fate/stay night_Short long days   作:のんべんだらり

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■Corydalis incisa

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1

 

 

食後のティータイムとは、西洋では文化である。

朝、昼、夕方、夕食後と回数に限りはない。カップから茶葉、茶菓子などこだわりは尽きない。

古くから王族や貴族にとって、窮屈な公務から息をつける優雅な一時である。

 

窓際の端で、コルキスの王女は慣れた手つきで、甘く香る真っ白な陶器を持ち上げる。

白いワンピースにライムグリーンのカーディガンを羽織り、太腿までの丈の下から動きやすさをとったパンプス。ひざ近くまであるおろしたてのブーツは、平べったい靴底が多かった生前時代の履き物に比べ、お洒落でそれなりに彼女も気に入っている。

いくらその可憐な顔が退屈に歪められていようと、見た目は麗しい美少女。

憂いを帯びた息を吐き出したならば、お忍びでやってきたどこかの令嬢に見えるキャスターは()()()を空にして戻す。

 

「ケンちゃ~ん、三番テーブルにラズベリータルトとレモンチーズ、七番さんにはスペシャル苺とマロマロモンブランよろしくネェ~」

「了解です」

 

マークの入ったエプロンを身に付け、注文のスイーツをせっせと用意する土筆ん坊に待ちぼうけをくわされていた。

 

 

 

 

 

 

今思えば、迷わず足を進める顕悟に案内を任せきったことがそもそもの発端であった。

 

資金援助をしてくれた一成の母に感謝しつつ、雑貨屋と子供服売り場を巡った土筆ん坊と小さな魔女は、小一時間も立ちっぱなしだった足を休めるため商店街から離れた通りを散策していた。

 

「道一つ違うだけで、雰囲気ががらりと変わるわね」

「まぁね。みんなこっち側にはお店を持ちたがらないから」

 

立ち並んでいるのは民家ばかり。それも平屋や古い木造建築が多い。

趣ある閑静と言えなくもないが、生気がないと表現した方がしっくりくる。

 

「あらら……」

 

道が続く先にあるだだっ広い公園の方角を見ていたキャスターは横から聞こえた失笑に意識を戻された。

着いた先はこじんまりとしているがシックな外装の喫茶店。

西欧の田舎を意識したレンガと木を組み合わせた入り口扉の近くに掲げられた看板の文字を、少女は流暢に読み取る。

 

「ここは随分賑わっているのね。《gouter(グテ)》……なかなかの洒落好きじゃない」

 

フランス語で「楽しむ」や「味を見る」の他にも「3時のおやつ」という使われ方もしている名の通り、寒空の下に広げられたオープンテラスにも女性客がコートの襟を重ねて合わせて話に花を咲かせていた。

日本文化の炬燵と友好関係を築いているキャスターにしてみれば微塵も共感できないが、味の保証はされたも同然。

ただ問題はその予備軍――密かな人気を持つ開店10年の店に並ぶ長い列だった。

 

「別のところにしようか?」

「そうね。待っているだけで日が暮れそうだもの」

 

雰囲気は好みだけど仕方がないとキャスターが零したとき、扉に付けられたカウベルが鳴いた。

 

「あらぁ?あらあらあらあら、そこにいるラブリーな子連れはケンちゃんじゃなくてっ!?」

 

見たものを悲しくさせるほどにパティシエ服を突っ張らせる筋骨隆々の肉体。反面、尖った喉仏を通ってやや低めの女性口調が悲鳴混じりに飛び出した。喫茶『gouter』の店長である。

 

「あ、店長」

「いいところにいてくれたわ。もうほんっと、ケンちゃんがいないとワタシ、ダメみたいなの」

 

気さくにあげた土筆ん坊の手を身体全体で握りしめるように、オネエ店長がまつ毛をびっしりと反らせた瞳を潤ませていた。

本名、伊集院(いじゅういん)正男(まさお)。グロスで光るたらこ唇が動き――髭を剃った跡をきれいに青く残したガチでムチな男、だけど心は乙女な――金切声が顕悟のコートを濡らす。

 

「一生のお願いよぅ!一時間でいいから手を貸して頂戴!!」

 

逡巡する暇なく逞しい腕に抱えられていく”ケンちゃん”の後を、溜息をついてキャスターがあとを追い――蓋を開けてみれば、顕悟のバイト先で急遽助っ人を懇願されたという話である。

