fate/stay night_Short long days   作:のんべんだらり

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■Adonis ramosa

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ひょんなことから、キャスターと同居生活が始まって1ヵ月が経っていた。

その間、彼女のマスター探しに奔走したある男の行動をここに記しておこう。

 

 

 

 

●とある赤い優等生の場合

 

 

もうすぐ終業式を控え、長期休暇に浮き足立った2-A教室。冬休みには大晦日に初詣というイベントが控えている。

どう過ごすかで生徒たちが盛り上がる中、アルトの声が綺麗に響いた。

 

「遠坂」

 

彼女が男子生徒から声をかけられるのは珍しいことではない。

入学して二年の月日が流れているにも関わらず、未だに月一度のペースで告白をされていることはクラスメートならば暗黙のうち。

見慣れた風景のワンシーンよりも、お喋りと食欲の方が思春期の高校生にはよほど貴重だった。

――その男子生徒が、穂群原の土筆もとい神城顕悟でなければ。

 

「今時間あるかな?」

「なんでしょう、昼食のお誘いですか?」

「うん。できれば二人きりがいいんだけど……屋上に行かない?」

 

わざわざ寒空の下をチョイスする間抜けさが彼の女っ気のなさを象徴している通り、道端にポッと咲いているような素朴な顕悟が学園のアイドルである遠坂凛に興味を示したことなどない。

それがどうだ、2人きりでランチとは。

 

「……ええ、いいですよ」

 

瞬間、音が消えた。

周囲の囁きを相手にもせず、お弁当箱の入った袋を手にして少女が席を立つ。

 

出て行った2人の姿が扉に閉ざされてから、教室内が騒々しくなったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

当然というか、冬の外気は寒い。

凛が誘いを断らなかったのは、単に『優等生』だからだ。体裁が保たれさえすれば、わざわざ身を震わせて長居をする理由もない。

 

「神城く――」

「こっち。少しはマシだよ」

 

出鼻を挫かれた凛は給水塔まで腕を引かれていく。

手際よく、ビニールシートが敷かれてブランケットを渡された。なんというか、至れり尽くせり。

 

「……ありがとうございます。それで、用件はなんですか?」

「その前に、ご飯にしようよ。腹ペコなんだ」

 

嬉しそうに包みを解いていく顕悟に渋々、凛も取り出そうとして袋に入れたその手をとめた。

弁当派である彼女ではあるが、今日に限ってうっかり寝坊をしてしまったため、袋の中身は空であった。

 

「(……しまった。つい持ってきちゃったけど、重さで気づきなさいよ私)」

 

よくお昼を共にする女友達の前でやらかして、からかわれる心配がなくなったのはいいが、この男経由で小坊主に知られるのもよろしくない。

葛藤する凛の目の前で、気前のいい屋台の亭主の如く顕悟は包みの中身を並べていく。一段、二段、三段目に差し掛かったところで、凛は待ったをかけた。

 

「……神城くん。いつもこんなに食べるの……ですか?」

「え?今日は特別だよ。遠坂の分もあるから」

 

五段目を広げ終えた顕悟から、赤い箸を差し出される。

 

「遠慮しないでどうぞ。話を聞いてもらう代金とでも思ってくれればいいよ。……いただきます」

 

色違いの箸を合わせた手に持ち、几帳面にお辞儀をする顕悟。

その言い方に引っかかりを覚えるが、遠慮なく空腹を満たすことにしよう。なんだかんだで2食抜くのは凛としても限界だ。

蓋を開けてみれば、洋食メインのラインナップ。

寺で育った顕悟のことだから、蕗《ふき》の薹《とう》とか、オクラとか侘しいだろうと予想していたのだが、なかなかどうして。

 

「ああ、これ?最近、洋食の要望が多くてさ」

 

箸が使えるようになるまでは魚も封印なんだよね、と遠い目をしていて喋る顕悟の話を、凛はキツネ色したコロッケを齧りながら聞き流した。カニクリームがふんわりと口の中でとろける。……これは些か分が悪い。

 

だんだんと目つきが変わってきた凛を、ほわわんとした顕悟が眺める。

 

「……なんですか?」

 

ようやく視線が自分の布袋にあると気づいた凛は箸を止めた。

 

「私のお弁当はあげませんよ」

「それは残念」

 

