なにもみえない   作:百花 蓮

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 再開です。二万字弱あります。時間がある時にゆっくり読んでください。


二章
リスタート


「オレは、あいつらとは違うぜ……」

 

「そういうのは、鈴とってからにしろ……。サスケ君」

 

「…………」

 

 なんとしても、この男――( )はたけカカシから、その腰に紐で括り付けられた二つの鈴のどちらかを奪わなければならなかった。

 

 サバイバル演習――あの自己紹介の後、教官である()()()()()()に任務として言い渡されたそれは、自分たち下忍の三人が、上忍である()()()()()()から、制限時間内にその腰の二つの鈴の内どちらかを奪い取れ、というものだった。

 

 そしてこの演習、鈴を取れなかった者は失格、アカデミーに逆戻りだ。下忍三人に対して、鈴は二つ。つまり、必ず一人は落ちる。

 そもそも忍者学校(アカデミー)を卒業したての下忍が上忍から鈴を取ることが難しい。脱落率六十六パーセント以上の超難関試験(テスト)とカカシは語っていたが、それも無理はないだろう。

 

 ――だが、こんなところで立ち止まっている暇はない。

 

「里一番のエリート――うちは一族の力。それじゃあ、見せてもらうとするか……」

 

 愚直にも真っ正面から勝負を挑んだナルトは体術と見え見えの罠にあっさりとやられ、サクラも、カカシ曰く、幻術にやられてしまったそうだ。

 

「うちはを舐めるなよ……?」

 

 だが、その二人とは違う自負がある。自身には、これまで積み重ねてきた鍛錬と、背負う一族の誇りが、そして自分のせいで失われてしまったものを取り戻す覚悟がある。

 

 狙いは、腰に紐で括り付けられた鈴。

 

 相手は上忍。片手で本を読みながら、ナルトを征してみせたことからも、自身よりも地力は上だと予想できる。

 だからといって、何一つ通用しないというわけでもないだろう。やれることをやるまでだ。

 

 静寂の中、一陣の風が吹く。同時に手裏剣を取り出し、投げる。風を受けるが確かな軌道でターゲットへ向かっていく。

 

 カカシは横に大きく飛び退いて躱した。

 ついで、クナイをなげる。

 

「バカ正直に攻撃しても――( )

 

 目標は、カカシではない。投げたクナイで草むらに隠れた縄を切断し、事前に設置したトラップを発動させる。

 

 点ではなく面。手で投げるとは段違いの物量のクナイだ。事前に用意していたからこそできる。

 

 その攻撃も察知して、身を翻してカカシは躱す。

 僅かながらの隙が見えた。

 

 距離を詰め、跳び、カカシの左側頭部を狙い、左足での回し蹴り。この速度なら、回避では間に合わない。だが、当然のようにガードに阻まれ、届かず、足を掴まれる。

 そのままに身を捩り、さらに右手で殴りかかる。カカシの右手はこちらの左足を掴んだまま。カカシは左手で、正面から襲う拳を押さえる。

 

 敵は、右手で左からの蹴りを、左手で正面からの拳を掴んだ。必然的に、腕は交差された状態だった。

 体を捻る。ちょうど逆さま。体重はカカシに掴まれた左足、右手にかける。そうすれば、掴まれたままの左足、右手の間へと、真上から、右足の蹴りを繰り出せる。

 交差した腕を上に持ち上げることにより、カカシはその蹴りへと対応した。

 

 狙い通りだ。

 カカシが腕を持ち上げたことにより、掴まれた左足、右手に依存していた自身の位置も上に。つまり、空いた左手が、鈴に届く。

 

 ――触れた……ッ。

 

 鈴が鳴る。同時にカカシは掴んでいたこちらの足、手を放し、後ろへと距離を取る。ターゲットは掴み損ねる。

 

「危ない危ない。〝イチャイチャパラダイス〟を読む隙もないな……」

 

 鈴には僅かに触れただけだ。さすがは上忍か、完全に鈴を取られる前に離脱してみせられた。

 この後に及んで、戦闘中にも本を読む隙を探っているようだった。気に食わない。

 

「まだだ……ッ!」

 

 眼にチャクラを込める。次の手札を使うまでだ。

 

「まさか……! 『写輪眼』!?」

 

 こちらの『眼』を見て、はたけカカシは動揺を見せる。

 地面を蹴り、走り出す。狙いは鈴。ただそれだけ。

 

 開眼したのは、姉を救うと誓ったあのとき、病院でだった。兄に言われ、気が付き、そこから日々の鍛錬により制御する術を身につけた。

 

 『写輪眼』は、幻、体、忍術、全てを見透かす。血脈により引き継がれた〝血継限界〟、強力な術ゆえに、注意はそちらに向いてしまう。だからこそ、気がつかない。

 

「……フッ」

 

 手裏剣が、鈴を繋ぐ紐を切る。それは、背後の死角から襲った。

 一度放った手裏剣が、曲線を描きターゲットを何度も襲う。姉に習った手裏剣術は、まだ完璧ではないけれど、カーブさせ、今なら二度まで同じ敵を襲わせることができる。

 

「……コイツ!?」

 

 三歩の間合い。

 カカシの逡巡を、『写輪眼』は見逃さない。こちらを迎撃するか、重力で加速する鈴を掴んで離脱するかの二択を、強いられているのだろう。

 

 飛び込む。鈴に手を伸ばす。今度こそ、取れる。

 

 カカシが選んだのは、後者、鈴の回収だった。

 だが、鈴はこちらの手の中に収まる。こちらの方が早い。そう確信した一瞬後に、尋常ならざるスピードで紐が摘まれ、手の中に収まるはずの鈴が掻っ攫われる。

 

 脇腹に衝撃を感じる。蹴られた。

 その威力のままに吹き飛ばされ、地面を転がる。木にぶつかり、反射的に受け身をとり、蹴られた勢いは止まる。木にもたれかかった状態だった。立ち上がろうとするが、腹部からは尋常ではない痛みがひろがり、阻んでくる。

 

 ――あいつ……マジで蹴りやがった……ッ。

 

 なんとか、痛みを堪え立ち上がるが、当分はまともに動けそうではなかった。

 