 

 

 

 

約束を30分ほど超過して、香水と熱気の籠った店内の空気もようやく落ち着きを戻していた。

窓の外の長い行列は既になく、ショーケース内にも売り切れが目立つ。商品がなくなれば客足も減るのは自然の流れであった。

しかし、忙しくとも暇であろうともキャスターには腑に落ちない疑問が残されている。

 

(いえ……信じがたいというべきかしら)

 

女性受けのする花咲く笑顔で接客する顕悟は危なっかしくもおっとりした雰囲気に反して、立ち振る舞いは整然としており、集中しているときは頼りがいがある――ように見えなくもない。

ともあれ、認めざるを得ない。

 

「サマにはなっているのよ、不可解なことに」

 

「可憐な美少女はケーキ食べ放題よぅ!」としなをつけて宣言されたものの、二個が限度であったキャスターの皿はとっくに空となっている。他にすることもなく家の外での土筆の生態を観察をしていたキャスターの評価としては好印象といえる。

 

「ん?何が?」

「……あなたも社会で人並みに働けるのね、と感心していただけよ」

 

静かに置かれたカップから立ち上る湯気に、茶色の双眸が瞬いた。

向かいの椅子に自分用のケーキとカップに手をつける顕悟の笑顔は、彼女がよく知るものだ。先ほどまで若い女性たちに振りまいていたソレとは種類が違う()()()()に気づいてしまう己に何故か負けたような気分になった。

 

「それよく一成にも言われるけど、どういう意味?そんなに身嗜みが悪いかな」

「格好の問題じゃないから、服の皺を直すよりも食べたらどう?」

 

理解が追いつかない顕悟は首を傾げるが、それもシフォンケーキを口に含むまでのことだった。

 

「んー、労働の後は格別だよね、やっぱり。キャスターのチーズタルト、どうだった?」

「サッパリとした甘さで美味しかったわ」

「だよね!クリームにヨーグルトの酸味があるから、二個目としてはおすすめなんだ」

 

植物以外には興味ない土筆ん坊であるが、仕事関連だけあって洋菓子にも詳しい。

 

(ほんと……子供そのもの)

 

それは口の端にクリームをつけている顕悟に呆れてか。

ともかく、労いを込めてキャスターは紅茶一杯分は我慢して付き合うことにした。

 

「こっちは今月の新作なんだけど、なんとこれチョコに見せかけたベリージャムでね――」

 

この後、ひと段落した店長も参戦してのスイーツ談議は適当に返事をしていたキャスターが、良かれと紅茶を注ぎ足していた朴念仁に気づくまで続くこととなる。

 

 

 

 

2

 

 

「今日はすっごく助かっちゃったわ。また、時間ができたら来て頂戴ネ」

「うん、店長も頑張って」

 

キャッ、ケンちゃんに応援されちゃった!と年甲斐もなく(はしゃ)ぐ本名、伊集院(いじゅういん)正男(まさお)39歳独身。

照れて腰をくねらせるプロテインの塊に、笑って対応する土筆ん坊。僅かな尊崇(そんすう)の念がキャスターに芽生えた瞬間である。

 

店の外まで店長に見送られ、喫茶店を後にした2人はまた荷物を抱える。

 

「あ、そうだ」

「ダメよ」

「……まだ、何も言ってないんだけど」

 

両手を荷物で塞いでいる土筆ん坊の頭だけが下がる。

なにも手ぶらのキャスターが扱き使っているのではなく、体格的に彼が荷物持ちをかってでただけなのであるが、すれ違う人は妹のご機嫌取りをする兄を微笑ましく眺めて過ぎていく。

 

「ならはっきり言いましょうか?三芳の家は諦めなさい。だいたいもう”家”そのものがないのだし、庭だって見るに堪えない惨状でしょうに」

 

命の保障がなくてもいいならどうぞご自由に、と鼻を鳴らすキャスターの後ろを荷物がすごすごとついていく。

三芳邸の打ち上げられた家屋はともかく、納屋には植え替えの肥料や球根、園芸用具などがそのまま残っている。

持ち出せたのはほんの一部にしか過ぎず、草いじりが三度の飯代わりにもなり兼ねない顕悟にとって断腸の思いであった。が、この植物の虜である男はキャスターの知略でさえも牛耳(ぎゅうじ)れない土筆である。

