fate/stay night_Short long days   作:のんべんだらり

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前話(インサート)を今月分にして、来月のストックにまわす心算が投降していたという。
あくまで目標……サボるなってことですかね。


■Paphiopedilum

 

1

 

()()を口に出して表現するには、死を乗り越える必要があった。

 

「バーサーカー……」

 

気圧されていた己を恥じながら赤い魔術師は、怪物の登場に歯切りした。

人体の極限まで隆起させた筋肉は、鋼鉄であろうと人形の如く容易く千切る(たくま)しさ。()にしてみればこの世の物質はなんと呆気なく、(もろ)いのかと不満を残すだけである。

圧迫する敗北感がじわじわと、凛の空気を乾燥させていく。

ソレは使い魔などと可愛らしいものでも、他のサーヴァントクラスより以前の問題――破綻は(ぎょ)せるものではないと、魔術回路が悲鳴を伝えてくる。視覚からの情報過多に脳が焼けるように熱をもった。

 

「こんばんは。私はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン――っていえばわかるよね」

「アインツベルンですって……?」

 

純粋な少女は怯える獲物に唇を吊り上げ、服の裾を摘んでいた。

体温を守るためだけの帽子とコートに包まれた白兎。その赤い瞳が、恍惚と夜に輝く。

――アインツベルン。冬木の聖杯をつくりあげた御三家の一つの令嬢。日本では小学生ほどの背格好でしかない少女の実力を、唯一凛だけが精確に見積もっていた。

だが、有能な魔術師など歯牙にもかけずイリヤスフィールの興味は一つ。

 

「ちゃんと喚びだせたんだね、お兄ちゃん」

「え……」

 

赤い眼光が狩猟者の如く衛宮士郎に向けられた。

養子になる前はともかく、一人っ子である士郎は寝耳に水な妹に逆らえず、勘違いを正すことはできなかった。

その狐に抓まれたような顔を見れば、喜び爛漫な少女の大人びた顔は不満に歪んだことであろうが、幸いにも士郎を隠すように彼の前方には壁が立っていた。

 

「……あれ、あなた……」

 

獲物を遮っている土筆に少女が気づく。

憂いが過ったように見えた赤い瞳に意識を向けた瞬間、

 

「――ッ」

 

――理性を血に、肉に、脊髄に代価させた存在に狂わされていた感覚が()ぜた。

幻想から現実に唐突に引き戻された肉体が忘れていた呼吸を再開させ、冷たい酸素が一気に肺を満たす。顕悟はたまらず咳き込んだ。

 

「……そっか、リンの仲間だったんだ」

 

名だけの知り合いの凛でもなくお兄ちゃんと慕われる士郎でもなく、顕悟を見てイリヤスフィールは嘲笑する。

 

「ま、関係ないか。どうせ、ここでみんな死んじゃうんだし」

 

殺し(あそび)方を選ぶ素振りで、兎は新しい玩具のに可愛らしく笑い声をあげる。

その隣でちっぽけな人間の恐怖を見下ろす怪奇に満ちた異形はただただ静かに、白い少女の命令を待つ。

それはまるで、小さなお姫様に忠義を尽くす不恰好な野獣。

 

「アーチャー、傷は――そう、なら本来の戦い方で援護して。私はキャスターと後方支援にまわるから」

 

流れるような呟きが耳朶を打ち、飛ばされていた意識が異国の囚われ姫から掴まれていたままの腕へと切り替わる。

 

「衛宮くんは――」

「セイバーと戦うって決めたんだ。残る」

「――ってわけで、神城くん。やっぱりさっきのなし。このまま衛宮くんの家に帰りなさい」

 

英語の授業でも聞いたことがない綺麗な流暢な優しさに焦りを押し隠し、繋がっていた体温が離れていく。

ここで戦力の差を明言したとしても無意味。怪物を形どっているどろりとした濃厚な魔力が視神経へ刻まれてしまっている顕悟は、凛や士郎以上に鮮明な一方的な暴力(みらい)を幻視する。

