fate/stay night_Short long days   作:のんべんだらり

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できるときにできるところまで、という結論に至りました……。


■Magnolia quinquepeta

1

 

長い夜が明けた二月三日。

せっかくの日曜にも雲は多く、どことなく湿った南寄りの風が吹いている。生乾きの洗濯物と戦う主婦たちを憂鬱にさせる天候だった。

だが、天気など衛宮家の庭の隅で背を丸めている土筆には無縁。

 

ただ平常と違うとすれば、鼻歌を歌う彼の右目を塞いでいる包帯だ。花に現を抜かす朴念仁でも昨晩の記憶までは忘れてはいない。その上で、意識を失った己に出せる答えはないと、起きたときから暗く閉ざされていた片目について深く考えることを放棄していた。

ここのところ刺激的な日々に変な耐性がついていた。否、それに限らず、億劫な思考を棚上げしてこそ土筆ん坊である。

幸いにして変化した平衡感覚は、(くわ)が空ぶること幾たび、近くに放置されていたママチャリを犠牲にすることで――彼の名誉のために述べるならば壊す前に壊れていた――ようやく慣れてきた。

 

「……ふぅ」

 

額から流れる汗を軍手を嵌めた手が拭い取る。

かねてより、休日は丸一日かけて衛宮家の庭弄りをすると決めていた土筆ん坊の顔は言うまでもなく、満ち足りていた。土の性質を掌握した庭師に敵うものはいない。

 

「抉れていた穴も埋めたし、土壌は良好」

 

これで三芳に劣らない敷地の広さにも関わらず雲泥の差がある緑の量に、痛めていた胸の閊えが取れたと庭師は誇らしげに頷く。

植物はキャスターの沐浴しかり、心の保養の必需品。そう豪語するだけあってただの平凡な庭は日本庭園となり秩序が生まれていた。――やりたい放題である。

赤い魔術師は家の中の修繕はしたが、庭は放置していた。それに対して家主は叶わぬ恨み言を溢していたが、顕悟してみれば感謝御礼である。ガラスの破片が混じる心配もなく、土に触れるのだから。

 

「あとは、松の剪定と砂利を敷き詰めてあげればいいかな」

 

塀と平屋に映えている針葉樹に、次の標的を定められた。

そのままハシゴを取りに土蔵へ向かいかけた足に、見学していたため息が我慢の限界とばかりに大きく零れた。

 

「……ほんと、いつも通りね」

「あ、キャスター」

 

嬉々として背中を伸ばした土筆を縁側から薄青の少女が半眼で眺めていた。

三芳邸ではほぼ毎日目にしていた光景ゆえに、光に反射してマナが輝いてみえる幻視は黙殺する。

 

「もうお昼よ。作業に没頭するのもいいけど、食事してからにしてはどう?」

「あれ、衛宮起きたの?」

「いいえ。彼はしばらく起きられないでしょうね」

 

顕悟が起きたときは隣の部屋から物音はなく、僅かに開いていた襖から金髪が見え、空気を読んでそのまま過ぎた今朝方。

衛宮が寝坊なんて珍しい、と昨晩の半人前の状態を知る前に意識を飛ばした土筆は小さく首を傾げた。

 

「え、もしかして、お昼ってキャスターが作ったの?」

 

土筆と同じ時間帯には起きる主夫の欠勤。即ちそれは、料理人の不在である。

純粋に驚く言外に余計な気配を感じ取った小さな少女は、眉を寄せる。

 

「安心しなさい、マスターよ」

 

大人の姿ならともかく10歳児の背丈では料理も一苦労だわ、とすぐさま添削して返された。その薄ピンクの唇が尖っているように視えるのは気のせいか。

 

「……遠坂?」

「彼女は昨夜泊まったのよ。意識のない貴方たちを放り出すわけにもいかなかったようよ?」

 

てっきり運ぶだけ運んで帰宅するかと思い気や、顕悟ならずセイバーのマスターまで世話を焼くとは。ブツブツともう1人の従者に文句を言われながらも、ベッドを陣取った赤い魔術師の照れ隠しは同性としてキャスターは秘密にしておく。

 

「……というより、ここを通ったと思うんだけど、気付かなかったのかしら?」

「全然」

 

