fate/stay night_Short long days 作:のんべんだらり
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1
普段から空っぽの頭の中を更に真っ白に染め上げ、神城顕悟は玄関をくぐった。
「あら、遅かったわね」
出迎えてくれた女の子に辛うじて巻かれていたゼンマイが切れてしまう。
年齢にして8歳前後だろうか、肩口までの髪を両サイドで一房ずつ編み、日本人離れした高い鼻に聡明な眼光。
――咄嗟に思い浮かんだ銀髪を振り払う。
両脇に鞄をぶら下げたまま、靴を脱ぐこともできず、棒立ちになっているやじろべえに子供が眉を顰めた。
「お、神城、おかえり」
そこへ、居間から顔を出した衛宮士郎。似合いすぎるエプロン姿である。
「丁度よかった、士郎くん。これ運ぶの手伝ってくれない?」
士郎と見知らぬ少女の自然な対応に置いてきぼりをくらう男がひとり。
正体不明のもやもやが胸中を過ぎったやじろべえであったが、背伸びをして肩から鞄を下そうとしている小さい背丈に反射的に膝を折る。
「うわ、重っ。よく一人で運んできたな」
「ほんとよね、見かけは優男なのに」
両肩、両腕のバッグが少女から士郎の手に渡っていき、残ったのは長身で細身の土筆のみ。
重みで痺れる手を少女が恨めしそうに擦っている。
顔つきやしぐさをみれば昨日まで一つ屋根の下で同居していた女性と似ているのだが、いかんせん今の顕悟の感覚は麻痺している。
「誰、この子」と視線で訴えるも士郎は屋敷の離れに荷物と共に消えてしまった。
衛宮の妹かな――とズレにズレまくった納得を見透かしたように、少女は憂いを吐き出した。
「まったく……
冷めた流し目で、白いワンピースの端を摘んでいる。それが彼女の趣味ではないことは表情で見て取れる。
「つかぬ事を聞くけれど……キャスター、だったり?」
「ええ、そうよ」
少女は年不相応の笑みを浮かべ、さも当然と肯定した。
「……縮んだ?」
「その一言で済ませられる自分が、神経構造特殊だって気づいてるのかしら?」
「いやだって、エネルギー構造は変わらずに量が減っているっていうか、ミニマム化したように見えるから」
「……間違ってはいないけど、言い方が気に障るわね」
元々の身長差があった顕悟としては、首の角度を変えるだけなのだ。むしろ、膝を折れば視線が同じ高さにあたる分、対応がわかりやすくて今の方が楽とも言える。
「話は夜にするわ。あ、それと、頑張って頂戴ね」
「え、うん」
半分以上理解していない頭が上下するのを見て、それじゃ、と一足先にちびキャスターは居間へと戻っていく。曖昧な顕悟の顔に気づかなかったのは、単に炬燵の誘惑に負けたせいではあるのだが、残された者が知る由もない。
荷物を運び終えた士郎に呼ばれるままに返答して、泥だらけのスニーカーが女性の履物とローファーの横に並んだ。
2
夕飯のかぐわしい匂いが、徐々に感覚を戻していく。
並べられたカレーライスは五人分。皿の前に全員が揃ったところで、代表して藤村大河はスプーンを手に取った。
「いただきまーす!」
金属が食器を叩く音が勢いよく響く。流し込んでいるとしか思えない速さを誇る虎の扱いに鳴れたもので、士郎は喉を詰まらせた用の水の準備を怠らない。
そんな甲斐甲斐しい給仕は目の前に、ズイと突きつけられた影に苦笑を浮かべる。
「……士郎、おかわり!」
「はいはい」
最初は手抜きだと文句を垂れていた大河であるが、蓋を開けてみればものの数分で平らげてみせた。その勢いにあやかる間桐桜も静かに器を持って席を立つ。
開始早々の大食い競争から蚊帳の外に置かれた他はというと――
「……」
夢うつつの状態で機械的に手を動かしていた。
いくら食べやすく千切られているレタスであろうともスプーンでは取りにくいだろうに。
帰ってきてから様子のおかしい雑草の隣に座っている小さな女の子がため息を吐いている。まるでだらしのない兄の面倒を見切れないといった妹のようだ。
