渋谷凛からプロデューサーへ

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ねえ、覚えてる?

ねえ、覚えてる?

私と会ったときのこと。

 

最初はナンパかなにかと思って適当にあしらってたけど、あまりにもプロデューサーがしつこいから、ちょっと話聞いてさよならするつもりだったんだ。

ほんと、ああいうのって警察にお世話になってもおかしくなかったんだからね。

「アイドルにならないか」なんて言われて、ほいほいついていくような子ってそんなにいないでしょ。

ついていった理由?

まあ、プロデューサーの熱意もあったけど……適当にすませたかっただけ。

いつもそうだった。適当。

私さ、それまで、自分で何かを決めたことってなかったんだよね。

いつもその場の流れに任せるままでさ、こう、明確な目標をもって本気で頑張ったことなんてなかった。

何かを目指して汗を流して踏ん張るなんて想像できなかった。

事務所に連れられて、レッスン見学したときも、「ああ、この子たちは頑張ってるんだな」程度にしか考えられなかったんだ。

でも、なんか、すごく輝いた顔でさ、目がキラキラしてたんだよね。

デビューもしてなくてさ、大舞台に立ってもいない、テレビにも出てない、誰に知られているわけでもないのに、すごく楽しそうだった。

返事出したのは何日か後だったっけ。

私が見たことのない何か、本気になれる何かを見つけられるならって。

あんな目になれる理由がここにあるなら、とりあえずやってみるのも悪くないって、そう思ったんだ。

 

 

 

ねえ、覚えてる?

私が初めてCD出したときのこと。

 

レコーディングしてるとき、ガラスの向こうで食い入るように私を見てたよね。

あのときちゃんと聞いてた?

私も一生懸命歌うことでいっぱいいっぱいだった。

練習通りに歌えたかなんてわからなくてくじけそうだったけど、ここで諦めたら今までやってきたことが無駄になるってがむしゃらに歌ったらOKもらえたんだっけ。

事務所はいっぱい宣伝してくれたけど、無名もいいところだったから、もちろん売れるわけもなくて。

それでもプロデューサーは嬉しそうだったね。一枚売れるたびに報告してきてさ、いろんな人に言いまわってたよね。

私のお父さんとお母さんもすっごく喜んでた。っていうかまわりのみんな、私よりはしゃいでた。

自分の歩いてきた道が形になったような気がして、嬉しかったな。

 

 

 

ねえ、覚えてる?

私が初めてステージに立ったときのこと。

 

練習はちゃんと積んでたし、全然お客さんもいない舞台だったけどさ、身体の震えが止まらなかった。

プロデューサーもめちゃくちゃ緊張してたけど。私を掴む手、震えてたじゃん。

衣装に着替えたあと、なんて言ったか覚えてる?

ふふっ、鏡の前に連れてって、「これだけ綺麗なんだから大丈夫だ」って言ったんだよ。

あまりにもクサい台詞に笑っちゃったのが半分。嬉しかったのが半分。

衣装着るのは初めてだったもん。宣材のときも制服だったし。

花を飾るのは慣れてるけど、自分を飾るのは慣れてなかったからさ。

鏡の中の自分がまるで魔法にかかったように綺麗で、輝いてて、それが信じられなくて。

それで自信がついて、緊張が解けちゃった。

小さな舞台で少ないお客さんだったけど、手を抜くなんてことしなかった。

新人だけど……ううん、新人だからこそ、やれるところまでやるしかないって思って、全力でやった。

終わった後は誰よりも大きい拍手で迎えてくれたね。「凛の最初のファンだからな!」って。

何もかも足りない半人前の私だったけど、そんなあんたがいてくれたから、辞めずにやっていこうって決めたんだ。ありがと。

……私だって礼くらい言うよ……って、知ってるよね。

 

 

 

ねえ、覚えてる?

事務所で喋ってたときのこと。

 

って、どのときかわかんないよね。

うーん、じゃあ、そうだね。まだ未央と卯月とぎこちなかったときのこと。

ほら、ユニットを組んですぐの。

私はあまり愛想の良いほうじゃないから、怒ってるって卯月に思われてたみたいでさ。

未央はあまり気にしてなかったみたいだけど。

タイプが全く違うから、どんな話題だしたらいいのかわからなくて困ったよ。

プロデューサーが花のこととかハナコのこととか、それとなく話に出してくれたときは助かったよ。

あの二人を見てるとさ、私もこうあるべきなのかなってずっと思っちゃうんだ。

アイドルってやっぱり、元気で笑顔ってイメージがあるから、不愛想な私はアイドルに似つかわしくないのかなって。

でも自分を曲げて変わろうとしても、それって違うんだよね。

未央や卯月、他のみんなにはそれぞれみんなにしかできないことがあって、私には私にしかできないことがある。

プロデューサーが言ったんだよ。

だから焦らずに一歩ずつ階段を上れって。

私に足りないことと、私の強みをわからせるため。それを活かすためにユニット組ませたんだよね。

プロデューサーが私のこと私よりもわかってくれてるのが嬉しくて、でもちょっと悔しくてさ。期待を裏切ってやるって思ったんだ。

もちろん、いい意味でね。

 

 

 

ねえ、覚えてる?