「いやぁ……惜しかったねぇ……。確かにお前は、アイツらとは違うよ。それは認めてやる」

 

 ――だが、それまでだ……。

 

 チリンチリンと音を鳴らして、取り損なった鈴を見せつけながら、そうカカシは通告した。

 

「……フン」

 

 鈴から鳴る音は、軽快だった。そんなカカシに、こちらも、紐を摘んで、鈴を鳴らして応えてみせる。

 

「……なッ!?」

 

 カカシは鈴を括り付けていた自身の腰もとを確認する。ようやくそこに、鈴がないことを理解したようだった。

 

「これで、オレは合格だな……」

 

 帰ったら、兄に良い報告ができる。もし、姉がいれば、いつもより豪華な夕食を作って、誰よりもはしゃいでいただろうが、そんな姉はいなかった。それだけが、心残りだった。

 ともかく、また一歩だ。経験は自信になる。兄や姉の背中に、着実に近付けている実感が持てる。

 

「バカな……。いつの間に……!?」

 

「二つだ。あの手裏剣で、オレは二つとも鈴を落とした」

 

「……そんな、まさかッ!?」

 

「うちはを舐めるなと言っただろう? 幻術だ。『写輪眼』の幻術で、鈴が一つだけしか落ちてないと錯覚させただけだ」

 

 そうだ。あのときの『写輪眼』は、手裏剣から気をそらさせるためだけのものではなかった。

 『写輪眼』は、その洞察力に加え、視線の交錯だけで幻術に嵌めることができる。その点も警戒しなければならない。それは上忍ならば知っているはずの知識だった。

 

 だが、この、はたけカカシは、『写輪眼』が手裏剣を当てるための陽動だと切り捨てた上で行動したゆえ、引っかかった。

 もとより自身に幻術の才はあまりなく、単純で簡単な効果時間の短い幻術しか使うことができない。それでも、使い方次第だと教えてくれたのは兄だった。

 

「……大した奴だ」

 

「『写輪眼』を持つゆえに、『写輪眼』の基本対策を怠った。――アンタの負けだ……」

 

 はたけカカシの情報は、昨日、兄から聞いた。そして、その左眼に、『写輪眼』を移植していることも。

 今回の鈴取りでも、その『写輪眼』を使われたのなら手も足も出なかっただろう。

 

「なんだかな……。お前を見てると、お前の兄を思い出すよ」

 

「兄さんを知っているのか……?」

 

「知っているもなにも、お前の兄の実力は里中に知れ渡ってる。それに、暗部で一緒に任務をやったこともあった……確か、今のお前より、あいつが小さかった頃だったかな……?」

 

「く……っ」

 

 自身の今の年齢は十三。うちはイタチは、十三で上忍になった。

 少なくとも、はたけカカシの本気とやり合えるくらいの実力は持っていたはずだろう。

 少しは追いつけたと思っていたが、まだ遥かに遠い背中だった。

 

「なに、そう焦ることはないさ。あぁ……これからじっくり、強くなっていこうね……サ・ス・ケ君」

 

 どうすれば、兄に追いつけるのか。どうすれば、姉を救い出せるのか。

 とにかく、力が必要だった。忍としての実力を高めるには、基礎力を高めるだけでなく、実戦の経験を積む必要もある。

 

 一分一秒、時間が惜しかった。

 

「それはそうとだ。カカシ、これは返す」

 

 カカシから奪った鈴を、投げ渡す。もうこれは必要なかった。

 

「あらら……。いいのか……サスケ? 忍者学校(アカデミー)に逆戻りって、ことになるけど」

 

「いや、アンタは鈴を一つでもいいから奪えと言った。オレはもう奪ったからな……。鈴にこれ以上、用はない」

 

 制限時間終了まで持っていろ、とは言われていない。

 

 大して驚くでもなく、カカシは鈴を受け取ると、じっとこちらを見つめる。見定めるようなそんな眼だった。思わず息を飲んでしまう。

 

「…………」

 

「…………」

 

 しばらくの間、静寂と気まずい雰囲気が場を支配していた。

 

「ま、嫌いじゃないよ、そういうの……。それで、これからどうするわけ……?」

 

「あぁ……。アイツらの手伝いをしようかとも思ったんだがな……」

 

 これで、カカシの持つ鈴は二つ。もう自身は取ったわけだから、仲間割れの必要はない。協力しようとなんの問題もなかった。

 

「あれ? お前は、そういうタイプじゃないと思ったんだが……」

 

「か、勘違いをするな……! お前との戦闘は、いい修行になる! それだけだ……」

 

「ま、いいや。……それじゃ、今度は簡単に取れると思うなよ?」

 

「まて……! 話を最後まで聞け!!」

 

「じゃあな……」

 

 瞬身の術。常人には目で追いきれないスピードで、はたけカカシは消えてしまった。話をまだ終わらせるつもりはなかった。

 

 気力だけで立っていたが、限界が来た。

 まだ、カカシの野郎に蹴られた腹部が痛む。今のこの状態で、あの二人に加勢しても、足手まといにしかならない。そう伝えようとしたが、その前に、カカシは行ってしまった。

 

「……クソッ!」

 

 地面に大の字に寝転び、悪態をつく。いつか、この借りは返さなければならなかった。

 

 

 ***

 

 

「サスケ……くん?」

 

「サクラか……」

 

 ピンク色の髪に、目立つ赤い服を着た女だ。

 痛みと向き合いながら、地面に寝転んでいたら、見つけられた。

 一向に、痛みがひく様子はない。適切な手当てをしなければマズイかもしれないと思い始めた頃だった。

 

「だ、大丈夫……?」

 

「いや……。それより……鈴は取れたか?」

 

 その質問に、サクラは静かに首を振った。

 

「ううん……あんなの、できっこないよ。ねぇ、サスケくん。今回は諦めて、また次回ってことで……」

 

 サクラはなぜか諦めるように勧めてくる。周りを見て行動を決めるタイプなのかもしれない。

 その態度が癪に障った。

 

「オレは取った……」

 

「……え?」

 

「もう、オレは鈴を取った」

 