おかわりが届くまでの間、手持無沙汰となった虎の興味は夕食を共にしている教え子とその知り合いの子へ自然と向けられていた。
「――ケンゴ。フォークに持ちかえるか、カレーにするか、どちらかにしなさい」
年下の子供を注意する口調は、随分大人びていて感心する。
幼い外見と成熟した内面のギャップを持った少女に大河は不思議と親近感が芽生えた。
こういう勝気な誰かと、別の世界で暴れているような――
「お待たせ。福神漬け山盛りにしておいたぞ」
「わーお!士郎ってば太っ腹もぐもぐもぐもぐ」
瞬間的にどこかのロリブルマが垣間見えたが、届いたおかわりによって打ち消された。まさしく、好奇心よりも食欲が勝るが虎である。
記録は大河が5杯、桜が3杯、士郎が2杯と記しておこう。
食後の番茶を飲み終え、定番のお笑い番組も堪能し終えた虎の顔は満ち足りていた。
これで太らない体質なのだから相当燃費が悪い。
「さてと、そろそろ帰る時間ね」
チャンネル権を独占し、親父くさく寝そべっていた教師は身軽にしゅたっと立ち上がった。
大食い次点である少女もそれに続き、見送りに士郎が席を立つ。
「さよーなら」
軽い会釈で済ませるキャスターと、軽く手を振る顕悟。2人の間には、1つのリモートコントローラー。自由になったテレビ選局を小競り合いへと発展した居間へ、虎が舞い戻ってくるのに時間はかからなかった。
スパンと、廊下と居間を繋ぐ障子が開け放たれ、
「どうして神城くんたちがいるのーー!!」
「ふ、藤ねぇ!!ちょ、待――」
残念ながら靴を履いた後だったようだ。廊下には無数の足跡が残され、士郎は手と膝をつきひしがれ、桜に励まされている。
そして再び、居間にて顔をつき合わせる一同。
それまでのだらけきった顔ではなく、一応は教師のそれだ。
かくかくしかじか。
昼間と同じく繰り返す家なき子の説明を、瞑目し腕組をしながら重々しく聞き取る大河はきちんと教職者たる威厳が出ていた。
破天荒ぶりが先に立って相殺されるが、藤村大河は生徒想いの教師である。性格的にはアレだがという心の声は、命が惜しければ声にしてはならない。
「神城くんはわかったけど、その子は?ま、ままままさか、誘拐――!?」
「はーい、藤ねぇ、自重しようなー」
「ハッ、この香りは岩骨亭の至高の一品――」
出されたお茶請けに、鬼の形相は途端に弛緩した。ロリ疑惑がかけられていた顕悟は絶妙な操縦法をみせた士郎の手腕にほぅと息を漏らす。
安心ついでに、大河が手放しで褒める一枚に手を伸ばした。バリッという音と醤油の風味を嗅ぐわせる横で、正座していたキャスターが一礼する。
「三芳様の家にお世話になっておりました、キャスターと申します」
よく見れば、米神がヒクついているのだが、気づかなければならない保護者は煎餅に夢中だった。
「これは礼儀正しくどうも。――じゃなくって、吹き飛んだ三芳さんちはともかく、ここよりも柳洞寺の方が安心でしょ?士郎も神城くんも日中は学校があるんだから」
尤もな指摘に、一同はぽかんとしてしまった。居候を了承した士郎もそこまで考えに至らず、口をだらしなく開けている現状。
注目を集まっている虎は、なにを勘違いしたのか照れていた。
「それはそうなんですが、わたしクリスチャンなのでお寺はちょっと」
「そう、それなら仕方がないわね」
納得しちゃうんだっ!?という士郎と桜のツッコミは顔だけに止まった。口が塞がっており、話せる状態ではないのだ。
そう、たとえ少なくなっていく残数に不安を感じた大河が、早く話を切り上げて自分の分を確保するがためだとしてもキャスターにとってその方が都合がいいのだ。
「ふっふっふ、残りはこの私頂いた、手出し無用なりッ!」
「先輩、棚に残ってませんか?」
「ああ、これで全部なんだ」
「……固焼き、うまい」
だから、キャスターの分が一枚も残っていなくても、誰も、怒り、は、し、な、い。
「えっと、キャスターちゃん……その、食べる?」
「あら、よろしいのですか?」
