転生したら兄が死亡フラグ過ぎてつらい   作:由月

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お久しぶりです。色々と私生活でゴタゴタしたり、パソコンの調子が悪かったりとしていたりして投稿が遅くなってしまいました。申し訳ありません。
コメント欄、お気に入りなどありがとうございます。いつも励みとさせていただいています。
荒削りなので、後で修正入れます。多分。

ジェネヴァくん視点。

では今回の注意事項
・少しばかり暴力的。
・女装あり
・ほろ苦い
・過去捏造あり。
・長い(2万文字近い)。
・ドタバタ劇。

おっけーですか?ではどうぞ。



答えのない問なんていくらでもあるのさ

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 誰もかれも助けてなんてくれなかった。だけど、助けてくれなかったのは仕方ない。

 

 だって、助けも呼べない程無力だったから。手を伸ばす(すべ)も知らず、痛みを訴える言葉さえ知らなかった。

 

 無力で無知で、頑是(がんぜ)ない幼い子どもに抗う術なんてある筈がなかった。

 

 きっと新聞やニュースで報道される悲劇のように、どうしようもなかった事なのだろう。

 

 ただ、運がなかった。それだけの話。

 

 ()()()()()()()

 

 研ぎ澄まし、習熟し、抗う術を、純粋な力を求めモノにした。例えその過程でどれ程のモノを犠牲にして失くしてもいい。それ程に必死だった。成長の過程はいつだって死と隣り合わせだった。人との出会いは、その先の別れとセットだと随分前に学んだ。先の別れとは、即ち死だ。

 

 だからかもしれない。手を伸ばしたのは。その平凡な生き様を観て、平和な倫理観の上に築かれた記憶に触れ、退屈でいて温かな普通の日常の欠片に焦がれてしまった。少しだけ触れられたら、それでよかったんだ。

 

 人生を道筋に例える話は結構有名だと思う。その過去を足跡に例え、人生の岐路を道の分岐点に例え、人生の身の振り方を諭す。そんな話だったはずだ。

 

 ならば。()()()()()、この四半世紀にも満たないこの人生の半ば。この道はきっと赤で染まって、お世辞にも綺麗とは言えないものだろう。赤は赤でも、血の赤、他人の返り血とかなんだから。な、お綺麗なもんじゃないだろう?

 

 ()()()()()()()()()()()()()。例え記憶がなくても、“俺”である事にかわりない。だから、アンタは俺の過去なんて知らなくてもいい。罪悪感も、懺悔も、同情すら要らない。そんなのこの俺には必要ない。

 

 俺は、もう満足しているんだ。アンタの望む先が俺の望む先だと思ってくれていい。アンタの目で見る世界がいいんだ。

 

 

 ――きっと、俺では見れない世界だと思うから。

 

 

 

 滔々(とうとう)と語っていた、目の前の少年はそう言ってほんの少しだけ口の端を緩ませた。

 

 それは普段の鏡では見れなかった微笑みであり、無意識の産物であろう真実の表情だった。

 

 肩まで伸びた銀色の髪と、一切の光を通さない深緑色の瞳。幼いながらも整った美少女めいた顔はここのところ毎朝鏡で見ている。

 

 ジェネヴァ。――本名すら分からない、そんな子供が彼だ。偽名なら分かっても、なんの慰めにもならない。俺は、思ったよりも饒舌に話された衝撃で詰まっていた喉の言葉どうにか絞り出そうとする。

 

 が、それも目の前のジェネヴァ君が片手を上げて制する。

 

 

 ――言ったでしょ。アンタは知らなくてもいいんだ。知らなくても事実なんとかなっているでしょう?

 

 

 

 淡々としたその言葉に俺は言葉を失った。まるで、これまでのジェネヴァ君の人生が無価値だと、知る価値すら、覚えている価値すらないと言っているみたいだ。それ程までにその声に温度がない。ジンみたいな絶対零度の冷たさではなく、ほんの欠片の興味すらない熱のなさ。なんでだ、喉の奥にそんな言葉が引っ掛かる。けれど、悲しいかな。これは夢。刹那の、覚えていられないかもしれない泡沫(うたかた)だ。

 

 

 

 

 

 

 ――という悪夢をここのところ連日で見ている。おかげで俺のコンディションは最悪だ。まだこの鋼の鉄仮面で誤魔化しが出来る程度だけど、これが続くようなら問題だ。

 

 ちなみに今日見た夢は割とライトな方だ。いつもの夢はグロの方向でR指定が入る。あれはアウトだろう。暫く肉系の食事が駄目になった、と言えば察しの良い方は想像できると思う。やっぱり、ジェネヴァ君ロクな人生おくっていないな。何気に図太いと定評がある、お気楽な俺でも気が滅入っていた。先日、シェリーに心配の小言を貰ってしまった。要反省。

 

 前回のジンの兄貴を庇った事件から二週間が経った。夏の盛りであるのは変わりないが、学生の楽しみである夏休みももう後半に入る時期になっていた。いやぁ、学生が羨ましいな、とやけくそ気味に妬ましく思うしかない。

 

 あれから兄貴の態度は変わりないように思う。邪険に扱うでもなく、淡々と任務を申し付けられる日々だ。いや、でも偶に泊まりに来たりするので、少しは家族の日常って奴に近づいてきたような気がする。……ほんの少し、蟻の歩み程の微々たるものだけど。

 

 肩の傷も包帯ももうとれたし、ほぼ完治したと言ってもいいだろう。このジェネヴァ君、見た目は儚げ美少年なのだが、見た目を裏切る頑丈さだ。記憶が徐々に夢で明らかになってきているからね、思ったよりも武闘派でびっくりだよ。ほんとに。

 

 回想に思考を費やし、悪夢の余韻を軽減させる。二、三度瞬きをし、ぼんやりした眠さから覚めさせる。よっこらしょ、と身体を起こし、ベッドから抜け出した。枕元の置時計が示すのは、午前三時。どうりでまだ薄暗いと思ったわ。

 

 二度寝する気分でもないし、もう朝まで起きていよう。

 

 そっと部屋から出て、リビングに出る。

 

「……眠れないのか」

「ッ」

 

 ドアを開けて直ぐにかけられた声に俺は短く息を呑む。反射的に声の主の方向へ振り向けば、壁に背をつけてこちらをジッと見る兄貴の姿があった。……どうでもいいけれど、グレーのスエット姿の兄貴に違和感が凄い。そうだ、昨日珍しく泊まったんだっけ。空き部屋だった暫定物置の部屋が目の前の兄貴のせいで生活感が徐々に増していっている。由々しき事態だ。

 

「――酷い面をしていやがる」

 

 黙っている俺に渋面のままジンはぼそりと呟く。少し待ってろ、とジンは背を向けて台所までスタスタと行ってしまった。そして手にコップを一つ持って戻ってきた。

 

「水を飲め。……少しはマシになるだろ」

「……ありがと」

 

 ぶっきらぼうに渡されたコップを有難く受け取り、飲む。ひんやりと冷えた水は、少しの清涼感をもたらし、自然と息を吐いた。ホッと一息ついた俺を見て、ジンはフンと鼻を鳴らす。

 

「随分、参っているようじゃないか。――なんだ、地獄に落ちる夢でも見たのか?」

「……違うよ」

「ほう?」

 

 少しばかり小馬鹿にしたような嘲りを滲ませるジンに、俺は微かに首を横に振る。それを面白くなさそうにジンの片眉が跳ね上る。なら、言ってみろ、と副音声が心なしか聞こえる気がする。……幻聴かな?

