fate/stay night_Short long days   作:のんべんだらり

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■Linum usitatissimum

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1

 

夜明けを知らせる朝日が、室内を照らす。

 

六畳間のフローリング。備え付けの家具の一つである寝台に突っ伏して眠る男がいた。

長身を折りたたんで見るからに窮屈な格好で、寝息一つ零さず倒れている姿はまるで屍。

 

たとえ彼が死体であろうとも、太陽は等しく光を差し伸べる。

じりじりと顔面に日光が当てられてしばらく。むずむずと眉が動き、ゾンビの上半身が起きあがる。

開いているのか閉じているのかわからないくらい薄く瞼に隙間ができ、首ごとまわして辺りを見渡している姿は実に不気味であった。

亀のごとき速度であった旋回が、ある一点で停止する。

 

男が凭れていたベッドに横たわっている、白雪のような肌白さを持つ女性。

堰を切ったように流れ出す昨夜から今まで(きおく)に一瞬、時間が跳んだ。

 

「(そっか、ここは…)」

 

散漫な頭に記憶が蘇った頃、顕悟の視界は麗しい眠り姫から見慣れない天井に変わっていた。

貧血による眩暈に加えて筋肉に区分される全ての運動器官が悲鳴を上げている現状、立ち上がることは諦める。

打ち付けた後頭部と気だるい肉体の不快を紛らわせるため、彼の思考は回想に沈められていった――。

 

 

 

 

 

午前2時過ぎ――。

 

ランサーの襲撃。三芳邸の打ち上げ。キャスターを背負っての深夜徘徊。

辿りついた先は、忍者屋敷に劣らぬ武家屋敷だった。

 

三芳邸とは違って見た目どおりの玄関を恨めしく叩き続けて数分。

隣家から苦情が殺到する勢いに家主はついに降伏した。廊下に動くエネルギー(士郎)を感じた顕悟は片手で支える彼女を抱え直した。

 

「今晩は、衛宮。アポなしなんだけど、いいかな」

「……神城?」

 

突然の訪問にも関わらず、彼は二つ返事で招き入れた。

 

「どうしたんだ、こんな夜更けに――」

 

竹刀を持ち出しての歓迎だったが、顕悟とキャスターの風貌を見て士郎は血相を変える。血まみれの服を着た男がぐったりとした女性を担いでいるのだ。質問の一つや二つは覚悟した。

だが、キャスターの状態を背中で感じている顕悟が欲するのは、言葉よりも行動だ。

それが伝わったのか、口を閉ざした士郎は、

 

「こっちだ」

 

迷いない足取りで、廊下を先導する。

衛宮家は話に聞く以上に、用途不明な広さだった。母屋に別棟。道場に土蔵と、一人暮らしには贅沢すぎる。

敷地を囲う塀にはキャスターと似た独特な光が張り巡らされているが、士郎の()()と比べて些か強いエネルギーで組まれたようだ。だが、キャスターならともかく、効果までは顕悟には視えない。

玄関の敷居を跨いだときに――キャスターに反応して――家中に響いた警告(おと)がソレであったのだが、土筆ん坊は〈変わったチャイム〉で終わらせている。

音の意味を知る士郎は、疑わしきより信ずるを無意識に選び取っているお人よしである。脅威よりも困っている人を優先し黙殺していた。

せっかくの魔術もこの天然コンビにかかれば、形無しだった。

 

ともあれ、侵入者対策がされていれば尾行されていない限りランサーに居場所が見破られる可能性も低い。

 

 

 

建物の造りが和式から洋風に変わる。一番手前の部屋にキャスターを運びいれた。

冬空を散歩しただけあってベッドにおろした英霊の体温に、背筋がひんやりとする思いがした。

 

(眠ってた分、体温が落ちてる)

 

顕悟の背中とくっついていた心臓の温かさが救いであった。

包んでいたローブから彼女の身体を引っ張り出し、そのまま独特の服に手をかけたところで背後から息をのむ声が聞こえ、中断する。

 

「ちょ、ちょっ待っ」

 

真っ赤になってなにやら意味なき言語を呟くブラウニーに、土筆ん坊は首を傾げる。

 

「なんで脱がすんだ!?」

「だってこのままだとベッドを汚しちゃうし、寝苦しいでしょ」

「そ、そうだけどさ……」

 