「…………」

 

 できないと思っていたのか、サクラは二の句も継げずに黙り込む。そしてその表情には焦りが表れ始める。

 

「安心しろ、鈴ならカカシに返したさ」

 

「え、それって……」

 

「これは、鈴を()()演習だ。二個しかないのは、仲間割れを狙った罠だ」

 

「……そうだったんだ!」

 

 気の抜けたようにサクラは座り込む。

 制限時間は着々と迫っているというのに、その気楽さには眉を顰めるものがあった。

 

「とにかく……下忍になりたいなら、ナルトと協力して鈴を取ることだ……。くっ……」

 

 喋るたびに痛みが広がる。汗が滲んでくる。耐えられない痛みでもないが、辛いことには違いない。

 

「えー……ナルトと協力って、あんなヤツと? それより……鈴を取ったサスケくんが協力してくれれば心強いなぁ……なんて……」

 

「無理だ」

 

「えっ……」

 

「二度、同じ手は通用しない。それに、オレが相手をすれば次はアイツも本気を出す。そうしたら、勝ち目はない」

 

 鈴を取れたのは、相手がこちらの実力を見誤っていたからだ。一度、鈴を取ったからには、うちはサスケの実力に対しての評価も上がっているだろう。こっちはケガもしている。

 無理に身体を動かしてどうにかなるような相手ではない。真っ先に潰されて、人質にされる可能性もあった。

 

 ――あぁ……。

 

 脳裏に嫌な光景が浮かんだ。あれから、()()()に苛まれ続けている。

 人質にだけは、なるわけにはいかない。

 

「で、でもさ……ナルトのやつ……嫌いよ。サスケくんに突っかかるばっかりでさ……ほら、両親がいないから、まともな育ちしてないのよ……いっつもワガママで。……あーあ、いいわね()()は、親に怒られる心配もないし」

 

「…………」

 

 思い出すのは、両親が死んだ日だった。安らぎを与えてくれる姉が泣き崩れて、幼かった自分は何もできず、尊敬する兄の帰りを待つだけだった時間の、先行きの見えないあの溺れそうな苦しさは、今でも思い出せる。

 

 そこからは、兄と姉が両親の代わりだった。本当の父と母のようで、二人の姿は憧れだった。

 そして今度は、自身の失態で、姉がいなくなった。力が必要だった。

 

「サスケくん?」

 

「なら、お前()()でやるんだ……」

 

「……えっと、急にどうしたの?」

 

 恐怖があった。奪われるのは、いつも、唐突だった。

 明日には、親しい者の全てが居なくなってしまうのではないか、と怯え、眠れない日もあった。

 一刻も早く、強くならなければならなかった。大切なものの全て守り、取り返せるくらい強く。

 

「サクラ。もう、お前の話は聞きたくない」

 

 人の醜い部分を見せつけられているようで、耐えがたかった。

 

「え? サスケくん……」

 

「お前、うざいよ」

 

 両親がいた。姉がいた。そして兄がいる。自分を守ってくれる存在のありがたみが理解できないほど、もう幼くはなかった。

 そんな繋がりを否定する彼女を、好きにはなれない。

 

 会話を打ち切ったが、サクラはオロオロと動かない。話すこともないというのに、期待するように、こちらにチラチラと視線を送ってくる。

 

 苛立ちが溜まる。

 完全に視界の外になるように、サクラから顔を背ける。

 数分した後、サクラが去って行く音が聞こえた。

 

「なんなんだ……あいつ」

 

 この状況でナルトと協力しない意味がわからなかった。自分の実力を試してみたい気持ちはわからないでもないが、それで一度ダメだったんだ。誰かが脱落する必要もない以上、協力するのが普通だろう。

 

 それを頑なに拒むということは、よほどに人嫌いで、仲間が増えることを嫌う性格なのかもしれない。

 

 もし、ナルトとサクラが二人で挑むのなら、協力してやらないこともなかった。蹴られた借りを返す必要もある。

 見つからないように、遠距離から手裏剣で援護するくらいのことならできなくもないだろう。

 

 サクラの行動は読めないが、もう一度、一人で挑むという無謀をするとも思えない。気はすすまないが、援護をしてやるしかないか。あくまでも、カカシへの報復のためだ。

 

 

 ***

 

 

 演習は結局、全員合格で終わった。

 あの後、カカシに捕まったナルトを救出し、最終的に三人でカカシに相対(あいたい)した。あれはチームワークを試す試験で、三人で挑む、それが合格条件だったゆえの結果だった。

 

()ぃ! にぃ! 起きれるのですか?」

 

「問題ない」

 

 演習が終わり、その後すぐに病院に行き、医療忍術による処置の後、自宅での数日の安静を言い渡され、次の朝だ。医療費はカカシが払った。

 

「むぅ、イズナが看病してあげるのです!」

 

「……大丈夫、なのか?」

 

「もう五才です。父上に言われて、ご飯を持ってきたのですよ?」

 

「そうか……。偉いな、イズナは……」

 

「えへへ……」

 

 この子は、あの惨劇の夜を生き延びた、自分たち兄弟以外の唯一の()()()だった。

 ()()()である以上、自分たちが一番近い親戚である。この家に引き取り、兄が父親となって今まで育ててきた。可愛い可愛い妹分だ。

 

 この口調は、〝()()()()()()()()として、ふさわしいしゃべり方をするのです!〟と言って憚らなかった結果、こうなった。なんでも〝です〟とつければ敬語になると思っているのだろう。そんなイズナが愛おしかった。

 

「それじゃあ、そこに置いてくれないか?」

 

「じーっ」

 

 お盆に載せて運んできた朝食から、彼女は手を離さない。ずっと、こちらを見つめている。

 

「どうした?」

 

「朝ごはん……食べないと、ダメなのですよ!」

 

「ああ、わかってるさ」

 

 昨日のことを言っているのだろう。カカシが、吐くから朝飯を抜いて来いと言い、それに従い朝食を抜こうとしたらイズナに見咎められてしまったのだ。

 イズナの前では意地でも規則正しい生活をしなければならない。結局は根負けをして、朝食は食べて行った。

 