箱の中身にエネルギーがないのは声をかけた時点で顕悟は気づいていた。

だが、視える能力は誰にも話さない方が身のためと釘を刺すキャスターの助言に従い、視線だけに止めていた。

見透かされているとは知らない強気な凛に、顕悟は更に笑みを深くして一口ほお張る。

 

そして、出し抜けに本題をぶつけた。

 

「ときに遠坂。キミは戸籍のない人を1人養えたりしないかな?」

「は?」

 

ただでさえ、忙しい時期だというのにそんな余裕はない。家賃を払ってくれるなら考えなくも――そこまで思考した凛は、真面目に応えようとしている自分に気づいた。

言葉だけでなく表情も崩した凛を気にするでもなく、それが彼女の本来の姿とわかっているかのように返事を待つ顕悟があまりにも自然で異常だった故の失態。まさしく心の贅肉だった。

 

「そういうことは、もっとお世話好きな人に頼んだらいかがですか?」

「そう?遠坂も相当だと思ったんだけど。無理だと誤魔化さないところが、キミの良さだと僕は思う」

「……褒め言葉と受け取っておきます」

 

いつの間にか、重箱弁当は空になっていた。

体重計の針が動いた気がしたが、凛は強制的に排除する。

そんな乙女の葛藤など知らぬ存ぜぬのマイペースな顕悟は、水筒からなにやら注いで凛に手渡した。

仄かなハーブの香りが鼻に抜けていった。缶ではなく持参する心意気の分は差し引いてやろうと、凛は僅かに気持ちを上昇修正する。

 

「仕方がない、別の人を探してみるよ」

「そうしてください」

 

冷たくなった手を温める凛。しっかりとおかわりまで頂いて、彼女は教室に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●とあるお人好しな友人の場合

 

 

年越し準備で賑わう道のりを買い物袋を片手に歩いていた顕悟の前方で、見知った顔が窓を拭いていた。

 

「ん?神城か。珍しいところで会ったな」

「今日の店番は衛宮なのか。ネコさんは?」

「配達中だ。神城が抜けたせいで、ってぼやいてたぞ」

 

冬木の酒屋コペンハーゲン。

昔は寺のお遣いで出入していたのだが、一人暮らしをするようになって初めてバイトとして雇ってくれたのがこの店だった。件のネコ――本名、蛍塚音子は店の一人娘。性格は、当時中学生であった顕悟の顔1つで酒瓶を売ってくれるという父親の気前の良さを受け継いでいた。

 

「代わりに衛宮がいるなら問題ないよ」

 

丁度入れ替わるように辞めたため、実際、店で会ったのは数えるほどしかない。

新旧のアルバイターは、ここにいない上司を通して親交を深めていく。

 

「ごめんごめん。つい、立ち話しちゃって」

「いや、俺の方こそ引き止めて悪かった。買い物の途中だったんだろう?」

「揃えるものは揃えたから、あとは帰って蕎麦茹でるだけ。下拵えは済んでるから」

 

胸を張る顕悟が持つ手さげ袋の中身は1人分としては材料が多い。

主夫である士郎にとって、食材から人数を逆算することなどわけないことだった。

衛宮家は人数は2人であっても食材は4名分を必要となるため、精確性に欠ける目分ではある。

とはいえ、どこかの虎のような大食いを抱えることのない家計にしてみれば、充分2人で足りる量だ。

 

士郎の指摘に、はにかんだ顕悟はマイバックに視線を落とした。

 

「せっかく日本にいるんだから、日本文化を満喫しないと勿体ないからね」

「なんだ。誰か、遊びに来ているのか?」

「うん、結構長く滞在する予定らしくて。あ、そうだ。」

 

にこにことしていた笑みが、深くなった気がして士郎は僅かに身構えた。

そしてこの人懐っこい同級生を見て、そんな必要はないと弛緩させる。

一成を通した友人ではあるが、クラスが別である顕悟とは数えるくらいしか話したことがない士郎は知らぬ間に、肩を張っていた。

士郎としては珍しい反応だ。憧れの遠坂凛と顕悟が親しいという噂を聞いたからせいか、意識しているのかもしれない。ブラウニーとて1人の男の子なのだ。

 

だが、士郎の葛藤なぞ、風の向くままに任せる土筆ん坊には関係がない。関係があったとしても気にしないからこその名の所以でもある。

そしてそのマイペースぶりは、この場でもいかんなく発揮された。

 