 

「……もしかしたら、全てが無意味だったのかもしれない。それだけの話だよ」

「なんだそれは」

 

 俺の出来る限りぼかした例えは兄貴のお気に召さなかったらしい。低っくい声の問いが返された。ええ?これ以上分かりやすく?と言われてもなぁ……。

 俺がうんうんと内心悩んでいると、その沈黙をどう受け取ったのか、兄貴の盛大なため息が上から聞こえた。思わず俺は俯いていた顔を上げる。

 

「――別に、言いたくないならばいい」

 

 仕方ないな、なんて聞こえてきそうなほどの呆れ顔でぼそりとあの兄貴が譲歩した。いつもの殺人級の眼光さえ、今は冴えない。俺の勘違いじゃなければ、その三白眼に浮かぶのは単純な心配、に似たようなソレ。

 

 ……頭でも打ちました?珍しい兄貴の態度に俺はついそんな事を思ってしまう。

 

「……お前は難しく考える必要はない。ただ、敵を葬る刃であれば、こちらに文句はない。お前はその切れ味が落ちぬよう、ひたすらに研ぎ澄ましていろ。――いざという時役に立たねえとか()かすような(なまく)らになってくれるなよ」

 

 それは念を押すようなドスの効いた低い声だった。同時に威圧と殺気に近い気配。瞬時にいつものオーラに戻るとかやめて欲しい。ジェットコースター並の高低差のテンションでこっちが風邪ひきそうだわ。

 

「今更。――俺がそんなヘタレな訳ないでしょ」

「生意気なガキだな、お前は」

 

 そりゃ、ジェネヴァ君のキャラですし?と俺は兄貴の皮肉交じりの声にツーンとそっぽむいておく。

 

 と、そこで携帯の微かなバイブレーションが微かに響く。おや?と俺は音の方向――ジンに視線を向ける。

 

 ジンは煩わしそうに携帯を開け、画面をしばし睨む。そして、ニヤッと微かに歪む口端に俺の嫌な予感が膨らむ。

 

「……喜べ。早速お前が役立つ機会が与えられたようだ」

「は?」

「任務だ。――少しばかり変わっているがな」

 

 おっと、これは久々の死亡フラグの予感ですな。目の前の悪辣な笑みへの感想で現実逃避しそうになった。……この兄貴に家族感とか気のせいだったな。うん。

 

 兄貴の口から出た任務の概要に、俺は生きて帰れるかな、と冷や汗が止まらなかった。あー、これはフラグが立ってるわ、と出来るなら似非訛りで愚痴りたい。無理だけど。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 さて、気を取り直して任務の概要を確認しよう。

 

 俺はとある任務の助っ人役だ。そして他のメンバーが所謂ウイスキートリオ、と以前の俺の知識が呼んでいる三人組。ライ、バーボン、スコッチの三名。この時点で俺のアウェイ感半端ないよ。何せ三人とも隠された表側の顔が本業だからね、本当は。悪じゃなくて正義の味方なんですよ、この人達。

 

 そして俺に与えられた役割が変装して、会場に紛れ込むのをサポートする事だ。つまりは補助役がメイン。――臨機応変に対応していかないといけないけれどね。

 

 肝心要の任務の目的は、というと……。

 

「――この二名が今我々が追っている標的候補者です」

「ほぉー。いくら君でも特定は難しかったか」

「は?むしろ少ない手掛かりでここまで特定出来た事に感謝して欲しいですね。ライ」

「まぁまぁ。お二人さん、そうピリピリするなって。――ジェネヴァも困ってるだろ。な?」

 

 バーボンが今回の標的候補者の写真を机の上に滑らかに出し、ライが思案顔で静かに煽り、それをバーボンが受け流さずに喧嘩を買うという流れるようなコンボを、スコッチが苦笑して仲裁した。凄いな、スコッチ。ただ、俺に振るのは止めてくれ。二人ともピタリと動きを止めた上にこちらを凝視して非常に怖いから。

 

 今俺達が居るのは組織の施設の地下三階にある会議室の一つ。そこで明日に控えた、決行日の打ち合わせをしていた。如何に黒の組織と言えど、会議室まで黒一色とはいかないらしい。普通に白い壁に茶色い長テーブル、キャスター付きの普通の椅子が幾つか。今回使用した会議室は一番狭い部屋なのでテーブルが一つに、椅子も五つ程という手狭な感じだ。微妙に庶民的で俺は良いと思う。

 

 ちなみに兄貴から任務を言い渡された翌日である。時刻は午前十時。まだまだ一日は長い。

 

「……すみません。少しばかり大人げなかったですね。――話を続けましょう。今回の任務は組織の裏切り者の始末及び情報の抹消。この標的の男は今から一カ月前に組織のとある施設から逃走。その時に研究データの一部を持ち出した、と推測されています」

「随分と運のいい男だ。――組織の追っ手を一カ月とは言え、やり過ごすとは研究職にはつらいだろうに」

 

 バーボンの情報整理に、ライが皮肉気なコメントを呟く。それにバーボンは頷いた。

 

「ええ。運のいい男です。実際、逃亡の際は警備が手薄なばかりか、施設に下っ端しかいなかったそうですから」

「それにしても、一カ月ね……。組織らしくない、というかなんていうか」

「組織にしては、対処が甘いよね」

「そうだよなぁ」

 

 スコッチはそこまでぼやいて言い淀む。言い淀んだ部分を俺は引継ぎ口に出す。スコッチはだよなぁ、と頷く。

 

「問題は、だ。組織の盗まれたデータの内容じゃないか。そこは調べがついているのか、バーボン?」

「ええ。男は新薬の研究に携わっていたそうですよ」

「新薬、だと?」

 

 バーボンの答えにライの眉が怪訝そうに寄せられる。うわぁ、きな臭い話になってきたぞ、と俺は内心引き気味だ。

 

「なんでも、夢のような薬だとか」

「は?」

 

 夢のような薬、と言われてスコッチがピンと来ていない顔をした。まるで予想の斜め上を言われたかのような顔だ。

 

「ほら、スコッチは覚えがあるでしょう?少し前の任務での危ない薬、ですよ」

「ああ。アレか」

「ええ。……そういえば、その時がジェネヴァと初めて手を組んだ任務ですね。今回は二回目となりますか。――残念ながら、貴方が他の任務で忙しく不在の時の話ですね。ライ」

 

 スコッチにヒントを与え、記憶を促すバーボンにスコッチは納得の頷きを返す。ついでのように、俺ににこやかな笑みを浮かべ懐かしむように話を振った。息をするようにライに当てこすりをするバーボンの器用さは半端ないと俺は若干口元が引きつる思いだ。ライはライで、そうか、の一言のみだった。涼しいお顔である。

 

 とはいえ、バーボンの言葉に俺は思い出した。バーボンとスコッチとの初めてのお仕事だったあの出来事。少しばかり苦味を思い出した。――確かあの仕事の時、組織の下っ端がしくじって組織の薬がどうとか言っていた。あれ?夢のような……?つまり、アポトキシンさんのことなんです?

