俺は眩しさを感じて目を開けた……どうやら日の光が原因だったようだ。
寝惚けた目を擦りながら辺りを見回すと、見に覚えの無い光景がそこに広がっていた。
「ここは……何処だ?」
これが俺のリィンバウムに来て最初の言葉だった。
取りあえず俺はベットに寝かされていたらしい。一目見れば何処かの部屋だと解るのだが……壁が木の素材で作られていて、丸太をそのまま使っている部分もあった。日本ではキャンプ場とかにでも行かないと中々拝めないもの――というか、俺が全く見た事が無い場所なんだが……
そんな事をベットの上で考えていると、木製のドアが開き、青い髪の青年が現れた。
「ああ、おはようございます。もう起きていたんですね」
そう言って、笑顔で俺に挨拶をしてきた青年の姿に俺は不可解なものを覚えた。
まず青い髪自体見た事が無いが、それも前髪の部分だけ。後頭部は茶色で、前髪の一部分だけ変に反り返るようにはねているという奇抜な髪型だ。服装も白い長袖に青い膝上の長さのズボンは、まあ解るのだが。皮製のチョッキやら棘の付いた肘あてやら髪型の事も相まって一体何処の国の人間なのか判断できない。
「ああ、自己紹介がまだでした。僕の名前はロッカ。森で倒れていた貴方とお仲間を最初に見つけてここまで運び込んだ者です」
俺の顔を見て、警戒されていると知ったのだろうが、それでも柔和な笑みを浮かべて自己紹介をしてくるロッカという青年に、俺も礼を返すことにした。
「私の名前は五十嵐樹と言います。助けてくれた事には感謝しています、ありがとう。そして色々疑って済みません」
「いえいえ、気持ちは分かるので気にしないで下さい。それに困ったときはお互い様ですから……ええ、と。イガラシイツキさん?」
本当に気にしていなさそうな態度から、かなりのお人好しなのだろう――もちろん、好意的な意味でだが。しかし、俺の名前を呼ぶ時のみ、言い辛そうで困った顔をした。
「樹で結構ですよ、ロッカさん」
「解りました。ああ、それと僕の事もロッカでいいですよイツキさん。」
そう言って安心した顔のロッカに頷きながら、次に聞きたいこの場所の事を聞いたのだが。
「それについてはここではなく、居間の方で事情を説明しますので、ついて来て下さい。イツキさんのお仲間もそこにいますので」
どうやら渚と椎名も広間にいるらしい。俺はロッカの言葉を聞いてベットから離れ、ロッカの先導について行く事にした。
「連れてきました、おじいさん」
「おおロッカ、ご苦労さん。こっちに着て座りなさい。君もそちらの方へ座ってくれんかね?」
「はい、分かりました」
ロッカに案内された居間について見ると、確かに渚と椎名がそこにいた。俺から見てテーブルを挟んだ右側に渚たち、左側に座るよう声をかけてきた老人……なのだが、とてもそうは見えない筋肉をつけた逞しい体をしている50代位の男性が1人と、ロッカと同じ位の年齢の赤い髪の少年と、茶色の髪の少女の2人が座っている。
俺は渚たちが座っている方に――何故か開けてある2人の間の椅子に腰掛け、ロッカは俺たちと反対側に座る。俺とロッカが座ったのを確認して、俺の対面にいる老人が話しかけてきた。
「まず自己紹介をしておくべきじゃな……ワシの名はアグラバイン。皆からはアグラじいさん等と呼ばれている。まあ好きに呼んでくれ」
そう言って、アグラバインと名乗った男が視線を横にずらし、
「いま、お主を迎えに行ったのはロッカ、その弟のリューグ。そしてこの子はワシの孫娘のアメルじゃ」
そう順番に紹介してくれた。
リューグは双子なのだろうか? ロッカと顔がそっくりだ。違うのはロッカが青い髪だったのに対して、リューグは赤い髪である。あと目付きが鋭いが、それは元々なのか、俺たちを警戒しているかのどちらかだろう。
アメルは綺麗というより、清潔感のある可愛らしい顔立ちをしている。きっと俺たちと年齢があまり変わらないまだ少女だからであろう。髪も特にロッカたちの様な奇抜な部分も無く、長さは腰には届いていない位の長さだ。ロッカの様に温厚そうな顔をしているが、目を見るとこちらに興味があるのか目を輝かせている。
「まずは、私達を助けていただきありがとうございます。私の名前は、五十嵐樹と言います。右手側にいるのが藤堂椎名、左手側が小池渚です」
次はこちらの番になったので、アグラバインにならって俺が代表として礼と挨拶を兼ねると、
「イガラシイツキ?」
さっきのロッカと同じように、名前に困惑しているアメルが首を傾げている――それを見て、今更ながらに気が付いたのだが、4人ともどう見ても日本人ではない事は確かなのに、日本語があまりに流暢である。いや、外人さんでも上手い人は上手い。だがそれならそれで、名前だけ困惑するというのはどういう事なのだろうか?