「衛宮の家って、洋室があったりする?」

「え…ああ。掃除する必要はあるけど、泊まるのは構わないぞ」

 

少し前まで男2人暮らしであったというのに、部屋数は和室含めて十倍はある。無駄に広くて埃は堪る一方だ。

貸し部屋にでもするつもりだったのか、大家族計画を立てていたのかは、故人のみぞ知る。

そんな養父の事情を真面目に考えていた士郎を見る顕悟のそれは、同情に近い。だが、思案に耽る士郎は視線も、含まれた意味にも気づくことはない。

 

「ありがとう。そのときは連絡するよ」

「了解した」

 

予約だと称して八百屋でおまけしてもらった大根を士郎に渡すと、顕悟は軽い足取りで立ち去っていく。

士郎が抱いた感想としては――

 

「……気さくな奴だな」

 

手にした雑巾と大根を見比べ、妖精はぺんぺん草をそう評価した。

一先ず、大掃除に洋室を加えようと、窓拭きに戻ったのであった。

 

 

 

 

 

さてさて。顕悟が詳しい説明もせず――彼としては強引に――宿泊の取り決めを進めたのは、前夜の一本の電話が原因であった。

連絡してきた相手は三芳鋼三郎。顕悟の雇い主でもあり、屋敷の所有者だ。

 

同居人をためらいなく認め、あまつさえ避妊はするんじゃぞなどとスケベ根性丸出しの発言をする元気なじいさんである。因みにそのことはキャスターには話していない。

もしものときは危険もあるという事情さえも二つ返事で了承してくれたでかい器の持ち主でもあるのだが、キャスターとの相性は微妙である。彼女は再三、屋敷の仕掛けについて文句を言っているのだ。

 

――それはともかく。

言葉を切った鋼三郎はただ1つ、忠告を残した。

 

「今日電話したのはのぅ。いいか、顕悟郎。《決して押してはならないボタン》は押してはならんぞ」

 

なにその、押してほしいと言わんばかりのフリは。キャスターが聞けば、迷わず突っ込んでいただろう。

だが、悲しいかな土筆ん坊は、風の吹くままに身を揺らすだけ。

名前の間違いを指摘することもなく、わかったと返事のみで詳細を深く尋ねることはしなかった。これが後ほど禍根を呼ぶ要因になるのだが、今は語るまい。

 

なによりこのときの顕悟は、忘れていたのだから――。

 

 

 

 

 

 

●とある内気な後輩の場合

 

 

年が明け、新学期。

突き刺さるような早朝の冷気に身を縮ませながら、顕悟は登校した。委員会の仕事、花壇の整備のためである。

といっても冬の草花は少なく、活動は彼のみ。

 

委員会での彼への評価は「物好き」と定着して久しい。

真面目な態度には頭が下がる思いではあるが、自分も同じことができるかと言われて頷ける者は少ない。

よって、その姿を目にすれば、己の怠惰さが浮き彫りになり、物言えぬ罪悪感に苛まれる。そうして草花の世話をする彼に声をかえる学生はいなくなる。一部を除いて。

 

「あ、神城先輩……」

 

部活の朝練習を終えた間桐桜はその一部の人間だった。

運動後で体温が高い自分とは違って、静かに作業をする上級生は制服のまま。だが、草花と向かい合う彼の集中力は桜のか細い呼びかけくらいでは乱れない。

手にしていたダッフルコートを広げ、その背中にかける。そこまで接近してようやく、顕悟は桜の存在に気づいた。

 

「おー、いつも早いね、桜後輩」

「……あの、その呼び方どうにかなりませんか?」

「間桐と呼ぶのは兄だけで充分だよ。キミには桜という素晴らしい名前があるのだから、これは譲れない」

「えと、そういう、ことではなくてですね…」

 

後輩とつけることを指摘したいのだが、でも呼びつけにされるのはもう1人の先輩だけにしたいようなそんな乙女心が桜の声を奪う。

困ったように頬を染める後輩の姿に、やっぱり桜の名前がとても映えていると親でもないのに再確認した顕悟は、弄っていた土から手を離した。

 

「もういいんですか?」

「うん。桜後輩に風邪をひかせるわけにはいかないからね。…っと」

「器用ですね、先輩」

 