 あの演出で鈴を取れたのも、朝食を抜かずにベストなパフォーマンスを発揮できたからに違いない。全てイズナのおかげだ。やはり、天才だ。

 

「あっ! イズナが食べさせてあげるのです!」

 

 いいことを思いついたとばかりに、目を輝かせてイズナはそう言う。

 ここまで言われてしまえば、仕方がない。イズナに食べさせてもらおう。

 

「わかった」

 

「じゃあ、あーん、なのです」

 

「あぁ……」

 

 完璧な箸の持ち方、扱い方で、ご飯をつまみ、口まで持って来てくれる。まさかここまでとは……さすがイズナだ。

 

 そのとき、チャイムが鳴った。来客を告げるチャイムだった。

 

「イズナが出るのです!」

 

「待て……」

 

 腕を掴み、止める。

 うちは一族とは血継限界を持つ一族。不用意にイズナを行かせるわけにはいかなかった。

 

「むぅ……」

 

「兄さんは?」

 

「父上は、お仕事なのです」

 

 もう出て行ってしまったのだろう。なら、自分が出るしかなかった。

 

「イズナ……ここにいるんだぞ?」

 

「うぅ……」

 

「すぐに戻ってくる。そんな顔、するな」

 

「はい、です」

 

 来客の心当たりはない。なにかのセールスか、イズナとの楽しい時間の邪魔をされ、少しばかり苛立ってしまう。

 

 なにはともあれ、イズナを寂しくさせないためにも早く済ませる必要がある。急いで玄関に向かった。

 

 昨日と比べると痛みはだいぶ軽くなり、玄関までの距離では苦もない。

 

「やぁ、サスケ。元気か?」

 

「カカシ……ィ」

 

 来客は、はたけカカシだった。

 その後ろには、ナルトとサクラの二人がいる。

 

「サスケェ……!? カカシ先生、任務って……確かサスケってば、ケガして……」

 

「そりゃ、ナルト。Dランク任務だよ。今日はここで子守をする」

 

「ええ……。子守……ぃ? サスケの……!?」

 

「…………」

 

 相変わらず、ナルトは騒がしかった。そして話を明後日の方向に持っていく才能があった。普通、弟が妹がいることを考えるだろう。

 

「えっと……サスケくん……」

 

 昨日のあの会話から、サクラとの距離は取りあぐねていた。サクラがなにを考えているか、よくわからない面が多々ある。

 

「お前ら……帰れ……」

 

 ドアを閉める。

 だが、カカシには敵わない。締め切る前に、足で防がれ、無理矢理にこじ開けられる。

 

「そうは行かないんだよ。こっちは、任務だからねぇ……」

 

「く……っ」

 

 大方、兄が任務としてイズナの子守を頼んだのだろう。

 ()()()一族は血継限界を持つゆえに、その存続を三代目火影は資金を出して支援している。イズナの子守の任務はタダで頼めるらしく、しばしば兄は利用していた。

 大抵は、兄の部下である警務部隊所属の忍が受けるのだが、今日は違うようだった。なにも、自分がいるときに、頼まなくてもいいのに。

 

「それじゃ、お邪魔するよ?」

 

「あのさ、あのさ! オレらってば、サスケの子守ぃ、すんの?」

 

「お前は黙ってろ!」

 

 ナルトのせいで、余計に話が拗れてしまう。

 カカシたちに私生活を覗かれたくはなかった。どうにか帰ってほしい。

 

「にぃ……。その人たち……だれ?」

 

「イズナ……!?」

 

 あまりに待たせすぎたのか、愛する姪が出てきてしまった。彼女のことを見せる前にカカシたちを帰したかっただけに、悔しさが胸に溢れる。

 

「やぁ、君が、イズナちゃんか……」

 

「不審者……です」

 

 怪しい男には絶対に近付くなと教えてある。黒いマスクで顔を隠した怪しさ満点の男を目にして、イズナは頼れる兄分の背中に隠れた。

 

「キャー、かわいい! え、もしかして……妹?」

 

「姪だ……」

 

 グイとイズナに迫るサクラの前に、近付かせまいと立ち塞がる。

 

 ナルトは、こちらとイズナを交互に見比べ、目を細めていた。

 

「うーん。サスケに似てる……? うーん、けど、サスケのよりは……可愛げ、ある……?」

 

「イズナは、女の子だからかわいいのです!」

 

 そうしてイズナがナルトに反応していた。この二人の会話を続けさせたら、大変なことになりそうな予感がする。

 

 それはそうと、三人の班員から、イズナを守ってやらなくちゃならない。

 

「カカシ……とにかく……その本をしまえ……。殺す……」

 

「あぁ、そうだな……」

 

 いつのまにか、懐から取り出した本を読んでいたのだ。

 十八歳未満は読めない、教育上、よくないものだった。万が一にも、イズナに触れさせるようなことがあってはならない。

 

「イチャイチャ……? 父上の部屋にもあったのです……」

 

「兄さん!?」

 

「おっと、同好の士がいたようだね……」

 

 兄のことだ。きっと、止むに止まれぬ事情があったのだろう。後で問いただす必要があった。

 

「とにかく、お前ら……イズナには近付くな」

 

 ――イズナはオレが守ってやらないとならない。

 

 これ以上、失ってたまるものか。そのための日々の鍛錬だった。

 

「まあ、まあ、そうピリピリしないで……。別に取って食おうってわけじゃないし……」

 

「なら……お前たちは、この任務の重要性をわかってるのか?」

 

「えぇ……。任務って……子守だろ? その子の。オレってば、もっと、パッと、活躍できるような任務がしたいってばよ!!」

 

 どうやらナルトはこの任務の重要度がわかっていないようだった。このウスラトンカチに、どれだけイズナが重要な存在か、教える必要があった。

 

「フン……わかってないな……。イズナには、()()()の血が流れている。うちは一族は、〝血継限界〟を持つ忍の一族だろう?」

 

「〝けっけーげんかい〟?」

 

 ナルトは首を傾げた。これくらいなら、忍者学校(アカデミー)で習った知識でもわかる。忘れたか、聞いていなかったのだろう。

 そんな反応に、サクラは呆れながらも口を挟む。

 