「五十嵐が名字で樹が名前だ……失礼ですがそちらの名字は?」
「名字を持てるのは有名な家柄の人間だけじゃ」
アメルの困った顔を見て、日本式の挨拶に補足を入れながら名字を聞いてみると、アグラバインから奇妙な返事が返ってきた。その言葉に名前を言わない理由は分かったのだが。
「まさか、外国で一般人に名前しか持てない国があったなんて……無知で失礼な事を聞きました。済みません」
俺はそう言いながら頭を下げた。自分の知識が深いわけじゃない。だから自分が知らなかっただけで、世界を探せば沢山あるのかもしれない。文化の違いなど、国によって違うのだから――しかし、それなら俺たちは一体何処の国の方に助けられたのだろうか? 身体が光った後の事は、何かに強烈に引っ張られた事しか覚えていない。あの辺りにこんな家があったのだろうか?
「樹、非常に言い難いんだが……ここ、日本でも外国でも無いらしい」
頭を捻っていた俺に、椎名がそんな訳の分からない事を言ってきた。
「え? 日本でも外国でも無いって、じゃあ此処は何処だっていうんだ?」
「リィンバウム」
「は?」
「だから、この世界の事はリィンバウムというらしい」
何かの冗談を言っていると思い、椎名の顔を見るが、眼鏡の奥に見えた瞳には冗談の含んだ色が無い。即座に渚の方に顔を向けても、同じ雰囲気の渚に頷かれただけだった。
(あれ? 待てよ、リィンバウムって確か俺の頭の中に語りかけてきた奴がそんな事を言っていたような……)
そんな事が頭をよぎった時、アグラバインの声が聞こえてきた。
「ここに来るまでの事情は2人にある程度聞いておる。おそらく……いや、もうこれは召喚されたと言ってよい」
「召喚?」
「ウム、つまりな……」
そう言ってアグラバインが話し始めた説明によると。
この世界。リィンバウムというこの世界は、大小の都市国家郡が3つの国家勢力のほぼいずれかに所属している形になっているらしく、俺たちがいるこの場所は[レルムの村]という村で、3つの国家の1つ[聖王国]の領内にある山村らしい。
あと、よく分からなかったのだが、このリィンバウムと言う世界の周りに4つの名前の違う世界が存在しているらしいのだが……その4つの世界の名前もリィンバウムも今まで聞いた事が無い。
ちなみに世界同士を行き来する事は出来ず、サモナイト石とかいう石を媒介にして、召喚師という連中が呼ぶ事によってこの世界に来る事が出来るらしい。つまりその4つの異世界のどれかが地球を含めた太陽系なのだろうか?