 

「――俺はあの時、詳しい話は聞いていないからね。……そんなにヤバイ薬なの?」

 

 もしかしたら、という一抹の不安を拭う為に俺は首を傾げる。否定してほしい、俺のそんなささやかな願いはバーボンの瞳を見れば儚くなる。

 

 肯定。一欠片の冗談さえない、真剣な眼差しのままにバーボンは一つ頷く。

 

「ええ。と、言っても盗まれたサンプルは試作の試作。つまりは粗悪品です。成分が検出されない、という謳い文句も怪しい程の未完成品。――組織の追手が多少緩かったのもこの辺りの事情もあったのかもしれませんね。違法薬物には違いありませんが、あのサンプルから我々に辿り着くのは無理ですし」

「ふむ。組織がその程度の事情で手を抜くものかな。……どうでもいいが、君はどう考える。バーボン。これはただの任務、で終わると思うか?」

「ハッ、そんな訳ないでしょう?その程度で済むと本気で考えているなら、転職をお勧めしますよ。それか、いい病院を紹介しましょうか?」

「前から思っていたが、君は俺に当たりが強くないか?」

「気の所為ですよ」

「…………」

 

 バーボンの推測にライが思案顔で指摘する。そのやや投げやりな指摘に、バーボンは鼻で嗤った。ライに返すのは皮肉と煽りだった。……普通に仲悪い。

 

 そう思ったのは俺だけでなく、ライもらしくバーボンに直球に聞いていた。それをしれっと躱すバーボンの肝の太さがヤバイ。ライもだんまりになり、室内の体感温度が少し下がった気がした。

 

「まあまあ、本題に戻ろうや。バーボンもライも、さっさと解散したいだろ?」

「それはまあ」

「そうだな。こんな所で時間を浪費するのも勿体無い。――で、作戦の確認だが、このセレモニーに紛れこみ、標的二人に接触、そして証拠を回収。そして、裏切り者の生死は問わない、と」

 

 スコッチが宥めるように話の軌道修正すれば、バーボンとライは頷いた。バーボンは仕方なさそうに、ライはやれやれ、と肩をすくめながら。……ライは無意識なのかな、このバーボンを煽る言動。いや、バーボンを煽る、というより、一匹狼気質が染み付いているが故って気がする。まあ、組織の人間と仲良しこよし、なんてしたくないんだろうなライは。

 

「ええ。出来れば元研究員であるその男を尋問したいそうですから、生きているのが望ましいらしいですよ?」

「尋問?」

「――組織の情報を何処まで盗み、そして拡散してしまったか。知りたくて仕方ないのでしょう。だって我らのボスは些か心配性、らしいですからね」

「なるほどな」

 

 バーボンとスコッチのテンポのいい会話で俺は今回のおおよその概要を理解した。そのついでに聞いておこうか。

 

「あのさ。結局、俺は何をすればいいの?……え、何二人共目をそらすの?」

「……さて、ライ。貴方は会場の外で待機していてもらいます。今回の場には貴方は不釣り合いですからね」

「ああ。向き不向きがあるのは承知している。――精々殿役でも務めるさ」

 

 俺の質問なんてなかったかのように、ライとバーボンのやり取りはスムーズに終わる。先程の不仲な様子なんて嘘のようだ。

 

「結構。それとスコッチ、貴方は数日前から先に潜入してもらっていますから、分かりますよね?」

「了解了解。――“佐藤 光”というフリーターに成りきっているさ。もう馴染んでいるしな」

「貴方の謎の適応能力もそうですが、偽名、もう少しなんとかなりません?」

「はは、シンプルなのが一番さ」

「それはそうかもしれませんが……」

 

 スコッチの偽名のおざなりさにバーボンは微妙な、苦い表情になる。だが、当人であるスコッチがカラカラ笑ったら、呆れ気味な苦笑へと変わった。

 そして置いてきぼりな俺にバーボンは向き直る。お?

 

「さて、ジェネヴァ。…………誤解しないでくださいね?」

「うん?」

「貴方は僕と共に当日に潜入してもらいます。セレモニーの招待客、その一くらいの認識でいいですよ。ただ、僕の隣にいてくれればそれでいいんです」

「……となり?」

 

 バーボンのふわっとした説明に俺の嫌な予感は留まる所を知らない、むしろ膨らむ一方だ。眉を顰めれば、バーボンは困ったような笑みを浮かべた。いや、バーボンの本意ではないのは伝わったよ?

 

「ええ、変装してもらうので。ーー女性客、僕の同伴者として」

「え」

「仕方ないじゃないですか。セレモニーの大多数が同伴者を連れているのですから。なるべく違和感を失くしておきたかったんです。……当初はちゃんと女性組織員のあてもあったんですが……」

「つかなくなった、と」

「ええ、情けないことに」

 

 バーボンの固い声に、俺は咄嗟の言葉が出なかった。喉から出たのは言葉になる前の一音のみ。そんな俺に罪悪感が募ったのか、バーボンの言い訳タイムが始まった。それも尻すぼみになってしまい、つい後を次ぐ形で言葉を付け足してしまう。しょんぼりと頷くバーボンに、俺はため息を飲み込んだ。追い打ちはかけられないよ、こんな犬みたいなしょんぼりした姿に。……でもさ。

 

「……罰ゲームかな?」

「!?」

 

「ブッフ」

 

 ぼそりとついこぼれた呟きにバーボンとスコッチは目を丸くし、ライは耐えきれず吹き出した。腹を抱え背を丸めて肩を震わせるライにバーボンの目尻が吊り上がるのはすぐの出来事だった。仲良しかな?

 

 

 

 

 

 

「――で、聞いているんですか?」

「……聞いてる」

 

 せっかく現実逃避をしていたのに、水を差すのは爽やかなイケメンの声だ。爆発しろ、と思いつつ、俺は気持ちだけげんなりと頷いた。表情?無表情ですが?

 隣に立つバーボンを横目に俺は辺りに視線を巡らす。豪奢なシャンデリアが天井を飾り、優雅に談笑する正装の人々。ご婦人方の色とりどりのドレスの色彩はそれだけでこの広い会場を華やかに彩る。――そう、金持ちが主催するパーティ会場にいる訳だ。会場の外観は立派な西洋屋敷だ。なんでも明治時代に要人を招いての舞踏会を開いていた由緒あるお屋敷で、かの有名な鹿鳴館に似た造りをしていた。

 

 会場の天窓からはこの都内でも綺麗な三日月がチラリと見える。現時刻、夜の七時半。このパーティの趣旨は確か、どこぞの会社の高層ビルの完成記念セレモニーだったか。つまりいつものお決まりのパターン、の一つだ。俺、なんでここに居るんですかね?