 

「挨拶は済んだ?なら――やっちゃえ、バーサーカー」

 

先手は狂い墜ちた英雄――。

剣と称するにはおこがましい棍棒(こんぼう)を振上げて、その下にいた剣兵を叩き割る。

 

「――セイバーッ!」

 

大柄な身体を盛り上げている筋肉は、腕力だけでなく速度も軽く光を超えていく。

だが、それよりも(はや)く――、主の声に応える光の剣聖が技術で迎え撃つ。得物がぶつかり合う火花も、金属のような耳障りな音も全てが、遅い。

最初から狙いに定められている自覚があった剣の使い手は、真っ向から赤く染まった戦闘狂と撃ち合う。全てが狂った男であってもやはり剣に惹かれる意地があるのか。

 

「■■■■■■■■■■!!」

 

叫びともつかない雑音が空気を切り裂き、拮抗していた剣兵を弾き飛ばした。

 

「――ッ」

「逃がさないで、バーサーカー!」

 

地面に跳ね飛ばされていく的を追ってそのまま、主人を肩に乗せたバーサーカーは巨体を駆動させる。

人間など最初から存在していないとばかりに、凛たちに背中を向けて。

 

「くっ、セイバーッ」

「あのバカ!行くわよ、キャスター!!」

「――ええ」

 

自身のサーヴァントの窮地に士郎が駆け出し、セイバーだけでは手に余ると直感で感じる2人も移動していく。

そして、ポツン、と土筆だけが罅割れたコンクリート道路に残された。

 

凛から提示された逡巡することもないわかりきった選択。逃げるのならば絶好の機会だった。

行動理由であったキャスターが無事に凛と契約した以上、戦闘によって散らす命は彼女達の自己責任となった。

サーヴァントの存在意義である聖杯戦争を止める気もなければ、戦うなと邪魔する気も顕悟にはない。できるなら彼女達には生き残ってほしいと願うが、それだけだ。

――なんてことはない。神城顕悟は人の生死に淡白すぎた。

そんな無情な感慨が動くとしたならば、やはりそれは薄情なめぐり合わせ。

 

「鍵、持ってきてないんだけどな……」

 

身も蓋もない日常の延長で、最後に残っていた顕悟もまた彼女らについて行き、

 

「――ッ」

 

――唐突に後悔することになった。

 

「ちょっと、なんでついて来てるのよッ!」

 

切羽詰ったような声に腕を引かれて、背ばかりの土筆は地面にしたたか腰を打ちつけた。

 

「帰れって言ったのに衛宮くんといい、なんだって独断行動する奴ばっかりなの!!」

 

墓地中央では死者の数だけある十字架を挟んで、聖剣と狂気が斬り合っていた。

理性を欠いた暴撃は遮蔽物があろうとなかろうと意に介さず弾き飛ばしていく。腕を振るう赤と金のオッドアイは敵以外見えていない。見る必要もない。

コンマ数秒に満たない斧剣の速度が劣る恩恵を受けているセイバーはともかく、周囲は溜まったものではない。

敷地の入り口付近で破壊物から身を守っている凛は文句を垂れる筆頭だ。

あのブラウニーでさえ、入り口から数十メートル離れた大きめの墓標に隠れるようにして剣戟に魅入っている。

つまり土筆のように棒立ちになっていれば、粉砕されている墓の破片という弾丸のいい的になる、という話である。

 

「……ごめ、ん」

 

怒り心頭の怒鳴り声に顕悟は、精一杯の謝罪をする。

鍵を忘れたため入れないから、という帰るに帰れなかった事情は、胃からせり上がってくる嘔吐感をやり過ごすために閉口せざるを得なかった。

 

「――神城くん、あなた……」

 

月明かりに照らされた顔は、凛の急接近でもってしても青白いまま。息も荒く、尋常でない発汗。

自らの状態が異常であることは土地に足を踏み入れたときから認識していた土筆であるが、なんとも情けない姿に笑うしかない。

 