「えーと……つまり、俺たちは召喚師によって、このリィンバウムという世界に連れて来られたって事ですか」
「ああ。しかし……お主たちを見つけた時、近くに召喚師はいなかった」
「それは不味い事なのですか?」
アグラバインの申し訳ない気持ちが伝わってくる言葉に、俺たちは嫌な予感を感じ椎名が代表して聞いてみると。
「お前たちを元の世界に返すには、お前たちを呼んだ召喚師でなければならん」
「それ以外の方法は?」
「残念じゃが、聞いた事がない」
「そんな……」
「ま、マジかよ!?」
椎名と渚が落胆とも悲鳴とも言える声を上げる――だが無理もない、訳も分からず変な世界に連れて来られて、帰る方法がないでは堪ったものではない。俺だって声を出せなかっただけで、内心は2人同様相当の衝撃を受けていた。
「お、俺は信じないぞ! あんたら、例の奴らとグルになって俺たちを貶めようとしてるんだろ!?」
渚が急に立ち上がったかと思うと、そんな暴言とも思われる言葉を吐き出した。悲しみより怒りの感情が勝ったらしい――まあ、渚が俺たち3人の中で一番気性が荒く、落ち着けるような状況でないこんな時に、帰れない等と言われたら仕方がないと言える。
(しかし、言って良い事と悪い事がある! 余計な事を言いやがってこの馬鹿がっ!)
そう心の中で悪態をつきながらも、渚を落ち着かせるため声をかけようとしたが、
「テメエ! 俺たちが助けなきゃ、今頃は死んでたかもしれないってのに、何だその言い草は!」
俺よりいち早く反応したリューグが渚に向かって怒鳴り散らした。
リューグは俺が居間に入った時から、ずっと敵視していた……おそらく、俺たちの服装や言動から怪しい奴らだと思っていたに違いない。俺がリューグの立場でも同じ事を考えるだろうから、これは仕方のない事だと思った。
「ああ! 誰があんたらに助けを求めたよ!」
「何だと……テメェ!」
そう言って2人はテーブルから離れて、お互いの胸ぐらを掴んで一触即発の状態になった、これは流石に止めないと不味いと、止めるべく行動に移した。
「渚! そこまでにしろ!」
「リューグ! 落ち着いて!」
「そうだぞリューグ! 手を離すんだ!」
同じ事を考えていたらしく、俺とアメルとロッカの声が重なった。その声を聞いて、2人は睨み合いながらも手を離して「フン!」と鼻息荒くしつつも、しぶしぶと元の椅子に戻る。
「済みません、仲間が失礼をしました」
お互い納得は言っていないのだろうが、とりあえず話が出来る状況に戻せた事に安堵しつつ、ここは一言言わねばとアグラバインたちに向かって頭を下げた。
「ワシは別に気にしておらんよ。いきなりこんな説明されて混乱したであろうし。帰れないお主たちの気持ちも、少しは分かるつもりだ」
アグラバインは、年の功という一言で言い表せない程の落ち着きと寛容さで、微笑みながら許してくれた。
「そう言っていただけると、助かります……しかし、帰る方法がないのには困ったな」
椅子に座り直しながら呟き、これからどうしようかと頭を悩ませていると、
「イツキさん、悲観的にならないでください」
「そうですよ! きっと、元の世界に戻れる方法があるはずです。私たちはあまり知識がないから解らないけど……きっと召喚師の人に聞いてみれば、何とかしてくれますよ!」
「フム、確かにアメルの言う通りじゃな。ワシらの知らない方法を知っているかもしれん」
ロッカ達がそう言って励ましてくれるのを見て、確かにその道の専門家に会って話を聞くまで、どうなるか分からない。
しかし、この世界の知識が殆どなく、文化も常識も知らない俺たちが、元の世界に帰るまでどうやって生きていくのか。
1つ考えは浮かんだ。しかし、もうすでにかなりの迷惑をかけているこの善良な人たちに、厚顔無恥な願いを言うべきであろうか? だが、自分達が生きていくためにも話すしかない。覚悟を決めた。
「ありがとうございます。無礼を承知で、1つお願いをしたいのですが」
「ん? 何かな?」