時間を忘れるくらいの顕悟が気付くはずもない。

朝限定のとある諸事情がある凛も凛で、学校で見かける姿となんら変わり映えのない土筆を自然とスルーしていた。

どっこいどっこいの間抜けさにキャスターは痛む頭を抑えた。様になるポーズではあるが、姿は子供のままではいまいち苦労が煤けている。

 

「私はこのままセイバーを呼びに行ってきますから、マスターを怒らせないためにもあなたはまず清めて来なさいな」

「わかった」

 

スニーカーを脱ぎ、開けられていたガラス戸から廊下にあがる。

靴を打ち合い、底に付いた土を落とす危なげのない仕草を、キャスターは顎に手を置き凝視する。

 

「……どうしたの、キャスター?あ、この眼?」

「ずいぶん楽しそうね」

「だってこういうハンディ、三芳でトラップにかかったとき以来だからなんか懐かしくて」

 

両目を隠されて生活していた過去がある彼の逞しさを嘆くべきか、ある意味生活する上で危険な仕掛けがあった三芳邸を打ち上げた己を褒めるべきか――。

キャスターが真剣に悩むほどに、顕悟は隻眼に馴染んでいた。

もっと一夜にして溶け墜ちた眼球が復活した衝撃とか、感動とかそういう諸々はないのだろうか――……そう冷淡に振舞う彼女が行った治癒魔術に慣れたためだという苦言は控えることにする。

 

「せいぜい、マスターに礼を忘れないことね」

 

とうとう、キャスターも説明責任を主治医に丸々投げた。

 

「うん、ありがとう」

「……私は貴方のマスターになったつもりはなくてよ?」

 

それはそうだ、とニコニコとした形の崩れない笑みを前に、露骨に嫌そうな顔をしたキャスターは身構えてしまう。

 

「もちろん遠坂には直接言うよ。けど、キャスターも心配してくれたでしょ。だからありがとう」

 

臆面もなく放たれる素の言葉は、いくら防ごうと凍らせたところで確実に蝕んでいく。

だからこそ、魔女は優れた耳を塞ぐ。

 

「……悠長にしていてマスターだけでなくセイバーに叱られても知りませんよ」

 

靴下に泥が入っていないか足の裏を確認しはじめた顕悟を尻目に、薄青の魔女は早々に和室へ向かった。

 

 

 

 

はてさて、キャスターの忠告のままに洗面台にそのまま直行した土筆ん坊であるが。

 

「あ」

 

そんな間抜けな声を合図に捻った蛇口から勢いよく、水が弾かれる。

飛び散った雫は服だけにとどまらず、鏡にも跳ね、眉を下げた包帯男の鏡像を映していた。

 

「……水つけたくらいじゃ、落ちないか」

 

(おお)われた顔の半分についた擦りむいたような茶色の傷跡を撫でる。

土を起こしているときに付着したのだろう。湿った土が包帯の清潔感を損なわせている。

綺麗に巻かれていたそれを解きながら、

 

「キャスターも教えてくれればよかったのに」

 

土筆は注視されていた勘違いを上塗りした。

起床時に走った痛みは今まで触れずに庭に出ていたせいか収まっている。とはいえ、勝手に包帯を取ったら凛しかりキャスターしかり、女性陣が怒りそうな予感がする。

 

「……巻き直すのも不衛生だし」

 

もういっそ回復していればいらないのでは、と開眼に再び挑戦した土筆の左右の()()が細められた。

 

「……あれ?」

 

鈍い翠色に光ったように見えた目との距離を縮めるように、身を寄せた。

あっかんべー状態の左右逆転した男たちが見詰め合う。そこには白目を充血させた、日本人らしいブラウンがかった瞳があるのみだ。

 

「見間違い、かな」

 

瞼を解放し、乾き始めていた目に潤いを戻す。

瞬きを繰り返すも本来のこげ茶色は痛みもなく、先日キャスターの仕立てで購入したセーターとジーンズとカジュアルな格好に着替える。動作に支障はなかった。

 

「……うん、やっぱり光の加減のせいだったんだ」

 

そうして、真新しいごわつきに揉まれながら廊下を歩いていると、玄関にある電話が鳴った。

逡巡することなく、古いタイプの受話器に手を伸ばした土筆は名乗り、

 

「はい、神城で――」

『おぉ!顕悟朗、ついに我が家の秘密に辿りついたのぅ!わしは嬉しいぞ!』

 

