fate/stay night_Short long days   作:のんべんだらり

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気力が溜まったときに続きます。


■Equisetum arvense

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穂群原に『花咲かじいさん』がいる。そんな噂が流れたのは、3年ほど昔のことだ。

 

その《太陽の手》で育てられた植物は芸術のように麗しく咲き誇り、土壌さえも変わってしまう。植物にとってまさに神のような存在。

神出鬼没で、弱っている草花があればふらりと現れてさっと元気にさせてしまう。

だが、10年前の火事で公園となった焼け野原に未だ雑草の1つさえ生えない現実に、いつしか噂は迷信となり、『花咲かじいさん』はおとぎ話の中に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

「神城ー?いるかー?」

「……一成?」

 

聞き覚えのある友人の声に、神城顕悟は作業の手を止めた。

自由気ままに伸びた黒髪、その合間から覗く眠そうに垂れた半眼。極めつけは、吹けば飛ぶようなひょろりとした体型をした彼を、みなこう呼ぶ。穂群原の《土筆ん坊》、と。

 

「むっ、急に顔を出すものでないぞ。この辺はただでさえ、視界が悪いのだ」

 

顕悟の目の前に立っている制服を律儀に着こなす生徒会長――柳洞一成は黒縁の眼鏡を押し上げた。

その仕草に隠されている動揺を見つけ、顕悟は首からかけていたタオルで汗ばんだ額を拭った。

 

「というか、師走だというのにこの発育具合はいささか腑に落ちん。……生徒会で除草作業を提案するべきか?」

「既にコレ、委員会の仕事だから」

 

穂群原学園の裏手、それも弓道部道場の奥にある林は日中でも薄暗く割に雑草まみれになる。夏は虫の宝庫、冬は不気味な密林となるので寄り付く生徒はまずいない。

この一帯を活動地域としている美化委員であっても敬遠する場所だった。

 

「季節関係なく枯れるどころか増殖するしね。さすが、雑草。ど根性」

「……笑えんぞ。そもそも、神城ひとりでどうにかできる状態ではないだろう。他の者はどうした」

 

生徒会質に張ってある委員活動予定表に記帳されていたはずだ。

規制もなく集会も少ない美化委員は、部活や遊び盛りの生徒たちにとって人気のある委員会であったと一成は記憶している。

 

「みんな用事があるって欠席。白鳥センセも適当に切り上げていいってさ」

「美化活動する者の心としてなんと貧しいことか」

「毎度の通過儀礼だろ、目くじら立てなさんな」

 

倍率の高い激戦をくぐり抜いた勝者は、初日にして最後の委員会の顔合わせで草むしり活動(現実)を知る。そして回を重ねるにつれ、なにかと理由をつけて休む生徒が増えていき誰もいなくなる。だがそれも去年までの話。

 

「まぁ、それならそれでこちらとしては都合がよいが」

 

周囲を見回し警戒する一成を前に、顕悟は気が利かなくて悪いとばかりに手を打つ。

 

「一成、トイレなら右後方の茂みまで行って。この辺、トゲのある葉が多いから刺さるよ?」

「たわけッ!わざわざ排尿するために来たわけではないわ!」

「え?外でする方が気が楽って言ってなかったっけ」

「いつの話をしておるかッ!」

 

顕悟は一時期、一成の家で衣食住をともにしていた。

一成とはそのときより10年に渡る仲であり、お互いの恥ずかしい話は筒抜けである。

 

「冗談だよ。ご老樹のことでしょ?」

「……ここのところの冷え込みのせいか、根に霜が下りているようでな」

「例年より寒波が早いからね」

 

一成の実家でもある柳洞寺のある円蔵山。古いだけあってここに見劣りしない森林地帯だ。

その中で一番背の高い巨木は、一成の祖父の先代の頃からその地を守っている大老。

とはいえ、一度も花を実らせたことがないので、顕悟が調べるまで何の木かもわかならないまま放置されていた。

 

「藁って、まだ残ってる?」

「抜かりはない。既に手配し、寺務所に置いてある」

「なら湿気の心配はないか。あそこ隙間風すごいし。おっけー、ここ片付けたらそっち帰るから校門で待ってて」

「ふむ。よろしく頼む」

 