「俺たちは、その召喚師という専門家に会うまでは、リィンバウムに留まる事になるでしょう……ですが、この世界の文化も常識も全く解りません。この世界の事を最低限把握するまで、宿のある場所と宿代を貸してはいただけないでしょうか? もちろん働いて、お金が入り次第返しますので」
俺が椅子から立ち上がって、もう一度頭を下げた。両脇の2人も慌てて立ち上がって頭を下げる。
泊めさせて貰うことも考えたが、この家の経済状態がわからない。もしかしたら俺たちに構っている暇だって本当はないのかもしれない。人の良さそうな彼らだけに、その親切心で余計な苦労を買っている可能性もある。最悪の場合は野宿も覚悟の上である。野宿が出来そうな場所を教えて貰えればいいが。
少しばかりの静寂が、居間を支配したが……、
「頭を上げてくださいイツキさん。私たちに任せてください」
「え?」
顔を上げて、静寂を破ったアメルの方に顔を向けると。そこには、どんな罪を犯しても許すだろうと思われる、聖母のような柔らかい笑みを浮かべるアメルの姿があった。
「宿代だなんて言わずに、この家を使って下さればいいんですよ!」
「い、いやしかし」
アメルから想定外の提案に焦る俺であったが、
「おじいさん、大丈夫ですよね?」
「ああ、問題ない。アメルの言う通りしばらくこの家にいなさい、部屋も余っている事だしな」
「ほ――本当に良いんですか?」
その言葉に椎名も信じられないといった顔をして言う。俺だって同じ気持ちだ。
「構わぬさ。ほれ、困った時はお互い様というじゃろう?」
その言葉は、あの時ロッカも言っていた言葉だ……2人が笑う姿を見て、アグラバインのこの言葉が、この家には生きているのだと実感し、感謝した。
「そうですよ。イツキさん達が誠実な人だと解りましたから大丈夫だと信じられます。少しなんて言わずに、いつまでもいたって良いんですよ。リューグも構わないだろ?」
「ケッ、俺は反対なんだがな……アメルたちが良いって言うんだ。俺が今更言ったってどうにもならねえだろ?」
ロッカもアメルの言葉に賛同し、一番反対すると思っていたリューグも嫌々ではあったが、許可を貰う事が出来た。
「おお! 本当に、助かった!」
「ご厚意に感謝します」
「もう、何とお礼を言って良いのか……」
俺たちがそれぞれに礼を述べると。
「ついでじゃから言っておくが、その堅苦しい敬語もやめて貰おうか。これからこの家で暮らす、新しい家族になるわけだしな」
アグラバインからさらに衝撃的な言葉が耳に聞こえてきた――家族? 家族って言ったのか今? 何処までこの人たちは……
「そうです! これから仲良くしていきたいですからね! 敬語なんてやめてください。私の事もアメルでいいですからね」
唖然とした俺の顔が可笑しかったのか、アメルが微笑みながらそう続けるのを見て覚悟した。
「……解った。じいさん、アメル、ロッカ、リューグ。これから宜しくな」
俺はそう言って、今日4度目の頭を下げる。どれだけ下げても恥じる事はない、それ程の恩を頂いた気がした。
それは本当に返せるかも分からないほどの大きな恩である。何時になるか分からないが絶対にこの恩に報いよう。そう決意する事になる、話し合いになったのだった。
あの話の後、夕食の時間まで自由な時間が出来たため。俺たちは、与えられた俺の部屋に集まって色々話し合う事にした。
「しかし、部屋を無料で貸して貰える所か家族で良いなんて……こんな事があるんだな」
「全くだ、渚があんな態度とってもあっさり許して貰えたしなぁ」
「これ程のお人好しだったとはな……想像外の出来事だよ」
「樹……それ言い過ぎ」
渚が俺の言葉に呆れているようだが、俺からしたら愚かな反応である。
「馬鹿やろう、良い意味で言っているに決まっているだろう。常人には出来ない発想と覚悟だぞ」
「いや、その言い方じゃあ――ああ、もういいや……それにしても、帰れないのは困ったな」
椎名が話を変えてきたので、そちらに乗る事にする。