大人気なく器を抱きかかえて占領していた暴君から、一枚を譲り渡されるほどに少女の笑顔は美しかった。
そうした茶番も蚊帳が降ろされ――
「桜後輩」
靴の踵をトントンと調節していた桜は振り返る。ほわっとした雰囲気ではなく、病気の草花を世話しているときの真剣みと気遣いを孕んだ表情だった。
ふわ、と桜の額を隠している前髪が浮かされた。
「……やっぱり。ちょっと熱あるね」
「神城せん、ぱい?」
ごく自然に、額に添えた手が冷たくて気持ちがいい。桜と違って節々が無骨な手に遮られて半分になった彼女の視界の中で、土筆ん坊は駄々をこねる子供に手を焼いてますというように眉をハの字に下げていた。
桜の異変に顕悟が気づいたのは食事のときだ。
体内エネルギーが普段よりも活性化しているのを呆けていようと顕悟はきちんと判別していた。
微細な変化だが、幸い、魔力の高ぶりで身体の調子を崩す例は何度も見てきている。
ただ、同級の彼女と違って、桜が体内バランスを崩した場面を見たことがなく、声をかけるタイミングを逃していただけである。
体調が悪いのに、あの食欲って――などという疑問は乙女の事情のために伏せておく。
「どうした、桜。体調が悪いのか?」
「へ、平気です、ただの風邪ですから」
顔色を覗き込むようにして近づいた士郎から、桜は一歩退く。その拍子に顕悟の手も離れ、生温くなった温度だけが額に残る。
「微熱があるんだから平気じゃないよ」
「士郎、送ってあげなさい。神城くんはお留守番してキャスターちゃんの面倒を見てあげること」
「そうだな。鍵は持っていくから玄関は閉めておいてくれ」
「了解」
玄関脇にかけられていたコートを引っ掴み、士郎も土間に降りる。
一連の流れるような展開に口を挟めなかった桜は、熱に浮かされた頭の愚鈍ぶりを他人事のように感じていた。押しに弱い彼女は意中の相手が玄関を開けようとしているときに、ようやく精一杯の謙虚さで声を張り上げた。
「せ、先輩?わ、私はひとりで大丈夫ですから――きゃっ」
突然、視界が黒く染め上げたソレを桜は押し上げる。
柔らかい手触りで、頭から耳まですっぽりと収めてしまう毛糸で編まれた帽子。丁度モミアゲの辺りに垂れ下がったボンボンは桜の髪の色と同じだった。
柳洞寺の部屋から得た戦利品はノッポの男が被るには不釣合いなキャラクターが側頭部にステッカーされているが、桜ならば可愛らしいで済む。
「頑張り屋なのはキミの美点だけど、弱っているときは甘えてもいいんじゃないかな」
「そうだぞ、桜。風邪は引き始めが肝心なんだぞ」
観念したニットの帽子頭が小さく頷く。
「それじゃ、衛宮。桜後輩のことよろしく」
「おう、任せろ」
ぽんぽんと毛糸に包まれた頭をあやし、土筆ん坊は送り出した。
3
玄関の戸締りをして風呂の準備を終えた顕悟は、眉を吊り上げたキャスターの部屋に連れ込まれていた。
キャスターが使っているのは別棟の洋室にあたる。搬送した部屋がそのまま、彼女の部屋として宛がわれていた。
使い慣れている和室を所望した顕悟は、士郎の隣の部屋を借りることになった。
「これからについて話ておくわ」
ランサーのマスターは顕悟をマスターと勘違いしたまま。狙われることになる。
魔力消費を抑えるため、幼児化したキャスター。
「桜は魔術師ね、それも優秀な。――だけど」
魔力に影が見える不思議。
「……キャスター?」
「なんでもないわ。それに比べて、士郎くんは半人前ね」
「そういえば、その士郎くんって?キャスターにしては砕けた呼び方だね。衛宮はキャスターの姿に驚く素振りもないし」
子供のように唇を尖らせて純粋な疑問を尋ねた顕悟は、珍しく拘っていた自身に気づくことなく首を傾けた。
ああ、それ。と興味なさげに流し目を向けた少女は、朝露の一滴ほどの変化を見落とす。
「魅了魔術で記憶操作したのよ。初めからこの姿だったと思わせたの」
弱った自分でも簡単に進みすぎて拍子抜けしてしまったキャスター。彼の魔術師としての将来が心配になる。