颯爽として帰っていった一成の後、顕悟がその場を離れたのは30分経った後のことである。

 

 

顧問に挨拶を終えた顕悟は、職員室を後にする。

せっかちな一成のことだ、痺れを切らして迎えに来るかとも思ったが、玄関口まで来て合点がいった。

落ち着きのない様子の一成の後姿とその隣にいる見覚えのある影に気づき、ゆっくりとした足取りで顕悟は近づく。

 

「あら?柳洞くんの待ち人って神代くんだったんですね。休日登校する物好きは衛宮くんくらいだと思ってましたが」

 

穂群原の制服の上に赤いコートを羽織った少女――遠坂凛。

容姿端麗、文武両道、才色兼備の三拍子が揃った優等生であり、学園人気トップに君臨する生徒。男女ともに憧れる者が多く、告白された回数は数知れず。

そんな彼女は、一成と顕悟の中学からの同級生だ。

 

「似たようなものだよ。恒例の草刈りだから」

 

あれか、とわずかに遠坂凛の顔が引きつったように見えたが、慣れたもので顕悟は笑い流した。凛の表情が崩れることに対してか、草刈りと聞いて返される反応に対してか。

はっきりしている事実として、さすがの学園一の優等生であっても忌避すべきイベントらしい。

確かに腰が痛いとか、肌が荒れるとか虫が気持ち悪いとか女生徒が不満を並べていた。気高く生きる彼女がそういった理由で作業を敬遠するとは思えないが、やはり――

 

「遠坂は女の子か」

「……どういう意味かしら、それ」

「どうもこうもそのままの意味だけど?」

 

ずいと一歩近づいてきた凛の心情など意に介さず、顕悟は首を傾げる。

遠坂凛の容姿は自他共に認める端麗さ。それが目と鼻の先にあるというのに土筆んぼうが顔色1つ変えないため、凛も距離感を計り違えていた。

この格好だけを見れば、鈍感な彼氏に詰め寄る彼女に見えなくもない。

 

「ええい!女狐め。色気づくなら他を当たれ。友人として、単純な神城を貴様の毒牙にかけるわけにはいかん」

「ぐえっ」

 

そんな2人の間を割いたのは今まで黙していた一成だった。

凛は息が触れあうほどまで近づいた不注意を恥じ、背後から襟首を引っ張られた顕悟は咽た。

 

「ほら、貴様も物好きの類いなのだろう?さっさと用件を済ましに行ったらどうだ」

 

しっしっ、と忌々しそうに一成は追い払う仕草を向けた。ここで悪霊退散と唱えないほどには、中学時代に比べて成長したといえる。

荒れていたときはその場で読経を始め、校内に持ち込んだ粗塩を容赦なく振りまいていたのだ。後の掃除をさせられていた顕悟が他でもない証人である。

元は生徒会長、副会長で全校を仕切っていたコンビの見る影もなかった。

 

「言われなくても行きます。私はそれほど暇ではありませんので」

 

挨拶代わりに赤いリボンで結ばれたツインテールを払い、凛は校内に向かっていく。その足取りに迷いはなく、瞬く間に小さくなる背中。見えなくなる頃には喉の調子も回復していた。

 

「なんとふてぶてしい態度……帰り次第、塩で清めねば!」

「……あんまり変わってないかな」

「なんの話だ?」

「ん、2人は仲がいいなって思っただけだよ」

「――――」

 

あまりのおぞましさに呼吸を忘れてしまった、と世の終わりを告げられたような顔をした一成の愚痴を聞きながら、校門を後にする。

顕悟は誰もいなくなった校舎玄関を一度だけ振り返った。

 

背中に感じていた視線はもうない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10年前。神城顕悟には何もなかった。

生まれた町も知らなければ、生みの親の顔さえ覚えていない。

あるとき山に捨てられていたという事実と、不確かな名前が刻まれた紙切れ一枚。それが自分だった。

 

学校帰りの一成の兄――零観が聞き逃していれば、寒さに凍えて散っていた産声。

 

そして生死を彷徨ったせいか、寺に引き取られたせいなのか。

気がついたら"みえる"ようになっていた。

 