「それについては、後で何処にその召喚師とやらがいるのか聞いてみないとな……そう言えば、ロッカから軽くしか聞いていないんだが。見つけたのが彼だったんだよな?」
「ああ、そうらしいね。森の中で倒れていたのを見つけて、アグラじいさん達と協力して、この家に運び込んだらしい」
俺の疑問に渚が答える――あのアグラバインは本当に筋骨隆々であった。一体どれほど鍛え続ければあそこまで筋肉がつくのだろうか。
「そうだったのか、まあ、細かい話は夕食の時にでも聞くか……それより渚、俺が言いたい事、解っているよな」
「……悪い」
俺が声を低くし睨み付けたからか、渚が罰の悪そうな顔をする。
「あの身なりや名前。雰囲気のどれをとってみても、違う事くらい解るだろうに」
「あ、ああ」
「2度とあいつらの事は口に出すなよ、解ったな?」
俺の忠告に頷いて返す渚を見て、ここまでにしようと追及の手を止め、もう1つ聞きたかった事を椎名に聞いた。
「ところで、師範がくれた刀や、鞄はどうなったんだ?」
正直、刀もそうなのだが。鞄の中に大切な物が入っているのだ、無くなっていたら死活問題である。
「ああ、それはな。荷物も含めて、アグラじいさんが預かっているって言っていたな」
「それなら問題ないか」
椎名の言葉に安堵して一息つく。
「しかし、師範の夢。本当に当たったな」
「ああ、悲しい事にな。叔父さんもなんて夢を見るんだよ全く」
渚の言葉に、椎名も相槌を打つ。
「しかも師範は確か……鎧を着た奴と戦っているって言ったよな?」
「ゲッ、確かにそんな事を言っていたな……って事は色々樹に頼ることになりそうだな」
「そうだな、俺や渚じゃ手も足も出ない相手だっているだろうし……その時は樹、頼んだよ」
「まあ、そういう時は俺が受け持つが、お前らも覚悟をしておけよ」
そんな事を話していると、扉の向こうからアメルの呼ぶ声が聞こえてきた。どうやら食事が出来たらしい。俺たちは話を切り上げ、居間の方へ向かう事にした。
「お……おいしいー!」
アメルが作った肉じゃがを頬張りながら、渚が歓喜の声を上げている。渚の気持ちも分かるが、口に食べ物を詰めたまま喋るのは勘弁してほしかった。
「そんな、大げさですよ」
そう言いながらも、アメルは嬉しそうである。一緒に住む事になったとはいえ、久しぶりのお客さんである俺たちを歓迎するため、腕によりをかけて作ってくれたらしい。力作を上手いと褒めて貰えたのだ。喜びもひとしおなのだろう。
話によると、たまにレルムの村にやってくる、知り合いの商人から調味料や材料を買っているらしい。肉じゃがのレシピもその商人から教わったそうだ。
実際食べてみて、本当に美味しい。渚が大げさに喜ぶ気持ちも分かるというものだ。
「そんな事はないぞアメル、本当に美味しい」
「そうだね、元の世界でも中々お目にかかれないレベルだよこれは」
「えへへ……ありがとうございます。イツキさん、シイナさん」
だから俺も椎名も素直に料理の味を褒めると、俺たちの言葉に笑顔でアメルも答えてくれた。
「ハッ! アメルが作ったんだ、当たり前だろ」
「お前が威張るなよな……」
未だに喧嘩腰のリューグの言葉に苛立ったのか、俺の横にいた渚が小さい声で、だが聞こえるように呟く。
「何だとテメエ!」
「やるか、赤毛野郎!」
「上等だ、茶髪野郎!」
「髪は関係ないだろ!」
(いやいや、髪の話題を出したのは渚が先のくせに、何を言っているんだこいつは? リューグでさえ、あまりの言葉に口を閉じたぞ)
全く、相変わらずの馬鹿っぷりである。だが、口論に発展する前に間が空いたのは喜ばしい事だった。
「渚、飯の時ぐらい静かに食えないのか?」
「リューグもだ、飯抜きになりたいのか!」
俺とロッカの仲裁に、不満そうにしながらもしぶしぶ従う2人。まるっきりさっきの話し合いと同じ光景だった。
「もう、リューグったら!」
案の定、ご機嫌だったアメルも、今や頬を膨らまして不機嫌になっている。ゆったりしていた気分だったのに色々と台無しである。
「毎度毎度ご迷惑かけます」
「まあ、年も近いからの、その内仲良くなるだろうて」