立ち上がった拍子にずり落ちそうになったコートを手を使わずに直そうとしている仕草がおかしくて、桜は小さく笑みを零した。顕悟にしてみれば、土のついた手で触れるわけにもいかない上での精一杯な思いだが、それが一層子供っぽく映った。

長身の肩から落ちそうになったコートをかけ直そうと後輩の手が伸びる。桜も平均よりは身長がある方であるが、顕悟の身長は平均以上。片側を抑え、背中に落ちてしまったそれを掴もうと踵を上げる。顕悟は顕悟で少しでも彼女のやりやすいようにと背中を丸めた。離れていた視線の高さが合わさり――

 

「おい、なにしてるんだ!」

 

そのままの姿勢で顕悟は背後を振り返る。

 

「え、兄さん?」

 

肩をいからせて間桐慎二が向かって来ていた。目は吊りあがり、鼻息は荒く、まるで自分の所有物に手を出された暴君の如き。これ桜と兄妹であるというのだから、世の中わからないことばかりである。

 

「なにをしていたのかって聞いてんだ、答えろよ!」

「桜後輩にコートを貸してもらっただけだよ」

「嘘をつけ!全部わかってるんだからな!」

 

慎二の有無を言わせない勢いに桜は俯き、土筆ん坊はただ首を捻る。全部わかっているなら、どうしてわざわざ尋ねるのだと純粋な疑問を浮かべていた顕悟は、正面からの衝撃にたたらを踏んで後退する。

パサッと乾いた音と共に、背中を包んでいた温かさも消えた。

 

「間桐」

「な、なんだよ。僕が悪いって言うのかよ、お前は知らないから平気な顔してられるんだぞ!」

 

泥がつくからと触れることを控えていた躊躇を捨て、顕悟はコートを拾う。大切なものを扱うかのような丁寧さに、今度は慎二が足踏みをした。

大きくなる慎二の声に登校する生徒の目が増え始めていた。背にしている慎二は気づいていないようだが、注目されることに羞恥を覚える桜にとって耐えるしか方法がなかった。

怒りに任せた兄の言葉を聞くまでは。

 

「お前が手を出すのは勝手だけどね、神城。こいつはとっくに僕の――」

「やめてください!」

 

草花を相手にしていた笑みと打って変って、真剣な面持ちの顕悟を庇うように桜が一歩前に出た。

妹からの応戦に先に目を背けたのは、慎二だった。

 

「……ふん。せいぜい、ごっこ遊びでもしていればいいさ!」

 

そこかしこで当り散らす慎二の声が、生徒の雑踏に消えていく。その姿を見送ることもせずにいた桜の身体は、小刻みに揺れていた。

胸を突き破りそうな恐怖と羞恥と不安を、ただ震わせることで打ち消していたその背中が、大きな何かに包まれた。

温かさを感じたかと思うと、重く垂れていた頭が数回上下する。それまでとは違った重みをそのままに振り向いた桜は、唇を引き結んだ。

 

「よしよし、頑張ったね。桜後輩」

 

完璧、子ども扱いをされている自覚はあった。けれど異を唱えようと開いた口からは、嗚咽交じりの震えが飛び出るばかりでどうしようもない。

そんな彼女に向けられる視線に顕悟は意識を向けた。赤い残像が窓に映っているだけで姿はない。

 

「(……?)」

 

そうして、チャイムによって離されるまで顕悟は薄紫色のキレイな髪を撫でていた。

 

 

 

 

 

 

――という3つの報告をキャスターは一言で片付けた。

 

「――それで?」

「え、それだけだけど」

 

大きな花柄のエプロンを身に着けた唐変木は、なにかおかしいところがあったかなと真剣に考えるほどに噛みあわなかった。

ほどよく煮込んだビーフシチューのお肉を見習ってほしい、とキャスターは心底思う。

 

「あなたね、肝心な話は何一つしていないじゃない。魔術うんぬんの話抜きには、いくら交渉したって意味がないでしょう」

「そうだけど、物事には順序があるじゃないか。どんなに魔術師として優秀であっても信頼できない相手に、キミを渡すつもりはないよ、僕」

 

まずはその人柄を観察して来たんだ、とにこやかにのたまう天然草。

 

「(なんでこういうときばかりストレートなのかしら)」

 