始まりは墓参りに来た誰かが落とした、一本の百合の花だった。

茎が白く発光し、花びらが蛍火のように瞬いていた。思わず手を伸ばすと、こつ然と光は失われてしまった。

残されたのは茎を折られた白百合とそれを握り潰している少年。彼は"彼女"の生命を奪ってしまったのだと瞬時に悟る。

そしてそれが万物全てに流れている"根源"のエネルギーであることを。

 

その後、雨上がりの草花、枯れた古木、落ち葉、季節ごとに移り変わりゆく自然を観察するうちに、それがどのように成長していくのか、幼い顕悟は理解した。

ときにはなだらかに、ときには雄雄しく、個性豊かに流動的であるそれらは、環境を変え、物理的に手を加えることで微量ではあるがエネルギーを強くできることも学んだ。

 

そして、知った。命あるものには、終わりが存在していることを。

 

 

 

 

柳洞寺から頂上に向かって3キロほど登ったところに拓けた高台。

山桜や山つつじ、秋には色づく広葉樹が多い、小さい頃から顕悟のお気に入りの場所だ。

名残を惜しみつつ通り過ぎる。

そこから更に数百メートル奥に進んだ場所が目的地。背丈の不揃いの木々が枝を広げ、空を見上げている。

 

「これって……」

 

問題の樹木を前に顕悟は眉を顰めた。

不自然なエネルギーの減少。先月確認したときは幹を覆うほどあった光が、今や半分に縮小していた。

そればかりか、ところどころ黒い斑点がついている。まるで、なにかに噛み付かれたように。

 

「どうだ、神城」

「この分なら藁を敷けば問題ないよ。ただ――」

 

見た目には目立った変化は出ていない。一成が心配する凍結も、今から防寒処置をすれば充分間に合う。

ただ、顕悟が()()()()問題はそうはいかない。これは園芸の域を超えている。

 

「ちょっと元気がないから、明日詳しく調べたい」

「親父殿には伝えておくから好きなようにしてくれ。神城は樹木たちにとって医者みたいなものだからな」

「よせやい。照れるぜ」

 

擦った鼻を黒くしたとは気づかないまま顕悟一成が並べ始めた藁を紐で固定していく。

例年の仕事なのでお互い慣れたものだった。

日が暮れる前に作業を終え、余った材料を手分けして寺へと運ぶ。

 

道具類をしまい、寺務所から出てきたときには空に月が出ていた。外灯がない境内を美しく照らし、神聖さを醸し出している。

 

「あ、葛木先生だ。お帰りなさい」

 

そんな神秘とは程遠い長身の男が、山門をあがってきた。

百段以上はある階段を息1つ切らさず、登りきる葛木宗一郎。柳洞寺に住み込んでいる教師である。

硬派であると印象付けるかのような黒縁の四角い眼鏡。無表情で堅実、と顕悟は担任を評していた。

よもぎ色のスーツはたまたま手元にあった服がそれだったという理由だけで着ているようなチグハグ感。

まさかその下に鍛錬した肉体が隠されているとはほとんどの生徒は知らない。

 

「神城か。今日はご苦労だったな」

「好きでやってることですから。あと、明日は山に篭るので学校には行けないです」

「承知した。白鳥先生には私から伝えておこう」

 

手短な業務連絡を済ませ、三人で宿坊に当たる家屋の仕切りを潜る。

自室へと一旦引き上げる宗一郎と別れ、2人は居間に続く廊下を歩く。

 

「……日曜も登校する予定だったとは、衛宮と同種なり」

「ブラウニーと一緒にしないで。僕は委員会の仕事なんだから」

 

衛宮士郎。頼まれたことは断らない。生徒会の注文で備品の修理をボランティアしている偽用務員。

またの名を、穂群原のブラウニー。

一成に紹介されて何度か話したことはあるが、顕悟はあそこまでお人好しではないとむくれた。

 

「それでも好き好んで行っていることに差はあるまいて」

 

お互い同じことを思っているとは一成のみ知ることである。

幸い、襖を開けた瞬間に一成の母から熱烈歓迎を受けた顕悟には聞こえていなかった。

 