 

 それは今の俺の格好が理由の一つなんだけどね。腰まである艶やかな黒髪、アイメイクで際立たせた涼やかな目元。身に纏うのは、青のドレスだ。細かい種類までは俺の精神の都合上、カットさせてもらう。総合的に言えば、キリッとした印象のクール系美女に仕上がった。髪はウィッグで、まあかつらである。化粧も手慣れてきたけれど、俺は男だし、どうにも邪魔くさいという気持ちが拭えない。世の女性達は凄い、と尊敬した。

 

 声も当然、高すぎず、低すぎない大人の女性のモノに変えてある。あまりの完成度の高さにバーボンに完成度高すぎて逆に引く……、と失礼過ぎる呟きを貰ったので無言でそのつま先をこのピンヒールの踵で踏ませてもらった。奴は痛みで悶絶したし、その時隣にいたスコッチは爆笑していた。ざまあみろ。

 

 話は逸れた。事の発端は、昨日に遡る。いつもの如く黙って俺の部屋に踏み込む兄貴からのお仕事を貰って、今日に至る訳だ。仕事の内容は少しばかり特殊だった。いつもの護衛や荷物の運搬とかじゃなく、とある仕事の助っ人をやれ、とな。出来れば、女性が居た方が会場に潜りこみやすい(パートナー同伴が必須らしい)、その上荒事に発展する可能性があるので対処するだけの力があるのが前提条件。それに見合う女性の組織員は皆忙しく、手が空いていなかった。それで俺にお鉢が回ってきたらしい。ああ、まあ俺護衛の任務の時も必要に応じて変装はよくしていたし、女装だって仕事だったら躊躇いはないけど。助っ人をするその仕事も急に決まった案件だから、余計に人手不足だったらしい。

 

 曰く、組織の末端の人間が裏切り、運よく追っ手を逃れた。研究職だったその男は、追調査の末に発覚したのは情報屋だった事。そして、顔を変え、名前を変えたその元組織の男の取引現場がこの日に行われるパーティ会場らしい、ということ。そしてその男の特定までは至らず、その候補となる疑いのある人物が二人いる。……今回の仕事はその人物を速やかに特定の後、情報の回収。あくまで情報の回収が優先されるので、標的の生死は問わない。

 

 タイムリミットは取引開始までだ。掴んだ情報によれば取引開始されるのは、午後八時十五分。これから四十五分後までだ。

 

「それで、私は何をすればいいの?」

「同伴者に接触して、見極めて頂ければ。他はこちらが対応しますから」

「了解。それじゃあ一旦別行動になるわね」

 

 バーボンの話の相槌の後に、俺は首を傾げた。ちなみに先程まで簡単な打ち合わせをしていた。俺の女言葉にバーボンはなんとも言えない顔をしていた。なんだ?やるのか?と視線で問えば、首を緩やかに振られた。違う、と。

 

「いえ、本当に別人みたいだなと思っただけです。他意はありませんよ」

「そんな事言ったらベルモットの時、もっと驚く羽目になると思うけど?」

 

 内緒話のようにひそひそと小声でのやり取りだ。話に付き合うだけの幾ばくかの余裕はあった。バーボンは俺の言葉に少しため息を零す。

 

「彼女は年季が違うじゃないですか。……君は、まだ――。いえ、なんでもありません。これは僕が言う事じゃないですね」

 

 不意に途中で言葉を切り、バーボンは苦く笑った。自嘲に近いその笑みは、どう声をかけていいか迷ってしまう。何?、なんて気軽に聞いてはいけない気がした。

 

「……アンタが何を心配しているのかは、知らないけどさ。“俺”は大丈夫だよ。こう見えて図太いし、頑丈だからね」

「そうですか」

 

 声を元に戻して冗談交じりに軽口を叩けば、バーボンはほんのり微笑みを浮かべた。それはポジティブな意味ではなく、憂いを含む笑みだった。うむ?まだ足りないか。

 

「それに、この格好も期間限定だと思えばなんてことないし。……見た目、見苦しくないからセーフじゃない?」

「……ふふっ、なんですかそれ」

 

 な?気にする必要ないし、と俺はこの女装の出来栄えに胸を張った。バーボンは目を丸くした後、軽く吹き出した。うんうん。

 

 と、その時耳元で微かな電子音。耳元に付けたイヤーカフからだ。一見するとただの装飾品だが、中身は小型の通信機器となっている。外に待機しているライとの連絡手段だ。ちなみに発信機もついている高性能さだ。なんか探偵バッチを思い出すな、と原作を少し思い出した。ライはここの警備システムにハッキングして監視カメラでの確認及びもしもの為の保険の為に待機している。バーボンは適材適所だと言っていた。……この人ら仲良いのか悪いのかよく分からないな。

 

 ちなみに俺らがこそこそと話しているこの場所は監視カメラの死角だ。会場の隅の方、壁の華、というよりスタッフさんの立ち位置に近い場所だ。ウェイターさんとかさ。

 

 バーボンは勿論のこと、俺も仕事へと意識を切り替える。ピンと張り詰める緊張感のある空気は一瞬だけ感じた。直ぐに一般人に、この人々の談笑の輪に紛れ込まないといけないからだ。

 

『……取り込み中だったか?』

「冗談は止してください。――で?用件は?」

 

 耳元からのライの声は揶揄いを含む軽い声だ。それに対してバーボンは呆れ気味に返し、本題を促す。まあ、時間の余裕もないからな。

 

『ふむ、そうだな。Cが少し不審な動きをしている。用心する事に越したことはないな』

「了解、留意しましょう。それとAとBは特に問題はありませんか?」

 

『そちらは特に不審な動きはないな。――スコッチの方も問題なさそうだ』

 

 ライの言葉にバーボンは頷く。視界にはAとBの人物も入っているが、念のために確認したようだ。

 

 今回の仕事に関わる人物は多い。その為アルファベットで簡単に標的名をつけた。Aは今回の元組織員、情報屋疑いの男その一だ。見た目は二十代中盤、中肉中背の平凡な男だ。特徴と言えば、茶色に染めた髪とシルバーフレームの眼鏡だろうか。その表情は穏やかで余裕があり、好青年といった印象だ。ちなみにパーティで明かした身分は“青年実業家”だ。Bは情報屋疑いその二の人物。こちらはAと大体一緒なスペックの平凡な見た目の男。Aと違って黒髪で眼鏡はかけていない。そして神経質っぽさそうな印象だ。現に連れている女性にあれこれと小言を言っている。Cは情報屋の男の取引相手だ。五十中盤の初老の男性で、小太りの体形で背はあまり高くない。白髪染めをしているからか、若干見た目が若く見える。もっとも、豪快に笑っている様を見ているとそのエネルギッシュな性格もあるのかもしれない。アメリカにある大会社のお偉いさんだとか。詳しくは関係ないので、俺は知らないでおこう。下手に知ると後味も悪いからね。その隣に凛と立つ四十代の女性、彼女がCの同伴者か。かつての美貌を思わせる、つり目の美女だった。あのおっさんには勿体ないくらいだ。