行き場の失った感情をぶつけるように彩りで添えられていた緑の葉っぱを彼に見立てて、憎しみを込めて齧りつく。

英霊の立場も肉体的年上の優位性もいとも簡単に取っ払われてはどうにも苦々しい。

 

「って、セロリは抜いて頂戴って言ったじゃない」

「大丈夫だよ、それバジルだから」

「くっ、坊やのクセに生意気ね」

 

いつの間にか形勢が逆転しているようで、ちっとも面白くない。

 

顕悟の一生懸命さは、キャスターとて承知している。

キャスターの話を鵜呑みにするだけでなく、自分で考え、判断し、それでも協力している。そして自分の範疇に負えない場合はこうして正直にキャスターの意見を求める。

 

「(これで魔力があれば、坊やの意志関係なくマスターにしてるところだわ)」

 

だがそれは顕悟自身が拒否している。それがキャスターのため、といったふざけた理由で、である。

屋敷に住むようになって1ヵ月。

そのほとんどを篭城の準備にまわし、彼女はしょんぼりと頭を垂れている同居人の話は二の次にしてきた。それでも食事は三食欠かさず出てきたし、顔を合わせれば進捗状況を嬉しそうに話してくる。

そのツケが回ったと思えば、キャスターとしては考えを打ち出しておくべきタイミングだった。

 

「あのね、魔力のある人間に拘る必要はないのよ。魔術師であっても、マトウとかいう男は願い下げだもの」

「あー、うん。気持ちはわかる」

 

流石に思うところがある顕悟としても、キャスターに話しかけた瞬間に慎二の首が飛ぶ未来が想像できた。

友人を守るためにも、彼女と引き合わせてはならないと決意を固めたところだ。

気品あるキャスターは軟派な男を嫌う傾向がある。

ならば硬派ならどうかと知り合いの顔を思い浮かべ、とある強靭な肉体を持つ教師の眼鏡が光った。

 

「魔力なくてもいいなら、1人いる。キャスターと外見年齢が同じ人が」

 

一度背負ったならば墓場までを地で行く堅い男だ。顕悟としても信頼できるし、キャスターの好みから外れていない。

 

「そうね、なら今度連れてらっしゃい」

「え、ここに?」

「マスターがいない私が外を易々と出歩けるわけないでしょ」

「あ」

 

失念していました、と消沈して食べ終えた食器を片付け始めたその姿はまさしく日の光を失ってしな垂れた草そのものである。

そもそもキャスターはそれほど切羽詰っていない。

マナだけは一等地のクセにまっさらな地脈が、三芳邸の敷地の特徴だった。作り手の性格を受け継いだのか、聞き分けのいい霊脈を自分好みに変えるのは容易かった。つまり、ここほどキャスターの能力を活かせる場所はないのだ。わざわざ、手放す必要もない。

 

「つまらないことで悩むくらいなら花を世話していなさい。その方がよっぽど生産的よ」

 

その言葉が今後の運命を左右することになるとは、キャスターも顕悟も知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

聖杯戦争の準備に部屋へと閉じこもったキャスターを見送り、洗い物を片付けた顕悟は外に出ていた。

 

綺麗な月だ。これなら月光を好む植物も喜ぶ。

いくつかお詫びの印に、摘んでいこうかと花壇まで足を伸ばす。

 

キャスターの言うとおり、顕悟が助けになるとしたら草花たちを懸命に育てることだけだ。

マスター不在の彼女にとっての命綱でもあるのだ。主人探しで時間を潰すよりも集中しろと叱られて、らしくもなく顕悟は落ち込んだ。

だが、ただでは起きないのがこの男。反省会のはずが、夜に咲く花の種を植え始めていた。

 

少しでもキャスターの役に立とうとする彼なりの行動だった。

種を保管してある納屋に回りこみ、

 

「あれ、珍しい。閉め忘れたのかな」

 

()()()()()だった戸口を施錠した。

本来エネルギーの気配に敏感であるはずの彼にしては、それは失態。

急きたてるように草木がさざめき――

 

 

「――よう。坊主がキャスターのマスターか?」

 

 

非日常と日常の狭間である時間は、唐突に終わりを迎える。

青い影が、すぐそこまで忍び寄っていた。

 

 

 




『福寿草』[毒草]
回想、思い出、悲しき思い出、幸福、幸せを招く、永久の幸福
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