「ナルトのバカ……。そんなことも知らないの? 親から子に受け継がれる血統だけで、使えるかどうか決まる特別な忍術のことよ!」

 

「えー。じゃあさ、じゃあさ、もしオレの親が、それ、使える血ぃ、持ってなかったら……その術、オレってば、絶対に使えないってことぉ?」

 

「……そうだけど」

 

「ううん……なんかそれ、()()()()()ってばよ」

 

「……っ!? でも、それは……! 仕方がないことよ……」

 

 だれもが仕方がないと思いつつ、持たざる者は持つ者を羨み、その()()()()()という感情を心の奥に潜ませている。ナルトの指摘は存外に鋭かった。

 

「オレたち一族の〝血継限界〟は強力だ。他国に流出させるわけにはいかないからな……。それに兄さんは……ああ、イズナの父親は、この里の治安を預かる警務部隊のトップだ。イズナには、人質としても価値がある」

 

「イズナの父上は偉いのです!」

 

 それはイズナの小さな誇りなのだろう。そっと、イズナの頭を撫でる。

 

 兄は、本当にイズナのことを大切に思っている。イズナのことを、兄が絶対に見捨てられないことくらいわかる。だから、イズナになにかあるなんてことは、ないようにしないといけない。

 

「だから、本来なら、Bか、Aランクの任務が妥当だろう? カカシ」

 

「ま、たしかに一理あるが、ここは安全な里の中だ。それに、これは元暗部の()()()()で来たDランク任務だよ。わかるだろう?」

 

 Aランクや、Bランクの任務は報酬が高い。いちいち、イズナにそれだけの予算を割いてはられないのだろう。だが、誰にでも託せられる任務でもない。だから指名という手を火影は取っているのだろう。そう考えれば、いつもは、兄の部下の警務部隊の人間に指名されていたということで納得もいく。

 

「フン……じゃあ、なんで、コイツらが付いてきたんだ」

 

「そりゃ、一応、オレの部隊だしな……。ほら、遊び相手も必要だろう?」

 

「イズナは、にぃの看病で忙しいのですよ? 遊ぶ暇はないのです。勝手に遊んでるです」

 

 少しでも背伸びがしたいのだろう。カカシのセリフはイズナの気を悪くするものだった。

 

「あら、そりゃ悪かった」

 

「わかればいいのです!」

 

 気持ちのこもらない軽いカカシの謝罪を受けて、イズナはすぐに気を良くする。自分は偉いと、わかってもらえて嬉しいのだろう。

 

「なんかサスケに似て、感じ悪いってばよ……」

 

「ナルトのバカ! 黙りなさい」

 

「痛い!?」

 

 そうやって、ナルトのズレた発言を、サクラは殴って黙らせる。

 

「そんなことないわよ、サスケくん。とっても可愛い子だから」

 

 なぜかイズナではなく、こっちに向かって取り繕った。

 それを見たイズナは、少し怯え、兄分の陰に隠れる。

 

「ぼ、暴力はダメなのです。か、可哀想なのです」

 

 武力を行使するのは飽くまでも最終手段。もしそこまで行き着いたとしても、ルールを守り、正しく。それが兄の教えだった。

 強い者こそ、理不尽に暴力を振るうことなどあってはならない。そう言い聞かせられて、うちはイズナは育ってきた。

 

「……ナルトが悪いのよ……。サスケくんの家族に向かって、生意気な口をきくから……」

 

「イ、イズナは、イズナなのです!」

 

 イズナは、小さい体で自分を主張している。

 サクラは、イズナのことを見ていない。不敬を働かれたのはイズナなのに、イズナの意思は無視されていた。ずっと、こちらの、うちはサスケのことばかりを気にしているようだった。

 

 ナルトと話すときとは違い、距離が置かれ、まるで接待をされているかのような違和感が見え隠れする。

 

 

 ――恐れられている。

 

 

 そう表現するのがどんぴしゃな態度だった。

 

 警務に携わり、里一番のエリート一族である宿命だろう。ならば、どうするべきかは決まっていた。一度、決まったイメージを覆すには、一朝一夕では難しい。

 だから今は、微笑んで、イズナの頭を撫でることが最善だった。

 

「ああ……イズナはイズナだ。ちゃんとわかってるさ」

 

「にぃ……。大好き!」

 

 目に涙を浮かべて抱きついてくる。わかってくれる味方がいる、というのはいつでも心強いものだった。

 

 自分の姪や兄の娘としてではなく、イズナはイズナで、一人の人間として尊重する必要がある。

 それだけの話だ。

 

「なんか、サスケってば、いつものイメージと違うってばよ」

 

「むぅ……にぃは、いつものにぃです!」

 

 今度はナルトの発言が気に入らなかったのか、すかさずにイズナは噛み付く。

 その間も、イズナは、抱きついて離してくれなかった。

 

「にひひ……。サスケってば……家だといつもこうなのか?」

 

「うるさい、黙れ」

 

 見られたくはなかった。

 ナルトの性格ならば、これをネタにからかってくることは目に見えていた。だが、大切な家族と、それ以外の他人とで、対応が変わるのは当たり前だろう。

 

「このちびっ子の前じゃ、サスケちゃんも形無しねぇ……にひひ」

 

 こいつ……なぜ、そういう考え方しかできないのか。これだから嫌だったんだ。

 

「ま、いいけど……オレはその辺で見張ってるから、お前ら真面目にやっとけよ?」

 

 呆れたようにそう言うと、カカシは外に去って行った。

 それでもイズナを庇いながら、ナルトとサクラの二人を外に追いやることは難しいだろう。イズナの前で強硬手段を用いることなんてできない。腹をくくるしかないか。

 

 イズナはまだ純粋だ。ナルトやサクラに、非常識なことを教えられてはたまらない。

 特にナルトだ。アカデミーの教師相手に、女の裸に『変化の術』で化ける『おいろけの術』とかいうふざけた術を行った前科がある。要注意だ。

 サクラは……不用意な発言でイズナを傷つける可能性がある。こちらも注意を払わなくてはならなかった。

 

