモットに教えられた場所は組織の施設の地下。人通りすらも稀である、奥まった場所にあった。コレ、倉庫の一つじゃね?と思わずに居られない配置だった。だって、両隣物置と武器庫(予備)だし。

 

 部屋の横にはカードキーを通す機械があった。持っていたカードキーを通せば、ドアのロックが解かれ、開く。……ベルモットは嘘をついていない、か。

 

「……埃一杯だ。こりゃしばらく来ていないな」

 

 ドアを開けて先ず目についたのは埃の積った品々。普段住んでいる、マンションのあの殺風景さと比べるとこちらの置かれた物の多さに困惑する。……イメージ的にジェネヴァ君片付け上手だと思っていたんだけどな。

 

 部屋の広さはおよそ十畳程。まあ大分空間が物に狭まれているけど。

 

 乱雑に置かれたよく分からない機械が奥に置かれ、その手前に机が壁際に置かれている。机の上には資料やら本が雑に積まれ、崩落するか否かの心配をしてしまいそうだ。椅子が辛うじて上に埃のみ積らせているだけだ。足の踏み場はあるが、結構触るのに躊躇してしまいそうな散らかり様だった。

 

 入って直ぐの所に配置された棚は整理されていたので、試しに一つ手に取ってみる。

 

「なんだこれ」

 

 手の中に納まりそうなサイズの球体。赤いボタンが少し突き出ている、それを見て脳裏に閃くものがあった。

 

 これ、スタングレネードじゃないですか。しかもジェネヴァ君が改良した奴。え、ジェネヴァ君開発も出来るの。奥に置いてある機械とかソレ用だって?なんだって、と震えそうな心を叱咤しつつ、俺は更に記憶を思い出そうと目を瞑る。

 

 ズキンッ。

 

「うっ……頭が」

 

 まるで思い出すな、と言わんばかりの頭部の激痛に俺は膝をつく。ぐるぐると視界も回る気がして、吐き気も強くなってきた。これだよ、これ。この発作があるから、俺はジェネヴァとしての記憶が思い出せない。

 

 思い出すのをやめて、目を閉じてしばらくじっとしていれば、痛みが徐々に引いていく。大体五分くらいだったか。痛みをこらえる為に握りしめていた掌は爪の痕が痛々しく残っていた。後もう少しで血が出そうなくらいの力だ。

 

 仕方ないので、この部屋に何があるかだけ確かめる事にした。爆薬があった時はドン引きしたが、ちょっと使えそうだなぁと思った物は持っていくことにする。

 

 収穫と言えばそんなもので、まだまだ問題が山積する現状に俺はため息を吐きたくなった。

 

 ちなみに使えそうな物を明かしておく。先程の改良型スタングレネード。コレは殺傷性がないのと改良部分が良かったので採用。それと、腕時計に偽装されたワイヤー射出装置。ちゃんと引っ掛けるアンカーも収納されているので、いざとなったらビルとビルとの間も渡れるぞという便利さだ。まあ良い子は真似しないでね☆、という注意書きが必要そうなものだけど。ジェネヴァ君の身体能力の高さがあってこそのアレだし。

 

 他は随時必要になったら取りにくればいいか。思ったんだけど、ジェネヴァ君らしくない、物を分別しない乱雑な置き方は誰かが侵入してもいいようにという配慮かもしれない。一見すれば何の機能があるか分からない物が多かったし。

 

 どっちにしろ、俺もここに来ることは滅多にないだろう。ほとんど必要ないし。この放置のされ方から見て、ジェネヴァ君もそうしてたみたいだしな。

 

 用事は済んだので、カードキーでロックをかけてこの場を去る。そして、いつも通りの日常を消化する事にした。

 

 あ、そう言えば明日シェリーも一緒の仕事だっけな、と思い出す。ならば、事前に声かけてもいいか。

 

 いや、待てよ。

 

「……シェリーの電話番号知らないや」

 

 ポツリ、と思わず零れた独り言は誰も居ない廊下に虚しく落ちる。悲しい。電話番号どころかメアドも知らないこの現状よ。やっぱり友達になれたとかとんだ思い上がりだなハハッ。……やめよう、自分を追い詰めるのは。

 

「――仕方ないな」

 

 仕方ないので次の策を。携帯でシェリーの居る研究施設へ電話をかけ、今日シェリーにアポイントを取れるか確認する。

 

 

 

 

 

 

 アポイントは無事にとれた。やはり、監視役に就いているから融通が利くらしい。

 

 午後の三時に時間がとれたので、それ通りに赴く。その前には日課の訓練は消化する事が出来てホッとした。一日くらいやらなくてもいいんだけど、やらないとしっくりこないんだよなぁ。

 

 シェリーはやっぱり自分の専用の研究室に籠っているそうなので、IDカードを首からぶら下げて行く。今日は急だったので、手土産は近場のケーキ屋のケーキを一つだけだ。鞄の中に入れて、中身が崩れないように注意を払う。