「そうであって欲しいけどな」
アグラバインの言葉に同調しつつ、食事を再開する。
その後は特に問題もなく食事が終わり、一息入れようかという時になって、俺はアグラバインに尋ねる事にした。
「そう言えばじいさん、聞きたい事があるんだけど」
「ん? なんじゃ?」
「俺たち持ってた物って、じいさんが持っているって聞いたんだけど」
「ああ、そうじゃったな。お主たちになら返しても問題ないだろうから待っておれ、いまここに持ってこよう」
そう言って、アグラバインは居間を出て行き、数分と経たずに戻ってきて、荷物を渡してくれた。刀もそうだが、鞄の中身を確認し、大切な物があるのを確認してから鞄を閉めた。気を失う直前と中身は変わっていないようだったので、心配事が1つ減って安心した。
「武器を持っているという事は、イツキさん達も武術を習っているんですか?」
ロッカが刀を持った俺に聞いてきた。
「ああ、俺たちは椎名の叔父さんが教えている道場で習っていたよ」
俺だけは他にも色々習っていたのだが、説明が面倒だし話す事でもないので道場の事だけ説明した。
「それなら明日、僕たちと稽古でもしますか? 僕とリューグはこの村の自警団をしていまして、日々稽古をしています。この辺りも色々と物騒ですし、お互いのためにもなると思うのですけど」
「ロッカの意見に賛成」
「俺も参加しようかな……樹はどうする?」
ロッカの提案に2人は乗るつもりらしい。まあ、これから戦いがある可能性は高いのだ。2人にはこちらの世界で逞しく生きている者たちから手ほどきを受けた方がいいだろう。
「俺はいいや、面倒だし」
口に出した面倒というのも理由の1つではある。まあ、稽古も悪くないが……それより先に色々知識を得たいというのが本命だ。稽古など最悪1人でもある程度できるし、リューグやロッカの実力は2人に聞けばある程度は把握できるだろう。それよりこの世界の事を少しでも知りたい、少なくとも今の何も知らない俺よりは好くなるはずだ。
「何だよイツキ、逃げんのか?」
リューグも稽古をする事には賛成だったらしく、俺の不参加に不満を感じたのか挑発をしてきたが、それには乗らずに逆に煽ってやる事にする。
「その2人に勝てるようだったら付き合ってやるよ」
「上等だ、明後日の稽古の時には引きずり出してやる」
リューグの目から、今までなかった闘志を燃やす様な力強い視線を感じる。若さから来るただの荒っぽい男だと思っていたが、鍛える事に関しては存外真剣なのかも知れない。
「楽しみにしてるよ」
どうせ、道場で習っていただけの椎名や、チンピラや不良相手の喧嘩しか経験のない渚の2人では、リューグの相手にならないだろうから……明後日には稽古をする事になると思っていよう。
俺はそう思いながら、食べ終わった食器を持ち台所へと持っていく。そこで先に食器を洗っているアメルに届けるために。
「残った食器、持って来たぞ」
「ありがとうございます、そこに置いておいて下さい」
「いや、俺も手伝うよ」
そう言って俺は腕をまくって、アメルの横に立つ。2人で立っても問題ない広さの流し場だったので、手伝った方がいいと判断した。
「え? で、でも」
「急に3人分も増えた事だし、1人でやるのも大変だろ? それに、上手い料理の礼だよ。気にするな」
「……はい、イツキさん、ありがとう」
少々戸惑っていた様だが、強引に手伝い始めると、アメルが礼を言う。今日話しながら何度も見た、優しい笑みを浮かべて。
やはり、遠慮しやすい相手だと感じたので、強引に行動して正解だったようだ。
「いや、別に礼を言われる程大した事じゃないよ。色々といきなりの連続で、迷惑かけているのはこっちだしな」
「そんな事ないです。私にとっては大事なんです」
「……そうか」
アメルがそう思うのなら、それでいいか。
「あ~、非常に申し訳ない話だが。明日からまた色々と解らない事を、アメルにも聞くかもしれないから、その時はよろしくな」
「済みません……明日から、仕事で家を何日か開けなきゃいけないんですよ」
