──この世から巨人を一匹残らずブチ殺す‼︎

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二期も始まったので、細かな設定を無視して過去に書いたものをゲリラ投稿。




進撃の巨人 -All You Need Is Kill-

 

 

 今から100年以上前。

 "巨人"という天敵の出現により絶滅寸前の危機に追いやられた人類は、強固な壁を築いて安息の地を手に入れた。

 巨人が支配する世界でひと時の平和を享受していた人類。

 その平和が所詮仮初にすぎず、泡沫と消えたと知ったのは5年前。超大型巨人に壁を破壊され、人類はその二割を失った。

 生き残った者は様々な想いを抱く。

 ある者は巨人に支配されていた恐怖を。

 ある者は鳥籠の中に囚われていた屈辱を。

 ある者は家族を殺された巨人に憎悪を。

 そして、壁を壊された5年後。

 巨人を恐れず壁外へと進出し、真の平和を目指す「調査兵団」と呼ばれる組織が、人類の希望を胸に今日も遠征へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──850年

 

「来たぞ‼︎ 調査兵団の主力部隊だ‼︎」

 

 人々の歓声が沸き起こった。

 観衆に埋め尽くされる街道を進むのは、濃緑の上衣を羽織った一団だ。

 絶望的な戦力差がある巨人に対する反撃の嚆矢。

 背に刻むは自由の翼。

 彼等こそが人類最後の希望──調査兵団である。

 

「エルヴィン団長‼︎ 巨人共を蹴散らして下さい‼︎」

 

 先頭を行く調査兵団の長に人々の期待の視線が集中する。壁外調査の損害率を大幅に減少させた現団長は正しく英雄として讃えられていた。

 団長であるエルヴィンは智略に秀でた英傑だ。以前は壁外調査に赴く際の人々からの誹謗中傷が多かったが、その事実が覆ったのは5年後に陥った事件に加えて、彼の非凡な才能が成した結果と言える。

 突出した実力を誇るのは団長だけではない。

 類稀なる戦闘力で未来を切り拓く『人類の刃』を体現した兵士が現れると、人々の熱が更に燃え上がった。

 

「オイ、見ろ! 人類最強の兵士──リヴァイ兵士長だ‼︎ 一人で一個旅団並みの戦力があるってよ‼︎」

 

 訓練兵の少年が憧れと畏敬の念を込めた声を張り上げると、それに触発された民衆の歓声も街に轟と響き渡った。

 人々がこれ程までに興奮を露わにするのには当然理由がある。

 通常、巨人を一体駆逐するには数人の兵士が必要とされている。熟練の兵士であろうと一対一では到底巨人の脅威に勝ることはない。人類と巨人には、絶対的な戦力差が歴然として存在するのだ。

 だが、人類最強と称されるリヴァイは違う。例え十の巨人に囲まれていようと、彼は圧倒的な力で逆に巨人共を喰らい尽くす。常軌を逸する戦闘能力をその身に宿しているのだ。

 人類最強。その異名は厳然たる事実。

 そして──。

 

「ア、アルミン! もしかして、あの人が……‼︎」

「……あぁ、燃えるような赤い髪と瞳。……間違いないよ」

 

 調査兵団にはもう一人、希望として崇められている兵士がいた。

 

 息の漏れる音が響く。

 

 その兵士が姿を現した途端、騒々しかった場が一瞬だけ静まり返る。

 人々の視線を釘付けに、街道の中心を進むのは一人の少女だ。

 生き残った人類の中でも珍しい煌々たる赤色の髪。

 同系統の色彩を放つ瞳はまるで高価な宝石のよう。

 所作の一つ一つが洗練されていて、幼い顔立ちながら整った容貌は自然と人々を惹きつける。

 そこにあるのは畏怖や尊敬を超えた崇拝の念。

 

「あ、あれが……リタ!」

「リタ・ヴラタスキ‼︎」

「たった二年の壁外調査で100体以上の巨人を倒したっていう……!」

 

 ──戦場の女神!