 

 スコッチには会場スタッフの一人として前日に潜入してもらっている。ウエイターの格好を着こなし、するりと溶け込み、他のスタッフ達と問題なく人間関係を構築したらしい。なんだそのコミュ力、と俺はこっそり内心戦慄していた。これがコミュ力カンストか。

 

 さて、あんまりここで話していると逆に目立ってしまう。バーボンを見れば、彼も同じような考えらしい。片手をそっと差し出される。

 

「お手をどうぞ」

「ええ。エスコート、よろしくね?」

「お任せあれ」

 

 手を差し出すバーボンはまるで映画のワンシーンのように決まっていた。チッ、これだからモテる奴は……、と内心悔しく思いながらも、それをおくびも出さずに差し出された手をとる。うっかり手に力を入れ過ぎないように気をつけるのに精一杯だ。この苛立ちに近い八つ当たりしたい気持ちをどうしてくれようか。……護衛とかで女装はしても、知り合いに姿を見られるとかなかったものなぁ。俺も少しばかり動揺しているのかもしれない。気をつけなければ。

 

 シャンデリアの輝きや人々の活気が眩しい、華やかなホールへと足を踏み入れた。作戦開始だ。

 

 残り時間、四十分と少し。

 

 

 

 

 

 

※※

 

 

 

 

 バーボンとは一旦別れてそれぞれの同伴者を務める女性に話を聞いた。基本、俺は話を聞く方が得意だ。まあ、この変装のおかげでもあるんだけど。まあ、よく化けたもんなと内心乾いた笑いしか出てこない。表向きは物静かな美人となっているからか、そっと近づいてお話、いいかしら?と小首を傾げるだけでOKだ。ここでのポイントはそっと控えめな微笑みを浮かべる事。同性()となっているから、世間話を幾つか振って、同伴者の話にするりと変えれば大抵は話してくれる。女の人はおしゃべり好きだと相場が決まっているのだ。まあただし同性に限るという注釈が付いてしまいがちだけど。

 

 変装している現在、俺は自分にとある自己暗示をかけている。本来は他人にかける催眠術だが、応用すれば自分にも出来るのだ。欠点はその難易度の高さと、精神的負担の高さだ。まあ、仕方あるまい。俺は表情を変える事が出来るよう、変装という条件のもとに自己暗示をかけたのだ。流石にこの任務をあの鉄仮面の無表情でこなすのには無理がある。変装をとけば、暗示もとけるシンプルルール。我ながらいい思い付きだと思う。精神力ががりごり減るのはつらいけど。

 

 で、それぞれの話を聞いた結果。先ず、Aの茶髪の穏やかそうな男は、どうやら一カ月前に同伴者の女性と知り合ったそうだ。彼女の父親が、この高層ビルの持つ会社と取引をしている会社の社長とかで、その縁でこのパーティに参加。Aも仕事で会社の重役と顔見知りだったので、同伴者に、という流れらしい。同伴者がいなければ参加できなかったから、直前まで参加に迷っていたらしい。だから一週間前に急に参加を決める羽目になったんだとか。そこかしこに恋のあれこれの話もあったが、大筋としてはこうだ。次にBの話。彼は彼の父がこの会社の重役でその息子である彼が急遽代役を務める事になったそうだ。彼女はBの婚約者なので必然的に同伴者になった、と。急遽代役を務めないといけなくなったのが、一週間前、と。なるほどなるほど。それぞれ急に参加しても可笑しくはない理由な訳ね。最後に取引相手のCの同伴者の女性にも話を聞きに行ったら、Cにやたらと興味を持たれたので断念した。あのセクハラ親父めッ、と内心舌打ちしておく。くっそ、このドレス露出していないようでしているんだよなぁ。足とか、背中とか。

 

 鼻の下を伸ばすCに俺が内心ギリギリしていると、後ろからバーボンが来た。そっと背に手を添えられる。

 

「失礼。僕の同伴者が何か?」

「いやいや、その美しさを讃えていただけで。それにしても、中々の美人さんですなぁ。奥様ですかな?」

 

 はっはっは、と腹を揺らし豪快に笑うCに寒気しか感じない。思わずバーボンの腕をそっと掴む。バーボンはこの手を一瞥し、直ぐににこやかな笑みを浮べる。

 

「いえ。残念ながら、まだ彼女は僕の恋人ですよ。いずれは、とは思うのですけどね」

「おや、これはこれは。お熱い事で。羨ましい限りですな」

 

 照れを少し滲ませはにかむバーボンにCは揶揄い混じりに笑う。それを腕を引き、顔を歪ませたのはCの同伴者たる女性だ。

 

「ちょっと、あなた。失礼ですよ。――主人がすみません。そちらのお嬢さんも平気?この人、すーぐ美人だと鼻の下が伸びるんだから」

「すまんすまん、怒るな怒るな」

「ふふ、ご夫婦仲が宜しいのですね。私は勿論、平気ですよ」

 

 小言を呈する女性にCが情けない笑みで許しを請う。微笑まし気にC夫妻に首を振れば、再びCの同伴者に申し訳なさそうにされる。バーボンが場を辞して、さりげなく彼らから離れる事が出来た。

 

 彼らから充分距離を離れ、周りに聞かれない程度の小声でバーボンに話しかける。

 

「ありがとう、助かりました。安室さんのおかげですね」

「いえいえ。気にしないでください。これもエスコートを務める男の義務ですよ。シズカ」

 

 バーボンは今回“安室 透”の名でこのパーティに潜入している。対して俺は“黒野 シズカ”だ。見よ、この偽名の雑さを。それだけ今回の準備期間は皆無に等しかったのだ。上の無茶ぶりにいつだって振り回されるのが下っ端のつらいところである。ブラックかな?

