冬木にて勃発した大魔術の儀式、聖杯戦争。
参戦を余儀なくされた、衛宮士郎。
彼はその夜自身のサーヴァントと、運命と出会い、変わる。

……ただし、出会うのはアルトリアさんじゅっさいと、えみやしろうくん10さいだがな!!

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Fate/槍トリアとシロウくん

 月が冴える。風が鋭い。

 星明りがひそやかに。街灯りが平穏に。

 

 ここは冬木市、深山町。夜の帳はとうに落ち、人々は眠りの中へと沈む刻。

 この町は閑静な住宅街だ。その夜には、静寂こそがふさわしい。

 

 しかし、それも今夜までのこと。

 これより先、人々に安眠は訪れない。

 

 聖杯戦争が、始まったからだ。

 

 

◇◆◇

 

 

――ギィン!!

 

「ちぃ、この土壇場でサーヴァント召喚だと!?」

 

 空中に、わずか一瞬の火花が散る。

 かすかな光だ。人の目であれば到底夜闇を照らすほどではないが、それでも超常の存在にとっては十分すぎる。

 

 今夜の月は円いが雲も分厚く、闇が濃い。

 わずかな火花に照らされて、サーヴァントの目に映ったのは塀に囲まれた日本家屋、広い庭、蔵、道場。

 そしてキャスターが突き出した杖を弾いた神槍と、戦場において泰然として揺るがない駿馬。そして馬上から見下ろす、実際の差よりもはるかな高みから見下ろされているような、その目。

 

 闇夜に月より冴え冴えとした金の光を放つ、サーヴァントの目だ。だがそれだけではない。

 あるいは神性を持つ者にも見える。間違いなく、尋常ではない敵だとキャスターは把握する。

 

「ハッ! 小僧が魔術師と察してはいたが、こんなやつを引くとはな。大層な運の持ち主だ」

「……」

 

 顔を見ても武器を見ても馬を見ても、キャスターが知る限りの英雄に該当はない。

 だがどう見てもランサーかライダーだ。あの馬も相当だが、宝具は槍と見るべきだろう。

 

「……去れ」

「そう言われて素直に退散すると……って、おーい無視かよ!?」

 

 しかしそのサーヴァントは、キャスターのことなど眼中にないとばかりに馬首を巡らせた。

 その行き先は扉が開いた蔵の中。キャスターに襲われ、窮地に陥りサーヴァントを召喚してのけた己のマスターの元へ。

 古今マスターがいることは、不安定ながらつながったパスからも明らかだ。キャスターに襲われ、感情を乱し、一歩も動けずへたり込んだマスターがそこにいるらしいと、幾分ぼんやりとだがわかっている。

 だからこそ彼女はそこへと馳せ参じる。

 マスターのため、己のため、この機会に、聖杯に、託す願いのために。

 

 

「問おう」

 

 その声に誘われるように、風が草木を揺らし、今この瞬間呼び出された、遠い異国の英雄から彼女の故郷の匂いをマスターに届ける。

 雲が裂け、月が顔を出し、差し込む光がその横顔を照らす。

 

 彼女を召喚したマスターは、蔵の中の闇の底でそれを目にする。

 月明りが、まるで水のようだったと。

 光は彼女の顔を照らし、そのまま輝きの滴として彼女の頬を濡らした。そんなことを思ってしまうほど、女神のように、美しかったと。

 

 

 これは、少しだけ何かが違った聖杯戦争。

 わずかずつボタンを掛け違えた運命の夜。

 

 クーフーリンがキャスターで、アルトリアがランサーで。

 そんなありえたかもしれない、ありえなかったかもしれない運命の一側面で。

 

 

「あなたが私のマスターか」

 

 

 それでもこの夜はこの言葉から始まって。

 

 

 ただ一つだけ致命的に変わり果てていたことは。

 この聖杯戦争に聖槍ロンゴミニアドを振るう騎士王がランサーとして参戦し。

 

 

 

 

「……お姉ちゃん、誰?」

「……………………………………………………………………へ?」

 

 

 

 

 そのマスターが、衛宮士郎くん(10歳)だったということだっっっっ!!!!!