因みに、部屋割りに関して離れに小さい子を1人で放置していいのか、とフェミニストぶりを発揮した士郎を黙らせたのも同じ手段らしい。決して説得が面倒になったわけではないとキャスターは力説する。
ただ、目が覚めてから観察すればするほど士郎が顕悟と同じ属性だとわかってしまった。割り切った方が、精神的に楽であることは経験から嫌というほど学んでいた。
それよりも、キャスターには気になることがある。
「彼、令呪の兆しがあったわ。本人は痣程度に思っているでしょうけど、明日辺りには模様が浮き彫りになるでしょうね」
衛宮士郎はマスターに選ばれている。
召喚したサーヴァントがキャスターの用心棒となれば助かるが、こればっかりは相性や気性が大きく左右する。引いてみなければわからないとはいうものの、早くもキャスターはげんなりした。
マスター不在のせいか、Eランク表示となった己の幸運に頼らなくてはならない現状は、頭痛の種でしかない。
そしてもう一つの大きな誤算。
「それと彼、聖杯戦争について何も知らないみたいよ」
記憶を弄るときについでに探りをいれたけれど知識はゼロだった、と悪びれもせずに立腹する魔女。
別の収穫はあったが、それを顕悟に伝える必要はないだろう。慌てずとも士郎が召喚した日にわかることなのだから――。
「早いうちに話した方がいいわね。彼のサーヴァントにバッサリなんて笑えないわ」
「わかった。今夜は遅くなるだろうから、明日話す」
友人が死ぬかも知れないと忠告しているのにも関わらず、順延するなんてやはりどこか異常だ。
魔術に関わっている時点で正常な精神構造とは到底思えないが、日常に近いと
難しい顔をしたキャスターを余所に、士郎の話題とは一転して心配を豊かに表情とした顕悟は話を進める。
「桜後輩はどうだった?マスター、かな」
「可能性としては充分にあり得るけれど、見た限りでは確認できなかったわ。あなたこそ、そういうの視えないの?」
「よくわからない。人によって魔力量の変調はあるだろうし。バランスは崩していたみたいだけど……」
「それでもあれほどの魔力があるなら、警戒して損はないわ」
状況が変わった今、もう1人の遠坂の情報も集めておいた方がよさそうだ。
「(全く、少年少女ばかりが候補なんて随分作為的な聖杯だこと)」
独り言を口の中で転がしながら、キャスターは隠さすに大口を晒している頬を張った。
「……痛い」
赤く咲いた小さなもみじを擦りながらの呟きを聞かなかったフリをして、
「いいかしら?冬木が舞台になる以上、誰に襲われるかわからないわ。今後、無闇な外出はしないで」
「……わかった」
妙に聞き分けのいい土筆ん坊に訝りつつ、キャスターは話を閉じる。
そそっと準備しておいた子供用の服――元は顕悟のお下がりは見る影もなくバッサリと裁縫し直された――を手に、幼女は席を立つ。昨日は眠り続けて堪能できなかったキャスターの期待は大きい。
ルンルンと鼻歌に混じって高速神言を紡ぎそうになるほど、上機嫌だったキャスターの足を阻むのはやはり天然男。
「あ、そうだ。明日の午後、買い物に行こうよ」
「……あなた、私が言った言葉、聞いていたのかしら」
額に青筋を浮かべる異国の少女は、なんともシュールだった。
大人のキャスターが不動明王だとすれば、子供のキャスターは毘沙門天。怒気に大した差はない。
馬鹿にされていると理解してぶー垂れる長身の男は、あんまり可愛くなかった。
「聞いてたよ。だけど、キャスターの子供サイズに合わせた日用品がないと、不便じゃないか」
「それは、そうだけど」
スキルとして道具作成を保持するキャスターであっても、歯ブラシなど消耗品まで手を出すわけにもいかない。やれと言われればやるが。
恥らうように悩んでいたキャスターは幼い外見に似合わず、慣れた仕草でため息を零した。
彼女が、できるならこの世界の物に触れたいという願望を持っているといつからか感じていた顕悟はイタズラが成功したように微笑む。
結局、キャスターが折れることで進むのが、2人のパターンなのだから。
『
秘密