 

 それでもって、この“安室”の同伴者として、この“シズカ”は彼の恋人、という役だ。正直聞いた当初は、なんだこの事故、と恐れ戦いた。誰がって、俺が。今だって鳥肌が立つぐらいだ。今の“私”はシズカ、“俺”じゃない女性だ、と自分に言い聞かせないとやっていけない。

 

 情報伝達は端的に行われるべきだ。バーボンと目が合う。ゆったりと歩きながら、まるで明日の天気を話すように気取らずに、サラリと言葉を交わす。

 

「それで、どう思います?」

「そうですね。本命は殆ど決まっているのでは?Aは一カ月前に、Bは親から急遽一週間前に決まったそうですよ。Aは背後がなっていません」

「なるほど。――こちらの話と辻褄が合いますね。Bの後ろはきっちりと固まっていました」

「……証拠は?」

「――とある信頼出来る筋、から」

 

 微笑みながらの会話は頬の筋肉がつらいものがあるが、我慢だ俺。鳥肌と寒気とこの痛みのトリプルパンチであるが、俺は出来る子だからな。端的な情報交換をすれば、本命がすんなりと浮かぶ。すなわち、茶髪で穏やかな雰囲気の男性であるAだ。バーボンの信頼できる筋、は本物だろう。なにせ、この人はこの手の情報を見誤ることはない。

 

 取引開始時刻まで後二十分を切った。そろそろAとCに動きが出てもおかしくない。俺とバーボンはさり気ない視線で彼らを探す、とそこで俺は気づいた。

 

「ねえ、安室さん。――彼がいないわ」

「彼?」

 

 俺が袖を軽く引けば、バーボンは怪訝そうな面持ちで小首を傾げる。……にしても、違和感が凄いな。女装、は俺に向いていないのかもしれない。

 

 そこで耳元からかすかな電子音――イヤーカフからだ――が聞こえる。一気に空気が引き締まる。

 

『Cならば、先程バルコニーに出ていったのを見たぞ。大方、煙草でも吸っているか、それとも密会でもしているかだろうな』

「――それは何分前のことですか」

『八分前だ。――その後何人かバルコニーに立ち寄っているが、不審な動きはみられないな。スコッチ、どうだった?』

『……おかしいな。あのバルコニーに小太りな男なんていなかった気がしたが……』

「え?」

 

 イヤーカフから聞こえるやり取りの締めくくりに俺は思わず聞き直す。C、という男は大柄な方の男だ。隠れるにしても限度があるような、というかそもそも隠れるような事情なんてそうそうあるものか。俺のそんな思考は突如破られる。

 

 

「きゃあああああああっ!!」

 

 

「ッ!?」

 

 絹を裂くような悲鳴、それは奇しくも先程話題に上がったCのいるであろうバルコニーから聞こえた。軽く息を飲んだバーボンはすぐにそちらに駆け寄ろうとする。が、それを俺は止めた。視界の端に走り去る茶髪の男が見えたのだ。あれは混乱に乗じて逃げる気だ。

 

「待って」

「!? その手を離してください」

「いや、Aが逃げた。人混みから出口に向かっている」

「なんだって!?」

 

 咄嗟に掴んだバーボンの右腕はすぐに振り払われる。冷静に事態を伝えればバーボンの顔色が変わった。電子音が耳元から聞こえる。

 

『残念ながらジェネヴァの言うとおりだ。こちらからも追うが、君たちも追ってくれ。挟み撃ちといこう』

『こっちはこちらがなんとかするさ。さっき、他の従業員に客の出入りを封じるよう手を回したから、正面玄関じゃなく、裏口から追うことをお勧めするぜ』

 

 ざわざわと周りの人のざわめきに消えそうな音量で情報を伝えてくるライとスコッチに、バーボンは今の優先順位を悟ったらしい。短い舌打ちが聞こえた。

 

「チッ!! 行きますよ、シズカ!」

「うん」

 

 ガシッと先ほどとは逆にバーボンに腕を掴まれ、走り始めた彼の引っ張られるがまま、俺も全力疾走を始めた。……一瞬、“シズカ”って誰のことかと思ったぜ。やっぱり偽名だとその辺が不便だな、と走りながら思った。

 

 

 

 立ち戸惑う人々の間を縫うように走り抜け、俺達は「従業員以外立ち入り禁止」という見出しのある扉を躊躇いもなく開けた。もう頭の中にはこの会場内の地図は暗記済みだ。俺はもちろんバーボンやスコッチ、ライだってそうだろう。扉の先には細い通路となっており、監視カメラがあるものの、ライのハッキングにより、一、二分は役立たずになっている。その間に通路を走り抜け、裏口を開けた。

 

 ライからの実況だと、もう標的Aは車に乗り、逃走を始めているらしい。ライが先に追うらしいが、なにせワンボックス車。それも高級機材を積んだ、という注釈付きの車だ。そこまでスピードは出せない。

 

 標的は赤いスポーツカーに乗っている、という情報も出た。全力でアクセルを踏まれれば、ライに追跡は不可能になる。ここからは時間との勝負だ。

 

「乗ってください!!」

 

 駐車場に先についたバーボンが口早に告げ、乱暴に愛車のドアを開ける。白い車体のその車はマツダ RX-7。安室透の愛車として原作では随分暴れまわっ……じゃなくて活躍していた。

 

 頷き一つ返し、素早く助手席に乗る。

 

 俺がシートベルトをかける前にはギュルギュルと凄いタイヤ音を響かせ発進させていた。……前回一緒の任務の時の安全運転とは雲泥の差の荒さだ。

 

「ライ、標的は今何処に?」

『そのまま北に五km、その信号前だ』

「了解。そのまま無茶しないでくださいよ?その積んである機材がオシャカになったら怒られるのは貴方だけではないのですから」

『はは、連帯責任か。――善処しよう』

「はぁ。笑い事じゃないのですが……」

 

 車を物凄い勢いで走らせながら、なんとも気の抜ける掛け合いをしている。バーボンもライも、そこに油断や慢心はなく、要は場馴れしているのだろう。というか、バーボンは凄いな。先程会場の駐車場で止めようとした警備員をドライブテクニックだけですり抜けたし。相手もさぞ肝を冷やしたに違いない。なにせ近い位置を減速なしに爆走されたのだから。警備員さんには心底同情してしまう。

 

「……ジェネヴァ」

「なに?」

 

 前を見据えたままのバーボンに声をかけられる。視線だけを向ければ、バーボンには珍しい険しい表情をしていた。が、それも一瞬のことですぐに常の柔らかな表情に切り替わった。

 

「いえ、シートベルトをきちんとして、僕の運転にちゃんとついてきてくださいね」

「? うん」

「いい子だ」

 

 バーボンの言葉に曖昧ながらも頷けば、随分好戦的な笑みが返ってきた。うん?あ、そういえば原作でこの人って結構脳筋だったような……。

 

 そんな俺の考えが浮かび上がる前に、グンッ、と加速による負荷が体にかかり、俺は数瞬前の自分の言葉に後悔した。泣きたい。

 

 

※※

 

 

 標的の車はバーボンの卓越したドライブテクニックにより、すぐに追いついた。俺は太ももに仕込んでおいた拳銃ホルダーから拳銃を取り出す。サイレンサーも取り出し拳銃に装着させる。だが、それをバーボンは片手でやんわりと制する。周りを見れば、まだ一般車両が数多くいた。というか、ここ首都高じゃん。いつの間に……。ついでにライの車両も見つけた。黒のワンボックス車。運転席以外は黒のスモークガラスになっていて大変怪しい。

 

「バーボンってさ」

「うん?」

「前職、スタントマンか何かなの?」

 

 ここまでのドライブの道のりの荒さに俺は半ば本気で尋ねる。バーボンは少し目を丸くして、くすくすと笑みをこぼした。いや、笑い事じゃないんだけど、と俺は半目でバーボンを睨む。

 