「あ……にぃ、ご飯冷めちゃう」

 

 そういえば、それなりに話し込んでしまった。

 これ以上は、ご飯を運んできてくれたイズナに悪い。

 

「そうだな……。ナルト、サクラ……お前たちは、客間で待ってろ。いいか? 大人しくしてるんだ」

 

「あ……サスケくん、ご飯中だったの?」

 

「イズナが食べさせてあげるところだったのです!」

 

「…………」

 

 自慢げなイズナだった。あれだけ頼まれてしまえば、誰だって断れないだろう。

 

「ぷぷ……サスケちゃん……」

 

「…………」

 

 不安げな表情でイズナが見つめてくる。

 なににおいても、まずイズナが最優先だ。忍たる者、優先順位を違えてはならない。

 気に障るナルトの発言も、イズナが居れば耐えられる。

 

「客間まで、案内する。付いて来い……」

 

 一瞬だが、底抜けに明るいナルトの表情に、暗い影が落ちたような気がした。

 

 

 ***

 

 

「これで、最後です」

 

 イズナから食べさせてもらったことにより、食事にはいつもより時間がかかった。

 そんな時間をナルトとサクラの二人が待ってくれるはずがないだろうことは予想できる。

 

「何か用か?」

 

 気配の消し方は二人揃って、まるで完璧ではない。イズナも勘付いていたくらいだ。

 

「いひひ……。ちょっち、サスケの様子を覗きに……」

 

「ご、ごめんなさい……。私は、お手洗いを借りたくて……」

 

 ナルトは正直に白状し、サクラはわかりやすい嘘をついた。

 大方、二人ともイズナに食べさせられている姿を、滑稽だと笑いに来たのだろう。

 

 主導はナルトで、サクラはナルトに便乗してか。

 ナルトは、何事も、バカ正直に真っ直ぐ突き進むタイプ。サクラは、自分からは行動を起こさず、他者にかこつけ、常に保身のための言い訳を用意しておくタイプの人間だ。

 

 第七班の最初の顔合わせの際、遅刻をしたカカシ相手に黒板消しのブービートラップを仕掛けたときもそうだった。

 ナルトが仕掛けて、サクラは口頭でのみナルトを咎めたが、サクラの場合、本当に乗り気じゃないのなら、殴ってナルトを止めただろう。

 

 ナルトが居る、ということは、心の中で、サクラもナルトに意見を同じくしているということだ。

 

「フン……トイレなら……」

 

「イズナが案内するのです!」

 

 いつになくイズナははしゃいでいた。

 うちは一族として、より優秀な忍の一族として、増長せず、他者への慈悲を忘れぬよう、一族の誇りとともに、強き者としての義務を、イズナは()()()()()()に教えられている。

 だからこそ、率先をし、イズナは親切な行いをするのだ。さすがイズナだ、器が違う。

 

 トタトタと走って部屋から出て、サクラよりも先にトイレに向かって行ってしまう。

 

「えっ、ちょっと、待って……」

 

「こっち、なのです!」

 

 そんなイズナに追い縋り、サクラもまた、この部屋から離れる。

 その様子を見届けて、自分も立ち上がった。

 

「サスケ……? どこ行くってばよ」

 

「…………」

 

 イズナが無事に案内を完遂できるか、見守る必要があった。こっそりと、部屋の外に顔を出す。

 トイレはすぐそこだった。トイレの戸の前で待つイズナに、サクラが追いつくところだった。

 

「サスケってば……」

 

「静かにしろ」

 

 見守る者の義務として、気付かれてはいけなかった。それは、安心して任せられないことの表れで、イズナのプライドを傷つけることに繋がってしまう。

 

 トイレに案内したところで、本来なら役割は終わりなのだが、トイレに入ったサクラを甲斐甲斐しく待つイズナがいた。

 大方、部屋の場所を忘れているかもしれないと念を入れているのだろう。

 

 数分した後、トイレから出て来たサクラを、また部屋まで案内する。今度は先に走ってはいかない。気を遣って、歩調をサクラに合わせている。

 そんなゆったりとした時間だった。はたと思い付いたようにサクラは、イズナに問いかけた。

 

「そういえばイズナちゃんのお母さんって……」

 

「任務なのです。なかなか帰って来ないのですよ」

 

「じゃあ、サスケくんのお母さん……だから、イズナちゃんのおばあちゃんは、この家に、いないの……?」

 

 こんな平日に、子ども二人だけで家にいることが、気になっていたのかもしれない。

 

「……? イズナのおばあちゃんもおじいちゃんも、とっくの昔に死んでるです」

 

「…………」

 

 イズナが生まれたときには、もういなかった。だから、イズナからしてみれば、とっくの昔と、そういう認識なのだろう。

 

「あ、そうですっ!」

 

 ふと、イズナが足を止める。何かを思い付いたようだった。サクラの裾を引っ張って、近くにあった部屋に入って行った。

 数年間、使われていない部屋だった。ずっとそのままで、兄が定期的に掃除をするくらいだった。

 

 中の様子を見るため、抜き足で移動する。

 

「あの写真、とって欲しいのです……」

 

 中では、イズナがサクラにそう催促していた。イズナの身長では、まだ届かない棚の上に飾ってある写真だった。

 あれは、確か……。

 

「えっと……これ?」

 

「はい、なのです」

 

 サクラの取った写真を、イズナは嬉しそうに受け取ると、頰を緩ませ愛おしげにそれを眺める。

 

「それは……?」

 

「みんなの写真なのです……! これが、にぃで……これが、父上で……これが、母上なのですよ?」

 

 確かこの家に引っ越す前に撮った写真だった。兄に、姉に、そして自分が写っている。

 一人ひとりを、イズナは嬉しそうにサクラに紹介していた。そのために、この部屋に来たのだろう。

 

「……あれ? アレってば、確か、サスケのねェちゃんなんじゃ……。兄妹って、結婚できないんじゃ……なかったっけ?」

 

 付いてきたナルトだった。空気を読んでか、声を潜ませて向こうには聞こえないようにそう尋ねてくる。写真を確認するためか、見づらそうに目を細めていた。

 