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

「へえ、お姉ちゃんはランサーって言うんだ」

「お、お姉ちゃん!? ……そ、そうですねそうなりますね! では、私は君のことをシロウきゅ……シロウくんと呼びましょう」

 

 ちなみにこの女、サーヴァントとして召喚されたことで肉体的は全盛期のものであるが、生前の歴史から推測するに享年は余裕の三十路である。

 

 

◇◆◇

 

 

「む、新たなサーヴァントが……! 迎え撃ちます。シロウくん、捕まっていてください!」

「わあああああ!? お、お姉ちゃんの馬が塀を飛び越えてるううう!?」

「そ、そうですぎゅっと! ちょっと跳ねますのでもっとぎゅっと捕まってください!」

 

 キャスターを退けた直後、新たにこの屋敷へと近づくサーヴァントの気配を感じ、ただでさえか弱い少年であるマスターと離れるわけにはいかないという極めて合理的な判断に基づき、馬に引き上げ抱きしめながら塀を飛び越えて新たなサーヴァントの前に降り立つランサー。

 

 

「すごい魔力……! ライダー? いえ、ランサーね! 気を付けて、アーチャー!」

「アーチャーのマスター、あちらも少女のようですね。サーヴァントは……そこの赤い弓兵、あなたですか」

「アーチャーっていうけど、あいつ弓持ってないよね?」

 

「…………………………………………ごふぁ!?」

「あ、アーチャー!? なんでいきなり血を吐いてるの!?」

「す、すまない凛。あのサーヴァントとマスターを見たら無性に霊基がきしんだだけだ。せいぜい致命傷だからな、問題ない」

「それ確実にヤバい奴よね!?」

 

 そのサーヴァントことアーチャーが、ランサーの姿と、馬上にてランサーに抱えられおっぱいに半ば顔を埋もれさせているシロウくんを見ていきなり血反吐を吐いたり。

 

 

 

 

 その後なんやかんやでアーチャーとは共闘するようになって聖杯戦争の存在を知ったシロウくんがランサーと暮らすようになり。

 

「ほら、包丁を使うときは左手を猫の手にしないと指を切っちゃうから、気を付けて。……ふふふ、ランサーは戦ってるときはあんなにカッコいいのに、料理は苦手なんだな」

「はう……! で、でもこれから頑張ります! シロウくんに美味しいご飯を食べさせてもらってばかりでは、沽券に関わりますので!」

「……仲いいわねーあの二人」

 

 台所に二人並んで立つ姿がたびたび目撃されるようになり、同盟相手として、マスターにして魔術師の先達としていろいろ教えるためによく遊びに来るようになった凛が生暖かく見つめ、その隣で霊体状態のアーチャーが頭を抱えてのたうち回り。

 

 

 

 

 しかし、聖杯戦争の夜は色濃い闇夜に蠢き出す。

 

「ふう、楽しかったー!」

「うん、俺も楽しかった! ……そういえば、名前聞いてなかったな。俺は……」

「知ってる、シロウでしょ。私はね――イリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。……また、遊ぼうね?」

 

 ある日、シロウくんが出会い、共に遊んだ一人の少女が敵に変わる。

 

「助けて……助けて……姉さん、士郎お兄ちゃん……!」

 

 冷たい地下の闇の底、助けを求める少女の声が空しく響き。

 

 

 

 

「……柳洞寺のサーヴァント、とやらはあなたですか」

「いいや、私はしがない門番だ。……だが、貴様を武人と見込んで名乗らせてもらおう」

 

 冬木の町で頻発する昏倒事件。

 人々から魔力を吸い上げる外道の所業を誅すべく、その元凶たる柳洞寺へと馳せ参じたランサーを迎え撃つのは、堂々と姿を現した刀を帯びる一人の男。

 

 

セイバーのサーヴァント(・・・・・・・・・・・)、佐々木小次郎」

 

 

◇◆◇

 

 

 数々の戦いがあった。

 出会いがあり、別れがあった。

 血が流れ、慟哭が弾けた。

 