開口一番の呼び名違いに、名乗らずとも相手はすぐに判明した。妻に先立たれ、世界を放浪している三芳鋼三郎その人である。

そもそも、電話帳に掲載されている番号の横には「衛宮」とあるはずなのだが、一度も彼らの会話には挟まれることはない。もはや土筆と道楽爺にかかれば家主の預かり知らぬところで公衆電話と化していた。

 

「よく僕がいるってわかったね。お寺から聞いたの?」

『いんや。適当に数字を押しただけじゃ――なんての、衛星をはっきんぐしただけじゃがの』

 

鋼三郎の連絡先は不定期で変わるため、こちらから連絡のつけようがなかった。

事情も知らずに野生の勘で居場所を探り当てる三芳鋼三郎はやはり、土筆を育てた忍者屋敷の設計者である。そう、ハッキングなんて言葉は存在しなかった。

 

『家のことは心配いらんぞ!衛星を追ってみたが、大気圏に突入する寸前でバラけたわい』

 

丁度、鋼三郎が入国していたアラスカ上空にその破片が降り注いだらしく、ニュースにもなったそうだ。国際問題になりかねない裏事情を処理して、ようやく身柄を解放されたとスリリングな体験を誇らしげに報告された。

 

「でもまぁ、三芳じぃが元気そうで良かった」

『元気なもんかい!ロケットの形状改革会議に参加させられて、図面と向き合う日々なんてわしぁもう飽き飽きじゃ。もちっと老体を労ってもらわんと』

 

老体とは思えない内容の愚痴に顕悟が付き合うことしばらく。

電話口から英語に似た響きの外国語が聞こえたかと思うと、三巡回目に突入した洞窟探検の土産話がピタリととまる。

 

『――むぅ、もう見つかってしもうたか。そういうわけじゃ、金はわしがなんとかしてやるぞ顕悟朗!』

 

心強いエールを最後に、思わぬ要人との国際通話がぶつ切れた。

土筆は何事もなかったように受話器を静かに置き、電話機さえも何も聞いておりませんとばかりに澄ました沈黙を守った。

腹の虫が鳴き始めた腹ペコ王による催促が飛んだのは、その直後のことであった。

 

 

 

 

2

 

女性三名と昼食を終えた午後。

家主はダウンしている。彼が起きるまでは面倒を見ると律儀な凛はキャスターと部屋に篭っており、傷の癒えぬアーチャーは見張り、セイバーは士郎の護衛をしている。

結局のところ、午前の予定とそう変わらない時間を求めて散り散りになった。

 

だがしかし、真っ先に庭に駆け出すと思われた土筆はまだ厨房に滞在していた。

冷蔵庫を覗き込んで取り出したるは、二つの容器。

左には濃厚な赤と紫の彩りあるボールを、右にはチーズの香りが漂うカスタードを。

 

「うん、甘さも丁度いい」

 

ぺろりと指に付いたを試食した土筆は、オーブンからの合図を待つ。

それもこれも、用意しておいたプレゼントを紛失してしまったことに起因する。

今から買いなおす予算など家なき土筆にはなく、一定水準以上の衛宮家の台所まわりの設備を前に急遽変更を余儀なくされた。

破片くらいはあるのではないかと保管場所を漁ろうとした土筆の淡い望みは、肩から鳩尾にかけてバッサリ裂けている無残さが容赦なく打ち砕いた。むしろ、この冬はコートなしで越さねばならなくなった現実に土筆は若干しょ気た。

だが、1ヵ月分のバイト代が散財を割り切った土筆の復活は早かった。

 

「ん?……なにこの甘い匂い」

 

そこへ丁度、件の少女が鼻を利かせてくる。

昼までは制服だった彼女は私服へと着替えていた。貴重な学園の高嶺の花の姿であろうと、土筆は舞い上がることもなく淡々と。

 

「丁度良かった。遠坂、味見してくれないかな」

 

水洗いしたばかりの瑞々しい苺が乗せられ、その上から白に近いレモンイエローのクリームがホイップされた一口大の生地を差し出した。ティータイムに摘むには丁度いいサイズだ。

バニラエッセンスも仄かに香り、スペースの空いた小腹を刺激する。同時に質量を計る秤も刺激していた。

 

「まぁまぁじゃない?」

「そう、よかった」

 