「そうなのか?」
「ええ。ですからおじいさんやロッカ、リューグに聞いてくださいね」
「ああ、了解した。ちなみにどんな仕事をしてるんだ?」
そう言って、申し訳なさそうな顔をしているアメルに聞いてみた。何日も家を開ける仕事とは何だろうか? もしかしたら、こちらの世界にしかない仕事かもしれない。
好奇心が勝って尋ねたのだが……アメルが何故か、今日1日で1度も見せなかった暗い顔をしている。あまり言いたくない事なのかもしれない。
「ああ、済まない。言いたくないなら良いんだ」
「そんな訳じゃないんですけど……」
「別にいいよ。気を回さなくても、顔を見れば何となく解るから」
「……ごめんなさい」
「いやいや、気にするなって。聞いた俺が悪いんだしさ――でも、まあ1つだけ聞きたいんだけど」
「何ですか?」
「今やっている仕事は嫌いなのか?」
「そんな事は……ないです」
「……そうか」
暗いばかりか、少し辛そうな顔に変わったのを見れば、どうみても好きそうには見えないが――まあ、アメルがそう言うのであれば別にいいか。彼女にだって色々事情があるのだろうし、勝手に首を突っ込んでいい話でもないだろう。まあ向こうにも迷惑がかかるだろうから、首を突っ込む気も無いが。
「よし、これで終わりだな」
それからお互いに、雑談を交わしながら食器洗いと片づけを終わらせた。
「イツキさん、手伝ってくれてありがとうございました」
「いいって、いいって、これくらい。またなんかあったら言ってくれ。出来る限り手伝うからさ」
「はい! またその時はお願いしますね」
「ああ」
俺はそう言って、手を振って別れ、居間から出て自分の部屋に向かった。
「ふう、疲れた」
与えられた部屋に戻ってきて、俺はベッドの上に倒れ込むように体を預け、仰向けに寝転ぶ。自分で思っていたより疲れていたようで、非常に身体が重く感じた。
「肉体的にと言うより精神的にだな、これは」
そうぼやきながらため息を吐く。
正直に言えば、もう人とはあまり関わりたくない。元の世界でも2人の友人と師範、渚の妹以外とは最低限しか相手にしてこなかったため、何処か気楽だった。それが新しく4人と接点を持たなければならなくなってしまった、いきなり2倍である。
しかし、今の状況では関わらないという選択肢を選ぶのは無理だと悟る。だからこそ、今日みたいにああやって人に合わせなければならない、それが精神的な疲労に繋がる理由なのだろう。
ベッドから窓を見ると、もう夜の帳が落ちていた。外の景色をボンヤリと見ながら、ふと昨日の声を考えた。選ばれし者とあの声は言った。呼んだ者はいったい俺に何をさせたいのだろうか? 今ここで考えても分からないが、気になる事に変わりない。
ただ1つ言える事……それは少なくとも、俺にとって今回の召喚を歓迎している事だ。こちらには向こうの世界で感じる事の出来なかった自由がある。縛られていた苦しみから解放されて喜びを全身で感じているのだ。
そして、自分でも理由は分からないが、確信を持った事がある――それはあいつらとの約束が、何故かこの世界でなら叶えられそうな気がした事だ。もう1つの目的は果たせなくなったが、それは俺が勝手に決めた事であり、大事な約束ではない。それなら俺が我慢をすればいいのだ。
「それに、もう半分諦めていた事だしな」
自嘲気味に呟きながら、この世界に一緒にやってきた2人の友人を想う。何だかんだと言っても、あの2人には助けられた事も多い。だから俺は恩返しとして彼らが元の世界に帰れる様に、何とかしてみようとは思う。
2人は俺に帰る気がないのが分かったら、絶対に残るというだろう……だからこの事は伝えない。いずれは別れる時が来るのだ、それなら何時までも俺に依存しているのは不味い。
取り敢えず、いますべき事はしっかり睡眠をとって体力を回復させ、この世界の知識を増やしていく事だ。
だから俺は目を瞑る。少しでも、今日よりいい明日を目指すために……やはり疲れていたのだろう、俺の意識はすぐに闇へと落ちていった。