顕悟にしてみれば、この工程は二度目だ。

慣れた手つきに男としての甲斐性を見せつけられた気がした士郎であったが、白く艶やかな女性の素肌を直視できずに背を向けた。

毛布にくるまったキャスターは、小さい呼吸を繰り返している。

()()限り、前回よりも消耗はしていない。

 

「(やっぱり、血液であっても魔力を回復するんだ)」

 

家を失う代償に彼女を手伝う新たな手段を発見したと思えばそれも善き(かな)と流せる器は、大成なのか欠陥なのか。

床に散らばったキャスターの服を丁寧にたたみ、ハンガーにかけて干したところで、

 

「……入ってもいいか?」

 

廊下から家主の控えめな声がした。

 

「どうぞ。自分の家に遠慮する必要ないよ?」

 

恐る恐る扉を開けた士郎の顔はまだ赤い。

年上の女性の裸を意識してしまう思春期男子のどぎまぎは、さほど反応を示さない鈍感さを前に徐々に落ち着いていく。

ほっとしたような残念なような気持ちがない交ぜになりながら、士郎は手にしていた衣服を顕悟に渡した。

 

「俺の服はサイズが合うかわからなかったから、爺さんの着物を持ってきた。風呂も沸かしたけど、どうする?」

「お言葉に甘えさせてもらうことにする。風邪で倒れるわけにはいかないし」

 

一度だけベッドで眠るキャスターを振り返り、電気を消して士郎と共に部屋を出る。

 

底冷えする真冬の夜。

いくら根気強い土筆ん坊といえど、鼻先が赤くなっている。前を歩いていた士郎が立ち止まる。

 

「ついたぞ、タオルとかは中に用意しておいたから」

「ありがとう。明日がきつくなるだろうし、衛宮は寝てくれ」

「……悪い。そうさせてもらう」

 

ドタバタとしてしまったが、ようやく感覚が通常に戻ってきた士郎の欠伸を顕悟は見逃してはいなかった。

自室へ戻っていく彼の背中を見送り、

 

「衛宮」

「ん?残り湯はそのままにしてくれて構わないぞ?」

 

主夫丸出しの会話に苦笑する。

 

(違和感ない僕も大概だけど……)

 

律儀に足を止めて待つ士郎に親近感を覚えた。だからというわけではないが、するりと言葉が自然に出ていた。

 

「――なんでもない。お休み」

 

ああ、と返事をした彼は、最後まで顕悟たちのしてきたことについて質問することはなかった。

 

 

 

 

(思い返してみても、衛宮はお人よしすぎるなぁ)

 

昨晩の押しかけ騒動を改めて回想した感想が、コレである。

一成あたりが聞いたら脳天チョップするような考えを倒れたままの脳内で繰り広げている土筆は寝ても起きてもブレない。

 

ふと、床にくっついているくせっ毛が、わずかに震動した。誰かが部屋に向かって歩いているようだ。

 

この日、衛宮家に出入りしている人物は3人いた。

当然のことながらこの家で暮らしている衛宮士郎と、穂群原の英語教師でもある藤村大河だ。

士郎の姉貴分にして隣の藤村組の一人娘は、学校でもよく「士郎の御飯ー…」と零している姿がもはや名物。貪欲な食欲が有り余りすぎる故、居間以外に陣取る姿は想像つかない。

3人目は顕悟も顔見知りの後輩――間桐桜である。あることが切欠で、お詫びとして通っていると学園で噂が立っている。

 

とはいえ、衛宮家の事情にあかるくない顕悟は、士郎以外の人間が朝早くから他人の家に上がりこんでいるとは夢にも思わない。――お互い様である。

 

ノックに応じるとドアが開き、冷えた空気が室内に滑り込む。

ひょっこり顔を出したのは士郎だった。寝不足に鳴れているのか、睡眠時間が短い割りにさっぱりとした顔つきだ。

 

「朝飯、つくったんだが――って、神城?」

「下だよ……起こしてもらえると嬉しいな」

 

そうして、ようやく天井一択の視界から解放されるのであった。

 

 

 

 

 