神城君にこんな趣味があったなんてね、とクールに呟きつつ本音は大騒ぎであった。

先月、昼食を共にしたとき重箱弁当を相伴したときと似たような印象を抱いたが、メインとデザートの比重は異なる。

自制心の強い凛ならばともかく、これが陸上部トリオであったならば毎日たかられること必須であろう。今からでも身体研磨して体重を落としておこうかしら、と辛口な評価をした年頃の少女は本気で考えた。

ともあれ、腕が認められた顕悟はいそいそと盛り付けに取り掛かっている。

 

「キャスターとはどう?うまくやれそうかな」

「まぁね。関係は悪くはないわ。知識も豊富だし、こちらが弁えれば意外と付き合いも悪くないし……って、なによ?」

「いや、なんだかキミには助けられてばかりだなって思って」

 

こんがり焼けたタルト生地にたっぷりとカスタードクリームを流し込む。そして、冷蔵庫で冷やしてあったベリーや柑橘系フルーツが彩っていく。

 

「治療のことなら散々聞いたわよ」

「はは、そうだね。おかげさまで視力を失わずに過ごせてる」

 

礼よりも治療費をよこせ、と三度目のお礼の際に彼女の口から飛び出していた。

ならばと、部屋に飾るために摘んできたパンジーを差し出した土筆もなかなかに一筋縄にはいかない。

 

「だいたい、アンタの情報は丸々買い取ったんだから、お礼はいらないわよ」

「等価交換、だよね。眼を治してもらった代わりに僕の所有権を遠坂に移す、だったっけ」

「所有って……ま、いいわ」

 

土筆の生死さえも凛が握っている話に発展しているが、あながち間違ってはいないため、訂正はしない。

 

「神城くんがそうなったのって、いつから?」

「んー、お寺に拾われてからだから10年くらい前かな」

「……そう。なら中学のときは視えてたのね」

「説明のしようがないから一成にも言ってないけどね」

「そう、よね」

 

視線を伏せた赤い魔術師の胸中に、言葉にならない寂寥が渦巻いた。

最後の仕上げに取り掛かっている顕悟が、その歪む表情に気付くことはない。

 

「キャスターは花たちを育てていればいいって言うけど、他にも手伝えることはあると思うんだよね」

「……あなた、サーヴァントもないのに本気で関わるつもり?巻き込まれるならともかく、自分から踏み込むなんて綺礼も言ったけど自殺行為よ」

「知ってる。キャスターを助けた時点で戻れないって彼女に言われてる。戻れない道を戻ったら、迷子になるだけだから」

 

正論に見せかけた子供の屁理屈だと一蹴してしまえれば、凛とて楽できた。

どんな環境にいようと変わらない平和ボケした顔が、凛の子供の部分を逆立てる。

そこまで言うならやってみせてみなさいよ、という高見の見物(ちっぽけなプライド)。できもしないとわかりきっている未来をあざ笑う常識。

 

「……今後については衛宮くんが起きてからにしましょ。それまでに神城くんなりの考えを纏めて置いて」

 

逸らされた迷いは、魔術師になりきれない人の弱さだった。

 

「邪魔したわね……私はこれからまたキャスターの部屋にいくから」

「待って、遠坂」

 

それとタルトを食べるときは呼ぶこと、と釘を刺した凛を出迎えたのは、ずっしりとした完成したばかりのフルーツタルト。

 

「もっていってよ。砂糖は控えめにしたからカロリーは高くないし」

 

確かに『アーネンエルベ』並みの味をただで食べられるなんて魅力的だけど……。

ぐらりと傾いた魅力的な誘いを体重計の針が蹴り飛ばす。

顔を抑えて、ぶつぶつと一人の世界に入り込んでしまった凛もまた、甘味好きな少女であった。

 

「だからって丸ごと渡されても困るわ。せめて切り分けたらどうなの?人数だってそこそこいるんだから」

「遠坂がそうしたいならそうする。でもその前に一度、このままを受け取ってほしいんだ」

 

それほどまで私を肥やしたいのか、お前は。

ぎろりとした睨みにも、ホールケーキを支える腕はここぞとばかりに持ち上げられた。

ふわっとフルーツの香りと甘いカスタードが鼻腔をくすぐる。準備のいいことに、横には凛が持ち込んだティーセットが置かれている。アールグレイを選択する辺り、顕悟のセンスはいい。

 

「誕生日おめでとう、遠坂」

 

凛は硬直した。

言われた祝いの意味が、頭に到達するまでしばしの時間を必要とする。

 