 

「…………わかった。キャスターを危険に晒すわけにはいかないし我慢する。でも学校帰りに土壌だけは手入れしておいたからキャスターが思ってるほどじゃないよ、安心して」

 

ようやくわかったか、この天然男と胸のすく思いであったキャスターの米神がすぐさま引きつる。

(げん)ずるよりも早く撤回させられるとはこれいかに。

 

「それでさ、代わりに寄りたいところがあるんだけど」

「……もう、好きになさい」

 

もはや聖杯戦争の存在が(かすみ)かかるほどの能天気ぶりに、ただの少女となったキャスターは無力感に苛まれるしかない。

 

 

 

 

一か所だけと妥協した結果、温かみのある喫茶とは正反対の広々とした無機質なコンテナの看板をくぐることなった。

 

「ちょっと待ってて」

 

一言告げたきり、友人――キャスターは女性と睨む――の誕生日に送るプレゼントを引き取りに顕悟は店の奥へと消えていく。

チャイムくらいでは来客に気づかないこの店の主人はかなりの年輩であり、三芳の友人で顕悟とも顔見知りらしい。御影石から宝石まで石に関するものならなんでも取り扱っている老舗で、三芳庭の池石もここのものだと来るまでの間キャスターは聞かされていた。

 

「……あら?」

 

やさぐれていた心の琴線が馴染みある感覚に触れ、その一つを手に取る。

紫水晶(アメジスト)と呼ばれる天然石である。

発掘し放題の時代で希少価値に関係なく見かけたものだが、年月とともに紛い物や秘められた魔力の低下が顕著になったと与えられた知識が囁く。礼装のローブに似たその色合いはキャスターの持つ魔法石とは比べ物にならないが、純度には僅かに目を引くものがあった。

 

「(強度もそれなり……秘められた価値の割に値段もリーズナブルね)」

 

宝石を扱う魔術師が血眼になって求める穴場に、唐変木がいとも簡単に出入りしていると知られようものなら命の保障はできない。

赤い誰かが詰問するであろう現場に居合わせる近い将来があったとしてもキャスターに庇う気はさらさらない。顕悟といるだけで常識に罅を入れられる一番の被害者は彼女なのだ。

 

奥の方で石屋の主人と話し込んでいた土筆ん坊が戻ってくる前に、キャスターは棚にアメジストを戻す。

 

「お待たせ。気になる()はいた?」

「確かにあなたが勧めるだけあってマナが強いのは認めるわ。かえって贈り物としては危険じゃないかしら?石の扱いに長けていないと逆に厄を招くわよ」

 

友人に送る理由が「石が好きみたいだし、お守りにと思って」などと浅すぎる。

天然石といえば、地面に転がっている石ころの延長に聞こえるが、無造作に並べられているのは透明度が高ければ高いほど価格も上がる宝石の類だ。

もし、相手が多感な年ごろでかつ自意識過剰の初心な女心を持っていたら誤解されかねないが、それはそれで愉しそうだと魔女は愉悦する。

 

「大丈夫だよ、その辺わかってるだろうから。はいこれ」

 

手にしていた小さな袋はキャスターに、プレゼントはポケットにしまっていると土筆はジャケットを示す。

胸を張る子供の催促に負けて開封すると、中から海色の石がキャスターの手のひらに転がり落ちた。

 

「…………アクアマリン」

 

青色の緑柱石、別名を水宝玉。薄いブルースカイはAAランクの宝石クラスだ。

ちなみに宝石はAAAクラスほど透明度と値打ちが比例して高くなる。

 

「仕入れたばかりの”とっておき”だって。どうかな」

 

薦める店主の自信も頷ける一品であった。

だが、多感で自意識過剰でもないキャスターは土筆ん坊の単純思考から来る単純行動に舞い上がることはない。

 

「花たちに比べて変化は遅くてもここの石たちはみんな素直だから。キャスターを助けてくれるよ、きっと」

「そうね。連れまわされた報酬としては不十分だけれど」

 

内包する魔力の重みがキャスターの手を通して確かに存在を主張している。

いつものように灰に変えてしまおうか、と海の水が揺らめいた。

 

「気が済んだのなら帰りましょう。今夜の準備に取り掛かりたいわ」

 