居間に入ってようやく、ここは他人の家なんだと顕悟の中でようやく現実味を帯びてきた。

6人掛けのちゃぶ台。テレビは一人で観るに大きめのファミリーサイズ。十畳はある畳の上では、それらも小さく思える。

台所から漂う魚の香ばしさが、和の雰囲気を仕上げていた。

 

「衛宮はもう済ませたのか?」

「ああ。だから気にせずに食べてくれ」

 

1人分の配膳をして、メインのおかずである鮭を取りに台所へ士郎は戻り、寝癖がついたままの顕悟は揃えられている箸の前に着座する。借り物とはいえ着物姿がなかなか様になっている。

 

「悪いな、ギリギリになっちまって。本当はもっと早く呼びに行く予定だったんだが……」

 

暴れる虎と片付けを申し出る健気な後輩をなんとか先に送り出し、もう1人分の朝餉を拵えたときには思った以上に時間がかかっていた。

 

「いや、気を遣ってくれて感謝してる。特にほうれん草のおひたし、染み入ります」

 

マイペースに箸を動かす土筆ん坊であるが、意外にも進みは早い。

並べられたばかりの鮭も、キレイに骨と皮だけになっている。その箸捌きは士郎も目を瞠る。

 

「ごちそうさま。うー、流石に一気に食べ過ぎた……」

「お粗末様でした。ところで神城、学校はどうするんだ?」

「んー?」

 

食器を流し台に移す士郎を尻目に、猫のように軽く目を瞑って上半身を伸ばしていた顕悟はずり落ちてきた着物の袖を肩にまくり上げた。傷を受けた肩口はキャスターのおかげで、痛みも痕も残っていない。急激な運動はともかく、日常生活する分には問題はなさそうだと、判断する。

 

「食事したらマシにはなったし、のんびり歩くよ」

「一人で平気か?肩くらい貸すぞ。お互い遅刻はまずいだろ」

「あー…そういえば一限は藤村先生の英語だったっけ」

 

食卓にある食後の緑茶を啜る。

 

「なら急ごう。チャイムの五分前がデッドラインだぞ」

「そっちは担任だもんなぁ、苦労するね」

 

準備を終えしだい玄関に集合とし、士郎は自室に、顕悟はキャスターが眠る洋室に向かった。

部屋を出たときと変わらない景色は土筆ん坊の胸に小さな穴を空けるような錯覚をさせる。

最悪の事態を免れているとはいえ、彼女の生命の()()は不安定だ。このまま彼女についていた方がよいのではないだろうか。

 

「……思いあがりか。僕がいても役に立たないじゃないか」

 

逃げ回るだけで結局彼女のお荷物になった昨夜の顕悟(じぶん)を朝、省みたばかり。

後ろ髪を引かせているのは己の弱気な甘えであるとして、顕悟は夜のうちに街路の植樹帯から引っこ抜いておいた亜麻を活けた花瓶にメモを挟む。

 

「……行って来ます」

 

退出する際、三芳邸での生活と同じ挨拶を投げかける。

いつものように、声のない返事に(まつげ)を伏せ、顕悟はドアを静かに閉めた。

 

 

因みに、この後の玄関でひと悶着あったりするのだが割愛する。

 

 

 

 

2

 

 

A組担任の葛木宗一郎は、必要以上のことに時間をかけない。

連絡事項を通達したならば、生徒から質問がない限り、感情のない顔で職員室に戻っていく。

その分自由時間が増える生徒にしてみれば歓迎ものであった。

特に、凛のような一枚隔てて生活しているような()()()や、自由気ままな風の赴くままにフラフラしている土筆ん坊にとっては、相性がいい教師だった。

 

そうして、担任が早々に引き上げたAクラスに、土筆ん坊はかつてないほどに撃沈して現れた。

ホームルーム前に虎が教壇にいるというイレギュラーに直面した士郎ならいざ知らず、顕悟が気落ちする原因はやはり草花関係でしかない。

弓道場と生徒玄関の丁度間にある花壇に植えていた花が全滅していたのだ。

(しお)れているだけなら顕悟の手にかかればすぐに息を吹き返すのだが、グズグズに腐ってしまっては手の出しようがなかった。

 

(昨日まではなんともなかったのに……)

 

彼の()をもってしても原因不明な事態に茫然自失し、植物が歩いたらこういう状態であろうという千鳥足で二階まで辿りついたときには、授業開始10分前であった。

 

(――ん?)