「もう、顕くんたら滅多に帰ってきてくれないから寂しいわー」

「――ふがっ」

「母上、それでは神城が喋れません」

「あらまぁ」

 

ようやく抱擁から解放された顕悟は、この隙にそそくさと用意されたご膳の前に着席した。次いで一成も。

正面には既に食前酒を開けている零観に挨拶がまだだったと居住まいを正す。

 

「こんばんは、零観さん」

「おう、元気そうでなによりだな」

「そちらも変わらずですね」

 

にかり、と歯を覗かせて笑う命の恩人。その横の酒瓶でわかるように豪放磊落な生臭坊主である。

 

「顕くん。今日は泊まっていくでしょ?」

「そりゃあ、三芳爺さんのとこで任されてるんだから無理だろう」

「零観はお黙り」

 

ぴしゃりと発言を封じられた零観は、やれやれといった表情でお猪口を煽った。

 

顕悟が自立を決意してからまず困ったのが、住居だった。当時中学生の身分で家賃と生活費を稼ぐのは不可能。

そんなときに零観から柔道の師の友人が放置してある物件があるがどうだと推薦があった。

その友人が屋敷の所有者である三芳鋼三郎だった。

高齢な自分に代わって管理をしてくれるならば、家賃はタダという破格の好条件。

悩む性格でもない顕悟はその場で決めてしまったのだが、これが後に波紋を呼んだ。

 

「あんたはいいわよね、そのあともなんだかんだと一成連れて遊びに行ってたんだから」

 

この手の話になると口を出す暇を与えられなかった柳洞夫婦は長男に対して実に冷ややかになるのだ。

 

「ハッハッハ。師匠の頼みは断れまい」

「そんなこという子には、お酒はやれん」

「なんと!ハッハッハッ!」

 

可愛さ余ってなんとやらだ。母親からの恨みがましい視線を豪快に笑い飛ばしていた零観の笑顔が強張る。

効果は抜群だ。

 

「……今宵は賑やかだな」

 

静かに席に着いた宗一郎を加え、柳洞家の食卓の夜は過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

宴が終わった夜は、物静かに。

月明かりに見守られ、顕悟はひとり家路につく。

 

見えてきた日本屋敷。三芳が所有し、顕悟の仮初の家だった。

木でできた大門の横にある小口扉を開ければ、塀に守られていた日本庭園が広がっている。

水池や、苔、桜や紅葉など季節別の区画に整えられた樹木。始めは荒れ地で似る影もなかった庭も、顕悟の自信作に仕上がっていた。

 

「ただいま、変わったことはなかったみたいだね」

 

ここまでに達するに2年を要した。

緑と触れ合うことを趣味とする顕悟にとって、それを苦労と表すことは不適切。

そして神城顕悟、堪忍袋は頑丈な方である。ちょっとやそっとでは解れもしない。

無賃で150坪はあろうかという敷地に住まわしてもらっているのだ、これ以上の贅沢はない。

 

――ただ、彼が唯一誤算だったと思うのは。

 

瑞々しさに溢れた庭を堪能し、屋敷の入ろうと顕悟は止まっていた足を進める。

玄関を通り過ぎ――ただの壁を手の甲でノックした。すると、くるりと現れた回転扉が閉まりきる前に隙間に身体を忍ばせる。

 

そして腰を落とし――頭があった位置を矢が射抜く――

前方右斜めの方角に前転跳び――半径一メートル四方の床が抜け落ち――

すぐさま体勢を整え――背後から迫る脅威に備え――

長い廊下の突き当りまで一目散に駆け抜ける――近づく地鳴りで距離を測り――

目前に迫る壁を蹴り上げ――風圧を首筋で感じる――

胸に重心を移し――鉄の塊が髪を掠り――

後方へ宙返り――壁に子供の背丈ほどの鉄球がめり込んだ――

この間、およそ5秒。

 

「さて、と。明日の準備をしないと」

 

そうして何事もなかったかのように顕悟は廊下を曲がる。一度発動すれば朝までは安全は確保される。

 

 

顕悟が未だに早まったかなと思う、ただ1つの問題。

 

それは――この屋敷が忍者屋敷だということだった。

 




柳洞一家の口調に悪戦苦闘。

『土筆』
向上心、意外、驚き、努力
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