「……すぐに治まるから。ここまで盛大な墓荒らしに驚いた、だけ……」

 

慣れれば治まる感覚的な症状とはいえ、マグマが噴射するように十字架という蓋を奪われた死人の恨みが吹荒れている戦場は二重の意味で苦痛を与える。

まだ壊れていない墓石に身体を預けぐったりとした土筆ん坊から凛はプイ、と顔を背けた。

 

「ま、いいわ。あの様子ならセイバーだけでなんとかなるでしょうし、ここにいる限り一応は安全よ」

 

凛の言葉通り、先陣では既にセイバーの優勢に変わっていた。

そして、決定打となる不可視の剣が、巨漢の首を刈り取り――

 

「――なっ」

 

驚愕は目撃者全てに等しく伝わった。

 

「アーチャー、援護!」

 

情勢の変化を見逃さずにいた魔術師から従順な弓へ。彼女自身も懐にしたためていた宝石をここぞとばかりに投げつけるが効果はない。

見向きもされない宝石魔術に交錯するように、どこからか放たれた流星が――首を落とされたバーサーカーの振上げられた右腕、その下敷きからセイバーを逃がす。

 

「――■■■■■■■■■■!!!」

 

ごろりと転がった頭と全く同じものが、咆哮した。

そればかりか、スピードも筋力も上昇したかのような鋭さが混乱の抜けきらないセイバーに襲い掛かる。

 

「っ――」

 

驚愕に染まる猶予さえ与えず防御もろとも剣兵を吹き飛ばした斧剣だがしかし、続く二撃目は出し抜けに止められた。戦術に割く理性などかなぐり捨てている戦闘狂が敵の駆逐を制止する理由は一つ。

 

「へぇ……バーサーカーの首を一つ取るなんて、セイバーってそこそこ戦えるんだね。せっかく頑張ったんだし、ご褒美にバーサーカーのこと教えてあげる」

 

付き従うマスターの命令のみ。

戦闘の渦中において、わざわざ手を休め、情報を敵に差し出すなど愚の骨頂。

だが、圧倒的な戦闘力の前に(ひざまず)く勝利を欠片も疑わない無防備な振る舞いは、巨体への絶大なる信頼があるからこそ成立する。

 

「私のバーサーカーはね、ヘラクレス。ギリシャの最強の英雄なんだよ」

「……ヘラクレスって、英霊の中でも最強に近い存在じゃない」

 

――ヘラクレス。

その能力はクラスに囚われることなく、バーサーカークラス特有の付加として理性と引き換えにステータスを超えた強化を施された大英雄。心技体に優れ、あらゆる武具を使いこなすその技量は、剣・槍・弓矢等、何を取っても百発百中の腕前を誇る。そして、その身は不死とされている。

 

「そんな化物、どうやって倒すのよ……」

「……英霊でも人として生きたのなら弱点はあるんじゃない?」

「首墜とされても平気な奴相手に?だいたい、それがわかったら苦労しないっての!」

 

うがーっとがなり立てる凛に優等生の優の字も見る影はない。土筆が学園の高嶺の花を求めるだけのクラスメートであれば、肝心なところで余裕を失う彼女の新たな一面に動揺しただろう。

しかしこの土筆ん坊、一筋縄では逆上せない。感情を波立たせることもなく、皮の剥がれ落ちた本性にも臆せず意見を述べる。

 

「復元したときに僅かだけど、()の循環が止まってた。たぶん、致命傷を与え続ければいつかは枯渇するんじゃないかな」

「連続攻撃……キャスター」

「――ええ。もっとも、筋肉ダルマの魔力耐久によって効果は変動するとは思いますが」

「構わないわ。こっちの魔力全部もっていって」

 

ここで出し惜しみしてはならないと囁く直感のままに赤い魔術師は啖呵を切った。

残量がスッカラカンになったところで死ぬわけじゃなし、寝れば回復する。問題ないと負けず嫌いの彼女は気前よく譲渡した。

 