 

教室に入った瞬間、チリと首の後ろが痛んだ。

開扉と同時に一斉に集まった視線は来訪者が顕悟だとわかるとすぐに散漫している。ホームルームをサボって草弄りをしている常習者なのだ、珍しくもない。

 

(……気のせい、かな)

 

興味を失った生徒たちは既に雑談に戻っている中、顕悟はうなじを擦りながら友人と談笑中のツインテールを見遣る。

凛だけは一切、視線を向けることはなかった。それが逆に顕悟の注意を惹きつけることになった彼女は、常時よりもエネルギー――魔力(オド)にムラが感じられた。

 

(体調、良くないのか。遠坂の徹夜癖も相変わらずだなぁ)

 

横目で彼女の様子を眺めつつ、窓際の席につく。

凛が聞いたらにっこりとして誰もが見惚れる完璧な笑顔に加え、額に青筋を浮かべることであろう。そしてその直後、昔から徹夜明けの様子を覚られていた事実に気づいて悶絶するだろうが、その瞬間はいつかあるかもしれない未来に預けることにする。

なにより、顕悟には人の心配をしている暇はなかった。

 

「――ほほう、土筆にもとうとう春の到来か?」

「どれどれ、お相手は――げぇ、美綴かよ。趣味悪ぃな」

 

感心するような声をほぼ無表情で呟く、腰まで伸ばしたロングヘアーにメガネが印象的の少女、氷室(ひむろ)(かね)

隣の席には――名前を挙げられた綾子にしてみればとばっちりな暴言を吐く――日焼けした小麦肌につり目が特徴の蒔寺(まきでら)(かえで)がいる。

 

「違うぞ、蒔の字。そう見せかけて、本命は遠坂嬢で候」

「あー、そういや、この前も2人っきりで手作り弁当食べあってたしなー」

 

ニマニマとした鐘が確信犯であるのは明白だが、楓はわざとなのか天然なのか判断のつきにくい。微妙なニュアンスの違いこそあれ、間違っていないところを突いてくるえげつなさは、《穂群の黒豹》の名に恥じない。

間違っていないがどう修正したものか考えあぐねた結果、土筆ん坊はタイミングを逃した。

 

「……遠坂に限らず、マキとだってたまに一緒に食べてるじゃないか」

「いや、あれは土筆のおかずを蒔の字が盗み食いをしているだけと見える」

「うまいもんは皆で分け合う、これ常識」

 

そもそも、どうしてその辺にでもいるノッポに冷静沈着でスタイルも整ったクールでソリッドな美人《氷室女史》や、運動神経抜群かつ黙っていればまぁそこそこ――と思いたい――な暴走女《マキジ》と注目度の高い女子らが、親しげにしているかというと、

 

「あの、おはようございます。神城くん」

「おはよう、三枝」

 

自由な空気が彼女らの親友――戸惑いがちに声をかける三枝(さえぐさ)由紀香(ゆきか)に似ているからという一方的な理由で絡まれたからだったりする。

新学期になり、コンビに彼女を含めた陸上部三人娘に、囲われる形の席順となってからはその頻度は上がる一方だった。

 

「にしても、その格好はギャグか?1人だけサマータイムなんて寒すぎるぜ、ブフーッ」

 

意地の悪い笑みを浮かべ、楓はオーバーリアクションで後ろ指をさし、腹を抱えた。

薄手のYシャツにウールのベストというなんとも涼しげな格好をした本人は、乾いた笑いを浮かべる。

 

「いろいろあって、友達の夏服を借してもらったんだ」

 

裾が足りていないズボンが失笑を誘う。

玄関に着物姿で出てきた顕悟に取るものとりあえずと替えの夏服を引っ張り出したまでは良かったが、そこはブラウニーと土筆ん坊。気質は似ている2人でも、身長ばかりは埋められない。

つんつるてんの足元を見て、涙する士郎が復活するまでに5分は消費したと顕悟はしきりに頷いた。

 

「あの、蒔ちゃんも神城くんも、そろそろ授業の準備をした方がいいよ?」

「やべっ」

 

静かにも説得力のある由紀香の助言に楓は慌てて前へ向き直り、机を漁り始める。それに習って顕悟も手を入れ――身を固まらせた。

今更であるが、教材がなかった。

 