 それが人の世の常だ。それが聖杯戦争だ。

 サーヴァントは覚悟を持って挑み、あるものは悲しい勝利を、ある者は悲嘆を得る。

 

 だがそれが、幼い少年の心にとってどれほどの重みを持ってのしかかるか、聖杯戦争という超常の儀式であるからこそ、誰も推しはかることは出来ないでいた。

 

 

「……ぅ、うぅぁあ……!」

「シロウくん……?」

 

 ある夜のこと。

 胸騒ぎを感じて目覚めたランサーの耳が捕えたのは、シロウくんのうなされる声だった。

 元々は他のサーヴァントからの襲撃を警戒して同じ部屋で寝ようとしていたのだが、顔を真っ赤にしたシロウくんに頑なに固辞されたランサーはシロウくんの寝室の隣の部屋を与えられている。

 ……ちなみにランサーが当初同衾まで主張したのは幼く魔術師としても未熟なマスターの身を守るためであり、他の理由など一切ないことを彼女の名誉のため特に記しておく。他の理由などないのだ。ないったらない。

 

「シロウくん、大丈夫ですか?」

 

 それでもいざ何かあればすぐに駆け付ける許可はもらっている。そっと部屋を隔てるふすまを開けてのぞき込むと、そこには予想通り眠りながらうなされるシロウくんの姿が。

 苦しそうに眉を寄せ、荒い息を吐いている。それでも目覚めることができないのは、辛い悪夢に捕らわれているせいか。

 思わずそばへ寄り、シロウくんの震える手をそっと握り締めても、彼の様子は変わらない。この程度では、彼の心を癒すことはできないようだった。

 

「シロウくん……」

 

 思えば、彼の境遇は辛いものだった。

 ランサーはシロウくんに召喚されてからこちら、聖杯戦争の渦中に巻き込まれゆっくりと話す時間もなく、彼がどうしてこの広い屋敷に一人で住んでいるのか、その理由をいまだ詳しく聞いてはいない。

 支えてくれる人はいるようだ。だがそれでも、この時代のこの国でこんな生活を選ぶことになった彼の人生が普遍的なものではありえず、そのうえ魔術師どうし、英霊どうしの血生臭い戦いの中では心が休まることもないだろう。

 ランサーがこの戦いに巻き込んでしまったわけではない。この先何があっても、シロウくんだけは絶対に守ると誓っている。

 

「ぁ……ラン、サー……」

「……! はい、私はここにいますよ、シロウくん」

 

 だがそれだけでは足りない。この子の心も守りたい。

 シロウくんに召喚されたその日から、胸に宿る優しく温かい気持ち。生前は抱くことのできなかったこの温もりを、彼にも与えたい。

 だから。

 

 

「……失礼、します」

 

 

 ランサーは、シロウくんの布団の中に潜り込んだ。

 10歳の少年の布団に潜り込むおっぱいの大きい家族ではない女性。

 控えめに言って、事案であるが! それでも、ランサーには守りたいものがあるのだ!!!

 

 

「よいしょ、んしょ……ふう。これなら、少しは落ち着けますか?」

「ん……」

 

 しかし、ランサーはその行動に一片の邪心もないと断言できる。

 夢にうなされる子供がいるのならその心を鎮めてあげることこそ大人の務め。そしてその手段として、寄り添い心臓の音を聞かせてあげることは有効な手段なのだ。

 だから、おっぱいに顔を埋めて少し安らかな寝顔になったシロウくんを見てドキドキするのも好都合なのだ。好都合なだけなのだ。

 ランサー、アルトリア・ペンドラゴン。女神に片足突っ込んだ精神年齢三十路女の理論武装である。

 

 だが、それでも。

 

 

「ぅ……んっ」

「きゃ! シ、シロウくん!?」

 

 きゅう、と。ランサーからすればあまりにも小さいその手に抱きしめられる。

 胸元に感じる熱は、シロウくんの涙だろうか。

 あまりにも儚く、あまりにも切なく。今はもう手が届かない何かへ必死に手を伸ばすような姿を見て。

 