大小の影が夕日を浴びて伸びていく。

小さい歩幅の回転率を上げる彼女のポケットから海の波音が微かに流れた。

 

 

 

 

3

 

 

「日が随分短くなったなぁ」

 

衛宮家の門を我が物顔で開けたキャスターは、荷物の呑気な呟きを置いてさっさと戸口に手をかける。

どこぞの屋敷と違って普通の玄関のため、その動作に躊躇はない。

だが、扉は動かない。即ち、キャスターも動けない。

 

「あれ、衛宮まだ帰ってないんだ」

「……いいから早く開けなさいな」

 

出番となったスペアキーで開錠し、居間に上がるが家主の帰宅した痕跡はない。荷物を運び終えたキャスターと顕悟は、再び居間で顔を合わせる。

一成に連れられて校内を徘徊していた士郎を見かけた限り、半日使う作業とも思えなかった土筆だが焦ることもなく、壁にかけられていた士郎のエプロンを違和感なく身につけた。

 

「食事の用意するけど、なに食べたい?」

「軽めでいいわ。あまりお腹すいてないもの」

「それなら、煮込みうどんにしよっと」

 

整理された使い勝手のいい台所で意気揚々と支度を始める背中に、人の家である遠慮は一切ない。

顕悟が用意したお茶を片手に乳酸の溜まった足を投げ出してテレビのチェックをするキャスターも同様である。

 

但し、今夜はそんな三芳邸と似て余りある生活に再び変化が起きる運命の夜――。

 

 

 

それは、食器洗いを終えた顕悟が手を拭い、キャスターが視聴している武士と姫の恋愛ドラマがコマーシャルとなったときにやってきた。

廊下に忍ぶ足音が途絶え、一拍を置いて障子が横に動き、

 

「うおっ!?な、なんだなんだ、2人してそんな待ち構えて――」

 

コートの下の学生服を先日の誰かのように赤黒く染めた士郎がいた。

 

「衛宮」

「お、おう」

 

士郎がたじろいでしまうほど真面目な顔をしてその全身を()()土筆ん坊。

 

「おかえり」

「っ!?あ、ああ――ただいま」

 

可もなく不可もなく。何があったかはわからないが、何かあったことはわかる。そして顕悟も最近体験した相手であると、士郎の胸の穴が教えていた。

心臓部分に開けられた穴、血の気の薄い顔色、そして僅かに漂う赤と青の魔力。

生還を喜ぶ男2人の傍ら、冷静な少女が口火を切った。

 

「坊や、あなた……学校を出て真っ直ぐに帰ってきたのかしら?」

「え、ああ……だいたい30分前くらいに出たから、そうなるな」

 

雰囲気の異なるキャスターに気圧されつつ、自分の血だまりを掃除する奇妙さを思い出した士郎は失笑を漏らす。

一度()()()身を誤魔化し、どう説明しようかという士郎の無駄な悩みは小さな手に制された。

 

「説明する間も惜しいから省くけれど、ランサーがここに向かっている。私はこの坊やを使って召喚させるから――」

「うん。できるだけ早くでお願いするよ」

 

サーヴァント相手に稼ぐなど先日の一戦で身を以て、土筆が役目を果たさないことは体験している。

役に立たない駒を知略でもってこそ使うが策士(キャスター)を語る英霊。どんな低能であっても使い捨てならば最低一度は使える。そして、目の前の駒は捨てても捨てても生き延びる雑草。

困った顔など微塵もなく、信頼のみを向ける能天気へ伸ばされた小さい手が無造作な前髪を払いのけ、

 

「――ευλογα(賛美を)

 

小さな祝福の風が額を撫でた。

口から涎が零れそうなほど呆ける顕悟という壁によって魔術を見逃した半人前魔術師は、しきりに首をひねっていた疑問をようやく言葉にする。

 

「というか、二人ともあいつのこと知ってるのか?」

 

彼にしてみればもっともな点だが、生憎切羽詰まった状況は止まってはくれない。時間は等しく有限である。

 

「説明してる時間はないって言ったでしょう。工房に行くわよ」

「こ、工房ってなんのことだ?それに神城を置いては――」

「あなたが夜な夜な魔術の練習をしているガラクタ置き場よ。失敗続きの三流魔術師なのはわかっているからさっさといらっしゃい!」

「は、はい!」

 