「う……あ……」

 

一人になってから、祝われることなんて数えるほどだった彼女は、理解と同時に思考が停止した。学校での友人関係も希薄にしていた猫かぶりは、浅い付き合いのプレゼントをもらうことはあっても、手作りのケーキで祝ってもらうのは母親が生きていた頃以来――

父も母も妹もいて、無邪気に笑っていられた返らぬ過去が、そこにあった。

 

「はい、気をつけてね」

 

呆然としたまま、気づけばその腕にケーキとティーセットをしっかりと受け取っている。

 

「わ、悪いわね……」

 

思い返してみれば、この能天気は中学の頃から毎年やれ花だハーブだと贈りものをしてきた気がする。余計なものを思い返したと凛は慌てて打ち消した。

 

「……ありがと」

 

誕生日だと忘れていたとは、ついぞ口には出せなかった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「おかえりなさい。嬉しいことでもあったのかしら?」

 

思わぬお土産を持ってキャスターの部屋に戻った凛はまず、出迎えた少女の顔を見ないように努めた。見ずともわかる。その視線は意地悪さと冷やかしに塗れている。

 

「……いいから付き合いなさいよ。こんなの一人で食べきる量じゃないわよ」

「せっかくのプレゼントでしょう?独り占めしたって咎めませんよ」

 

処置のためとはいえ、勝手に使った顕悟の翠石がプレゼントであったことはキャスターによって明かされている。バツが悪い気持ちに苛んだものの、謝罪は喉を通らなかった。なぜなら、何を隠そう彼が渡そうとしていた相手は己であったのだと――ホール大のフルーツタルトを抱えて歩く内に気付いた凛の顔は苺のように赤くなっていた。

 

「神城くんの能力が神殿造りに必要な理由はわかったわ。むしろ管理しないとダメだわ、アレ。悪用され放題じゃない」

 

本人に自覚がないせいで殊更骨が折れる。

そう、もぐもぐと菓子を咀嚼(そしゃく)しながら製造人を扱下ろす凛とて、人の家を興味本位で徘徊したわけではない。増してやオヤツほしさに台所に顔を出したはずがない。

キャスターの言葉の真偽を確かめるため、整備された庭に出て結界内のマナを量っていたのである。

結果、根城を変える案に異論はなかった。

 

「それじゃ、続きといきましょうか――()()()()?」

「……あまり、その名は連呼しないでほしいのだけれど」

 

一夜を明かした仲は、同性ということもあってか主従の距離を縮めていた。

そこには高圧的な姿勢は既にキャスターにはなく、主に忠実を誓ったサーヴァントがいるのみ。

 

「――で、正直なところどう思う?」

 

だからこそ、凛はざっくばらんに話を振った。

本来なら赤騎士がいるべき場所に佇んでいるは、薄青の魔女。真名を明かした今でこそ座していられるのは、(ひとえ)に、凛が魔術師としての意見を欲しているがため。

 

「まず、貴女の再生は完璧でした。後遺症もなく、以前の視力と変わらず機能しています」

「にも関わらず、瞳というか視神経に魔術回路ができてた。父さんが残してくれた文献は読み漁ったけど、こんなケース聞いたことないんだけど?」

「――考えられる原因は二つあります。マスターの送り込んだ魔術と視神経が癒着し、新たな回路を作成した。これは魔術師にとっての刻印の贈与に当て嵌まりますが……」

「ウチの家系にそんなのないわ。そもそも神経の復元をして進化するなら、どんなへっぽこでも魔法使いになれるっての」

 

やや壊れている凛に苦笑して、キャスターは続きを繋げる。

 

「でしたら、二つ目――錆び付いていた回路の復活です」

 

もともとあったものをそのままに復元したとすれば、筋は通る。つまり、凛の意図せぬところでなんらかの理由で閉じられていた回路まで修復したのだ、完璧に。

 

「だいたい霊体やらマナを目視できる時点でおかしいのよ。瞳系の魔術っていったら魔眼だけど彼の場合、対象物に働きかけているわけでもなく視えているだけのようだし」

「ええ、それは私も確認しました」

 

どちらにせよ知ってしまった以上、はいそうですかと野に放つわけにいかなくなった。

魔術協会に知られてしまえば、後ろ盾もない土筆は体のいい実験台にされ使い捨てられるだけだ。それがわかるから、キャスターとて、凛が信頼できるマスターとなったときに口を開いた。でなければ裏切りの魔女の二の舞になる。