「そもそも鞄も持たずに登校とはこれいかに」

「わかりきったことを指摘してやるなよー、メガネのくせに」

 

既に準備は終えている鐘と、発掘し終えた楓の突っ込みが冴え渡る。

 

「……三枝、教科書みせてー」

「あ、うん。どうぞ」

 

席をくっつけ合って、間に英語の教科書を置く。

 

「ついでにノートと書くものを貸してほしいんだけど……」

「まぁ、聞きまして奥さん。この男、全部女に頼るつもりですわよ」

「うむ、これが所謂ヒモ男ってやつですかな」

「……マキと氷室も寸劇よりカンパお願い」

 

力の入れすぎで折れたと思わせるいびつな形をした白い塊――――本体ではなく分離した小さい方――と、親指ほどまで摩耗した鉛筆を手に入れた。どちらだ誰からとは言うまい。

 

「おっはよー!!今日も元気にEnglish Lessonしちゃうぞーー!!」

 

そうして、チャイムと同時に突撃して来た英語教師の授業が始まる。

 

 

 

 

3

 

 

順調に時間は進み、昼休み。

 

「まったく、学校に何しにきたのかね、あの男は」

 

まるで糸が切れた人形のように、午前中の授業を寝て過ごしたクラスメートに美綴(みつづり)綾子(あやこ)は呆れの籠った視線を送る。

大抵は彼を囲って弁当を開ける三人娘もお目当ての顕悟の弁当(ブツ)がないと知り、放置をされていた。由紀香のみは時折、心配そうにちらちら意識を向けている。

 

「あの虎の咆哮でも起きないなんて、あの草ボンボンも意外と大物だねぇ。先生、最後の方泣いてたし……。まぁ、小テストがお破産になったのは有難い――…………遠坂?」

 

いつもなら同意見とばかりに、容赦ない口撃が続く好敵手(ライバル)の沈黙に、綾子も思わず閉口する。

朝は全く興味を示さなかった優等生はまるで親の仇のごとく、眠りこけている旋毛を睨みつけていた。

凛の()()を理解した上で付き合いのある綾子としては、存在感の薄い、けれどインパクトのある万年朴念仁に感情を向ける友人を量りかねていた。

 

(しかも、この顔……マジだね。ったく、一体何をしたのさ、神城は)

 

仲良く昼食する仲であるかと思えば、これだ。

その件をネタにしてからかうと薮蛇になるとした綾子は、自分の視線にも気づかないほど外界を優先している凛を肩肘をついて眺める。

 

(ま、傍観する分には楽しいからいいけどね)

 

凛の友人をしているからには彼女もしたたかであった。

もしものときは、顕悟と仲のいい生徒会長にでも聞けばわかるかと考え――

 

「――失礼する。神城はいるか?」

 

本人が登場した。

 

「ん?なんだ美綴、人の顔をジロジロと。所詮、女狐と同じ類なれば礼節もわからぬようになるか」

「早々に失礼だね、生徒会長さま。ずいぶん気が立っているようじゃないか」

 

眼鏡の奥の苛立ちを隠せず、眉間に皺を寄せている一成。

彼といい、凛といい、虫の居所を悪くさせる土筆の胞子でも蔓延しているのだろうか、とバカバカしい考えを綾子は嘲る。

 

「ほんと珍しいですね、柳洞くんがA組に来るなんて」

(あ、復活した)

 

平常運転の彼女がそこにいた。その証拠に一成の顔が嫌々しげに歪められる。

 

「俺だって物の怪のねぐらになど来たくはない。だが今は、時間が惜しいのだ――――喝ッ!!」

 

流石に坊主の念仏修行をしているだけあって、一成の声はクラス中に響き渡った。

前触れもなく唐突な大声に、ある者は咀嚼途中のもの放射し友人の顔を塗れさせ、ある者は飲み物をぶちまけ制服を濡らし、苦しげな咳や罵声に悲鳴あふれるカオス空間に陥った。

間近でくらった綾子と凛はたまったものではない。

 

「柳洞、あんたね――」

 

耳鳴りを顔をしかめて耐える綾子の抗議をすり抜け、一成は窓際の机の前に立った。

 

「んん?……なんだ、また一成が叱られたのか」

「たわけ!いい加減にこの世に意識を戻さぬか!」

「あたっ!?」

 