 

 叫びが呼び水となり、歓喜の渦は最高潮に達する。

 誰が呼んだか定かでないその呼称。人類を守護する女神を冠する壁に因んで付けられたそれは、今や最新の英雄の名として人類に馳せていた。

 彼女の名声はエルヴィンやリヴァイと同等、いや、下手したらそれ以上。

 二十にも満たない少女が残した数々の偉業は、未だ止まるところを知らない。

 曰く、初めて壁外調査で二十の巨人を屠った。

 曰く、死地と同様の巨人の群に自ら斬り込み悉くを狩り尽くす。

 曰く、秘められた才は人類最強のリヴァイをも上回る。

 戦場に降り立った女神に人々は熱狂した。

 見目麗しい容貌。

 容姿に似合わぬ戦闘力。

 凛とした立ち姿。

 影で信者すらいる彼女は、人類になくてはならない存在となっていた。

 

「あれが『戦場の女神』──リタ・ヴラタスキさんか! すげぇ、俺みたいなのでもなんか気品みたいなの感じる。マジで女神様みたいだ……。俺もあの人に負けないくらい強くなりたいぜ‼︎」

「……いや、エレン。幾ら何でもそれはムリだと思うよ。リタさんは精鋭の中の精鋭。正直、ミカサですら敵うかどうか……」

「そりゃそうだろアルミン。ミカサがリタさんに勝てるわけないって。なぁ、ミカサ?」

「ちょっ⁉︎」

 

 エレンと呼ばれた少年の無神経過ぎる言葉にアルミンは固まる。

 ぎぎぎと、整備されてない立体機動装置のように首を動かすと、人でも殺せそうな目付きで女神を睨み付ける少女の姿があった。家族(エレン)の関心を奪ったのが、よりにも寄って彼の憧れている兵団の女性というのが我慢ならないのだろう。

 

「……私の方が強い」

「はぁ? んなわけねぇだろ。ミカサなんかがリタさんより強いとかありえねぇから」

「ちょ、エレン落ち着いて。ミカサも、ね?」

 

 あたふたするアルミンを余所に、エレンとミカサの言い争いは加速の一途を辿っていった。

 

 

 

 

 

「すっかり有名人だね、リタ」

「……代わるか、ペトラ?」

「ごめん、ムリ!」

 

 騒ぎの中心を抜けた後に隣に並んで馬を歩かせていた同期の少女──ペトラ・ラルは、リタの冗談に全力の否定で返した。戦闘能力は当然のことながら、女神と崇められる特異な立場に自分如きが成り変われる筈がないとペトラは思っていた。

 ペトラ自身も、調査兵団の中では精鋭に数えられる。彼女はこれまでリタと同回数壁外調査に出向き、討伐10体、討伐補佐48体という破格な実績を残していた。巨人の支配した壁外という地獄で何度も生還を果たし、生き残り方を学んだペトラは紛れも無い一人前の兵士だ。

 しかし、リタはその比ではない。

 訓練兵時代も優秀な成績で主席で卒業、上位10名が入団可能な憲兵団に入る権利も放棄して調査兵団に加入し、初めての壁外調査で二十を超える巨人を斬殺した規格外の兵士。人類最強と謳われるリヴァイですら、初めての壁外調査では数体の巨人しか倒せなかったのに、だ。

 その後もリタは壁外に赴く度に巨人を屠り続け、気付けば『戦場の女神』などと祭り上げられていた。

 

(訓練兵だった時のリタは、ここまで超人染みてなかったと思うんだけど……)

 

 ペトラの記憶では、出会った頃のリタはまだ常識の範囲内にあった。優秀な成績ではあったが、リヴァイと同等の実力までは至っていなかった。

 当時と今で変わっていないのは、瞳の奥に淀む巨人に対する憎悪くらい。

 

 切っ掛けはいつだったか。

 

(初めての壁外調査の時かな、リタの雰囲気が一変したのは……)

 

 当日の朝、恐怖で震えていたペトラは少しでもそれを紛らわせようと友人の元に向かい、部屋で佇むリタの姿を見て絶句した。

 その顔は憎悪に塗れ。

 その身体は鮮烈な威を放ち。

 その瞳は殺意に彩られていた。

 前の晩とは明らかに、常識では考えられない程に、彼女は変貌していた。豹変していたと言ってもいい。

 何が起きたのかは分からない。

 どうしてそうなったのかも判然としない。

 だが、あの日確かに、リタは変わった。

 リタは殺戮兵器として目覚めたのだ。

 

「ペトラ、そろそろ出立だ。隊列へ戻れ」

「分かってる。……リタ」

「なんだ?」

「あまり無理しないでね」

「……あぁ、善処しよう」

 

 憮然な態度なリタだが、彼女は決して冷たい人間ではない。他人を思いやる心の優しさを持っている。

 この約束が果たされることはきっとないだろうが、ペトラの言葉をリタは忘れないはすだ。

 