「ふふ、随分緊張感のないことを言うんですね。けれど、どうでしょうね?ジェネヴァのご想像にお任せしますよ」

「あ。これ違うやつだ」

「あはは」

 

 片手で拳銃をいつでも撃てるように、と添えながらの会話は随分和やかだ。少し前の俺なら考えられない程に気負いがない。バーボンも車のハンドル捌きはそのままに、表面上の穏やかさは保っている。タイヤのギュルギュルという急カーブの音や車体の激しい揺れがなければ、だけど。

 

 そんな少しの穏やかさも、後少しでなくなるだろう。視線で“後少し”とタイミングを伝えてくる。ーー茶番だ、とイヤーカフの向こう側は思っているかもしれない。だけどライは沈黙したままだ。

 

 螺旋状の道路、高速道路なので、抜かしながら標的の車に迫り、後ろにピッタリとはりついている。今頃標的の男は気づいたようだ。アクセルを精一杯踏んでいる、加速が増すが、それももう遅い。

 

 ちらりと見えたスピードメーターは百二十辺りを彷徨っている。もう加速のエンジン音のみがこの車中を満たしている。

 

 カウントダウンを心の中で始める。

 

 三。――ウインドウが下がり、車中に暴風が吹き荒れる。

 二。――腕を車外に出し、狙いを定め。

 

 一。――ソレに向けて、引き金を引く。

 

 直後、パァンッという破裂音と共に前の車体が見事バランスを崩し、耳障りなブレーキ音を響かせる。そして壁へと激突し、停車した。俺は前の車の左の後輪を撃ち抜いたのだ。

 

 バーボンもすぐに近くに停車させた。後ろの一般車両はライのワンボックス車が道を塞いだので近づけないらしい。……いつの間に。

 

 クラッシュした赤いスポーツカーからバンッ、と這い出るように若い男が飛び出した。その息つく間もなく、バーボンが間合いを詰め、拳銃を眉間に突きつける。短い悲鳴が男から上がる。

 

「な、なんなんだ!? あんたらはッ」

「――わかりませんか?貴方がどれ程馬鹿だろうと、可能性ぐらいは浮かぶものかと思いますが?」

「ッ!? ま、まさか。あの組織の……」

 

 顔を青くして、早口で狼狽える男にバーボンが穏やかに首を傾げる。ヒント、というか答え同然の言葉を告げれば、相手の男も悟ったらしい。その言葉の最後をバーボンは人差し指を自身の唇に当て、シィとジェスチャーをする。みなまで言うな、ということだろう。

 

「はは、ははははは!! お終いだ、おれは、俺はっ。――くそっ、こうなったら……!!」

 

 男がヤケクソ気味に嗤い、懐からナニかを取り出した。バーボンが引き金をひこうと、する前の早業だった。

 

「このスイッチはな、さっきの会場に仕掛けていた爆弾のモノだ! お前らはどうせ他に仲間がいるんだろ? おそらくは会場内にもいるはずだ、だってさっき事件が起きたんだからな。――証拠隠滅か、確認の為に、念の為の保険はかけるだろ?」

 

 狂気に満ちた目で男は滔々と語る。そうとも限らないんだけど、今回は正解だな、と俺は冷静な感想が浮かんだ。というか、犯人さんよ、バーボンの殺気がヤバイからさっさと自首してくれない?あ、気づかないんですねソウデスカ。

 

「その引き金を引く前に俺はこのスイッチを押す。はは、木っ端微塵になって瓦礫となったら、さぞ気分がいいだろうなぁ?お前の仲間なんて肉片に成り果てて、遺体すら残らないかもな?」

 

 茶髪の優男の上機嫌に話す内容に、バーボンは眉を顰める。狂気に取り憑かれた、その醜悪な表情はもはや見かけの好青年さなんて微塵も残っていない。

 

 面倒だな、と俺はカツカツとヒールを鳴らし、男に近づく。いきなり無言で近づいたクール系美女に男の狂気が少し揺らいだ。まあ、戸惑いますよね。

 

 俺は脳内のとあるスイッチを自己暗示の要領で入れる。――我流暗殺拳、奥義その一。

 

「ッ、し、シズカ。下がって」

「はは、なんだこの女」

 

 バーボンが険しい顔で俺に命令するが、ソレをスルーする。むしろ、バーボンを押しのけ、男の目の前に立つ。小馬鹿に見下す目の前の男の態度に少しイラッとしながら、足を振り上げ、思いっきりおろした。

 

 

 ドゴン、と男の後ろの赤い車体が大きく揺れる。男はひゅっと、空気をうまく吸えない音を立てて固まった。

 

 

 奥義、なんて大げさに言ったが、要は頭のリミッターを極限まで解除した人外染みた怪力による一撃。一時的な上に体にかかる負荷が半端ないからあんまり使わない程度の技だ。今足がめっちゃジンジンするし。とはいえ、ハッタリには凄い有効な技なのでこういう物分りの悪い相手には有効だ。

 

 男は己の後ろの凹んだ車体を恐る恐る見た。おや、顔色がかなり悪い。まあベッコリ凹んだ車体なんて、なかなか見れないしね。

 

 シン、と辺りが静まったのを気にせずに俺は茶髪の男の手から起爆スイッチを抜き取る。呆然と放心なんてするから悪い。

 

「……ねえ、今度はアンタがこうなる番になるかもだけど。――答えてくれる?」

「ヒッ!?」

 

「――起爆時間と解除方法、四十秒以内にさっさと答えろよ」

 

「は、はい」

 

 顔を青から白にまで血の気を失くした男が涙ながらに白状するのを冷めた目で見る。――そういや、さっき苛立ちのあまり声が元の少年の声に戻っていたのかもしれないな。しかも結構ドスの効いた低い声だったかも……。

 

 バーボンの方を見れば引きつった笑みだった。だいぶ無理していらっしゃる。端的に言えばドン引きだ。

 

 だが、それも男の告げた内容によって元に戻った。

 

 え、取引開始から十五分後に爆発?しかもメインホールの近くに仕掛けた、とな?

 

 慌てて携帯で現時刻を確認する。現時刻、取引開始前十分前。ここから、会場まで十五分。つまり、爆弾の発見、解除を十分間でしろと?

 

 なにそれ無理ゲー、とバーボンを見れば、覚悟を決めた顔をしていた。あ。これは戻って自分で解除するつもりだ、と俺でも察した。無言で踵を返すバーボンに、俺も慌ててついていく。そこで耳元の電子音が小さく主張する。え?

 

『とりあえずここはこちらがなんとかしよう。今、スコッチの方も手が離せないらしい。ーーそちらは任せたぞ』

「了解」

 

 短いやり取りの後、バーボンは車に乗り込んだ。俺も後に続く。急発進したマツダ RX-7は滑らかに道路を走る。が、来た道はこの人為的に起こした事故で渋滞を起こしていた。え、通れなくない?