そして虎さえもなしえなかった偉業を誇ることもなく、寝ぼけたままの顕悟の襟を掴む。

 

「ほら、しっかり歩け。お主には聞かねばならぬことが山ほどあるのだ」

 

拉致されていくクラスメートを綾子は瞑目で送り出した。

間違いない、一成もまた土筆の胞子に狂わされた被害者なのだ。

 

 

 

 

 

そうして引き摺られた先の廊下で、顕悟は士郎と再会した。

A組に突撃する一成を見かけ、様子を窺っていたらしい。時間も勿体ないのでとそのまま男三人で生徒会室に移動し昼食会となった。

 

一成の精進弁当の横で、士郎から渡された緑色の包みを広げる。

 

「ほんと助かるよ。お金もないし、お昼抜きを覚悟してたんだ」

「まぁ、残り物を詰めるだけだったしな」

 

一成の無一文字に結ばれた口が、ひくひくと動いている理由が士郎の手作り弁当が羨ましいからだと顕悟も士郎も知らない。

まさか幼馴染が女性顔負けの主夫ときゃっきゃうふふとおかず交換をしているとは、顕悟とて想像がつくまい。

彼は彼で楓や由紀香と和食談義と称した交換イベントをこなしているのだが、男同士での絵面に比べればまだ華やかだ。

 

「それで、どういう経緯なのだ。三芳邸が一夜にして消失した理由は?」

 

事情を全く知らない士郎は、一成の切り出しに目を丸くしていた。

姿や格好から分けありだとは思っていたが、まさかそんな――いやでもそれくらいではければ、とうんうん唸りだしたお人よしを余所に、顕悟は肩をすくめて答えた。

 

「隠されてた仕掛けが発動して、家が空に飛んで行ったんだよ。打ち上げられる前に脱出はできたけど、身のみ着のままで放り出されて今に至るってわけ」

「ふむ」

「……………え、それだけか?」

 

第三者の立場である士郎からしてみれば、簡潔過ぎて納得ができる要素はない。

だが、三芳鋼三郎の人となりを理解し、仕掛けの犠牲者である顕悟や一成にしてみればそれ以上に合点が行く言い方もない。

 

「なにを驚いておるのだ、衛宮よ」

「家がロケット発射したんだろ?もっとこう、衝撃的な何かを感じるところじゃないのか?」

「いや、だって三芳じぃだし」

「うむ、三芳殿だしな」

 

聴取終了。

もっとこう突っ込みどころはあると思うのだが、聞き込み役が納得して話は次に移る。

士郎は言葉の代わりに卵焼きを飲み込む。中がふんわりとして味も染み込んでいると料理の自己評価して溜飲を下げることにした。

 

「家が消失した理由はあいわかった。だが、何故すぐ連絡を寄越さなかったのだ。父母は当然ながら、兄ともに気を揉んでいたのだぞ?」

 

近隣の住民たちも普段ならば発生源が《三芳》と知れば、「ああ、またか」と顔を見合わせて誤魔化すような笑みと力の抜けた溜息で済ませる話だった。だが、流石に昨晩のマッハ噴射の騒音と風害はただ事ではないと警察騒ぎにまで発展し、当然、偏屈爺と交友のある柳洞寺にまで連絡が入る。

 

「抜けているお主のことだから、忘れていただけであろうが……気に掛けている者もいることを忘れるでないぞ」

「……うん、ありがと」

 

わかればいい。口にはしなくとも、息を一つ吐き出した一成の顔がそう物語る。幼馴染が不器用なほど真面目であると熟知している顕悟は、それが話が終わった合図であると受け取った。

 

「それにしてもなぜ衛宮の家なのか。ウチに来ればよいものを」

「仕方ないじゃないか、三芳の客人も一緒なんだから。先方に都合は前に納得したでしょ」

 

無論、それは三芳邸の庭で女を見たという霊観の目撃証言に対する言い訳として使用した()()なのだが、一成が引き下がるには丁度いい理由になったようだった。

 

「それに衛宮宅にいつまでもお世話になるわけにもいかないし、お金の見通しができ次第安アパートでも借りるよ」

「……と神城は言うが、いかがか衛宮よ」

「ウチはいてもらって困らないぞ。事情が事情だしな」

「まったく、衛宮も甘くて困る」

 