「合図は任せましたよ、マスター」

 

すぅっと上空に雲のように浮かび上がった紫のローブが、闇夜に塗れる。

 

「そうと決まれば、ちっともこっちに気付きもしないあのバカを冷静にさせて作戦を伝えないとね」

 

膝に手をついた凛は齧りつく様にしてセイバーを一挙一動に魅入っている士郎との距離を目分する。直線距離にして10メートル、全力で駆けて2秒。だが、第二戦を繰り広げているバーサーカーとセイバーの余波を掻い潜って抜けるは危険地帯。

動きが鈍いセイバーを時折援護するアーチャーの射撃が地面を容赦なく抉り、先ほど以上に荒れ模様となっていた。

 

「……援護は期待できないか」

 

彼女の後ろにいるのは、魔術に専念しなければならないキャスターと何も出来ない土筆ん坊。

遠坂凛は魔術師だ。

魔術師には善も悪もない。ただその道にあるのは自分と他者のこぼす血だけなのだ。

 

「神城くんはここにいて」

「……遠坂?」

 

いくら同じクラスで授業を受けていようと凛は戦いの道に身を置き、顕悟は平凡に暮らしている一般人。巻き込まれた時点で怪しくなったが、まだ一線は越えてはいない。

人あらざるものと人らしくない人。凛と顕悟――2人を分かつ違いは、それだけ。

決定的な凛と顕悟の境界線であり、もともと別れていたものが明確に分かれるだけのなんの変化も必要としない距離だ。

だから、たとえ背中を向けた赤いコートの袖を掴んだ腕があったとしても、それを良しとしない男がいただけの話である。

 

「ちょっと――」

 

腕を支点にして、立っている者と座っていた者がすれ違う。地面に尻餅をついた少女は、半ば呆然と墓石を飛び越える背中を見送った。

 

 

 

 

 

2

 

 

――皮膚を抉るように、横殴りの瓦礫が掠っていく。

回避は最小限に前進力を殺ぐ障害だけを視野からカットする。脳裏にイメージする道筋は絶対不可侵。

飛来物を避けるのではなく、物が()()()()()()空間に己を忍ばせる。

考えるよりも早く、思いつくよりも速く、視るよりも疾く――。

 

「――ッ」

 

守られていた防壁から戦地に降りた土筆ん坊とて、闇雲に行動したわけではない。

彼は彼なりに、回避行動だけであるならば凛以上の能力をいかんなき発揮できると独自の計算の上で走者を代わった。

ほんの三日前まで毎日休むことなく積み重ねた空論。それは魔術師が聞けば鼻で笑う微々たる練磨による過信。

だが、既に彼は走り出している。正論から遠ざかり、軽率な飛び出しであろうと議論は役に立たない。今は、夢見がちな爺の趣味が人外の域に適応できるか否かが彼の命を握る。

 

酸素を求めて下がりそうになる顎を狙った右斜め下からの飛来物に、肘を突きたて身体を捻る。

全身の骨に響く痛みが肺に残っていた空気を根こそぎ奪い、呼吸だけでなく足首を掴んで離さない。

――ならば。

 

「――――ぐッ」

 

いっそ痛覚を捨てる。苦痛を味わう分の酸素は他に回せばいいと傾いたまま地面に両手をつく。

イカれた右ひじに体重が乗るよりも早く、片腕で側転を補助。真ん中から折られた十字の刑具を跳び越え――尖った杭がコート越しに腹を撫でる。

着地寸前の宙に浮いた身体に、休む暇など皆無と横殴りの投石が迫る。だが、土筆は避けられない襲撃に身を固めることもなければ気にも留めない。なぜなら――

 

「―――Vier Stil Erschiesung……!」

 

背後からの閃光が、その必要はないと背中を押しやる。

一斉に塵にかえてしまう魔力の塊。触れれば一溜まりもないソレらは、顕悟のいる軌道を把握しているかの如く正確無比。

なにやら必要以上の力が込められていたが、振り返ってはいけない気がした土筆は目標だけを見据えて頭から飛び込んだ。

 