「お母……さん」

「!」

 

 ランサーは、アルトリア・ペンドラゴンは、自分の中に何かが目覚める感覚を覚えた。

 それはきっと本来生まれながらに持っていたもので、しかし王として騎士として生きるため心の奥底に封じたもの。

 生涯表に出すことのなかったそれを、この少年はたやすく引き出した。

 そのことが嬉しい。この出会いに感謝を。

 

 ランサーは召喚されたあの始まりの夜、ビギンズ・ナイトからシロウくんのサーヴァントとしてあることを決めた。

 だがそれに加えてこの夜に、もう一つ。

 

 

「はい。……お母さんですよ」

 

 

 彼の母親としてもあることを、心の奥底から湧き上がる母性に、誓った。

 

 

◇◆◇

 

 

 一方そのころ、座では。

 

 

「ちちうえーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」

「モードレッドが血を吐いたぞー!?」

「一体何が起きた!?」

「霊体なのに器用だな!?」

「モードレッドの霊基が消滅しかけています! 気を、気を確かに!?」

 

 何かを受信したモードレッドの霊基が突如血を吐いて消滅しかけていたりもするが、シロウくんを抱きしめて優しくなでなでするのに忙しいアルトリアにとっては一切関知しないことである。

 

 

◇◆◇

 

 

 その後、なんやかんやあって聖杯戦争は激しさを増し、激戦に次ぐ激戦を乗り越え、シロウとランサーは、聖杯戦争に勝利した。

 

 決して楽な道のりではなかった。

 しかしだからこそ、その過程で答えを得た。

 数々の辛い出来事や困難も、ランサーがいたから、シロウがいたからここまで来れた。

 

 

 だから、別れは辛い。

 すべての戦いを終え、聖杯の真実を知り、その邪悪を砕き、朝日を浴びるアルトリアはそのまま光に還ろうとしていた。

 

「ラン……アルトリア」

「はい」

 

 シロウくんは、必死に涙をこらえている。

 男の意地と、せめて最後は笑顔で別れたいという優しさから。

 

 アルトリアは、優しく微笑んでいた。

 自分に対してシロウくんがそんな気遣いをしてくれることがうれしく、別離の寂しさなど忘れるほどに。

 

 二人は同じことを思う。

 次の朝日も、二人で眺めることができたら。

 それから先もずっとずっと一緒にいることができたら。

 

 また商店街で夕飯の買い物をしたい。

 お弁当を作ってピクニックにも行きたかった。

 遊園地に連れて行くという約束は、ついぞ果たせないままだった。

 

 いや、そんな特別なことなんてなくていい。

 ただまた家に帰ったときに、「ただいま」と「おかえり」が互いの声で聞こえれば、こんなにも幸せなことはないのに。

 聖杯に願うに足るような、奇跡とも呼ぶべき願い。

 しかし二人はそれを願わない。

 後悔しない選択を、すると決めたから。

 

 

 ならば、せめてとアルトリア。

 別れの言葉は、自分から切り出すべきだろう。

 シロウくんに言わせるわけにはいかない。

 そう決めると、心が萎えそうになる。目頭が熱く、せめてもう一度あの子を力いっぱい抱きしめてあげたくなる。

 

 そんな儚い夢を見ながら。

 

 

「――シロウくん」

「……うん、アルトリア」

 

 

 胸に秘めた思いを、最後のこの時だけは、口にすることを己に許した。

 

 

「――あなたを愛しています」

 

 

 人に聞かれれば事案じゃすまない、本音を!!!!

 

 

「……これがサーヴァントじゃなかったら通報してたわ」

「女の嫉妬は見苦しいぞ、凛」

「残り一画の令呪で自害させてあげましょうか、アーチャー!?」

 

 

 まあ、ちゃっかり生き残っていたアーチャーと凛に聞かれていたりもするのだが!!

 

 

 

 

 ぽこじゃか生まれることに定評のあるアルトリア。

 いくつもの可能性をひめた聖杯戦争。

 

 これは、そんな数多ある運命(Fate)の一側面である!!!!!



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