「姉さんと血は繋がってない。結婚相手の家に養子に入るのなんて、良くある話だ」

 

 家事も姉に任せっきりで、姉さんはそういう風に育てられたのだと今になれば良くわかる。

 

「言われてみれば……面影が……なくも……ない?」

 

「……っ!? ナルト……イズナは、兄さんと姉さんの……本当の子どもじゃない……」

 

「ん? ……でもさ……でもさ……サスケにソックリだし……それに、サスケのねェちゃんに似てるってことは、ほんとに、サスケの兄ちゃんと姉ちゃんの、子どもなんじゃないか……?」

 

 言われてみれば、確かにどことなく雰囲気、所作や表情に、姉を彷彿とさせるところがあるかもしれない。

 だがだ、もし、そうであるのであって、問題があった。

 

「年齢が合わない。姉さんが里を出て行ったのは四年前――( )イズナは今、五歳だ。それに姉さんが妊娠をしている素ぶりはなかった……」

 

 妊娠をしていれば、そのお腹の大きさから、普通わかる。だからこそ、それは有り得ない話だった。

 

「……えぇ。でも……なんか、納得いかないってばよ……」

 

「……同じ一族だ。顔くらい似る。この話はこれで終わりだ」

 

 そう言いながらも、そうであって良い可能性を、頭の中で探してしまう。いや……そうであって欲しい。イズナが、兄さんと姉さんの幸せの象徴ならば、それ以上のことはなかった。

 

 イズナの方に目を向ければ、サクラに自分の父と母を、存分に自慢していた。母のことなんて、人伝にしか聞いたことはないというのに、それでも精一杯に、自分の知る母をサクラに伝えていたのだ。そのときのイズナは、憧れを語るように、とても楽しそうだった。

 

「そうそう、それでですね……にぃは……」

 

「イズナ……」

 

「にぃ……!」

 

「サスケくん!?」

 

 遂に自分の番が来たから、ついつい遮ってしまった。

 こういう身内びいきな自分の評価を聞くというのは、どうにもむず痒い。

 

「あんまり遅いから、気になってな……」

 

 トテトテと走り寄って、イズナは腰に抱きついてくる。

 

「えへへ……にぃは、修行ばっかりで、あんまり相手してくれないのです!」

 

 照れるように笑いながら、イズナはサクラにそう言った。

 なんとなく、手をイズナの頭に乗せた。幼き日、兄は自分の相手をして、こんな気持ちだったのかもしれない。

 

「イズナ……すまない――( )

 

「――強くて、かっこいい、そんなにぃは大好きです!」

 

 そうして、イズナは強く抱きしめてくる。

 今のままでもいいのだと、擁護されているのだとわかった。だがどうしても、切なさが胸に滲む。

 

「サ、サスケくん……ごめんなさい……」

 

「…………」

 

 突然、謝り出したサクラに、イズナとナルトはポカンとした。相変わらず、良くわからない奴だった。

 

「私……サスケくんの両親のこと……よく知らなくて……あんなこと言っちゃった……。ごめんなさい……あんなこと言っちゃったら、嫌われて、当然――( )

 

「なんの話だ?」

 

「…………」

 

 サクラに謝られるようなことをされた覚えはなかった。

 代わりに、呆けているナルトの方に目を向ける。

 

「ナルトは残れ……。イズナ……行くぞ……」

 

「はいなのです」

 

「え……オレ……?」

 

 さっさと部屋から出て行った。それなりの防音の利く部屋だ。閉じてしまえば、サクラの泣く声も聞こえない。

 

 もう、自分が居る意味はなかった。

 

 そんな部屋の外で、イズナともう一度向き合う。しっかりと向き合う必要があった。唐突で意図がわからないのか、イズナは目をしばたいている。

 

「イズナ……母さんがいなくて……寂しくはないか?」

 

 姉さんが居ればと思う時は何度もあった。もっと、イズナに温もりを分け与える相手が欲しい。

 

「イズナは大丈夫なのですよ……?」

 

 強がるように、安心させるようにイズナはそう言う。兄に似て、姉に似て、イズナは本当に賢い子だった。

 

「必ず、にぃが、イズナの母さんを連れてくる……。約束だ」

 

「……本当……なのですか……?」

 

 ためらうように、イズナはそう。そんなイズナを、目一杯に抱きしめて、撫でる。

 

「本当だ……」

 

 ケジメ……あるいは過去の清算か……。なんとしても、奪ってしまった幸せを取り返す――( )それだけは、果たさなければならなかった。

 

 

 ***

 

 

「サスケはどうです?」

 

「ま、それなりってところかな……」

 

 家の玄関の前だった。サスケの担当上忍となった、はたけカカシは、〝イチャイチャパラダイス〟と表紙に書かれた十八歳未満は閲覧禁止の本を読みながら、そう答える。

 

「そうですか……」

 

「ああ、確かに忍としての実力はなかなかって、とこ。ま、仲間に頼らないで、一人でなんでもこなしちゃうってところは、お前譲りかな……」

 

「…………」

 

 自身に、人に頼らない悪癖があると、痛いほど思い知らされた過去がある。だからこそ、少しはマシにはなったと言える。

 サスケにも、そういう相手が居ればいいが。

 

「それに、うちはミズナのこともある。アイツはどうやら、復讐するつもりだよ……」

 

「復讐……ですか……」

 

 風がない中、ページをめくる音がよく響く。

 どうやら、サスケは上手くやっているようだった。一族は全て、うちはミズナが殺したことになっているからこそ、サスケの振る舞いはそう誤解を生む。上出来だろう。

 

「そういえば、この本、お前も持ってるんだってね……」

 

 まるで関係ない話だった。

 もしかしたら、暗くなった場を和ませる、そんな気遣いなのかもしれない。

 あの一族虐殺に関する話は、うちはイタチにとっても、気分が良いものではないと判断されたのだろう。

 

「いえ、アレはオレのじゃなくて……オレの……女……のものです……」

 

 通常の状態では、文字が読めないからと言い、彼女は本の読み聞かせをねだってくる時がある。

 今でも彼女は『写輪眼』がコントロールできずにいて、目を開けば『万華鏡写輪眼』だ。『万華鏡写輪眼』で消耗した瞳力は回復しない。本を読むたびに瞳力を消耗して、失明に近づいていては、割に合わない。