今日一番の関係者でありながら事態を全く飲み込めていない士郎と先導するキャスターの姿が土蔵の扉で閉ざされた。

サンダルを履くよりも靴下のままを選択し、庭に出た顕悟が転がっていた物干し竿を拾いあげたところで、青い狼が目を光らせていた。

 

「ほぅ、殺した人間が生き返るなんて面倒くせぇと思って来たが……こんなところで逃した獲物と会うとはな」

「巻き込んだにしても巻き込まれたにしても、友人を見捨てて逃げる気はないからね」

「はん、友思いってのは泣かせるねぇ」

 

ここには三芳の仕掛けも地の利もない。蹂躙される結末は、ランサーの気まぐれで早いか遅いかが決まる。

だが、それでも顕悟が動ける。視える。

その手にするは洗濯の必需品、物干し竿のみ。

 

「お前らは二度目だ。制約なしで()れるってわけだ!」

 

赤い一閃が目視できぬ速さで突き出され――来たる死よりも速く――

迎える構えは遠投、否。撃ち合い、否。

地面を穿った棒に全体重をのせ――死者の如く空を舞え――

 

「しゃらくせぇぇ!」

 

鞭のような赤が骨を砕く。

 

「ぐッ――」

 

しかし、それでいい。まだ心臓が動いていることが最高の成果。

一秒でも長く鼓動を繰り返すしか土筆に道はない。

地面を這いつくばっていた影は真っ二つになった竿を構え、前を向く。どれほどに身体が傷んでいようと、成さなければ閉ざされる。

 

ただもう一つ、彼が生きる運命があるとしたならば――それはランサーが振りかぶった槍よりも(はしこ)く。

 

割って入った()が姿を現し――金色の少女が槍兵と対峙することだ。

 

 

 

× × ×

 

 

 

時間軸は、士郎が引き摺られてきた土蔵に巻き戻る。

 

ガラクタと称される道具や材料一式が積み上がっていたはずの床に、見覚えのない青白い模様が描かれていた。

その中央。キャスターに誘導されるままに、かび臭い室内で直立不動となった士郎は未だに事態の把握ができずにいた。

 

「な、なぁ。これって一体、どういうことなんだ?」

「魔術の召喚の儀よ。魔術師なら聞いたことくらいあるでしょう?」

「使い魔の契約をってヤツか。でも、なんでそんな高等な魔術がウチにあるんだ?そもそも俺、召喚なんてできないぞ」

 

養父が魔術の才能のない己に説明するのを省いた可能性を士郎は片隅で考えつつ、魔方陣の途切れがないかを入念に確認していた薄青の少女から呆れ顔を返された。

 

「愚問ね。言われるまでもなく、半人前以下の魔力回路に期待はしていないわ。あなたは何もできなくても、その左手さえあればいいの」

「俺の価値は左手以下……」

 

手の甲に浮き上がっている変な痣をまざまざと士郎は眺める。

ただの怪我であると思っていたとは、ここで言わない方が身のためだ。

 

「いいかしら。外のお友達を見捨てるつもりがないならば、おとなしく復唱なさい」

「……わかった」

 

頷く半人前を前に、キャスターの魔力を通した魔方陣が発光を始める。

 

「――――――告げる」

 

――――告げる。

汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。

誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。

されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者――

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

一字一句、間違うことのないよう紡がれた士郎の叫びに呼応して、薄暗く埃っぽいガラクタ部屋に降臨したのは――金色の少女だった。

 

「サーヴァント、セイバー。この身はマスターのために」

 

甲冑を月光で照らし、金髪を結い上げた神秘的な少女に向けられた第一声は、マスターと呼ばれた士郎ではなく薄青の少女の不満だった。

 

「呼ばれて早々、少女に物騒な剣を向けるのは感動の場面に水を差すのではなくて?」

「黙れ、メイガス。最弱のサーヴァントが待ち伏せとは相変わらずの策略だな」

「待ち伏せもなにも、あなたとそこの坊やの召喚の儀を行ったのは私。恩を仇で返すつもりかしら、英雄様?」

「そうだぞ、えっと……」

 

言いよどむ士郎に凛とした少女は振り向かず、扉をにらみつけた。

 