喧嘩したときのこと。

 

って言っても、私が一方的に怒ったんだっけ。

あんたに文句は言わなかったけど、ぶっきらぼうな態度は取ったっけ。

「何かしたなら謝る」ってあんたが言っても、無視して通り過ぎた。

あんたが忙しいのはわかってた。新人を引っ張っていかないといけないってのも知ってた。

わかってたのに、勝手な気持ちが溢れてくる自分にも嫌気がさして、どうすればいいのかわからなかったんだ。

わかってくれないあんたにも、ごめんって言われてるのに許せなかった自分にもイライラして、みんなには心配かけたね。

寂しかったんだ。

いつも一緒にいるのはプロデューサーで、いつも背中を押してくれるのもプロデューサー。

それが当たり前になっちゃったから、ううん、当たり前だと思っちゃったから、プロデューサーがいない生活に焦ってたのかも。

もう一緒に仕事できないのかなって。

わがままだよね。わかってる。

遠慮なく何度も来るから、ついカッとなって、いろいろ言っちゃったね。

プロデュース外されるかもって頭の隅で思いながらも、口が止まらなかった。

心にもないことなんて一つもない、私の本心のぜんぶ。

酷いこともたくさん言った。けど何も言わずにずっと聞いててくれたよね。

涙もあふれて、心も熱くなって、頭が痛くなって、言い終わるころにはなにもかもぐしゃぐしゃになってた。

そうしたらあんた、頭を下げて、私を抱きしめて、「これからもプロデュース続けてもいいか?」って。

こんな生意気な娘にこれだけ言われたのに、少しも怒るようすなくて、むしろ何回も謝って。

あのときあんまりにも強く抱きしめるから痛かったよ。

プロデューサーって加減知らないよね。

これはいい意味悪い意味両方ね。

 

 

 

ねえ、覚えてる?

シンデレラガールになったときのこと。

 

忘れられるわけない。

事務所にみんな集められて、ちひろさんが発表したんだよ。

みんな喜んでくれた。プロデューサーなんて茜よりも輝子よりも大きな声で叫んでた。

私はしばらく無反応だったかな。

凛はクールだなって言われたけど、そんなことない。信じられなくて固まってただけ。

シンデレラガールは大きな目標の一つだったけど、まさか自分がなるだなんて思ってもみなかったから。

プロデューサーが引っ張ってくれて、応援してくれて、私を変えてくれたおかげだよ。

きっとプロデューサーがいなかったら、何も考えず受け身のままで、普通の学生生活を過ごしてたんだろうね。それも悪くないだろうけど、いまはアイドルになってよかったって素直に思えるよ。

プロデューサーって本当に魔法使いみたいだね。

私もあんたに与えられたように、誰かに夢や希望を与えられるかな。

もしできたら、今度は私が魔法使い……なんてね。

 

 

 

ねえ、覚えてる?

 

……まだ何も言ってないよ。

そうやって適当に頷くところ、悪い癖だよ。

ぜんぶ覚えてるって? ん……そう……

別に疑わないよ。私も同じだから。

……ごめん、手握ってくれない?

なんか寂しくなっちゃって。

ほら、みんな通り過ぎていくでしょ?

この中に、アイドル「渋谷凛」を知ってる人はたくさんいるだろうけど、私のことを知ってる人はいないんだって思ったら、ちょっとね。

アイドルになる前は一人でいることが多かったけど、いまじゃ一人だと寂しいって思うことが多いかも。

変わったんだよ。

プロデューサーと出会って、アイドルになって、みんなと競い合って仕事して楽しんで……

そうやって今の私が出来てる。

きっと私も望んでたんだと思う。

変わりたいって思わないと、変わらないもんでしょ?

私は今の私自身になったこと、今の「渋谷凛」になったこと、後悔してないよ。

プロデューサーがいてくれたから、私が妥協しなかったから、そう思えるようになったんだ。

 

ねえ、私たち、周りからどう思われてるかな。

もしかしたら、変なふうに見られてるかも。

おまわりさん呼んだら、プロデューサー、またお世話になるかもね。

ふふっ、冗談だよ、冗談。

 

あそこ、街頭ビジョン見える?

まだ私がアイドルになる前、あそこに有名なアイドルが映ってたんだ。誰もが知ってるアイドル。

道行く人、みんなそれを見てた。

みんな見上げてた。

ああいうふうになるのがどれだけ大変か、記憶に残る存在になるのがどれだけ難しいことか、今ならわかる。

あのビジョンが見えないほど遠くに行ってしまえば、あのビジョンに映らないほど時間が経ってしまえば、私のことを覚えている人なんていなくなっちゃうんだろうね。

忘れられることって、足跡が消えていくことって、とても悔しくて、怖いこと。

私にできるのは、輝くこと。

プロデューサーがどこかに行っても、いつになっても見えるように、もっと輝いてみせるからさ。

 

だから

 

 

ねえ、覚えててよね。


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