そんな女の事情を、赤い悪魔はすかさず見抜いた。

 

「――ふぅん。結構、純情なとこもあるんじゃない」

「……なんのことでしょう?文句を並べながらバースデーケーキを残さず食べ切る貴女のことかしら」

「うふふ、面白いこというのね、メディア?」

 

赤い悪魔と魔女が笑い合う。

ひとしきり睨みあいを続けていた魔術師たちの空気が弛緩する。ママゴトの延長のような不毛な言い合いは無益と悟ったようである。

 

「話を戻すけど……これは、しばらく衛宮くんたちと共闘した方がいいかもね。バーサーカーの件もある以上、回復と情報収集が最優先だわ」

 

未だに士郎が目覚めぬうちに、庭も取り巻く環境も外堀を埋められていく。早く起きろバカ、と屋根の上からの秘かな焦りなど、誰も知る由もなく事は進められていく。

 

「そっちはいつ頃、整いそう?」

「魔力は二日、神殿は1週間というところでしょうか」

「なら戦闘はあの皮肉屋に任せて専念して。といってもアーチャーもまだ本調子じゃないし、しばらくは様子見だけど。昨日のような相手のときは参加してもらうから」

 

是、を表して魔女は頭を垂れる。

 

「それと今晩から魔術鍛錬に参加してね。忌憚(きたん)ない意見をお願い」

「構いませんが、ここで行うには準備が足りないのではないかしら……?」

「大丈夫よ。着替えと一緒にアーチャーに取りに行かせたから」

 

この通りと、膨らみきった旅行鞄を凛が示す。魔女の知らぬ間に運び込まれていたようである。

雑用扱いを受けるアーチャーに同じサーヴァントであるキャスターは涙するでもなく、薄ら寒くなる冷笑をその少女の顔に貼り付けた。

……着実に弓兵のヒエラルキーが降格していた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

おぞましい寒気に、色黒い肌があわ立った。

霊体であるサーヴァントは風邪をひくことはない。いらぬ心配だと、アーチャーは頭を振る。

 

「……まったく、飽きずによくやる」

 

その男は、人使いの荒い命令を遂行した赤い運送者が西洋屋敷との2往復目から戻ったときには既に剪定(せんてい)を再開していた。

建物と同時期に植えられた松に話しかけるようにハシゴから身を乗り出して、高枝まで届く柄のにぎりが長い剪定(せんてい)ばさみを操るバランスを支えるのはハシゴを挟む足のみ。よくぞ落ちないものだと関心を持ったのが見物する切欠であった。

 

労いの言葉もなく見張り番を申しつけた主人に聖杯の天罰がくだることを本気で(いの)った彼に暇つぶしの類いはなく、庭師を見下ろす。

墓場での滑走にしても土筆は見かけよりも実際の身体能力は高い。それこそ、考えなしにサーヴァントを庇う男以上に肉体は鍛えられていると弓兵の観察眼が光る。

 

「カミシロケンゴ、か……」

 

初めて聞く名は、感慨もなく、また見出すこともない。

瓦の上に胡坐をかいた眼下は、日が暮れても手を動かす速度のせいでみるみるうちに整えられてしまった。植えられている草木は変わらないというのに、葉の一枚一枚に艶がのっている。なんとも視力のいい眼が(あだ)となった。

 

「――ふむ」

 

パス越しに聞いた凛とキャスターの会話の内容を思い出し、アーチャーの眉間に刻まれた皺は深くなるばかりだった。

顕悟の目視能力は所詮、さして取り得のない凡兵には一生かかっても届くことのない幻想。

彼が一般人ではなく魔術世界の住人に近いことは、一目見た瞬間に理解していた。だからたとえ、せいぜい土筆風情が頭角を現したところで、英霊となったアーチャーにとって痛くも痒くもない。

 

本人が理解している以上に日常からはみ出した土筆はただただ土を弄っている。

それがマナそのものだと、魔女や凛は既に気づいている。だが、それ以上の可能性を映し出した鷹の目を閉じ、弓兵は呟く。

 

「……もし、障害になるようなら――」

 

警戒の抜けきらない硬い声は、しゃがみこんだ泥だらけの男に届くよりも早く。

木枯らしと共に空へと消えた。

 

 




木蓮(モクレン)
自然への愛、持続性
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