「確かに。弱っている貴方よりも優先すべき相手がいるようですね」

「……言ってくれるわね」

 

キャスターの補佐もありパスは順当、弱っているキャスターよりもランサーを脅威にしたセイバーが飛び出していく。

 

 

 

× × ×

 

 

 

撃ち合う青と金の影。その残像はまるで光の交差。

サーヴァントの戦いを地に伏した顕悟は、縦横逆転の視界での鑑賞となった。吹き飛ばされたのが幸いして、巻き込まれない配置になっているせいか、小石で切った額の痛みも忘れるほどに見入っていた。

それほどまでに、槍と剣の技は美しかった。

だが、一瞬のようでもあるその戦いにも、幕は下げられる。

 

刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)!」

 

因果を捻じ曲げた必中必殺の魔槍を胸に受け、それでも剣を引かない少女は獰猛な狗を退けるに値する覇気があった。

 

「真紅の槍に神速の腕前……アイルランドの光の皇子か」

「ちっ、宝具を出してこれかよ。長居はできねぇか……引かせてもらうぜ」

 

俊敏に塀を飛び、屋根を跳ねていく青い影。手負いとはいえ彼女ほどの手練れが相手を見逃すはずもなく、胸に開いた甲冑の穴がみるみる修復されるよりも早く、駆け出していた。

 

「逃がしはしない!」

 

ランサーに続き、少女が軽々と塀を飛び越えていった後の庭に受け身を取り損なったまま地にひれ伏している男が一人。

なんとなく彼女を追いかけなくてはいけない、と使命感のようなものが沸き上がり、身体を起こす。たらりと垂れてきた生ぬるい液体を袖で拭ったところで、士郎が土蔵から転がり出てきた。

 

「神城!こっちに鎧姿の女の子が来なかったか!?」

「ランサーを追いかけて外に行ったよ。……こっちはいいから追って。彼女、一人にしちゃだめだ」

「すまん。……すぐ戻るから!」

 

意識ははっきりしている土筆をそのままに、外から響く金属が撃ち合う音に向けて士郎は走る。

 

 

 

門までの距離がまどろっこしい。広大な敷地を掃除以外で恨みに思ったのは初めてだった。

 

近づくにつれ、相手が青い槍兵でなく、赤に見えようが士郎にとってはどうだってよかった。セイバーの手が不可視の凶器が、人を傷つけようとしていることだけわかれば十分だ。

一際大きく、音が跳ねあがった。

それは、白髪の赤ずくめの男が今まさに斬られた場面だった。赤兵を斬り伏せ、進撃はそのままに。

 

「やめろ、セイバーーーッ!!」

 

半透明になって消えゆく赤兵の背後――そのマスターの喉笛を噛み切ろうとした獅子が制止した。

見えないはずの刃先は、首の皮一枚隔てて微動だにしない。己の意思とは異なる動きに狼狽するセイバーの体が、震えているのは怒りか、力の反動か。

 

「剣を下してくれ、セイバー。俺はそんなこと望んじゃいない」

「正気ですか、令呪まで使用するとは。……わかりました、サーヴァントには痛手を負わせただけでも良しとします」

 

セイバーの意思で、不可視の剣が鞘に収まる。

そうして、寸で命拾いしたマスターが街灯の下に素顔を表した。

 

「ふぅ、ようやく話がわかるマスターが出て来たわね。――では改めて。こんばんは、衛宮くん」

「遠、坂……?」

 

学園のマドンナが月夜を背に不適に笑う魅力は文句なしだった。

 

「積もる話もあるだろうから、家に上がらせてもらうわよ」

 

だが、純情な男子の反応など慣れているのか鈍いのか気に留めない凛は家主を置き去り、門を潜っていく。

そして、開けられた戸口に次いで、悲鳴が上がった。

 

「遠坂!?」

「くっ」

 

主従が駆け込んだ衛宮家の玄関には、僅かに上気した呼吸を整える凛と仰向けに伸びている顕悟がいた。

顔を血に染めて迎えた大木に、反射的に手が出ていた己は悪くないと後に彼女は弁解することになる。

 

 

 

 

 




紫華鬘(ムラサキケマン)
あなたの助けになる、助力、喜び

読み方は【ムラサキケマン】。
何度見ても「ムラサキマン」と読むのをどうにかしたい……
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