 これから自分たちは文字通り地獄に踏み込んで行く。

 

 巨人が蔓延る死地に。

 

 そこで人々は知るだろう。

 

 リタ・ヴラタスキが『戦場の女神』と呼ばれる所以を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一人の兵士が死に掛けていた。

 両脚を食い千切られ、群がる巨人の内の一体に身体を握り潰される寸前。

 

「……クソッ……クソッ、クソ! 人類は、負けない……っ!」

 

 身動き一つ取れず、死に逝く最期の刻に、胸に抱く希望を兵士は叫ぶ。

 彼が調査兵団に入団した理由である、憧れた人の名を。

 

「お前らなんか……、きっと、リタさんが……‼︎」

 

 ──直後。

 巨人の肩にアンカーが突き刺さり、高速で飛来した影がうなじを斬裂した。急所を抉られ力尽きた巨人は膝から頽れ、手に握られていた兵士は地面へと投げ出される。

 仰向けの状態で立ち上がることもできない兵士は、建物の屋根に降り立った女性を見て感激に打ち震えた。

 

「女神……様……」

 

 風に靡く赤い髪。

 同色に染まった静謐な瞳。

 リヴァイ兵長に並ぶ兵士の憧憬にして『戦場の女神』──リタ・ヴラタスキの姿がそこにはあった。

 

「…………」

 

 リタが静止したのは一瞬。

 辺りの状況を確認した彼女はその身を空へと飛び出す。

 見える範囲内に巨人は四体。援護もなしに特攻するのはどう考えても無謀だ。普通なら分と待たずに戦死する絶体絶命の窮地。

 空へと躍り出たリタを見て、地に横たわる兵士は常識的な見地から瀕死であるにも関わらず声を張り上げようとした。自分の為に、などと自惚れてはいないが、それでも無茶などしてほしくはないと心の底から思っていたから。

 だが、兵士は結局制止の声を出すことはなかった。

 否、出す必要がなかった。

 刹那の間で一体の巨人が建物に倒れ込んだからだ。

 

「……えっ?」

 

 疾風の如き速度で高速移動する人影。それが巨人の背後を横切った瞬間、圧倒的な力で自分たちを蹂躙してきた巨人が絶命していく異様な光景。

 一体、二体と倒れ地響きが轟き、最初に葬った一体が白い蒸気を噴出する頃には、残り四体の巨人は全て地に伏していた。

 いとも容易く瞬く間に巨人を殺したリタ。返り血一滴浴びずに悠然と空を舞う姿は、ここが戦場だということを忘れさせる非現実な美麗さを纏っていた。

 周囲の安全を確保したリタは、地に降りて刃を鞘に収めながらまだ息のある兵士の元へ歩み寄る。

 兵士の掠れた視界に映るのは少女と表するに相応しい面貌だ。いつもは遠くから見掛けるだけで、これほど至近距離で眺めることがなかったからこそその整った顔立ちがよく分かる。

 憧れの存在を前にして、死ぬ間際だというのに兵士の心は高揚していた。

 

「あ、……あっ、の」

 

 言葉が上手く出てこない。

 緊張か、死に掛けで話す気力もないのかは、本人ですら判断が付いていない。言葉の使い方を口が忘れて、喉の奥で想いが空回りしている。

 兵士の様子をどう見たのか、リタは側にしゃがみ込み世間話をするかのような口調で話し掛けた。

 

「ひとつ聞きたいことがある。外の世界には海という巨大な塩の湖があると本に書いてあったのだが、おまえは知っているか?」

 

 掛けられた言葉に兵士は困惑や疑問が湧くより呆けた顔をしてしまった。何故そんなことを聞くのか、どうして今それを聞くのか。

 ただ、その兵士は真面目だった。朧になる意識と思考の中で自分の記憶を巡っていた。

 

「……いえ、寡聞にして、存じません」

「そうか、知っていたら教えてほしいと思ってな。ところで唾を飲み込め。深呼吸しろ」

 

 兵士は言われた通りにした。無為に高揚していた気持ちと、荒れていた呼吸が静まる。リタの言葉は、不思議と兵士を落ち着かせる効力を持っていた。

 忘れていた脚の痛みが戻ってくる。自分の状態を客観的に見ることも可能なった兵士は、自分が浸かっている血の池が自身の身体から漏れ出たものだと理解し、悟った。

 