「衛宮――!」

「ぐぼらっ!?」

 

そして、勢いよくタックルされたブラウニーともども転がった。

衝突した頭を押さえて悶えている士郎を待つ間に、顕悟もまた息を整える。

 

「な、なな、神城!?」

「……遠坂から伝言。キャスターが広域魔術を使うから遠坂の合図でセイバーを下げさせて、だって」

「お、おう」

 

仕事を果たし、伝令は満足げに笑いかける。達成感に浸り、仰向けに倒れている額のタンコブがなんとも格好がつかないが、血が上っていた士郎の頭を冷却するには充分だった。

 

「神城――悪い」

「いいよ、別に……キミはそのままでさ」

 

不自然に曲がっている左腕から士郎は気まずそうに視線を逸らした。今までセイバーの安否しか気にしていなかった己を恥じているのか、握られた拳は震えている。

だが、土筆は笑って許す。

一生懸命な眼差しは誰かを惹きつける。一つのことに夢中になれることが魅力の一つなのだ、と閉じた視界に見知った顔がいくつか浮かんでは消えていく。

 

「それより遠坂を見てないとタイミング逃がすよ?」

「いや、それが……さっきから、すごい目つきでこっち睨んでるんだが」

「……なんでだろね」

 

土筆のとばっちりを受けているとは知る由もない士郎は親の仇と言わんばかりの眼光に、取り戻した余裕を一気に消費する。

殺気立つ赤い悪魔の合図とセイバーの戦況確認の板ばさみで定まらない視点が――本来なら見過ごしていた伏兵に気付く。

 

「なッ、アイツ――」

「……どうかした?」

 

その外鎧(がいとう)は、正義の色に攻撃性を秘めた活力を(なび)かせていた。

士郎にとって憧れの形を表現したような一点の赤。よって彼は遠くに潜む弓兵に気付くことができた。

そして、衛宮士郎だからわかる。構えている複合長弓(ちょうきゅう)は、使い手の状態など関係なく射抜ける代物であり――弦を引き絞る矢は、異常であった。

()の造形は特殊かつ独特。中央が最も太く、両端にいくにつれてだんだん細くなる――空気抵抗を受けた際の震動率がよく、遠くまで威力を弱めにくく飛ぶ『麦粒(むぎつぶ)』に似て非なるその()は剣の如く甘美で――。

 

「まずい!!」

 

惚れ惚れするほどの矛先が、バーサーカーだけでなくこの場にいる全てに向けられているものだと士郎は知る。

そして機運にも、弓兵の嗤いとほぼ同じくしてキャスターの準備も整った。

凛はタイミングを計り、キャスターは魔術の行使に集中し、セイバーはギリギリまで標的を食い止め、皆がそれぞれの役割に徹していた。それほどまでに、この一手に重きを置いていた。

 

「衛宮――ッ!?」

 

故にセイバーに向かって飛び出す士郎に気付いたのは傍にいた顕悟のみ。だが、彼は動けない。

両足の腱は傷つき立ち上がることもままならず、かろうじて無事な左腕は緩慢でせいぜい身体の向きを変えるくらい。

 

「――――――ぐッ」

 

即ち、届かないとわかっていながら咄嗟に伸ばされた腕が空を切るのは想定内であり、反動で物陰から上半身が転がり出たとしても不思議ではない。

捨てたはずの痛みを拾い直した右半身を地面に伏せたままの格好で、顕悟はサーヴァントに抱き着く士郎を目撃した。

――刹那。

 

小さな魔女が、大地をひっくり返さんと暴力的なまでの魔力の塊をスコールのように降らせ――

幽かな殺意を孕んだ弓矢が一帯を穿つために放たれ――

狂気に染まった英雄が迎え撃つために斧剣を掲げ――

それぞれの思惑が全て集約した。

 

一瞬にして、永遠。

体感速度に翻弄されるままに余波を受け、覆いつくせない輝きに――顕悟の世界が半分暗転した。

 