 

 俺はチラリと隣に視線を向ける。どうするの?、と。

 

 返ってきたのはにっこりとした笑みだ。うわぁ、もしかしなくても、ですか?嫌な予感で内心頭を抱えそうである。

 

 

 ぐおん、と渋滞して車が立ち並ぶソコへと突撃するようにこの白い車体が急加速する。その直後ぎゅるりと、バーボンが思いっきりハンドルを切った。 

 

 うっそだろ、と俺はぐわりと持ち上がる車体の片側に、白目をむきそうになった。タイヤを片側だけ使うとか大道芸じゃねーんだぞ!というツッコミをバーボンに進呈したい。くっそ、俺の寿命を返せ……!三年は縮むわ!

 

 

 

※※

 

 

 

「マジありえない……」

「はは、すみません。あの場ではあの選択肢しかなくって」

 

 がちゃがちゃと手元のコード群を弄りながら、ぼそりと嘆く。バーボンの方は苦笑を浮かべているものの、反省の色はない。

 

 今、再びあのパーティ会場となった洋館に忍び込んで、無事に爆弾を見つけ、解体中だ。ちなみにみつけるまで五分かかってしまった。つまりのこり五分で爆弾解除をしないといけないという意味のわからない事態になっている。――更に見つかった爆弾は二個。一箇所に二個仕掛けるとかなんなの?と俺はあの犯人の男に内心舌打ちした。ギリギリ歯ぎしりもしてしまいたい。

 

 だから仕方なくバーボンと手分けして一人一つ、爆弾を解除しているわけである。最初解除出来るのか?と目を丸くしていたバーボンに当たり前だろと俺は頷いた。組織の英才()教育をなめるなよー、と半ばヤケクソだ。なんなら、地雷原に単身行っても生還出来ると思う。この第六感で。

 

「まあ、いいけどさ。……うん、こっちは間に合いそう。そっちはどう?」

「こちらも問題ないですよ。――そう言えば、スコッチの方は大丈夫でしょうか。あの時の騒ぎ、普通のアクシデント、とはまた違う空気を感じましたし」

 

 パチリ、とコードを手際よく切断しながら、バーボンは会話を続行させた。その手元を見れば、なるほど八割方は片付いているようだ。まあ、こっからが本番なんだどね。ほら、赤と青のコードで迷う定番のアレですよ。俺の方はあと一つ、コードを切れば解体終了だ。その赤と青で迷うやつで。うーん、ベタだ。

 

「――事件か、事故かって話?まあ九割方、事件だろうね。……ねえ、バーボン。アンタは赤と青どっちがいい?」

「やっぱりそうですよね。――赤と青?そりゃあ、あ……って、君それコードの話ではありませんよね?」

「バレるか、やっぱり」

「当然です」

 

 話に付き合いながら、俺は唐突に色の選択をバーボンに聞いてみた。ソレに返ってきたのは冷たい一瞥だ。バーボンのじと目とかレアだな、とその鋭い視線に俺は思考を逸らす。

 

「……大体、苦手なんですよ。その手の話。――映画ではベタでしょう?赤と青で迷うこの手の話」

「まあね。ピンク、っていう変化球も聞いたことあるよ」

「へえ。――でもね、命ってやつは背負ってみると凄い重たいものだ。ソレを突然の判断で、しかも他人任せっていうのはいただけないな、って思ってしまうんだ」

「ふぅん」

 

 ぱちん、と俺は最後のコードを切る。己の第六感を信じれば、百中の俺に死角はない、と内心ドヤ顔だ。

 

「聞いてます?まあいいですけどね。――上手く行けば、確かに美談だろうけれど、いかなかったら誰もかれも後悔してしまうのはどうも苦手なんだ。君も、覚えておくといいよ」

 

 バーボンは淡々と手元のコードを切って、最後も迷いなく切ってしまう。その後の静かな余韻は解体成功を俺達に教えていた。

 

「何を?」

「――命の判断、その重さと引き受ける覚悟を、さ。……なんてね。さ、帰ろうか」

 

 バーボンの言葉は波風もない、とても静かな声だった。悲しみも、怒りも、嘆きでさえ、深い深い水の底にあるような、そんな得体のしれない感情がそこ垣間見える。

 

 俺の戸惑いを察したのか、バーボンの顔に笑顔が戻る。営業用の、ピカピカの一分の隙きのない完璧な微笑みがそこにはあった。

 

 手元のオフにしていたイヤーカフ、通信機をオンにし、バーボンは手短にライとスコッチと連絡を取る。……え?スコッチが事件の解決に貢献した?どういうことなの……?

 

 

 

 

 

 

 




補足事項
※四半世紀……25年。

※冒頭のジンニキの思いやり
「なんか悪い夢見るんだったら、仕事に没頭すればいいんじゃね?」という遠回りな気遣い。真面目な話、兄貴はこれ以外の解決方法は酒を浴びる程飲んで吐いて、ぐだぐだして忘れるという駄目な大人の解決方法みたいのしか知らなそう(ド偏見)

※ジェネヴァくんの技能的なもの(COC風?)
自己暗示(EX)
己の心をも騙す程の強力な暗示。それ故に多少の不可能を可能にする。
ただし、精神的な負担は相当なモノ。よって、技能使用時にSAN値チェック 1/1D6+3 発狂ワンチャンあるで(白目)

我流暗殺拳
中国拳法が主体となった、我流拳法。特徴は人体の急所を破壊する、又は必殺の一撃を得意とするモノ。※必殺、とは必ず殺す意である。
ジェネヴァの我流なので技名はほぼない。奥義その一、その二ぐらいなやる気ない感じ。
奥義その一
制限解除(リミッター解除)
脳のリミッターを外すことにより人外じみた怪力を得る技。ただし、諸刃の剣。使いすぎると体にダメージがたまり、最終的には倒れる。


多分怒られそうだなぁ、と戦々恐々としながら今回の話を書いていました。誰得。俺得、な話。
次回は今回の裏側、第三者視点で話を進めます。スコッチさんの活躍やらなんやらかけたらいいな。

話は変わりますが、この前夢を見まして。
ジェネヴァくんとシェリーさんが将来結婚して、子供(娘)を授かるんですよ。
そんで、ちょびっと成長した娘ちゃんをある日留守番させなきゃいけなくて、ジンニキがお守りをするんです。多分三才くらいかな?
娘「おじじ!」
ジンニキ「それじゃジジイみてぇじゃねえか。おじさん、と呼べ。お・じ・さ・ん」
娘「じじ?」
ジンニキ「ちげぇよ。いいか、お」
娘「お?」
ジンニキ「じ」
娘「じ?」
ジンニキ「さ」
娘「さ?」
ジンニキ「ん、だ。わかったか、クソガキ」
娘「オジジ!!」
ジンニキ「はぁ。ーーもう好きにしろ」
娘「えへへー」

みたいな、ほのぼの劇場。をみましてね?ヤバイくらい疲れてんのかな?とか悩みました。三分くらい。
ちなみにジェネヴァくんは婿入りしてました。そんで娘の名前は「宮野愛」とかなっていました。はは。ちなみに銀髪碧眼の美少女でマジ遺伝子どうなってんの状態でした(笑)

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