弁当箱の米を掻き込みながら、まだ足りない小言をくどくど説教する一成に顕悟は微笑んで付き合っていた。

なんだかんだで仲はいいのだ。

小さい頃からずっとそうしてきた友情の形を前にした士郎は、2人の子供時代が容易に浮かび、なんとなく自分まで幼くなったような気がして頬を緩めた。

 

生徒会室の外の廊下には、放課後に柳洞一家へ顔を見せる約束を顕悟に取り付けさせて、満足そうに笑う生徒会長の声が響いていた。

 

 

 

 

4

 

 

柳洞寺の居住スペースの一室。

寺であるだけあって造りのしっかりした和室は、年頃の少年が使っていたとは思えないほど物が少ない。

 

それでも、無一文かつ持ち物ゼロの顕悟にしてみれば、雑貨全てが生活の糧となる。

身長が伸びて七分丈になってしまったズボンであっても貴重なのだ。

幸い、栄養の考えられた弁当と学校を寝て過ごした分、体力は回復している。作業の進みは早かった。

 

「顕ちゃん、どう?鞄に入りきる?」

「平気だよ、必要なものだけにしたから」

 

ひょっこりと顔を出した和風美人から顕悟は視線を微妙にずらして、まとめた荷物を肩にかける。

生徒会の仕事がある一成を置いて、柳洞寺の長い階段を上り終えた顕悟は一成の母からの熱烈抱擁で迎えられた。

涙声で名前を呼ばれ、胸元で小さく震える女性に母を知らない土筆ん坊は反応に困り、ただただ頭を垂れた。いい薬だと笑っている幼馴染の幻影が見えたが、素直にされるがままに甘んじた先刻。

 

「こっちはもういいの?なら運んでしまいましょう――っ」

 

荷物を抱えようと屈んだ柳洞夫人の身体がふらりと揺れ、額を抑えた。倒れはしないものの、軽い立ちくらみを起こしたようだ。

 

「大丈夫?重いから無理しないで」

「運動不足かしらね。昔はこれくらい旦那と張り合ってたんだけど……それに比べて、やっぱり男の子ね。力あるわ」

 

廊下に出して置いた旅行鞄を一成の母の手から奪い、そのまま玄関へ並んで歩く。

霊観もその父親も出張でいないときの力仕事は昔から顕悟の担当だった。

在宅していた男性陣は、一成からの連絡を受けて仕事をギリギリまで遅らせて待っていたらしく、顔を見て安心したと笑ってから転がる勢いで階段を降りていった。つくづく、顕悟は己の不手際を呪った。

 

靴を履き、降ろしていた鞄を両肩にかける。

そっと背負いやすいように手を添えていた良妻賢母は、三人目の息子に封筒を差し出した。

 

「はいこれ、お小遣い。色々、年ごろの男の子には入用でしょ?」

「そんな、受け取れないよ」

 

一成でさえ、お小遣い制度はないのだ。いくら特殊な状況にいても、柳洞家に返しきれないほどの恩を受けている顕悟は拒むように茶封筒を見つめ返した。

 

「士郎くんがお世話焼きと言っても顕ちゃんのことだから、食費を出すつもりなんでしょ?いくら貯金があるからって、通帳の再発行まで時間がかかるんだから遠慮せずに持っていきなさいな」

「……あ」

 

両手が塞がっていることを理由に渋っている顕悟を、仕方がないわねと微笑ましく思う彼女はパンパンに膨れた旅行鞄の隙間にねじり込んだ。こういうときは、押し切ってしまった方が彼の優しい性格を傷つけることはない。それは10年以上、顕悟を見てきた養母としての経験だった。

 

「……ありがと」

「三芳さんのお客様にもよろしく伝えてね。今度連れてらっしゃい」

「話しておくよ。それじゃ、また来るね」

 

そうして山岳部顔負けの装備量で、参道を下っていくのであった。

 

 

 

荷物の重みから普段より速度が落ち、街の近くまで来る頃には日が暮れていた。

 

(さて、どうしたものかな)

 