 

 ドアをノックして開ければ、出迎えてくれたのは不機嫌顔だった。うん?と俺が首を傾げれば、違うのよと疲れた声が返ってきた。

 

「……今日は急にごめん。ちょっと確認したい事があってさ」

「何かしら?」

「明日の件で」

 

 明日、という言葉にシェリーの肩がビクつく。え、なんだその反応、と俺が戸惑っているとシェリーの顔色が青ざめていく。

 

「……明日なら悪いけど私は仕事でここに居ないわよ」

 

 沈んだその声は憂鬱を通り越えて、世界の終わりのような絶望だ。そんなに嫌か、兄貴との仕事。嫌か普通は。

 

 俺は内心苦笑いしながら、訂正を入れる事にする。……この様子だとまた情報伝達ミスがあったらしい、と察したからだ。

 

「うん、知ってる。――俺もそれに行くからね」

「!」

 

 俺の言葉に俯いていたのをパッと顔を上げてこちらを凝視する。シェリーの灰色の瞳が見開かれ、なんて言ったの?という副音声がこころなしか聞こえる気がする。俺はそれに頷き一つ。

 

「俺はあんたの護衛兼監視役だってさ。――俺が言うのもなんだけど、アンタを物騒な目に合わせないから、安心しなよ」

「……それを言う為に貴方、ここに来たの?」

 

 信じられない、と語尾が掠れるシェリーに頷きを返す。シェリーのその反応に、無表情だから説得力はないかもしれないという俺の懸念が膨れる。

 

「うん。お仕事宜しくなという挨拶が半分、もう半分はシェリーの顔を見たくてさ」

「……そう。――貴方って意外と馬鹿なのね」

「え」

 

 シェリーの辛辣な言葉に俺はショックを受ける。けれど、それも束の間の話だ。

 

 ふわっと花が開く微笑。シェリーはふふ、と柔らかな声で笑った。

 

「私を気遣ってくれたんでしょう?私がジンを苦手に思っているのを知っていて。――これって自惚れなのかしら?」

 

 小首を傾げ、悪戯っ子のような勝気な笑顔のシェリーに思わず言葉が詰まる。

 

「――ッ、アンタ結構いい性格してるね」

「あら、褒めてくれて嬉しいわ」

 

 辛うじて返した言葉はすっかり調子の取り戻したシェリーがふふんと嬉しそうにされるだけだった。どうやらシェリーの方が一枚上手だ、今日は負けを認める事にしよう。

 

「じゃあ、褒めついでにこれを。明日への活力になればいいな」

 

 鞄からケーキの箱を取り出し、シェリーに差し出す。目を丸くするシェリーに俺は少し満足するのだった。

 

 

 

 

 シェリーは俺の分まで紅茶を淹れてくれて、ささやかなお茶会となった。俺の分のケーキがない事を少し咎められ、次は一緒に食べよう(意訳)というお誘いを貰うのだった。

 

 ほのぼのとした癒しの時間を過ごし、じゃあまた明日とシェリーと別れ、家に着いて漸く俺は気づいた。

 

「あ、シェリーに連絡先聞くの忘れた……」

 

 今日の俺はつくづくどうしようもない奴である。と猛省し、明日への準備は入念にすることに決めた。

 

 

 




補足:
次は一緒に食べよう(意訳)のやり取り。
「呆れた。貴方、自分の分は買ってこなかったの?」
「……いや、まあすぐ帰るつもりだったからね」
 シェリーの呆れた物言いと眼差しに俺は頬を指で掻いて、少しの弁解をする。
 それを難しい顔で聞いていたシェリーはため息を一つ。
「――それじゃあ貴方は、女の子にこうやって一人寂しく食べさせるつもりなのかしら?」
「え」
 少し演技がかった仕草でシェリーは肩を竦める。言葉の続かない俺に焦れたのか、シェリーは唇を尖らせた。
「……鈍い人。――次からは貴方の分も買っていらっしゃい。そうしたら、私がこうやって紅茶を振る舞っても可笑しくないでしょう?」
「それって――」
「……これ以上は言わないわよ」
 俺の呆然とした呟きにシェリーはフイッと顔を逸らしたのだった。
 茶髪から覗く頬と耳がほんのり赤に染まっていたのは、きっと気のせいじゃないのだろう。それは彼女の優しさの照れに違いない。



※※


というやりとりがあったんじゃよ。こんなやりとりがあってジェネヴァ君はうっかり連絡先の事を聞けずじまいになりました(笑)


次回は兄貴とウォッカさんとシェリーさんという異色の組み合わせの話ですね。
勘のいい人は原作のどの話からの設定引用だか分かると思いますが、お口チャックでお願いしますね。
ではでは。

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