「――――――――――!!」

 

残響に掻き消された悲鳴は己の耳にさえ届かず。

無様に顔を泥で汚している男に残ったのは、赤い世界。

赤い赤い赤い赤。どくどくどくどく、と動悸と共に指の間から生温かい液体が吹き零れ、反射的に押さえつけていた手のひらに柔らかい弾力が落ちてきた。真っ赤な液体に溺れるようにして、ごろり、と生温かい球体が顕悟を見上げていた。

 

「――――ッ」

 

誰かが、叫んでいた。

誰かが、嗤っていた。

 

生理的な衝動に任せるままに、四肢を丸めて嘔吐(えず)く。

泥だけでなく吐しゃ物にもまみれ顔は色を失い、触覚だけが鋭くなっていく。

 

「……うぁ……ぅ」

 

悲鳴のような嗚咽を垂れ流すままに這い(つくば)り、握り締めている己の眼球を無意識に潰さずにすんだのは薄倖か。

 

「――神城くん!?」

「……とお、さ……か……?」

 

赤黒く染まった世界に、不安げな少女の声が鳴り響く。

色々なものでベタつく顔を見せるのは忍びないというトンチンカンな意地は、汚れを拭おうとしたところで掴まれた。

 

「やめておきなさい。雑菌が入るわ」

 

引き絞るようなくぐもった声が、倒れたままであった土筆の頭の横にしゃがみこむ。

 

「視神経の復元なんてこれまた難易度が高い……一日で二度なんて今すぐ学費全額免除されたってお釣りがくるわね」

 

がさごそと衣擦れの後、出てきたのは舌打ちだった。

 

「……こんなことならもっと貯蔵品持ってくるんだった」

 

閉じた瞼の上から撫でるように凛は触れる。

泣きそうな少女が呟く。

 

「……ごめんね」

 

――謝罪の意味を問う間もなく、彼の脳は活動を停止した。

 

 

 

 

 

3

 

 

キャスターが乱入者に気付いたのは、全ての魔力を注いだ後のことだった。

 

紫の雨を掻い潜って愚鈍な人間ではなく、大地を割る宝具級の発動。

それは、人を殺すための一射だった。

負傷した状態で威力の劣る進撃が真に鋼の肉体に通用するはずもない。――つまり、狙撃手にとって本命はバーサーカーではなかったとキャスターは意図を弾きだす。

考えようによっては、潔癖のきらいがある主を裏切るような行為。

故に、剣錆(さび)になった傷を抱えながらも一矢報いた彼に称賛を送るべきか否か魔女は迷った。

 

「――驚いた。あなたのアーチャーやるじゃない、リン」

 

だが、バーサーカーのマスターは素直に感服するに至っていた。

蒸気を全身から噴出させているバーサーカーも同意するように、唸り声を上げる。

 

「セイバーはいらないけど、あなたのアーチャーには興味が湧いたわ。……だから、今日のところは見逃してあげる」

「あら、怖気づいたの?」

「ふふふ、殺すなら万全状態じゃなきゃ意味ないじゃない。欲張りすぎるとすぐに負けちゃうよ、リン?」

 

サーヴァントを二体保持する魔力不足を暗に示すイリアスフィールは、意味深にブーツを鳴らした。

当初の執着が既に失われている視線が瓦礫の一山に向けられたかと思えば、

 

「――また遊んでね、お兄ちゃん」

 

上品な一礼と共に、白い少女と怪物は去っていく。

残されたのは荒れ果てた墓地と、肉が焼けた異臭。結局、凛の注文通りスッカンピンになってまで放った攻撃は、層になった筋肉をミディアムにしただけだった。

 

「(……これだから、筋肉ダルマは嫌だわ)」

 

鼻に皺を寄せてキャスターは吐き捨てる。

……まったくもって(こじ)れた戦争になったものであるが、そもそも抉れていなければ戦争など起きはしない。

人が存在する限り歴史に波乱がついてまわるのは常。散々、闇に染まってきた魔女にとってはさして変わり映えもない風景で興ざめる。

 