山から街へ進むにつれ、通行人から凝視されることも多くなり、疲労もたまっていた。

このまま人通りの多い商店街を抜けていけば衛宮の家に近く、人目の少ない住宅街を迂回すれば遠回りとなる。

吹き飛んだ三芳邸も後者の順路にある故、家庭用品はなくとも栽培道具は回収できる。

普段であれば悩むことのない土筆ん坊の選択だが――この日ばかりは二の足を踏ませる訳があった。

 

それは柳洞寺に赴くより前――。

放課後に一成に一声かけ、生徒会室から一階に降りようとしたときのことである。

 

「遠坂……?」

 

屋上に出ていたのか、階段の上りから夕陽を背にした彼女が見下ろしていた。

強い瞳だった。

志高く、己の望みを渇望し、努力を惜しまずに生きている少女――否、神秘的あるその情景は、戦場に舞い降りる戦女神――がいた。

 

「――神城くん」

 

金縛りをかけた女神は視線を逸らさず、最初から彼だけを見ていた。

見初められている男はただ、呆け顔を晒している。

 

引き締められた唇からは、どんな祝福が、絶望が、発せられるだろう。

琴線に触れた男は抗う術もなく圧倒的な力を前に倒される運命。所詮、女神を前に人は人でしかない。

それならば、せめて――傷つく()()に、手向ける言葉は人であろうと男は願う。

 

「ああ……体調は、平気みたいだね」

「……なんですか、それ。授業を全て居眠りする自分の心配をした方がいいですよ」

 

ぶっきらぼうになる凛の物言い。それが照れ隠しであると見抜けるほどには、顕悟と凛はクラスメート三年連続という千切れそうで切れない奇妙な関係が続いている。

 

既に幻想は霧散し、階段で立ち話をする穂村原学園の2-Aの遠坂凛と神城顕悟がそこにいた。

興味を失い、呆れた顔の凛が赤い()()をはためかせ、階下に降りていく。

そのお嬢様然とした後姿が、小さい女の子のような儚さを秘めていた。

 

――……あまり夜は歩かないで。

 

いつもより弱弱しく、けれど芯が籠った言葉だった。

こちらの彼女の方が顕悟は力強く感じ、聞こえないはずの忠告に大きく頷きを返したのであった。

 

 

 

そんな凛のおかげか。

 

(種一式と道具を回収は、明日にしよう)

 

時間を忘れるほど没頭するガーデニング魂が僅かに変化をみせた。持ちきれないという重量過多(オーバー)は彼にはない。植物の世話のためなら火事場の馬鹿力は常に発揮できるのが、穂村原の《土筆ん坊》なのである。

 

(あれ、珍しい……どこの子だろ)

 

三芳邸から離れ、商店街を通り抜けていく途中、反対方向から銀髪の少女が1人で優雅に歩いていた。

どこかのお嬢様のように紫の帽子で頭を寒さから守り、高そうなコートを着こなした少女の周辺には現実離れした空気が存在している。

 

目に見えない威圧を目視できる彼は、不思議な心地だった。

 

少女の内なる魔力(エネルギー)は巨大で人の形が見えなくなるほど。ただ、自然体でいる土筆ん坊からしてみれば、息苦しさを感じる圧力に堪らず顕悟の右目から水がこぼれた。

あたふたと両肩の荷物に苦労しながら、拭き取った顕悟は顔を上げ――反射的に()()を見る。見てしまった。

 

「――っ!?」

 

アレは、なんだ。

人の性が、全身で拒絶する。

少女の隣で揺らめく空間――あらわになる巨漢。人間の数倍はある背丈に、野太い腕は顕悟の頭などトマトのように潰すことなど容易い。

つい最近も同じような異に遭遇したが、あれの比ではない。力も意志も()()()()も。

――それは狂っていた。

 

「ふふっ、驚いた。――あなた、視えるのね」

 

雑踏に紛れることのない、鈴を転がしたようなソプラノにどくん、と心臓が掴まれた。

おもちゃを与えられた子供のように無邪気で、艶やかな大人びた微笑みを持つ少女が棒立ちとなった男とすれ違う。

残ったのは汗だくになった身体に反して、凍りつくほどに冷たくなった心だった――。

 

その後、居候中の衛宮邸に到着するまでの道中を、顕悟は覚えていない。

 




またもや…
2万に届きそうな気配を察知し分割。

亜麻(アマ)
あなたの親切に感謝します
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