 

 彼女が読み聞かせをねだる本は、だいたいが育児書か、男女の色恋に関するものだった。

 

「なるほど……んじゃ、この本に書いてあるようなことを……?」

 

「…………」

 

 目をそらす。

 動揺し、わずかにボロが出てしまった。彼女のことは隠さなければならない事項だ。

 

「それにしても、()()うちはイタチにも、春が来たってことか……いや、これはめでたいね……」

 

 そう、茶化されている分には、問題がなかった。だが、早めにこの話は切り上げたい。

 

「イズナはどうでしたか……?」

 

 サスケが怪我で休んでいるからこそ、頼んだ任務だった。サスケが班員との付き合いを深めるため、そしてイズナにとっても、いつもの警務部隊の部下たちよりも歳の近い彼らとの交流は、良い刺激になると思ってだった。

 

「イズナちゃんか……。見たところ……あの歳で、手裏剣術やチャクラコントロールなら、ナルト以上だ。流石は、うちは一族ってところか……?」

 

「……修行を見てくださったんですか」

 

「ああ……いや……ナルトの奴が修行をつけてやるって息巻いてな……。サスケは、やめておけって言ったんだけど、結果、ナルトの奴、逆に教えられてたさ……」

 

「そうですか……」

 

 なんとなく、情景が目に浮かぶようだった。

 イズナの実力は目を見張るものがある。親バカかもしれないが、イズナを見ていたら、幼き日の自分たちよりも優秀なのではないかと思えてしまう。

 

「だからこそ、サスケの奴には気をつけなくちゃいけないかな……」

 

「…………」

 

「ま、なんだ……。お前にコンプレックスを感じてるみたいだったし、そこからさらに、あの子が追いかけてくるっていうんだ……。面倒なことにならないと良いんだがな……」

 

 もっともな指摘だったが、その心配は杞憂に終わると確信が持てた。

 

「大丈夫ですよ。なんてったって、サスケはオレたちの弟ですから……」

 

 つい、口をついて出たセリフだった。

 サスケはきっと、すぐに兄や姉の背を追い越していく。無条件に、無意識に、そうサスケのことは信頼しているのかもしれない。

 

 身内びいきで、少し恥ずかしいセリフだと思われたのか、それを聞いて、はたけカカシは気恥ずかしげに頭を掻いた。

 

「なんていうか……アレだな……。お前がそんな風に笑う奴だったとはね……」

 

 この人と会うときは、いつも暗部の任務だった。こういう家族の話も、したことはなかったか。それに昔は、心の余裕がまるでなかった。彼女の前でも、ちゃんと笑えていたかどうか。

 

 そんな感傷的な空気を切り裂くように、玄関の戸が豪快に開かれる音がする。

 

「父上ー!」

 

「イズナ!?」

 

 迷いなくこちらに抱きついてくる。どうしても、そんな姿が彼女と被って見えてしまう。

 

「えへへ……なのです。お帰りなのです」

 

「ああ……ただいま……」

 

「兄さん……!? ……お帰り……今日は早かったんだね」

 

 イズナを追いかけてか、玄関からサスケも顔を出した。

 

「まあな……。それよりサスケ……ケガの調子はどうだ」

 

「兄さん……心配しすぎだよ……。もうなんてことないさ」

 

 休むときは休めばいい。サスケは少し、強がるキライがある。それが悪いこととは思わないが、無理をしてほしくはなかった。

 

「なんか……いつものサスケと違って、調子狂うってばよ……」

 

「ナルト……! アンタ、そういう言い方、ないんじゃない?」

 

 続いて、うずまきナルトと、サスケと同じ班員だろうピンクの髪の少女が玄関から外に出てくる。

 

 それを見て、彼らの上司である、はたけカカシはニンマリと笑う。

 

「じゃ……ま、任務完了ってことて……。お前ら、解散!」

 

 そう言い残して、『瞬身の術』で姿を消す。部下を置いて、一人帰ったのだろう。

 

「じゃあ、私たちも……」

 

「夕飯、食べていかないか……?」

 

 帰ろうとする二人を、そうやって、呼び止めてしまった。

 少し、名残惜しそうにサスケとイズナを見るナルトが目に入ってのことだった。彼女だったら、きっと、こう言っただろう。

 

「いえ、お母さんが、ちゃんと帰ってご飯食べないとうるさいので……」

 

「じゃあ、オレってば、遠慮なく厄介になっちゃおっかな……?」

 

 予想通りに、ナルトは顔を明るくして食いついてくる。一人や二人増えたくらいなら、どうにでもなる。

 

「ナルトのバカ……社交辞令に決まってるでしょ……?」

 

「いや、そんなことは……」

 

「ほらナルト……挨拶」

 

「おじゃましましたってばよ……」

 

 そんなつもりはなかったのだが、ピンクの髪の少女に諌められて、ナルトは行ってしまった。引き止めようとも思ったが、上手い言葉が見つからない。彼女がいればと切に思った。

 ナルトのその後ろ姿はなんとなく、物悲しい。

 

「…………」

 

 イズナもなにか、感じているようだった。

 唾を飲んで、たまらずと言った様子で走りだす。

 

 その背中に、追いつくことはしないけれども、道の真ん中に立ち、彼女は叫んだ。

 

「いつでも、修行を見てあげるのです!! いつでも、待ってるのです!!」

 

 そんな、イズナの挑発的な物言いに、ナルトは立ち止まり、振り向く。

 

「次は負けねェってばよ!」

 

 二人の関係は、きっと微笑ましいものなのだろう。

 

「さよならなのです!」

 

 手を挙げて、その言葉に応えるナルトの後ろ姿に、寂しさはなかった。






 前回の投稿の後、沢山のお気に入りに、感想、評価、本当にありがとうございました。個人的には、過去最高の平均評価値に届いて、とてもとても感激でした。重ねてになりますが、本当にありがとうございました。

 やり切った感が強くて、もう完結にしてしまおうかと思ったんですけど、まだ続けていきたいと思います。

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