さておき、今は忌々しい過去や去ったばかりの危機を蒸し返すよりも、安否の確認が求められる時である。

逸早く殺意に気付いた赤茶の半人前は、サーヴァントを庇って背中に破片を生やしていた。キャスターの位置から窺うに、脊髄を損傷する深さだ。だが悠長に会話ができる様子からも大事はない。

治癒に関してセイバーの恩恵があるのだろうと洞察する。

 

「(あちらは……放っておきましょう)」

 

そもそも痴話げんかに関わりたくはない。セイバーに容赦なく引き抜かれた元気な悲鳴がキャスターの見立てを証明している。

優先すべき赤を探して視線を彷徨わせ、

 

「――キャスター、ちょっと来て」

「どうしました?」

 

マスターに示されるままに降り立ったローブが鮮血に触れる。

瓦礫の影に投げ出されている肢体。その顔面は鮮血が皮膚に張り付き、血の仮面を被っているよう。抜け落ちた眼部だけが不自然に凹んでいる。

 

「――これは、一体……」

「……わからないわ。見つけたときにはもう……神経損傷を止めるために仮死状態にしたまではいいんだけど」

 

真っ赤な手から取り上げた隻眼。

材料は揃っていて手を拱いている理由は想像がついた。

 

「残念だけど、私の残っている魔力では手が出せません」

「そうよね、こっちが空っぽなんだし。……手持ちの宝石は使い切っちゃったし、あーもう、なんだって今日に限ってこんなに出費がかさむわけ!?」

「宝石……?」

 

ふと、キャスターは虚ろな土筆のコートを漁る。ところどころ破けていたり解れているものの、穴は空いてはいなかったポケットには確かな手ごたえがあった。

手のひらサイズの見覚えのある包装紙の封をキャスターは戸惑うことなく切る。

転がり出てきたのは翠珠――エメラルド。

 

「マスター、これを」

「そんな大した魔力もない小粒――って、待った」

 

有するコレクションに比べて見劣りはするが、魔力に申し分はない。

外界魔力(マナ)内界魔力(オド)に変換させる魔術を凛はもたないが、隣にいるのは神代の魔術師。それ以前に――

 

「なにこれ、自然霊がここまで形成してるなんて信じられない!」

 

魔力を通そうと思うだけで形を変える純粋性を保っていた。

途端に眼の色を変えた凛に小さな魔女は俯いた。

昼間の嬉しそうな土筆の顔が、どうしてか正直に伝えることを咎めさせる。

 

「治療を優先させましょう。右腕と足の治療は一先ず後回しに」

「……いいわ。この件についても後で聞かせてもらうわよ」

 

補助にまわるキャスターは弛緩した目蓋を押し上げ、ぽっかりと空いた穴に眼球を嵌め込んだ。

差し出された宝石を握りしめ、赤い魔術師が仮死体の目元にあてる。

 

「……ふぅ。我ながら上出来ね」

 

しばらく視力は衰えたままで不自由でしょうけど、と意識のない怪我人にかけた仮死を解く。

包帯の代用としてハンカチを広げ交互に破き、細長い布きれを巻きつけるキャスターの横で、勤労者は凝った首を鳴らす。

 

「さっさと帰って、全身の疲れをきれいさっぱり洗い流したい……」

「そうね。あちらも一段落したようですから」

 

傷がほぼ癒えた士郎を背負ったセイバーがこちらに向かっていた。

それを確認した今宵の引率者は、一つ増えた荷物を担ぐ人手を呼びつけるのであった。

 

 




常葉蘭(トキハラン)
優雅な装い、変わりやすい愛情、気まぐれ



【サーヴァント陣】
近距離
セイバー、契約が正常のため、原作より若干パワーアップ。
中-遠距離
アーチャー、負傷により、低ステータス。
キャスター、魔術によるバックアップ。魔力が充分ではないため、力は半分以下。
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