「………私は、死ぬのでしょうか?」

「そうだ、おまえは死ぬ」

 

 突き放すような死の宣告。

 流れ出た血は致死量を超えている。リタがいくら女神と崇められようと、全ての人間は救えないし、目の前で死に掛けている者を助ける奇跡を起こせるわけでもない。

 

「名前は言えるか? 期や所属じゃない。おまえの名だ」

「モルド……モルド・キーランです」

「……自分の名はリタ・ヴラタスキ」

 

 微笑むわけでもなく、リタは静かに告げる。

 

「モルド。おまえが死ぬまでそばにいよう」

 

 兵士の瞳から涙が溢れ出す。

 憧れの人に言ってもらえた言葉が嬉しくて、これから死んでしまうのが悲しくて、くたばる自身の不甲斐なさが無念で、色々な感情が綯交ぜになって零れる涙が止まらない。

 無意識のうちに片手を上げていた。

 リタはその手を力強く握り締めた。

 

「……なにか言いたいことはあるか?」

「……………私の、両親は……奪還作戦で、亡くな、り、ました……。俺は、仇を……っ!」

「……そうか」

 

 よくある話だ。

 人類は計画性の一切ない無謀な奪還作戦で人口の二割を失った。若いとは言えない労働者人口が対象であった為、親をその時に亡くした者がリタに近い世代で大勢いる。その恨みを燃やして調査兵団に入団した兵士は少なくなく、彼も被害者の一人だったのだ。

 巨人に復讐を誓った兵士は、その多くが道半ばにして命を落とす。一体の巨人も駆逐できずに死ぬなんてざらにある。本当に、よくある酷い話だ。

 でも、希望は託せる。

 想いは遺る。

 意志は生き残った人類の力になれる。

 

「リタ、さんっ! どうか……仇をっ! 人類、に、しょう……り、を……っ!」

「あぁ、任せろ。私がこの世から巨人を駆逐する。だから、おまえは安心して寝ていろ」

 

 最期の力を振り絞ったのだろう。

 その兵士は口元に微かな笑みを浮かべて、安心したように眠りに就いた。

 もう二度と目覚めることがない眠りに。

 

「…………」

 

 まだ暖かい、でもこれから冷たくなっていく手を優しく下ろし、リタは暫しの間だけ瞑目する。神などいるのか知らないが、せめてあの世への旅立ちに少しでも幸せがあることを自分の心の中で祈る。

 巨人の死体から蒸気の噴出音が響くさなか、二頭の馬が地を駆ける蹄の音が耳朶を震わせた。

 

「おい、リタ! お前また一人で!」

「……オルオか」

「オルオかじゃねぇよ! あぁもう今はどうでもいい、退却だ‼︎」

「……なに? まだ限界まで進んでいないが?」

「巨人が街を目指して一斉に北上し始めたんだ‼︎」

「⁉︎」

 

 巨人の一斉北上。

 見たことはないが知っている。

 それは悲劇の前兆。

 5年前、壁が破壊されたときに発生した現象。

 

 ──おまえは生きるんだ。

 

 惨劇の記憶が脳裏を過ぎった。

 

「あっ、おいリタ‼︎」

 

 オルオが連れていた自身の馬に跨り、リタは制止の声を無視して一人街へと馬を走らせた。

 市街地を抜け、広大な平原を陣形も組ます壁外を一人で移動するなど自殺行為に等しいが、行く手を阻む巨人を片手間のように屠殺してリタは独断で先行する。

 遠い地平線に人類の領域である巨壁が見え始める。壁が穿たれたのかはまだ分からないが、普段ではあり得ない程目視できる巨人の量にリタは歯噛みする。

 壁内に雪崩れ込む巨人。

 一時の安寧が壊される地獄の光景。

 看取った兵士が今際の際に遺した言葉。

 5年前の惨劇。

 両親の最期。

 

 リタの頭に疼痛が疾る。

 

「…………ひどいな……」

 

 こめかみを抑え、リタは街へとひた走る。

 赤く染まり始める空。

 憎しみ募った始まりの色。

 

「赤い空なんか大嫌いだ」

 

 『戦場の女神』は憎悪を吐き出す。

 5年前のあの日から。

 

 

 

 

 








早速二期視聴。
相変わらずのクオリティで楽しみです。

ところで、All You Need Is Kill の続編はいつ出るのでしょうか?




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